SSI-MT79083194 修士論文概要(2010 年 2 月 10 日) MRI 計測に基づく高精度デジタルハンドの構築 北海道大学 情報科学研究科 システム創成情報学講座 システム情報科学専攻 システム情報設計学研究室 川口 敬介 1 はじめに 手のMRI 計測データ マーカ 近年,製品の市場での競争力を高めるため,人間に 計測条件 手の指の とって使いやすい製品の設計・開発が進められている. 関節運動モデル MRI計測 骨メッシュモデル 実被験者 中でも,手による製品の把持や操作の容易性をシミュ の手姿勢 • 単一回転軸周り回転 抽出信号強度 • 四元数の球面線形補間 手の骨と表皮の レーションに基づき評価する仮想エルゴノミック評価 手の指の 北海道大学医学部 3D三角形 関節運動モデル 技術が開発され, 製品開発への応用が進められている. メッシュモデル生成 構築 • Osirix 仮想エルゴノミック評価では,まず,実被験者の把持 • ICPマッチング • Geomagic • 最小二乗法 姿勢を高精度に再現する必要がある.そのため,手の 指の運動および表皮の形状を高精度に再現可能なデジ • 関節回転角に対する重み • マーカ位置 タルハンドモデルが有用となる. 関節の運動に伴う しかし,従来のデジタルハンドでは拇指 CMC(手根 表皮メッシュモデルの 表皮 変形 メッシュモデル 中手)関節の運動や,その運動後の拇指球付近の表皮形 •SSD 関節運動後表皮 状を精度よく再現する事が出来ず,エルゴノミック評 •RBF補間 図 1 本手法の概要 価の指標の 1 つである製品との接触領域を高精度に評 表 1 MRI 計測条件 価する事が出来なかった. 年齢 23歳 そこで,本研究では,MRI 計測に基づく,手指の運 性別 男 屈曲 マーカ 後方移動 動と表皮の形状を高精度に再現可能なデジタルハンド なし 手の運動障害 の構築を目的とする. T1強調画像 撮像画像 1.5T 磁場強度 図 1 に本手法の概要を示す.まず,複数の手姿勢の 屈曲限界姿勢 解像度 256×256 MRI 計測データから抽出した手の骨を用いた,運動前 前方移動 1.0mm スライス厚さ 伸展 後における同一の骨の ICP マッチングに基づき,関節 約4分 撮像時間 中間位 運動をモデル化する手法について述べる.続いて, 口中清涼カプセル マーカ 紙粘土 SSD(Skeletal Subspace Deformation)と RBF 補間を用い 外転限界姿勢 固定具材質 (a) 拇指 CMC 関節 (b) 4 指関節 た補正を組み合わせて,関節運動に伴う表皮の変形を 運動限界姿勢 運動限界姿勢 行う手法について述べる.最後に,デジタルハンド表 図 2 MRI 計測手姿勢 皮変形結果,そして,デジタルハンドの製品把持姿勢 における接触領域の評価結果について述べる. 姿勢を計測した.なお,拇指 CMC 関節の運動に伴う 2 MRI 計測データからの手の骨と表 表皮変形を計測する為,図 2(a)の姿勢の計測時,拇指 球付近の表皮上にマーカを 12 配置した. 皮の 3 次元モデル生成 得られた MRI 計測データから,医用画像処理ソフト Osirix を用いて,骨と表皮の境界にあたる信号強度等 本研究では,まず,手指の運動に伴う手の骨の運動 値面をそれぞれ抽出する.さらに,リバースエンジニ と表皮の形状をモデル化する為に,複数の手の姿勢を アリングソフトウェア Geomagic を用いて骨と表皮以 MRI 計測し,得られた MRI 計測データから生成した 外の部分を手動選択し除去した後,平滑化と細分割曲 骨および表皮を 3 次元メッシュモデル化する. 面化を行い,滑らかな表面形状に改善されたメッシュ 手の MRI 計測は北海道大学「医の倫理委員会」で承 モデルを生成する. 認済みであり,表 1 の計測条件で,図 2(a),(b)の計 7 1 信号強度 82 最後に,骨の形状が大きく欠損した末節骨を,図 3 のように,より低い信号強度で抽出した欠損の少ない 末節骨と置換する事でより再現性の高い手の骨のメッ シュモデルを生成する. 以上の処理により,図 4 に示す骨と表皮のメッシュ モデル(以下骨メッシュ,表皮メッシュ)をデジタルハ ンドの骨メッシュ,表皮メッシュとする. 図 3 骨の置換 信号強度 54 図 4 骨と表皮メッシュモデル 3 ICP マッチングを用いた手の指の関 節運動モデルの構築 手の指の運動を高精度に再現する為に,運動前後の 骨の位置姿勢を再現可能な関節運動モデルを構築する. 3.1 運動前後の姿勢における同一の骨の ICP マッチング (a)運動前姿勢 (b)運動後姿勢 図 5 運動前後の姿勢における同一骨の対話的指定 遠位側 まず,図 5(a),(b)に示されるように,運動前後の姿 勢の骨メッシュに対し,同一の骨を対話的に選択し, それら同一骨同士の ICP マッチングを行う.ICP マッ チングでは,運動前と運動後の同一の骨の頂点集合, Bone S V {Bone v iS | 1 i N S } , BoneV T {Bone vTi | 1 i NT } に対し,対応点探索,剛体変換の反復計算を行い,対 近位側 応点間の距離誤差を最小化する剛体変換パラメータが 導出される.剛体変換の計算は次の式(1)の最小二乗解 図 6 同一骨の ICP マッチング を求める事により導出する. NT F i 1 T v i (R ICP Bone v cS(i ) t ICP ) 2 図 7 関節回転軸 (1) ここで, NT は BoneVi T の頂点数, Bone v cS(i ) は Bone vTi の対 応点,頂点 R ICP と t ICP は ICP マッチングの剛体変換の 回転成分と平行移動成分を表す.この剛体変換を Bone S Vi に適用後,対応点間平均距離誤差が指定閾値以 下である時,反復計算を終了する. 以上の ICP マッチングを,図 6 に示すように,近位 (a)屈曲軸 (b)転回軸 図 8 4 指および拇指 MP・IP 関節の回転軸 側の骨より順に行い,基節側の骨に対する末節側の骨 ここで,u ICP , ICP は ICP マッチングで導出される剛 体変換の回転成分を表す回転軸方向ベクトル・回転角, pu は変数である回転軸上の 1 点を表す.図 8(a),(b) に導出された屈曲軸および転回軸を示す. の運動を表す剛体変換を導出する. 3.2 4 指および拇指 MP・IP 関節運動モデルの 構築 4 指および拇指 MP・IP 関節の運動は各関節に固定 された単一の関節回転軸周りの回転運動によって近似 表現できる[2].しかし,ICP マッチングから得られる 剛体変換は平行移動成分を含んでいるため,次の式(2) による最小二乗法を用い,図 7 の様に,この剛体変換 を単一回転軸周りの回転として近似する. NT 3.3 拇指 CMC 関節運動モデルの構築 拇指 CMC 関節は特異な関節の構造・運動を有し, 単一回転軸周りの回転運動では十分な精度で運動を表 現出来ない[2].そこで,式(3)の四元数の球面線形補間 と式(4)の平行移動の線形補間の合成により表現する. sin( (1 s ) N ICP ) q N sin( s N ICP ) q ICP N ICP q slerp (s) (3) sin N ICP sin N ICP min Rot ( u ICP , ICP )( Bone v cS( i ) pu ) pu Bone vTi (2) pu i 2 N ICP t lerp ( s ) st ICP (4) s1 0.0 ここで, q N [ 1, 0, 0, 0] ,q ICP は ICP マッチングにお N ICP N ICP ,t lerp ける剛体変換の回転成分を表す四元数,q slerp はそれぞれパラメータ s ( 0 s 1 )により補間された 回転・平行移動を表す四元数と平行移動ベクトルを表 す.また, N ICP は次の式(5)で表される. N ICP cos 1 (q N q ICP ) (5) s1 1.0 s1 0.5 s2 0.5 s 2 1 .0 s 2 0 .0 s2 0.0 (c)前方移動 (d)後方移動 図 9 拇指 CMC 関節の各運動 ICPマッチング 単一回転軸周り回転 四元数の球面線形補間と 平行移動の線形補間の合成 0.54 (提案手法) 対応点間 平均誤差[mm] 2.5 2.04 2.0 1.5 様々な姿勢における表皮形状を再現する為,3 節で 述べた関節運動モデルの運動に伴う表皮の変形を行う. 0.5 2.02 1.0 0.28 0.28 0.43 1.82 0.43 1.82 0.32 0.54 0.32 0.0 前方移動 後方移動 屈曲 伸展 図 10 拇指 CMC 関節の各運動時対応点間平均誤差 4.1 4 指および拇指 MP・IP 関節の運動に伴う 表皮変形 後方移動(R) 限界姿勢 ( s2 1.0 ) 4 指および拇指 MP・IP 関節の表皮は,SSD と呼ば れる関節回転角に基づく手法により変形される. 本手法における SSD では,まず,回転関節 j の頂点 に対し,関節回転角に対する重み w1j, i ,w2j, i を設定し, 式(6)に従い変形される. Skin v ij ' Rot ( u ICP , w1j, i w2j , i j ) Skin v ij (6) Skin (b)伸展 s2 0.5 s 2 1 .0 4 SSD と RBF 補間を用いた表皮変形 j i s1 0.0 (a)屈曲 以上により,図 9(a)から(d)のような,各運動の限界 姿勢と中間位を補間する姿勢の連続を表現できる.各 運動時の対応点間平均誤差分布を図 10 に示す. さらに,図 11 のように,補間パラメータ s1 ,s2 ,s3 を用い,s1 で補間された屈曲・伸展姿勢と s 2 で補間さ れた前方・後方移動姿勢を s3 の割合で補間した姿勢を 表現する.従って,運動の組み合わせは屈曲-前方(F-A), 屈曲-後方(F-R),伸展-前方(E-A),伸展-後方(E-R)の 4 通りとなる.各組み合わせにおける屈曲・伸展と前方 後方移動の姿勢の補間は式(3)から(5)の中間位と各限 界姿勢の補間と同様に行われる. Skin s1 0.5 s1 1.0 F-R: 屈曲-後方 E-R: 伸展-後方 s 3 1 .0 屈曲(F) 限界姿勢 伸展(E) 限界姿勢 ( s1 1.0 ) ( s 3 0 .0 j i ここで, v ' は表皮メッシュ頂点の位置 v の変 形後の位置を表し, j は関節 j の回転角を表す. w1j, i は図 12(a)に示される関節付近の表皮の手のひら 側収縮と手の甲側伸長を表現する為に設定される重み であり,回転関節付近の手のひら側,手の甲側で w1j, i が 0 から 1 まで線形的に変化する事によって,図 12(b)の ような,それぞれの部分の表皮の伸縮が表現される. 一方, w2j, i はその関節回転の影響の大きさを設定す る重みであり,頂点と 2 楕円体との相対的位置に基づ き決定される.内部楕円体内部に存在する頂点は関節 回転の影響をそのまま受け,外部楕円体外部に存在す る頂点は関節回転の影響を受けない. その他の頂点は, 両楕円体までの距離の比によって,内部楕円体から遠 ざかるに従い関節回転の影響が減少する. s1 1.0 ) s3 0.0 F-A: 屈曲-前方 s3 1.0 前方移動(A) 限界姿勢 ( s 1.0 ) E-A: 伸展-前方 2 図 11 拇指 CMC 関節各運動の組み合わせ 1 伸長 影響無し 剛体 0 収縮 (a)運動前 (b)運動後 j 図 12 w1, i の値の分布と変形例 なお,w1j, i ,w2j, i を決定するパラメータについては, 従来のデジタルハンド[1]の値に基づき設定した. 3 4.2 拇指 CMC 関節の運動に伴う表皮変形 拇指 CMC 関節の運動に伴う表皮変形は,他の指関 節運動に伴う表皮変形より大きな変形が生じるため, 4.1 の変形後,変形不足分を次の様に補正する. まず,MRI 計測時に設置した拇指球付近のマーカの 重心位置に最も近い表皮メッシュ上最近点をマーカ頂 点とし,中間位と運動後姿勢それぞれに Skin v kS ,Skin v Tk として設定する.次に,4.1 の変形後,式(7)の RBF 補 間を用いて変形不足分を補正する. N marker Skin S (7) v i ' ' Skin v iS ' s k , i ( rk , i )d k k 1 10mm~ (a) SSDによる表皮変形(左:表皮形状,右:誤差分布) 0mm (b) RBF補間による補正後(左:表皮形状,右:誤差分布) 図 13 拇指 CMC 関節の各運動 ここで, Skin v iS ' ' は補正後の Skin v iS ' , rk , i は変形前表皮 上マーカ頂点 Skin v kS から Skin v iS までの距離, k , i (rk , i ) は 次の式(8)の任意定数 を伴う射基底関数を表す. (8) k , i exp( rk2,i ) また,式(7)の d k は補正ベクトルであり,補正により SSD 後マーカ頂点 Skin v mS ' が運動後表皮メッシュ上マ ーカ頂点 Skin v Tm に一致するよう,式(9)の条件を満たす. s N mark k k , m (rk , m )d k Skin v Tm Skin v mS ' (a)実製品上接触領域 (9) (b)再現された把持姿勢 式(7)から(9)により,補正後マーカ頂点が運動後姿勢に 一致し,マーカ周囲の頂点はマーカからの距離に従っ た補正を受ける.さらに,3.3 の拇指 CMC 関節の各運 動の組み合わせにおける補正は,式(10)に従って,補 正ベクトルを合成する事で実現される. Skin N marker v iS ' ' Skin v iS '(1 s 3 ) s1 k , i ( rk , i )d kFE k 1 N marker s 3 s 2 k , i (rk , i )d kAR k 1 (10) (c) デジタルハンド把持姿勢 (d) デジタルハンド把持姿勢 (SSD による変形のみ) (RBF 補間による補正後) ここで, d kFE , d kAR は屈曲または伸展と前方または後 図 14 製品との接触領域評価 方移動の限界姿勢における補正ベクトルであり,各運 結果を図 14(a)から(d)に示す.ここで,図 14(b)に示さ 動の組み合わせに従って選択される. れる,MRI 計測データから抽出された表皮メッシュと 5 表皮変形結果および製品との接触 製品メッシュモデルにより再現された把持姿勢では, 図 14(a)の実製品上接触領域を近似する,最近点間距離 領域評価による精度検証 が 2mm 以下の頂点集合を接触領域とした.図 13 の結 拇指 CMC 関節最大屈曲時の表皮変形結果を図 13 に 果と同様に,4.1 による表皮変形では,図 14(c)のよう 3 示す.なお, 3.6 10 とした.4.1 による表皮変形 に, 拇指球付近の表皮のふくらみが不十分であるため, では,図 13(a)のように,拇指球付近の表皮のふくらみ その部分の製品との接触が過少に評価されてしまう一 が不十分であるのに対し,4.2 による表皮の補正後,図 方,4.2 による表皮の補正後,図 14(d)のように,拇指 13(b)のように,運動後表皮メッシュの形状に類似した 球付近の接触領域が実製品把持姿勢の接触領域をより ふくらみが表現された.拇指球付近の表皮メッシュ頂 高精度に評価できる事が確認された. 点と, 運動後表皮メッシュの最近頂点との距離誤差は, 参考文献 補正前で最大 10.3mm 平均 8.2mm であったのに対し, [1] 遠藤, 他:「デジタルハンドとプロダクトモデルとの統合によ るエルゴノミック評価システムの開発(第 1 報)」, 精密工学会 補正後,最大 3.1mm 平均 0.6mm に改善された. 誌, 74(2), pp 182-187, 2008. また,製品モデル把持姿勢における接触領域の評価 [2] カパンディ,「関節の生理学 Ⅰ上肢」,医歯薬出版, 2005 4
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