麻酔と免疫 免疫の基礎 Fundamentals of Immunology 関西医科大学麻酔科学教室 助教 稲田 武文 Takefumi Inada 病原体が体内に侵入すると,補体,食細胞や NK 細胞により攻撃される.もし病原体がこれら 自然免疫にて排除されない場合,獲得免疫の出番となる.この際,自然免疫のもう 1 つの一員で ある樹状細胞が病原体を捕捉し,その情報をヘルパー T 細胞に伝えることにより,ヘルパー T 細 胞の活性化,増殖,分化が起こり,B 細胞や細胞傷害性T細胞やマクロファージが活性化され病 原体を排除することになる.獲得免疫にてどのようなエフェクター細胞が発動されるかは,炎症 を引き起こす抗原の性質や量,炎症の場所,動員される自然免疫担当細胞の種類,局所のサイト カイン等に深く依存する.このことは本稿の前半で述べる.また本稿の後半では,免疫寛容につ いて述べる.移植免疫や抗腫瘍免疫を考える上で重要である. 自然免疫 副経路(alternative pathway)とレクチン経路(lectin pathway)である. 細菌やウイルスが,皮膚や粘膜の生理的バリアーを 1)副経路(図 1 ):生体内で最も多く存在する補体タン 破って体内に侵入すると,自然免疫が真っ先に防御に働 パクは C3 であるが,このタンパク質は生体内では自然 く.自然免疫とは,生まれつき備わっている免疫のこと に C3aとC3b へと分解する.このうちC3b は,細胞表面 で,補体,食細胞,ナチュラルキラー(NK)細胞に代 のアミノ基やヒドロキシル基に結合する.それを足場 表される. として,さらに補体タンパクBb が結合してC3 転換酵素 (C3bBb)となり,細胞表面で C3 の分解が起こり,さら 1. 補体 自然免疫においての補体の活性には 2 つの経路がある. 4 (1788) Feature Articles に多くの C3b が細胞表面に結合する.こうしてできた C3bBbC3b 複合体はC5 転換酵素として,C5をC5aとC5b Fundamentals of Immunology に分解する.C5bは細胞表面で C6, C7, C8, C9と膜侵襲複 として働く. 合体(membrane attack complex:MAC)を生成し細 2. 食細胞(マクロファージ・好中球) 胞に穴を開けて破壊する.このように副経路で自然に生 じた C3b は細胞表面のアミノ基やヒドロキシル基なら マクロファージは,組織等に構えていて見張り番をする ば,何にでも結合するので,全ての細胞を無差別に破壊 役割を担う.一方,好中球は,普段は血中に存在するが, する地雷のようなものである.その地雷から生体自身の 炎症に反応して組織へと動員される細胞である.これ 細胞を守るため,ヒト細胞表面には補体分解促進因子 らの細胞は,病原微生物に共通してみられる分子パター (decay accelerating factor:DAF)やCD59といった分 ンpathogen-associated molecular pattern(PAMP)を, 子が存在し,補体攻撃の被害を受けないようなしくみが pattern recognition receptor(PRR)を介して認識し攻 できている. 撃している.PAMP の例として,二重鎖 RNA,リポ多糖 2)レクチン経路1):これは自然免疫の補体活性で最も重 は f MLP 受容体),mannose-rich glycans(PRRはマン 要な機構の 1 つである.肝臓で作られるマンノース結合レ ノース受容体)などが挙げられる.PRRのうち有名なも 体,非メチル化 CpG,N-formylmethionyl peptide(PRR クチン(mannose-binding lectin:MBL) は,MBL結合性 のにToll-like receptor(TLR)がある.TLRにはいくつ セリンプロテアーゼ(MBL-associated serine protease: かの種類があり,それぞれ異なるPAMPを認識する.ま MASP)と結合しているが,マンノース(ヒトの細胞表 たTLRの下流にはinterferon response factor(IRF)や 面にはなく,病原細胞の表面に存在)という炭水化物 NFκBがあり,type 1 interferonや腫瘍壊死因子(tumor と結合するとMASP が活性化され C3を分解しC3bを生 necrosis factor-α:TNF-α) ,interleukin-6(IL- 6)など 成する(つまりC3 転換酵素として働く).したがって, の産生に関与する(表 1 ) . レクチン経路は副経路に比し,より特異的に病原体を 3. NK細胞 攻撃する.なお,副経路・レクチン経路いずれでも, 生成された副産物の C3aやC5aはアナフィラトキシンと 病原細胞自身を殺す補体や食細胞とは異なり,ウイ して働き炎症反応に関与する.また細胞表面に形成さ ルス等に感染しておかしくなった細胞を殺すのが NK細 れた C3b は血清酵素により分解され iC3b〔 i は MAC を 胞である.この場合,細胞はパーフォリン/グランザイ 活性化できない(inactivate)の意〕となりオプソニン ムや Fasリガンドを介しアポトーシスにより殺される. C3a C3a C3b C3 C3b C3 C3b 細菌や ウイルスの表面 Bb C3b Bb C3b C3bBb = C3 転換酵素 C3b MAC Bb C3b C3bBbC3b = C5 転換酵素 図 1 補体副経路 生体内では補体タンパク C3 は自然に持続的に C3aと C3b に分解し続けている.ここで生成された C3b は細菌やウイルス表面の アミノ基やヒドロキシル基に結合したのち,補体タンパクBbと結合しC3 転換酵素となり,より多くの補体タンパクC3をC3aと C3bに分解する.生成されたC3bは,細胞表面に結合しC3bBbC3bというC5転換酵素となり,補体タンパク C5を C5aとC5b に 分解する.こうして生じた C5b は標的細胞膜表面にて膜侵襲複合体を作り標的を融解破壊する. MAC:membrane attack complex,膜侵襲複合体. Anesthesia 21 Century Vol.10 No.1-30 2008 (1789) 5 どのようにして,NK細胞が,“おかしい”風貌の細胞を 自然免疫と獲得免疫の橋渡し 殺すかについては,NK細胞上の活性化受容体と抑制性 受容体が関与するといわれている.活性化受容体が活性 化されると標的細胞を殺すのに対し,抑制性受容体が活 免疫細胞の中には,自然免疫と獲得免疫の橋渡しを担 性化されると標的細胞を殺すことを阻止するが,これら う細胞が存在する.その代表は樹状細胞(dendritic cell: の受容体のいずれがより活性化されるかのせめぎ合いに DC)である.DCは自然免疫で外的異物と見なした抗原 よって標的細胞の生死が決定される 2).NK細胞の受容 を獲得免疫担当細胞に提示し,その抗原に対する特異的 . 体とリガンドの代表的なものを示す(表 2 ) 免疫反応を開始させる働きをする.しかしながら,抗原 表 1 Toll-like receptor TLR 所在 リガンド TLR-2 細胞表面 リポタンパク,LPS, 転写因子 サイトカイン NFκB TNF-α,IL-6 ペプチドグリカン, ザイモサン,GPI TLR-3 細胞表面 二重鎖RNA IRF3,NFκB TNF-α,IL-6,Type 1 IFN TLR-4 細胞表面 LPS,HSP60 IRF3,NFκB TNF-α,IL-6,Type 1 IFN TLR-5 細胞表面 フラジェリン NFκB TNF-α,IL-6 TLR-7 エンドソーム膜 一重鎖RNA IRF7,NFκB TNF-α,IL-6,Type 1 IFN TLR-8 エンドソーム膜 一重鎖RNA IRF7,NFκB TNF-α,IL-6,Type 1 IFN TLR-9 エンドソーム膜 非メチル化CpG IRF7,NFκB TNF-α,IL-6,Type 1 IFN TLR:Toll-like receptor,LPS:lipopolysaccharide,GPI:glycosylphosphatidylinositol,HSP:heat shock protein, NFκB:nuclear factor κB,IRF:interferon response factor,TNF:tumor necrosis factor,IL:interleukin. 表 2 NK 細胞の受容体とそのリガンド 受容体 リガンド 活性化NK受容体 NKG2D/NKG2D MICA,MICB,ULBPs NKG2C/CD94 HLA-E NKp46 ? NKp30 ? NKp44 ? Activating KIRs non-self HLA-(A,B,C) DNAM-1(CD226) PVR(CD155) ,nectin-2 2B4受容体(CD244) CD48 抑制性NK受容体 6 Inhibitory KIRs HLA-A,HLA-B,HLA-C NKG2A/CD94 HLA-A,HLA-B,HLA-C,HLA-E (1790) Feature Articles KIRs:killer immunoglobulin-like receptors, DNAM-1:DNAX-accessory molecule-1, MICA:major histocompatibility complex (MHC)classⅠchain-related A,MICB:MHC classⅠchain-related B,ULBPs:unique long-16 binding proteins,HLA:human leukocyte antigen,PVR:poliovirus receptor. Fundamentals of Immunology を提示するには免疫の世界の“きまり”がある.すな に提示してもその情報を受け取ってはくれない.炎症反 わち,細胞内抗原(例えば感染細胞内のウイルス抗原) 応の存在下ではDCは表面に共刺激分子(co-stimulatory はプロテアソームで 8 ∼10アミノ酸残基よりなるペプチ molecule)(CD80,CD86 等)を発現するが,Th細胞は ドに分解されたのち,TAPというタンパク質によって MHC II /ペプチド刺激とともに第 2 の刺激として共刺激 小胞体に運ばれ,主要組織適合遺伝子複合体(major 分子のシグナルを受けてはじめて獲得免疫を発動させる histocompatibility complex:MHC)クラス I 分子上に ことになる(図 2 ).ウイルスに感染した DC が CD8+ T 乗せられて細胞表面に提示されなければならない.一方, 細胞に MHC I を介して抗原ペプチドを提示するときも 細胞外抗原は,貪食された後エンドソーム内で13∼25ア 同様である. ミノ酸残基よりなるペプチドに分解された後クラスII MHC 一方,マクロファージもAPCになりうるが,活性化さ (MHC II )分子上に乗せられて細胞表面に提示されな れていない状態では,MHC分子や共刺激分子の発現は ければならない.クラス I MHC(MHC I)分子はほと 低く,またマクロファージは炎症の場から移動できない んどの有核細胞が持ち合わせているが,MHC II 分子を ので naïve(抗原感作を受けていない)T 細胞に対しては 有しているのはいわゆる専門の抗原提示細胞(antigen 効率よく抗原提示ができない.B 細胞もAPCとなりうる presenting cell:APC)のみで,そのなかで最も重要な が,活性化していない状態では,MHC 分子の発現が低 のが DCである. く,共刺激分子をほとんど発現していないので,naïve DCは,普段は組織にとどまって見張り番をしている T 細胞にとってはよいAPCとはなりにくい.B 細胞が Th のであるが,感染等によって自然免疫が発動されると, によりあらかじめ活性化される必要があるのである.さ DCは直接戦いには参加せず抗原を貪食した後,所属リ らにThの活性化にはDCが必要である.したがって,マ ンパ節に走り去る.そこで,感染の場で何が起こってい クロファージ,B 細胞ともAPCとして十分働けるのは, たかを,獲得免疫担当細胞のヘルパー T 細胞(Th)に 一次免疫反応の後半か,二次免疫の場であろう. 伝える.しかし,ただ単にDCが抗原ペプチドをTh 細胞 獲得免疫 Naïve Th ペプチド抗原 DC Thの活性化 と増殖 Th 獲得免疫は,抗原に特異的な免疫であり,仮に,かぜ のウイルスから体を守るための免疫を服に見たてると, 自然免疫は既製服,獲得免疫はオーダーメイド服となる. B7.1 (CD80) 1. B細胞 B 細胞は,その細胞が将来産生する抗体を,細胞表面 CD28 MHC II TCR 図 2 樹状細胞によるヘルパーT 細胞の活性化 樹状細胞は主要組織適合遺伝子複合体クラスⅡ分子上に ペプチド抗原を提示し,naïve(抗原感作を受けていな い)ヘルパー T 細胞は,主要組織適合遺伝子複合体 / ペ プチド複合体をT 細胞受容体を介して認識する(第 1 の シグナル).さらに樹状細胞はB7.1(CD80)という共刺 激分子を通じて T 細胞上に存在するCD28を刺激する(第 2 のシグナル).その結果,T 細胞は活性化され分裂・増 殖する. DC:dendritic cell,樹状細胞,Th:helper T cell,MHC: major histocompatibility complex,主要組織適合遺伝子 複合体. にアンテナのようにして持っている.これをB 細胞受容 体(B cell receptor:BCR)という(図 3 A ).1 つの B 細胞は抗原に特異的な 1 種類の抗体しか作らない.それ では,いかにして10 8 個もの B 細胞がそれぞれ抗原特異 性の異なる抗体を作れるのであろうか? 抗原特異性は 抗体の抗原結合部位によって決まるが,その抗原結合部 位の多様性は遺伝子組換え(gene rearrangement)とい う方法により可能となっている(図 3 B ).つまり,H 鎖 の遺伝子は14 番染色体上に存在するが,その可変領域 (variable region)をつくるタンパク質は,その遺伝子で あるV(約50 種類),D(約20 種類),J( 6 種類)の遺伝 Anesthesia 21 Century Vol.10 No.1-30 2008 (1791) 7 子断片(gene segment)の組合せによって決められてい 成熟してくるとTh 細胞が産生するサイトカインによっ る.同様に L 鎖の場合は V と J の遺伝子断片の組合せに て抗体のクラス(IgG,IgA,IgE)を変えるようになる よって決められている.そして H 鎖とL鎖の組合せによっ 〔クラススイッチ(class switching)という〕 .Th細胞が て,さらに抗原結合部分の多様性が増す.またV,D,J 局所において産生するサイトカインのうちIL-4とIL-5 は 遺伝子断片の切り貼りの際,DNA塩基の欠落(deletion) IgEに,interferon-γ(IFN-γ)は IgG3に,transforming や挿入(addition)が起こることがあり,これによりさ growth factor-β(TGF-β)は IgAにクラススイッチを促 らに抗体の抗原結合部位は多様性を増すことになる. す.また時期を同じくして,Th 細胞が産生するサイト B 細胞の活性化はBCRを介して生 じるが,BCRは細胞質内部分が短 いので,Igα,Igβという細胞質内 部分の長い分子を伴うことにより活 性化が可能となっている.しかしな がら,naïve B 細胞を活性化させる (A) (B) (C) BCR TCR V 1 ∼ 約50 D1 ∼ 約 20 ためには,抗原のエピトープ(抗体 結合部位)が BCR に結合するだけ では不十分で,通常,活性化された 遺伝子組換え Igβ Igα Igβ V3-D2-J1 Th 細胞がCD40Lを介して B 細胞上 の CD40を刺激する必要がある.一 方,Th細胞はDCにより活性化され なければならない. 活性化された naïve B細胞は,IgM を産生するようになるが,B 細胞が γδ εε ζζ CD3 図 3 (A)B 細胞受容体とIgαとIgβ分子,(B)B 細胞受容体の可変領域の遺伝子 組換え,(C)T 細胞受容体とCD3 複合体. 遺伝子断片 V,D,J の組合せによって,B 細胞受容体の抗原結合部位の多様性が形 成される.図3B は,V領域からV3 の遺伝子が,D 領域からD2 が,J 領域からJ1の 遺伝子が選ばれた場合の DNA 組換えを示す. BCR:B cell receptor,B 細胞受容体,TCR:T cell receptor,T 細胞受容体. Naïve Th ペプチド抗原 DC J1 ∼ 6 活性化されたTh Naïve CD8+ T Thからの サイトカイン Naïve TCR CD8+ T MHC I B7.1 (CD80) CD28 MHC II TCR 活性化 されたTh DC MHC II TCR 活性化されたCD8+ T 活性化されたTh 図 4 樹状細胞によるnaive ¨ CD8+ T細胞の活性化 樹状細胞は主要組織適合遺伝子複合体クラスⅡ分子上にペプチド抗原を提示し,naïve(抗原感作を受けていない)ヘルパー T 細胞は,主要組織適合遺伝子複合体 / ペプチド複合体をT 細胞受容体を介して認識する(第 1 のシグナル).さらに樹状細胞はB7.1 (CD80)という共刺激分子を通じて T 細胞上に存在する CD28 を刺激する(第 2 のシグナル).その結果,T 細胞は活性化され分 裂・増殖する.一方 naïve CD8+ T 細胞が活性化されるためには,樹状細胞の主要組織適合遺伝子複合体クラスⅠ分子上に提示さ れたペプチド抗原認識および B7.1(CD80)を介した第 2 のシグナルの刺激に加え,活性化されたヘルパー T 細胞からのサイト カインの刺激を必要とする. DC:dendritic cell,樹状細胞,Th:helper T cell,MHC:major histocompatibility complex,主要組織適合遺伝子複合体. 8 (1792) Feature Articles Fundamentals of Immunology カインにより,組換えられたVDJ遺伝子での点変異の頻 体を防御している.また抗原の認識はMHC分子を介さ 度が増し,よりエピトープに親和性の高いBCRを有す ない.なおTCR の多様性はBCRと同様の機構(遺伝子 るB 細胞が選別され,より親和性の高い抗体が産生され 組換え)によって行われている. るようになる(somatic hypermutation) .クラススイッ T細胞の活性化はTCRを介しておこるが,TCRは細胞 チもsomatic hypermutationも,B 細胞が BCRを介して 質内部分が短いので,CD3(γ,δ,ε,ζの 4 つの異 刺激を受けることに加え,Th細胞からの刺激の助けを なった分子よりなる)という複合体を伴い,それにより 得て初めて可能となる.したがって,バクテリアの細胞 活性化が可能となる.DCは MHC II/ペプチドを介して 表面に見られるポリサッカライドのような反復した抗原 CD4 + T 細胞のTCRに結合する.しかしながら,na ï ve 決定基を持った大きな重合分子に対しては,naï ve B 細 B細胞の場合と同様にそれだけでは naïve Th細胞を活性 胞はTh細胞の助けなしでも活性化されうるが,クラス 化させるには不十分であり,DCより第 2 のシグナルの スイッチやsomatic hypermutationはみられない. 刺激を受ける必要がある.DC上の第 2 のシグナルを与え なお,産生された抗体は抗原と結合し古典経路 る共刺激分子として代表的なものに CD80,CD86 がある (classical pathway)を介して補体の活性化が起こる.ま ( T細胞上のこれらに対する受容体はCD28,CTLA-4) . た補体によって抗原がオプソニン化されるとBCRが活性 またDCはMHC I/ペプチドを介して CD8 + T 細胞の TCRに結合する.この場合もそれだけでは naïve CD8 細 化される効率が飛躍的に伸びることになる. 胞を活性化するには不十分で,共刺激分子による刺激が 2. T 細胞 T細胞受容体(TCR) (図 3 C )には,α βTCRならび 必要であるが,それに加えてTh 細胞からのサイトカイ ンの助けも必要である(図 4 ) . にγδTCRの 2 種類があるが,血中のT細胞の 95%は αβTCRを有している.αβTCRはBCRと同様,多様性 に富むがγδTCRの多様性は乏しい.γδT細胞は通常, 体表を覆う粘膜や皮膚に存在し,自然免疫に近い形で身 3. Th細胞とサイトカイン(図 5 ) naïve Th 細胞が最初に活性化されるとIL-2 が産生さ れ,分裂・増殖する.そのようにして増殖したTh 細胞 が再びAPC により刺激されると, 種々のサイトカインを分泌するよう 増殖 / 分化 Naïve Th B7.1 CD28 (CD80) T-bet IL-2 IFN-γ TNF Th1 TCR ペプチド抗原 MHC II GATA-3 DC リンパ節あるいは炎症病変 DC Th2 DC になる.その分泌されるサイトカイ ンによってTh細胞はTh1とTh2 に分 類されている.Th1はIL-2,IFN-γ, TNF を分泌し,Th2 は IL - 4,IL - 5, IL-10,IL-13を分泌するものをいう. その結果 ,Th1 は細胞性免疫を賦 IL-4 IL-5 IL-10 IL-13 活するのに対し ,Th2 はアレルギ や寄生虫に対する免疫を賦活する. Th1細胞への分化には転写因子とし てT-bet が,Th2 細胞への分化には GATA-3 が必要である. 図 5 Th1とTh2 樹状細胞は主要組織適合遺伝子複合体クラスⅡ分子上にペプチド抗原を提示し, naïve ヘルパー T 細胞は主要組織適合遺伝子複合体 / ペプチド複合体をT 細胞受容体 を介して認識する(第 1 のシグナル).さらに樹状細胞はB7.1(CD80)という共刺 激分子を通じて T 細胞上に存在するCD28を刺激する(第 2 のシグナル).その結果, T 細胞は活性化され分裂・増殖・分化し,Th1あるいはTh2となる.Th1はIL-2, IFN-γ,TNF を産生し,Th2 は IL-4,IL-5,IL-10,IL-13を産生する. DC:dendritic cell,樹状細胞,TCR:T cell receptor,T 細胞受容体,IL:interleukin, IFN:interferon,TNF:tumor necrosis factor,腫瘍壊死因子. Anesthesia 21 Century Vol.10 No.1-30 2008 (1793) 9 免疫寛容 2. 末梢での寛容(peripheral tolerance) 中枢的寛容の教育を受けてきたにもかかわらず,ごく 稀に自己の抗原に反応する T 細胞や B 細胞が生き残って 免疫は,数限りないさまざまな抗原に対し攻撃を仕掛 いる可能性がある.しかしこのような自己反応性の細胞 けるが,自身の細胞は攻撃しない.それは,免疫細胞自 が例え存在したとしても生体はこれらに対処する手段 身がそのように教育されて育てられてきたからである. を持っている.また生体は攻撃しては都合の悪い異物 (例えば,食物など)に対しては反応しない機構を持っ 1. 中枢的寛容(central tolerance) ている. 1) T細胞の発達経路と中枢的寛容(図 6 ) :未熟 T細胞は, 骨髄で産生されたのち胸腺に入り成熟することになる. 胸腺に入ったばかりの未熟 T 細胞はまだ TCRもCD4も 未熟 T 細胞 CD8も発現していない.胸腺の皮質にて増殖した後 CD4 TCR− CD4− CD8− とCD8の両方を発現したいわゆるdouble positive(DP) 細胞となる.DP細胞はTCRを発現しているが,これらの 細胞のうち皮質胸腺上皮細胞(cortical thymic epithelial cell:cTEC)のMHC 分子に反応しないものはアポトー 胸 腺 皮 質 TCR+ CD4+ CD8+ シスにて殺される(positive selection)(このときMHC 分子に強く反応しすぎるものも同時に殺される).つま Positive Selection り,ここで MHC 分子を正しく認識できるDP細胞のみが 選別されるわけである.こうして選ばれたDP細胞は今 cTEC 度は胸腺の髄質にて胸腺上皮細胞(medullary thymic epithelial cell:mTEC)の洗礼を受けることになる.つ TCR+ CD4+ CD8+ まり,mTECのMHC分子上に提示された自己抗原に反 Negative Selection 応するDP細胞が殺され,反応しない細胞のみが選別さ れることになる(negative selection)3).このmTECは autoimmune regulator(AIRE)という転写因子を発現 していて,自己のいろいろな抗原を発現できる.AIRE 胸 腺 髄 質 mTEC の変異は 1 型 多 腺 性 内 分 泌 自 己 免 疫 症 候 群(type 1 autoimmune polyendocrine syndrome)のような自己免 疫疾患をひきおこす 4).さてmTEC の洗礼を終えた頃に なるとDP 細胞は CD4 か CD8 のいずれかを発現(single positive:SP)するようになっており胸腺を出ていくこ とになる.このようにして胸腺で成熟した T 細胞は自身 の細胞を攻撃しないように教育されているのである. 2)B 細胞の発達経路と中枢的寛容:未熟 B 細胞は骨髄に て成熟するが,BCRをうまく発現できないものや自己 の抗原に反応するものはアポトーシスによって殺される ため,成熟 B 細胞も自身の細胞を攻撃しないように教育 されている. 10 (1794) Feature Articles TCR+ CD4+ TCR+ CD8+ 図 6 T 細胞の発達経路と中枢的寛容 骨髄で作られた未熟 T 細胞( T 細胞受容体− CD4− CD8−) は胸腺に入り増殖し,T 細胞受容体とCD4 と CD8を発現 するようになるが,胸腺皮質で皮質胸腺上皮細胞の主要 組織適合遺伝子複合体分子を認識できないもの(あるい は主要組織適合遺伝子複合体分子に強く反応しすぎるも の)はアポトーシスにて殺される(positive selection). 生き残った細胞のうち,髄質胸腺上皮細胞表面の主要組 織適合遺伝子複合体分子上に提示される自己抗原に反応 するものが,今度はアポトーシスにて殺されることとな る(negative selection).そのようにして生き残った T 細 胞が胸腺を出ていく. TCR:T cell recepor,T細胞受容体,cTEC:cortical thymic epithelial cell,皮質胸腺上皮細胞,mTEC: medullary thymic epithelial cell,髄質胸腺上皮細胞. Fundamentals of Immunology 1)アナジー(anergy):naïve Th 細胞が活性化されるた めには,TCRの刺激に加え第 2 の刺激(CD80,CD86 に おわりに よるCD28 の活性化等)が必要である.この第 2 の刺激 には通常自然免疫の発動が必要であるが,自己の抗原に 手術侵襲により生体にはストレスが生じる.このスト 対しては自然免疫が働かない.第 2 の刺激なしのTCR刺 レスは,自律神経系・内分泌系に大きな影響を及ぼすこ 激はT細胞の活性化ではなくアナジーをひきおこし刺激 とは,麻酔科医の間では当然のこととして受けいれられ に反応しなくなる. ている.また,リンパ節や,胸腺,脾臓をはじめとする 免疫器官は無数の神経により支配されており,また免疫 2)抑制性 T 細胞(regulatory T cell:Treg):T 細胞の中 細胞にはカテコラミン受容体を有するものが多いことよ には積極的に免疫反応を抑制する細胞が存在する.代表 り,周術期のカテコラミン分泌は免疫に影響を及ぼすこ 的なものとして,恒常的に存在し自己の抗原に対する反 とが明らかになっている.一方,ストレスにより,視床 応を抑制するCD4+ CD25+ T細胞がある5).この細胞も胸 下部 - 下垂体 - 副腎皮質系より分泌されるステロイドホ 腺から産生されるが,Treg の出現には Foxp3という転 ルモンが免疫に大きな影響を及ぼすことはよく知られた 6) 写因子の存在が必要である .また,抗原により誘導さ ことである.麻酔薬自体が免疫に及ぼす影響はわずかだ れ,外界に多く存在する無害な抗原に対する反応を抑制 とされているが,麻酔は手術侵襲によるストレスを軽減 するTregとして,抑制性サイトカインであるIL-10 を多 することにより,周術期において手術侵襲が免疫に及ぼ く分泌するTr1 細胞や,同じく抑制性サイトカインであ す影響を大きく軽減していると思われる. るTGF-βを多く分泌するTh3 細胞などが挙げられる7, 8). ■ 参考文献 1)Fujita T:Evolution of the lectin-complement pathway and its role in innate immunity. Nat Rev Immunol 2:346 - 353, 2002 2)Rajalingam R:Diversity of NK cell receptors and their HLA class I ligands. ASHI Quarterly 2:68 - 72, 2002 3)Hogquist KA, Baldwin TA, Jameson SC:Central tolerance: Learning self-control in the thymus. Nat Rev Immunol 5: 772 - 782, 2005 ∼ 4)Villasen or J, Benoist C, Mathis D:AIRE and APECED: molecular insights into an autoimmune disease. Immunol Rev 204:156 - 164, 2005 5)Bluestone JA, Tang Q:How do CD4+ CD25+ regulatory T (参考とした成書) ・Abbas AK, Lichtman AH:Cellular and Molecular Immunology. 5th Edition, Saunders, PA, 2003 ・Fairchild PJ:Immunological Tolerance. Methods and Protocols. Human Press Inc., NJ, 2007 ・Sompayrac L:How the Immune System Works, 2nd Edition, Blackwell Science, MA, 2003 ・Prendergast GC, Jaffee EM:Cancer Immunotherapy:Immune Suppression and Tumor Growth. Academic Press, MA, 2007 ・Nairn R, Helbert M:Immunology for Medical Students, Mosby Elsevier, PA, 2007 cells control autoimmunity? Curr Opin Immunol 17:638 - 642, 2005 6)Ramsdell F, Ziegler SF. Transcription factors in autoimmunity. Curr Opin Immunol 15:718 - 724, 2003 7)Sakaguchi S:Regulatory T cells:Key controllers of immunologic self-tolerance. Cell 101:455 - 458, 2000 8)Mills KH:Regulatory T cells:Friend or foe in immunity to infection? Nat Rev Immuno 4:841- 855, 2004 Anesthesia 21 Century Vol.10 No.1-30 2008 (1795) 11
© Copyright 2024 ExpyDoc