時間を知るミドリゾウリムシ Paramecium bursaria has circadian clock

Jpn. J. Protozool. Vol. 40, No. 2. (2007)
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Mini Review
時間を知るミドリゾウリムシ
堀口人士
茨城大学理学部自然機能科学科
〒310-8512 茨城県水戸市文京2-1-1
Paramecium bursaria has circadian clock
Hitoshi Horiguchi
Faculty of Science, Ibaraki University, 2-1-1 Bunkyo, Mito, Ibaraki 310-8512
はじめに
地球上の生物は、体内時計をもつことで時間を知
ることが出来る。生物にとって時間を知るというこ
とは生活をする上で重要である。体内時計は様々な
リズムを生み出すが、中でも最も研究されているの
は周期が約24時間の概日リズム(circadian rhythm)
である。
概日リズム
概日リズムは、原核生物~ヒトまで地球上のすべ
ての生物がもっている普遍的な現象と考えられてい
る。概日リズムは、大きく分けて3つの特徴をも
つ。
1)周期は約24時間。内在する概日時計の働きに
よって生み出されるリズムの周期はどの生物でも約
24時間であり、周囲の環境(光や温度など)が一定
の状態でもそのリズムは継続していく。その継続を
自由継続(free-running)といい、その周期を自由継
続周期(free-running period)という。
*Corresponding author
Tel/Fax: +81-90-9085-7194
E-mail: [email protected]
Received: 15 January 2007
2)同調性を持つ。光や温度といった適切な刺激
(同調因子)によって、自身の時計を同調し概日リ
ズムが修正される。例えば、ヒトの場合自由継続周
期が約25時間であるが、起床後太陽の光を浴びるこ
とでそのリズムの周期を同調し、地球の自転周期で
ある24時間にリズムを修正している。
3)温度補償性を持つ。概日リズムの約24時間とい
う周期は、温度に依存しない。単純な生化学反応で
あれば温度が10℃違えばその反応速度は倍近くにな
る。しかし、概日リズムの周期は常に一定である。
よって、概日リズムの制御は単純な生化学反応によ
るものではないということがわかる。
こうした特長をもつ概日リズムをミドリゾウリム
シも持っている。ミドリゾウリムシは、単細胞であ
るため、光や温度といった外部の刺激を受容し時計
本体に伝達する「入力系」、そして時計の本体であ
る「振動体」、時計からのリズムを生理機能として
現す「出力系」が一つの細胞内に存在する。多細胞
生物ではこれらが独立した場所に存在することを考
えれば、ミドリゾウリムシは概日時計の研究をする
のに適した材料であるといえる。
現在、概日リズムの様々な生物において概日リズ
ムを制御する分子機構が明らかとなっている。はじ
め、ショウジョウバエで発見されたper遺伝子は、他
の生物でもそのホモログが同定されて、per遺伝子は
転写・翻訳後PERタンパクとなり自身の転写を抑制
する「負のフィードバックループ」を形成すること
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図1. 接合活性リズム
リズムはLL条件でも維持される。約2週間でその振幅がなくなるが、一定の暗期で振幅は回復する。
が明らかとなった。この遺伝子のフィードバック
ループは様々な生物で確認されており、時計の中心
機構として働いていることがわかっている。ミドリ
ゾウリムシにおいては、まだ時計遺伝子の同定はさ
れていないが、転写・翻訳の阻害剤を添加すること
でリズムが発現しなくなり、またフィードバック
ループを形成する上で重要なリン酸化を阻害するこ
とでリズムの周期が延長することから、他の生物と
同様な機構が存在することが考えられる。
ミドリゾウリムシの概日リズム
ミドリゾウリムシは接合活性リズム、集光性リズ
ム、活動性リズム、負の重力走性リズムなどの概日
リズムを示す。他の種のゾウリムシが性的に成熟す
ると常に接合活性を示すが、ミドリゾウリムシは成
熟しても一日の特定の時間しか接合活性を示さな
い。当研究室では、LD12:12で培養しているので、
接合活性はL(明期)の中間でピークを迎える。接合
活性率は、3時間ごとに60匹中活性を示す個体が何
個体あるかを調べることで得られる。接合活性リズ
ムは、LL(恒明)条件下で約2週間するとリズムは
消失し約50%の活性率を示す。そこに9時間の暗期
を与えるとリズムが再び現れるようになる。これ
は、接合活性リズムは集団のリズムをみているため
で、細胞個々のリズムは自由継続している。しか
し、細胞個々のリズムの位相が脱同調しているため
に、接合活性が全体の平均となる約50%となったの
である。そのため、暗パルスを与え個々の細胞を同
調させることで集団のリズムは回復する。
この接合活性リズムには二つの生物時計が関係し
ている。一つ目は概日時計、二つ目は発生時計であ
る。接合活性発現には性的な成熟が必要であり、日
中の特定の時間が必要となる。概日時計の周期が短
い株は成熟までの時間が短く、概日時計の周期が長
い株は成熟までの時間が長いといったことから、性
的な成熟を計る発生時計と一日の時間を計る概日時
計の間に密接なかかわりがあることが考えられる。
接合活性とともに、当研究室で実験を行っていた
ものに集光性リズムがある。集光性リズムは、特殊
な容器の上部にスリットを通して光が照射される。
光軸に細胞が集ると透過率が減少するので、集光性
はその光の透過性の減少率を1時間ごとに調べるこ
とで得られる。こちらも接合活性リズム同様にきれ
いな概日リズムを見ることが出来る。
共生クロレラの影響
集光性のリズムの研究から、緑色細胞と白色細胞
の周期に違いがあることがわかった。白色細胞では
LLとDD(恒暗)条件でその周期に違いは現れないの
だが、緑色細胞はLL条件でDD条件よりも約2.5時間
周期が長くなった。そこで、光合成阻害剤である
DCMUで処理し集光性リズムを計ってみると、緑色
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細胞でも周期の延長は見られなかった。このことか
ら、細胞内にあるクロレラ、特に光合成がミドリゾ
ウリムシの概日リズムに影響を与えているというこ
とがわかった。そこで、恒暗条件で大量培養するこ
とにより細胞内のクロレラの数を減らした薄緑細胞
を作成し、そのリズムを測ってみると、白色細胞と
緑色細胞の中間の周期を示した。細胞内の共生クロ
レラのミドリゾウリムシに与える影響は、そのクロ
レラ数に依存することが考えられる。
白色細胞は、単離された共生クロレラを取り込み
再び共生関係を築くという特徴(再感染)をもって
いるので、ミドリゾウリムシと共生クロレラのリズ
ムの関係を、この再感染実験を用いて調べた。白色
細胞と逆位相で培養した緑色細胞から単離された共
生クロレラを、白色細胞に再感染させると、そのリ
ズムは約3周期で白色細胞の位相から共生クロレラ
の位相へとシフトする。共生クロレラの概日時計に
よって生み出される概日リズム(光合成リズム)
が、ミドリゾウリムシの概日時計に作用し、生み出
される概日リズムの位相を変化させたと考えられ
る。この、共生クロレラによるミドリゾウリムシの
位相の逆転は、集光性リズムで最初に発見され、そ
の後接合活性リズムでも確認された。また、LLで無
周期となる突然変異体に共生クロレラを感染させそ
の後のリズムを調べた実験では、LLでもリズムを示
すようになるという結果も得られた。
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以上のことから、ミドリゾウリムシの概日時計と
共生クロレラの概日時計の間には密接な関係があ
り、その二つが競合した場合は共生クロレラの概日
時計が主導的な役割を果たすということがわかっ
た。これは、共生クロレラが与える光合成産物がミ
ドリゾウリムシにとって同調因子として働いている
ためと考えられている。また今回は取り上げなかっ
たが、恒常条件で無周期となる突然変異が細胞質遺
伝を行うことが分かっているので、細胞内小器官で
あるミトコンドリアなどが作用している可能性も考
えられる。
さいごに
ミドリゾウリムシは、細胞内に存在する概日時計
によって様々な概日リズムを示す原生動物である。
他の多細胞生物と異なり一つの細胞に入力系や出力
系、概日時計が存在するため概日時計を研究する上
で便利な細胞であり、また細胞内にミドリゾウリム
シの細胞と共生クロレラの二つの概日時計を持つ非
常に面白い動物である。さらに、共生クロレラは単
離培養が可能で容易に再感染を行わせることができ
るので、細胞内共生機構に関しても研究が盛んに行
われている。共生と概日時計という二つを関連させ
て研究を行うことで、他の生物では調べられないよ
図2. 共生クロレラの概日リズムに対する影響
逆位相で培養されたミドリゾウリムシから取られた共生クロレラは、白色細胞に再感染したのち、白色
細胞のリズムの位相を変化させる。
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うな事実が発見できるかもしない。しかし、現在の
概日時計の研究は、遺伝子の同定など分子生物学的
なアプローチが不可欠となっている。ミドリゾウリ
ムシでは、時計遺伝子の同定が行われていないた
め、概日時計のモデル生物として面白い材料ながら
非常に出遅れた生物となってしまった。ミドリゾウ
リムシにおいても、時計遺伝子の同定が行われ研究
が大きく進むことを期待する。
参考文献
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