ヘビーメロミオシンの直接観察 山形大学 応用生命システム工学科 坂本 瑠美 1.はじめに 2.3 滑り運動系の調製と観測 筋肉は動物の主要な運動器官であり、生物が生きてゆく ための力学エネルギーを生産する上で、非常に重要な役 割を担っている。体を支える骨格筋は、筋繊維の集合体で あり、この筋繊維を構成しているのが筋原繊維である。筋原 繊維にはアクチンとミオシンの2種類があり、この2種類の相 互作用により滑り運動が起こると考えられている。この滑り 運動が起こる際に ATP(アデノシン3リン酸)が ADP(アデノ シン2リン酸)と Pi(リン酸)に分解され、その化学エネルギ ーが機械的エネルギーに変換されることで生きてゆくため の力学エネルギーを取り出しているのである。 本研究では、普段観察されないヘビーメロミオシン (HMM; ミオシン分子の活性部位)を蛍光標識し、アクチン 繊維に作用する HMM の数(密度)を直接的に測定した。さ らにまた、HMM の密度分布がアクチン繊維の運動に与え る効果を調査した。 コロジオン処理(HMMの活性部位を上に向かせるため にプレパラート表面にコロジオンを塗布し、疎水性にした) したスライドガラス上にHMM(15 条件を使用、後に表記す る。)を固定し、そこへ蛍光標識剤ローダミンファロイジン (シグマ社; 励起波長 540 nm , 蛍光波長 570 nm )で 標識したアクチン繊維(以下ローダミンアクチンと呼ぶ)と ATPを加えた。最終的な溶液条件は 25 mM KCl , 25 mM imidazole-HCl (pH 7.4), 4 mM MgCl2 , 1 mM ATP , 0.5 % 2-mercaptoethanol とした。蛍光の褪色を抑制するために、 3 mg/ml グルコース , 0.02 mg/ml グルコースオキシダー ゼ , 0.1 mg/ml カタラーゼを加えた。HMM分子上でのロ ー ダ ミ ン ア ク チ ン を 倒 立 型 蛍 光 顕 微 鏡 ( Nikon , Diaphoto-TMD)で観察した。観察された顕微鏡画像を高 感度カメラ(浜松ホトニクス , C2400-08)を通して画像取得 ボ ー ド ( Scion , LG-3 ) を 用 い て 時 系 列 に コ ン ピ ュ ー タ (Apple社 , PowerMac G3)に取り込んだ。 2.実験方法 2.4HMM 溶液の調製 2.1 ヘビーメロミオシン分子の蛍光標識 HMM 溶液は、普段観察で使用する未処理の HMM(以 下ノーマル HMM と呼ぶ)の他に、蛍光 HMM とノーマル HMM の混合比率を変えたもの(蛍光 HMM が 0.5% , 1% , 2% , 5% , 10% , 50% , 100%)、そして NEM-HMM とノーマ ル HMM の混合比率を変えたもの(NEM-HMM が 0.5% , 1% , 2% , 5% , 10% , 50% , 100%)を使用した。HMM 溶液 の濃度はすべて 0.05 mg/ml に調製した。 Buffer ( 25 mM KCl , 1 mM MgCl2 , 50 mM NaHCO3 )にウサギ骨格筋由来 3.8 mg/ml HMM を 4 µl 加え、1mlにしたHMM sol.(1 mg/ml)を用意した。HMM sol. に、4 mg/mlの蛍光標識剤IC3-OSu(同仁堂;励起波長 550 nm , 蛍光波長 570 nm)の 5 µl(DMSO中に溶解)を混合 し、アルミホイルに包み、常温で 60 分間反応させた。その 後に、2M Tris-HCl (pH 7.5)を 50 µl加え、反応を停止させ た 。 そ し て 、ゲ ル ろ 過溶液 中 ( 25 mM KCl , 25 mM imidazole , 2 mM MgCl2 , 0.5 mM DTT)でゲルろ過し、 フリーの蛍光色素を除去した(以下、この過程により調製さ れたHMMを標識HMMと呼ぶ)。 この標識 HMM の IC3-OSu ラベル率(HMM1 分子に対 する IC3-OSu の結合比率)は 10.5 で、HMM 濃度は 0.6 mg/ml であった。蛍光分子が HMM のどこに付加されるの かは特定されていない。 3. 結果・考察 蛍光 HMM を用いて観察を行った。HMM 溶液は、ノー マル HMM ,蛍光 HMM の濃度が 1%, 2% を使用した。1%, 2%の HMM の個数を、取り込んだ画像からカウントし密度 を計算した。また、この結果をもとに、ミオシンヘッド中心部 から隣り合うミオシンヘッド中心部までの距離を見積もった。 結果を Table 1 に示す。 Table 1. スライドガラス上の HMM の個数 2.2 ヘビーメロミオシンの N-ethylmaleimide(NEM)による 処理 1ml の 1 mg/ml HMMをA-Buffer(25 mM KCl , 10 mM imidazole (pH 7.4), 2 mM MgCl2)で透析した。10 mg/ml のNEM(DMSO中に溶解)を純水で 10 倍(1 mg/ml)に希釈 した後、5 µl加え一晩反応させた。2-mercaptoethanolを 10 µl加え、反応を停止させた。その後、NEM-HMMを 0.1 mM DTTを含んだA-Bufferに対して透析しした(以下、この過程 に よ り 調 製 さ れ た HMM を NEM-HMM と 呼 ぶ ) 。 こ の NEM-HMMの濃度は 0.7 mg/mlであった。NEMが結合され た部分は、ミオシンヘッドの首に近い部分にある、システイ ンであると考えられる。 全 HMM 中で の蛍光 HMM の割合 蛍光 HMM の 個数 (個/ µm2) ノ ー マ ル HMM の 個 数 (個/ µm2) ノ ー マ ル HMM 分 子 中心部∼中 心部の距離 ( µm) 1% 1.68 168 77 2% 2.24 112 93 予想通り、蛍光 HMM の濃度が上がると密度も上がって いた。また、Fig. 2 に示すように、HMM1 分子の横幅の大き さは 50 nm なので、HMM 中心部から隣り合う HMM 分子の 中心部までの距離は最低 50 nm 必要である。よって本実験 1 で得られた 77 nm の値は妥当であると考えられる。1%と 2% の場合での若干の差は、2%において蛍光スポットの重なり が増えたため個数を小さく見積もったことが原因と思われ る。 Fig. 3 ノーマル HMM 上での ローダミンアクチンの滑り運動 Fig. 1 蛍光 HMM1%のときの顕微鏡像 50 nm 50 nm 77 ~ 94 nm HMM 分子間の距離 Fig. 2 Fig. 4 0.5% 蛍光 HMM 上での ローダミンアクチンの滑り運動 HMM 頭部とその間隔の模式図 次に、蛍光 HMM 存在下でのローダミンアクチンの滑り 運動速度を計測した。実験結果を Fig. 1 のグラフに示す。 蛍光 HMM のラベル率が 10.5 と非常に高かったため、蛍光 HMM は失活しアクチンの運動へ寄与せずに蛍光 HMM の濃度が上がるとローダミンアクチンの速度は低下すると予 測した。しかし、実際は蛍光 HMM の濃度が 1%のときに速 度は上昇する結果となった。この結果の信頼性を確かめる ため、蛍光 HMM 溶液の種類を増やし追実験を 2 回行った。 HMM 溶液は、ノーマル, 0.5% , 1% , 2% , 5% の 5 種類を 使用した。結果を Fig. 6 , Fig. 7 に示す。 Fig. 6 , Fig. 7 から分かるように、追実験 2 回でも同じく 0~1%において最高速度を記録し、1~5%の間で速度が低 下する結果が得られた。しかし、蛍光 HMM を調製してから の日数の増加に伴い、促進効果は低下した。 次に、蛍光 HMM の濃度をさらに高くして速度の計測を 行った。HMM 液は、ノーマル , 1% , 5% , 10% , 50% , 100% の種類を使用した。実験結果を Fig. 8 に示す。 6 平均速度 (μm/秒) 5 4 3 2 1 0 0 1 2 3 蛍光標 識ミ オシ ンの割合 (%)) Fig. 5 蛍光 HMM の割合と速度の関係(0~2%) 2 比較した。尚、NEM-HMM はアクチンと強く結合し ATP 存 在下でも解離しない。 1 回目に HMM 液は、ノーマル HMM、NEM-HMM の濃 度が 0.5% , 1% , 2% , 5% の 5 種類を使用した。この結果 を Fig. 9 に示す。2 回目に HMM 液は、ノーマル HMM、 1% , 5% , 10% , 50% , 100%の 6 種類を使用した。この結果 を Fig. 10 に示す。ノーマル HMM の速度から大きな増加 をすることがなく、速度が徐徐に下がっていった。蛍光 HMM と違う点は、NEM-HMM100%において観察されたロ ーダミンアクチンはすべて HMM に結合して観察された。 速度((μm/s) 4 3 2 1 0 1 2 3 4 5 4 6 蛍 光標 識ミオシ ンの割合((%) Fig. 6 蛍光 HMM の割合と速度の関係(0~5%) 速度(μm/s) 3 4 2 速度(μm/s) 3 1 0 1 2 3 4 5 6 NEMミオシンの割合(%) 2 Fig. 9 NEM-HMM の割合と速度の関係(0~5%) 1 0 1 2 3 4 5 6 4 蛍 光標 識ミオシ ンの割合(%) Fig. 7 蛍光 HMM の割合と速度の関係(0~5%) 速度(μm/s) 3 4 1 0 2 ٛ 速度(μm/s) 3 2 1 0 20 40 60 80 100 120 NEMミオシンの割合(%) 0 Fig. 10 NEM-HMM の割合と速度の関係 0 20 40 60 80 100 120 蛍光ミオシンの割合(%) こ れ ま で 計 測 し た 結 果 を も と に 、 蛍 光 HMM と NEM-HMM の速度を比較した。ノーマル HMM の速度を 1 とし、ノーマル HMM との相対値で表し、比較をした。使用 した値は、蛍光 HMM を Fig. 6 のグラフの値、NEM-HMM を Fig. 9 のグラフの値とし、結果を Fig. 11 に示す。Fig. 11 から分かるように、NEM-HMM ではノーマル HMM とほぼ 同じ速度から序々に速度が低下したことに対し、蛍光 HMM では 1%の混合比で約 2 倍まで速度が上がり、その 割合を越えてから速度が低下した。5%混合率においてもノ ーマル HMM の速度よりも大きかった。 Fig. 8 蛍光 HMM の割合と速度の関係(0~100%) 結果は、1%で速度が上がり、それ以降は速度が低下し ていた。蛍光 HMM 100%で速度を 0 µm/s としているが、ロ ーダミンアクチンを確認することはできたが、HMM との結 合が悪く、繊維の中心だけが浮いていたり、片方の端が浮 いている状態で観察された。次に、蛍光 HMM がアクチン へ与える力学的効果を検討するためにアクチンとの滑り運 動を行わないことが一般的に知られている NEM-HMM と 3 相対速度 2 1 0 0 1 2 3 4 5 6 蛍光、NEM ミオシンの割合(%) Fig. 11 蛍光 HMM(●)と NEM-HMM(○)上でのアクチン 繊維の速度の比較 4. まとめ このような結果から、HMM に蛍光標識することで滑り運 動に対して促進作用をもつことが明らかになった。また、こ の蛍光 HMM と NEM-HMM では、アクチンの滑り運動に対 する効果が異なっていた。NEM-HMM はアクチンに強い 結合をすることがわかっていることから運動に対してブレー キとして働いていることが示唆される。それとは対称的に IC3 蛍光ミオシンでは1%混合率において速度を2倍に促 進した。これは単純に蛍光標識によって失活したのではな く、アクチンとの結合において負荷を軽減するような結合状 態があることを意味する。 さらにいえば、単位 µm あたりの HMM 分子数が 13 個と 見積もられたことを考えると、1%の蛍光 HMM の割合では、 数 µm のアクチン繊維に対して HMM が1個作用するかし ないかである。つまりこのような少量の分子が繊維全体の運 動速度を左右することになる。その要因が何によるものなの か特定するには至らなかったが、従来のモデルからでは説 明できない、驚きの結果であった。 また、NEM-HMM100%ではアクチンと HMM が結合し、 はっきりアクチン繊維が観察されたが、蛍光 HMM が 100% のときに HMM からアクチンが解離したことから、蛍光標識 剤はミオシン頭部のアクチン結合部位にも付加され、アク チンとの親和性を弱くすると考えられる。 参考文献 [1]神谷律、丸山工作:細胞の運動, 7/13,培風館(1992) [2]竹縄忠臣ら:細胞骨格と細胞運動,3/5,シュプリンガー・ フェアラーク [3]Wayne M. Becker, Lewis J.Kleinsmith, Jeff Hardin:細 胞の世界, 729/732, 西村書店 [4]山本啓一、丸山工作:筋肉 生命現象への化学的アプロー チ, 化学同人 4
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