ヘビーメロミオシンの直接観察 19年度(PDF形式)

ヘビーメロミオシンの直接観察
山形大学
応用生命システム工学科
坂本
瑠美
1.はじめに
2.3 滑り運動系の調製と観測
筋肉は動物の主要な運動器官であり、生物が生きてゆく
ための力学エネルギーを生産する上で、非常に重要な役
割を担っている。体を支える骨格筋は、筋繊維の集合体で
あり、この筋繊維を構成しているのが筋原繊維である。筋原
繊維にはアクチンとミオシンの2種類があり、この2種類の相
互作用により滑り運動が起こると考えられている。この滑り
運動が起こる際に ATP(アデノシン3リン酸)が ADP(アデノ
シン2リン酸)と Pi(リン酸)に分解され、その化学エネルギ
ーが機械的エネルギーに変換されることで生きてゆくため
の力学エネルギーを取り出しているのである。
本研究では、普段観察されないヘビーメロミオシン
(HMM; ミオシン分子の活性部位)を蛍光標識し、アクチン
繊維に作用する HMM の数(密度)を直接的に測定した。さ
らにまた、HMM の密度分布がアクチン繊維の運動に与え
る効果を調査した。
コロジオン処理(HMMの活性部位を上に向かせるため
にプレパラート表面にコロジオンを塗布し、疎水性にした)
したスライドガラス上にHMM(15 条件を使用、後に表記す
る。)を固定し、そこへ蛍光標識剤ローダミンファロイジン
(シグマ社; 励起波長 540 nm , 蛍光波長 570 nm )で
標識したアクチン繊維(以下ローダミンアクチンと呼ぶ)と
ATPを加えた。最終的な溶液条件は 25 mM KCl , 25 mM
imidazole-HCl (pH 7.4), 4 mM MgCl2 , 1 mM ATP , 0.5 %
2-mercaptoethanol とした。蛍光の褪色を抑制するために、
3 mg/ml グルコース , 0.02 mg/ml グルコースオキシダー
ゼ , 0.1 mg/ml カタラーゼを加えた。HMM分子上でのロ
ー ダ ミ ン ア ク チ ン を 倒 立 型 蛍 光 顕 微 鏡 ( Nikon ,
Diaphoto-TMD)で観察した。観察された顕微鏡画像を高
感度カメラ(浜松ホトニクス , C2400-08)を通して画像取得
ボ ー ド ( Scion , LG-3 ) を 用 い て 時 系 列 に コ ン ピ ュ ー タ
(Apple社 , PowerMac G3)に取り込んだ。
2.実験方法
2.4HMM 溶液の調製
2.1 ヘビーメロミオシン分子の蛍光標識
HMM 溶液は、普段観察で使用する未処理の HMM(以
下ノーマル HMM と呼ぶ)の他に、蛍光 HMM とノーマル
HMM の混合比率を変えたもの(蛍光 HMM が 0.5% , 1% ,
2% , 5% , 10% , 50% , 100%)、そして NEM-HMM とノーマ
ル HMM の混合比率を変えたもの(NEM-HMM が 0.5% ,
1% , 2% , 5% , 10% , 50% , 100%)を使用した。HMM 溶液
の濃度はすべて 0.05 mg/ml に調製した。
Buffer ( 25 mM KCl , 1 mM MgCl2 , 50 mM
NaHCO3 )にウサギ骨格筋由来 3.8 mg/ml HMM を 4 µl
加え、1mlにしたHMM sol.(1 mg/ml)を用意した。HMM sol.
に、4 mg/mlの蛍光標識剤IC3-OSu(同仁堂;励起波長 550
nm , 蛍光波長 570 nm)の 5 µl(DMSO中に溶解)を混合
し、アルミホイルに包み、常温で 60 分間反応させた。その
後に、2M Tris-HCl (pH 7.5)を 50 µl加え、反応を停止させ
た 。 そ し て 、ゲ ル ろ 過溶液 中 ( 25 mM KCl , 25 mM
imidazole , 2 mM MgCl2 , 0.5 mM DTT)でゲルろ過し、
フリーの蛍光色素を除去した(以下、この過程により調製さ
れたHMMを標識HMMと呼ぶ)。
この標識 HMM の IC3-OSu ラベル率(HMM1 分子に対
する IC3-OSu の結合比率)は 10.5 で、HMM 濃度は 0.6
mg/ml であった。蛍光分子が HMM のどこに付加されるの
かは特定されていない。
3. 結果・考察
蛍光 HMM を用いて観察を行った。HMM 溶液は、ノー
マル HMM ,蛍光 HMM の濃度が 1%, 2% を使用した。1%,
2%の HMM の個数を、取り込んだ画像からカウントし密度
を計算した。また、この結果をもとに、ミオシンヘッド中心部
から隣り合うミオシンヘッド中心部までの距離を見積もった。
結果を Table 1 に示す。
Table 1. スライドガラス上の HMM の個数
2.2 ヘビーメロミオシンの N-ethylmaleimide(NEM)による
処理
1ml の 1 mg/ml HMMをA-Buffer(25 mM KCl , 10 mM
imidazole (pH 7.4), 2 mM MgCl2)で透析した。10 mg/ml
のNEM(DMSO中に溶解)を純水で 10 倍(1 mg/ml)に希釈
した後、5 µl加え一晩反応させた。2-mercaptoethanolを 10
µl加え、反応を停止させた。その後、NEM-HMMを 0.1 mM
DTTを含んだA-Bufferに対して透析しした(以下、この過程
に よ り 調 製 さ れ た HMM を NEM-HMM と 呼 ぶ ) 。 こ の
NEM-HMMの濃度は 0.7 mg/mlであった。NEMが結合され
た部分は、ミオシンヘッドの首に近い部分にある、システイ
ンであると考えられる。
全 HMM 中で
の蛍光 HMM
の割合
蛍光 HMM の
個数
(個/ µm2)
ノ ー マ ル
HMM の 個 数
(個/ µm2)
ノ ー マ ル
HMM 分 子
中心部∼中
心部の距離
( µm)
1%
1.68
168
77
2%
2.24
112
93
予想通り、蛍光 HMM の濃度が上がると密度も上がって
いた。また、Fig. 2 に示すように、HMM1 分子の横幅の大き
さは 50 nm なので、HMM 中心部から隣り合う HMM 分子の
中心部までの距離は最低 50 nm 必要である。よって本実験
1
で得られた 77 nm の値は妥当であると考えられる。1%と 2%
の場合での若干の差は、2%において蛍光スポットの重なり
が増えたため個数を小さく見積もったことが原因と思われ
る。
Fig. 3 ノーマル HMM 上での
ローダミンアクチンの滑り運動
Fig. 1 蛍光 HMM1%のときの顕微鏡像
50 nm
50 nm
77 ~ 94 nm
HMM 分子間の距離
Fig. 2
Fig. 4 0.5% 蛍光 HMM 上での
ローダミンアクチンの滑り運動
HMM 頭部とその間隔の模式図
次に、蛍光 HMM 存在下でのローダミンアクチンの滑り
運動速度を計測した。実験結果を Fig. 1 のグラフに示す。
蛍光 HMM のラベル率が 10.5 と非常に高かったため、蛍光
HMM は失活しアクチンの運動へ寄与せずに蛍光 HMM
の濃度が上がるとローダミンアクチンの速度は低下すると予
測した。しかし、実際は蛍光 HMM の濃度が 1%のときに速
度は上昇する結果となった。この結果の信頼性を確かめる
ため、蛍光 HMM 溶液の種類を増やし追実験を 2 回行った。
HMM 溶液は、ノーマル, 0.5% , 1% , 2% , 5% の 5 種類を
使用した。結果を Fig. 6 , Fig. 7 に示す。
Fig. 6 , Fig. 7 から分かるように、追実験 2 回でも同じく
0~1%において最高速度を記録し、1~5%の間で速度が低
下する結果が得られた。しかし、蛍光 HMM を調製してから
の日数の増加に伴い、促進効果は低下した。
次に、蛍光 HMM の濃度をさらに高くして速度の計測を
行った。HMM 液は、ノーマル , 1% , 5% , 10% , 50% ,
100% の種類を使用した。実験結果を Fig. 8 に示す。
6
平均速度 (μm/秒)
5
4
3
2
1
0
0
1
2
3
蛍光標 識ミ オシ ンの割合 (%))
Fig. 5 蛍光 HMM の割合と速度の関係(0~2%)
2
比較した。尚、NEM-HMM はアクチンと強く結合し ATP 存
在下でも解離しない。
1 回目に HMM 液は、ノーマル HMM、NEM-HMM の濃
度が 0.5% , 1% , 2% , 5% の 5 種類を使用した。この結果
を Fig. 9 に示す。2 回目に HMM 液は、ノーマル HMM、
1% , 5% , 10% , 50% , 100%の 6 種類を使用した。この結果
を Fig. 10 に示す。ノーマル HMM の速度から大きな増加
をすることがなく、速度が徐徐に下がっていった。蛍光
HMM と違う点は、NEM-HMM100%において観察されたロ
ーダミンアクチンはすべて HMM に結合して観察された。
速度((μm/s)
4
3
2
1
0
1
2
3
4
5
4
6
蛍 光標 識ミオシ ンの割合((%)
Fig. 6 蛍光 HMM の割合と速度の関係(0~5%)
速度(μm/s)
3
4
2
速度(μm/s)
3
1
0
1
2
3
4
5
6
NEMミオシンの割合(%)
2
Fig. 9 NEM-HMM の割合と速度の関係(0~5%)
1
0
1
2
3
4
5
6
4
蛍 光標 識ミオシ ンの割合(%)
Fig. 7 蛍光 HMM の割合と速度の関係(0~5%)
速度(μm/s)
3
4
1
0
2
ٛ
速度(μm/s)
3
2
1
0
20
40
60
80
100
120
NEMミオシンの割合(%)
0
Fig. 10 NEM-HMM の割合と速度の関係
0
20
40
60
80
100
120
蛍光ミオシンの割合(%)
こ れ ま で 計 測 し た 結 果 を も と に 、 蛍 光 HMM と
NEM-HMM の速度を比較した。ノーマル HMM の速度を 1
とし、ノーマル HMM との相対値で表し、比較をした。使用
した値は、蛍光 HMM を Fig. 6 のグラフの値、NEM-HMM
を Fig. 9 のグラフの値とし、結果を Fig. 11 に示す。Fig. 11
から分かるように、NEM-HMM ではノーマル HMM とほぼ
同じ速度から序々に速度が低下したことに対し、蛍光
HMM では 1%の混合比で約 2 倍まで速度が上がり、その
割合を越えてから速度が低下した。5%混合率においてもノ
ーマル HMM の速度よりも大きかった。
Fig. 8 蛍光 HMM の割合と速度の関係(0~100%)
結果は、1%で速度が上がり、それ以降は速度が低下し
ていた。蛍光 HMM 100%で速度を 0 µm/s としているが、ロ
ーダミンアクチンを確認することはできたが、HMM との結
合が悪く、繊維の中心だけが浮いていたり、片方の端が浮
いている状態で観察された。次に、蛍光 HMM がアクチン
へ与える力学的効果を検討するためにアクチンとの滑り運
動を行わないことが一般的に知られている NEM-HMM と
3
相対速度
2
1
0
0
1
2
3
4
5
6
蛍光、NEM ミオシンの割合(%)
Fig. 11 蛍光 HMM(●)と NEM-HMM(○)上でのアクチン
繊維の速度の比較
4. まとめ
このような結果から、HMM に蛍光標識することで滑り運
動に対して促進作用をもつことが明らかになった。また、こ
の蛍光 HMM と NEM-HMM では、アクチンの滑り運動に対
する効果が異なっていた。NEM-HMM はアクチンに強い
結合をすることがわかっていることから運動に対してブレー
キとして働いていることが示唆される。それとは対称的に
IC3 蛍光ミオシンでは1%混合率において速度を2倍に促
進した。これは単純に蛍光標識によって失活したのではな
く、アクチンとの結合において負荷を軽減するような結合状
態があることを意味する。
さらにいえば、単位 µm あたりの HMM 分子数が 13 個と
見積もられたことを考えると、1%の蛍光 HMM の割合では、
数 µm のアクチン繊維に対して HMM が1個作用するかし
ないかである。つまりこのような少量の分子が繊維全体の運
動速度を左右することになる。その要因が何によるものなの
か特定するには至らなかったが、従来のモデルからでは説
明できない、驚きの結果であった。
また、NEM-HMM100%ではアクチンと HMM が結合し、
はっきりアクチン繊維が観察されたが、蛍光 HMM が 100%
のときに HMM からアクチンが解離したことから、蛍光標識
剤はミオシン頭部のアクチン結合部位にも付加され、アク
チンとの親和性を弱くすると考えられる。
参考文献
[1]神谷律、丸山工作:細胞の運動, 7/13,培風館(1992)
[2]竹縄忠臣ら:細胞骨格と細胞運動,3/5,シュプリンガー・
フェアラーク
[3]Wayne M. Becker, Lewis J.Kleinsmith, Jeff Hardin:細
胞の世界, 729/732, 西村書店
[4]山本啓一、丸山工作:筋肉 生命現象への化学的アプロー
チ, 化学同人
4