弾塑性構成式の歴史と今後の展望 History and Perspective of Elastoplastic Constitutive Equations 橋口 公一(九大・農) Koichi HASHIGUCHI, Kyushu University FAX: 092-642-2932 E-mail: [email protected] The recent development of phenomenological elastoplastic constitutive equations is reviewed in this article. In particular, the consistent description of the various elastoplastic deformation behavior and the friction phenomena between bodies has been attained by the subloading surface model which is the only model fulfilling the mathematical requirements for constitutive equations, i.e. the continuity and smoothness conditions. Besides, the perspective of elastoplastic constitutive equations for the future development is described briefly. 1.はじめに 弾塑性構成式は,コンピュータの発展に基づく有限要素 法等の数値解析法の高度化に伴い,物質の様々な変形挙動 を表現し得る定式化が求められ,近年急速に発展した。本 稿では,現象論的弾塑性構成式の発展の状況ならびに今後 の課題について概説する。なお,個々の材料を対象に究明 されてきた金属結晶塑性論,土等の粒状体力学等による微 視的メカニズムとの因果関係については割愛し,現象論的 レビューを行う。 2.古典論から非古典論へ:“下負荷面モデル”の誕生 降伏面の内部を純粋弾性域と仮定する古典弾塑性構成 式 1)は,硬化材料の変形挙動については,かなり現実的な 予測が可能で金属や正規圧密土の変形解析に寄与してきた。 しかし,先行荷重から応力解放され過圧密状態にある地球 表面地盤などに広範に観察される軟化現象については,応 力が弾性的に急上昇して降伏面に達し,その後急激に低下 する非現実的な予測を行う。また,機械振動,地震,波浪, 交通荷重等において見られる繰返し負荷については,第2 サイクル以降,応力は降伏面の内部を弾性的に往復するだ けで塑性ひずみの集積は全く表現できない。 古典弾塑性構成式のこのような限界を克服するため,降 伏面の内部の応力変化による塑性変形を合理的に表現する 非古典弾塑性構成式 1)として「下負荷面モデル」(subloading surface model)2-3) が提案された。以下に,本モデルについ て概説する。 物質粒子の現配置 x および速度 v で定義される速度勾配 L = ∂v / ∂x により,ひずみ速度は D ≡ ( L + LT ) / 2 ,連続 体スピンは W ≡ (L − LT ) / 2 ( ( ) T :転置)で与えられる。 ここに,ひずみ速度 D は次の通り弾性ひずみ速度 De と塑 性ひずみ速度 D p に加算分解されると仮定する。 D = De + D p ここで,弾性ひずみ速度を次式で与える。 e −1 D D =E σ (1) (2) ここに,E は弾性係数テンソル,σ は Cauchy 応力である。 (D) は客観性を持つ共回転速度を示すが,以後,微小変形に 限定する一方,剛体回転の構成関係への影響を避けるため 次の Jaumann 速度を用いることにする。 D • (3) T ≡ T − WT + TW • T は任意の2階テンソル, ( ) は物質時間微分を示す。 2.1 下負荷面の概念 降伏面内部の応力変化による塑性変形の表現は,次のよ うに仮定すれば最も自然で簡単に実現できるであろう。 1)応力が降伏面に近づくにつれて塑性変形が発達する。 2)応力が降伏面に到達したら,古典弾塑性構成式がその まま成り立つ。 さて,1)を表現するには,応力が降伏面にどれだけ近 づいたかを表す尺度が必要である。その最も一般的な尺度 は,常に現応力点を通って,降伏面(以後,“正規降伏面” (normal-yield surface)と呼ぶ)に相似な面(“下負荷面” (subloading surface)と呼ぶ)を想定し,正規降伏面に対する 下 負 荷 面 の 大 き さ の 比 R (0 ≤ R ≤ 1) (“ 正 規 降 伏 比 ” (normal-yield ratio)と呼ぶ)で与えられるであろう。以下で は,この基本概念に基づく具体的な定式化を示す。 2.2 下負荷面の概念に基づく構成式 まず,次の正規降伏条件(面)を仮定しよう。 f (σˆ , H ) = F ( H ) (4) σˆ ≡ σ − α (5) ここに, H および H はそれぞれ等方硬軟化変数および異方硬化変 数であり, αは移動硬化変数(背応力)である。なお, f はσ ˆ の1次の同次関数であると仮定する。したがって,非 ˆ , H ) = s f (σˆ , H ) を 負の任意のスカラー s に対して f ( sσ 満し, H = 0 の場合,正規降伏面は相似性が維持される。 下負荷面は,背応力 α に関して正規降伏面に相似である と仮定すれば,次式で表される(Fig. 1)。 f (σˆ , H) = RF ( H ) (6) • ˆ , H) 式(6)を物質時間微分して, f はスカラーゆえ f (σ D ˆ f ( , H ) であることを考慮すれば,次式が得られる。 σ = ∂f ∂σ U(R) σ σˆ D p = 0, D e ≠ 0 α σij 0 Dp ≠ 0 Subloading surface 0 Normal-yield surface R 1 Fig. 1 Normal-yield and subloading surfaces. t r( ∂f (σˆ , H ) D ∂f ( , ) D σ) − t r( σˆ H α ) ∂σ ∂σ ∂f (σˆ , H) D • • + tr( H) = R F + RF ′ H ∂H (7) Fig. 2. Function U in the evolution rule of the normal-yield ratio R. ∂f (σˆ , H ) + U }σˆ + a ) M p ≡ tr N({ F ′ h − 1 tr ( h) R RF ∂H F ] [ ここに, F ' ≡ dF / d H (8) 諸実測結果によれば,塑性負荷状態においては,応力は 正規降伏面に漸近するといえる。そこで,塑性負荷状態に おいては,正規降伏比 R は1に向かって増大するとし,そ の発展則として次式を仮定する。 • p p R = U ( R) || D || for D ≠ 0 (9) (10) (U ( R) < 0 for R > 1 (over normal - yield state)). (11) 式(9)を式(7)に代入して,下負荷面に拡張された次の適応 条件を得る。 tr ( ∂f (σˆ , H ) D ∂f ( , ) σ) − tr ( σˆ H αD ) ∂σ ∂σ • ∂f (σˆ , H) D p + tr( H) = U D F + RF ′ H ∂H (12) 次の関連流動則を導入しよう。 Dp = λ N (13) ここに, λ ( ≥ 0) は正値の比例係数, N は下負荷面の外向 き正規化法線方向テンソル,つまり N≡ ∂f (σˆ , H ) ∂σ ∂f (σˆ , H ) ∂σ ( N = 1) (14) 式(13)を式(12)に代入して λ は次式で与えられる。 D λ= ゆえに, t r( N σ ) Mp (15) D Dp = tr(N σ ) N Mp ここに,塑性係数 M p は次式で与えられる。 (17) D (18) a≡α λ λ なお,式(17)は,正規降伏状態 ( R = 1) において古典塑性構 h≡ H, λ h≡H, 成式における次式に帰着する。 ∂f (σˆ , H ) M p ≡ t r N({ F ′ h − 1 tr ( h) }σˆ + a) (19) ∂H F F [ ] D = E−1 σD + (16) tr ( NσD ) N Mp (20) 本式より,ひずみ速度で表した正値の比例係数を Λ と記せ ば,次のように記し得る。 Λ= この条件を満たす最も単純な関数 U は次式で与えられる。 U ( R ) = − u ln R (u:材料定数) D 式(1),(2)および(16)よりひずみ速度は次式で与えられる。 ここに, || || は大きさを示し,また, U は次の条件を満た す R の単調増加関数である(Fig. 2)。 ∞ for R = 0 (most elastic state), U ( R) = 0 for R = 1 (normal - yield state). • tr(NED) tr (NEN) M p+ (21) 式(20)および(21)より次の逆関係が得られる。 σD = E D − t r (NE D ) EN M p + t r (NEN ) (22) 負荷基準は,硬,軟化状態によらず,次式で与え得る 18)。 Dp ≠ 0 :Λ > 0, p D = 0 : otherwise. (23) 2.3 下負荷面モデルの特徴 下負荷面モデルは古典塑性構成式に比して画期的な改善 がなされ,次のように多くの重要な長所が付与されている。 1 ) 弾性状態から塑性状態への滑らかな変化つまり滑らか な弾塑性遷移(elastic-plastic transition)を示し,常に滑ら かな応力―ひずみ曲線が予測される(Fig. 3)。 2 ) 常に応力が負荷面の役割を持つ下負荷面上にあるので, 負荷基準においては,降伏条件を満たすか否かの判定 は不要で,式(23)のようにひずみ増分の方向についての み判定すればよい。 3 ) 条件(10)を満たす正規降伏比の発展則を導入している ので,Fig. 4に示すように,塑性負荷状態で応力が正規 降伏面に漸近する自動制御機能を内包しており,粗い ステップの数値計算が可能でコンピュータ計算の高精 度化・高効率化が実現される。 なお,材料定数は,式(11)の R の発展則における u の1 個が増えるだけである。 u Stress • D )}sˆ sD = c D p σR + αD + 1 { F − tr ( ∂f (sˆ, H ) H F ∂H ode l t iona l m Conven ここに, =∞ sˆ ≡ s − α σ ≡ σ − s Subloading surface model u ases re c de (29) Fig. 3. Variation of curvaturte of stress-strain curve due to the material constant u. • R>1: R<0 • • • • ここに, D a ≡ α = Ra + (1 − R)z − Usˆ R = U ( R)|| D || for D ≠ 0 • • R<1: R>0 p Strain Fig. 4. Stress controlling function contained in the subloading surface model. 3.下負荷面モデルの拡張 以上,本モデルの基本概念,具体的定式化,基本特性に ついて述べたが,本モデルは,本節で概説するように,広 範な弾塑性変形挙動を表現し得るように拡張されている。 3.1 繰返し塑性 (cyclic plasticity) 既述の下負荷面モデルの定式化では除荷時に弾性変形の みが生じるので,繰返し負荷状態においては,過度な力学 的ラチェッティングによる過大な塑性変形の集積が予測さ れる。この欠点は,正規降伏面と下負荷面の相似中心を内 部変数として塑性変形とともに移動させることにより克服 された 3)。本場合,下負荷面は次式で表される(Fig. 5)。 f (σ , H ) = RF ( H ) λ p = ∞ for R = 0 R= 1 : • U ( R ) > 0 for R < 1 R= = 0 for R = 1 0 < 0 for R > 1 • 0 (24) D 1 ∂f (sˆ , H ) z ≡ s = c σ + a + {F ′h − t r ( h)}sˆ R F ∂H λ σ ≡ σ − α ( = Rσˆ y ), α ≡ s − R(s − α ) ← α − s = R(α − s) Dt = 1 t ( σD *t + d n || σD *t || n*) M (33) σD n∗ ≡ tr(n* σD )n* = n* ⊗ n*, D* D* D* σt ≡ σ − σ n = Iˆ * σD N* ∂f (σ , H ) * ∂f (σ , H ) * = ) ( ) || N * || ∂σ ∂σ Iˆ* ≡ I * − n* ⊗ n* * ≡ 1 (δ δ + δ δ ) − 1 δ δ Iijkl il jk 2 ik jl 3 ij kl n* ≡ ( (34) (35) (36) (37) d n ( ≤ 1) は材料定数,M t は“接線非弾性係数”と称され, 次式で与えられる。 Mt = は次式で与えられる。 1 ξ Rn (38) n は材料定数, ξ は一般に応力,内部変数の関数である。 N 式(20)に式(32)を加えて,ひずみ速度は次式で与えられる。 N • σ 0• (32) σD * = σD *n + σD *t s は正規降伏面と下負荷面の相似中心であり,その発展則 • (31) D ここに, σ t* は次式で与えられる。 (25) α は,正規降伏面の αに対する下負荷面内の共役点である。 (30) 3.2 接線非弾性 (tangential inelasticity) 従来の塑性構成式においては,塑性ひずみ速度は応力速 度の降伏面の接線方向の応力速度(“接線応力速度”と称す る)には依存しない。しかるに,非比例負荷状態において は,接線応力速度による非弾性ひずみ速度が無視し得ず, 特に,局所化変形においては,過大な限界荷重が予測され る。そこで,ひずみ速度に次の“接線非弾性ひずみ速度” を付加することが提案され 4-5),さらに,その方向が下負荷 面の外向き法線方向を有し得るように拡張された 6)。 ここに, σy (28) ∂f (σ , H ) U ′ h) + }σ + a )] M p ≡ t r [N({ F h − 1 tr ( RF F R ∂H Strain • (27) 塑性係数は次式で与えられる。 0 Stress (26) σ s σˆ y σ • α (≡σ/R) • α sˆ Subloading surface D D = E −1 σ + 1p σD n + 1 t ( σD *t + d n || σD *t || n*) M M ここで,弾性係数テンソルは Hooke 形 Eijkl = ( K − 2 G)δ ijδ kl + G (δ ik δ jl + δ ilδjk ) 3 (40) で与えられるとすれば,式(39)より次式を得る。 σD t* = 2G D*t , tr(NED) − 4 d n GGp tr (N n *) || Dt*|| M Λ= M p + tr (NEN) Normal-yield surface Fig. 5. Normal-yield and subloading surfaces. (39) ここに, (41) (42) Dt* ≡ Iˆ* D (43) G ≡ + G t 1 2G / M (44) すが,現応力点を通って正規降伏面に相似な面を“動 的負荷面”(dynamic-loading surface)と称する。したがっ て,正規降伏比 R (≥ 0) は1より大となり得る。動的負 荷面は次式で表される。 式(39)に式(41)を考慮して,応力速度は次式で表される。 tr(NED) − 4 d n GG tr (N n*)|| Dt*|| Mt EN σD = ED − p M + tr (NEN) −4 GGt ( Dt* + d n || Dt*|| n *) (45) M 以上の構成式は分岐変形解析( d n = 0 )に広く活用されて いる 7-10) 。 3.3 勾配塑性 (gradient plasticity) 局所化変形においては,応力速度と歪速度の関係は,そ の点のみの状態では決まらず,その周辺の状態にも依存す る。そこで,下負荷面を次のように拡張し,Aifantis11 ) に よる内部変数の勾配を導入した定式化を行った 12)。 f (σˆ , 〈 H 〉 ) = 〈 RF ( H ) 〉 (46) 〈 〉 ≡ 1 + c22 ∇ 2 2 2 2 ∇2 ≡ ∂ 2 + ∂ 2 + ∂ 2 y ∂x ∂ ∂z (47) ここに, (48) c2 は特性長さに関する材料定数である。これより,接線非 弾性ひずみを加えて次式が提案された。 D D tr(N(1 − c ∇ )[σ]) D = E−1 σ + N + 1 t σD t* p M M 2 2 2 (49) これより, Λ は次のように得られる。 Λ= ) D) t r(NE(1 − ∇ M p + t r(NEN) (50) ここに, ≡ ∇ Mp c22 ∇ 2 M p + t r(NEN) (51) M + t r(NEN) M (52) (53) そこで,次のように仮定する。 1)正規降伏面は D p の代わりに粘塑性ひずみ速度 Dep に よって硬化すると仮定する。 2)正規降伏面に対する下負荷面の大きさの比を記号 R s で表し,その発展速度は,速度非依存の場合の式(9)に おいて D p を D vp で置き換えた次式で与える。 • R s = U ( Rs ) || D vp|| for Dvp ≠ 0 . (54) これにより,下負荷面は次式で表される。 f (σˆ , H) = RsF ( H ) . 4)超過応力モデル の概念に基づいて,動的負荷面が 下負荷面より大きい場合に粘塑性ひずみ速度が生じる とし,次式を仮定する。 D = De + D vp = E−1 σD + 〈 R − R s 〉 m g (Η, T ) N (57) ここに,m は材料定数,T は絶対温度,〈 〉 は McCauley の括弧,つまり, x ≥ 0 のとき 〈 x〉 = x , x < 0 のとき 〈 x〉 = 0 である。 なお,上述の超過応力型下負荷面モデルは,無限小の ひずみ速度の場合,既述の非速度依存性下負荷面モデル と同等の応答を示すが,1)塑性ひずみ速度は応力速度 に関係づけられるのに対して,粘塑性ひずみ速度は応力 に対して関係づけられ,塑性構成式から数学的構造が飛 躍する,2)ゆえに,変形速度が無限大の場合,無限大 の応力が生じるという非現実的な予測がなされる。そこ で,式(57)に,ひずみ速度により抑制される一方,その 抑制に限界があるように修正した塑性ひずみ速度を付 加して,高速変形にも適用し得るように拡張した速度依 存性下負荷面モデルが提案されている 14)。 4.構成式に対する数学的要求条件 硬化材料の単調負荷挙動は数学的に単純な構成式である 程度現実的に表現できる。しかし,繰返し負荷挙動,軟化 挙動,降伏面の接線方向の応力速度が無視できない非比例 負荷挙動等をも合理的に表現するには,構成式は,以下に 述べる数学的条件を満たすことが求められる 15-18)。 4.1 連続性条件 解の唯一性が保障されるためには,“ひずみ速度の連続 的な変化に対して応力速度は連続的に変化する”ことが必 要である。これは数学的に次式で表され,連続性条件 (continuity condition)と呼ばれる。 lim D (58) ) D ) δ D→ 0 3.4 速度依存性 超過応力モデル(over-stress model)の概念 13)に基づいて, 速度依存性を考慮した拡張がなされた 14)。まず,統一型粘 塑性モデルに従い,ひずみ速度は弾性ひずみ速度と粘塑性 ひずみ速度に加算分解されると仮定する。つまり, D = D e + D vp (56) 13 ) σ(σ, Hi , D + δ D = σ(σ, Hi , D 式(49)の逆関係は,次式で与えられる。 ∗ )[D]) (1 − ∇ ˆ σD = ED − E t r(NE N − 4GG p t I D f (σˆ , H) = RF ( H ) (55) 3)変形速度が大きい場合,応力は正規降伏面から飛び出 ここに, Hi (i = 1, 2, • ••) はスカラーまたはテンソルの内 部状態変数を一括して示し, δ ( ) は微小な変化を意味して いる。また,所定の応力,内部変数の状態におけるひずみ D 速度に対する応力速度の応答を σ (σ, Hi , D)で示している。 19) なお,本条件は,Prager により“解の唯一性が成り立 つためには,降伏面の接線方向の応力速度は塑性ひずみ速 度をもたらさない”として導入されたが,数学的定義は与 えられていない。また,完全塑性状態においては,応力速 度に対して塑性ひずみ速度は不定となり,さらに,一般に 物質に与え得る応力速度には限界があるので,応力速度に 対する応答として力学的特性を論じることは合理的でなく, 上述のように,ひずみ速度に対する応力速度の応答として 論じられねばならない。 4.2 滑らか条件 “応力状態の連続的な変化に対して,所定のひずみ速度 に対する応力速度の応答は連続的に変化する”ことは数学 的に次式で表され,滑らか条件 (smoothness condition)と呼 ばれる。 D (59) lim σD (σ + δ σ, H i, D) = σ (σ, H i , D) δ σ →0 なお,速度線形の構成式は一般に次式で表される。 σD = M ep (σ, H i) D (60) ここに,4階テンソル M ep は剛性係数テンソル(応力と内 部変数の関数)であり,一般に次式で表される。 D (61) Mep = ∂ σ ∂D ここに,Ce (= Cen + Cte ) は物体間の接触弾性係数テンソルで あり,次式で与えられる。 Cen = α n n ⊗ n, Cte = α t (I − n ⊗ n ) 古典摩擦論における摩擦基準を表す面を“正規摩擦面” (normal-friction surface)と称し,これは次式で与えられる。 したがって,式(59)は次式で表される。 lim M ep (σ + δ σ, H i ) = M ep (σ , H i ) → δσ 0 f (||f n ||, ||ft || ) = F ( H ) (62) 下負荷面モデルにおいては,塑性係数は正規降伏比 R と ともに連続的に増大するので,滑らか条件が満たされ滑ら かな弾・塑性遷移が示される。一方,古典塑性構成式にお いては,降伏面の内部は純粋弾性域とされるので,応力が 降伏面に達した瞬間,剛性係数は弾性係数から弾塑性係数 に急低下し,滑らか条件は満たされない。また,降伏面の 内部の応力変化による塑性変形を表現する非古典弾塑性モ デルにおいても,多面モデル(multi surface model)20),2面 モ デ ル (two surface model)21 ), 非 線 形 移 動 硬 化 モ デ ル (nonlinear rate model)22)等においては,純粋弾性域を囲む下 降伏面を仮定しており,応力が下降伏面に達した瞬間,剛 性係数が急低下し滑らか条件は満たされない。また,前2 者においては大きさの異なる負荷面の接触を許容しており, 接触点においては,塑性係数テンソルが急変し滑らか条件 は満たされない。これらにおいても,塑性ひずみ速度は適 応条件から導かれるので,連続性条件は満たされる。しか し,接線応力速度による非弾性ひずみ速度が導入される場 合(例えば Rudnicki and Rice の J2-変形論 23)),降伏面に沿 う負荷経路においては,連続性条件は満たされず,ひいて は,ひずみ解の唯一性は成り立たない。 5.下負荷面摩擦モデル 物体相互の接触面には摩擦現象を生じるが,従前からの クーロン摩擦則は,摩擦基準に至るまではすべり変位は全 く生じないという非現実的な前提に基づく。そこで,下負 荷面の概念を応用して,接線応力の増大につれてすべり変 位 が 発 達 す る 下 負 荷 面 摩 擦 モ デ ル (subloading friction model)が提案された 24)。 まず,接触物体間の相対速度 r を接触面の法線方向成分 rn と接線方向成分 rt に加算分解する。すなわち, r = rn + rt (64) ここに, n は接触面の単位法線ベクトル, I は恒等テンソ ル,(•) はスカラー積,⊗ はテンソル積を示す.さらに,rn , rt は,次のように,弾性部分と塑性部分に加算分解される とする。さらに, rn および rt は各々,次のように,弾性成 分 r e と塑性成分 r p に加算分解されるとする。 rn = rne + rnp , rt = rte + rtp f (||f n ||, ||ft || ) = RF ( H ) D • • ∂f ∂f D n•fn+ t •ft = R F + R F f || || f ∂ n ∂ || t || r p = −λ t (λ > 0, t = 1) n = f n , t = ft ||ft || ||f n || (73) 式(71)に式(9),(72)を代入して, λ は次式で与えられる。 D D ∂f ∂f n•fn+ t •ft ∂ ||f n || ∂ ||ft || , λ= UF + RF' h (74) 式(63), (65), (66), (72)および(74)より,相対速度 r は次式 で与えられる。 D D ∂f ∂f n•fn+ t •ft D ∂ ||ft || r = α1 f t + ∂||f n || t t UF + RF' h (75) 式(75)より,正値の比例係数 λ を相対速度で表したもの を Λ と記せば,これは次式で与えられる。 Λ= (α n ∂ ||∂ffn || n + αt ∂ ||∂ff t|| t) • r (76) ∂f RF' h + UF + α t ∂ || f t|| 式(63)-(66), (72)および(76)より,接触応力速度は次式で 与えられる。 D f = − α t I + (α n − α t )(n ⊗ n) { (66) (67) (72) ここに, λ は正値の比例係数, t は接線応力方向の単位ベ クトルである。接触面の法線方向および接線応力方向の単 位ベクトルは次式で与えられる。 ∂f f n および ft は,接触応力ベクトル f の法線および接線成分 D D D f = f n + f t = −Ce re (71) 次の塑性すべり流動則を仮定する。 (65) である。さらに, α n および α t は接触面の法線および接線 方向の弾性係数である。また,式(66)は次式のようにまとめ られる。 (70) ここに R (0 ≤ R ≤ 1) は“正規摩擦比”(normal-friction ratio) と称され,正規摩擦面の大きさに対する下負荷摩擦面の大 きさの比を表し,接触応力の正規摩擦面への接近の測度と みなし得る。その発展則は,式(9)-(11)において, D p を r p で置き換えた式で与えられる。 下負荷摩擦面式(70)の物質時間微分は次式で与えられる。 ここに,弾性成分は次式で与えられるとする。 D D f n = −α n rne , f t = −α t rte (69) ここに, H はすべりに伴う正規すべり面の等方硬・軟化を 表すためのスカラー変数である。 いま,正規すべり面に相似で,かつ,原点に関してそれ に相似の配置にある次の“下負荷摩擦面”(subloading-friction surface)を導入する。 (63) なお,これらの成分は次式で与えられる。 rn = (r • n)n = (n ⊗ n)r , rt = r − rn = (I − n ⊗ n)r, (68) − ∂f t αt t ⊗ (α n || || n + αt ∂ fn ∂||ft || ) UF + α t ∂f ∂||ft || } r (77) 塑性すべり速度に関する負荷基準は,次式で与えられる 。 21),22) p p r = 0: Λ ≤ 0 r ≠ 0: Λ > 0 (78) 以上の下負荷面摩擦モデルは,既往の摩擦モデルに比し てして,2.3に下負荷面モデルについて記したと同様の力学 的諸点で合理性を有している。また,正規摩擦条件以下の 接線応力の繰返しによる塑性すべり変位の集積現象を表現 可能である。例えば,ネジ等の摩擦原理に基づく機械固定 要素に正規摩擦条件以下の接線応力が繰り返し作用する場 合のネジの弛み現象を予測し得る。 6.今後の課題 以上に概説したように,土,金属等の物質の広範な変形 挙動からこれらからなる物体相互の境界摩擦に至るまでの 一連の力学現象を下負荷面モデルで統一的に表現,解析し 得るに至ったといえよう。しかし,塑性スピン 25),異方性 表現 26),弾塑性カップリング表現,温度効果表現等,本稿 で触れ得なかった多くの側面が残されている。 無論,多くの早急に解決すべき課題が山積している。そ の代表的な課題は,有限変形論(finite strain theory, large deformation theory)に他ならない。その記述のため,変形勾 配の弾塑性乗算分解(multicative decomposition)27),対数スピ ン(logarithmic spin)28) 等の多くの新たな提案がなされてい る。中でも,変形勾配の弾塑性乗算分解およびそれに基づ くコンシステント接線係数リターンマッピング(consistent tangent modulus return mapping)29)により,有限変形・有限 要素解析が飛躍的に改善された。しかし,応力とひずみの 主軸が一致する等方性材料に限定される場合について成 功している状況で,異方性を含む一般材料挙動表現につい ては,さらに究明が進められねばならない。 また,局所化変形の解析には,既述の勾配論等の非局所 構成式の導入が求められるが,これらを有限要素解析に適 用するには,有限要素を局所変形域の少なくとも数分の一 に刻む必要が有り,工業設計には実用し得ない。一方,通 常のサイズの有限要素を用いて,それに対するせん断帯の 占める面積でせん断帯内部の変形状態を評価する Smeared model,有限要素内に変位の不連続の発生を許容する強不 連続モデル等が提案されているが,いずれも満足なレベル に達していない。特に,後者は特性長さを無視することに なり,少なくとも延性材料に対しては妥当でないと思われ る。また,仮想的に粘性や慣性等を導入する手法もみられ るが,物理的妥当性に疑問が感じられる。 これらの難題が解き明かされる未来が早期に到来する よう願って止まない。 参考文献 1) Drucker, D. 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