活性酸素のもたらすミトコンドリアゲノム酸化損傷は いかに修復されるか? 課題番号 1 368061 8 平成1 3年度∼平成1 4年度科学研究費補助金 (基盤研究(C) (2) )研究成果報告書 平成1 5年5月 研究代表者 高尾雅 (東北大学加齢医学研究所・助手) はじめに ミトコンドリアは呼吸の副産物として有害な活性酸素を生み出す。それゆ え,ミトコンドリアゲノムは常に活性酸素による酸化損傷を受ける。ミトコ ンドリアDNAの9割以上が遺伝子情報を含む領域なので,そのゲノム全体を 維持する仕組みは,核のゲノム安定性の維持と同等に重要な意味を持つと考 えられる。近年,ミトコンドリアの機能異常が老化の背景として注目され 神経細胞や筋細胞などの分裂終了細胞の老化を説明する際に「ミトコンドリ ア遺伝子変異蓄積説」が引用されてきた。これは,ミトコンドリアから恒常 的に発生する活性酸素がミトコンドリアDNAに損傷を与えることに端を発 し, 『DNA酸化損傷-ミトコンドリア遺伝子変異-ミトコンドリア機能異常 -更なる活性酸素漏出』という悪循環が起きることを想定したモデルであ る。このような悪循環を引き起こさないための防御策として,細胞には「発 生した活性酸素を消去する仕組み」と「酸化されたDNAを修復する仕組み」 が備わっていると考えられる。実際に, SODなどの「活性酸素消去系」は老 化や個体寿命という視点からも活発に研究されてきた。 「酸化DNA修復系」 としては,バクテリアの塩基除去修復系(酸化塩基を認識して除去する酵素 を中心とした修復系)に相当する晴乳細胞の修復系の存在が分っている。 この研究に先立って,塩基除去修復を開始するDNA glycosylaseのうち, 酸化DNAを基質とする酵素(当時遺伝子が確認されていた酵素群)が,核ば かりでなくミトコンドリアでも働くことを我々は示してきた。そして酸化 DNA損傷に働く基本的な修復系のセットがミトコンドリアにも存在するとい う認識を広めることとなった。そこでミトコンドリアの酸化ピリミジン塩基 を修復する酵素遺伝子を破壊したマウスを作成し,その効果を知るという方 法論を用いて研究を開始した。その解析を通じて,生化学的方法による新し い酵素活性の検出・データベースを利用した酵素遺伝子の同定など,新しい 知見を導きだすことに成功した。 研究組織 研究代表者:高尾 雅(東北大学加齢医学研究所・助手) 交付決定額(配分額) 直接経費 亊I 平成13年度 平成14年度 総計 テc テ ィニ N 0 テs 0 0 合計 テ テs テc (単位:千円) 研究発表 学会蕗等 i. Takao M, Kanno S, Kobayashi K, Zhang QM, Yonei S, Vander Horst GT, Yasui A.・ A back-tip glycosylase in Nth1-knockoutmice is a functionalNei (endonuclease VIII) homologue. ). Bl'01. Chem. 277(44), 42205-42213 (2002) 2. Miyabe I, Zhang QM, Kin° K, Sugiyama H, Takao M, YasuiA, Yonei S: -王dentification of 5-formyluracil DNA glycosylase activity of human hNTHI protein. Nuclel'c Acids Res. 30(15), 3443-3448 (2002) 3. Takao M, Kanno S, ShiomotoT, Hasegawa R, Ide H, Ikeda S, Sarker AH, Seki S, Ⅹing JZ, Le XC, Weinfeld M, Kobayashi K, Miyazaki J, Muijtjens M, Hoeijmakers JH, van der Horst G, Yasui A: Novel nuclear and mitochondrial glycosylases revealed by disruption of the mouse Nthl gene encoding an endonuclease III homolog for repair of thymine glycols. EMBO J. 21(13), 3486-3493 (2002) 4.高尾雅「ミトコンドリアゲノムにおける酸化的DNA損傷の除去修復」 蛋白質核酸酵素増刊号: DNA修復ネットワークとその破綻の分子病態, Vo146 No8, 924-932 (2001) 5. Matsumoto Y, Zhang QM, Takao M, Yasui A, Yonei S: Eschericha coli Nthand human hNTHI DNA glycosylases are involved in removal F of 8-oxoguanine from 8-oxoguanine/guaninemispairsinDNA. Nuclel'c ト i Acl'ds Res. 29(9),1975-1981 (2001) ロ虜発表 (平成1 3年度) 1.菅野新一郎,高尾雅,城元竜也,長谷川怜,井出博, AltrafHSarkar 関周司,宮崎純一, Manja Muijt)lens, Gijbeertusvan derHorst,安 井明:マウスendonucleaseIIIホモログ(mNthl)ノックアウトから兄い だされたチミングリコールに働く新規DNAグリコシラ「ゼ.日本分子生 物学会第2 4回年会, 2001年12月9日∼12日 (平成1 4年度) 2.高尾雅:NTHl欠損マウスから明らかになったバックアップ酵素と新規 晴乳類DNAグリコシラーゼ遺伝子群の発見.日本放射線影響学会第4 5 回大会, 2002年9月18日∼20日 3・ Mas,ashi Takao: Mouse NEILl is a novel DNA glycosylase for backup repair of oxidative damage in Nthl-knockoutmice. First US-Japan DNA Repair Meeting, Oct. 27-31, 2002 4. Masashi Takao: MammalianDNA glycosylases for oxidative DNA damage・ RIKEN Conference on DNA Repair and Recombination, Nov. 10-14, 2002 5・高尾雅,菅野新一郎,小林久美子,大畑善嗣,張秋梅,米井修治,安井 明:晴乳類NeiホモログNEILlはNthノックアウトマウスで働くバック アップ酵素である.日本分子生物学会第2 5回年会, 2002年12月11日 ∼149 研究成果 1.研究目的 この研究は,活性酸素のもたらす「発がん」や「老化」に対抗する細胞防 御として,ミトコンドリアの酸化DNA損傷修復がどれほど重要であるかを知 るための基礎的研究である。そのためにまず,これまでの研究では見逃され てきた修復酵素活性や,その修復遺伝子の同定を進める必要が有る。そこで 本研究では, a.ミトコンドリアDNAに働きうる塩基除去修復系酵素活性の検出 b.酸化DNA損傷に働くこれまで知られていなかった酵素遺伝子の探索 を具体的な研究目的とし,酸化DNAの帰結である「発がん」や「老化現象」. との関連を,核ゲノム・ミトコンドリアゲノムの酸化DNA損傷とその修復と いう立場から検討する。 2.研究成果 (1)新しいミトコンドリア修復酵素の検出 さきに我々は,酸化DNA塩基に働く主要な3種のヒトDNA glycosylase 「OGGl ・m・NTHl」が核とミトコンドリアの両方で働くことを示して きた。このうち, NTHlは主に酸化ピリミジン塩基の修復を担当するDNA glycosylaseである。その酸化ピリミジンの代表的損傷であるthymine glycol (Tg)は, repucative DNA pQlymeraseによる複製をブロックする 致死性効果の高い損傷として知られているo また, NTHl遺伝子(大腸菌の nth)はバクテリアから晴乳動物にいたるまで広く保存されており,その点 からも酸化ピリミジン損傷の細胞毒性と, NTHlによる修復の重要性をうか がい知ることができる。この研究では修復欠損が細胞や個体にもたらす影響 を知るために, NTHlの遺伝子欠損マウスを作成した。 Nthl(-/-)のマウス は正常なメンデルの法則に従って誕生し,個体レベルでの顕著な異常はみあ たらなかった。胎児繊維芽細胞の酸化ストレスに対する応答を調べてみて も, Nthl遺伝子のある無しに影響されることはなかったo 唯一ノックアウト マウスと野生型マウスの間で兄いだすことの出来た相違は,放射線を照射し た後に生じたゲノム上のTgの消失の時間経過だけであった.つまり,放射線 を照射するとTgが生じるが,野生型マウスでは2 4時間以内にバックグラン ドレベルにまで損傷が消失する。それに比べて,ノックアウトマウスでは修 復が完了するのに7 2時間ほどかかった。いずれにしても放射線誘導Tgは正 常レベルにまで修復され,また,放射線を照射しない個体の定常状態でのゲノ ムにもTgの蓄積はみられなかった。 この,ノックアウトマウスが顕著な表現型を示さないという事実を解釈す ると, 『NTHlの修復するDNA損傷が別な修復系によってなおされる』また は『NTHlの代わりをするバックアップ的なDNA glycosylaseが存在する』 という二つの可能性が浮かび上がってきた。そこでノックアウトマウス細胞 からTgを含むDNA (Tg-DNA)に働くglycosylase活性の有無をしらべて みると,野生型細胞で検出されるNTHl由来の酵素活性よりは低いものの, 確かな残存Tg-DNA glycosylase活性をみつけることが出来たo この残存活 性は生化学的に区別できる以下の3種に分けられる。 TGGl:APlyase活性を示さず,主にミトコンドリアに分布 TGG2: AP lyase活性を伴った核蛋白質 . NEILl: APlyase活性を伴った核蛋白質(後述) すなわち, NTHl欠損に異常が見つからない理由の一つは,これらのDNA alycosy主aseが相補的に働くからと考えられるo 野生型細胞中ではNTHl活 性が強力であるために,これらの酵素活性はノックアウトマウスを解析して 初めて明確になった結論である。また,ミトコンドリア抽出液中に検出され たTGGl活性も,新しいミトコンドリアDNA修復酵素という点で注目でき る。 ・現時点では,活性の生化学的不安定性や精製の困難さのためにTGGl ・ TGG2酵素の遺伝子同定には至っていないが,次に述べるように,これらの 知見は核DNAに働く新しいDNA glycosylaseの発見という研究の展開をも たらした。 ( 2 )新しいNei類似DNA glycosylase遺伝子の発見 Nthlノックアウトマウスで見つかった残存DNA glycosylaseの遺伝子を 探る試みのひとつとして,既知のglycosylase配列をもとにしたデータベー ス検索を行った。大腸菌では, Nthの他にNeiが酸化ピリミジンに働くDNA glycosylaseとして知られる。そこで,ヒトやマウスcDNAデータベースの中 にNeiと相同性を持つ配列の有無を調べたところ,新規に登録された3種の 相同配列が見つかってきた。われわれは,それらをNEILl, NEIL2, NEIL3 と名付けている。興味深い事に分裂酵母・出芽酵母・ショウジョウバエゲノ ムにはNei相同配列は存在せず,魚類(ゼブラフィッシュ)以降の脊椎動物 データベースにNEIL蛋白質のオルソログが見つかa_-こともわかったo さて,配列から予測されたことは,これらのNEIL遺伝子のいずれかが: Nthl欠損細胞のバックアップ酵素をコードしているかもしれないということ である。そこで3種のヒトNEIL遺伝子をクローニングし,それぞれの組み 換え蛋白質を用いてTg-DNA glycosylase活性をしらべた。すると,ヒト NEILlに顕著な活性が見つかった。同時にマウスNEILlにもヒトNEILlと同 様な活性があることがわかり,以下ではマウスNthl(-/-)のバックアップ酵 素として解析する目的で,マウスのNEILlについての性状を詳しく解析し た。 NEILlは,若干の強弱はあるものの各組織で発現している。リアルタイ ム定量PCR法を用いると,いくつかの組織(心臓や骨格筋)では, Nthlの mRNA発現量よりも勝っていた。細胞内では核だけに局在し,ミトコンドリ アには存在しなかったC さらに,バクテリアのNeiに特有な(β-6) elimination反応を介したAP lyase活性を付随していた。これらの特徴や分 子量の相違などを考慮すると,さきに生化学的にとらえてきたTGGl ・ TGG2とは明らかに異なる酵素であると判別できる.そして,実際にNthl ノックアウト細胞核抽出液からヘパリンカラムとイオン交換カラムをもちい て部分精製を試みると, TGGl ・ TGG2およびその他のDNA glycosylase活 性やAP endonuclease活性から分離された内在性のマウスNEILlを酵素活性 として検出することができた。 以上の結果から,晴乳類はTgに対して少なくとも4種類のDNA glycosylaseを持っていることがわかった。すなわち, NTHl, NEILl, TGGl, TGG2である。またNEIL2やNEIL3はDNA glycosylaseに必要な配 列要素を満たしてはいるものの,その生化学的特徴がやはりTGGlやTGG2 とは一致していない。従って,これらはべつな塩基損傷にはたらく修復酵素 と考えることができる。 以上のように,ミトコンドリアのDNA修復という観点から進行させた本研: 究は,ミトコンドリアの新規DNA glycosylase活性を見つけ出しただけでは: 】 なく,次のような晴乳類酸化塩基除去修復蛋白質の事情を浮き彫りにした。 ・ すなわち,晴乳類ではバクテリアよりもはるかに多様なDNA glycosylaseを: l 発現している息 そして少なくとも4種の酵素がおなじ酸化ピリミジン基質l (Tg-DNA)に働く点である。更に大腸菌や酵母にホモログの存在しない. NEIL2, NEIL3の存在も, DNA glycosylaseの多様性を裏付けるものであ■ る。今後の研究では, - なぜ複数の酵素が必要なのか, これらの酵素がどのような修復の役割分担をしているのか, l 一 組織特異性はどうか, 一 加齢やがん化にともなって酵素の発現が変動するかどうか, ∼ - それらの酵素のバランスがくずれると細胞や個体にどのような影響: が現れるか, などの新しい疑問に答えてくことが必要となるであろう。 TOUR : Tohoku University Repository コメント・シート 本報告書収録の学術雑誌等発表論文は本ファイルに登録しておりません。なお、このうち東北大学 在籍の研究者の論文で、かつ、出版社等から著作権の許諾が得られた論文は、個別に TOUR に登録 しております。 TOUR http://ir.library.tohoku.ac.jp/
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