45号2002年07.31発行 - KIFA・鎌ケ谷市国際交流協会

IKamagaya ll111rnatiolnlal FrilnldlhiplAS100iatiOn
第45号
■﹄
□
(平 成 14年 )7月 31日
発行 :鎌 ケ谷 市国際交流 協会
〒2730195 鎌 ケ谷市初富928744
2002年
TEL 047-445-1141(内 550)
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047-441-9400
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初 の試み としてオ リエ ンテ ー シ ョン も実施
5月 26日
(日
)市 総合福祉保健 セ ンター 6階 大会議室 にお いて、語学研修講座
(英 語 A・ B・ C、 スペ イ ン語、中国
語 )の 合同開講式が行 われた。
当 日は晴天 に も恵 まれ、受付 開始前 か ら多数 の方 が 見 え られ待機 される状況であ った。受付 では、それぞ れの受講講
座 ごとの教材 を受 けlllり 、順次講座別 に用意 された指定 の場所 に着席 した。 ス テ ー ジには今年度講師 の方 々が並 び、開
講式 は午後 1時 予定 どお り始 まった。
礫毒
機畿
鰺 鸞舞覇鶴難讐鐵鶴纂
140名 あ ま りの 出席者 を前 に、新 しく就任 した岡本 KIFA会 長が 「当協 会 はボ ラ ンテ ィアによる運 営 なので 、皆様
の 協力 をよろ しくお願 い した い」 と挨 拶 し、続 い て藤井研修部会長 よ り「30回 にわたる長丁場 の研修 で あるが、最後 ま
で頑張 って成果 をあげて い ただ きたいJと の挨拶があ った。
講師 の挨拶 は担 当外 国語 で行 われた。受講 生の 中 には既 に語学 に堪能 な方がお られる らしく、す
亘訳 な しで もうなず い
い
づ
い
た り、微笑 んだ りして る様子 が見 うけ られた。講師 の挨拶が終 わ りに近
た 頃、欠席 か と思われて い た英 語 B担 当
のエ ア レン先生が 「会場 へ の道 に迷 つて しまって…Jと 汗 をか きなが ら登場。虐、
も整わぬ うち ご挨拶 とい うハ プニ ング
もあ った。
次 い で 各講座 の担 当者 (世 話係 )の 紹介、受講 に当 たっての留意事項 の伝達があ リセ レモ ニー は終 f。 そ して今年度
初 の 試 みで あ るオ リエ ンテ ー シ ョンに移行 した。授 業 の一環 として形式 ・内容 は担 当講師 に一任 されたため、 各講師 と
、
もどの よ うにすれ ば受講 生の興味 を引 き付 ける ことがで きるか、苦′
亡
された よ うだ。あるグル ー プは当 日か ら本番 の授
業 さなが らの もの 、他 の グルー プはゲ ーム感覚 を取 り入れ、 リラ ックス した雰囲気 の もの等、講 師 の考 え方 ・個性 が現
れ、それぞれに受講 生のやる気 を刺激 した。担 当者 の話 によれば、 どの グル ー プ も概 ね好評 で あ った。約50分 にわたる
オ リエ ンテ ー シ ョン も終 わ り、初 めて会 った人達 も打 ち解 け、和 やか な雰囲気 の 中、全員 で 会場 の後片付 けを して散会
となった。
(注 )オ
リエンテーションの様子はP4∼ 5に 掲載c
2002年 度 鎌 ケ 谷 市 国 際 交 流 協 会 総 会 開
は
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FI壼dshipИ ss∝Iattη
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こ
いて 、本年度 の総会が開催 され た。
午後 1時 30分 か ら市総合福 祉保健 セ ンター 6階 の大会議室 にお
を選 出 したあ と、2001年 度 の事業報告 な
当 日は戸松雅昭事務局長 (市 社会教育課 長 )の 司会 の もと、議 員 に飯 田泰己氏
度 の事業計 画案 な らびに
らびに収支決算 ・特別会計収支 決算 な どが 審議 され、 これ を承認 し可決 した。引 き続 き2002年
収支予算案 ・特別会計 収支案 が審議 され、 これ を承認 し可決 した。
によ り退任 す る こととなったため、新
なお、今 回の総会 をもって 2期 4年 の任期 を務 め られた田澤進 二郎 会長 が規定
が就任 し、冨1会 長 以下 各部 会長 の交
たな役員 の選出が行 われた。臨時理事会 による互選 の結果 、新会長 には岡本靖子氏
の とお りとな った。
代 な どの新人事が決定 した。2002年 度 の新役員構 成 は右下
5月 19日
(日
)、
◇◇ 新会長インタビュー ◇◇
鎌ケ谷市国際交流協会 会 長
岡 本 靖 子 さん
このた び 第 4代 の 会長 に就 任 され
た 岡本靖 子 さん に、 これか らの KI
FAの 運営 な どにつ い てお 聞 き しま
した。
◇
KIFAに
携 わ つた き つか けは ,
岡本 1973年 、我孫 子市 か ら市内 くぬ ぎ山に移住 して間
もな く、西部 地区 の家庭教育学 級 に携 わ りま した。そ し
て約 9年 余 りの米国滞在 か ら帰 国 した年 に、東部公民館
の主催事業 に講師 として呼 んで いただ きま した。そ んな
事 か ら公民f官 運営審議委員 に選 ばれ ま した。委員 となっ
て 2期 日に KIFA設 立 の話 が 行 政サ イ ドか ら持 ち上が
り、市民代表 の理事 として参加 した事が きっかけで しよ
理事 (会 長 )
埋事 (高 1会 長
理事 (副 会長
理事 (会 計
理事 (会 計
岡本
酒井
)
KIFAに
おける関わ りは ?
岡本 1988年 の KIFA設 立以来 です か ら、 もう14年 も
KIFAに 関 わつてい ます。初代 の研修部会長 を 6年 間
務 めたあ と、副会長 を 6年 、広報活動 を 2年 間 や って き
ました。主人 の仕事 の 関係 で米国 に暮 らした ことが 国際
交流 へ の 関心 を深 めた よ うに思 つて い ます。
◇ 新会長 として の抱負 は ?
岡本 国際交 流 は人 と人 との交流 が原点 ですか ら、市 内
の方 々との コ ミュニ ケ ー シ ヨンをさらに大 切に してい き
たい。 一般市民 を対象 とした語学講座 は設 立当初か ら続
靖子 市民代表
哲 郎 市民代表
)
一色
淑子 市民代表
雅男 法 人代表 学校法 人一色学国
)
藤本
克代
1ヽ
)
栗
竹内
監事
青松
監事
理事 │li報 委員長 渡部
理事(交 流部会長 根 岸
理事(研 │夕 部会長 藤井
)
うか。
◇
2002年 度鎌ケ谷市国際交流協会役員名簿
所 1属 .団 体
氏 ‐
名
役 │ 1職
)
楢男
恭子
孝子
理事
原
明恵
八郎
理事
小野
正義
理事
石井
)
│ド
民代表
明 市民代表
│ド
民代表
市民代表
市民代表
市民代表
鎌 ケ谷市体育協 会
鎌 ケ谷市商 工 会
鎌 ケ谷市スカウト連絡協議会
鎌ケ谷市子ども会育成会連絡協議会
鎌 ケ谷市芸術文化協会
鎌 ケ谷市 自治会連絡協議会
理事
敏雄
細井 和美
富 田 照子
理事
野口
光行
理事
加藤
理事
松原
「]石
義雄 鎌 ケ谷青年会議所
勇 二 鎌 ケ谷 ロー タ リー クラブ
理事
け て きま した。 これか らは青少年 に目を向け た事業 を多
く取 り入れ て行 けた ら、 と思 つて い ます。そ の一 つが青
少年 の ワカタネロ ングス テ イ派遣 です 。 また、地域 の子
理事
理事
幸久 鎌 ケ谷 ラ イオ ンズ クラブ
高島 和雄 千葉県立鎌 ケ谷高等学校長
相澤 荘 重 千葉県立鎌 ケ谷西高等学校長
高野 博 之 鎌 ケ谷市小 中学校長 会
どもたちに言葉 を通 じて異文化 を理解 して もらい 、世界
に通 じる国際人 に育 って もらえた らとも思 つて い ます。
理事
寺島
理事
井上
理事
川尻
KIFAが
そ の発信基 地 の一 つ となる ように、力 を尽 く
したい と思 つて い ます。
理事
理事
正方 鎌 ケ谷市教育委員会 委員長
和夫 鎌 ケ谷市教育委員会 教育長
秋 重 鎌ケ谷市教育委員会 生涯学習部長
事務 局長 (社 会教育課長 )
戸松
雅昭
人と交わることが大好 きJと いわれる岡本靖子 さんは、にこや
べ
かな笑顔 を絶や さない 中で、 しつか りと抱負 を述 られ ました.
担 当職 員 (社 会教育課社 会教育係 )
杉山
大樹
事務 局 員
川島
妙子
大 い に期待 してい ます
事 務 局員
木村
鈴子
(「
)
幅
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2002年 度 K:FA法
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・ 団体含 員 の ご紹介
人含員
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(敬 称略 。ア イウエ オ順 )
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法人会員〕
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エ ースエ 業(和
学校法 人一 色学 園
学校法 人皆川学 園
東葛食 品m
m千 葉銀行鎌 ケ谷支店
那須設計 工 務 m
皆川不動 産侑)
東明電子 工 業 l■ l
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ね美光化学研究所
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鎌 ケ谷梨 ワイ ン ・ブ ラ ンデ ーm
m仁 平 ・仁 陣
茂野製麺的
新和設備│わ
鎌 ケ谷造 園土木(欄
岡田産業向
仰 東洋 ハ ウジ ング
向 保科発條製作所
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帥 松 澤 よろ い店
ュー テ ック
団体会員〕
〔
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鎌 ケ谷市商 工 会
鎌 ケ谷市小 中学校長会
鎌 ケ谷市 自治会連絡協議 会
鎌 ケ谷青年会議所
鎌 ケ谷市 ス カウ ト連絡協議 会
鎌 ケ谷市体育協 会
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鎌 ケ谷 ロー タリー クラブ
鎌 ケ谷 ライオ ンズ クラブ
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県 立 鎌 ケ谷西高等学校
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◇新日1会 辰と新会計からの一言メッセージ
冨1会 長
警 夕1,賞 T等 密警鷲会 I
左 から藤井 。根岸・ 渡部・ 藤本
新役員 と田澤前会長
酒井哲郎氏
おける活動 は 2年 余 りです
たまた
が、
ま巡 り合 わせ で大役 を仰せ つ
か る こととな りま した。皆様 の ご支援 を
い ただ き、責務 を全 う した い と思 ってい
ます。
会 計 ―色雅男氏
ライオ ンズ クラブの会 員 としては、 ワ
カタネ市 との交 換留学 生のお手伝 い もし
て きま した。 KIFAで も、 この経験 を
活か して力 を尽 くせ れば、 と考 えて い ま
す。
KIFAに
一 色 。小 栗 。酒 井・ 岡本 の
8.通 訳 ボランテ ィア活動 の促進
KI■■IA120024E事 業計画
1.在 住外 国人 との交流
★ バ ス ツアー ・バ ーベ キ ューパー テ イ・KIFAパ ー テ ィ
・国別交流会 ・料理講習会 ・青少年交流事業
2.語 学研修講座 の開催
☆英語会話 3講 座 ・スペ イ ン語会話 l講 座 ・中国語会話
1講 座 ・ フレン ドリー英会話 1講 座 ・ 日本語 会話 1講 座
。開講式 お よび閉講式 ・ 日本語 ボラ ンテ ィア養成講座 ・
日本語 ボラ ンテ ィア研修会 ・特別学習会 ・近隣市 町 日本
語 ボラ ンテ ィア ネッ トワー ク ・外 国語 に親 しむ会
3.講 演会・ イベ ン ト事業
4.会 報 の発行
★年 3回 広報誌 KIFA Plazaを 発行す る。
5.ホ ームペ ーン事業
6.海 外交流事業
11.東 葛地区国際交流協会連絡協議会 および 他市 との交流
「 日本語ボラン
前記 の うち本年度実施 の新規事業 には、
テ ィア養成講座」と
「青少年 ワカタネロングステ ィ派遣」が
あ ります。日本語ボラ ンテ ィア養成講座 は去 る 5月 18日 か
ら毎週 1回 (全 12回 )、 講師に松本明子 さん と川端芳子 さん
を迎 えて ス ター トし、
30名 を超 える方 々が学習 に励 んで い
一
ます。 方青少年 ワカタネ ロングス テ ィ派遣 は、
大学 生 2
名、
高校 生 5名 の方 たちが 7月 19日 に出発 しました。
なお、 これ まで交流部会 に所属 して い たホ ームペ ー ジ
事業 は、
広報委員会 で担当す ることとな りま した。これ を
に
機 皆様 に楽 しんで頂 けるホ ームペー ジ とすべ く、本年
秋 口を目指 して全面改訂作業 中です 。市民 の皆様 による
海外旅行体験記 や、ホ ームス テ ィ受 け入れ の経験談 な ど
☆姉妹都市 との交流 (青 少年派遣 )
7.ホ ームスティ・ホームビジットの受け入れ
☆研修 会 の 開催 ・通訳や翻]訳 活動 を行 う。
9.外 国人ボラ ンテ ィア講師 の派遣
10.市 民夏 まつ り事業 へ の参加
(随 時実施)
の投稿 を歓迎 します。
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新任 の ロ ドニ イ先生が、
当 日都合が つ かず増 田千佳
先生が代講 された。開ロー
Good afternoon"と の
番 “
挨拶。皆あ っけに とられ ダ
ンマ リ。 まず は気分 ほ ぐし
「
に歌で もと ABCJの 歌 を斉唱。教科書 に添 い 簡単 な
英会話 をす る うち和 やかな雰囲気 が生 まれて来 た。明 る
く元気 な千佳先生 の 「わか らない ことは どん どん質問 し
よ う」「指 され る前 に手 を上 げて答 え ようJ等 の ア ドバ
=
5月 26日 合 同開講式 当 日講座別 の オ リエ ンテ ー シ ョンラ
夫 によ り、ユ ニ ー クな展開 とな つた 。 その模様 を、講師
C
言
吾
英
は
豪
魃
Hi,my namels Rodney and lrn fro■ l London,England.
Please ioin Our English study group every Tuesday afternoon
have fun and enioy speaking English together.
)受 験英語 の世代 で育 ち、会話能力 が
(川 崎紀男氏 から
乏 しいので数年 前か らラジオ講座 を開 いてい ます。今 ま
でのブ ロー ク ン・イ ングリッシユ にさらに磨 きをかけ る
ため当研修 を受講 しま した。
。
家内 との海外旅行 の際、名所 旧跡 の観光 や買 い物、
又外 国人 と直接意思 の疎通 を計 り、そ の 国の歴 史 と文化
を理解 し、旅 の醍醐味 を味 わいたい ものです 。
長
ミ
語B務 詐イ
英
ダ。
は
=為
自己紹 介 か ら始 ま った 。
教 科書 に添 い 日本語 は極力
使 わ ず 、隣 同志 互 い に 自分
を紹 介 し合 う とい う もの 。
この クラ ス は リ ピー ター が
多 い こ と もあ り和 気 あ い あ
いの 中、馴 れた日調 で話 す方 もお られた。今 回初 めての
受講 生 も大半 は英語 だけで内容 を理解 され、レベ ルの高
(先 生から)So far,I have e両 oyed teaclling the illtermedate
tlass.Everyone is very enthusiastic to learn For a11 lny
students,please try to speak in class,donit be shy,え
んり
ょしないで ください。I hope all students will continue
hard and improve their English.
L活 で英 語 が 日本 の ことば と同
ん か ら)日 常 ι
つ
じくらいの割合 で かわれて い る とい うことに気付 き、
古 い私 は驚 い て い ます。Thisis a pen.と 繰 り返 し音読 し
た こ とは遠 い昔 の こ とになって しまい ま したが、「現代
(H.0さ
に暮 らす 自分 にい ろい ろな ことを問 い かけ、少 しで も学
ぶ姿勢 を もたなければい けない」 そ のお もいが語学講 座
の受講 につ なが りま した。 一年 生ですが皆 さまに助 けて
ぃただいて、 なん とかが んばって い きたい と思 い ます。
ゲ ーム感覚 を取 り入 れた
ユ ニ ー クな 自己紹介 の方法
が取 られた。格子 の上 に並
べ て置 かれた ロ シ イン先 生
手作 りの カー ドを各 自が 1
枚ず つ取 り、そ の裏 に書か
れた質問 (家 族 や趣味 の こと)に 応 じて答 えを用意す る
とい うもの。質問内容 も工夫が してあ り、答 える方 もそ
れな りに考 えなけれ ばな らない。途 中で先 生か らの追加
質問 もあ り、1人 当 た り結構時間 を費 や した。
全員 まで順番が回 らず、話す機会が な く残念 な人、 か
えってほ つ とした人それぞ れであ つた。
(先 生 から)今 年 も引 き続 き中級 クラス を担 当で きて喜
んで い ます。周 りには素敵 な人達 、愛す べ き生徒 さん達
がた くさん居 て とて も嬉 しいです。授業 はゲ ーム感覚 を
取 り入れ た楽 しい もの に して行 きたい と思 い ます。
(木 村 浩氏 か ら)Hello,everyond元 気 な Roisin先 生 の
呼 びかけで英会話 の レッス ンが始 まる。 クラス メイ トは
好奇心豊 か な男女31名 。 1年 30回 の レッス ンをゲ ーム 中
心 に楽 しく勉強出来 そ うな予感 がす る。
64才 の英会話事始 め 、海外旅行 の仕事 であ らゆる国 で
いろいろ な外国人 とハ プニ ングや トラブ ルを交渉 し、そ
の場 で解決 を計 らねばな らなか つた。本番 のス リルに満
ちた ビジ ネス現場 を離 れて、 のびのび と英会話 を楽 しみ
なが ら学 びたい と思 っている。
膠鬱 腋 鬱 鬱 鬱 鬱
さを示 してい た。エ ア レン先 生の好指導 によ り、閉講時 ま
で に全員かな りの レベ ルに達 して いることで あ ろ う。
toヽ vOrk
j・
■ 鵞
イス を胸 に刻み無事終了。
(ロ ドニ ィ先生 か ら)
Leぜ s
ロシィン・ マギル先生
(英 国、 E味 :読 書・ 観all)
ク リステ ィー ナ 。ロペ ス先生 (ス ペ イン、
ス ベ イ ン評言画家)/フ リオ・ペーニヤ先生(ベ ルー、
題味:サ ッカー・料理・ダンス
)
こちらもゲ ーム を中心に、
楽 しい雰 LIl気 の 中で進 め ら
れた。まず各 自に名前 だけ、
住所 だけ等個別 の項 目 を記
入 した カー ドが配 られ、そ
れ を各 自が スペ イ ン語 を使
って発表。総合 す る と 1人 の人物像 が現 れる、 とい うも
のだ。次 いでスペ イ ン語 を公用語 とす る国 の名前 をア ル
ファベ ッ ト順 に挙 げ、少 しは旅行気分 を味 わお うか、 と
い うもの。我 々 に剛1染 みの薄 い 国 もあ り、なかなか名前
:
K,1.:Fnm鶴 建
‐
轟
ンデ 津璽ン
が行 われ た。今 年初 めての試 みで あ り各講師 の創意 ・工
じよび 受講生 の一 言 と共 にご紹介 しよ う。
」 日本語講座コ
毎週火曜 日夜 7時 30分 か ら 9時 まで中央公民館で外国
の方が 日本語 を学 ぶ 日本語講座が開かれて い ます。
(日 本語 ボランテ ィア :青 木佳子 さん か ら)ア ッ トホ ー
ム な少人数の レベ ル別、 グループ学習 を して い ます。私
達 ボラ ンテ ィアは生 徒 さんの ニー ズ をで きるだけキ ャッ
ヽ
チ して、よ り良 い学習 を提供 で きるよう′
亡
掛 けてい ます。
が浮かばず困惑 した場面 も見 られた。
〈当 日は クリステ イー ナ先生不在 (7月 4日 まで)時 の
代講 をされるペーニ ャ先 生 も出席 された 〉
リス テ ィーナ先生 か ら)今 年 はワール ド・ カ ップの
年 です 。 これ を機会 に色 々 な匡│の 言葉 を覚 えて下 さい。
スペ イ ン語 は20ケ 国 で使 われて い る国連 の公用語です。
(ク
旅行 に役 立 つスペ イ ン語 を身 につ け て、是非 スペ イ ン語
圏 を楽 しんで下 さい。
(中 江亜貴子 さん か ら)私 はスペ イ ンについ て殆 ど知 識
は持 ってい ませ んで したが、ただサ グラダ 。フア ミリア
はじめてのゆかたもよく似合 つているで しょ。
振文 さん か ら)上 海 か ら 8年 前来 日しま した。 口
本語 を もっ と知 りた い、上手 にな りた い と思 ってお りま
すが、今年 の 4月 日本語教室 の ことを知 りま した。
(胡
先 生 方 は とて も親切で 日本 の文化や 日本人 の考 え方等
い ろい ろな ことを教 えて ドさい ま した。特 に私 の弱点 で
ある発音 をよ く直 して い ただ きま した。 これか らも先生
が見た くて今年 の 1月 、友人 とスペ イ ン旅行 に行 って来
ました。訪れた所 は どこ も素晴 ら しく食べ 物 も美味 しく
スペ イ ンに魅 fさ れて しまい ま した。
スペ イ ンヘ は、少 し位の会話が出来 るようにな り是非
方 の ご指導 の下 で 日本語 を楽 しみ なが ら勉 強 して い きた
い と思 い ます。
もう一 度訪 れてみたい と思 っていた ところ、 当講座 の こ
とを知 り応募 い た しま した。通 い始 めて 1ケ 月、つい て
」 日本語ボランテイア養成講座□
い けるか心配 ですが 頑張 ってい こ う と思 い ます。
0中
鴎
霜轟妻 暑編 :弓碁割
生
)先
まず は「 ニ イハ オ」 の挨
拶練習 か ら始 ま り、 自己紹
介 に移 った。受講 生の中に
は親子 で来場 とい う、熱心
な方 も混 じってお られた。
先 生の一 言 にもある通 り、
受講動機 は、それぞれ で あ るが 、何 とか して中国語 を話
せ るよ うにな りたい との意欲 は強 く、今年度 は全 員最後
まで頑張 って受講 い ただ け る もの と思われる。
(先 生 か ら)大 家好 !(皆 さん、 こん にちは)
「中国に旅行 に行 きた いか らJ「 中華料理が好 きだか らJ
「周 りの 中国人 と交流 した いか らJと 中国語 を習 い始 め
る理 由 は様 々ですが、勉強熱心 は皆 さん ・緒 で すね。“排
音 "を は じめる と発音が難 しいの もあ りますが、あせ ら
5月 18日
(土 )∼ 8月
4日
(日
)ま で松本明子先 生、
川端芳子先生 の 日本語 ボラ ンテ ィア養成講座 をまなびぃ
で 開催 して い ます。テキ ス トは 「み んなの 日本語 IJ、
近隣か らの参加 もあ り、38名 の受講生が全 12回 を休 まな
い よ うに と熱心 に勉強 して い ます。
(大 森佳 子 さん か ら)「 生 きが い」 とは 「人 さまのため
になにか をす る こと」 と単純 に考 えま した。素晴 らしい
講師 と熱心 な受講者 の 中に身 を置 い た一 日日か ら、私 の
手 にあ まるのでは とい う思 い。以前、英語 を話す人達 の
中で苦 い思 い を した私 の経験 もあ り、切実 に 日本語 を必
ヽ
亡
要 としている方 々が いることを思 う と′
揺 れ ます 。
(竹 内雄 二 氏 か ら)外 国人 の母国語 を話 せ ない と教 える
ことがで きない もの と、これ まで思 つていた。 ところが 、
初 日に、先生 は 「 日本国内で 日本語 を教 えるのに、な ま
じっかな外 国語 な ど知 つていた ら、か えって教 え られな
い」 と言 われた。「 日本語教育」 の システム を知 り、言
葉や文 の法則 、指導方法 の体系 につい て学 ぶ ことで 、改
めて 日本語 につい て再発見 の機会 になって い る
ず に続 けてみ ま しょう。2008年 の北京 オ リンピックには
ガイ ドな しに応援 に行 けるで しょう。
(一 戸晋子 さんか ら)私 はこれか ら中国語 が ます ます重
要 になって い くと思 い 、中国語 を習 い始 め ま した。李先
生 は発音 を丁 寧 に教 えて下 さるので 、授業 は とて も実用
的 です。 また、中国の文化 を少 しず つ教 えて下 さるのが
面白 く、毎 回 とて も楽 しみです。
松 本 先生 の実 習 をま じえた緊張感 あふ れ る講義
K・ 1・
曖
蝙
│1饒莉
瘍
フ リオ・ ペーニ ャ (自 丼在住 )
今年 の 1月 、 10年 振 りにベ ルーヘ 帰 って 来 ま したし か な り大 き く
な った街 を飛 行機 か ら見 るの は大変 な篤 きで した。 空港 には、母 や
兄弟 や親戚 が迎 えに来 て くれ ま した.家 に帰 って朝 方 までず ― と語
ЛOs
Bυ θ
das
ブエノス・デ ィアス〓こんにちは
り明 か しま した.彼 らはみ んな 日本 の事 や妻 や 1´ 供 た ちの事 を聞 き
たが ってい ま した.ふ りか けやお茶漬 け等 、沢 山お十 産 を持 つて 行
きま した。元 気 で うれ しそ うな母 を見 るの は とで も嬉 しか ったです .
に小 ・ 中
子 供 の 頃 の懐 か しくてお い しい料理 を沢 山食べ ま した
=更
学校 の 友達 とも再 会 し、 い たず ら した こ と等 、音 の 思 い 出話 を しま
した。幸 せ で した。 けれ ど も悲 しい 時 もあ │)ま した.去 年 亡 くな っ
た 父 のお 墓参 りも出 来 ま した[兄 弟 の 家族 や 木 だ会 った事 の な い 従
兄弟 た ちに会 うため に私 の生 まれ た 街 ア レキ バ に行 きま した=
私 の故郷 ア レキバ を ご紹 介 した い と思 い ます .ア レキ バ はベ ルー
鯰
フ リオ・ ペ ーニ ャ
さん
Jの 中心
で 2番 目に大 きな‖
」です .人 日は93万 9千 人で 、67万 人が 田
‐
に住んでいます。この‖
げは “
白いЩ'と して知ら4て います。民家
や寺院等はすべて石材で作られ、これはMi薄 火吐1か らの溶岩です。
町 の 同 りは開拓 地帯 にな ってい て 、Chll lll● アン│キ ィドを渡 │り 、河「 1
tる
│に
│'‐
1嗜 lま
では沢山のダムが作られ
―
永久自 水の供給を受 ら′ よう
0な り
11轟 │の IMIstl火 1山
│ア
レキパの教会‐
キ,"│プ ラザ鶴 欄│
│お
―
待│ち │し て いま│す
中政 浪 旅 行 ―
松沢
│
武人
初 め て スペ イ ンヘ 行 った と きか ら、 なん とな く居心 地
一 人旅が慣 れて きて、 どこの 国 で も放浪旅行 をす る よ
が 良 か った 。 じ りじ りと川Lを 焼 く太 陽、 なだ らか な丘 に
並 び立 つ 白 い 家 々。 見渡す 限 りi査 き通 ってい る青 い 海。
家族 との ツア ー旅 行 だ ったが 、私 の スペ イ ンの 印 象 は 強
うにな りま した。そ の 中で紹 介 したい 国があ ります。 中
米 の メキ シ ヨ とグアテマ ラです 。 なん とな く治安 の悪 い
イメー ジですが、 で もしっか りと自分 を見失 わなければ
烈 であ つた 。
十分楽 しめるはずです。 スペ イ ン同様 、焼 き付 けるよう
大学 の卒業旅行 には、や
っ│ま り「情 れのスペ イン」
な太 陽 と綺 麗 な海。 カ リ
とい う思 いが強 く、頭 の中
はスペ インでいっぱいだっ
た。その当時のスペ イン語
と思 うほ ど本 当 に素晴 ら
の知識 は挨拶程度 :「 HOLA
(や あ)、 CUANTES?(い
くら ?)、 GRACIAS(あ り
が と う)、 ADIOS(さ よな
ら)」 今思えば勢い だったの
で しょう。一 人旅 の始 まり
です。
ブ 海 は 、 この 世 の 楽 園 か
しい です 。 中米 に残 る古
代 マ ヤ文 明 は謎 の 破 減 を
迎 え、そ して ス ペ イ ンの
侵 略 に よ り融 合 され た 文
化 や風 習 は 日本 人 の 私 に
とって興 味深 い ものです。
食事 で有 名 なのは タコス 。
マ ドリー ド交F夕 │
テ ィオテ ィワカ ン
スペ イ ンのマ ドリー ドは比 較的治安 が良 くない街 で 、
ビク ビク しなが らの旅 気分 で したが、
無事 に旅行 を した。
った皮 に巻 い て食べ て しまい ます。妙 に ビール と合 って
おい しいです。
いつ か また スペ イ ンや メキシ ヨなど行 きたい と思 つて
プラ ド美術館や現代美術館 な ど、絵画や建物 に興味 があ
る人に とっては楽 しい街 で しよう。食事 は 日本 人向 きで、
るのです 。そ のために も日標 を立 て、 スペ イ ン語 を勉強
し直 しです。 皆様 も一緒 に楽 しく勉強 い た しましょう。
とて も美味 しいで す。
‥親 切 を 身 近 に 直
今年 1月 、主婦 で ある私が カリフォル ニ ア州 でス クー
ル ライフを体験 しま した。 いろい ろな国 の人達 の 中で特
に私の発音が悪 い ため何度 も同 じ言 葉 を繰 り返 した りで
で しょうJと 言 っただ けで部室 か ら出て行 かれ ま した。
さあ大変 !ゲ ーム ソフ トを選 ぶ ことさえ難 しいの に、 こ
んな大 きな コ ンピュー タを どうや って操 作 した らいい
の ?だ いい ち電源 は どこにあるの ?そ んな私 の様子 を見
て 隣でゲ ーム に熱 中 して い た男 の子 が親切 に操作 を教 え
て くれ たのです。お礼 を言うと「最初 は誰 だって解 らな
いの だか ら心配 しない でJと 言 ってご く自然 に イヤホ ー
ンを私 の頭 にセ ッ トして くれ たのには大感激 で した。
国際交流 に関 する
あなたの体験、ご意 見 を
お寄 せ くだ さしヽ
。
加藤扶左子
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一一
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褒一
﹁燿
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い事 があ ま りに多 く、そ の ことを先 生 に本
H談 す る とコン
ピュー ター室 に連 れ て行か れ 、「授 業 が終 わった らここ
でゲ ーム をや りな さい。あなたの悩 みが きっ と軽 くな る
て一
一 〓撥″
解 け る事 がで きま した。
英語 を第 2の 母卜1語 に して欲 しい と願 う教 師 の意向 は
まず リスニ ングか ら始 まるのですが、私 には 聞 きlllれ な
旬
│じ
一
一
一
彰
一
. ソ
, ,
初 日の授 業 は冷や汗 の連続で したが、 クラスの暖 か い雰
囲気 と優 しくて、おお らかな担任のお陰で、す ぐに打 ち
(メ
牛 や豚 、鳥 、 どん な具 も
トウモ ロ コ シを挽 い て作
キ シ コ)
彼 の お陰で毎 ロゲ ーム
を楽 しむ ことが 日課 とな
り、私 の1悩 み も確 か に軽
くな ってい くよ うな気が
して きま した。
親切 だつたのはこの男
の 了‐
に限 らず、 マー ケ ッ
トで 品物 を手 に して い る
時や、道 に迷 い車 を路肩
に止めて地図 を広 げて い
る時 な ど、す ぐに声 をか
けて くれるので本当 に助
か りま した。 と りわけ昨年 9月 に起 きたテ ロの時 には、
シカ ゴに1旬 か う国内線 の 中で知 り合 い 、一 人でホテ ル に
、
泊 まるのは さぞか し′
し
細 い で しようと自宅 に招 い て泊め
クラス メー トと共 に
て くだ さった老婦 人。 まるで 自分 の事 の よ うに親身 にな
って 陛話 をす る とい うアメ リカで受 けた大勢 の方 の親切
に対 し、私 は今 日本 にい る外国人 にお返 しを t′ た い と考
えて い ます。
投稿 規定 :25文 字 ×30行 以 内。題 名 、住所 、年 令 (学 年 )を 明記 の上 、
事務 局 (市 役 所 5階 )ま で 。
記載 された方 には、記念 品 をお送 り致 します。
KBIEFA到 盪
準
lnformati.on
8月 24日 (土 )12時 ∼
(雨 天順延 )
「市
貝柄 山公 園にて、
民夏 まつ り」 が実施 さ
れ ます。 KIFAブ ー
スは新企画 いつぱ い
フレンドリー講座
〈英会話〉
バーベキューパーティ
市民夏 まつ り
│
皆 さん是非お立 ち寄
り下 さい。
日日
寺 : 9月 29日 (日 )
午前 11時 ∼午後 3時
場所
10月
参加希望 の方 は当 日、
食材 ・食器 を持 参下 さい。
会費 は会員 100円
非会員200円 です 。
KIFA日
本語受講生
「日本語スピーチ発表会」 に参カロ
開催日時決まる
3日 ∼12月 5日
午後 1時 半 ∼ 3時
場所 :ま なび ぃ
60才 以 上の 方 を
['問
対 象 に して、イ
づ くりに楽 し く学
ぶ 講座 です 。
:「 市民 の森」
KIFAパ ーティ
11月 23日 (土 )
午後 1時 ∼ 4時
市総合福祉保健 センター
6階
国別紹介 コー ナーや ア
トラクシ ヨンで盛沢 山
│
青 少 年 ワ カ タ ネ ロ ン グ ス テ イ実 施 さ れ る
鎌 ケ谷市 の友好姉妹都市 で あ るニ ュージー ラ ン ド・
ワカタネ市 の協力 を得 て25歳 迄 の青少年 を 4週 間 に渡
るホ ームス テ ィで受 け入れ て貰 う企画 を立 てた。企画
を発表 してか ら締切迄 の時間 は充分 では無 かったが、
多 くの方 の応募 を受 け最終 7名 の派遣 を決定 した。当
初 5名 を予定 して い たが意欲 的な応募 が 多 く、関係先
と交渉 の L急 遠 2名 追加派遣 となった。 ―行 は、 7月
19日 に出発、 8月 14回 帰国予定 で あ るが この 間現地 の
市民 との交流 をす る事 となってお り、
高校 へ 通 った り、
この滞在経験 によ り英語力 も身 に付 けi呈 しい 国際 人 と
な って帰 国す る事 であろう。大 い なる成果が次号 で幸R
多文化交流も共通のことばは日本語です。
3月 10日 、柏市国際交流協 会 日本語教室 のス ピーチ
発表会 が、寺 島会館 で 開かれ ました。松戸や野 田そ し
て鎌 ケ谷か らも参加 し、25名 の外国 の 人たちが 日本語
をあや つ り、 日頃 の学習 の成果 を発 表 しま した。 KI
FA日 本語講座 か らス リラ ンカの方 3名 が出場 し、 ム
ハ ンマ ドさんが「 日本 の若者 は 自国 の文化 を大切 に し
て い ない よ うに感 じる」 と話 し、ユー ジさんは 「 もっ
と日本語 を勉強 し次 の時 にも挑戦 したいJと 意欲 を見
せ 、民族衣裳 を身 につ け た クマー ラさんは 「ス リラ ン
カの子 ども達 に日本語 を教 えた いJと 将来 の夢 を熱 く
`
語 りま した。
当 日は応援 の 日本語 ボラ ンテ ィアの方 々 も含め10名
の参加 で交流 しま した。
東 葛 地 区 国 際交 流 協 会
日本 語 ボ ラ ン テ ィア ネ ッ トワ ー ク会 議
6月
8H(土 )野 田 │lr役 所 にて第 6回 ネッ トワー ク会
議が開催 された。今年 は野田、柏、松戸、流山、沼南、
鎌ケ谷 5市 1町 の 日本語ボラ ンテ イアの方 々 20余 名が
集 い、各地 の情報交換 を した。「 日本語 を母語 としな
い親 と子 どものための学校説明会 (仮 称 )」 の実行委
員会の呼 びか けもあ り、 3時 間以上 にも及ぶ熱心な ミ
ーティングとなった。
告 される事 を期 待 した い。
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iレ ベルのボランテ イア活動 により運営 してい ま ξ
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l 参加 を希望 される方 は、お気軽 に事務局 まで :
:お 問い合せ下 さい。
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お詫 び と訂正
本誌 第44写 の 国別交流会 「 タイ DAY」 の記
事 中に誤 りがあ りました。
タイの首都 バ ンコクの正式名が 「 クルンテー
プ ・マハ ナ コー ン…で始 まるなが ∼い名前Jと
「コープクンカー、コープク
訂正 します。 また、
「あ りが
ンクラップ=さ ようならJと あるのは、
い
とうJの 間違 で した。お詫び して訂正致 しま
す。
│■ │1編 1集 1後 計■‐
││■ ■■
■│■ ■‐
1言
新 人 5名 を加 え 9人 で ス ター トしま したこ
手 づ くりの作業 は不安 で 一杯 ですが 、 こ まか な原稿が 一つ に
まとまった時 は私 たちに大 きな喜 びを与 えて くれ ます . (K)