博 士 論 文 概 要 - 早稲田大学リポジトリ

2006.2.22
早稲田大学大学院国際情報通信研究科
博
士
論
論
文
文
題
概
要
目
安全かつ快適な三次元映像表現に関する人間工学的研究
Ergonomic study on safe and comfortable three-dimensional image representations
申
請
者
太田
啓路
Keiji
Ohta
国際情報通信学専攻
マルチメディアとヒューマンファクタ研究Ⅱ
2006年2月
近年の著しい情報通信技術の進化に伴い,映像の高画質化・高臨場感化が進み,視聴環境は,
モバイル端末から大画面スクリーンに至るまで,多種多様化してきている.さらに次世代の映像
メディアとして,様々な感覚情報を呈示することでインタラクティブな仮想空間を構築するバー
チャルリアリティ(VR),現実空間と仮想空間をリアルタイムで融合するミックスドリアリティ
(MR)をはじめとした応用技術の実用化が進んでいる.このような次世代の映像メディアを構成
するのは,両眼視差を伴う立体映像や三次元コンピュータグラフィクス(3DCG)に代表される三次
元映像技術である.近年,立体映像ブームが再び到来していることや,デジタルコンテンツの制
作において 3DCG の利用が欠かせないものとなっていることからも,三次元映像技術への期待の大
きさが読み取れる.しかしながら,映像メディアの進化に伴いユーザが迫力や高臨場感といったメ
リットを得る一方で,影響力の増大に伴う生体への悪影響が懸念されている.三次元映像におい
ては,その中でも特に映像酔いと立体映像観察中の眼精疲労が問題視されている.これまでの映
像メディアの安全性に関する調査は,主として光過敏性発作の防止を目的としていたが,最近で
は映像酔いや立体映像観察時の眼精疲労の安全性が国際的に注目されるようになってきた.例え
ば,映像メディアの総合的な安全性のガイドラインが,ISO(International Organization for
Standardization)の合意文書である IWA3:Image safety として発行された.このように三次元映
像技術の安全性に関する検討は,近年盛んになってきているが,未だ解決すべき課題は多い.同
時に,三次元映像の特性を有効に活用するための快適性に関する検討についても,その必要性が
指摘されている.
本研究の目的は,安全かつ快適な三次元映像表現を実現することである.安全性の観点からは,
映像酔いや眼精疲労といった生理的な悪影響を軽減すること,快適性の観点からは,人間の生体
特性を応用することで爽快感や表現力の向上といった積極的な影響を与えることについて,人間
工学的な視点から検討した.人間工学とは,ユーザの効率性や安全性など人間の要求事項を考慮
し,人にやさしく,使いやすい技術を実現するための物理的・心理的・生理的なアプローチであ
る.三次元映像において,映像酔いと立体映像観察中の眼精疲労は相互に要因となりえることか
ら,この二つの問題からのアプローチが必要である.そこで,第 3 章では,映像酔いの軽減手法
について,第 4 章では,立体映像観察中の眼精疲労の軽減手法について検討した.第 5 章では,
第 3 章で検討した注視点の付加と第 4 章で検討した補正レンズの付加についての知見を元に,動
的な光学補正を用いた映像表現について検討した.以下に各章の概要を述べる.
■三次元映像観察によって生じる映像酔いの軽減手法
3DCG を利用した三次元映像の観察による映像酔いの要因と軽減手法について検討した.現実的
な利用環境を想定し,最も身近な三次元映像として 3DCG 空間を自由に移動する TV ゲームを対象
とした.これまで映像酔いの先行研究では,視覚誘導自己運動感覚(ベクション)が機序の根拠と
- 1 -
されていたために,視野角の広い映像が対象とされることが多かった.これに対して本研究課題
では,比較的視野角の狭いコンシューマ環境を対象とし,評価指標としてベクションと眼球運動
に着目した.はじめに,映像酔いが報告されている既存の TV ゲーム映像中に含まれる不快な映像
成分の抽出・分類,シミュレーションを行った.次にその中で特に不快感が高かった振動運動と
回転運動を含む映像を実験刺激として評価実験を行った.以下に,本研究課題で得られた知見を
示す.
・不快な映像の運動パラメータに関する知見を得た.振動周波数に関しては,船舶分野で報告さ
れている結果とは異なることから,酔いの発生原因に特化した検討が必要である.
・視距離を長くとることで映像酔いを軽減できる.
・
「眼が動いている感覚」と「映像の不快感」に高い相関が認められた.酔いやすい被験者群は,
眼球運動の振幅が大きかった.ベクションと映像酔いに相関は認められなかった.
・注視点の付加により眼球運動が抑制され,映像酔いが軽減する可能性がある.特に酔いにくい
被験者群は,注視点による眼球運動の抑制効果が高かった.
本研究課題により,注視点を付加し眼球運動を抑制することによって,映像酔いが軽減される
可能性が示された.また映像から受ける印象や眼球運動には,個人差が大きいことが示された.
■立体視を利用した眼精疲労の軽減手法
三次元映像観察において,眼精疲労は立体映像の観察中に特に顕著となる.これは,立体視の
際に水晶体の調節と輻湊が一致しないという視覚系の不整合が原因とされている.そこで本研究
課題では,立体映像観察時の眼精疲労の解消を目的として,立体視を利用した眼精疲労の軽減手
法について検討した.呈示系に補正レンズを付加し調節距離をシフトさせることで,視覚系の不
整合の軽減を試みた.また呈示刺激は,視標を前後に移動させることで毛様体筋の弛緩を促すこ
とを意図し,眼にやさしい立体映像の表現手法を併せて検討した.調節機能は,加齢による機能
低下が知られていることから,被験者は若年者と壮年者の二群を対象として評価実験を行った.
以下に,本研究課題で得られた知見を示す.
・補正レンズの付加により視覚系の不整合が軽減し,眼精疲労の自覚症状が軽減された.
・一部の壮年者において,立体映像観察中に平常時の測定値よりも大きな屈折値の変動が生じた.
これは毛様体筋が賦活されたことを意味する.
・視標が前後する立体映像の観察によって,若年者の調節弛緩時間が短縮した.これは立体映像
の観察によって毛様体筋が弛緩しやすくなったことを意味する.
本研究課題により,補正レンズを付加することで視覚系の不整合が軽減し,立体映像観察中の
眼精疲労を軽減できることが示された.またコンテンツの表現手法によっては,平面映像よりも
眼にやさしい立体映像が呈示できることが示された.
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■光学補正を用いた三次元映像表現
第 4 章で補正レンズの効果が示されたが,使用した単焦点レンズでは補正範囲が限定されると
いう課題が残された.この課題は,光学補正を用いた立体ディスプレイ(以下,光学補正立体デ
ィスプレイ)を利用することで解決した.これは再生する視標の位置に応じて,内部のディスプ
レイ位置を前後に移動させ,焦点距離を変化させる動的な光学補正機構を有するディスプレイで
ある.この光学補正によって視覚系の不整合が解消され,かつ自然な奥行き感が表現されること
が期待できる.本研究課題では,動的な光学補正を用いた新しい三次元映像表現の基礎特性につ
いて検討した.はじめに,観察中の水晶体の屈折値を測定し光学補正の効果を評価した.次にコ
ンテンツ表現の高度化を目的として,3DCG を利用したコンテンツ開発環境を構築した.この開発環境
を利用し,当ディスプレイの制約条件を満たし,人間の視覚系を考慮した仮想カメラの制御パタ
ーンを 3 種類考案・実装した.実装した各制御パターンが与える印象について評価実験を行った.
以下に,本研究課題で得られた知見を示す.
・ 動的な光学補正を用いることで視覚系の不整合が解消され,自然視に近い呈示が可能となった.
・ 仮想カメラの制御パターンを変化させることで,印象の異なる映像が呈示できた.視覚系の
不整合を解消し,
「ディスプレイの中に空間が広がる印象」,「双眼鏡を覗き込むような印象」,
「空間内のオブジェクトを眼で追うような印象」といった映像表現が可能であった.
・ 人間の視覚系を考慮したカメラパターンを実装する際には,被写界深度など新たな要素を検
討する必要がある.
本研究課題により,これまで実現されなかった視覚系の不整合が解消された映像表現の基本特
性が示された.本研究課題で構築したコンテンツ開発環境を利用し,映像酔いを軽減するカメラ
パターンや効果的な注視点の呈示方法について検討していくことで,安全かつ快適な三次元映像
表現が実現できると考える.
本研究では,映像酔いや眼精疲労といった三次元映像表現が抱える問題について,人間工学的
な視点から取り組みを行い,上記の知見を得た.映像酔いと眼精疲労は,相互に影響し合うと考
えられ,互いを軽減することによる相乗効果が期待される.本研究を通じて,生体特性を理解し,
応用することで,映像の安全性と快適性が向上することが示唆された.また生体への影響には,個
人差や慣れがあることから,これらを配慮し,得られた知見を有効かつ効果的に利用する表現手
法を検討していく必要がある.今後の三次元映像分野において,安全性と快適性への配慮は必須
となることが予想されるため,本知見は人にやさしいシステム開発やコンテンツ制作における有
益な知見として貢献するものと考える.
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研
究
業
題名、
著書
績
発表・発行掲載誌名、
発表・発行年月日、
連名者
井上哲理, 太田啓路, 盛川浩志, 河合隆史: “次世代メディアクリエータ入門 2
バー
チャルリアリティ制作”, カットシステム (2004.1)
○論文
Keiji Ohta, Takashi Shibata, Takashi Kawai, Masaki Otsuki, Nobuyuki Miyake,
Yoshihiro
Yoshihara
and
Tsuneto
Iwasaki:
“Examination
on
stereoscopic
representation with accommodation”, IDW/AD2005, Proceedings of the International
Display Workshops Vol.2 pp.1735-1738 (2005.12)
○論文
太田啓路, 柴田隆史, 河合隆史, 三宅信行, 岩崎常人: “立体映像を利用した眼精疲労
軽減の一手法”, 映像メディア学会誌, Vol.59, No.10, pp.47-53 (2005.10)
論文
Takashi Shibata, Takashi Kawai, Keiji Ohta, Masaki Otsuki, Nobuyuki Miyake,
Yoshihiro Yoshihara and Tsuneto Iwasaki: “Stereoscopic 3-D display with optical
correction for the reduction of the discrepancy between accommodation and
convergence”, Journal of the Society for Information Display, Vol.13, No.8,
pp.665-671 (2005.8)
○論文
太田啓路, 河合隆史, 海老根吉満, 山口理恵: “TV ゲームによって引き起こされる 3D
酔いの評価”, 日本バーチャルリアリティ学会誌, Vol.9, No.4, pp.343-352 (2004.12)
論文
柴田隆史, 河合隆史, 太田啓路, 葭原義弘, 井上哲理, 岩崎常人, 寺島信義: “単焦点
レンズを用いた立体映像観察による視覚系の不整合の改善”, 日本人間工学会誌,
Vol.40,
○論文
No.2, pp.99-106 (2004.4)
Keiji Ohta, Takashi Kawai, Yoshimitsu Ebine, Takashi Shoji, Akihiro Etori, Takuji
Konuma and Koichi Murayama: “Evaluation of motion sickness caused by
videogames”,
IEA2003, International Ergonomics Association (2003.8)
国際会議
Takashi Shibata, Takashi Kawai, Keiji Ohta, Nobuyuki Miyake, Yoshihiro Yoshihara,
(査読あり)
Tetsuri Inoue, Tsuneto Iwasaki and Nobuyoshi Terashima: “Development of
stereoscopic 3D display system with optical correction”, IEA2003 International
Ergonomics Association (2003.8)
国際会議
Takashi Kawai, Takashi Shibata, Keiji Ohta, Yoshihiro Yoshihara, Tetsuri Inoue
(査読あり)
and Tsuneto Iwasaki: “Examination of a stereoscopic 3-D display system using a
correction lens”, SPIE, International Society for Optical Engineering, Vol.5006,
pp.254-262(2003.1)
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解説
太田啓路, 河合隆史, 海老根吉満, 山口理恵: “TV ゲームによる 3D 酔いの検討”, 画
像ラボ, Vol.7, pp.34-37 (2005.7)
講演
吉田菜穂子, Douglas Eames, 貝谷久宣, 河合隆史, 太田啓路, 李在麟, 井澤修平, 中
奥文,
野村忍, 山添崇: “パニック障害治療用バーチャルリアリティソフトウェアの
開発とその治療効果の検討”, 第 21 回日本ストレス学会 (2005.10)
講演
吉田菜穂子, Douglas Eames, 貝谷久宣, 河合隆史, 太田啓路, 李在麟, 井澤修平, 中
奥文,
野村忍, 山添崇: “パニック障害治療用バーチャルリアリティソフトウェアの
開発とその治療効果の検討”, 第 5 回日本 VR 医学会 (2005.10)
講演
太田啓路, 岸信介, 柴田隆史, 河合隆史, 大槻正樹, 三宅信行, 葭原義弘, 岩崎常人:
“調節を伴う 2 眼式立体映像表現に関する基礎的検討”, 人間工学, Vol.41, 特別号,
pp.188-189 (2005.6)
講演
加藤亮, 河合隆史, 太田啓路, 海老根吉満, 山口理恵: “立体映像を用いた TV ゲーム
の奥行き表現に関する検討”, 信学技報/電子情報通信学会 EID2004-20, pp.25-28
(2004.9)
講演
Keiji Ohta, Takashi Kawai, Yoshimitsu Ebine and Rie Yamaguchi: “Evaluation of
motion sickness induced by videogames”, ICP2004, 28th International Congress of
Psychology, Invited Symposium 1039.2 (2004.8)
講演
太田啓路, 河合隆史, 海老根吉満, 山口理恵: “3 次元映像を用いた TV ゲームによる
酔いの評価”, 3 次元画像コンファレンス講演論文集 2004, pp.41-44 (2004.6)
講演
加藤亮, 河合隆史, 太田啓路, 海老根吉満, 山口理恵: “3 次元映像を用いた TV ゲー
ムの奥行き表現に関する検討”, 3 次元画像コンファレンス講演論文集 2004, pp.37-40
(2004.6)
講演
太田啓路, 河合隆史, 海老根吉満, 山口理恵: “TV ゲームによって生じる 3D 酔いに関
する研究”, 人間工学, Vol.40, 特別号, pp.468-469 (2004.6)
講演
加藤亮, 河合隆史, 太田啓路, 海老根吉満, 山口理恵: “TV ゲームにおける奥行き感
の表現に関する研究-3D シューティングゲームを対象として-”, 人間工学, Vol.40,
特別号, pp.466-467 (2004.6)
講演
河合隆史, 朴芝皓, 太田啓路, 井上哲理, 福山江里子, 伊藤朝香, 花村剛, 市川正浩:
“マルチメディアコンテンツ評価システムの開発”, 人間工学, Vol.40,
pp.216-217
(2004.6)
特別号,
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講演
花村剛, 市川正浩, 伊藤朝香, 福山江里子, 太田啓路, 朴芝皓: “ブロードバンドコン
テンツのスケーラブル変換と人間工学的評価”, 情報処理学会研究報告 Vol.2004,
No.65
講演
(AVM-45), pp.35-40 (2004.6)
花村剛, 市川正浩, 福山江里子, 太田啓路, 朴芝皓: “放送動画コンテンツのスケー
ラブル変換処理システムの開発と評価”, 電子情報通信学会総合大会 2004 講演論文
集, 情報・システム 2, pp.117 (2004.3)
講演
太田啓路, 河合隆史, 柴田隆史, 岩崎常人, 三宅信行: “立体映像の眼精疲労解消へ
の応用”, 3 次元画像コンファレンス 2003 講演論文集, pp.97-100 (2003.7)
講演
柴田隆史, 河合隆史, 太田啓路, 三宅信行, 葭原義弘, 井上哲理, 岩崎常人, 寺島信
義: “光学補正方式を利用した立体ディスプレイシステムの開発”, 3 次元画像コン
ファレンス 2003 講演論文集, pp.93-96 (2003.7)
講演
河合隆史, 柴田隆史, 太田啓路, 岩崎常人, 三宅信行: “立体映像を用いた眼精疲労
解消の試み”, 3D 映像, Vol.16, No.4, pp.2-6 (2002.12)
講演
太田啓路, 河合隆史, 柴田隆史, 岩崎常人, 三宅信行: “立体映像を用いた眼精疲労
解消に関する検討”, 日本人間工学会関東支部第 32 回大会講演集, pp.78-79 (2002.11)
講演
河合隆史, 柴田隆史, 太田啓路, 岩崎常人, 三宅信行: “眼精疲労解消用立体映像シ
ステムの試作と評価” 信学技報/電子情報通信学会 HCS2002-20, pp.29-32 (2002.8)
講演
河合隆史, 柴田隆史, 太田啓路, 葭原義弘, 井上哲理, 岩崎常人: “補正レンズを用
いた立体映像の観察方式の検討”, 3 次元画像コンファレンス講演論文集, pp.125-128
(2002.7)
講演
河合隆史, 柴田隆史, 太田啓路, 葭原義弘, 井上哲理, 岩崎常人: “光学補正を用いた
立体ディスプレイの開発と評価 (1)”, 人間工学, Vol.38, 特別号, pp.376-377
(2002.6)
講演
柴田隆史, 河合隆史, 太田啓路, 寺島信義, 葭原義弘, 井上哲理, 岩崎常人: “光学
補正を用いた立体ディスプレイの開発と評価 (2)”, 人間工学, Vol.38, 特別号,
pp.378-379 (2002.6)
特許
河合隆史, 柴田隆史, 太田啓路, 三宅信行, 大槻正樹: 眼精疲労等回復ディスプレイ
装置, 特許出願 2002-140422 (2002.5), 特許公開 2003-325605 (2003.11), 出願人 学
校法人早稲田大学 株式会社ニコン