ラム波理論による超高周波共振器の開発 - 放送文化基金

放送文化基金『研究報告』 平成 16 年度助成・援助分(技術開発)
ラム波理論による超高周波共振器の開発
目
代表研究者
中川 恭彦
山梨大学大学院医学工学総合研究部 教授
共同研究者
垣尾 省司
山梨大学大学院医学工学総合研究部 准教授
的
今後の高度情報化社会において、IT 機器に求められる要求は超高周波化である。IT 機器のキ
ーデバイスである従来の水晶振動子では技術的に困難であるが、水晶振動子に「ラム波理論」を
適用することにより、容易に超高周波化と絶対零温度係数動作の共振器が実現できる。このように、
本研究は情報通信需要の増大に対処できる新方式の「ラム波型共振器」を提案する。
図 1 に示すように、基板の上下面で反射を繰り返しながら伝搬するバルク波は板波(Lamb 波)と
して知られている。このラム波については、その解析方法や応用に関して古くから多くの報告があ
る(1)。低周波においては、水中への超音波の励受信に用いられている。また、弾性表面波(SAW)
フィルタにおいて、レイリーモードの近傍の高周波側に生ずるスプリアスモードはラム波によるもの
であり、その消去方法が論じられている(2)。
最近、水晶振動子の高周波化に向けて、水晶基板を伝搬するラム波について理論および実験
的検討が行われている(3,4)。それによると、ラム波型弾性波素子用基板は以下の特徴を有すること
が明らかにされた。
ラム波型基板の特徴
① 位相速度が速い:基板上下面を境界とする導波モードであるから位相速度は SAW の位
相速度より 2∼3 倍速い。
② “すだれ状電極”の電気機械結合係数が大きい:ラム波はバルク波を励起しているので、
SAW や漏洩弾性表面波(LSAW)より大きい。
③ グレーティングによるラム波の反射係数が大きい:基板の厚さが波長以下であるため、表
面上の電極の質量効果が大きい。
④ 周波数温度依存性(TCF)が高安定:ラム波は基板表面に平行な進行方向に対して上下
に斜め方向に伝搬する二つのバルク波の合成であるから、各バルク波の温度特性が異符号な
ら容易に 1 次、2 次温度係数が 0 となる。
本解説では、AT カット水晶基板についてラム波伝搬特性と、ラム波を用いた共振器への応用に
ついて、その解析結果と実験結果を述べる。また、最後に発振の様子についても述べる。
1
図 1 ラム波の伝搬特性解析モデル
方
法
● ラム波の伝搬特性
解析に使用する座標系を図 1 に示す。ラム波の伝搬方向を X1 方向とし、X2 軸に平行な波
面を形成していると仮定する。基板表面に垂直な方向を X3 方向とし、基板の厚さを H とす
る。粒子変位と電位ポテンシャルの解を式(1)、(2)のように仮定する。
uj
j
4
exp(ikbx3 ikx1
i t) (1)
i t) (2)
exp(ikbx3 ikx1
ここで、αは振幅定数、ωは角周波数、k は波数、b は深さ方向の伝搬定数を表す。これ
らの式を運動方程式と圧電基本式に代入し、基板上下面の境界条件の下で分散関係が求め
られる。また、表面にすだれ状電極(IDT)を設けた場合の電気機械結合係数(K2)を SAW 用 IDT
と同様な定義で求められる。K2 の定義式を式(3)に示す。
K2
2 (v f
vs )
vf
(3)
ここで vf は基板表面を電気的に開放した場合の位相速度、vs は基板表面を電気的に短絡
した場合の位相速度を示す。
基板の厚さ(H)10μm の AT カット水晶基板を Y’(基板面内で X 軸に垂直な方向)軸方向に
伝搬するラム波の分散曲線と K2 の計算結果をそれぞれ図 2、3 に示す。図から、ラム波には
低周波数から高周波数まで多数のモードが存在していることがわかる。また、K2 の値が
0.05% 以上のモードは IDT を用いて十分励振可能である。
2
Frequency [MHz]
AT-Y',H=10μm
1000
500
0
0
1
kH/π
2
図 2 ATカット水晶基板のラム波分散曲線
AT-Y',H=10μm
0.4
0.2
2
K [%]
0.3
0.1
0
0
1
kH/π
2
図 3 ATカット水晶基板のラム波の電気機械結合係数
3
● 位相速度と電気機械結合係数の実験結果
図 4 に基板の厚さ 20μm、波長 10μm、Y’方向伝搬の場合の周波数に対する K2の
計算結果を示す。この図から、K2は 516MHz で 0.081%、536MHz で 0.056%と大きいことが
わかる。
実験には、図 5 に示す AT カット水晶基板を用いた。直径 3.2mm、厚さ 20μm の部分
を使用する。その基板上に IDT をホトリソグラフィ技術で作製し、ラム波の励受信実験を
行った。IDT は波長 10μm、対数 40、交差長 1mm、伝搬路長 1mm である。伝送特性の実験結
果を図 6 に示す。
図より 511MHzと 534MHz にピークがあり計算結果とよく一致している。
また、IDT のアドミタンス特性を測定し、K2 を求めた。測定結果を計算結果と共に表1に示
す。表より実験結果では 511MHz で 0.087%、534MHz で 0.043% となり計算結果と実験結果
はよく一致している。
AT-Y',H=20μm,λ=10μm
2
K [%]
0.1
516MHz
536MHz
0.05
0
200
400
600
Frequency [MHz]
図 4 Y’方向伝搬の周波数に対するK2
4
800
φ =5.08mm
φ =3.20mm
10,20μm
76μm
図 5 実験で用いたATカット水晶基板
AT-Y',H=20μm,λ=10μm
Insertion Loss [dB]
0
511MHz
534MHz
50
100
200
400
600
Frequency [MHz]
図 6 Y’方向伝搬のラム波の周波数特性
5
800
表1
Y’方向の K2 の理論値と実験値の比較
周波数[MHz]
K2[%]
理論値/実験値
516/511
0.081/0.087
理論値/実験値
536/534
0.056/0.043
● グレーティング反射器に夜ラム波の反射
図 7 にグレーティング反射器の断面図を示す。
水晶の厚さを H、
電極の薄膜の厚さをhとし、
表面に電極がある部分のラム波の位相速度を Vm、電極のない部分の位相速度を Vfとする。
SAW 反射器の理論による一波長あたりの反射係数 R(金属ストリップ2本)を図 7 のラム波の
場合に当てはめれば R は次式で与えられる。
R
γ 2
(4)
tanh(γ)
Yf
Ym
Yf
Ym
f
H
m
2
m m
V
f
Vf
Vm
f
Vf
m
sio 2
(6)
h
H h
sio 2
(5)
metal
(7)
図 8 に Al の膜厚に対する反射係数 R の計算結果を示す。図より、レイリー波に比べ、ラム
波の反射係数が大きいことがわかる。また、基板の厚さ H=5μm、10μm、20μm を比較する
と、基板を薄くするに従って反射係数が増加することがわかる。図 9 にグレーティング反
射器を利用した一端子対共振器の電極パターンを示す。中央 IDT の波長 20μm、対数 15.5、
交差長 1mm。反射器の電極幅はλ/4=5μm でλ/2 周期で両側にそれぞれ 150 本とした。図
5 に示した AT カット水晶基板上の厚さが 10μm の部分に、
図 9 に示す電極パターンを設け、
電極には Al を用いた。
その共振器のアドミタンスの周波数特性の測定より反射係数を求め、
その測定値を図 8 に示す(4)。
h
H
Vm
Vf
図 7 反射器の断面図
6
Reflection Coefficient R (%)
Al/AT-Y'(H=10 m, =20 m)
8
mode-254MHz
Experiment(H=10 m)
7
6
H=10 m
5
4
H=5 m
3
H=20 m
2
1
0
Rayleigh Wave
0
0.2
0.4
0.6
0.8
Film Thickness (μm)
1
図 8 Al の膜厚に対する反射係数R
結
果
● 共振器の設計
図 9 に 1 端子対形共振器の電極パターンを示す。 共振器の設計は兒島らに拠った(5)。IDT
の波長λ=10μm、交差長 1mm、対数 N=157.5 対、IDT とグレーティング反射器間距離 dR=10.0
μm、反射器の電極幅はλ/4=2.5μm で、λ/2 周期で両側にそれぞれ 170 本とした。図 5
に示した AT カット水晶基板上の厚さが 10μm の部分に、図 9 の電極パターンを設けた。電
極には Al を用い、伝搬方向は Y’軸方向とした。
図 10、11 にアドミタンス値およびアドミタンスの位相の周波数特性の実験結果を示す。
図 10 より、約 511MHz で共振していることがわかる。共振アドミタンスは 40.3dB、反共振
アドミタンスは 11.7dB となり、共振の大きさは 28.6dB であることがわかる。図 11 より、
位相は 51.4°から−78.7°まで変化していることがわかる。
7
図 9 一端子対共振器の電極構造
50
Al/AT-Y'(H=10 m, =10 m)
20log|Y| (dB)
40
30
20
10
0
506
508
510
512
514
Frequency (MHz)
図 10 アドミタンスの周波数特性
8
516
90
Al/AT-Y'(H=10 m, =10 m)
60
( )
30
0
-30
-60
-90
506
508
510
512
514
Frequency (MHz)
516
図 11 アドミタンスの位相特性
● 発振特性
次に作製した共振器をコルピッツ回路に組み込み発振の確認を行った。図 12 はスペクト
ラムアナライザーによる測定結果を示す。中心周波数は約 510MHz である。0Hz から 1.7GHz
の周波数範囲に 510MHz と 2 倍周波数(f=1,022MHz)
以外に応答が見られなかったことから、
この発振はラム波型共振器の共振による応答であると考えられる。次に周波数カウンター
による測定より、発振周波数は 511.157930MHz であることが分かった。短期安定度 ±20Hz
と良い安定度を示すことからもラム波型共振器による発振であることが確認された。図 13
に、発振周波数の温度依存性の理論値と実験値を示す。実験値は二次特性を示し、室温に
おける一次温度係数は 4.1ppm/℃ と比較的小さな値である。
9
図 12 スペクトラムアナライザで観測した発
振特性、横軸 1kHz/Div.、横軸 10dB/Div. (周
波数 511.157930MHz)
AT-Y',H=10 m, =10 m
200
0
-200
-400
-600
Calculated
Experiment
-800
-1000
-20
0
20
40
60
80
100
Temperature[℃]
図 13 発振周波数の温度特性
ま
と
め
水晶基板を用いたラム波型共振器について述べた。ラム波型基板の特徴である、(1)位相
速度が速く、同一形状なら水晶振動子の共振周波数の 3∼5 倍、SAW の位相速度より 2∼3 倍
速い、(2)“すだれ状電極”の電気機械結合係数が大きく、容易にラム波の励受信が可能で
ある、(3)グレーティングによるラム波の反射係数が大きい、等については理論と実験によ
り確認された。周波数温度依存性については今後の課題であるが、3 次特性を示す基板が得
10
られている。
次に、ラム波を用いた共振器への応用を行い、コルピッツ回路にラム波型共振器を組み
込み発振の確認を行った。その結果、約 511MHz での発振を確認できた。
参考文献
1) H. F. Tiersten:J. Acoust. Soc. Am., Vol.35 (1963)234.
2) R. S. Wagers:Plate Modes in Surface Acoustic Wave Devices, Physical Acoustics,
Vol.XIII,(1977)p49.
3) Y. Nakagawa, S. Tanaka and S. Kakio, Jpn. J. Appl. Phys., Vol. 42 ,pp.
30863090 (2003)
4) Y. Nakagawa, M. Momose and S. Kakio, Jpn. J. Appl. Phys., Vol. 43 ,pp.
30203023 (2004)
5) 兒島;
「ニューセラミックス」Vol.8,No.10,pp.59-66(1995.10)
研究発表
1. Yasuhiko Nakagawa, Satoru Tanaka & Shoji Kakio ; LambWaveType High Frequency
Resonator, Jpn. J. Appl. Phys.,Vol.42(2003)pp.30863090.
2. Yasuhiko Nakagawa, Masayuki Momose & Shoji Kakio; Characteristics of Reflection
of Resonators Using Lamb Wave on ATCut Quartz, Jpn. J. Appl. Phys., Vol.43, No.5B,
(2004) pp.30203023.
3. 中川恭彦:水晶基板を用いたラム波型共振器;超音波テクノ,2005.34、pp.8386.
4. 中川恭彦、重田光善、柴田和匡、垣尾省司、
“ラム波型弾性波素子用基板の温度特性” 電
子情報通信学会論文誌,J89C No.1(2006)pp.3439.
5. Yasuhiko Nakagawa Mituyoshi Shigeda & Shoji Kakio; Temperature Characteristics
of Substrate for lambWaveType Acoustic Wave devices. Jpn. J. Appl. Phys., Vol.45,
No.5B, (2006) pp.46674670.
連 絡 先
〒4008511 甲府市武田 4311、山梨大学工学部 中川恭彦、[email protected]
11