身体表現に関する研究(Ⅲ) - 大阪教育大学リポジトリ

大阪教育大学紀要 第Ⅳ部門 第60巻 第1号 75 〜 90頁(2011年9月)
身体表現に関する研究(Ⅲ)
―ダンスクラシックにみられる身体表現の安定について―
せん じゅう
ま
ち
こ
千 住 真 智 子
スポーツ講座
(平成23年4月4日 受付)
これまでのダンスにおける身体表現に関する研究を踏まえて,本研究ではダンスの身体表現にみられる安定した表現は,どのよ
うな身体運動から創り上げられているのかを明らかにすることを目的とした。安定した表現を支える身体運動を明らかにするため
に,演技内容を比較しやすいクラシックバレエを対象として,表現の安定と基礎的身体運動(プリエ)の関わりについて三次元動
作分析を用いて検討した。
その結果,身体表現の安定と基礎的身体運動であるプリエとの関わりは以下の通りであった。動きの始まりであるプレパラシオ
ンの動きで,重心が軸足のプリエと同期して下がり,重心が膝の伸展動作よりもわずかに早く上昇し,膝の伸展と共にバットマ
ン・ア・ラ・スゴンドの動きの完了点まで一気に引き上げられる。バットマン・ア・ラ・スゴンドの動きの完了点から, 軸足と対立
関係にある腕がわずかに早く引き下げられ,踵は,重心が下がると同期して床に接地する。以上のように,身体表現を安定に導く
プリエという身体運動は動きと動きを連結させる要であり,瞬間に身体に安定を獲得させると同時に,演技者が生きている身体の
上にあり続けることを支える動きであると考える。
キーワード:バレエ作品,演技者,身体表現の安定
はじめに
ダンスは,今日老若男女を問わず,様々の地域,場所で人間の生きる喜びを表現するものとして世界中で多
くの愛好者をもつ身体表現文化の1つである。ダンスは,どのような種類のものであってもその独特の美しさ
と見る者,行なう者を魅了する喜びの感覚がある。日本でも欧米から伝播したバレエや今日若者の間で急速に
広がったストリートダンス等,我々の生活空間に近接している通り,広場,劇場などで見るだけではなく参加
する楽しみも提供する文化として定着しつつある。こうした様々の目的で行われるダンスを見る時,人は確か
にその表現に生きる喜び,悲しみに共感し,感動するのだが,同時に表現者の演技の洗練や美しさにも心うば
われる。さらに,その演技が初めて人前で表現する子どもであっても,熟練したダンサーであっても同様であ
る。逆に,どんなに高度な技術を持っているダンサーの表現であってもその表現に美しさや感動を感じないこ
ともある。高度な技術をもつダンサーの表現に美しさや魅力を感じないのはいったいどうしてなのか。子ども
の表現は技術的にも,洗練度も低いにもかかわらず,高度な技術をもつダンサーの表現より,美しい,心魅か
れると感じることはどうしてなのか。
本研究の出発点は,この問題の答えを探究することである。これまでの研究では,身体表現の統合によって
1つ1つの演技が支えられている時,人はその表現に心を奪われてしまう。ゆえに,最も素朴な表現にも,最
高に洗練された表現にも感動するのではないかと考えた。こうしたダンサーの身体表現の統合を,生きている
身体が潜在的可能性をもった表現の群(記憶)の中に沈み込み,そして身体が感覚の断片としてこの存在に気
76
千 住 真 智 子
づき,これまで描いていた身体表現のまとまりを切り刻み,その切り刻まれた断片が,直観により新たな統合
された表現へと押し上げることと結論づけた。ダンサーが生きている身体に立ち,身体表現の統合化が進行す
るプロセスにある時,人の表現は安定し,美しいのである。そこには,表現が流れない,ぎくしゃくした感じ
ではなく,技術と表現がダンサーとともに呼吸し,演技は円滑に結び合い,人はその表現に心奪われるのである。
本研究では,さらに一歩進んで,こうした身体表現の統合化のプロセスにみられる安定した表現は,どのよ
うな身体運動から創り上げられているのかを明らかにしたいと考えている。そこで,体系化された動きによっ
て演技が構成され,動きの内容を比較しやすい身体表現技法によって作り上げられたクラシックバレエの演技
を取り上げ,安定した表現を支える身体運動とは何かを明らかにしたい。
Ⅰ ダンスすること
今日,dancerは,自らの衝動に動かされ即興的に表現するというのではなく,その身体表現を観客の前で
1つの作品として発表するかたちをとっている。舞台で,作品を発表するという場合,自作自演を除いて,通
常創り手と演じ手であるdancerが共同作業を行う。自作自演で作品作りを同一人が行う場合には上述のよう
な役割分化は明らかではないが,創り手の役割を遂行している時期と踊り手の役割を遂行している時期が交錯
して見られる。またdancerは,創り手とだけ創作活動を行うのではなく,舞台での作品の発表に至る過程で,
関連する多くの芸術家の専門的立場からの協力を受けて,作品を顕在化させるという創造的活動を行っている。
作品創作活動ではdancerには多くの眼が向けられ,このように見られる自分が強く意識される不安定な現状
で,dancerはどのように自らの身体表現を作り出しているのだろうか。創作上の役割分化が明確である場合,
演技者ははじめに創作者の創り出す演技を模倣するという行為から始まる。この模倣的行為には,与えられた
演技を繰り返しの中で,再現可能な演技とする内容と同時に,創作者の作り出した演技を通して演技者として
の自己像を作り上げるという内容が含まれ,演技的創造の基底となるプロセスでもある。前者の模倣的創造の
プロセスにみられる演技者の行為には,演技する自己像と求められる演技者像のずれを強く認識させ,2つの
局面で大きく揺れる心理的・身体的な不協和と緊張の中でよりよい演技者像を獲得してゆくという働きが存在
し,新しい演技の創出を生みだす力となっている。(千住,1994,p.311)
演技者の模倣行為は,演技の習得を通して自分の目の前に描いた演技を通して演技者像を獲得する次元から
創作者の示す価値をめざす『より以上のもの』すなわち到達すべき演技者像へと進んでいく。この価値とは,
具体的には創作者と共に描いていく作品の美的価値である。しかしながら,この美的価値は目に見えるもので
も,手にとれるものでもなく,創作者の中で漠然とした芸術的衝動として感じられるものにすぎないのである。
S.K. ランガーが『芸術とは何か』の中で,創作者が作り出すものは,「素材は現実のものであるが,芸術の要
素は常に虚のものである」さらに「芸術家が一つの仮象,つまり一つの表現形式に構成するものはその要素な
のである」と述べているように,演技者が創作者以上に描かれる演技を客観視することは不可能である。すな
わち演技者は,与えられた演技を舞台上の演技としていく再創造の過程で,演技を通して求められる演技者像
を見つめ,新しい創造的行為のプロセスを推し進めるしかないのである。言い換えれば,作品創作の間,演技
者の創造は,演技する自己と新しい自己の差異を強く認識し,2つの局面で大きく揺れる心理的・身体的な不
協和と緊張を感じ,この不協和や緊張を軽減するために新しい演技に向けて,さらに演技者像の獲得の方向に
進んでゆく。(千住,1994,p.312)
また,dancerの生きている身体が生み出す表現は,常に変化し,一回限りのものであるからこそ,表現し
ているものも,表現を受けとめるものにも強烈で鮮明な印象を残す。この時表現している自分も,表現を受け
とめる相手にも感じとられるものは,これまでに経験されたどれとも等しくはない表現である。 dancerにとっ
ても,このどれとも等しくない表現を,これまでに述べた不安定なダンスする日常の中で,等しく同じでない
異なるものとしておくことは難しいことである。しかしこの異なるものが,ダンスする時,生きている身体が
等しくない,同じでない感覚の断片に気づき,今まで描いていた次なる身体表現のまとまりを切り刻み,浮か
び上がった断片を今切り刻まれた断片が,直観により新たな統合された表現へと押し上げるのである。(千住,
1998,p.241)
身体表現は,身体という移り変わりやすいものから生みだされ,そのひとつひとつは一瞬一瞬に変化し,同
身体表現に関する研究(Ⅲ)
77
じものは何一つ存在しないという不安定で混沌とした状態の中から作り出されるものである。相手から送り出
される身体表現に身体を沈み込ませ,その表現を注意深く受け止めることができるためには,受け手である側
の身体は,その身体自身が安定していなければできないことである。しかしダンスを行う時,見られていると
いう強い緊張を強いるものであれば,他者の目に宙づりにされた身体は安定とはほど遠い状態に置かれている
と言わざるを得ない。しかしながらダンサーの身体表現にみる安定は,見る側に無理のない,自然な身体表現
を提供し,同時に身体表現にみられる独特な自然さが心に安定感を与え,その表現を注意深く受け止める受け
皿をつくるのである。そのためには,表現する側にも,受け止める側にも,生きている身体そのものが安定し
ていることがその土台となるのである。では,身体が安定しているとはいったいどんなことなのであろうか。
Ⅱ 身体表現の安定とは
生きている身体が安定しているとは,いったいどのようなことなのであろうか。坪井,高木は,その著書の
中でスポーツや武道などの基本は腰と足にあり,技の安定は,腰が据わった状態つまりは重心が安定した状態
にあるとして次のように述べている。
「どんなスポーツや稽古事でも仕事も,かならずといってよい程,初心者や新人は肩に力が入ってしまう。
『肩をいからせる』のは,結局一種の恐怖心があるため体を固めている自己防御的な姿勢だし,初心者が肩に
力が入ってしまうのは,ものごとに対してあまりに意識的になっているからだ。これをもちあげて,次にあれ
をもってきてここに置いて,あそこをねらってなどと最初はどうにもしかたがないが,やるべき形を頭で色々
と考えると肩に力が入ってしまう。このように,肩や首の力がぬけないのは,あきらかに頭(意識)と関係が
ある。この力のために全身のなめらかな動きができず,むしろ,体の中心,腰からの力がとめられてしまう。
腰が抜けて,重心が浮いた姿勢なのだ。」(坪井,1973,p.74)
「姿勢の中心が腰と腹との間に正しくあると,一挙一動,ことごとく自然と武術の態度に合致してくる。そ
して腰が座ってくると,両足は期せずして正しくなる。反対に土台となる足を正しくすれば腰は自ずから座
り,腰が座ると腹は自ずからしまり,腰と腹とが落ち着けば,上体は自ずから崩れない。肥田式強健術は,す
べて中心力を基礎としているから,足の形を精密に調べてみると,どれもみな秩序整然とした幾何学的関係を
持っている・・・(中略)。しっかりやるのには,どうしても型を正しくしなければならない。姿勢が正しくな
いと,体がしっかりしない。正しい姿勢,しっかりした体でなければ,十分な力は入らない。正しい姿勢,充
実した中心力は,見るからに安らかな,美しい,そして充実した感じを与えるものである。姿勢を正しくする
には,体を真っ直ぐにする。体を真っ直ぐにするには,脊髄を伸ばし,首を真っ直ぐにする。脊髄を伸ばすに
は,尻を突き出す。首を真っ直ぐにするには,首の地下を抜いて頭頂を上に突き上げる。そして,肩と胸とを
柔らかにする。そうすれば腰には自ずから力がこもる。腰に力が入れば,腹にそれと同量の緊張がくる。脊髄
は,重要な神経の潜在するところであり,かつ内臓諸器官を吊り上げているところでもある。ことに腰には仙
骨神経叢がある。脊髄の位置を正しくすることは,健康上から見ても重大問題であると同時に,動作のうえか
らいっても根本的なことである・・・(中略)。動作を敏活にするということは,結局『脚』の問題に帰着する。
体を支え,これを自由に運びうるものは『脚』だ。この脚によって体の中心をとり,これを働かせて初めて自
由に動作できるのである。だから脚の筋肉には十分な運動を与えて,その発達をはからなければならないのに,
多くの人は『脚』をなおざりにしてしまっている。もっとも脚といっても,それは腰から出るのだが,腰が座
るためには,またこの脚に待たなければならない。さらに腹筋に対してもっとも有効に,極度の大緊張を与え
るには,どうしても脚からこなければならない。心身強健の秘訣,修養の極致は,この脚に潜んでいる。古人
が『踵で息をする』といったのはこれである。踵で息をすることは,心気を足端に注ぐことである。踵を活か
すには,必ず爪先に覚醒を与えなければならない。爪先には5本の指がある。だがそのなかで,ただ親指だけ
へ強く力を入れればよいのである。すなわち腹筋の完全なる緊張は,脚の親指からこなければならないという
ことになる。」(高木,1996,pp.120-124)
以上のことをまとめると,生きている身体を安定させることとは,次の2点が明らかになってくる。
ひとつは,身体は,身体の各部位が動きにあわせてその重さをもって下降し,正中心と呼ばれる重心は,身
体の正中線にそって両足底の中心と結ばれている。上体には,無駄な力の入っていない柔軟で,虚の状態,中
78
千 住 真 智 子
体はその身体の重みに抗してどっしりと実の状態,さらに下体は,両足底に身体の重みを感じていながらも踵
は柔らかい感じ,虚にして実の状態にある時,安定していると感じられ,そのように印象づけられる。もうひ
とつは,正中心と呼ばれる重心という感じにくい,見えないものへの「気づき」,結果として与えられる身体
の緊張からの解放,安定が,見えていると錯覚している身体の新しく生まれている感覚やその表現に「気づ
く」きっかけを与えているのである。この新しい感覚を体験し,意識状態を改めるきっかけを与えるのが,こ
こで紹介した身体を安定させる,言い換えれば生きている身体のありのままに気づかせる身体操作法であると
言えよう。これらの身体表現への取り組みや感覚は,ダンスの身体表現においても同様に重要な気づきであり,
身体操作法である。次項では,本研究で取り上げるクラシックバレエの動きの中では身体表現を安定させるこ
とはどのような身体操作を行なうべきであるととらえているのかを検討していく。
Ⅲ クラシックバレエの身体表現と基礎的身体運動について
1.クラシックバレエの身体表現
今日のクラシックバレエの表現技法の確立及びその背景については以下の通りである。
「ダンスが舞踊全般を指すのに対し,バレエは観客を対象とする劇場芸術の一形式で,音楽・演劇・美術・
衣装・照明・装置の協力の下,踊り手の動作を通して舞踊作家である振付師が芸術的アイディアを表象しよ
うとする総合芸術である。現在では脚腕の技法(脚腕の各5つのポジシォン,これから外開き技法,アン・ド・
オール,ターンアウトが生まれる)と舞台での8つの方向を基礎に組み立てられたダンス・クラシック(規範
化されたダンス)の極めて科学的,幾何学的な技法に基づく舞踊を示している。この種の定型技法に拘束さ
れない舞台芸術舞踊はモダン・ダンスと称し,バレエと明白に区別する。バレエは初め宮廷社交舞踊と変わり
なかったが,前述したように,イタリアやフランスでの宮廷バレエ,ルイ14世下でのオペラ・バレ様式を経て,
次第にその舞踊劇としての内容,規範化された技法の充実とともにオペラ(ここには舞踊は多少残る)と分
離し,ノヴェールの時代になると演劇法則を取り入れてバレ・ダクシオンとして確立し,古典バレエとして定
着を見るのである。」(ニューグローヴ世界音楽大事典,1994,10-311L.p.334)。また今日のダンス・クラシッ
クの技法は,「彼の業績はカルロ・ブラジス(1795? ∼ 1878)に道を開くことになった。舞踊の技法に関する
ブラジスの論文<<舞踊芸術の理論と実践 Traité élémentaire , theorique et pratique de l’art de la danse >>
(1820)と<<テレプシコレの法典 Code of Terpsichore>>(1828)は,技法を,滑る,跳ぶ,脚足を打つ,回
転するの4つに大別して整理体系化し,肉体すべての筋肉を発達させる教授法を編み出し,それを初めて成文
化したもので,いまだにクラシック・バレエ教育全般の基礎とされている。」(ニューグローヴ世界音楽大事典,
1994,10-311L.p.350)
バレエの動きは人間が進化した歴史の中で,二本の足で大地に立ち上がり,二本の手を自由にし,さらに空
へと生を拡大していった中で育まれた思考,垂直志向性の意識を明らかにするもので脚や腕の5つのポジシォ
ン,8つの方向の基に作り上げられパ(pas)と呼ばれている。また,バレエの全ての動きを作りあげている
垂直志向性の原則と同様に外向性という表現体から空間,人間に向かって開かれている動作,外向的(アン・
ドゥオール)の原則がある。
バレエのアン・ドゥ・オールという原則は,身体のすべての本質が表出されるというバレエ芸術への要求
をみたすものであり,動きの中ではバレエの舞台には欠かせない内側からほとばしる光をもたらし,人間の
創造的行為がみられる時には,必然的に存在している原理であると考えられている。(A.ヴォルインスキー,
1993)アン・ドゥ・オールは,バレエのパを習得する上において解剖学的な意味ももっている,習得されるべ
き重要な技術である。「A・J・ワガーノヴァを引用してみよう。『これ(アン・ドゥオール)ができなければ,脚
は(左右・前後・上下とも)わずかしかうごかすことができません。ところが,これができるようになると,
脚の関節は自由にうごくようになります。脚はたやすく横にうごいて,一方の脚とたやすく交叉することがで
きます。普通脚のうごきは,脚の付け根の関節で制約されています。脚を横にあげると,大腿骨頸は関節窩に
ぶつかって,それ以上うごかすことはできません。しかし脚をアン・ドゥオールにすると,大腿骨頸がひっこ
んで,関節窩のふちが大腿骨頸の側面とあいます。こうして脚は九〇度まで,いや一三五度まであがるように
身体表現に関する研究(Ⅲ)
79
なります。このアン・ドゥオールで,脚は,グラン・ロンド・ジャンブ(脚の大回転)のときに鈍角円錐をか
くことができるまで,行動半径をひろげるようになります』」(G.ツァハリアス,1965,p.40)
バレエにみられる様々な動きは,ダンス・クラシック技法として体系化され,バレエダンサーを志す舞踊家
は,長い時間をかけてこの技法の習得を行う。こうしたダンス・クラシックの技法は,ダンス・アカデミック
とも呼ばれ,このダンス・アカデミックの習得によってダンサーが空間,音楽と調和して動くこと,すなわち
身体運動の対立の総合を可能にすると考えられている。身体運動の対立の総合とは,具体的に空間で,音楽と
共に人間が動くことにみられる平衡性を獲得することである。動きと動きには,隠された動きの中心になる平
衡運動が存在し,中でも空間での平衡性は以下の様なものであると考えられている。「運動という現象の第二
の因数は,空間である,《平衡性》という言葉はふつう(ラテン語のlibra)が秤とか錘を意味するように」体
の重さを配分することであるが,また《うごく建築》,つまり空間的にみて,手足を調整し調和させることで
もある。それは,重さを正しく配分すること・正しくうつしかえることによって可能となることであり,その
正しさにただしく対応するものである。ここでいう《平衡性》は,いわゆる《対立》のことだ。《対立》とい
うのは,ダンス用語で腕と脚の対立関係とか頭と肩に対する胴体のかたむきの対立関係をいう。頭をかたむけ
ること,頭をまわすことは,腕の姿勢と身体のかたむきの制約をうけ,腕のポジシォンは,腕の方向と脚のポ
ジシォンに対して,対立の関係になる。…正しいポジシォンこそ身体のポジシォンとコンポジシォン(全体の
ポジシォン)をととのえるダンス技術の基本なのである。『ダンス・クラシック技術辞典』で,クルト・ペー
タースは以上のように書いている。また,A.ヴォリンスキーのみごとな言葉を引くならば,『ダンスは,足ば
かりでなく,身体全体,とくに腕と手にたよらなければならないのである。…一般に,《対立》の法則がなり
たつのはこの点においてである。たとえば,左脚や左半身のうごきを規定するのは,左腕ではなく右腕である。
この対立ということは,機械的な均衡関係やうごきのシンメトリーの美学にもひろくあてはまるノルムなので
ある』。」(G.ツァハリアス,1965,pp.63-64)この平衡性はダンスを行なう者だけでなく,バレエを鑑賞する
者にとってもあらゆる人間の内面的不均衡や内面的断絶や内面的分裂をやわらげ,克服するものであると考え
られている。
このような原理,原則に基づいて作られたダンス・アカデミックは,完全性,調和性,光輝性の三つの特徴
をもち,完全・調和・模範を求める《クラシック》なダンス・スタイルの目標でもある。あらゆるパ,あらゆ
るポーズは,すべて全身の完全さと均勢のとれたうごきでつくられるのであり,こうして表現に光輝を,つま
り明るく透明な輝きを生みだすことができるのである。また,ダンス・アカデミックでは,美は永遠性と結び
つき,舞踊家の《イメージ》は,人間と世界の永遠でしかも緊張と統一のある輝きを,様々な形で表現するの
である。すなわち前章で明らかになった生きている身体を安定させる身体操作法は,身体と空間と音楽との調
和を目指すクラシックバレエのパを習得するなかで獲得される内容であり,その基となるものは,バレエダン
サーの身体,その動きが安定しているということである。
2.クラシックバレエの基礎的身体運動について
ダンス・アカデミックの動きは,5つのポジシォンの上に作り上げられるものである。どんな分野でも,す
べてはそれ以上分解することのできないある一定数の形に帰結するように,五つのポジシォンから,さまざま
な踊りの形象や図式が,創出されている。
「ダンス・アカデミックでは,五つの,足のポジシォンが基本になっている。第一のポジシォンは,両足の
かかとをつけて,爪先を外開きにして,一直線にする。第二のポジシォンは,両足の爪先を外開きに一直線に
したまま,かかとから爪先までの幅だけひらく。第三のポジシォンは,片足を前に出すのだが,このとき,前
に出た足のかかとは後足の中間にふれていなければならない。(第三のポジシォンは,社交ダンスからきたも
のであって,第五のポジシォンの古い型式とみなされているが,実際にはほとんどつかわれることがない)第
四のポジシォンは,一方の足を爪先からかかとまでの長さだけ前に出して,たがいの足の爪先とかかとをそろ
えて平行にする。第五のポジシォンは,第四のポジシォンと同じように,足の爪先とかかとをそろえて平行
にし,二つの足をくっつける。」(G.ツァハリアス,1965,p.104)この徹底した動きの原則のもとでバレエは,
世界共通の動きを獲得したといっても過言ではない。ポジシォンとともにダンス・クラシックの全ての動きを
支える動きにプリエ,バットマン・タンデュがある。プリエとは,いろいろなポジシォンで膝の屈伸を行うこ
とである。
80
千 住 真 智 子
「プリエとは,適当なリズムに合わせて膝を曲げ,滑らかにしゃがむことである。このしゃがんだ状態から
足をまっすぐに伸ばすことは,フランス語でルルヴェという。すべての古典舞踊はプリエとルルヴェの上に構
成される,かつてコレオグラファーたちはそう言ったものだ。長くプリエの状態をとることはできない。それ
があたえる印象は純粋に古典的なので,それはすぐさままっすぐに伸ばされた垂直な状態へと戻されねばな
らない。」また「プリエは二つの範疇に分かれる。すなわち,踵を床から離さずに行うドゥミ・プリエと,グ
ラン・プリエ,つまり踵を床から離し,足はドゥミに立つプリエとである。このとき,第二ポジシォンのみが,
ドゥミ・プリエとグラン・プリエの両者を,しかも後者を床から踵を離さずにしっかりと接触させて行わせる,
ということに注目しなければならない。」(A.ヴォルインスキー,1993,p.91)
もう1つは,バットマン・タンデュである。「バーなしの自由なバットマン・タンデュ・サンプルは,二つの
脚をとりかえて,前後に動かし,二つの脚で半分づつ方向線をえがいて,十字形をつくる。バットマンは,普
通一定のポジシォンから脚をのばし,もとのポジシォンにもどる脚のうごきである。このバットマンは,脚の
うごきや高さや性格によって,また立つ脚の姿勢によって,いろいろちがった形式をつくりだすものであるが,
ここには十字形の原理がもっとも厳密にあてはまる。」(G.ツァハリアス,1965,pp.105-106)
「一般的な意味
におけるバットマンとは,足を運び出し,そして元の場所へと戻すことである。第五ポジシォンから第四ポジ
シォンへと足を前に出し,元の第五ポジシォンに戻すこともあれば,第五ポジシォンから第二ポジシォンへと
足を出し,元へ戻すこともあるし,第五ポジシォンから第四ポジシォンへと足を後ろに出し,ふたたび元の場
所へと返すこともある。また,第一ポジシォンから第二ポジシォンへとバットマンをして,締めくくりに元の
ように両足をつけることもある。これらはすべてバットマンである。ふつう,バットマンが静かな動きで行な
われるときは,足を元の場所に戻す際,踵はすき間なくしっかりと床につけられる。だが,すばやいバットマ
ンを行なうときは,踵が床に触れずにいることもある。とはいえ,第一ポジシォンからのバットマンは,どん
な動きに際しても,先のように,床に足をふれたままなされねばならない。したがって,床面を擦ってから出
すバットマンにおいては,床と接触していることが足を元に戻す場合の原則となる。そしてこの原則から外れ
ることは,手順が短縮された場合においてのみ許される。」(A.ヴォルインスキー,1993,p.96)バットマン
は,様々な動きの始まりとして,バットマン・フォンデュ,バットマン・ストゥーニュ,プティ・バットマン,
バットマン・バッテュ,バットマン・デヴロッペなどがあり,特に本研究で対象としたバットマン・ア・ラ・ス
ゴンドと酷似しているバットマン・デヴロッペは以下のように説明されている。「第二ポジシォンへ高く(ア・
ラ・スゴンドに)上げるバットマン・デヴロッペは,時おり特別な魅力を表わすので,大規模で複雑な造形美
をもったパ・ド・ドゥの冒頭に用いられる。『白鳥の湖』の第二幕では,パートナーのサポートを受けた,こう
した高い位置でのバットマンが見られる。もしもパートナーが女性を,足とは反対の方向へかがめさせ,そし
てバットマンの足が腰よりもやや高く差し出されたならば,われわれはパ・ド・ドゥの普遍的な課題と完全に
調和した何かに出会うであろう。アダージョはバレエにおいていちばん歌い上げる部分である。そこでは踊り
は最高に音楽的となり,波を描くようなバットマンの構図は踊りと相応し,至高のそして優美なトレモロを
もって終わる。終わりの造形的なデヴロッペとオーケストラの最後の協和音とが,そこで一つの歓喜する音と
なるのである。それゆえ,この『白鳥の湖』のアダージョを完全に演ずることができるのは,結局のところ,
卓抜した音楽感覚をもち,たえず自身の中でオーケストラの音主題を新たに表現するような韻律的な踊りので
きる,そうした芸術家だけに限られるのである。同様の素晴らしいデヴロッペを,われわれ『ジゼル』の第二
幕においても,また他の多くのバレエにおいても見出す。どんな場合でもデヴロッペはパ・ド・ドゥの中心的
部分をなすのであり,足,上体,全身の動きによって歌うような旋律を表わすものである。バットマン・デヴ
ロッペは,わずかなりとも至る所で見受けられ,バレエという造形的な植物界において永遠の草のように生き,
それゆえ,バットマン・デガジェとは完全に対立するものである。」(A.ヴォルインスキー,1993,p.101)ダ
ンス・クラシックの技法は,動きの1つ1つに前述した原則と表出される内容に意味があり,動きは無機的に
選択,組み合わせされているものではない。さらに技法の中でも,プリエとバットマン・タンデュは,パを形
成する,あるいはパとパを連結させるために必要不可欠な動きであり,作品の演技の中でも構成された主要な
パを円滑に連結するための要となる動きなのである。中でもプリエからのバットマン・デベロッペというパは,
クラシックバレエの動きの中でも象徴的な動きであり,これまで述べてきたバレエの原則の上につくりあげら
れたバレエのパの頂点に存在する動きの1つであるといっても過言ではない。
身体表現に関する研究(Ⅲ)
81
これまでの内容をまとめると,ダンスするということは,常に現在の自分と創作者の描く演技者像との間で
ゆり動かされるという不安定な状態で,新たに統合された身体表現<具体的には再現可能な身体表現>を生み
出すことである。danson <ひっぱり伸ばす> が語源となっているダンスは,ダンスする現在の自分から未来
の点として与えられた理想の自分の間で,自らをひき伸ばし,これまでの生きている身体が感じとった様々の
断片的な感覚を新たな身体表現へと統合していくこと,すなわちリズムを伴った動きのダイナミックスとして
創造することであると考えられる。
dancerの表現は,常に変化し,一回限りのものであるからこそ,表現しているものも,表現を受けとめて
いるものにも強烈で鮮明な印象を残す。この時表現している自分も,表現を受けとめている相手にも感じとら
れるものは,これまでに経験された感覚のどれとも等しくない表現である。 dancerにとって,このどれとも
等しくない感覚を,不安定なダンスする日常の中で,異なるものとしておくことは難しいことである。まして
や肯定的に受けとめることはさらに難しいことであろう。しかしこの異なるものが,描いていた次なる身体表
現のまとまりを切り刻み,浮かび上がった断片を今切り刻まれた断片が,直観により統合された表現へと押し
上げるという新しい演技創造を働かせるための原動力となるのである。よりよい表現に向けて求められる新た
な演技の統合化は,身体の安定がその基底となっていることはクラシックバレエ作品を演ずるダンサーにおい
ても同様である。すなわち様々の制約と要求がつきつけられるダンサーは,“身体は常に動いている”という
現実の中で身体表現の安定を獲得しなければならない。とするならば動きと動きを円滑に連結させてゆく動き
にこそ,安定しているという感覚が求められているのではないだろうか。その安定を生み出す土台となるのは,
ダンス・アカデミックの原理,原則をより単純明確な形で担い,主要なパを接続する要となるプリエ,バット
マン・タンデュというパであると考えられ,その動きは先項で述べた身体の各部位が動きにあわせて重さを
もって下降し,重心は正中線にそって両足底の中心と結ばれ,その時上体には無駄な力の入っていない上体と
下体のバランスのとれた状態にあることが望まれる。
3.身体表現の安定と基礎的身体運動について
動きを静的なものと受けとめれば,身体表現の安定は,姿勢や構えの安定が作りだすものといえる。しかし
ながら,動きは,単独で在るものではなく,連続しているものである。このように,動き続けることを前提と
した時,身体表現の安定の出発点にあるものが,プリエ,バットマン・ダンデュというパの安定である。
本研究で基礎的身体運動と考えるパは,プリエ,バットマン・タンデュである。プリエが安定の確保と継続
のためにあるとすれば,タンデュは,次のパへ円滑に重心を移動し,次なる安定的場所へ身体を導くもので
あると考えることができる。さらにパの原則であるアン・ドゥオール,身体の中心から外へ開くという動作は,
重心を垂直に床へと降下させ,両足で形成している直線の中心と接することを促すものである。バレエのパの
素早く,しかも安定した動きの獲得には,必要不可欠な動作であり,内面を表出させる動きとしても重要なも
のである。バレエの多くのパは,プリエとタンデュの基礎的身体運動からはじまり,終わるといっても過言で
はない。先の研究でも述べたようにダンサーの身体表現とは,生きている身体の上に在りつづけることであり,
与えられるパを行うことで表現の中に沈み込み,そして浮かび上がる。言い換えれば,身体表現の安定の意味
は,基礎的身体運動によって生みだされる身体の安定である。
それではどのような基礎的身体運動が連続するパの中に存在すれば,身体表現は安定した美しいものとなり
えるのであろうか。バレエにみられる身体表現の安定は,プリエという動きで獲得される。膝を曲げ,同時に
重心が下がり,その後重心と膝伸展が同期して上昇する,すなわち踵が床から離れていない状態まで膝が曲が
り,この時重心も下がり,次に膝伸展が開始される直前に重心が上がり,膝伸展と同時に腕の挙上動作,胴体
部分のひき上げが行われるとき,動きは安定しているのではないか。逆に膝屈曲時重心が下がりきらない状態
を経過し,腕の挙上動作が開始されるか,あるいは膝伸展開始前に腕挙上が開始された場合ダンサーの身体は
浮き上がり,不安定な動作のまま次のパを行わなければならないことになり,表現は不安定になるのではない
かと考えられる。
そこで本研究では,身体表現の安定は,基礎的身体運動の安定から生みだされるという仮説に基づいて,特
に連続するパの中で,演技の安定,不安定と判断された身体表現にみられる基礎的身体運動,特にプリエの膝
屈曲・伸展と重心,腕挙上の動きに着目して,三次元動作分析を行い,動きの安定と基礎的身体運動の関わり
について検討する。
82
千 住 真 智 子
4.本研究の目的及び方法
(1)本研究の目的
本研究では,実験的作品創作場面を設定し,示範はVTRに収録された内容によって提示した。演技内容習
得の時間5分,演技内容創作の時間5分,創作された演技内容の再現の時間1分45秒,全10回(10試行),計117
分30秒,実際に行われる振付創作時間に准じて2時間以内の作品創作場面で実験を行った。VTRに収録,編集
した演技の内,本研究で対象としたバットマン・ア・ラ・スゴンド174ケースを,20年以上の舞踊創作,演技及
び指導経験者2名によって,安定した表現,不安定である表現の判定を行い,安定した表現,不安定である表
現の特徴的なケース各々 4ケースを抽出した。この8ケースを①軸足の膝屈曲・伸展と重心変位,②軸足の膝
伸展と腕挙上動作,③軸足の踵の離地と重心変位,④バットマン・ア・ラ・スゴンドの動作に伴う両腕の挙上
動作,⑤バットマン・ア・ラ・スゴンドのダイナミックスと移動動線について分析し,安定,不安定のパの再
現と基礎的身体運動との関わりについて分析検討した。
(2)実験方法
①対象者:クラシックバレエ経験者3名②期日:平成15年9月27日(11時∼ 16時)∼ 9月29日(11時∼ 16時)
③場所:O大学Xキャンパス体育館(ダンスルーム)④手順:「白鳥の湖」第二幕よりオデット姫のヴァリエー
ションの演技をデジタルカメラで舞台の前方(カメラA)舞台の上手前(カメラB)舞台下手前(カメラC)
の3箇所から収録し後日編集分析した。
(3)分析方法
演技内容については,本番時の演技映像を3次元分析(Frame DIAS)し,移動空間,重心変位及び上体・
下体のダイナミックスについて明らかにした。課題となる作品は,現在舞台で上演頻度の高いマリウス・プ
ティパ振付の「白鳥の湖第二幕」よりオデット姫のヴァリエーション(以下Vaと略する)である。構成され
るパの内容は表1で,図1,2は演技者の移動空間を2次元で示し,被験者の舞踊経験及び課題とした作品の
Vaの創作・演技経験は表2の通りである。
4
表1.白鳥のVa の作品フレーズ(F1 ∼ F6)
F1
F2
F3
F4
F5
F6
1 クロワゼ・デリエール・タンジュ4番ポジシォン
2 ドゥミプリエ,
クロワゼ・ドゥバン・タンジュ,
クロワゼ・デリエール・タンジュ,
(軸足:ドゥミ・プリエ)
3 クペ,
(軸足ドゥミプリエ),ロンド・ジャンブ・アン・レール,グラン・バットマン・ジュテ,
(軸足ルル
ベ),5番ポジシォン,シュッス,クロワゼ・デリエール・タンジュ,
(軸足:ドゥミ・プリエ)
4 5番ポジシォン,パ・ド・ブレ
5 パッセ,5番ポジシォン,シュッス
6 グリッサード,
7 クペ(軸足ドゥミプリエ),ピケ・アチチュード
8 コントルターン
9 ピケ・アラベスク
10 5番ポジシォン,シュッス,クペ,プティ・ デブロッペ
11 小走り
12 グリッサード,
13 クペ(軸足ドゥミプリエ),ピケ・アチチュード
14 コントルターン
15 クペ(軸足ドゥミプリエ),ピケ・アチチュード
16 5番ポジシォン,シュッス
17 パ・ド・ブレ
18 5番ポジシォン・ドゥミプリエ
19 シソンヌ
20 パ・ド・ブレ
21 パ・ド・ シャベル,アラベスク
22 グリッサード,
23 クペ(軸足ドゥミプリエ),ピケ・アチチュード
24 5番ポジシォン,シュッス
25 パ・ド・ブレ
26 グリッサード
27 ピケ・アラベスク
28 グリッサード
29 ピケ・アラベスク
30 パ・ド・ブレ
表2. 被験者の舞踊経験
性別年齢
舞踊経験
クラシックバレエ 19年
モダンダンス 7年
コンテンポラリーダンス 2年
5
6
a
b
3
2
7
1
8
下手
上手
図1.F1 ∼ 3空間(位置)移動動線
4
5
6
c
3
7
d
2
1
8
下手
上手
図2.F4空間(位置)移動動線
年間 舞台数
クラシックバレエ 年2回程度
課題Vaの創作・演技経験
異なる振付での創作・演技
経験有
被験者1(SS1)
25歳 女
被験者2(SS2)
21歳 女
クラシックバレエ 15年
コンテンポラリーダンス 2年
クラシックバレエ 年5回程度
コンテンポラリーダンス 年1回程度
無
被験者3(SS3)
18歳 女
クラシックバレエ 14年
コンテンポラリーダンス 2年
クラシックバレエ 年10回程度
コンテンポラリーダンス 年1回程度
無
83
身体表現に関する研究(Ⅲ)
5.結果及び考察
表3.VaF1 パの一覧
(1)Vaの中での基礎的身体運動の特定
主なパ
本研究で対象としたバットマン・ア・ラ・スゴンド(P)
のパを含んだフレーズは,表1のF1である。表3は,F1を
詳細に表したパの一覧表である。示範としたVTRのF1の
フレーズは,54のパで構成されている。
表3の左欄パ番号2 ∼ 5,6 ∼ 9,10 ∼ 13がバットマン・
ア・ラ・スゴンド(P)につながる一連のパである。バッ
トマン・ア・ラ・スゴンド(P)の前後には必ずプリエ
(A),タンデュ(B),クペという動きがみられ,F1の
フレーズを組み立てる要の動きになっている。すなわち
F1を構成する主要なパ,バットマン・ア・ラ・スゴンド
(P),パ・ド・ブレ,パッセ,アチチュード,アラベスク,
プティ・バットマンを次の主要なパへと導く重要なパが
プリエ(A),タンデュ(B)と呼ばれ,本研究では基礎
的身体運動であると考えているものである。
(2)安定的表現と不安定的表現の対比
本研究で対象とした動きは,表3のパ番号2∼ 5,6 ∼
9,10 ∼ 13,34 ∼ 37,38 ∼ 41,42 ∼ 45で示した動きの
一連続(フレーズ)である。対象とした174ケースを安定
的表現(以下安定とする),不安定的表現(以下不安定と
する)として演技の判定を行い,そのうち安定した演技
と判定された4ケース,不安定である演技と判定された
4ケースを抽出し3次元の動作分析を行い,バットマン・
ア・ラ・スゴンドを構成する基礎的運動と考えるプリエと
表現の安定,不安定の関わりについて以下の5点から分析
検討した。
① 足の膝屈曲・伸展(プリエ)と重心変位
バットマン・ア・ラ・スゴンドを構成するパは,プリ
エ,タンデュ,クペ,グラン・バットマン・ジュッテで
ある。このフレーズの中でプリエは,軸足となる左右片
側の脚で行われる膝の屈曲・伸展動作である。さらに片
方の膝を屈曲・伸展させ後,踵を離地し,ルルベ(踵を
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
44
45
46
47
48
49
50
51
52
53
54
A
B
A
B
A
B
B
A
B
A
B
A
B
A
B
A
B
A
B
A
B
A
B
パの内容
プレパラシオン
プリエ
タンジュ
クペ
バットマン・ジュテ
プリエ
タンジュ
クペ
バットマン・ジュテ
プリエ
タンジュ
クペ
バットマン・ジュテ
パ・ド・ブレ
クペ(軸プリエ)
タンジュ(軸プリエ)
パッセ
ルルベ
グリッサード
プリエ
クペ
タンジュ(軸プリエ)
アチチュード
軸プリエ
タンジュ(軸プリエ)
クペ(軸プリエ)
タンジュ(軸プリエ)
アラベスク
ルルベ
クペ
プティ・バットマン
走る
プレパラシオン
プリエ
タンジュ
クペ
バットマン・ジュテ
プリエ
タンジュ
クペ
バットマン・ジュテ
プリエ
タンジュ
クペ
バットマン・ジュテ
パ・ド・ブレ
クペ(軸プリエ)
タンジュ(軸プリエ)
パッセ
ルルベ
グリッサード
プリエ
クペ
タンジュ(軸プリエ)
P1−1
バットマン・ア・ラ・スゴンド
P1ー2
バットマン・ア・ラ・スゴンド
P1ー3
バットマン・ア・ラ・スゴンド
P2ー1
バットマン・ア・ラ・スゴンド
P2ー2
バットマン・ア・ラ・スゴンド
P2ー3
バットマン・ア・ラ・スゴンド
:F1
床から高く持ち上げた状態)のポジシォンをとる動きで :F2
ある。すなわち,軸足となる片方の踵で床をとらえ,膝
を屈曲し,床を抑しながら伸展させ,さらに踵が床から
高く持ち上げられルルベに至る間に,対立する脚はタン
デュからクペを通過してグラン・バットマン・ジュッテさ
れグラン・バットマン・ア・ラ・スゴンドに持ち上げられ
る。この一連の動きが時間的にゆっくりと行われる場合,
バットマン・デヴロッペと呼ばれ,女性が行なうパの中
でも象徴的な動きの1つで,植物の成長にたとえられる
優美で,調和した動きのイメージをもち卓抜した技術と
音楽感覚をもつ演技者に可能な動きであると考えられて
いる。バットマン・ア・ラ・スゴンドの全体像をステック
ピクチャーで示したものが図3である。
図3.安定1の演技
84
千 住 真 智 子
本研究で分析対象としたのは,軸足となる脚の膝屈曲から伸展,すなわちプリエという基礎的運動である。
理想的には準備動作(プレパラシオン)から,自由足のプリエ,タンデュ,クペ,グラン・バットマン・ジュッ
テが等速で連続的に行われるのが望ましいと考えられる。安定したバットマン・ア・ラ・スゴンドは,プレパ
ラシオンで軸足の膝が十分に屈曲し,同時に重心が下降し,軸足伸展時からは,重心は上昇し自由足の動きは
等速でグラン・バットマン・ア・ラ・スゴンドのパの完了点まで持ち上げられることが望まれる。図4,5は,8
ケースの中でも最も安定した表現と不安定である表現のステックピクチャーと重心変位を示したものである。
(安定ケース1,以下安定1,また不安定ケース4,以下不安定4と記述する)
200
(cm)
200
150
150
100
100
50
1
11 21 31 41 51 61 71 81 91
(cm)
50
(コマ数)
1
図4.安定1の演技と重心変位
11 21
31
41 51
61 71
81
(コマ数)
図5.不安定4の演技と重心変位
図4,5で明らかであるように安定1の重心変位は,プレパラシオン時に重心が下降し,グラン・バットマン・
ア・ラ・スゴンドの完了点まで一気に上昇し,重心が高く,一定に保たれた状態が出現する。その後,グラン・
バットマン・ア・ラ・スゴンドに持ち上げられた脚が床に戻り,両方の踵が床に接地されるまでダイナミック
な連続した曲線を描いている。しかしながら,不安定4の重心変位は,重心が高く一定に保たれる前に重心の
上昇,下降がみられ,グラン・バットマン・ア・ラ・スゴンドの完了点から急激に下降する不連続な曲線を描く
重心変位が示されている。グラン・バットマン・ア・ラ・スゴンド完了点前後の一定した重心の状態は,グラ
ン・バットマン・ジュッテした自由足が被験者のア・ラ・スゴンド(横)の位置で保持され,軸足と対立する方
向でゆっくりと大きく動かされているということを示している。
演技全体のステックピクチャーを見ても,安定している表現のダイナミックスは,脚,腕の動線が単純な曲
線で描かれ,不安定である表現に見られるような,動きの頂点に向けて動いていく線が一端軸足に戻っていく
線や腕の遅滞した線(腕が円を描く)は描かれていない。
他の安定した表現の3ケース,不安定である表現の3ケースにも上述の特徴がみられ,図6は,安定1以外の安
定の3つのケースの重心変位,図7は同じく不安定4以外の不安定の3つのケースの重心変位を示している。
安定1と不安定4について,軸足の膝屈曲・伸展と重心変位をみると,安定1の軸足の膝屈曲時では,軸足の
膝(左膝)が屈曲するに従って重心も下降し,重心の最も下降した地点から重心が一気に上昇するに従って膝
も伸展している。加えて,膝の伸展よりもわずかに重心の上昇が早く開始されている。
(cm)
(安定 2)
(安定 3)
(cm)
(cm)
200
200
200
150
150
150
100
100
100
50
1 11 21 31 41 51 61 71 81(コマ数)
50
1
11
21
31
41
51(コマ数)
図6.安定2 ∼ 4の重心変位
50
1
(安定 4)
(コマ数)
11 21 31 41 51 61 71 81
85
身体表現に関する研究(Ⅲ)
(cm)
(不安定 1)
(cm)
(不安定 2)
(cm)
200
200
150
150
150
100
100
100
200
50
(コマ数)
1 11 21 31 41 51 61 71 81
50
1 11 21 31 41 51 61 71(コマ数)
50
1 11
(不安定 3)
21 31 41 51 61 71(コマ数)
図7.不安定1 ∼ 3 の重心変位
不安定4の軸足の膝屈曲では,軸足の膝(左膝)の屈曲と重心の下降は,安定1の場合の様に同期しておらず,
膝の微妙な屈曲,伸展動作がみられる。さらに重心が最も下がる地点がプレパラシオンの動きと同調せず膝伸
展が起った後,再度重心が下降する地点が認められる。またこの時,重心が下降しても膝は明確に屈曲してい
る動きを行なわずに重心だけが下降している。通常未熟練者が不安定4の状態におちいった場合,再度膝を屈
曲し,重心を下げようとする動きがみられると考えられるが,本研究の被験者は,一度伸展を開始した膝を明
らかに屈曲させれば,動きをやり直していると見えるため,重心が落ちきらず動き全体が不安定になることを
回避するために,膝の屈曲だけではなく,他の部位も補助的に使って身体のバランスを修正しているのではな
いかと推察される。
②軸足の膝伸展と腕挙上動作
軸足の膝伸展と腕挙上動作について,ダンスクラシック技法にみられる身体運動の対立の総合,すなわち左
脚や左半身の動きを規定するのは,左腕ではなく右腕であるという腕と脚の対立関係の原則を踏まえて分析検
討を行った。抽出した8ケースの中で最も安定している安定1と最も不安定である不安定4の軸足の膝屈曲・伸
展と対立関係にある腕の挙上動作を示したのが図8,9である。
(deg)
(deg)
150
150
100
100
50
0
50
16.00
17.00
18.00
左膝
(sec)
0
11.50
12.50
右脇
図8.安定1の対脚(左膝,右腕の伸展と挙上角度)
13.50
左膝
(sec)
右脇
図9.不安定4の対脚
(左膝,右腕の伸展と挙上角度)
安定1のケースでは,軸足である左脚,膝の屈曲・伸展と右腕の挙上は,バットマン・ア・ラ・スゴンドの動
きの完了点までほぼ同じ曲線を描いている。しかしながら不安定4のケースでは,軸足である左脚の膝屈曲・
伸展は,右腕の挙上とは,同調せず膝が伸展しはじめても右腕がほぼ動いていない時間がみとめられる。
他の安定の3つのケース,不安定の3つのケースについても上述の傾向がみられる。不安定のケースは,軸足
である脚の膝伸展と対立関係にある腕の挙上とは同調せず,一端膝が伸展してから腕がほとんど挙上されず一
定の高さで保持される時間がみられ,その後バットマン・ア・ラ・スゴンドの完了時の腕のポジシォンに向け
て挙上させる。さらに,軸足の膝が,一度伸展を開始してから再度わずかに膝を屈曲する地点が認められ,そ
れ以降は安定ケースにみられたように膝伸展と腕挙上が同期して動いている。
安定した表現と不安定である表現を比較すると,安定した表現は膝伸展と腕挙上が同期すること,また対立
関係にある脚と腕が同期することが手足を調整し,調和させ動きの平衡性を獲得することにつながっていると
考えられる。しかしながら不安定のケースでも被験者が熟練者であるため,たとえ一端動きが不安定になって
もわずかに膝を曲げて動きを修正したり,腕をほとんど挙上させず,腕で身体の傾きを調整することで全体の
バランスを修正し演技を完了させている。
③軸足の踵の離地と重心変位
次に軸足となる踵の離地から,踵を高い位置に持ち上げる(ルルべ)動きと重心変位について分析検討した。
バットマン・ア・ラ・スゴンドのパは,軸足となる脚の膝を屈曲伸展させ(プリエ),その後,踵を高く持ち上
げる(ルルべ)動きが完了し,続いてバットマン・ア・ラ・スゴンドに持ち上げた脚を床に等速で戻す時,踵
を同調させ床に接地する(アテール)という動きで終止する。
86
千 住 真 智 子
安定1と不安定4の軸足となる脚の踵の離地と重心変位を示したのが図10,11である。
(cm)
(cm)
100
100
80
80
60
60
40
40
20
20
00
(cm)
(cm)
16.00
16.00
18.00
18.00
17.00
17.00
重心
重心
(sec)
(sec)
左踵
左踵
100
100
80
80
60
60
40
40
20
20
00
11.50
11.50
図10.安定1の左踵離地と重心変位
12.50
12.50
(sec)
(sec)
左踵
左踵
13.50
13.50
重心
重心
図11.不安定4 の左踵離地と重心変位
安定1のケースでは,重心変位と踵が床から持ち上がりルルべの状態になる軸足の動きは,同期している。
バットマン・ア・ラ・スゴンドの動きの完了の前に重心と踵の位置はルルべの頂点の位置に到達し,完了点後
に動きを保持する一定の時間がみとめられ,重心が滑らかに下がるのと同時に踵もゆっくりと床に接地する。
不安定4では,軸足の動きは重心が上がると踵が床を離れるが,すぐに踵は,重心が下がると同時に下がり,
再度重心が上がると同時に持ち上げられる。この時,一端床から持ち上げられた踵は,急激に床に接地するほ
どに下がることはなく,ゆるやかに床に近づき接地されないが持ち上げられることなくある一定の高さで保持
されている時間がみられる。図12は,不安定の3ケースの重心変位と踵の位置を示したものである。
(cm)
100
80
60
40
20
0
15.00
16.00
17.00 (sec)
(cm)
120
(cm)
120
80
80
40
40
0
36.50
0
38.50 (sec)
37.50
図12.不安定1,2,3の軸足の踵離地と重心変位
(
40.00
41.00
重心
右踵
(sec)
42.00
左踵
)
不安定4の傾向は,他の不安定の3つのケースにも同様の特徴がみられる。他の3ケースも不安定4と同様に,
一端床から踵をルルべのポジシォンにひき上げるが,バランスがくずれ,再度重心を下げて踵を床から持ち上
げる動き(ルルベ)を行なっている。この時,動きを修正するために床から一定の高さで踵を保ちバランスが
とれる状態を確保した後,ルルべの動きを再開している。ここでも熟練度の低い被験者であれば,踵をすぐに
床に接地してバランスを確保するが,熟練度の高い演技者は演技が失敗であるとは見られないように踵をゆっ
くりと一定の高さで保持し,全体のバランスを獲得するような動きで修正を行っている。
④バットマン・ア・ラ・スゴンドの両腕の挙上動作
本研究で分析の対象としたバットマン・ア・ラ・スゴンドの腕の動きは,両腕を体側下方から上方へ等速で
挙上する動きである。演技内容上,両腕は白鳥の羽がイメージされており,羽ばたきながら,片方の脚をバッ
トマン・ジュッテしバットマン・ア・ラ・スゴンドに持ち上げる動きと同調して,体の側方高く持ち上げる動き
で構成されている。演技の中では両腕の動きは左右対称に大きく円を描くように動かすことが望ましいと考え
られ,バットマン・ア・ラ・スゴンドに持ち上げられた脚と両腕の動きは同調するよう演技される。安定1と不
安定4の両腕の動きを示したものが図13,14である。
(deg)
(deg)
(deg)
(deg)
150
150
150
150
100
100
100
100
50
50
50
50
00
16.00
16.00 16.50
16.50 17.00
17.00
17.50
17.50 18.00
18.00
(sec)
18.50
18.50(sec)
図13.安定1の両腕の角度 ( )
左脇
左脇
( )
右脇
右脇
00
11.50
11.50
12.00
12.00
12.50
12.50
13.00
13.00
13.50
13.50
(sec)
14.00
14.00 (sec)
図14.不安定4の両腕の角度( )
左脇
左脇
( )
右脇
右脇
安定1では,両腕はバットマン・ア・ラ・スゴンドのパの完了点に向けて左右ほぼ等速で挙上されている。し
かしながら不安定4のケースでは,両腕の腕は一端持ち上げられるが左右とも高さがほぼ一定に保持され,ほ
とんど動いていない時間が認められる。これは不安定の他の3つのケースにも同様の傾向がみられた。図15は
不安定の3つのケースの両腕の動きを示したものである。
87
身体表現に関する研究(Ⅲ)
(deg)
(不安定 1)
(deg)
(不安定 2)
150
150
150
100
100
100
50
50
50
0
15.00
16.00
17.00
(sec)
0
36.50
37.50
(不安定 3)
(deg)
38.50 (sec)
0
40.00
(
図15.
不安定1,2,3の両腕の角度
41.00
右脇
42.00 (sec)
左脇 )
不安定な表現には,バットマン・ジュッテからバットマン・ア・ラ・スゴンドに持ち上げられる脚の動きと同
調して等速で挙上される両腕に,一定時間両腕がほぼ同じ高さに保たれた状態,わずかに静止してみえる時間
が認められ,音楽と共に動くという時間的な平衡性が崩れる動きがみられる。またこの変則的動きは,重心変
位が大きく上下動する時間にみられることからも,この両腕の動きは,身体のバランスを修正しているのでは
ないかと考えられる。
安定のケースにも不安定のケースにも共通する内容は,バットマン・ア・ラ・スゴンドのパの完了後,両腕
の動きは,軸足となる脚とは対立関係にある腕が片方よりも早く下げられるという特徴がみられた。これは,
前述の動きの完了後,バランスが崩れることを防ぎ,次の動きへ円滑に連結させるため,対立関係にある腕を
全体の動きの均衡を崩さない程度にもとのポジシォンに速やかに戻すための動きであると思われる。
⑤バットマン・ア・ラ・スゴンドのダイナミックスと移動動線
演技全体を通して空間で動くことの平衡性は,手足の動きを調整し調和させること,すなわち腕と脚の対
立関係の中で均衡を保つことから獲得されるものである。バットマン・ア・ラ・スゴンドのパの全体像は,図
16に示した安定の3つのケースのステックピクチャーのとおりである。演技空間に描かれたダイナミックスは,
左右対称の均衡関係が保たれている。これは,脚や両腕で描かれた線が複雑な重なりをもっていない,単純な
ものであることが空間全体の均衡を保つ要因であると考えられる。
これに比べて不安定のケースでは,脚や両腕で描かれた線が一度描いた線と重なり合い,複雑で左右のバラ
ンスが崩れた雑多な印象を与えるダイナミックスが描かれている(図17)。空間に描かれるダイナミックスは,
単純であればあるほど1つ1つの動きが明瞭で調和的な印象を与えるものである。ダンスクラシックの対立の
総合の原則は,鑑賞する者にも内面的不均衡や分裂をやわらげる,安定・調和の感覚を与える表現へと動きを
導くものであることから,全体として均衡のとれた左右対称で単純な線が描かれることが望ましい。図18,20
は安定の4つのケース,不安定の4つのケースの2次元での移動空間を示している。図の前方に向けて,ほぼ直
線的に移動しながら,バットマン・ア・ラ・スゴンドのパを行なっていることを示している。
(安定2)
(安定3)
(安定4)
図16.安定2,3,4の演技
(不安定1)
(不安定2)
(不安定3)
図17.不安定1,2,3の演技
88
千 住 真 智 子
図1で示したように,移動空間5から1へ向けて,2度繰り返されるバットマン・ア・ラ・スゴンドのパは,
空間を移動できる距離は短く制限されているため,軸足となる脚の動きが左右にぶれることで,足の踏み直し
が行われることは望ましくない。安定の4つのケースのうち,2度繰り返されるはじめのフレーズ(表4のパ
番号2 ∼ 5,6 ∼ 9)が安定1と安定4,2度目(表4のパ番号34 ∼ 37,38 ∼ 41)が安定2と安定3であり,さ
らに不安定の4つのケースのうち,はじめのフレーズが不安定1と不安定4,2度目のフレーズが不安定2と不安
定3である。
0
0
100 200 300 400 500
0
0
100 200 300 400 500
0
0
100 200 300 400 500
0
100
100
100
100
200
200
200
200
300
300
300
300
400
400
400
400
(安定1)
(安定4)
0
100 200 300 400 500
(安定2)
(安定3)
図18.
安定1,4,2,3の空間構成図(縦軸・横軸:cm)
(安定1)
(安定4)
(安定2)
(安定3)
図19.安定1,4,2,3の演技
安定の4つのケースは,F 1を行なうのに移動できる距離を前方(鑑賞者の方向)に向かってほぼ直線的に
移動している。例えば図18の2次元の移動に図19で示すステックピクチャーを合わせて検討してみると,ス
テックピクチャーが示す空間に描かれるバットマン・ア・ラ・スゴンドのダイナミックスは,鑑賞者方向に単
純に直線的に描かれるため,動きによる空間の拡大感と縮小感から錯覚として,演技者の身体が実体よりも空
間に拡大する優美な印象を与えるものとなる。
逆に不安定の4ケースのステックピクチャーのダイナミックス(図21)は,移動動線(図20)が重なりさら
に空間に描かれたダイナミックスも複雑であるため,鑑賞者には,空間の拡張感より縮小感を強くその印象と
して与え,安定のケースのようには空間に拡大する優美な印象を与えるものとはならない。
0
0
100 200 300 400 500
0
0
100 200 300 400 500
㻔㻘㻓
200
200
300
300
㻖㻓㻓
300
0
100 200 300 400 500
200
㻕㻓㻓
㻕㻘㻓
300
㻖㻘㻓
400
㻗㻓㻓
400
400
0
100
㻔㻓㻓
100
200
400
100
㻔㻓㻓 㻔㻘㻓200
㻕㻓㻓 㻕㻘㻓300
㻖㻓㻓 㻖㻘㻓400
㻗㻓㻓 㻗㻘㻓500
㻘㻓㻓
㻘㻓
㻘㻓
100
100
0㻓
0㻓
㻗㻘㻓
(不安定1)
(不安定4)
(不安定3)
(不安定2)
図20.
不安定1,4,3,2の空間構成図 (縦軸・横軸:cm)
(不安定1)
(不安定4)
(不安定3)
(不安定2)
図21.
不安定1,4,3,2の演技
6.まとめ
身体表現の安定と基礎的運動プリエとの関わりをまとめると以下の通りである。
① 軸足である膝の屈曲・伸展(プリエ)と重心は,プレパラシオンの動きで重心が下がり,重心がわずかに
早く上昇した後,膝の伸展が行われ,一気にバットマン・ア・ラ・スゴンドの動きの完了点まで重心が上
身体表現に関する研究(Ⅲ)
89
がることが身体表現を安定に導くものである。
② 軸足の膝伸展と対立関係にある腕挙上動作は,膝伸展とほぼ同時に腕挙上が始まり等速でバットマン・
ア・ラ・スゴンドの動きの完了点の腕のポジシォンまで引き上げられる。
③ 軸足の踵の離地と重心では,軸足となる膝の屈曲・伸展(プリエ)の後,踵を高く持ち上げる(ルルべ)
動きを行なう時,重心が踵の離地より早く上昇し,バットマン・ア・ラ・スゴンド完了前に,重心と踵が
一定に保たれ,動きを保持する時間が認められる。その後重心が滑らかに下がると踵もゆっくりと床に接
地する。
④ バットマン・ア・ラ・スゴンドの両腕の挙上動作は,脚の動きと同期し,等速で左右対称に大きく円を描
くように動かされ,白鳥が羽をはばたかせるイメージを表現している。また脚に同期した両腕の動きは
バットマン・ア・ラ・スゴンドの動きの完了後,軸足と対立関係にある腕がわずかに早く引き下げられる。
これは,バランスを崩さず次の動きへ円滑に連結させるものであると考えられる。
⑤ 演技全体のダイナミックスと移動動線は,バットマン・ア・ラ・スゴンドのフレーズで舞台上を移動でき
る距離が制限されているため,鑑賞者方向へ直線的に,単純なものであるほど,動きでの空間の拡大感と
縮小感の錯覚から動きが身体から空間に拡大する優美な印象を与えるものになっている。
すなわち,演技全体のダイナミックスと移動動線をより直線的で単純なものとし,拡大感を印象づける両腕
の動きは,軸足となる膝の屈曲,伸展(プリエ)の安定から導き出されている。また,舞台上でバットマン・
ア・ラ・スゴンドのフレーズを行う移動距離は制限されているため,軸足のプリエからルルベに至る垂直方向
への動きは,より安定度の高いものであることが必要不可欠である。
加えて,本研究の不安定である身体表現から軸足のプリエと重心が同期せず全体のバランスがくずれた場合,
動き全体のバランスを修正するために,軸足の膝屈曲を再度明らかに屈曲させていると見せないように,両腕,
踵の身体部位を補助的に使って,重心を下げバランスが修正された地点から再度バットマン・ア・ラ・スゴン
ドの動きの完了点へ向けて動きを遂行していることが明らかとなった。しかしながら,上述のようにくずれた
バランスを身体部位を使って,動きの中で修正できたのは,被験者が熟練した演技者であったため身体表現を
安定させるための動きの修正が可能であったと思われる。また不安定から安定に導く場合でも,演技を失敗で
あると見せないために膝を屈曲したと同様の動きで一端重心を下げて動きを修正していることが明らかになっ
た。すなわち,バットマン・ア・ラ・スゴンドを遂行する一連のフレーズの中では,プリエという膝屈曲・伸
展が演技の安定を左右する身体運動となっていると考えられる。
バレエの動きは,プリエではじまり,そしてすべてのバレエの動きはプリエで終わる。バレエのプリエは,
天空へ身体を飛躍させるためのものであり,バレエダンサーが最初に学ぶ動きである。バレエダンサーはその
舞踊家としての人生の中でいったいどれくらいのプリエを行うのだろうか。制約の多いバレエ芸術の中でプリ
エは,動きと動きを連結しているだけの役割ではない。身体の安定に導くプリエという身体運動は,自らのバ
レエダンサーとしての潜在的可能性をもった表現の記憶と出会い,新たな演技を創造する断片と遭遇する大切
な喜びの瞬間であると考えられる。
引用・参考文献
[1]A.ヴォルインスキー:鈴木晶訳(1993)歓喜の書,新書館.
[2]太田順康,千住真智子,吉田雅行(1994)「武道・舞踊・スポーツの技術習得過程に関する研究(Ⅰ)」,
大阪教育大学紀要Ⅳ42-2.
[3]G.ツァハリアス:渡辺鴻(1965)バレエ 形式と象徴,美術出版.
[4]千住真智子(1998)「身体表現に関する研究(Ⅱ)」大阪教育大学紀要Ⅳ46-2.
[5]高木一行(1986)鉄人を創る肥田式強健術,学習研究社.
[6]坪井繁幸(1973)極意,潮文社.
[7]ニューグローヴ世界音楽大事典(1994)10,311Lダンス,講談社.
90
千 住 真 智 子
A Study on Body Expression(Ⅲ)
ー The Stability of Body Expression in Dance Classic ー
SENJU Machiko
Department of Sport, Osaka Kyoiku University Kashiwara,
Osaka, 582-8582, Japan
The purpose of this study is to clarify what kind of movement makes up stable body expression in dance,
based on my previous studies. To this end, I analyzed the relation between the stability of body expression and
the basic movement---plié--- in classic ballet with Frame DIAS.
The result was the following. The center of the body goes down in synchronization with the plié of the pivot
leg from the point of préparation, then begins to rise a little earlier than the knee, and rises up at once with leg's
extension to the point of completion of battements à la seconde. The opposite arm to the pivot leg goes down a
little earlier than that point, and the heel lands as the center of the body goes back down.
In conclusion, plié is a key movement to link a series of movements. It gives stability to body expression, and
also keeps the performer's body alive.
Key Words: ballet work, performer, stability of body expression