第一薬科大学 3年生 『分子生物学』 後期 第1回 分子生物学教室 担当:荒牧弘範 (H25.9.30) B.ゲノムと遺伝子 ゲノムと遺伝子の関係を説明できる ポイント ` ` ` 遺伝子の本体はDNAであり、生殖細胞(配偶子)の全 DNA(核DNAとオルガネラDNA)がゲノムである。 ゲノムには、タンパク質のアミノ酸配列の情報をコードす る遺伝子の他、機能性RNAの遺伝子が存在する。 ゲノムの非コード領域には、縦列反復配列や分散型反 復配列などの要素がみつかり、それらの意味が注目さ れている。 ①ゲノムの概念 ゲノム: ` 種を維持し、個体を形成するための遺伝情報の総体が である。 ` 具体的には、生殖細胞(配偶子)の全DNA(核DNAとオ ルガネラDNA)となる。 a.ゲノムとDNA ヒトゲノムの実体であるDNA塩基の配列情報がすべて解明さ れた結果(31億塩基対)、遺伝子以外のDNA領域のほうがは るかに多いことがわかった。 (1)核ゲノムとミトコンドリアゲノム ` ` 真核細胞ではDNAは核に集められ、染色体として存在 している。 DNAは、それ以外にも、細胞小器官のミトコンドリアにわ ずかだが存在する。 (2)性とゲノム ` ` ` ` ヒトの場合、卵子ではX染色体と22種の相同染色体で、 精子ではY染色体もしくはX染色体と22種の相同染色体 がゲノムを構成する。 女性の体細胞には、 X染色体に22種の相同染色体を加 えた23種の染色体が二組存在する。 すなわち、女性の場合、23種の染色体のDNAと1種のミ トコンドリアDNAを合わせたものがゲノムにあたる。 男性の場合にも、22種の相同染色体が二組存在するが 、性染色体はX染色体とY染色体が一つずつなので、24 種の染色体DNAと1種のミトコンドリアDNAがゲノムに なる(表5・1)。 (p87) 母性遺伝 ` ` ` ヒトの場合、父親と母親の間に出来た子供のミトコンドリ アは、母親のミトコンドリアゲノムを100%受け継ぎ、父親 のミトコンドリアゲノムは受け継がれない。→ 女性の系 統の祖先が解る。 この現象は、精子と卵の受精の過程に由来します。 受精時には、精子の頭部内に存在する核とミトコンドリア が卵細胞に進入します。精子由来の核は、卵由来の核 と融合します。ところが、精子由来のミトコンドリアは、卵 細胞の分解酵素によって分解されてしまいます。その結 果、受精した後の卵細胞には卵由来のミトコンドリアの みが残るわけです。 巻貝の遅滞遺伝がよくわかりません。 ` ` ♀AAを右巻、 ♂aaを左巻の遺伝子として ♀AA(右)と♂aa(左)を交雑しF1、F2と自家受精していっ た場合、どうしてF2のaaは左巻きにならないのですか? 説明不足であればまた追記します。 巻貝の遅滞遺伝がよくわかりません。 ` ` 遅滞遺伝は、核内の遺伝子によらない遺伝です。 卵の細胞質による遺伝です(母親の表現形が直接遺伝 する→母性遺伝)。 実際に検証 ♀(AA)×♂(aa) ↓ F1 Aa ♂♀全て右巻きです。 ↓ F2 AA:Aa:aa=1:2:1 F2のaaが遺伝型では左巻きですが「母性遺伝」のため 左巻きにならず右巻きになります。 巻貝の遅滞遺伝がよくわかりません。 ` ` F2のaaが♀だった場合のみ、F3に左巻きが出現します 。 1代遅れて表現されるため「遅滞遺伝」とよんでいるので す。 細胞質がaa、すなわち母親の細胞質がaaでないと左巻 にはならないってことですね。 b.ヒトゲノムの大きさ ` ` ` ` ヒトという生物種のゲノムは、先の定義に基づけば、24 種の染色体DNAと1種のミトコンドリアDNAとなる。 ヒトゲノムの大きさは、約31ギガ(31億)塩基対である(表 5・1)。 Y 染色体は3番目に小さい染色体(51メガ塩基対)なので 、ゲノムの大きさに1.5%程度しか寄与しない。 また、ミトコンドリアよりも核に存在するDNA量のほうが 圧倒的に多いので、核DNA分子の一セットである核ゲノ ムをしばしばゲノムと呼ぶことがある。 (p87) 2.ゲノムと遺伝子 われわれは多種多様な生物を見て形質を比べ、それぞれの 集団を区別することができる。 個々生物集団は子孫に同じ形質を伝える。 このように形質が遺伝するのは、遺伝子が存在するからであ る。 a.遺伝子の種類 ` 遺伝子には、転写後に成熟mRNAとして残るエキソン部 分と、成熟mRNAができる時に切出されてしまうイントロ ンと呼ぶ非コード領域が存在する。 a.遺伝子の種類 ` エキソン部分がゲノムに占める割合は、わずかに1.5%で ある。一方、イントロンが占める割合は多く見積もっても 24%である。 a.遺伝子の種類 ` 第1エキソンの5’-上流側に隣接する転写に必須なDNA 配列(コアプロモーター)まで含めて、遺伝子と呼ぶこと が多くなっている。 a.遺伝子の種類 ` ゲノムには、転写・翻訳される遺伝子以外にも、遺伝子 が存在する。それらは機能性RNAの遺伝子である。 (1)機能性RNAの遺伝子 ` ` ` ` ` 最も良く知られている機能性RNAは、rRNAやtRNAであ る。両者とも転写されて、リボソームにおけるタンパク質 合成に必須の役割を果たしている。 rRNAやtRNA以外にも、タンパク質合成に深く関わる RNAが存在する。 それらは、核内低分子RNA(snRNA)や核小体内低分子 RNA (snoRNA)である(表5・2)。 それぞれイントロンを切出すスプライシングやrRNAのプ ロセシングに関与している。 核小体内低分子RNAの中には、イントロン内に遺伝子 が存在する例が知られている。 (2)新たな機能性RNA ` ` ` ` この他にも、翻訳や転写の制御に関わるマイクロ RNA(miRNA)やアンチセンスRNAのように、遺伝子数の 多い機能性RNAが見つかっている。 これらの遺伝子数は、今後の詳細な研究によりさらに増 加する可能性がある。 また、テロメラーゼやシグナル認識粒子(SRP; signal recognition particle)を構成するRNAも機能性RNAであ る。 ヒトでは機能性RNAの遺伝子の総数は、タンパク質をコ ードする遺伝子の数の10%程度である(表5・2)。 b.遺伝子を含まないゲノムの領域 ` ゲノムに存在する遺伝子以外のDNAの配列には、エン ハンサーやサイレンサーのように、遠くからコアプロモー ターに作用し転写の制御を行う配列が存在する。 b.遺伝子を含まないゲノムの領域 ` 集合する複数の遺伝子を組織特異的に共通に発現制 御する遺伝子座制御領域(LCR; locus control region)、 制御領域外の調節要素が領域内の遺伝子発現に影響 が及ばないように防ぐ配列、絶縁エレメント(insulator;イ ンシュレーター)も存在する(図5・4)。 b.遺伝子を含まないゲノムの領域 ` ` ` ゲノム上には遺伝子として機能できない偽遺伝子が 20,000個も存在する。 また、縦列反復配列や分散型反復配列と呼ぶ反復配列 が存在する。 偽遺伝子の生成に、分散型反復配列が関与する可能性 が考えられている。 ③ 非コード領域を埋める反復配列 ` ` ` ` ` DNAを制限酵素で切断するとDNAが断片化する。 その混合物を密度勾配遠心にかけ分離すると、大部分 のDNA断片は一つの主ピークに集まる。 それより密度が少しずれて、小さなピークを形成するの がサテライトDNAである。 サテライトDNAは縦列反復配列と呼ばれるものの一つ である。 これに対して、一定の長さの配列をした転移性DNA因 子(トランスポゾン)がゲノム上に分散して存在している。 それらを分散型反復配列と呼んでいる。 a.縦列反復配列 ` ` ` サテライトDNAはセントロメアに多く、動原体の形成や複 製の制御に関係すると見られている。 ミニサテライトDNAとしては、テロメアのTTAGGG繰返し 配列がある。 (CA)/((TG)のような2塩基反復配列やAやTの1 塩基反 復配列に代表されるマイクロサテライトDNAは、ゲノム 上に広く分布している。 a.縦列反復配列 ` ある位置の反復配列の反復回数が個人によって異なっ ていることから、マイクロサテライトDNAは個人の識別に 利用されたりする。 a.縦列反復配列 ` このような反復配列の部位では、スリップ複製により反 復配列が伸長したり欠失したりしやすい。 b.分散型反復配列 ` 真核生物では、DNA上の 反復配列から転写された RNAが逆転写酵素により 二本鎖DNAに変換され、 ゲノム中に再び取り込ま れることにより生じたレト ロトランスポゾンが大半で ある(図5・6a)。 b.分散型反復配列 ` ` 興味深いことに、分散型反復配列である転移性DNA因 子の配列の総和は、ゲノム全体の45%にもなることがわ かった。 それらの大部分は、大昔は転移能を持っていたが現在 では活性をなくし、化石のような存在となっている。 (1)Alu配列とLINE-1 ` ` ` レトロトランスポゾンの中で重要なのは、Alu配列とLINE1である。 Alu配列の中には現在も活発に転写されているものがあ る。 また、LINE-1のうちの100個が今も転移能をもっており、 遺伝子を破壊して疾患を引き起したことが報告されてい る。 (1)Alu配列とLINE-1 ` ` ` ` Alu配列は、短い分散型反復配列(SINE; short interspersed nuclear element)の一種である。 約300塩基の長さで内部に制限酵素Aluの切断部位があ ることから名付けられた。 Alu配列内部のプロモーターにRNAポリメラーゼⅢが結 合し、転写を開始する。 Alu配列は、シグナル認識粒子中の7SL RNAに由来して いるが、逆転写酵素はコードしていない。 (1)Alu配列とLINE-1 ` ` 一方、LINE-1は、長い分散型反復配列(LINE; long interspersed nuclear element)の一種である。RNAポリメ ラーゼⅡが配列の末端にあるプロモーターに結合し、転 写を開始する。 LINE-1がコードする逆転写酵素が、Alu配列の転移や後 述する偽遺伝子の生成など、細胞内でおきる逆転写反 応に関与している。 (2)DNA型トランスポゾン ` ` DNA型トランスポゾンは 自身を切り出すか複製し て標的DNAに転移する が、ヒトでは現在は活性を 失ってしまっている。 しかし、組換え酵素やセ ントロメア結合タンパク質 をコードする遺伝子は今 も機能しており、それらは DNA型トランスポゾンに 由来している(図5・6b)。 ポイント ` ` ` 遺伝子の本体はDNAであり、生殖細胞(配偶子)の全 DNA(核DNAとオルガネラDNA)がゲノムである。 ゲノムには、タンパク質のアミノ酸配列の情報をコードす る遺伝子の他、機能性 RNAの遺伝子が存在している。 ゲノムの非コード領域には、縦列反復配列や分散型反 復配列などの要素が見つかり、それらの意味が注目さ れている。
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