小児気管支肺感染症の原因菌の推移について (2001∼2006 年)*

小児感染免疫 Vol. 20 No. 4 465
2008
小児気管支肺感染症の原因菌の推移について
*
(2001∼2006 年)
1)
1)
武 田 紳 江 黒 崎 知 道 河 野 陽 一2)
要旨 2001∼2006 年の 6 年間の気管支肺感染症 6,520 例の原因菌について洗浄喀痰培
養を用いて検討した.細菌性と判断した症例は 6 年間全体で 1,899 例(29.1%)であ
り,6 年間で変動は認めなかった.原因菌は H. influenzae が最も多く,S. pneumoniae,
M. catarrhalis の 順 で あ っ た. H. influenzae は β ラ ク タ マ ー ゼ 陰 性 ABPC 耐 性 菌
(BLNAR)が増加し 2006 年は 40.0%を占めた.一方 S. pneumoniae はペニシリン耐性
肺炎球菌(PRSP)が減少しペニシリンに対する感受性が回復してきている.
2/3)以上かつ常在菌が 1+(菌の発育が培地の面
は じ め に
積の 1/3)以下,もしくは純培養で 1+以上検出
当院では洗浄喀痰培養にて小児気管支肺感染症
された症例とした.Moraxella catarrhalis に関して
の原因菌診断を行い,原因菌の推移や薬剤耐性の
は上記基準の他,塗抹検査で貪食像陽性例とした.
動向を報告してきた1∼3).近年全身感染症由来株
抗菌薬感受性は日本化学療法学会標準法に準拠し
や鼻咽頭からの分離菌の報告では,βラクタマー
た微量液体希釈法により最小発育阻止濃度(MIC)
4,5)
を測定した.βラクタマーゼ産生能は nitrocefin
今回当院における 2001∼2006 年までの気管支肺感
test により判定した.米国臨床検査標準委員会
染症の患児の喀痰より分離された Haemophilus
(CLSI)の基準により H. influenzae は ABPC の
influenzae と Streptococcus pneumoniae の薬剤耐性
MIC が 2μg/ml を中間耐性,4μg/ml 以上を耐性
化の動向を報告する.
とし,CVA/AMPC は MIC 12μg/ml 以上を耐性と
ゼ陰性 ABPC 耐性菌(BLNAR)の増加が著しい
.
Ⅰ.対象と方法
した.β−ラクタマーゼ非産生 ABPC 感受性イン
フルエンザ菌(ABPC−MIC≦1μg/ml)を BLNAS
対象は 2001∼2006 年の 6 年間に千葉市立海浜
(β−lactamase−nonproducing ampicillin−sensitive
病院小児科を受診し気管支肺感染症と診断され,
H. influenzae),β−ラクタマーゼ非産生 ABPC 中間
喀痰を採取した外来通院症例および入院症例を合
耐性インフルエンザ菌(ABPC−MIC=2μg/ml)
わせた全 6,520 例である.原因菌の診断は洗浄喀
を BLNAI(β−lactamase−nonproducing ampicillin−
痰培養にて原因菌が 2+(菌の発育が培地の面積の
intermediate−resistant H. influenzae)
,β−ラクタ
*
An etiological study of bronchopulmonary infection in children during 2001−2006
Key words:気管支肺感染症,インフルエンザ菌,肺炎球菌,BLNAR
1)千葉市立海浜病院小児科 Nobue Takeda, Tomomichi Kurosaki
〔〒 261−0012 千葉市美浜区磯辺 3−31−1〕
2)千葉大学大学院医学研究院小児病態学 Yoichi Kohno
466
2008
%
100
no pathogen
その他
80
複数菌
M. catarrhalis
60
S. pneumoniae
H. influenzae
40
20
0
9.3%
7.4%
6.5%
8.8%
6.9%
9.4%
14.3%
14.1%
14.8%
15.4%
15.9%
14.2%
2001
(n=1,241)
2002
(1,345)
2003
(1,158)
2004
(948)
2005
(988)
2006 年
(840)
図 1 気管支肺感染症の原因菌の年次推移(2001∼2006 年)
マ ー ゼ 非 産 生 ABPC 耐 性 イ ン フ ル エ ン ザ 菌
の背景,すなわち抗菌薬の前投薬の種類や内服日
(ABPC−MIC≧4μg/ml)を BLNAR(β−lactamase−
数,集団保育の有無については検討を行っていな
nonproducing ampicillin−resistant H. influenzae)
,
い.
β−ラクタマーゼ産生 ABPC 耐性インフルエンザ菌
各年の有意差はχ2検定を用い,p<0.05 をもっ
を BLPAR (β −lactamase−producing ampicillin−
て有意差ありとした.
resistant H. influenzae),β−ラクタマーゼ産生アモ
キシシリン・クラブラン酸耐性インフルエンザ菌
を BLPACR(β−lactamase−producing amoxicillin−
Ⅱ.結 果
6 年間に喀痰が採取できた小児気管支肺感染症
clavulanate−resistant H. influenzae) と し た. S.
6,520 例のうち,細菌性と判断した症例は 1,899 例
pneumoniae は 2008 年に CLSI が髄膜炎以外の非
(29.1%)である.図 1 に示すように年次推移でみ
経口ペニシリンの基準を改定6)したが,今回は
ると 2001 年 28.0%(347 例/1,241 例),2002 年
2001∼2006 年に検出された原因菌の比較のため検
,2003 年 28.4%(329
27.7%(373 例/1,345 例)
査当時の旧基準(M100−S16)を用い,ペニシリ
,2004 年 30.3%(287 例/948 例)
,
例/1,158 例)
ン感性肺炎球菌(PCG−MIC≦0.06μg/ml)を PSSP
,2006 年 33.1%
2005 年 28.8%(285 例/988 例)
,ペニシリン中
(penicillin−sensitive S. pneumoniae)
(278 例/840 例)であり,洗浄喀痰培養により判
間 耐 性 肺 炎 球 菌 (PCG−MIC 0.12∼1μg/ml) を
明した小児気管支肺感染症の細菌感染の割合は 6
PISP (penicillin−inter mediate−resistant S.
年間で統計学的に有意差は認めず変動はみられて
pneumoniae)
,ペニシリン耐性肺炎球菌(PCG−MIC
いない.原因菌の内訳はいずれの年も H. influenzae
≧2μg/ml)を PRSP(penicillin−resistant S. pneu-
が最も多く,次いで S. pneumoniae,M. catarrhalis
moniae)とした.H. influenzae は BLNAS,BLNAI,
の順であり,H. influenzae は例年約 14∼16%,S.
BLNAR,BLPAR,BLPACR について,S. pneumo-
pneumoniae は約 6∼9%,M. catarrhalis は約 1∼
niae は PSSP,PISP,PRSP について 2001∼2006
2%であり,毎年の各原因菌の割合も統計学的に
年までの年次推移を調査した.検討を行った症例
有意差は認められず,6 年間で変動はみられなかっ
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2008
%
100
BLPACR
80
13.8%
21.5%
25.0%
39.0%
32.8%
40.0%
60
BLNAR
BLNAI
40
63.8%
20
0
BLPAR
2001
(n=218)
50.4%
52.0%
2002
(256)
2003
(233)
38.0%
2004
(194)
45.6%
2005
(204)
BLNAS
38.0%
2006 年
(156)
図 2 H. influenzae ABPC 感受性の推移(2001∼2006 年)
%
100
16.2%
28.1%
20.3%
19.7%
11.9%
8.5%
PRSP
PISP
80
PSSP
57.3%
60
63.0%
54.5%
62.9%
20.8%
17.4%
16.8%
2001
(n=154)
2002
(167)
2003
(143)
40
53.5%
63.6%
26.8%
24.6%
2004
(127)
2005
(118)
20
0
34.2%
2006 年
(117)
図 3 S. pneumoniae PCG 感受性の推移(2001∼2006 年)
た.
2002 年 7 例(4.2%),2003 年 2 例(1.4%)
,2004
H. influenzae の ABPC 感受性の検討(図 2)で
年 1 例(0.7%)
,2005 年 4 例(3.4%)
,2006 年
は,2001 年は BLNAS 63.8%であったが 2006 年
2 例(1.7%)であった.一方 PSSP が 2002 年
は 38.0%に減少しており,ABPC−MIC 4μg/ml 以
17.4%から 2006 年 34.2%に増加している.
上の ABPC 耐性菌(BLNAR,BLPAR,BLPACR)は
2001 年 27.0%から 2006 年 45.5%に増加してい
Ⅲ.考 察
た.このうち BLNAR の増加が著しく,2001 年
今回の検討では 2001∼2006 年の間に気管支肺感
13.8%から 2006 年は 40.0%にまで増加している.
染症の細菌感染の割合,原因菌の種類およびその
一方 BLPAR は減少傾向であり 2001 年は 12.4%
割合に変動はみられなかった.細菌感染の割合は
を占めていたが 2006 年は 4.0%に減少していた.
毎年 30%前後であり 6 年間全体で 29.1%であっ
S. pneumoniae の PCG 感受性の推移(図 3)は,
た.当院の 1986∼1995 年の肺炎の検討ではウイ
2002 年に PRSP が 28.1%を占めたのをピークに,
ルスとの混合感染例も含め細菌が関与した割合は
以後減少傾向が続き 2006 年は 8.5%まで減少した.
27.5%1)であり,1985∼1995 年と 2001∼2006 年の
このうち PCG−MIC 4μg/ml 以上は 2001 年 0 例,
間で小児気管支肺感染症における細菌感染の割合
468
2008
に変化がないことがわかる.また原因菌は H. influ-
床的検討のもと当科では virulence の強い S. pneu-
enzae が最も多く,次いで S. pneumoniae,M. catar-
moniae をカバーできる ABPC 静注を第一選択薬と
rhalis の順であり,この順位も当院の 1986 年から
しているが大過はない8).S. pneumoniae の感受性
の報告2)と比較しても変化はない.
判定は従来より CLSI の基準が髄膜炎を想定した基
H. influenzae の薬剤感受性の推移は BLNAR が
準になっており,呼吸器感染症にはそのまま当て
2001 年 13.8%から年々増加し 2006 年は 40.0%を
はまらないことが議論されていた.2008 年になり
占めた.逆に BLPAR は減少傾向であり 2001 年
CLSI は髄膜炎以外の非経口ペニシリンの基準を改
12.4%をピークに 2006 年は 4.0%まで減少した.
定し,感性を MIC 2μg/ml 以下,中間耐性を 4μg/
当院の報告では洗浄喀痰培養由来の BLNAR の占
ml,耐性を 8μg/ml 以上6)とした.新基準はわれ
める割合は 2000 年がわずか 2.2%3)であることか
われの ABPC の臨床効果の検討2,8)の報告と合致し
ら 2001 年から急激に増加していることがわかる.
ていた.
この傾向は他の報告でも同様であり,星野らは喀
文 献
痰,鼻汁,耳漏,咽頭・鼻咽腔粘液拭い液,眼脂,
1)黒崎知道,他:起炎病原体別からみた小児肺炎.
日小呼誌 9:124−134,1998
血液・髄液など小児臨床検体より分離された H.
influenzae で は BLNAR が 2001 年 12.7% か ら
2)黒崎知道:耐性肺炎球菌感染症.小児科臨床 55:
637−644,2002
3)牧野 巧,他:小児の洗浄喀痰培養にて分離され
た Haemophilus influenzae の各種抗菌薬感受性の
年次推移.感染症誌 80:147−148,2006
2003 年 22.1%に増加していることを報告してい
る4).また砂川は 2002 年 11 月∼2003 年 6 月まで
の期間に鼻腔や鼻咽頭,咽頭などの部位より検出
された BLNAR(ABPC−MIC≧2μg/ml)は 35%と
報告5)している.
4)星 野 直, 他:小 児 臨 床 検 体 由 来 Haemophilus
influenzae の抗菌薬感受性に関する検討.感染症誌
78:943−951,2004
S. pneumoniae は,2002 年 PSSP 17.4%,PRSP
28.1%と PRSP が PSSP を上回っていたが,以後
5)砂川慶介:全国小児科外来初診の呼吸器感染症患
児より分離された Streptococcus pneumoniae,Haemophilus influenzae の検討(2002 年∼2003 年)
―耐性株の割合および経口抗菌薬に対する薬剤感
受性について―.感染症誌 79:887−894,2005
PRSP の割合が減少し 2006 年は PSSP 34.2%,
PRSP 8.5%と PSSP が PRSP を上回り 2002 年以
降 S. pneumoniae の PCG に対する感受性が回復し
てきていることがわかった.
肺炎の初期抗菌薬を考えるにあたって,細菌の
6)Clinical Laboratory Standards Institute:CLSI
Standard M100−S18 Performance Standard for
Antimicrobial Susceptibility Testing;Eighteenth
informational supplement 28:126, 2008
7)黒崎知道:非ウイルス性気管支肺感染症 e.モ
ラキセラ・カタラーリス肺炎.日胸 59:S222−
virulence を考慮しどの菌をカバーすべきかという
点について考察すると,われわれの報告7)では S.
pneumoniae が分離された症例は 60%が肺炎で,
残る 40%は気管支炎であった.一方 H. influenzae
では 24.3%,M. catarrhalis は 16.7%が肺炎例から
S227,2000
8)武田紳江,他:小児肺炎における初期抗菌薬とし
ての Ampicillin の有効率について.日児誌 112:
1081−1087,2008
の分離であり,
S. pneumoniae の virulence が最も強
いと考えられた.さらに S. pneumoniae の ABPC の
臨床的有効率は 91.9%であり8),ABPC 無効例は
PCG−MIC 4μg/ml の 1 症例のみで PCG−MIC≦2
μg/ml までは全例有効であった2,8).このような臨
(受付:2008 年 11 月 4 日,受理:2008 年 12 月 3 日)
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