Ventilator-Induced Biotraumaを考える - 日本人工臓器学会

●第 47 回日本人工臓器学会大会 教育講演
Ventilator-Induced Biotrauma を考える
千葉大学大学院医学研究院救急集中治療医学
平澤 博之,織田 成人,仲村 将高
Hiroyuki HIRASAWA, Shigeto ODA, Masataka NAKAMURA
換 気 す る こ と に よ り 発 生 す る shear stress に よ る
1. はじめに
“atelectrauma”などが従来から報告されていた 1),2) 。しか
生命維持に不可欠な重要臓器が,生命維持に必要な程度
しながら最近になり,これら 3 種類の VALI の他に,図 1 に
を超える機能障害を発症した場合には,人工補助療法を行
示すような“biotrauma”と呼ばれる病態が注目されるよう
うことが不可欠である。換気不全を含む呼吸不全に対する
になった。これは前述した 3 種類の機序により侵襲を受け
ventilator を用いた人工呼吸療法はその典型である。しか
た肺が,いわば mediator factor y あるいは cytokine factor y
しながら,生命維持に不可欠なこれら人工補助療法が,一
となり,cytokine などの humoral mediator を産生し 2) ∼ 4),
方では生体にとって有害な副作用を引き起こす可能性があ
肺で産生されたこれら mediator が血中に吸収され,体内を
ることも忘れてはならない。このような副作用で最もしば
循環し,肺に更なる障害を発症させるとともに,遠隔臓器
し ば 遭 遇 し,そ れ ゆ え 最 も 深 く 検 討 さ れ て い る の は
にも障害を引き起こすという病態である 1) ∼ 3) 。
ventilator による肺障害であり,ventilator-induced lung
injur y(VILI)
,あるいは ventilator-associated lung injur y
2. Biotrauma は実際に発症するのか
(VALI)と呼ばれている 1) 。そして,VALI の方が臨床の状
Acute respiratory distress syndrome(ARDS)症例は,呼
態をよりよく表現しているとして,最近はこちらの呼称を
吸不全では死なず,多臓器不全で死亡することが以前より
用いるのが一般的になっている 1)
。
知られていた 5) 。これは,ARDS を発症させた背景病変あ
そもそも重要臓器が機能障害に陥り,人工補助療法を受
るいは病態生理が他の臓器の機能不全を発症させて多臓器
け て い る 間 は,機 能 不 全 に 陥 っ た そ の 臓 器 は い わ ば
不全をきたしたと考えることもできる。しかし一方では,
“resting”の状態に置かれ,機能回復に専念するわけであ
ARDS 症例に対して ventilator を装着したことにより,上述
る。しかし肺に限っては,機能不全に陥っていて resting の
状態で機能回復に専念しなければならないにもかかわらず
ventilator により強制的に換気され,いわば侵襲を受け続け
ながら機能回復に努めなければならず,不利な状態に置か
れている臓器であると言える。
VALI の機序としては,ventilator による高い肺胞内圧や
気道内圧により引き起こされる“barotrauma”,ventilator
の 過 大 な1回 換 気 量 に よ っ て 引 き 起 こ さ れ る
“volutrauma”
,無 気 肺 を 発 症 し て い る 部 分 を 強 制 的 に
■著者連絡先
千葉大学大学院医学研究院救急集中治療医学
(〒 260-8677 千葉県千葉市中央区亥鼻 1-8-1)
E-mail. [email protected]
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図 1 Ventilator-Induced Biotrauma の病態概念
人工臓器 39 巻 1 号 2010 年
図 2 Tidal volume(TV)別の肺動脈および末梢動脈内血中 cytokine 濃度比の比較
肺動脈(PA)と末梢動脈(A)から同時に採血し,血中 interleukin-6(IL-6)濃度を測定し,血中 IL-6 濃度の PA と A の比(A/
PA)を算出した。A/PA が 1 以上ならば肺が主たる cytokine 産生の場であり,1 以下なら肺以外の部位が主たる cytokine 産
生の場であることが診断できる。この A/PA を ARDS 症例と対照群としての心臓術後症例において tidal volume 別に比較
した。その結果,ARDS 症例では tidal volume が大きい場合には A/PA が 3 程度となり,肺において cytokine が大量に産生
されており,biotrauma を発症するリスクがあること,心臓術後症例ではそのような現象が起こらないことが判明した。
の biotrauma が発症したためと捉えることもできる 3),6) 。
表 1 Biotrauma に対する対策
そもそも ventilator を装着すると肺で cytokine が産生さ
・ Lung protective strategy を中心とした呼吸管理:
low tidal volume ventilation, 至適 PEEP ・ Lung recruitment maneuver
・ ECMO(Novalung ®)併用による,より mild な ventilator y
setting
・ 肺における cytokine 産生の予防:
体温管理,薬物療法(steroid),immunomodulating diet
・ 肺で過剰に産生され,全身を循環する mediator に対する
対策:
PMMA-CHDF
・ Liquid ventilation
れてしまうことは以前から指摘されていた 4) 。そこで近年,
ventilator 装着時 low tidal volume を用いる“lung protective
ventilator y strategy”が推奨されている 7),8) 。Low tidal
volume ventilation の有効性を報告している論文の中には,
low tidal volume ventilation を行うことによって,従来の
tidal volume で換気した場合と比較して救命率が有意に改
善するが,それと同時に血中 cytokine 濃度が有意に低下す
ることを報告しているものがある 7),9) 。このことは,low
tidal volume ventilation を行うことで,biotrauma を回避で
き,それが救命率の改善に繋がったことを表していると言
え よ う。 ま た Imai ら は 実 験 的 に,injurious ventilator y
を示唆している。したがって,臨床の場において ventilator
setting をすると尿細管上皮に apoptosis が発症し,腎不全
を装着する場合,特に ARDS 症例に装着する場合には,
をきたすこと,すなわち biotrauma が発症すること 10) を証
biotrauma 発症のリスクを常に考慮し,その対策を行う必
明している。
要があると考えられる。
われわれも臨床例において,肺動脈と末梢動脈から同時
に採血して血中 interleukin(IL-6)濃度を測定し,その比か
ら cytokine がどこで産生されるかを検討した。その結果,
3. Biotrauma に対する対策
Biotrauma に対する対策は,表 1 に示すように injurious
図 2 に示すように,ARDS 症例においては tidal volume を増
ventilatory setting を避けることがまず第一である。しかし
加させると肺での cytokine 産生が極めて増加すること,す
ながら臨床の場においては,hypoxemia, hypercapnia によ
なわち biotrauma が発症するが,心臓外科術後症例ではこ
る障害を回避するために,biotrauma 発症のリスクを認識
のような現象は起こらないことを見出した 3) 。これらのこ
した上で,injurious ventilatory setting をせざるを得ない場
とは,biotrauma が実際に発症すること,更には肺に ARDS
合もしばしば遭遇する。そのような場合には,同じく表 1
などの炎症があり,肺の炎症細胞が priming されているよ
に示すようないくつかの対策が考えられる。
うな状態ではなお一層 biotrauma 発症のリスクが高いこと
まず第一は,換気を全て肺に頼るのではなく,そのある
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表 2 ECMO 施行 ARDS 症例における ECMO 導入前後の ventilatory setting 設定の比較
ECMO 導入前
FIO2
ECMO 導入 2 時間後
1.0 ECMO 導入 24 時間後
0.78 ± 0.3
P < 0.05
0.63 ± 0.2
P < 0.05
Pmax(mmHg)
28.8 ± 2.5
PEEP(cmH2O)
11.3 ± 2.8
6.3 ± 2.5
7.0 ± 2.5
26 ± 5.0
25 ± 5.8
21.8 ± 7.7
呼吸回数(/min)
TV(mL)
496.8 ± 176
MV(L)
11.7 ± 2.5
P < 0.05
17.5 ± 8.7
337.0 ± 177
P < 0.05
8.1 ± 2.1
22.0 ± 5.4
300.8 ± 161
7.9 ± 2.9
mean ± SD, n = 20
部分は extracorporeal membrane oxygenator(ECMO)に委
ねて,ventilatory setting をより mild なものにするというア
プローチである。われわれ自身のデータを表 2 に示すが,
当 然 の こ と な が ら,同 様 の PaO2,PaCO2 を 得 る の に,
ECMO を併用すると,より mild な ventilator y setting で済
むことを確認している。また最近,ARDS に対する ECMO
の有効性を multicenter randomized trial で確認した報告
(CESAR trial)11) が公表されている。その有効性のある部
分は,biotrauma を回避できたことによるのではないかと
本稿の筆者は考えている。しかし一方では,ECMO を用い
ると,ECMO 自体が cytokine の産生を促す可能性も否定で
きない。われわれは,重症な ARDS 症例に対して ECMO を
装着する場合には,腎不全合併の有無にかかわらず,われ
図 3 PMMA-CHDF 併用症例における ECMO 施行中の血中 IL-6
濃度の変化(血中 IL-6 濃度を測定した 2002 年以降の症例)
mean ± SD, n = 8
われが cytokine を効率よく除去することを繰り返し報告し
ている 12),polymethyl methacrylate 膜 hemofilter を用いた
持続的血液ろ過透析(continuous hemodiafiltration: CHDF)
Biotrauma に対する対策としては,その他にも低体温に
(PMMA-CHDF)を併用することにしている 13) 。これは,
よる cytokine 産生の予防 16),liquid ventilation 17) なども考
PMMA-CHDF が pulmonar y hyperpermeability の原因と
なっている mediator や pulmonary interstitial edema を除去
することにより ARDS の病態を改善するとともに,図 3 に
えられる。
4. Biotrauma と Genomics
示すごとく,ECMO によって産生された cytokine を除去す
将来的な問題として genomics から biotrauma を考察す
ることをも企図して用いるものである。また ECMO が
ることも必要である 18) 。そもそも侵襲に対する生体反応
cytokine を産生してしまうのは,血流ポンプで大量の血流
や急性疾患の病態生理には hypercytokinemia が深く関わっ
量を得ることに起因しているという立場より,ventilator に
ていることは,
“Cytokine Theory of Disease”として以前か
よる換気のある程度の肩代わりを,通常の ECMO ではなく
ら現在まで繰り返し主張されてきた 19) 。一方,侵襲によ
pumpless ECMO(Novalung®)に求めること 14),15) も魅力あ
る hypercytokinemia の程度は,cytokine の産生に関わる遺
るアプローチである。Novalung® は,oxygenator というよ
伝子多型の有無によって左右され,多型を持つ個体では同
りは CO2 remover として優れている 14),15) 。一方,injurious
程度の侵襲を受けても,それによる hypercytokinemia の程
ventilator y setting を余儀なくされるのは,hypoxia に対応
度は激烈であることが知られている 20),21) 。ある種の遺伝
するというよりは hypercapnia に対応するためである場合
子多型(angiotensin converting enzyme insertion/deletion
が多いことを考えると,biotrauma に対する対策としての
polymorphism)を持つ個体は ARDS に罹患しやすいことが
Novalung® は魅力的であると言えよう。
既に知られている 22) 。このことから,cytokine 産生に関連
14
人工臓器 39 巻 1 号 2010 年
した遺伝子多型を持つ個体は biotrauma を発症しやすいと
いうことは十分考えられる。われわれは cytokine 産生に関
連した遺伝子多型を簡便にチェックできる gene chip を開
発した 23) が,将来的にはこのような gene chip を用いて
cytokine 産 生 関 連 遺 伝 子 多 型 を 有 す る 個 体,す な わ ち
biotrauma 発症ハイリスク症例を選別し,そのような症例
においては ventilator 装着と同時に biotrauma 対策を行うよ
うな時代が間もなく来ると考えられる 18) 。人工臓器を用
いる場合でも,このような意味での tailor-made medicine を
行う時代はすぐそこに迫っていると言えよう。
本稿の内容は,第 47 回日本人工臓器学会大会(2009 年
11 月,新潟)において教育講演として発表した。
文 献
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