1 第6章:予防法(理学療法) 2 3 重力は血液にも作用しており、心臓から最も遠く、立位では最も重力がかかる下肢には 4 還流障害が起こりやすい。下肢の静脈血が心臓へと還流するには、様々な仕組みがある。 5 その中でも最も重要なのは下腿の筋肉によるポンプ作用と、静脈弁の働きであり、下腿の 6 筋肉ポンプ作用は第2の心臓とも呼ばれている。歩行や立位によって筋が収縮、弛緩する 7 筋肉の働きにより、下肢の静脈血は中枢に向かって絞り上げられる。しかし、この下腿の 8 ポンプ作用は心臓ほど強力ではないため、押し出した血液が逆流しないように静脈には逆 9 流防止のための弁(静脈弁)がある。静脈血がうっ滞し静脈が拡張すると、この静脈弁が 10 機能しなくなり静脈血が逆流する。薄い静脈壁は拡張により損傷され、血栓が形成されや 11 すくなる。 12 下肢の静脈還流障害は、下肢の麻痺や臥床などで下腿の筋を動かせない場合や、筋力低 13 下、静脈弁の働きが悪い場合に生じる。手術後の DVT は下腿静脈に最も多く発生すること、 14 下腿には静脈洞があり最も静脈容量が大きいことから、DVT の予防には下腿部の静脈うっ 15 滞を減少させることが重要である。 16 (1)姿勢・早期離床 17 静脈血栓塞栓症(VTE)の予防のためには、手術後の早期離床が重要である。しかし、 「早 18 期離床」はしているが、ベッドサイドや車椅子に長時間座っている状況では予防効果は少 19 ない。座位の姿勢は、股関節・膝関節が 90 度近くに屈曲し、下腿は低く位置するため、静 20 脈還流が低下し血栓形成のリスクが高くなる。したがって、座位の時間を短くし、立位と 21 座位を繰り返すこと、そして早期に「歩行」を開始することが重要である。 22 歩行は下肢を積極的に動かすことで筋ポンプ機能を発揮させるとともに、足底静脈叢に 23 貯まった血液を押し上げる働きもあり、血流増加作用によって VTE を予防する。また、ベ 24 ッド上に臥床している間は、下肢の挙上により術後の深部静脈血栓症の頻度が低下すると 25 いう報告があり、一般的には下肢を約 15cm または 20 度程度挙上させると良いと考えられ 1 26 ている。 27 (2) 下肢自動運動 28 早期離床が困難な場合、ベッド上で下肢自動運動を行って筋ポンプ機能を働かせる。臥 29 床時の下肢自動運動としては、足関節の自動底背屈運動が最も優れており、これをできる 30 だけ強く行うことが良いとされている。また、下腿のマッサージや他動的な足関節背屈運 31 動は、自動運動よりは弱いが静脈還流効果が得られる。これらの運動は回数が多いほど効 32 果が高いと考えられるが、具体的な回数、運動の間隔についての定説はない。 33 関節自動運動法の意義については、 平井らの健常者による実験研究がある 1)。健常者 34 10 人を対象とし、総大腿静脈最大流速と下腿容積の測定を行った結果、足関節の自動背屈 35 運動と底背屈運動が最も血流増加率が高く、底屈運動の血流増加率は低かった。これはヒ 36 ラメ筋、腓腹筋は大腿骨と踵骨の間にゆるやかに付着しているため、安静時には筋肉が緊 37 張しておらず、体重負荷のある立位や歩行でなければ十分に収縮しないためと述べられて 38 いる。また、他動運動は自動運動に比較すると有意に血流増加率は劣っていたが、安静時 39 と比べれば有意に血流増加があった。これらの結果から、麻痺や意識障害患者においては 40 足関節他動運動も有効な DVT 予防となると思われる。 41 (3)弾性ストッキング 42 弾性ストッキング装着による VTE 予防メカニズムは、 (1)表在静脈を圧迫して静脈の総 43 断面積を減少させ、深部静脈の血流速度を増加させる 44 流速度を増加させる 45 る、などの効果が考えられている。市販されているストッキングの圧迫力は、足関節部で 46 16-20mmHg が一般的であり、遠位から近位になるにつれて圧迫力が段階的に低くなるよう 47 に設定し、静脈還流をサポートしている。 (2)深部静脈の拡張を防いで血 (3)静脈拡張によって生じる静脈壁損傷・血管内皮損傷を防止す 48 弾性ストッキングの種類として、膝下までのものと大腿までのものがあるが、その効果 49 の違いは明らかではない。装着時には、適正なサイズのものを選択し、しわを作らないよ 50 うに注意する。ストッキングにしわがよると、駆血帯効果を起こし、局所的に圧迫が強く 2 51 なり血流を阻害したり、皮膚潰瘍が生じることがある。また、皮膚の観察ができるように 52 窓(モニターホール)があるが、ここから足指を出したりすると循環障害の可能性がある 53 (図1)。 54 閉塞性動脈硬化症などの末梢循環不全患者では弾性ストッキングの使用には注意を要す 55 る。脊髄損傷や糖尿病性ニューロパチーなどの神経障害患者でも循環障害の可能性がある 56 ため適用には慎重を期する。 57 (4)間欠的空気圧迫法 58 間欠的空気圧迫法は下肢に巻いたカフに空気を間欠的に送入して下肢を圧迫・マッサー 59 ジする装置である。圧迫・マッサージにより、静脈還流量を増加、静脈のうっ血を減少さ 60 せ、静脈血栓形成を抑制する。最大の利点は、出血を起こす危険性がなく出血リスクの高 61 い患者に使用可能なことである。多くの種類が市販されているが、予防効果の優劣は不明 62 である。装着範囲で足部、足部と下腿部、下腿部、下腿部と大腿部の4種類に分けること 63 ができる。また、マッサージ型であるintermittent pneumatic compression (IPC) と、足 64 底を急速に圧迫するvenous foot pump ( VFP ) に分けることもある(図1)。下肢手術に 65 おいて下腿や大腿にカフを装着するのが困難な場合、VFP は広く使用されている。このよ 66 うに、実際の使用にあたっては、装着しやすさ、手術部位や患者の装着コンプライアンス 67 などを勘案したうえで、使用機種を決定することとなる。 68 本法の合併症として稀ではあるが、コンパートメント症候群、腓骨神経麻痺、そして肺 69 血栓塞栓症が報告されており、使用に当たっては合併症の説明もしておく方が望ましい。 70 閉塞性動脈硬化症の症例では弾性ストッキングと同様に動脈血流を阻害する可能性がある 71 ため適応は慎重に検討する。 72 静脈血栓症が診断された場合の間欠的空気圧迫法の使用は、肺塞栓症を誘発する危険性 73 があるため原則禁忌となっている。このため外傷症例にIPCを使用するには、受傷直後をの 74 ぞき深部静脈血栓症をスクリーニングして否定するか、リスクを伴うことなどについて十 75 分な説明と同意を得た上での使用が望まれる(表1)。 3 76 77 1) 平井正文、岩田博英、温水吉仁ら:深部静脈血栓症予防における運動、弾性ストッキ ング、間欠的空気圧迫法の臨床応用. 静脈学 15 59-66, 2004. 78 79 1. 弾性ストッキングは骨折患者の DVT 予防に有効か? 80 <解説> 81 82 弾性ストッキング単独予防の適応は、一般的には中リスクまでとされており、腹部外科 などの中リスク手術での予防では一定の効果が確認されている。 83 しかし、膝・下腿骨折患者では装着ができないことが多い。また、大腿骨近位部骨折、 84 大腿骨骨幹部骨折や骨盤・寛骨臼骨折は高リスクであるため単独使用では効果が期待でき 85 ず、他の予防法と併用するのが一般的である。 86 THA 患者において、予防なしのコントロールに比較して弾性ストッキング装着群では DVT 87 を 57%減少させたとの報告があるが、中リスクの骨折患者における弾性ストッキングの予 88 防効果に関するエビデンスレベルの高い論文はない。 89 <文献> 90 Agu O, Hamilton G, Baker D.:Graduated compression stockings in the prevention of 91 venous thromboembolism. Br J Surg. 1999 86(8): 992-1004. ( systematic review ) 92 93 94 2. 間欠的空気圧迫装置装着の問題点は? <解説> 95 間欠的空気圧迫装置は正しく装着し、適切な時間使用すれば、DVT 予防効果はある 96 程度期待できる。しかし、機械の騒音、空気が挿入される際の痛み、違和感、装着が 97 面倒などにより、正しい方法で適切な時間装着されないとするコンプライアンスの問 98 題が大きい。このため、間欠的空気圧迫装置の使用時には、常にこの点を考慮する必 99 要がある。 100 <SS> 4 101 1) 外傷患者において、IPC を正しく装着している割合は約 50%と低い。 102 2) 外傷患者において、通常の IPC と携帯型 IPC で比較すると、携帯型 IPC の方が装 103 着率は有意に高かった。 104 <エビデンス> 105 1) レベル1の外傷センターで歩行が出来ない外傷患者 227 例(術後で歩行不能 49.2%、 106 頭部外傷 13.5% 、脊椎損傷 9.2%、骨盤骨折 9.2%)に対し入院後すみやかに SCD 107 を装着、手術症例では手術中も装着した。SCD が適切に装着されているかを検討 108 するため、8 時、10 時、13 時、15 時と夜間に 2 回の合計 6 回の記録を行った。結 109 果、全観察のうち正しく装着されていたのは 53%であり、全ての観察点で装着、 110 使用法が正しかった症例は 19%に過ぎなかった。(EV level II) 111 2) 18 歳以上の外傷患者(二輪車事故, 穿通外傷, 股関節骨折, 脊髄損傷, 頭部外傷) 112 33 例を、通常の IPC 群 16 例と携帯型 IPC 群 17 例に振り分けた RCT 研究。結果: 113 2 群間に性別、年齢には有意差なし。trauma score、薬物予防法、登録までの時間 114 などに有意差なし。装着率は携帯型の方が 77.7%と通常型の 58.9%と比較して有意 115 に高かった。 文献番号なし(阿部) (EV level Ib) 116 <文献> 117 1) Edward E Cornwell III, David Chang, George Velmahos, Anurag Jindal, et al. : 118 Compliance with sequential compression device prophylaxis in at-risk trauma 119 patients: A prospective analysis. 120 5; 470-473 . The American Surgeon. Atlanta: 2002. 68. EVL:前向きコホート(II)(PDF あり) 121 2) Murakami M, McDill TL, Cindrick-Pounds L et al.: Cindrick-Pounds, Lori MDa;: 122 Deep venous thrombosis prophylaxis in trauma: improved compliance with a novel 123 miniaturized pneumatic compression device J Vasc Surg 2003;38:923-927. 124 125 3. 間欠的空気圧迫法は骨折患者の DVT 発生を減少させるか? 5 126 4. <解説> 127 骨折患者に対する間欠的空気圧迫法の予防効果については、大腿骨近位部骨折に関す 128 るものがほとんどであり、他の部位の単独骨折に関する報告は少ない。また、抗凝固薬よ 129 りもDVT予防効果が低いとする報告もみられるが、海外においても抗凝固療法と比較した大 130 規模な検討は行われていない。 131 間欠的空気圧迫法の効果判定に際しての問題点は、装着に際してのコンプライアンスに 132 加えて、さまざまな機種があり、機種によって圧迫する圧が異なること、また研究により 133 装着時間が異なることである。このことが予防効果に対する一定の結果が得られない理由 134 と思われる。 135 <サイエンティフィック・ステートメント> 136 1) 間欠的空気圧迫法は、大腿骨近位部骨折ではコントロール群(予防法なし)と比較し、 137 全ての DVT を減少させる。しかし、各々の研究には方法論的欠陥があるため結果の判断 138 には注意を要する。(EV-IA、EV-IB) 139 2) 間欠的空気圧迫法は、骨盤・寛骨臼骨折に使用した場合、コントロール群と比較して 140 141 DVT の発生率には差がなかった。(EV-IB) 3) 予防的薬物投与のない大腿骨頚部・転子部骨折に対して、間欠的空気圧迫装置を使用し 142 たが、コントロール群と比較して DVT の発生率には差がなかった。 143 (EV-III、EV-IV) 144 <エビデンス> 145 (1) システマティックレビュー(Cochrane Database) 146 5 つの RCT における 487 人の大腿骨近位部骨折患者で機械的ポンプの DVT 予防の有効 147 性について検討された。3 研究では pneumatic sequential or cyclic leg compression 148 devices。2 研究では A-V impulse (foot pump)。 149 結果:IPC はコントロールと比べ DVT を有意に減少させた(16/221 (7%) versus 52/229 150 (22%); RR 0.31; 95%CI 0.19 to 0.51)。 6 151 しかし、DVT の診断法において I 125 fibrinogen(RI venography)やドップラー超音 152 波などが混在し、検出法などの基準が満足できる研究がない。DVT の検査時期が 2 研究 153 は 7−10 日目、1 研究は歩行できるまでとまちまちである。近位 DVT しか評価していない 154 にもかかわらず「すべての DVT」と記述されている研究もある。(EV-IA) 155 (2) RCT、231 例の股関節骨折術後に IPC ( pneumatic sequential leg compression 156 devices 大腿・下腿スリーブ) を装着した患者群で VTE の発生率が低下した。股関節骨 157 折 231 例、IPC 装着群 110 例、非装着群 121 例(DVT 発生率:IPC 装着群 0%、非装着群 158 5%:p= 0.03)(VTE 発生率:IPC 装着群 4%、非装着群 12%:p= 0.03)(EV-IB) 159 (3) 304 例の整形外傷患者(大腿骨近位部骨折/骨盤・寛骨臼骨折)に対して空気圧迫 160 装置(pneumatic sequential leg compression devices: PSLCDs)を用いて血栓塞栓症の 161 予防効果について研究した。 162 骨折は全て受傷後 24 時間以内に内固定手術が行われ、PSLCD は術後から歩行開始まで 163 装着。装着時間は診察時や入浴時を除き装着し、血栓塞栓症と診断された時点で除去し 164 適切な治療を開始。加圧は足関節で 45mmHg、下腿部で 35-40mmHg、大腿部で 25mmHg の 165 圧力、圧迫サイクル 71 秒、圧迫時間 11 秒。 166 静脈ドップラー検査は受診時と受傷後5日ごとに施行、duplex scan は術後3日と5日 167 目、換気血流シンチは術後5—10 日の間に施行。これらのスクリーニングで陽性の場合、 168 静脈造影 and/or 肺動脈造影を施行。研究のエンドポイントは肺塞栓 and/or 深部静脈血 169 栓症発生の有無とした。 170 血栓塞栓症の発生率はコントロール 11%に対して PSLCD 群は4%(p=0.02)と有意に 171 減少した。さらに、大腿骨近位部骨折群と骨盤・寛骨臼骨折群に分けて血栓塞栓症の発 172 生率を比較検討した。その結果、大腿骨近位部骨折群(コントロール群:121 例、PSLCD 173 群:110 例)では、コントロール 12%に対して PSLCD 群は4%(p=0.03)と有意に減少 174 した。一方、骨盤・寛骨臼骨折群(コントロール群:38 例、PSLCD 群:35 例)では、 175 コントロール群 11%に対して、PSLCD 群は6%と有意な差はみられなかった。結論とし 7 176 て、PSLCD は大腿骨近位部骨折では血栓塞栓症の減少に有益である。しかし、PE の発生 177 率はコントロール群6%、PSLCD 群4%で統計学的有意差はみられなかった。(EV-IB) 178 (4) 観血的治療を行った予防的薬物投与のない大腿骨頚部・転子部骨折 100 例を、間欠 179 的空気圧迫装置(IPC;AV impulse system 1 台とテルモ社のベノストリーム 2 台)使用 180 群 42 例と非使用群 58 例の 2 群にわけて、カラードップラー超音波検査で DVT 発生の有 181 無を調査した。術後 DVT を IPC 使用群 7.1%(3/42 例)、IPC 非使用群 15.5%(9/58 例)に 182 認めたが、両群に有意差はなかった(P=0.17)。 (EV level IV) 183 (5) 観血的治療を行った大腿骨頚部骨折患者。IPC 群と非施行群にわけて DVT の発生を 184 カラードプラーにて術前と術後 7 日目に施行した。IPC は入院時検査にて血栓が無い症 185 例について入院時から術後 4 日まで平均 8 時間装着した。結果、DVT の発生率は IPC 使 186 用群 37 例中 3 例(8.1%)、IPC 非使用群 58 例中 9 例(15.5%)であり、有意差はなかっ 187 た。 (EV level III) 188 <文献> 189 (1) DVT00911:Handoll HH, Farrar MJ, McBirnie J et al.:Heparin, low molecular 190 weight heparin and physical methods for preventing deep vein thrombosis and 191 pulmonary embolism following surgery for hip fractures. Cochrane Database Syst 192 Rev. 2004;(2). 193 (2) DVT00425:Fisher, C, Blachut, P, Salvian, A, et al 194 Effectiveness of Pneumatic Leg Compression Devices for the Prevention of 195 Thromboembolic Disease in Orthopaedic Trauma Patients: A Prospective, Randomized 196 Study of Compression Alone Versus no Prophylaxis. 197 Journal of Orthopaedic Trauma. 1995、9(1):1-7. 198 (3) DVT00615: Montgomery KD, Potter HG, Helfet DL: The detection and management 199 of proximal deep venous thrombosis in patients with acute acetabular fractures: 200 a follow-up report J Orthop Trauma 11(5):330-6, 1997 8 201 (4) 2006049636:超音波検査を用いた大腿骨頸部骨折周術期の深部静脈血栓症の発生頻度 202 とその予防:伊藤隆司(公立甲賀病院 整形外科), 元津康彦, 多田晴彦, 仲俣岳晴, 中部 203 日本整形外科災害外科学会雑誌, 2005、48(4):657-658. 204 (5) <文献番号>2005176271 205 伊藤隆司, 元津康彦, 多田晴彦ほか:超音波検査を用いた大腿骨頸部骨折周術期の深部 206 静脈血栓症の発生頻度及びその予防 207 洛和会病院医学雑誌. 2005、16 巻 84-87. 208 209 5. 間欠的空気圧迫法は骨折患者の PTE を減少させるか? 210 <解説> 211 人工関節手術では PTE の予防に間欠的空気圧迫法の有効性が示され、骨折患者において 212 も有意に PTE を減少させるとするシステマティックレビューがみられる。しかし、大腿骨 213 近位部骨折患者に対する予防効果については、システマティックレビューに採用されてい 214 る 5 つのそれぞれの RCT 研究では有意差は示されておらず、全てを総合すると初めて有意 215 差がわずかに出ている。このため、エビデンスとしては必ずしも高くないとされている。 216 <サイエンティフィック・ステートメント> 217 1) 間欠的空気圧迫法は、大腿骨近位部骨折患者の PTE を有意に減少させる可能性がある。 218 致死性 PTE に関しては減少するものの統計学的有意差はみられない。(EV level-IA, IV) 219 <エビデンス> 220 (1) Systematic review(Cochrane Database) 221 5 つの RCT における 487 人の大腿骨近位部骨折患者で機械的ポンプの PTE 予防の有効 222 性について検討された。3 研究では pneumatic sequential or cyclic leg compression 223 devices での検討。2 研究では A-V impulse (foot pump)での検討。それぞれの研究で 224 は有意差はなかった。5 研究を総合すると PTE を有意に減少させた(IPC 群 5/238 225 (2.1%) 、コントロール群 16/249 (6.4%):RR 0.40; 95%CI 0.17 to 0.96)。 9 226 一方、 致死性 PTE は減少したが、統計学的有意差はなし(RR 0.27; 95%CI 0.07 to 1.08)。 227 非致死性 PTE 評価したのは 1 研究のみ(Fisher 228 他の 4 研究では、致死性 PTE は評価あり。剖検での確認 2 研究。 229 5 研究それぞれでは、有意差はでていないが、全てを総合して初めて有意差がでてい 230 るため、エビデンスとしては弱い。 1995) 231 (2)大腿骨近位部骨折で手術を行った患者を受傷後 72 時間以内に手術し、DVT 予防のた 232 め術中もしくは術直後から PCD 3 種類(非波動型間欠的末梢循環促進装置、波動型間 233 欠的末梢循環促進装置、足底圧迫装置を混合使用)を使用。術後2−3日で車椅子移乗 234 とした。これらの患者の中から、22例を無作為に抽出し、術後1−2週後肺血流換気 235 シンチを施行した。症例は、男性3例、女性19例、年齢58−96歳(平均77.7 236 歳)であり、肺血流換気シンチを行わなかった症例と性別、手術法、手術時間に統計 237 学的差はなかった(症例数などの記載なし)。結果、術後肺塞栓症の発生は2例9%で 238 あり、2例とも無症候性であった。これは、同施設の 1997 年の発生率 40%と比較し 239 有意に減少した。(EV level-IV) 240 <文献> 241 (1)DVT00911:Handoll HH, Farrar MJ, McBirnie J et al.:Heparin, low molecular weight 242 heparin and physical methods for preventing deep vein thrombosis and pulmonary 243 embolism following surgery for hip fractures. 244 Cochrane Database Syst Rev. 2004;(2):CD000305. 245 (2) DVT01824:伊藤孝明,立花新太郎,武田裕介,川井利康,西間木徹也,青山貴子,中道健 246 一,弘田裕. 受傷後早期手術と末梢循環促進装置(pneumatic compression device)使用 247 により大腿骨近位部骨折術後の肺塞栓症の発生頻度は減少する. 骨折 26 2004 44-46 248 249 6. 間欠的空気圧迫装置の種類により、予防効果に差があるのか? 250 <解説> 10 251 下肢空気圧迫装置には、空気の入る気室の数や圧迫時間、圧迫サイクル、圧迫力の違 252 いによるもの、装着部位などにより様々な種類がある。比較的ゆるやかに圧迫する下腿の 253 マッサージ型 いわゆるintermittent pneumatic compression(IPC)では35-50mmHgの圧迫 254 力が多く、足底を急速に圧迫するいわゆるvenous foot pump(VFP)では130mmHgと強い圧迫 255 力が用いられている。これは足部の静脈容量が少ないため、圧迫力を強くしなければ静脈 256 還流量が増えないためである。静脈容量が大きい下腿を圧迫するcalf pumpに比較すると、 257 foot pumpによる静脈還流量は少ないとされている。また、VFPでは下腿筋肉内の静脈洞の 258 還流を促さないことから、最もDVTが起こりやすいヒラメ静脈の血液のうっ滞の防止にはな 259 らない可能性がある。 260 これらの理由により、それぞれの機種による比較検討がなければ、実際の効果は明らか 261 ではなく、特に外傷においては一定の結果が得られていない。 262 <サイエンティフィック・ステートメント> 263 (1)下肢外傷のない主要外傷患者(major trauma)に対する間欠的空気圧迫装置による 264 使用比較では、下腿・大腿圧迫装置(Kendall, SCD)は足底圧迫装置(Plexi Pulse) 265 に比較して DVT を減少させる。(EV level Ib) 266 (2)骨盤骨折または寛骨臼骨折患者に対する IPC 装置による使用比較では、大腿・下腿 267 の低圧連続型圧迫装置(Kendall, SCD)と下腿・足底の高圧拍動型圧迫ポンプ(Plexi 268 Pulse)で、DVT の発生率には明らかな差はない。 269 (EV level Ib) 270 (3)大腿骨近位部骨折・骨幹部骨折、骨盤・寛骨臼骨折患者に対する足底圧迫装置(AV 271 インパルス)と下腿圧迫装置の比較では近位 DVT の発生率には明らかな差はない。(EV 272 level Ib ) 273 (4) 大腿骨近位部骨折に対する IPC の装置による使用比較では、足底圧迫装置(AV イン 274 パルス)、下腿圧迫装置 (ベノストリーム) DVT の発生率には明らかな差はない。(EV 275 level III) 11 276 <エビデンス> 277 (1)下肢外傷のない主要外傷 ICU 患者(13 歳以上、創外固定やギプスをしておらず、24 278 時間以上生存し、入室する前 24 時間以内に受傷した患者で、24 時間以内に GCS<9 の頭 279 部外傷 and/or 主要外傷を持ち、72 時間以上ベッド上臥床が考えられる患者)を対象と 280 した。前向きにランダマイズした患者に、下腿大腿 IPC (Kendall, SCD Compression 281 System,)と、Foot pump(Plexi pulse)を装着し、弾性ストッキングは装着なし、抗凝固 282 薬使用患者は対象外とした。 283 8 日目に全患者で両下肢の超音波圧迫法を行った。 284 Foot pump の 62 例中 13 例(21.0%)に DVT、下腿-大腿 IPC の 62 例中 4 例(6.5%)に DVT 285 が認められ、有意差あり(p=0.009)。Foot pump の 13 例中 7 例は両側 DVT で、3 例(4.8%) 286 は近位型であった。下腿-大腿 IPC の 4 例は片側で、1 例が近位型であった。 287 (2)16 歳以上の骨盤・寛骨臼骨折患者(107 例)に対して、2つの装置を用いて DVT の 288 予防効果を比較した前向き RCT。大腿—下腿の低圧連続型圧迫装置(Kendall, SCD)54 例 289 と下腿—足の高圧拍動型圧迫ポンプ(PlexiPulse)53 例の2群。診断は、全例に超音波 290 と MRV を行った。 291 DVT の発生率は 10 例、19% VS 5例、9%であったが、統計学的有意差はみられなかっ 292 た。 (EV level Ib) 293 (3)大腿骨近位部骨折・骨幹部骨折、骨盤・寛骨臼骨折患者 117 例を Randomize に 68 例 294 に足底圧迫装置(Plantar compression device: P 群)を 49 例に下腿圧迫装置(sequential 295 gradient pneumatic compression device: S 群)を割つけた。P 群に 3 例近位 DVT を認 296 め(4%)、S 群には近位 DVT を認めず有意差なし。 297 (4)大腿骨近位部骨折に対する手術において、足底圧迫型の AV インパルスを使用した 298 57 例(A 群)と、下腿圧迫型のベノストリームを使用した 35 例(B 群)を対象に、術後 1 週 299 目に下肢静脈エコーにて DVT の有無を調べた。 300 DVT は AV インパルス群 4/57(7%)、ベノストリーム群 6/35(17%)に認めた。 12 301 文献に記載はないが Fisher の直接法では有意差なし。 302 <文献> 303 ( 1 ) G Gregory Elliott, M.D., Tina M Dudeny, M.D., Marlene Egger, PhD.et 304 al.Calf-Thigh Sequential Pneumatic Compression Compared with Plantar Venous 305 Pneumatic Compression to Prevent Deep-Vein Thrombosis after Non-Lower Extremity 306 Trauma 307 The Journal of Trauma: Injury, infection and Critical Care. 47(1):25-32, 1999 July. 308 (2)DVT01089:JP Stannard, RS Riley, MD McClenney,et al.: Mechanical prophylaxis 309 against deep-vein thrombosis after pelvic and acetabular fractures. JBJS, 2001、 310 83-A, 7, 1047-1051. 311 (3)DVT00658 312 Anglen JO, Bagby C, George R : A randomized comparison of sequential-gradient calf 313 compression with intermittent plantar compression for prevention of venous 314 thrombosis in orthopedic trauma patients: preliminary results. 315 Am J Orthop 27(1):53-58, 1998 316 (4)2007197668:田場健, 高田秀彰, 元津康彦ほか.大腿骨頸部骨折におけるフットポ 317 ンプの機種による深部静脈血栓症予防効果の比較.中部日本整形外科災害外科学会雑誌, 318 50(1), 173-174, 2007.01 319 320 7. 重症外傷患者に対する間欠的空気圧迫法の VTE 予防効果は? 321 <解説> 322 多発外傷や重症外傷に対する間欠的空気圧迫法の予防効果については、コントロール群 323 と比較して差がない。しかし、使用した機種、装着時間、併用した予防法などが各研究間 324 で異なるうえ、外傷の重症度も異なるため、システマティックレビューによる比較が困難 325 であることが指摘されている。 13 326 327 328 329 330 <サイエンティフィック・ステートメント> 1)重症外傷患者の VTE に対する IPC の予防効果は、コントロール群と比較して差がない。 (EV-IA, EV-II) 2)重症外傷患者において、IPC 単独予防と IPC と低用量未分画ヘパリンの併用では、DVT の発生率に差はなかった。(EV level II) 331 <エビデンス> 332 1) 合計 21 件の関連研究(無作為化対照試験 5 件、観察研究 13 件、および調査 3 件)が 333 見つかった。5 件の無作為化対照試験では、合計 811 名の患者が無作為に割り付けら 334 れた。観察研究には 3421 名の患者が参加した。4 件の無作為化対照試験および 4 件の 335 観察研究では、外傷患者のみが組み入れられた。対象集団および転帰が類似している 336 2 件の無作為化対照試験のメタアナリシスを実施したところ、静脈血栓塞栓症の発現 337 率は、圧迫器具・空気圧迫装置の使用とコントロールでは差はなかった。 (EV level IA) 338 2) 多発外傷(平均 ISS 30)と GCS8以下の頭部外傷患者 32 例に対する前向き研究。す 339 べての患者は人工呼吸器を必要とした。SCD (Venodyne)群14名、DVT の予防なし 340 群18名について、両下肢テクネシウム venoscans と換気 / 血流(V / Q)肺ス 341 キャンを入院6日目までに 1 回、その後1カ月間毎週施行。Venoscan で深部静脈に 342 filling defect が同定されたときは下肢静脈造影が行われた。結果:DVT/PE の発生 343 は IPC 使用群 344 II) 4/14 (28%)、コントロール群 4/18(22%)で有意差なし。(EV level 345 3) ICU 入室患者または重度脳外傷(GCS 8 点以下)、骨盤骨折(単純恥骨枝骨折を除く)、 346 下肢骨折、広範軟部組織損傷、手術が必要な腹部臓器損傷、胸部外傷、ISS16 以上の 347 重症外傷患者 200 例に対して毎週 1 回超音波検査を施行し下肢近位の DVT の検索を行 348 った。DVT 予防は、低用量未分画ヘパリン 5000 単位を 12 時間毎か 8 時間毎皮下注を 349 入院後出来るだけ速やかに開始。同時に、SCDs が両下肢に適用された。局所に外傷が 350 ある場合には、SCDs は上肢か下肢のつけられるところに装着。患者の 97.5%で SCD 14 351 を使用、46%に LDH を投与、45%で双方を実施した。その結果、低用量未分画ヘパリ 352 ンと SCDs の併用 90 例中 12 例(13%)、SCDs 単独 105 例中 14 例(13%)で DVT を検 353 出した。ISS16 点以上の重傷患者では、積極的な血栓予防療法を実施しても DVT 発症 354 率は高いままである。IPC 単独予防と IPC と低用量未分画ヘパリン併用では、DVT の 355 発生率に差はなかった。(EV level II) 356 <文献> 357 1) Limpus A. Chaboyer W. McDonald E. Thalib L.:Mechanical thromboprophylaxis in 358 critically ill patients: a systematic review and meta-analysis. [Review] [42 refs], 359 American Journal of Critical Care. 360 2) 2006 15(4): 402-10. DVT16823018 <文献番号>なし 361 Gersin, Keith, Grindlinger, Gene, Lee, Victor et al.:THE EFFICACY OF SEQUENTIAL 362 COMPRESSION DEVICES IN MULTIPLE TRAUMA PATIENTS WITH SEVERE HEAD INJURY. 363 of Trauma-Injury Infection & Critical Care. 1994、37(2):205-208. Journal 364 3) DVT00705 (EV level IV Case Series) :Velmahos GC, Nigro J, Tatevossian R et al : 365 Inability of an aggressive policy of thromboprophylaxis to prevent deep venous 366 thrombosis (DVT) in critically injured patients: are current methods of DVT 367 prophylaxis insufficient? J Am Coll Surg 1998, 187, 5, 529-533. 368 369 15
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