分子標的治療薬:各論 - Cancer Therapy.jp:コンセンサス癌治療

2.
分子標的治療薬:各論
(2)抗 EGFR 抗体
神戸大学大学院医学研究科内科学講座腫瘍・血液内科学分野
清田 尚臣
Naomi Kiyota
キシマブが適応となっている。
はじめに
体の治療標的となっている。ま
本稿では,それぞれの癌腫にお
た,大腸癌では EGFR の増殖シグ
ける抗 EGFR 抗体の位置づけと,
ナル伝達経路の下流にあるK-RAS
部癌においてその有用性が証明さ
使用上の注意点などについて解説
に変異がある場合には,抗 EGFR
れており,わが国でもすでに実臨
する。
抗体でシグナル伝達の最上流に位
抗 EGFR 抗体は,大腸癌や頭頸
置する EGFR 自体を阻害しても増
床で使用されている。抗 EGFR 抗
体には,IgG 1 サブクラスのヒト・
殖シグナルが伝えられてしまうこ
大腸癌における 抗 EGFR 抗体の有用性
マウスキメラ抗体であるセツキシ
マブと,IgG 2サブクラスの完全ヒ
ト型抗体であるパニツムマブとが
とがわかっている。このように,
K-RAS 遺伝子が野生型か変異型
転 移・ 再 発 大 腸 癌 に お い て,
かで抗 EGFR 抗体の効果予測がで
あり,転移・再発大腸癌に対して
EGFR(上皮成長因子受容体)は
きることは実際に臨床試験におい
はセツキシマブとパニツムマブ,
80%程度に発現しており,セツキ
ても証明されている。表1に転移・
頭頸部扁平上皮癌に対してはセツ
シマブをはじめとする抗 EGFR 抗
再発大腸癌において抗 EGFR 抗体
表 1 転移・再発大腸癌に対する抗 EGFR 抗体を用いた主な第Ⅲ相試験
試験名
初回治療
CRYSTAL
PRIME
二次治療
EPIC ※
181 試験
三次治療
CO.17
20020408
RR
K-RAS wild/mutant
PFS
K-RAS wild/mutant
OS
K-RAS wild/mutant
FOLFIRI
FOLFIRI + C-MAb
43% /40%
59%* /36%
21.0M/17.7M
24.9M/17.5M
FOLFOX4
FOLFOX4 + P-MAb
48% /40%
55% /40%
8.7M/8.1M
9.9M * /7.6M
8.0M/8.8M *
9.6M * /7.3M
19.7M/19.3M
23.9M/15.5M
4%
16%*
2.6M
4.0M *
10.0M
10.7M
10% /14%
35%* /13%
3.9M/4.9M
5.9M * /5.0M
12.5M/11.1M
14.5M/11.8M
BSC
BSC + C-MAb
0% /0%
13% /1%
4.8M/4.6M
9.5M * /4.5M
BSC
BSC + P-MAb
0% /0%
17% /0%
1.9M/1.8M
3.7M * /1.8M
7.3W/7.3W
12.3W * /7.4W
治療法
イリノテカン
イリノテカン+ C-MAb
FOLFIRI
FOLFIRI + P-MAb
RR:response rate,PFS:progression free survival,OS:overall survival
C-MAb:セツキシマブ,P-MAb:パニツムマブ,BSC:best supportive care,M:months,W:weeks
*
statistically significant
※登録患者全体の解析(K-RAS status によるサブ解析ではない)
128
7.6M/4.4M
8.1M/4.9M
コンセンサス癌治療 VOL.12 NO.3
表 2 転移・再発大腸癌に対する抗 VEGF 抗体を用いた主な第Ⅲ相試験
著者
治療法
RR
PFS
OS
初回治療
Saltz, et al
Saltz, et al
二次治療
Giantonio, et al
Arnold, et al
IFL + Placebo
IFL + BV
35%
6.2M
15.6M
45%*
10.6M *
20.3M *
FOLFOX/XELOX + Placebo
FOLFOX/XELOX + BV
49%
47%
8.0M
9.4M *
19.9M
21.3M
FOLFOX4
FOLFOX4 + BV
9%
22%*
4.5M
7.5M *
10.8M
13.0M *
CT ※
CT + BV(beyond progression)
3.9%
5.4%
4.1M
5.7M *
9.8M
11.2M *
RR:response rate,PFS:progression free survival,OS:overall survival
BV:ベバシズマブ,M:months,W:weeks
*
statistically significant
※ CT:standard second line chemotherapy(oxaliplatin or irinotecan based)
を用いた代表的な第Ⅲ相試験の結
果と K-RAS 遺伝子別のサブ解析
B.二次治療における抗 EGFR
抗体
頭頸部扁平上皮癌における
抗 EGFR 抗体の有用性
の結果を示す 1)。また,試験が行
表 1 の結果をみると,やはり抗
われた時期や使用できる薬剤の差
EGFR 抗体を上乗せすることで奏
もあるので横並びの単純比較はで
効割合や無増悪生存期間(PFS)
EGFR は 90〜100%に発現してお
きないが,抗 VEGF 抗体であるベ
の改善が認められている。しかし,
り,EGFR が過剰発現していると
バシズマブ(BV)を用いた代表
全生存期間(OS)の改善には結び
予後不良であることなどを根拠
的な第Ⅲ相試験の結果を参考とし
ついていない。一方で表 2 に示す
に,セツキシマブをはじめとする
て表 2 に示す。
ように二次治療における BV の上
抗 EGFR 抗体の治療標的となって
乗せ効果は OS の改善につながっ
いる。頭頸部扁平上皮癌では,セ
ており,また最近になって BV の
ツキシマブが局所進行例における
初回治療からの継続が全生存期間
放射線治療に対する上乗せ効果,
表 1 の 結 果 を み る と,K-RAS
の 改 善 に つ な が る こ と(BBP:
転移・再発例におけるプラチナ併
wild type に お い て FOLFIRI や
bevacizumab beyond progression)
用化学療法に対する上乗せ効果を
FOLFOX に 抗 EGFR 抗 体 を 併 用
も示されている。以上のことから,
示しており臨床応用されている。
することで良好な奏効割合が得ら
二次治療においても抗 EGFR 抗体
表 3 にそれぞれに対する代表的な
れている。このため,K-RAS wild
薬の併用は,積極的な腫瘍縮小に
第Ⅲ相試験結果を示す 4)5)。
type においては,とくに切除を考
よりメリットが得られるような病
慮できる肝転移を有する症例など
態(腫瘍縮小による症状改善や転
A.局所進行頭頸部扁平上皮癌
に対して積極的に抗 EGFR 抗体を
移巣切除の可能性)に考慮すべき
に対する抗 EGFR 抗体
併用すべきという考え方もある。
と考える。
A.初回治療における抗 EGFR
抗体
表 3 に示すように,セツキシマ
しかし,現時点で初回治療におけ
る標準治療である抗 VEGF 抗体:
ベバシズマブの併用とどちらがよ
頭頸部扁平上皮癌において
ブと放射線治療の併用は明らかな
C.三次治療における抗 EGFR
抗体
2)
3)
上乗せ効果が示されている。しか
し,本試験の対象は Stage Ⅲ / Ⅳ
いのか結論は出ておらず,個々の
表 1 の結果をみても,三次治療
の局所進行例であり,シスプラチ
患者背景を考慮して選択すべきで
において K-RAS wild type に対し
ン併用化学放射線療法がもっとも
ある。
て抗 EGFR 抗体を使用することで
標準的な治療法である。さらに,
OS を明らかに改善しており,そ
プラチナ併用化学放射線療法の有
の使用についてもっとも異論のな
用性はメタアナリシスによっても
いところである。
示されており,セツキシマブ併用
129
特集 ■ 分子標的治療薬の使用手引き 2013
表 3 頭頸部扁平上皮癌における抗 EGFR 抗体を用いた第Ⅲ相試験結果
著者
治療法
RR
局所進行例
Bonner, et al
転移・再発例
Vermorken, et al
RT alone
セツキシマブ+ RT
64%
74%*
CT ※
CT +セツキシマブ
20%
36%*
PFS
OS
3-year rate
3-year rate
31%
42%*
55%*
median
median
3.3M
5.6M *
7.4M
10.1M *
45%
RR:response rate,PFS:progression free survival,OS:overall survival,M:months,W:weeks
*
statistically significant
※ CT:platinum based chemotherapy(cisplatin or carboplatin plus 5-FU)
表 4 抗 EGFR 抗体薬による皮膚症状に対する処方例
皮膚症状
皮膚乾燥
痤瘡様皮疹
爪囲炎
使用薬剤
ヘパリン類似物質:ヒルドイドソフト ®
ベースのスキンケアに用いる
備考
尿素配合剤:ウレパール ®
同様であるが,創があるとしみることがある
抗ヒスタミン薬:アレロック ® など
皮膚乾燥に伴う痒みに対して
ステロイド軟膏
Medium:ロコイド ®,アルメタ ® など
出現部位により強度を変える
顔面を含めて使用可能。軽症向き
原則的に顔面以外。皮疹が強い場合
Very strong:マイザー ® など
ミノマイシン ® 100〜200 mg/day
皮疹が出現すれば早めに使用
予防的に用いてもよい
ステロイド軟膏
Strongest:デルモベート ® など
長期的に難渋するため早めに介入する
腫脹部,肉芽部に使用
爪が肉芽部分に当たらないように巻く
テーピング
放射線療法が同等であるかについ
が標準治療である。
クリームの予防的塗布と,積極的
ては結論が出ていない。一方でシ
スプラチンを併用するよりもセツ
キシマブのほうが毒性は軽く,忍
容性が高いという報告もあるた
抗 EGFR 抗体に特徴的な
副作用とその対策
なステロイド含有軟膏の使用が勧
められている。また,テトラサイ
クリン系抗菌薬の抗炎症効果を期
め,現時点ではプラチナ系抗癌剤
A.皮膚症状
待した予防投与の有効性を示す報
が耐用困難な臓器障害を合併する
1)
痤瘡様皮疹
告もあり,ミノサイクリンも併用
症例や高齢者などが主な対象とな
治療開始後 1〜2 週目で出現す
する場合が多い。表 4 に皮膚症状
ると考える。
B.転移・再発頭頸部扁平上皮
癌に対する抗 EGFR 抗体
転移・再発頭頸部扁平上皮癌に
130
上記のような皮膚症状には保湿
る典型的な皮膚症状。皮疹の程度
に対する処方例を示した。
と治療効果が相関するということ
こうした対応を行っても皮膚症
が大腸癌でも頭頸部癌でも報告さ
状の管理に難渋する場合には適宜
れている。このため,皮疹のコン
休薬,減量を考慮するとともに,
トロールは非常に重要といえる。
早めに皮膚科医にコンサルトする
対する緩和的化学療法の治療成績
2)
皮膚乾燥・亀裂
は不良であり,永らく生存を明ら
治療開始後 3 週目くらいから出
かに改善する併用化学療法は見出
現する。皮膚乾燥には瘙痒感を伴
B.低マグネシウム血症
されてこなかった。しかし,表 3
うこともあり,皮膚亀裂を生じる
倦怠感,不眠,筋痙攣,痺れ,
に示すように見なし標準といえる
と痛みがあり QOL の低下を招く。
ことが肝要である。
QT 延長などをきたすことがあり,
シスプラチン /5-FU に対するセツ
3)
爪囲炎
定期的に採血を行いモニタリング
キシマブの有意な上乗せ効果が証
治療開始後 4 週目くらいから出
する必要がある。とくに頭頸部癌
明された。このため,現在ではシ
現する。これも痛みを伴うため早
においてシスプラチンと併用する
スプラチン /5-FU +セツキシマブ
めの対応が必要になる。
場合には注意が必要である。
コンセンサス癌治療 VOL.12 NO.3
C.Infusion reaction
2)
重症(Grade 3 以上)
●文献
ヒト・マウスキメラ抗体である
呼吸困難,低血圧や意識消失な
1)
Van Cutsem E, et al : Cetux-
セツキシマブでは 10%程度に認
どのショック症状を伴うような場
められ,2%程度で重症となると
合には,直ちに投与を中止すると
いう報告がある。これに対して完
ともに適切な薬物治療(アドレナ
全ヒト型抗体であるパニツムマブ
リン,β刺激薬吸入,抗ヒスタミ
では 2%程度と頻度は低く,重症
ン薬,ステロイドなど)を行う。
となることはほとんどない。
原則的に再投与は行わない。
作によって生じるhypersensitivity
reaction と 異 な る と こ ろ で あ る。
initial treatment for metastatic colorectal cancer. N
Engl J Med 360 : 1408〜17,
2009.
2)
Amado RG, et al : Wild-type
KRAS is required for panitumumab efficacy in patients
Infusion reaction は初回に生じ
ることがもっとも多い。これが感
imab and chemotherapy as
with metastatic colorectal can-
おわりに
大腸癌の領域だけでなく,頭頸
cer. J Clin Oncol 26 : 1626 〜
34, 2008.
3)
Karapetis CS, et al : K-ras
このため理論的には再投与は可能
部癌に対しても抗 EGFR 抗体が使
であるが,実際には以下のような
用できるようになり,治療効果の
cetuximab in advanced
対応をとることが多い。
改善とともに治療オプションが増
colorectal cancer. N Engl J
1)
軽症〜中等症(Grade 1〜2)
えることは患者にとって非常に喜
まず投与を中断する。状況に応
ばしいことである。この抗 EGFR
じて,NSAIDs,抗ヒスタミン薬
抗体を臨床の現場で使用するにあ
やステロイドを投与する。これら
たり,本稿がその一助になること
に反応が良好であれば慎重に再開
があれば幸いである。
mutations and benefit from
Med 359 : 1757〜65, 2008.
4)
Vermorken JB, et al : Platinum-based chemotherapy
plus cetuximab in head and
neck cancer. N Engl J Med
359 : 1116〜27, 2008.
もしくは再投与可能である。改善
5)
Bonner JA, et al : Radiother-
しない場合や再燃する場合には投
apy plus cetuximab for squa-
与を中止する。
mous-cell carcinoma of the
head and neck. N Engl J
Med 354 : 567〜78, 2006.
131