2000.M2.1.6. 直脱ロングラン技術の研究開発 (直脱ロングラングループ) ○出井 一夫、水谷 喜弘、清野 正夫、海老原 猛 柴田 均、 加藤 芳範、水谷 洋、 千代田範人 1.試験研究の内容 本研究開発は、需要に合致した石油製品の安定供給及び国際競争力のある製油所構築のため、 既存の(固定床式)直脱装置で長期間、安定的に低硫黄重油を製造できるロングラン技術を確立 することを目的とし、そのために次の触媒およびプロセス開発を実施する; (1)1次処理として、新規前処理(脱メタル)触媒を開発する。 (2)2次処理として、新規脱硫触媒を開発する。 (3)新規前処理(脱メタル)触媒と脱硫触媒の最適組み合わせ技術の開発により、 ロングラン触媒プロセスを構築する。 図1−1に開発技術完成時の概念図を示す。 具体的な目標値としては、現行の直脱触媒に対して、 (1)アルミナ系前処理触媒の耐メタル性(金属許容量)を1.2倍以上向上させる。また、 炭素系前処理触媒の工学的性状を既存装置での実用レベルまで向上させる。 (2)脱硫触媒の触媒活性を1.5倍向上させる。 (3) 上記の開発触媒を用い、中東系常圧残油をベースとする現行直脱プロセスに対して、 既存の直脱装置を有効活用することにより1.5倍期間のロングランを達成する。 (4) もしくは、既存の設備に前処理装置を付加した組み合わせ触媒プロセスシステムによ り2倍期間のロングランを達成する。 今年度は、研究開発の初年度であることから以下の検討を実施した。 1.1 触媒開発 前処理触媒及び脱硫触媒開発のための基礎研究として、材料(担体)及び新規活性成分の探索 を実施する。また、触媒試作を実施し、既存マイクロ反応装置を用いて初期活性(耐コーク性) 及び耐メタル性(金属許容量)に関する1次スクリーニングを実施した。 1.2 プロセス検討 従来の直脱装置に大幅な改良を加えることなく、触媒活性及び劣化挙動を改善できる新規なプ ロセスを開発するため、既存ミゼットプラントにより反応促進剤の添加効果に関する基礎データ を採取した。 1.3 推定技術検討 ロングラン(触媒劣化)シミュレーション構築のための基礎データを採取するため、触媒組み 合わせシステムにおける触媒劣化データの解析ならびに使用済み触媒の分析による触媒劣化因子 の定量化検討を実施した。 1.4 分析的検討 試作触媒および使用済み触媒の性状分析を行うとともに、機器分析装置による触媒のキャラク タリゼーションを実施した。また、原料油及び反応生成油の詳細分析を実施し、特に難反応性物 質であるアスファルテン分についてNMR等を用いて平均構造解析を実施した。 2.試験研究の結果と解析 2.1 触媒開発 本年度は、直脱ロングラン用触媒として必要な触媒機能の基礎データを収集するとともに、前 処理触媒および脱硫触媒の試作を実施し、想定した反応条件における触媒活性を知るためのスク リーニング実験を実施した。ここでは、前処理触媒の開発検討について報告する。 前処理触媒の金属許容量の向上を目的に新規成分の探索を行った。一般に触媒の金属許容量を 向上させるためには、触媒の細孔径や細孔容積を向上させることが好ましい。しかし、細孔径や 細孔容積が増加するにつれ、触媒強度は減少する傾向にある。触媒強度が低下すると触媒は壊れ やすくなるため、配管の閉塞やΔPの上昇等を引き起こし、運転継続に支障をきたす。そのため、 触媒強度には実用上の下限値が存在するため、触媒の金属許容量向上を目指し、細孔径あるいは 細孔容積を大きくすることには限界があった。これまでの検討により、アルミナ担体に弱酸性質 成分を付与することにより、触媒強度を向上させ、細孔径を大きくすることが可能であることが 分かった。今回は更なる大細孔径化を目指して検討を行った結果、アルミナ担体に新規成分を添 加することにより、これまで以上に大細孔径化が可能であることを見出した。図2−1に触媒の 平均細孔径と触媒強度の関係を示す。新規成分を添加し触媒担体を改良した触媒は、触媒強度を 維持したままこれまで以上に大細孔径化が可能となった。 そこで、この大細孔径化が可能となった新規担体触媒を用いて、触媒細孔径と耐メタル性(金属 許容量)の関係をボスカン原油による加速劣化試験法により評価した。用いた新規担体触媒は、 平均細孔径を従来のアルミナ系基準触媒より大きなところで変化させた触媒A∼Dの4種類によ り検討した。ここでは、触媒A∼Dの順序で平均細孔径が大きくなるよう調製した。各触媒にお ける金属許容量の評価結果を図2−2に示す。 図2−2 平均細孔径の違いによる耐メタル性(金属許容量)の比較 原料油:ボスカン原油、反応温度:一定、LHSV:一定 これより、平均細孔径を基準触媒より大きくした新規担体触媒は、全ての触媒で金属許容量が 基準触媒より大幅に増加した。更に、その増加率は触媒細孔径によって異なり、あるところまで は平均細孔径の増加に伴って金属許容量も向上するが、それ以上の大細孔径になると金属許容量 が低下する傾向にあることが確認された。また、触媒A∼Cの金属許容量は基準触媒の 1.2 倍以 上であり、実験室レベル触媒ではあるが目標値をクリアでき、前処理触媒として非常に有望であ ることが示された。 次に、この時の各触媒の脱硫率、脱アスファルテン率、脱残炭率に推移を図2−3∼5に示す。 これらの触媒活性についても上記と同様の傾向が確認され、平均細孔径を大きくするに従い、そ れぞれの活性が向上するが、更に大きくしていくと活性が低下する傾向にあった。以上の結果か ら、前処理触媒として有効に働く触媒物性(平均細孔径)には最適値が存在し、これらの精密制 御が重要であることが示唆された。 2.2 プロセス検討 新規プロセスとして反応促進剤の添加効果を把握するため、既存ミゼットプラントを用いて長 期寿命試験を実施した。ベース原料油として中東系常圧残油を用い、生成油硫黄量が一定となる ように反応温度を調整しながら運転を行った。運転の途中で反応促進剤をベース原料油に添加し、 その前後での触媒活性及び劣化挙動に関するプロセスデータを採取した。触媒系は初期劣化の影 響期間を短縮するため、安定化処理を施した触媒系を使用した。結果を図2−6に示す。 運転開始後、約10日間で要求温度は安定し、その後は一定の劣化挙動を示した。約50日間、 原料油として中東系常圧残油のみを用いて、触媒活性及び劣化挙動に関するベースデータを採取 した。約50日以降、中東系常圧残油の通油量に対して所定量の反応促進剤を添加し、その後、 約100日間継続してプロセスデータを採取した。 図に示すように反応促進剤添加以降、生成油硫黄量を一定とするために必要な反応温度である 要求温度の推移は除々に低下し、要求温度の改善が確認された。このことから、反応促進剤を添 加することにより脱硫活性が大幅に向上することが分かった。 また、触媒の劣化速度を示す要求温度の推移について反応促進剤添加前後で比較した。その結 果、反応促進剤を添加することにより触媒劣化速度は約 1/2 に減少しており、触媒劣化挙動が大 幅に抑制されていることが確認された。 以上のことから、今回検討した反応促進剤は触媒活性の大幅な向上ができ、更に触媒劣化挙動 も抑制できることが分かった。 2.3 推定技術検討 直脱触媒における活性劣化の原因として、触媒上に堆積したNiやV等の金属分と析出コーク とが考えられている。そこで、まず触媒上に堆積する金属分の堆積推移について推定式の作成を 検討した。10種類の使用済み触媒系について、触媒床を5等分あるいは10等分し、各触媒に ついて堆積金属量を測定した。その結果、何れの触媒系においても堆積金属の推移は同様の傾向 であり、触媒床の位置xに対して式2−1で整理できることが分かった。 Mx=f(Fm,Hm,D)x ・・・(式2−1) ここで、Mx=触媒床の位置xに対する堆積金属量、Fm=原料油中の金属分、Hm=触媒系 のHDM活性、D=反応日数を示す。この時のフィッティング結果の一例を図2−7に示す。図 に示すように分析値と推定値は非常に良い一致を示すことが分かる。 次に、 この推定式を用いて1.5倍期間ロングランを行った場合の金属堆積量の推移を基準系と 比較し、その違いについて検討した。推定した結果を図2−8に示す。 図2−8に示したように開発目標期間系では基準期間系に比較し、触媒床全体で堆積金属量が 増加することが推定された。特に触媒床前段部分の30%程度で堆積金属量が大幅に増加するこ とが示唆された。よって、この部分に充填される触媒の耐メタル性(金属許容量)を大幅に向上 させることが必要となる。一方、触媒床の後段部分では開発目標期間系でも基準期間系と比較し、 大きな増加は見られず触媒床の最後段部分では基準系触媒の耐メタル性でも対応可能であること が推定された。 以上のことから、直脱ロングランに対応した触媒系を開発するためには、触媒の耐メタル性及 び脱硫活性の向上を図ることの他、堆積金属量を考慮した触媒組み合わせ系(触媒の種類、比率 等)の最適化を検討することが重要であることが示唆された。 2.4 分析的検討 (1)触媒のキャラクタリゼーション 1次スクリーニングの結果、新規前処理触媒として有望なことが示された新規担体触媒につい て、添加した新規成分がアルミナ担体中でどの様な状態で存在しているのか、機器分析的手法に より検討した。 まず、X線光電子分光分析装置(XPS)により新規成分の触媒粒子表面における状態の分析 を実施した。また、Arイオンによるエッチングを行い深さ方向の分析も検討した。結果を図2 −9に示す。 XPSによる表面分析の結果、その結合エネルギーの値から添加した新規成分は添加量によら ず、2価の状態で存在していることが分かった。また、Ar+エッチングによる深さ方向分析の結 果、添加した新規成分は触媒粒子表面に非常に多く存在し、エッチングが進むにつれその存在比 率は減少する傾向にあることが確認された。これらのことより、添加した新規成分は触媒粒子表 面近傍に2価の状態で偏析していることが分かった。 次に触媒粒子の形態観察を行うため、走査電子顕微鏡(SEM)による分析を実施した。触媒 粒子の形態撮影結果を図2−10に示す。この結果より、新規成分を添加した触媒の粒子は従来 アルミナ系触媒に比較し、触媒粒子の一つ一つが大きい傾向にあり、また触媒粒子表面での凹凸 が多く、非常に不均一な状態であることが観察された。 100nm 新規担体触媒 従来アルミナ系触媒 図2−10 SEMによる触媒粒子形態の比較 以上の結果から、添加した新規成分は触媒粒子表面近傍に2価の状態で偏析して存在し、触媒 粒子の表面性状を変化させていることが示唆された。新規成分を添加することにより、この触媒 粒子表面での性状変化が引き起こされるため、新規前処理触媒系はこれまでにない特異的な性状 を示したと考えられる。 (2)生成油のキャラクタリゼーション 反応促進剤の検討において用いた原料油及び生成油のキャラクタリゼーションを行い、 反応促進剤の添加効果を化学構造の違いから明らかにすることを目的とし、特に難反応性物質で あるアスファルテン分の構造に着目して検討を行った。 試料は JPI 法により分取したアスファルテン分とし、プロトン核磁気共鳴(1H-NMR)及びカー ボン核磁気共鳴(13C-NMR)を用いた電算法により平均構造解析を行った。原料油及び生成油中の アスファルテン分の平均構造モデルについて図2−11に示す。 この結果、反応促進剤を添加することにより生成油中のアスファルテンは、芳香族シート中の 芳香族骨格への水素化が進行していることが分かった。アスファルテンへの水素供与能の不足、 あるいは熱分解が支配的である時にはアスファルテン中の水素が移行するためアスファルテン自 体の炭化が進行し、コーク生成が促進される。また、比較的重質なアロマやレジンの反応中間体 が重合してアスファルテンを形成する場合もコーク生成が促進される。これらのことから、反応 促進剤を添加することにより、芳香族骨格への水素供与が進行するため、コークの生成が抑制さ れることにより、触媒の劣化挙動が改善されたものと推察される。 3.試験研究の成果 3.1 触媒開発 直脱ロングラン用触媒開発のため、新規触媒を設計・試作し、マイクロリアクターにより初期 脱硫活性及び耐メタル性について1次スクリーニングを実施した。その結果、前処理触媒として 非常に有望な新規担体触媒を見出した。 3.2 プロセス検討 新規直脱プロセスとして、反応促進剤の検討を実施した。その結果、反応促進剤を添加するこ とにより触媒活性を向上できることを確認した。更に、触媒劣化挙動も改善され、触媒劣化速度 が約 1/2 に抑制されることが明らかとなった。 3.3 推定技術検討 触媒の活性劣化を引き起こす堆積金属分について定量的に分析・解析することにより触媒床の 位置に対する堆積金属量の推定式を構築した。また、この推定式から開発目標期間運転時の堆積 金属量の推移を導き、目標触媒組み合わせ系(触媒の種類、比率)の最適化に関する知見を得た。 3.4 分析的検討 直 脱 ロ ン グ ラ ン 用 前 処 理 触媒と して 有望 な新 規担 体 触 媒に つ い て 、 触 媒 担 体 に 添加 し た新規成分の存在状態について検討した結果、添加した新規成分は触媒粒子表面近傍に偏析して 存在し、表面性状を特異的な状態にしていることが示唆された。 また、反応促進剤の添加効果を解明するため、原料油及び生成油中のアスファルテン分につい て平均構造解析を検討した結果、反応促進剤を添加することでアスファルテン中の芳香族骨格へ の水素化が進行しており、このことが触媒の劣化挙動を改善していることが示唆された。 4.まとめ 4.1 平成11年度の研究開発 直脱ロングラン用触媒の開発検討を行い、従来のアルミナ担体に新規成分を含有し改良するこ とにより、耐メタル性(金属許容量)に優れ、新規前処理触媒として有望な新規担体触媒の開発 に成功した。この新規前処理触媒についてキャラクタリゼーションを行い、加えた新規成分の触 媒中での存在状態を明らかにし、触媒物性向上に関する知見を得た。 また、直脱原料油に添加することにより、触媒活性の向上及び触媒劣化挙動の抑制が可能な反 応促進剤を見出し、新規直脱プロセスとして有望であることを確認した。このような反応促進剤 の効果は、生成油の詳細分析の結果、難反応性物質であるアスファルテンの水素化が進行してい ることによると示唆された。 更に、触媒劣化データの定量的解析を実施し、触媒床の位置に対する堆積金属量の推定式を作 成し、ロングラン触媒系における最適化触媒組み合わせ系に関する知見を得た。 4.2 今後の課題 (1)触媒開発 前処理触媒及び脱硫触媒の改良・開発検討を実施するとともに、前処理触媒として有望な 新規担体触媒の工業規模試作を実施し、その触媒性能について把握する。 (2)プロセス検討 触媒活性の向上及び劣化挙動の抑制が可能な反応促進剤に関し、長期寿命試験を継続し、 詳細なプロセスデータを採取し、新規直脱プロセスの検討を実施する。 (3)推定技術検討 ロングランシミュレーション法構築のため、触媒劣化因子の定量化検討を実施するととも に、前処理装置および触媒組み合わせ系の最適化検討を実施する。 Copyright 2000 Petroleum Energy Center all rights reserved.
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