減七の和音 ・VII の和音

減七の和音
減七の和音
減七とは短七度をさらに半音縮めた音程であり、異名同音では長六度と等しい。
「減七の
和音」と言えば最低音から短三度の音程で順に四つの構成音を積み重ねたもので、その音
度は “1 - ♭3 - ♭5 - ♭♭7” となる。
C を最低音とする減七の和音
♭♭7 の短三度上は 8 となって、この和音は循環することが分かる。ただ、すべての隣り
合う構成音の音度が短三度であるため、四つの構成音が公平な立場にあるという特徴があ
る。例えば、C-Es-Ges-Bes の和音 “C を根音とする減七の和音” の第一転回形は、C
の和音の転回形と言うよりは、むしろ “Es を根音とする減七の和音”と読める。同様に、第
二転回形・第三転回形はそれぞれ Ges, Bes を根音とする減七の和音である。こうした極めて
特殊な性質により、減七の和音を使えば C, Es, Ges, Bes の間の転調を容易に行うことが出
来る。転調については後述するが、この特徴は念頭に置くべきである。
・VII の和音
減七の和音として最もよく出てくるのは VII の和音である。例えばハ長調ならば、VII を
最低音とする三和音 H - D - F は既に短三度を二つ積み重ねた形になっているので、
これにあと一つだけ短三度を重ねて H - D - F - As とすれば減七の和音になってし
まうからである。この四つの構成音はすべて旋律的ハ短調音階に含まれるから、短調の場
合にはもっと自然に出てくることになる。
(ただしバッハ以降の作曲家達は長調においても
同主短調からの借用和音としてこの減七の和音を多用したため、長調においても決して珍
しいものではない。
)
VII○7 は、構成音のうち三つが半音の順次進行によって I に至るため(前出のハ長調なら
ば H-C、F-E、As-G)
、強いドミナント機能を持つ。また、VII○7 → I の解決進行において、
VII○7 に含まれる二つの減五音程(前出のハ長調ならば H-F、D-As)がどちらも内向きに
進行して I に至るという点も特徴的である(次譜例)
。
VII○7 → I の解決進行
・減七の和音と他の和音の関係
減七の和音は V7 の和音で根音以外をすべて半音下げて作ることも出来る。機能和音の理
論においては、通常、V9(9 の和音の根音省略)と考える。この解釈は現在では広く受け
容れられており、減七の和音がドミナント機能を持つこととも整合するが、 “根音省略” な
どという苦しい理解の仕方は 19 世紀中頃にドイツで機能和声論が理論的に整備された頃に
考案された方便であり、バロック期から一貫して用いられてきたにも関わらず基本三和音
や七の和音とは著しく性質の異なる減七の和音をどのように考えるべきか、バロック期~
ロマン派音楽期を通じて音楽理論家達は苦労し続けてきたというのが真相である。
減七の和音を VII の和音と考える方法も同様に後付け的な解釈であり、和声進行上の機
能という点ではそうした解釈にも一定の合理性があるものの、減七の和音の構成音がどれ
も対等な関係にある(転回形もすべて減七の和音になる)という構造上の性質に関わらず、
あえて構成音の中から導音だけを特別視する解釈は、やはり一面的な見方であると言って
もよいであろう。 “属九の和音の根音省略” という解釈はアメリカの作曲家・音楽理論家ピ
ストン (Walter Hamon Piston Jr., 1894-1976) が広めたものだが、これに対してはオース
トリアの機能和声論の大家シェンカー (Heinrich Schenker, 1868-1935) が異議を唱えて
いる。シェンカーによれば、属和音から派生した和音には一定の共通する性格があるとは
言えるものの、九の和音は和声的に適正な和音構造ではないということである。機能和声
論の元祖とも言えるラモー (jean-Philippe Rameau, 1683-1764) は独自に提唱した仮定法
(supposition) の理論で説明をしようとした。仮定法とは三和音もしくは七の和音に付加音
を足していくことで 9 の和音や 11 の和音を説明しようとした試みで、例えば F - A - C - E G - H という 11 の和音はラモーによれば実質的な根音は C(C 以上の和音は C の七の和音)
で、F と A は下方への付加音、F は仮定バス (supposed bass) ということになる。現在で
は同じ F11 の和音は F を根音とし、E までの七の和音が本質的であって G と H は非和声的
な付加音(横の流れの中では経過音になる)と解釈する方が普通である。ラモーによれば、
減七の和音は属七の和音の根音を、短六度の仮定バスと置換することで得られると解釈す
る。例えば H○7 は G7 の根音 G を C:vi である As と置換したものだと考える。ラモーの理
論によっても VII○7 は V の改変和音と解釈されるから、ドミナント的な性質を説明でき、
一応の辻褄は合う。しかし、現在では仮定バスの概念は完全に廃れている。
様々な理論家によって異なる解釈が与えられてきたという歴史を見れば、減七の和音を
既存の枠組みに当てはめて解釈しようとする視点と並んで、減七の和音の持つ第三極的な
独自の性質をそのままの形で鑑賞する視点にも意味があるように思われる。恐らくバロッ
ク期の巨匠達は、和声理論的な解釈とは関係なく、減七の和音の持つ響きの性質そのもの
と正対し、減七の和音を駆使していたのであろうからである。
なお、減七の和音が含む四つの構成音のうち、どれかひとつでも半音上げると「半減七
の和音」となり、どれかひとつでも半音下げると「七の和音」になる。
・倚音としての減七
#II○7 (C: Dis - Fis - A - C) は、 I へ連結する場合がおおい。同様に、#VI○7 (C:
Ais - Cis - E - G) は V へ連結する。これらの和音には I や V に対する導音を含んで
いないため、ドミナント類(V に対してはドッペル・ドミナントとして)であると考えるに
は無理があり、
「典型的な倚音(アポッジャトゥーラ)である」と考える。
・経過和音としての減七の和音
ジャズの進行でよく用いられる経過和音だが、III もしくは Ib から II へ至る途中に、
♭III○7 が挿まれることがある。これは経過和音として、特に深い意味は無い減七の和音で
ある。
経過和音としての減七の和音
・#IV○7
#IV○7 は、VII○7/V とも考えられるので重要である。ドミナントへ進行するための軸足
として#IV○7 を用いることはよく行われる手法である(減七の和音と転調については後述)
。
また、I に対する増四度は “悪魔の音程” と言われた不快な音程であり、強烈におどろおど
ろしい効果を醸し出す。ジャズ、ラグタイム、ゴスペルなどではサブドミナントからドミ
ナントへ進行する途中に、サブドミナント類としてもしくは経過和音として IV - #IV○7
- V7 もしくは IV - #IV○7 - Ic - V いう進行で用いられることが多い。
IV - #IV○7 - V7 - I の例
・#II○7
#II○7 は VII9 だと考えることが出来るが、これは V7 の代理和音になりうる。例えばハ長
調で#II○7 は Dis - Fis - A - C であるが、これは I と C を共通音として持ち、他の三つの構
成音も順次進行によって I の構成音に至り得る隣接音である。このように「①他の和音の根
音を共通音として持ち、②他の構成音は順次進行で変化できるような隣接音から構成され
ており、③万一必要な場合でも外声部は跳躍進行しない」という特徴を備えた減七の和音
を common tone diminished seventh
seventh chord と呼び、しばしば CT○7 と書かれる。common
tone とは、根音を共有していることからの命名である。
ハ長調における CT○7
これらは典型的には次のような進行が可能で、I へ進行することからドミナント的に用い
られている。
滑らかな順次進行を基本とする
根音は I と共通しているので、バス声部は動く必要が無い。他の声部では隣接音への順次
進行が基本で、これによって “一瞬、和音がブレたような感じになる” という効果を生む。
上例で、最も声部進行が滑らかな例は、I の第五音重複形に進行していることに注意。また
CT 減七和音は根音配置から和音を揺らすだけでなく、転回形とともに用いても効果的であ
る。
#II○7 は勿論#VII○7/V、#VII○7/III といった副次和音としての読み替えも可能であるが、
普通は副次和音としての機能(つまり和声的に導音を担つ役割)は持たないと考える。む
しろ、声部の横の動きによって形成された偶成和音と見るのが普通である。つまり譜例の
ように I の和音が一回 “ブレて” #VII○7 となり、また I に戻るという使用が一般的なのであ
る。ジャズではよく用いる和声だが、チャイコフスキーが『花のワルツ』で用いたように、
クラシック音楽でも効果的に用いられる場合がある。#II○7 が用いられるのは典型的には長
和音だけであることにも注意。
同様に、#VI○7 は V に対する偶成装飾和音として用いられる。
・転回形
和声論の解釈では減七の和音の根音を仮に導音とする場合があったりするが、実態とし
てどの転回形でも構成音同士の音度が一定となる減七の和音では、根音がどれかはっきり
しない。そのため、第何転回形だという分析にはあまり意味がない。しかし、異名同音を
認めれば、この調性感が不定であるという性質は逆に転調に利用できる。例えば、Gis○7 の
第一転回形は、Gis と As の異名同音を認めれば H○7 と同一であるから、この和音を軸にす
れば Gis から H への転調(Gis○7 を a: 、H○7 を c:
、と考えれば a から c への転調)が
容易に行える。減七の和音と移調・転調については後述する。
・減七の和音と転調
実は、減七の和音が調性音楽において本領を発揮するのは転調・移調の軸としての機能に
おいてであり、本稿でも以下の記述が最も重要になる。まず、減七の和音の転回形に出て
くる増和音を、異名同音の減和音に読み替えることで転調の足がかりを作ることが出来る。
減七の和音と異名同音を組み合わせるという点がポイントである。
第一転回形を読み替えて行くと、短三度上の調性へ転調できる
この性質はすなわち、ある調(短調)における減七の和音は、そこから短三度ずれた調
における減七と異名同音の関係にあるということである。結局、減七の和音には 12 種があ
るが、異名同音のものをまとめると 3 種しかないことになる。
(ただし、音符の下に書かれ
た調性名は、それぞれの減七の和音を、その調性における
と見なした場合の調性を書い
てある。
)
上の表中に見える ges moll なぞという調は調性としては変則的で、fis moll を用いるのが
普通であるが、調号にも異名同音を認めれば次表のように、上の表と同じ減七の和音をさ
らに異なる調号に書き換えることが出来る。
三重以上の多重シャープや多重フラットを認めれば、こうした異名同音の調はいくらで
も増やすことが出来るが、12 種類もあれば普通は十分である。音符の上に示した数字は、
仮に異名同音の和音を分類したグループ名である22。
1.
a: c:
es: ges: (bes: his: dis: fis:)
2.
b: des: e:
g:
(ais: cis: fes : ases :)
3.
h: d:
as:
(ces: eses: eis: gis:)
f:
三つのグループは、それぞれ平行に移調しただけの関係にあるから、和声的な特徴はひ
とつのグループに関してだけ考えれば十分である。第一グループの a : c : es : ges :について
考えると、それぞれ、次のようなカデンツを形成することが分かる。
また、次の四つのカデンツは、どれも異名同音を認めれば同一の和音から始まっている
が、a : c : es : fis: の四つの調へと進行している。つまり、最初の和音の時点ではどの調へ
進行していくかが不明だということでもあり、これが減七の和音を転調の軸に使えるとい
う意味である。最初に動き出す声部がそれぞれ異なることに注意。
22 1.類の括弧書きの中にある bes : は、本来は gisis :に読み替える方が短三度の音度で変化しているという点では一貫
しており、従って [a c es ges] の類は[gisis his dis fis] あるいは [bes deses feses aseses] と読み替えら
れた方が筋は通っている。しかし、表記上、三重シャープや三重フラットを避けた結果、異名同音表の方はシャープ系
とフラット系を適宜混ぜた混成的な表となっている。あくまで一例として参考されたし。