蝶相からみた大津市瀬田丘陵(龍谷の森)の特徴 - 龍谷大学 理工学部

研究活動
ここでは滋賀県大津市の林地を対象に,蝶類群集を指標とした環境評価を行った
結果を報告し,今後の環境管理への一助としたい。
蝶相からみた大津市瀬田丘陵(龍谷の森)の特徴
調査方法
調査対象地は,滋賀県大津市にある龍谷大学瀬田キャンパス隣接地(以下,龍谷
の森)付近である。そこに,龍谷大学瀬田キャンパス南西端から熊谷川(川幅約
遊磨 正秀・宮浦 富保・横田 岳人
5m)沿いに大津市堂町を巡り,龍谷の森の沢(幅 2~4m)沿いのメインルート(S0
ルート)にいたるの約 1.8km とし,植生景観等により 6 つの区間を設けた(図1,
はじめに
表1)。
里山は貴重な自然の宝庫といわれている(石井ら 1993,今森 1995 など)。人口
が多く,公園など緑地面積すら乏しい都市域においては,近郊のいわゆる里山とさ
れる林地における四季の花鳥風月の賑わいは,人々に潤いをもたらすものとして貴
重な空間であろう(遊磨 2005)。しかし,そこがどのような環境であれば誰にと
って,あるいは何にとって良いのか,さらに里山にはどういう価値があるのか,と
いうことに関しては議論がまとまっていない(宮浦 2004,丸山 2005 など)。その
里山の価値の一つとして,そこで触れ親しむことができる動植物が存在することを
挙げられることが多い。ここでは,その一例として蝶類をとりあげてみる。
日本の蝶類各種の分布や生息場所条件等の生態情報についての知見はかなり蓄
積されており,また近年は少なからぬ蝶類が絶滅の危機に瀕していることもあり,
主に種の保全の側面からも多くの研究例が報告されている(矢田・上田 1993,田
中・有田 1996 など)。蝶類の減少の原因は,開発等による生息場所の消失のみな
らず,利用率の低下あるいは管理不足による林地や草原の植生の変化が挙げられて
いる(田中 2005 など)。その中でさまざまな環境における蝶類の多様性に関する
研究も行われている(広渡 1996,石井 1996,矢田 1996 など)。その中で,巣瀬
(1993)は蝶類群集の多様性を評価するさまざまな手法を検討し,環境の都市化
の評価をも試みている。また石井(1993)は,種や生息場所の豊かさの変化を評
価するためにトランセクト調査の必要性を早い段階から説き,その結果から蝶類な
ど小動物に配慮した都市緑地のあり方を提言した例を紹介している。さらに広渡
(1996)は,ルートセンサス調査の結果を用いて,大阪府三草山の象徴的種群で
あるミドリシジミ類にとって良好となる雑木林管理の詳細を提言している。
189
図1.調査地の地図
190
表1.龍谷の森における蝶類センサスの調査区画(図1参照)
区画
距離
植生等の景観
上空の被度
または写真撮影によって種の確認を行った。
また,龍谷大学理工学部環境ソリューション工学科において1年生対象に行われ
Block Ia
150m
林縁,造成斜面(草原)
開放
た実習(2005 年 4 月 21 日,5 月 19 日,6 月 19 日,6 月 30 日)により区間 Ia~
Block Ib
300m
広葉樹・マツの疎林内
かなり鬱閉
Ic において採集された蝶類の記録も加えた(表2参照)。
Block Ic
350m
林縁,一部伐採地
開放
Block II
600m
集落内
開放
広葉樹・植樹林,モウソウチク林内
ほぼ鬱閉
林部末端,先は商用地
開放
Block IIIa
1,020m
Block IIIb
30m
区間 Ia~Ic は龍谷大学瀬田キャンパス南西端から大津市堂町に南へ下る,元来
生活通路で,うち区間 Ia はキャンパス建物域脇から林部に至る幅約 5m の簡易舗
装道で,北東側は草本類が繁茂するのり斜面であり,南西側はマツやスギ,一部広
葉樹が混在する龍谷の森の林縁にあたる。区間 Ib は大半が未舗装の幅 3~4m の道
が続き,林縁の広葉樹やマツなどの低木が天空をほぼ被うまで発達し,林内ほどで
はないが暗い環境である。区間 Ic は幅 3~4m の簡易舗装道で,区間 Ib との隣接
部東側には 1ha ほどの伐採跡地(草原)があり,ほかは主に広葉樹林の林縁で,
上空は開けている。区間 II は,大津市堂町内の舗装された生活道路であり,生垣
や庭のある家屋,ため池,田畑ならびに神社がある。区間 III は龍谷の森内を北に
向かって登っていくルートで,うち区間 IIIa は,モウソウチク,植栽ヒノキ,お
よび広葉樹の林内をくぐる幅 1~3m の道で,樹高数 m を超える樹木が林立するた
め上空は鬱閉され,そのため下層植生は貧弱である。なおルート中途に,シイタケ
栽培地を確保するために 若干の間伐を行った場所が存在する。区間 IIIb はルート
の上端で大津市卸売市場等の敷地の道路に接するため,上空が開けて明るい場所で
ある。
蝶類のセンサスは,2005 年の 4 月から 7 月,9 月~10 月の間,月に 1,2 度,
合計 9 回行った。調査は風の少ない晴れた午後を選び,ルートを約2時間かけて往
復しながら,ルート(道)から目撃された蝶類を記録した。なお,センサスルート
より観察する範囲として,石井(1993)は左右上下 5m を提案しているが,ここ
では樹高の高い場所もあることからこれに留意せず,その場所から見渡せて小型蝶
類も目視可能な範囲(10m~50m)とした。種の紛らわしいものについては,捕獲
191
表2.龍谷の森付近の各区画における蝶類の累積目撃数(2005年4~10月)
表中,+は実習等において確認されたものを示す。
区画 II
Ia
Ic
IIIb
Ib
IIIa
上空の鬱閉度
開放
鬱閉
距離(m) 600
150
350
30
300
1020
ツバメシジミ
11
5
チャバネセセリ
1
1
ツマグロヒョウモン
1
1
1
キチョウ
4
12
12
4
メスグロヒョウモン
3
1
5
1
1
ナミアゲハ
9
2
モンシロチョウ
7
1
ヤマトシジミ
3
2
クロアゲハ
1
3
1
ベニシジミ
2
+
+
ホシチャバネセセリ
1
ムラサキシジミ
1
5
1
モンキアゲハ
1
1
ナガサキアゲハ
1
1
ルリシジミ
1
+
ヒメウラナミジャノメ
4
モンキチョウ
2
ルリタテハ
2
ダイミョウセセリ
1
キマダラセセリ?
1
ウラギンシジミ
1
クモガタヒョウモン
1
キマダラセセリ?
1
テングチョウ
+
ホシミスジ
+
ゴマダラチョウ
+
ヒカゲチョウ
1
1
1
コツバメ
+
+
コミスジ
2
1
1
クロコノマチョウ
1
1
2
アカシジミ
+
2
アオスジアゲハ
2
ヒメジャノメ
2
1
ミズイロオナガシジミ
1
クロヒカゲ
1
確認種数 10
10
28
4
6
9
確認個体数/100m 7.0
16.7
14.3
20.0
2.3
1.1
192
滋賀県近隣の蝶類相を比較するために,出版資料ならびにインターネット上で公
開されているものを対象に,石川県輪島市から大阪府貝塚市までの 15 地点の資料
本調査のセンサスでは 36 種が確認された(付表 1)ので,50~60 種程度の蝶類が
生息している可能性はあるが,それにしても豊かな蝶類種類相とはいえない(図 2)。
を引用した(付表1参照)。なお,金沢市角間の里山のデータは,龍谷大学里山学・
地域共生学オープン・リサーチ・センターとの共同研究を行っている金沢大学によ
100
京都府南山城地方
る調査結果である。
池田市
蝶類相の類似度の比較には Jaccard の共通係数(CC)を用いた。
80
敦賀市中池見湿原
敦賀市池河内湿原
輪島市
ここで,aおよび b は二つの地域のそれぞれの蝶の種類数,c はその共通種数であ
る。
蝶の種類数
敦賀市天筒山公園
c
CC =
a+b−c
金沢市角間の里山
60
能勢町・猪名川町三草山
京都市京都御苑
豊中市服部緑地
貝塚市馬場地区
守山市
40
大津市龍谷の森
大阪市淀川区
20
蝶類の種多様性
2005 年 4~10 月のセンサス,実習等により大津市龍谷の森付近において合計 43
0
0.1
種の蝶類が確認された(表2)。表中,アサギマダラは,センサス,実習以外にキ
1
10
100
1000
10000
100000
調査地の面積 (ha)
ャンパス内において目視されたものである。
図2:調査面積と出現蝶類種数(表2参照)
表2には,石川県から大阪府までの 15 箇所において確認されている蝶類相を比
較した。これらのものはそれぞれ調査面積や調査法,調査期間が異なるため単純な
比較はできないものの,龍谷の森の蝶類種類数は尼崎市塚口や大阪市淀川区といっ
た都市域のものに次いで少ないものであった。またごく近隣の守山市は林部乏しい
蝶類相の類似性
石川県から大阪府にかけての 15 箇所の調査地の蝶類種類相の類似性を Jaccard
共通係数により求め,Mountford 法により整理した(図3)
。
地域であるにもかかわらず,龍谷の森の蝶類の種数は守山市のそれよりも少なかっ
敦賀市内の池河内湿原,天筒山公園,池河内湿原は互いに近隣であるため,それ
た。このことは,龍谷の森は,林部を持ちながらも決して蝶類の豊かな場所ではな
らにおける蝶類群集の類似性は高い。また日本海側に位置する輪島市と金沢市角間
いことを示している。
の里山も,敦賀市内3箇所とともに地理的に近い場所で類似性が高くなっていた。
一般に生物の種類数は,調査面積が大きくなるとそこで観察される種類数も増加
することが知られている。表2のうち,調査面積が不明であった尼崎市塚口を除く
これら5箇所と蝶類種類相の類似性の高い場所は京都府南山城地方,池田市,能勢
町・猪名川町三草山と,発達した林部をもつ場所であった。
14 地点について,その調査対象面積と出現蝶類種数を比較したのが図2である。
これに対し龍谷の森は,守山市や貝塚市馬場地区など,林部の乏しい場所と類似
これによると,都市域の大阪市淀川区を除いては,概ね一つの面積-種数の関係上
性が高いものの,概して他所との類似性の乏しい,すわなち特異な蝶類種類相を示
にあるように見受けられるが,やはり龍谷の森の蝶類の種数は,その面積の割に少
していた。他の場所ともっとも異なった蝶類種類相を示していたのは,尼崎市塚口
ない傾向が認められる。
であった。これはそこが緑地域の少ない都市域であるためと考えられる。このよう
なお,本調査は1年のみのものである。一般に 1 年のセンサスではその地域に生
息する蝶種の 6~7 割程度しか確認できないようである(石井 1996,大脇 私信)。
193
に龍谷の森は,林部を持ちながらも,林部の乏しい,あるいはその面積の小さな地
域にむしろ類似した蝶類種類相であった。
194
次に龍谷の森の蝶類相の異質さを検出するために,本報において対象としている
一方,この共通性の高い蝶種以外で龍谷の森において確認された蝶類は 5 種のみ
15 箇所の調査地の半分以上に出現する広域生息種について検討を行った。付表1
である。うちミヤマチャバネセセリ,ホシチャバネセセリは大津市より北では割合
において 8 地域以上から生息が報告されているものは 73 種あった。これは本報告
普遍的に見られる(半数以上の調査地において確認される)種類であり,また,ナ
で扱った 104 種の 7 割ほどにあたる。これらの種は,比較的どこでも見られる,
ガサキアゲハ,ホシミスジ,クロコノマチョウは大津市以南において普遍的に見ら
いわゆる普通種と考えられる。これら 73 種の蝶について各地における出現頻度を
れる種類である。したがって龍谷の森には,そこに特徴的と考えられる蝶種が確認
比較したのが図4である。この図においても,龍谷の森は,尼崎市塚口と大阪市淀
されていない上に,さらに広域に分布していて龍谷の森に生息していてよい蝶類す
川区に次いでその出現割合が低く,しかも約半数しか確認されていなかった。すな
ら少ないと言える。
わち龍谷の森には,各地に普遍的に生息する蝶類も少ないことを示しており,この
ことが他所との類似性を小さくしているものと考えられる。
食草・食樹との関連性
蝶類の生息には,各種が必要とする食草・食樹の存在が必要である。植物は,時
蝶類種組成の類似度
1.0
0.8
0.6
空間的な遷移系列に沿ってその組成が異なることが知られている。ここでは,蝶類
0.4
の食草・食樹を,その生育環境として環境撹乱が必要かどうかについて 3 つのタイ
輪島市
金沢市角間の里山
敦賀市池河内湿原
敦賀市天筒山公園
敦賀市中池見湿原
京都府南山城地方
池田市
能勢町・猪名川町三草山
守山市
貝塚市馬場地区
京都市京都御苑
豊中市服部緑地
大阪市淀川区
大津市龍谷の森
尼崎市塚口
プに分類した。すなわち,Type 1:発達した林など撹乱が少ない環境に生育するも
の,Type 2:春先に光が届く林床に生育するもの(spring ephemeral 種),Type 3:
草原や河原,林内のパッチ(空地)など撹乱を受けた場所に生育するもの,である。
この分類に従い,蝶類各種がどのような環境に生育する食草・食樹に主に依存して
いるかを分類した(付表 1 参照)。なお蝶類の食草・食樹は,渡辺(1991)や海野・
青山 (1981)によった。
その結果,本報告で扱った 104 種の蝶類では,肉食性のゴイシシジミを除いて,
Type 1,Type 2 ,Type 3 の植物に依存する蝶類はそれぞれ 23 種,2 種,78 種と
なった。日本の蝶類には一般に真森林性のものはおらず,林内よりも伐採地や林縁,
1.0
農耕地において蝶類の多様性が高いことが知られている(矢田 1996,石井 1996)。
0.8
このため,Type 3 の植物に依存する蝶種が多いのは当然といえる。なお,Type 2
0.6
の植物に依存するものはギフチョウとウスバシロチョウである。
0.4
次に,本報告で扱った 15 箇所の調査地について Type 1 と Type 3 の植物に依存
0.2
貝塚市馬場地区
豊中市服部緑地
尼崎市塚口
大阪市淀川区
池田市
能勢町・猪名川町
三草山
京都府南山城地方
京都市京都御苑
大津市龍谷の森
守山市
敦賀市天筒山公園
敦賀市中池見湿原
敦賀市池河内湿原
金沢市角間の里山
0.0
輪島市
共通性の高い蝶種の出現割合
図3.各調査地の蝶類相の類似性
する蝶類種数を比較した(図5)
。その結果,Type 1 の植物に依存する蝶類種数は
各地でそれほど変わらないのに対し,それぞれの調査地での蝶類種数に大きく寄与
しているのは Type 3 の植物に依存する蝶類種数であることが明らかとなった。ち
なみに,Type 3 の植物に依存する蝶類種数が多いものの上位 7 箇所にはいずれも
図4.各調査地における,共通性の高い蝶種(67 種)の出現割合
Type 2 植物に依存する蝶類が 1 種または 2 種生息しており,それ以外の調査地は
195
196
すべて Type 2 植物に依存する蝶類は確認されていなかった。すなわち,撹乱を受
けた環境に生育する植物が多いほど,蝶類種数が多くなる可能性が示唆される。
く明るい環境に多いものの,都市化が進むとまた少なくなることと一致している。
一方で,特に林部が発達しているわけではない区間 Ic からは龍谷の森付近にお
いて確認された 40 種の蝶類のうち 7 割のものが出現していた。このことは,区間
75
生息環境として貧弱であることを示しているにすぎないであろう。
輪島市
敦賀市天筒山公園 敦賀市池河内湿原
敦賀市中池見湿原
蝶類相からみた龍谷の森の管理
金沢市角間の里山
京都市京都御苑
能勢町・猪名川町三草山
守山市
貝塚市馬場地区
豊中市服部緑地
蝶の種類数
50
Ic がすぐれた環境というものではなく,残念ながら,区間 IIIc や区間 II が蝶類の
京都府南山城地方
池田市
大津市龍谷の森
以上のように,龍谷の森付近では,普通種(広域に普遍的に生息する種)の蝶類
すら少なく,それは蝶類の食草・食樹となる,撹乱を受けた環境に生息する植物が
少ないためと推察される。また,龍谷の森の林内には蝶類は大変少なく,また,林
部があってもそれが蝶類群集の多様性にほとんど寄与していなかった。これは,龍
25
大阪市淀川区
谷の森が林部の植生として奇異なものであるということではなく,本来蝶類も豊富
尼崎市塚口
だった里山が里山らしくなくなっていることと関係していると考えられる。
近年,里山における蝶類の衰退を報告する例は多い。その原因として陽樹林か
ら陰樹林への置き換わり(石井ほか 1995)など,人による林部の利用・管理が乏
0
Type 1
Type 3
食草・食樹の生息環境タイプ
図5.食草・食樹の生育環境タイプごとの蝶類種類数。白丸と黒丸はそれぞれ,Type
2 の植物に依存する蝶類が確認された場合と確認できなかった場合を示す。
しくなったために自然現象として遷移が生じていることが挙げられる。
荒廃が懸念されている里山に,どのような蝶類が生息しているのがよいのか,そ
してそのためにはどのように里山を維持管理すべきか,に言及している実例は多く
はないようである。それには2つの理由が考えられる。すなわち,どのような蝶類
が生息するのが良いのかという点は,いわば自然倫理あるいは自然への嗜好性の問
龍谷の森における植生景観と蝶類群集
題が含まれ,賛否つけがたいことが多いこと,そして,どのように里山を維持管理
表2には,龍谷の森付近においてセンサスした結果を,植生景観等の区分による
区画ごとに示した。結果は明瞭で,種数に関しては人為的開発の影響の大きな区画
すべきかという点については,その許認可ならびに実践の困難さがつきまとうから
であろう。
II(集落),Ia(キャンパス脇)において種数が少なく,林部の発達した上空が被
では龍谷の森において,どのような管理(人為)を加えるのがよいと考えられる
覆された場所でも少なく,またセンサス距離 100m あたりの確認蝶類個体数は,龍
だろうか。先にも述べたように,撹乱を必要とする植物が生育できるような環境と
谷の森のメインルートである区画 IIIa(林部)において極端に少なかった。区画
する必要がある。すなわち林部に撹乱を加える必要がある。撹乱管理の一例として
IIIa においてのみ確認された蝶種はわずか2種であり,林部が連続していても蝶類
林内の林床植生(主にササ類)を刈り取りした事例があるが,蝶類群集の多様性に
の多様性を増す環境としてはほぼ寄与していないことを示している。
はたいした寄与は認められなかったようである(石井ほか 2003)。むしろ石井ほ
この結果は,巣瀬(1993)や矢部(1996),石井(1996)が述べるように,蝶
類は林内には少なく,伐採地や林縁部,農耕地等,多少の撹乱を受け,太陽光が届
197
か(1995)が指摘するように,林縁部分を拡大することが効果的であろう。
林縁部分とは,単に林部とそれ以外の境界部分というだけではなく,理想的には,
198
草原から潅木林,樹林へと本来時系列に変化する植生を空地から林部にかけて空間
的に凝縮したような場所であり,そこの植生に対してマント群落という用語が用い
広渡俊哉(1996)大阪府「三草山ゼフィルスの森」の蝶類群集.pp. 31-37, In: 田中
蕃・有田豊 編,日本産蝶類の衰亡と保護 第 4 集,日本鱗翅学会
られるがごとく,特殊な環境である。そこには草原から林部までの遷移系列に出現
丸山徳次(2005)里山学の提唱.龍谷理工ジャーナル,17(2): 3-12
する多様な植物が生育するはずであり,構造的にもさまざまな高さの植物が存在す
南尊演・遠藤真樹(1968)チョウ目.pp. 369-373,In: 守山市誌 資料編 自然.,守
る。このことが多様な動物の生息を可能とする。
また,クヌギ類などの樹液に集まる昆虫類は里山の象徴のように扱われるが,樹
木が生長・老衰すると樹液の滲出が悪くなる。この点からも萌芽再生しやすいクヌ
ギ類などの一部を胸高部あたりで切り,樹勢を若返らせることも必要であろう。
いずれにせよ,一様に暗い老木の多い林部にこのような異質な環境を創出するこ
とにより,龍谷の森においても動植物のにぎわいが格段に増すに違いない。
山市
宮浦富保(2004)里山の変遷と未来.龍谷理工ジャーナル,16(3): 1-6
巣瀬司(1993)蝶類群集研究の一方法.pp. 83-90,In: 矢田脩・上田恭一郎 編,日
本産蝶類の衰亡と保護 第 2 集,日本鱗翅学会
田中蕃(2005)環境評価と環境インパクト.pp 567-596,In: 本田計一・加藤義臣 編,
チョウの生物学,東京大学出版会
田中蕃・有田豊 編(1996)日本産蝶類の衰亡と保護 第 4 集,日本鱗翅学会
謝辞
塚本珪一・松山均(2005)京都御苑のチョウ類.pp 87-100, In: 京都御苑自然現況
金沢大学の中村浩二氏,大脇淳氏には金沢市角間の森の蝶類に関する資料を,また
調査報告 第 5 集,(財)国民公園協会 京都御苑
環境省自然環境局強度御苑管理利事務所には京都御苑における蝶類に関する資料
海野和男・青山潤三(1981)自然観察シリーズ・日本のチョウ.小学館
をご提示いただいた。大阪府立大学の石井実氏には蝶類多様性調査に関する資料を
渡辺康之(1991)検索入門・チョウ
教示いただいた。龍谷大学理工学部環境ソリューション工学科における生物多様性
矢田脩(1996)北九州市山田緑地の照葉樹林の蝶群集.pp. 49-56,In: 田中蕃・有
実習Aの成果は 2005 年度1回生ならびに TA(林珠乃氏,内海俊介氏)の協力に
よるものである。あわせて御礼申し上げる。
.保育社
田豊 編,日本産蝶類の衰亡と保護 第 4 集,日本鱗翅学会
矢田脩・上田恭一郎 編(1993)日本産蝶類の衰亡と保護 第 2 集,日本鱗翅学会
遊磨正秀(2005)暮らしの中の花鳥風月~身近な自然景観を考える.龍谷理工ジャ
引用文献
ーナル,17(2):1-8
今森光彦(1995)里山物語.新潮社
石井実(1993)チョウ類のトランセクト調査.pp. 91-101, In: 矢田脩・上田恭一郎 編,
日本産蝶類の衰亡と保護 第 2 集,日本鱗翅学会
石井実(1996)さまざまな森林環境における蝶類群集の多様性.pp. 63-75,In: 田
中蕃・有田豊 編,日本産蝶類の衰亡と保護 第 4 集,日本鱗翅学会
石井実・広渡俊哉・藤原新也(1995)「三草山ゼフィルスの森」のチョウ類群集の
多様性.環動昆 7: 134-146
石井実・石井敬任・広渡俊哉(2003)ゼフィルスの森つくりと里山の管理.関西自
然保護機構会誌 24: 75-85
石井実・植田邦彦・重松敏則(1993)里山の自然をまもる.築地書館
199
200
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
63 アサギマダラ
64 オオゴマダラ
○
○
○
○
○
アゲハチョウ科
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
ギフチョウ
ホソオチョウ
ウスバシロチョウ
ジャコウアゲハ
アオスジアゲハ
キアゲハ
ナミアゲハ
オナガアゲハ
クロアゲハ
モンキアゲハ
ナガサキアゲハ
カラスアゲハ
ミヤマカラスアゲハ
28
29
30
31
32
33
34
35
キチョウ
ツマグロキチョウ
スジボソヤマキチョウ
モンキチョウ
ツマキチョウ
モンシロチョウ
スジグロシロチョウ
エゾスジグロシロチョウ
36
37
38
39
40
41
42
43
44
45
46
47
48
49
50
51
52
53
54
55
56
57
58
59
60
61
ムラサキシジミ
ムラサキツバメ
ウラゴマダラシジミ
ウラキンシジミ
アカシジミ
ウラナミアカシジミ
ウラクロシジミ
ウラミスジシジミ
ミズイロオナガシジミ
ウラジロミドリシジミ
ミドリシジミ
オオミドリシジミ
ヒロオビミドリシジミ
エゾミドリシジミ
ジョウザンミドリシジミ
トラフシジミ
コツバメ
ベニシジミ
ゴイシシジミ
ウラナミシジミ
ヤマトシジミ
シルビアシジミ
サツマシジミ
ルリシジミ
ツバメシジミ
ウラギンシジミ
2
3
2
3
1
3
3
3
3
3
3
3
3
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
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シロチョウ科
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3
3
3
3
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シジミチョウ科
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
3
1
1
1
1
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肉食
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3
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3
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1
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3
3
1
1
3
3
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3
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3
3
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3
3
3
3
3
3
3
3
マダラチョウ科
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テングチョウ科
62 テングチョウ
○
貝塚市
馬場地区
○
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豊中市
服部緑地
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尼崎市
塚口
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大阪市
淀川区
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池田市
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能勢町・猪名
川町三草山
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京都府
南山城地方
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京都市
京都御苑
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大津市
龍谷の森
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守山市
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敦賀市
天筒山公園
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敦賀市
中池見湿原
1
3
3
3
1
3
3
3
3
3
3
3
3
3
敦賀市
池河内湿原
ミヤマセセリ
ダイミョウセセリ
アオバセセリ
ギンイチモンジセセリ
キバネセセリ
ホソバセセリ
キマダラセセリ
ヒメキマダラセセリ
コチャバネセセリ
オオチャバネセセリ
チャバネセセリ
ミヤマチャバネセセリ
イチモンジセセリ
ホシチャバネセセリ
1
食草・
食樹の
タイプ
セセリチョウ科
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
金沢市
角間の里山
(付表1,続き)
輪島市
貝塚市
15)
馬場地区
豊中市
14)
服部緑地
尼崎市
13)
塚口
11)
○
○
大阪市
淀川区 12)
○
○
○
○
池田市
○
能勢町・猪名
10)
川町三草山
○
京都府
9)
南山城地方
○
○
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京都市
京都御苑 8)
○
○
○
大津市
7)
龍谷の森
敦賀市
5)
天筒山公園
○
○
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6)
敦賀市
中池見湿原 4)
○
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○
守山市
敦賀市
3)
池河内湿原
○
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○
1)
金沢市
2)
角間の里山
食草・
食樹の
タイプ
輪島市
付表1.大津市龍谷の森と北陸~大阪地域の蝶相の比較
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タテハチョウ科
65
66
67
68
69
70
71
72
73
74
75
76
77
78
79
80
81
82
83
84
85
86
87
88
89
ウラギンスジヒョウモン
オオウラギンスジヒョウモン
ミドリヒョウモン
クモガタヒョウモン
メスグロヒョウモン
ウラギンヒョウモン
オオウラギンヒョウモン
ツマグロヒョウモン
イチモンジチョウ
アサマイチモンジ
コミスジ
ホシミスジ
ミスジチョウ
サカハチチョウ
キタテハ
ルリタテハ
キベリタテハ
ヒオドシチョウ
ヒメアカタテハ
アカタテハ
スミナガシ
コムラサキ
イシガケチョウ
ゴマダラチョウ
オオムラサキ
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ジャノメチョウ科
90
91
92
93
94
95
96
97
98
99
100
101
102
103
104
ヒメウラナミジャノメ
ウラナミジャノメ
ジャノメチョウ
キマダラモドキ
ヒメキマダラヒカゲ
クロヒカゲ
ナミヒカゲ
オオヒカゲ
クロヒカゲモドキ
ヤマキマダラヒカゲ
サトキマダラヒカゲ
ヒメジャノメ
コジャノメ
クロコノマチョウ
ウスイロコノマチョウ
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76
63
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75
73
71
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55
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90
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59
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86
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30
20
○
○
○
○
○
46
45
出典:
1) http://www2.nsknet.or.jp/~tenno/
2) 大脇淳(私信)
3),4),5) http://puh.web.infoseek.co.jp/index.html
6) 南・遠藤 1968
7) 本報告,□:実習中の記録,△:その他の記録
8) 塚本・松山 2005
9) http://www2f.biglobe.ne.jp/~tyoutyou/index_2.html;宇治市・城陽市・八幡市・久世郡・綴喜郡・京田辺市・相楽郡
10) 石渡 1996
11) http://www.wombat.zaq.ne.jp/ashitaka/index.html
12),13), 14) http://homepage3.nifty.com/ueyama/
15) 石井 1996
202