立位上肢非荷重位における前鋸筋トレーニングの検討 田井 啓太 <要約> 日常生活で上肢運動は抗重力位且つ非荷重位での動作が多いが,肩関節周囲筋の筋力強化方法として 抗重力位且つ上肢非荷重位での運動における前鋸筋筋活動について検討した報告は少ない.目的は抗重 力位且つ非荷重位で前鋸筋の筋活動を促す運動を検討することとした.動作課題は standard push-up plus(以下 SPP),wall push-up plus(WPP),立位での肩関節屈曲(Flex),肩甲骨面上挙上(Scap), セラバンドに抗して水平外転方向への筋収縮を伴う屈曲(Thera Flex),肩甲骨面上挙上 (Thera Scap) , ボールを両上肢間で挟み水平内転方向の筋収縮を伴った屈曲 (Ball Flex)とし,各動作課題中の前鋸 筋筋活動を表面筋電図にて記録した.各動作課題間にて,最大随意収縮で除した前鋸筋筋活動を比較し た. その結果, 前鋸筋筋活動は SPP と非荷重下での動作間で有意差を認めなかった. Ball Flex は WPP, Flex,Scap,Thera Flex より有意に高い前鋸筋筋活動を示した.それゆえ水平内転方向に負荷をかけ た Ball Flex は前鋸筋の筋活動を高める介入方法として推奨されるかもしれない. Ⅰ.はじめに 多用される.立位での上肢挙上動作において,肩 前鋸筋中部・下部線維は肩甲骨の動きをコント 1,2) ロールするのに重要な筋である .前鋸筋は肩甲 3) インピンジメント患者は健常者より肩甲骨の上 方回旋角度が減少していたという報告があり 3) , 骨の上方回旋・後傾・外旋に作用し ,肩甲骨内 そのため,リハビリテーションの進行において, 側縁及び下角を安定化させ,翼状肩甲や前傾の抑 立位上肢非荷重下で前鋸筋の筋活動を促す運動 4,5) 制に重要とされる .前鋸筋の筋力低下や異常な 発火パターンは,肩甲上腕リズムを変化させ,肩 6) 方法が求められる. 抗重力位且つ上肢非荷重下での運動の検討に 関節疾患に繋がる可能性がある .上肢挙上時の おいて,肩関節の前方屈曲は,肩関節のリハビリ 肩甲骨上方回旋の減少は,肩峰下腔を狭小化させ テーションプログラムによく使われており,前鋸 2,3,7) ると考えられているため ,正常な肩甲上腕リ 筋 筋 活 動 が 40%MVIC ( Maximal Voluntary ズムを維持することは重要なことである.実際, Isometric Contraction)を超えるとの報告や 17), 肩関節に症状を有する頭上動作を頻繁に行う者 翼状肩甲を呈する者において,肩関節屈曲および において,前鋸筋の筋活動低下が報告されており 肩甲骨面上上肢挙上(前額面より 30°前方と定義) 10,11,12) 動作において,セラバンドを使用して水平外転方 ,前鋸筋を含めた肩関節周囲筋の不均衡は, 肩甲骨の位置異常や異常運動を引き起こし,イン 向に負荷を加えた場合,負荷を加えなかった場合 ピンジメント症候群や肩の不安定性に繋がる可 に比べて,前鋸筋の筋活動が有意に高かったとの 3,8,9) 能性がある .そのため,肩関節疾患の予防や 報告がある 18) .また,肩関節 60°外転位からの肩 治療のために,前鋸筋の筋活動を改善させる介入 水平内転では,前鋸筋の筋活動が最大随意収縮の 方法が検討されてきた. 20%以上の筋活動を発揮したという報告 前鋸筋の筋活動を強調する運動として,治療台 14) や肩 関節を水平内転または外転させる動作において, や壁に手をつくような荷重下での運動(standard 前鋸筋の筋活動が高まったという報告があり,上 push up plus, wall push up plus)が報告された 肢挙上時に肩水平内転または水平外転方向に負 13,14,15) .また,腹臥位・側臥位での動作課題にお 荷を加えることで通常の上肢挙上より前鋸筋を いて,前鋸筋の筋活動は強調されなかったとの報 活動させることができると考えられた.従って本 告もある 16) .しかしながら,日常生活において, 上肢は抗重力位(座位・立位),且つ非荷重下で 研究の目的は,従来行われてきた前鋸筋強化運動 と,立位上肢非荷重下での前鋸筋強化運動におけ る前鋸筋の筋活動を比較することである. 仮説として肩関節水平内転・外転方向に負荷を 加えた場合,上肢非荷重下の動作であっても,高 い前鋸筋筋活動を得られるとした. のダンベルを保持して行った.Thera Flex は, 肩関 節 90° 屈 曲位における 上肢間の距 離の 80%をセラバンドの長さとし,Thera Scap は, Scap 90°における両指尖間の 80%をセラバン ドの長さとした.各動作課題の試行順は無作為 Ⅱ対象と方法 1.対象 被験者は本学医学部保健学科および保健科学 院に所属する健常男子学生 15 名(平均年齢 21.9±0.83,身長 172.8±4.5cm,体重 65.1±6.9kg) 化し,動作肢位を 5 秒間保持させ,それぞれ 3 回反復した.また,MMT 肢位にて徒手抵抗を 加 え , 前 鋸 筋 の 最 大 随 意 収 縮 ( maximum voluntary contraction: 以下 MVC)時の筋活 動も計測した(図 3). とし,除外基準は肩関節に疼痛がある者,肩関節 に整形外科的および神経学的な症状や既往があ (3)データ解析 る者とした.各被験者に対し,事前に研究内容を 得られた筋電データは,整流化,フィルター処 十分に説明し,書面にて同意を得て行った. 理(band-pass filter; 10-500Hz),Root Mean Square(ウインドウ 100ms)による平滑化を行 2.方法 (1)装置 表 面 筋 電 計 Myo System 1200 (Noraxon, い,解析を行った.得られた 5 秒間の筋電デー タのうち,動作の安定した中間 3 秒間を解析対 象とし,各動作および MVC 試行の前鋸筋筋活 USA.inc)を使用し,右前鋸筋の筋活動を記録し 動の平均値を算出した.各動作課題の筋活動は, た.表面電極貼付位置は先行研究に準じ,肩関節 MVC で正規化し(% MVC),統計解析に使 90°屈曲位において,腋窩の下部かつ肩甲骨下角 用した. と同じ高さで,前鋸筋の走行に沿って貼付した (図 1). (2)動作課題 動作課題は, standard push-up plus (図 2A, 以下 SPP:腕立て伏せの姿勢において,肩甲 帯 の 前 方 突 出 を 意 識 さ せ た 姿 勢 ) , wall push-up plus(図 2B,以下 WPP:壁に寄りか かるように手をつき,肩甲帯の前方突出を意識 させた姿勢) ,立位での肩関節屈曲(図 2C, 以下 Flex), 肩甲骨面上挙上(図 2D,以下 Scap:前額面より 30°前方と定義 18)),セラ バンドに抗して水平外転方向への筋収縮を伴 う屈曲(図 2E,以下 Thera Flex)および肩甲 骨面上挙上(図 2F,以下 Thera Scap) ,バラ ンスボールを両上肢間ではさむように水平内 転方向の筋収縮を伴った屈曲(図 2G,以下 Ball Flex)とした.SPP および WPP を除く動作課 題は,上肢挙上角度を 135°とし,それぞれ 1kg 図 1:前鋸筋の表面電極貼付位置 図 2A:standard push-up plus 図 2B:wall 図 2D:Scap 図 2F:Thera 図 2C:Flex push-up plus 図 2E:Thera Scap 図 2G:Ball Flex Flex 図 2:動作課題 Ⅲ.結果 各動作における前鋸筋の筋活動を表 1 および 図 3:MMT 肢位における前 図 4 に示した.上肢荷重下の運動である SPP は 鋸筋 MVC 計測 WPP より有意に高い(p=0.047) 前鋸筋の筋活 動を示した.SPP と上肢非荷重下の運動である Flex, Scap, Thera Flex, Thera Scap, Flex Ball 肩関節屈曲 135°において,上 腕遠位部に徒手抵抗を加えて 計測した. の間で前鋸筋の筋活動に有意な差は認められな かった. Ball Flex は上肢荷重下である WPP (4)統計解析 各動作課題における前鋸筋筋活動の違いを検 (p=0.042) と上肢非荷重下である Flex (p=0.000) ,Scap(p=0.000), Thera Flex 討するため,反復測定一元配置分散分析を用い, (p=0.003)より有意に高い前鋸筋の筋活動を示 Post-hoc test に Sidak 法を用いた.有意水準は した.その他の動作間で有意差は見られなかった. 5%未満とした. 表 1:各動作時の前鋸筋筋活動 SPP 平 均 値 54.8 (%MVC) 標準偏差 39.7 WPP Flex Scap 31.5 31.8 32.1 Thera Flex 23.9 25.0 10.5 12.2 9.3 Ball Flex 52.0 Thera Scap 39.8 19.9 34.9 Ball Flex 図 4:各動作間の筋活動量の差 SPP は WPP より有意に高い前鋸筋の筋活動を認めた. Flex Ball は WPP, flex, scap, Thera Flex より有意に高い筋活動を示した. Ⅳ.考察 先行研究において,上肢荷重下である SPP や WPP が前鋸筋筋活動を強調した運動として推奨 14,15) されてきた .本研究は,SPP における前鋸筋 の筋活動が,平均して 50%MVC を越えており, SPP における 63%MVC 以上の前鋸筋筋活動を 者において上肢非荷重下での動作でも,上肢荷重 下と同等の前鋸筋の筋活動発揮が期待できると 考えられる. 上肢非荷重下の運動において,Ball Flex は上 肢荷重下である WPP,上肢非荷重下である Flex, 活動を示した.本研究は,WPP における前鋸筋 Scap, Thera Flex より有意に高い前鋸筋の筋活 動を示した.また,Ball Flex と有意差のなかっ た Thera Scap は,他の上肢非荷重下における運 の筋活動が平均して 30% MVC を超えており, 動と有意な差は見られなかった.先行研究におい WPP における 20%MVC 以上の前鋸筋筋活動を て,翼状肩甲を呈する者に,セラバンドを使用し 報告した先行研究と 報告した先行研究 14) と同様に高い前鋸筋の筋 14) と同様に高い前鋸筋の筋活 て,水平外転方向に負荷を加えた場合,負荷を加 動を示した.しかしながら,本研究は,上肢荷重 えなかった場合と比べて有意に前鋸筋の活動が 下である SPP と上肢非荷重下の動作課題との間 高かったとの報告がある に有意な差を認めなかった.このことから,健常 常者であることや,先行研究ではセラバンドの長 18) .本研究の被験者が健 さを 10 回以上反復して行える負荷量と定義され ていた 18) が,本研究では肩甲骨面上で肩関節 135°挙上位での両指尖間の 80%の長さで統一し て行った.そのため,被験者の上肢長の差でセラ バンドの長さが変化したことによるセラバンド の張力の変化に伴って負荷量が変化したため,前 鋸筋筋活動のばらつきが大きくなった可能性が あり,先行研究と異なる結果に繋がったと考えら れる.以上のことから,本研究で使用した Thera Scap は,負荷量の設定方法を考慮し,再度検討 が必要である. 水平内転方向に負荷を加えた動作である Ball Flex は,Thera Scap 以外の上肢非荷重下の動作 よりも,有意に前鋸筋の筋活動が高まることを示 し,仮説を部分的に支持する結果となった.本研 究結果より,Thera Scap は個人によるばらつき が大きいため,上肢非荷重下の運動においては, Ball Flex が前鋸筋の筋活動を高める介入方法と して推奨できると考えられる. 肩関節は日常生活で,抗重力位且つ上肢非荷重 下で使用されることが多い.臨床的意義として, 上肢運動課題が抗重力位へ移行する時期のリハ ビリテーションや非荷重下における前鋸筋の筋 活動を高めることを目的とした訓練では,肩関節 の屈曲時に水平内転方向の負荷を加えることで, 前鋸筋の筋活動をより高めることが期待できる と考えられる. 謝辞 本研究を終えるにあたり,ご指導を賜りました 本学諸先生方,本学大学院保健科学院の石垣智恒 氏,廣川基氏,ならびに被験者を快諾していただ きました本学学生の皆様に深く感謝します. 引用文献 1) Dvir Z, et al. : The shoulder complex in elevation of the arm: A mechanism approach. 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