〔生化学 第8 2巻 第6号,pp.4 8 4―4 9 3,2 0 1 0〕 !!! !!! !!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 特集:ペプチド科学と生化学の接点 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!! がん抑制タンパク質 p5 3の四量体形成 鎌 田 瑠 泉,坂 口 和 靖 がん抑制タンパク質 p5 3は遺伝毒性ストレスに応答して活性化し,細胞周期停止やアポ トーシスを誘導して細胞のがん化を抑制している.p5 3の四量体形成は機能発現に必須で あり,細胞内タンパク質量・翻訳後修飾・タンパク質間相互作用などの様々な要因により 制御されている.p5 3の複雑な制御機構を理解するためには,これらの要因と四量体形成 とが相互に及ぼす影響を詳細に解析していくことが必要である.本稿では,ペプチドを用 いた p5 3の四量体形成ドメインの同定・構造安定性解析を基に,四量体形成による p5 3機 能の調節機構について紹介する. 1. は じ め 体形成が p5 3の機能発現に必須である6∼11).p5 3の四量体 に と単量体は平衡関係にあり,タンパク質量・翻訳後修飾な がん抑制タンパク質 p5 3は,遺伝毒性ストレスに対する どにより四量体形成は影響を受ける.p5 3は遺伝毒性スト 細胞周期調節のための多様なネットワークの最も重要な レスに応答して翻訳後修飾されることにより安定化・活性 “ハブ(hub) ”タンパク質である.p5 3は紫外線,放射線 化され,活性型四量体 p5 3により機能を発揮すると考えら などの遺伝毒性ストレスに応答して活性化され,細胞周期 れている.細胞内 p5 3の制御機構を解明するためには, 停止,アポトーシスを誘導する様々な下流遺伝子の転写を p5 3の四量体構造およびその安定性,翻訳後修飾が及ぼす 活性化する転写因子として,細胞ゲノム情報の完全性を保 影響を定量的に解析する必要がある.しかしながら,細胞 つ機構の中心的な働きをしている1∼3).また,p5 3は転写因 内 p5 3の四量体構造の安定性および翻訳後修飾・タンパク 子としての機能だけでなく,直接ミトコンドリアで機能し 質レベル増加による四量体の安定化を定量的に解析するこ てアポトーシスを誘導し,さらには Drosha と相互作用す とは容易ではない.本稿では,ペプチドを用いた p5 3四量 ることで microRNA(miRNA)のプロセシングに関与する 体形成に関わる研究を中心に,p5 3多量体形成ドメインの ことも明らかとなっている4).さらに最近,p5 3―p2 1経路 同定から,その詳細な構造,安定性解析結果について紹介 が iPS 細胞樹立を抑制していることが報告されるなど , する.さらに,ペプチドを用いて得られた精密な定量的解 p5 3は細胞内の様々なプロセスに関与していることが分 析結果を基に,細胞内での p5 3の四量体形成と機能調節, かっている(図1) . および p5 3の四量体形成ドメイン変異による不安定化とが 5) p5 3はホモ四量体を形成するタンパク質であり,p5 3の DNA 結合能,タンパク質間相互作用,核内・核外移行な どの様々な機能は p5 3の多量体構造に依存しており,四量 ん化との関連について解説する. 2. p5 3四量体形成ドメインの同定・構造 ヒト p5 3は3 9 3アミノ酸残基からなり,N 末端側から五 北海道大学大学院理学研究院化学部門生物化学研究室 (〒0 6 0―0 8 1 0 北海道札幌市北区北1 0条西8丁目) Tetramerization of tumor suppressor protein p5 3 Rui Kamada and Kazuyasu Sakaguchi(Laboratory of Biological Chemistry, Department of Chemistry, Faculty of Science, Hokkaido University, North 1 0, West 8, Kita-ku, Sapporo0 6 0―0 8 1 0, Japan) つの主要なドメイン(転写活性化ドメイン,プロリンリッ チドメイン,DNA 結合ドメイン,四量体形成ドメイン, 塩基性ドメイン)で構成されている(図2) .1 9 9 4年,著 者らが p5 3四量体形成ドメイン同定の研究を始めた当時明 らかとなっていたのは,p5 3の C 末端側約1/4の領域が 多量体形成に関わっていることであった.四量体形成ドメ 4 8 5 2 0 1 0年 6月〕 図1 がん抑制タンパク質 p5 3の機能 p5 3は遺伝毒性ストレスに応答して活性化・安定化・四量体形成し,1.ミトコンド リアでのアポトーシス促進,2.様々な下流遺伝子の転写活性化,3.miRNA プロセ シングの促進など,様々な機能を発揮する.これらの機能により,遺伝毒性ストレス に応答したアポトーシス・細胞周期停止が誘導される. 図2 p5 3のドメイン構造 ヒト p5 3は3 9 3アミノ酸残基からなり,N 末端側から転写活性化ドメイン(TAD) , プロリンリッチドメイン(PRD) ,DNA 結合ドメイン(DBD) ,四量体形成ドメイン (TD) ,塩基性ドメイン(BD)の五つの主要なドメインから構成されている. 図3 p5 3四量体形成ドメインの構造(pdb:3sak) (A) 四量体形成ドメインのアミノ酸配列 四量体形成ドメインは β ストランド(3 2 6―3 3 3位) ,ターン(3 3 4位) ,α ヘリックス (3 3 5―3 5 6位)から構成される. (B) 四量体形成ドメインの NMR 構造 二つの逆平行 β シートと4ヘリックスバンドルにより四量体を形成する.矢印で示 した四つの N 末端は立方体の頂点に位置しているとみなすことができる. 4 8 6 〔生化学 第8 2巻 第6号 図4 p5 3のドメイン構造と翻訳後修飾部位 p5 3の N 末端側と C 末端側には翻訳後修飾を受ける部位が多数存在 し,遺伝毒性ストレスに応答した修飾により,p5 3の安定性・DNA 結合能・転写活性・四量体の安定性が制御されている. 図5 p5 3に見られるミスセンス変異の頻度 上:各アミノ酸残基の体細胞突然変異の頻度とホットスポット変異 下:各アミノ酸残基の生殖細胞系列変異の頻度 IARC TP5 3Mutation Database, release R1 4, November2 0 0 943) 4 8 7 2 0 1 0年 6月〕 表1 ヒト悪性腫瘍に見られる四量体形成ドメインのミスセンス変異 図6 四量体形成ドメインの変異が四量体構造に及ぼす影響 (A) 四量体形成ドメイン変異型ペプチドの熱安定性.温度上昇に伴 う2 2 2nm の CD 値を測定し,四量体の半分が変性して単量体となる ときの温度(Tm)を求めた. (B) 四量体構造不安定化により転写活性・がん抑制機能が低下する. 四量体構造の安定性・転写活性・がん抑制機能を定量的に解析するこ とで,四量体構造が不安定化し,転写活性やがん抑制機能を失う際の 閾値を明らかにできると考えられる. 4 8 8 〔生化学 第8 2巻 第6号 図7 四量体形成ドメイン変異型 p5 3タンパク質の転写活性 (A) 生細胞における p5 3転写活性解析法.EGFP 融合 p5 3タンパク質発現ベクターと p5 3応答性配列を持ち,下流に DsRed の配列 を持つレポーターベクターを p5 3null の H1 2 9 9に導入する.緑色蛍光強度から p5 3タンパク質量,赤色蛍光強度から転写活性を定量 する. (B) 変異型 p5 3タンパク質の転写活性と変異型ペプチド安定性の相関.横軸に変異型ペプチドの安定性(Tm) ,縦軸に変異型 p5 3タ ンパク質の転写活性(EGFP-p5 3が発現している細胞中の DsRed を発現している細胞の割合)をプロットした.四量体構造の安定性 が減少すると,p5 3タンパク質の転写活性も減少している. (C) K1 0-p5 3tet, R1 0-p5 3tet による p5 3転写活性の阻害効果.ペプチドを加えていないときの転写活性を1 0 0% とした.ヘテロ四量 体を形成する WT では転写活性が約6 0% 低下しているが,四量体を形成できない変異型 L3 4 4P ではその阻害効果がほとんど見られ ない. 図8 p5 3四量体形成による翻訳後修飾・機能の変化 四量体形成および翻訳後修飾・タンパク質安定性・タンパク質間相互作用は互い に影響しあい,p5 3の DNA 結合能・転写活性などの機能を制御している. 4 8 9 2 0 1 0年 6月〕 インの位置を決定するため,p5 3の3 0 3位―3 9 3位周辺の配 四量体構造の立体構造を基に,疎水性コアに存在する残 列を持つ9種のペプチドを通常の Fmoc 固相法,あるいは 基の中の,プライマリーダイマー間の疎水性アミノ酸を置 相本らのチオエステル法によるセグメント縮合により合成 換することにより,天然型のプライマリーダイマーと同様 した12,13).合成した各ペプチドの沈降平衡法による超遠心 の構造を持つ二量体変異体 M3 4 0Q/L3 4 4R や22),プライマ 分析を実施した結果,3 1 9―3 6 0位が四量体形成のためのコ リーダイマーとは異なる構造を持つ二量体変異体 M3 4 0K/ アドメインを含むことが明らかとなった14).さらに,四量 F3 4 1I/L3 4 4Y が作成されている23).また,著者らは,3 4 1 体を形成するペプチドの CD スペクトルの α ヘリックス含 位の Phe を非天然型のアミノ酸であるシクロヘキシルアラ 有率が高いこと,また,クロスリンキングの実験より逆平 ニン(Cha)に置換することで,p5 3ペプチド四量体構造 行の4ヘリックスバンドルを形成することが予想された. が飛躍的に安定化(Tm>1 0 0℃)することを見出している. Clore らとの共同研究により,p5 3四量体形成ドメイン この超安定構造は,Phe よりも嵩高く自由度の高い Cha が の NMR による立体構造が明らかとなった.四量体形成ド 四量体構造中の空隙を埋めることによって達成されている メインは N 末端側から β ストランド(Glu3 2 6-Arg3 3 3) , と考えられる.Cha はこのような環境における Phe の有用 ターン(Gly3 3 4) ,α ヘリックス(Arg3 3 5-Gly3 5 6)で構成 なアナログであり,安定な酵素やペプチド性薬剤の設計な されている .逆平行 β シートによりプライマリーダイ 1 5, 1 6) マーが形成され,二つのプライマリーダイマーが4ヘリッ クスバンドルを介して二量体の二量体として対称な四量体 どへの応用に有用な手法となることが期待される. 3. 四量体構造の安定性と翻訳後修飾 が形成される(図3) .この四量体構造において,4個の N p5 3の四量体形成は,DNA 結合・転写活性化能に重要 末端と C 末端は模式的に立方体の頂点に位置しており, である24∼26).p5 3の N 末端領域と C 末端領域には様々な翻 DNA 結合ドメインと C 末端側の塩基性ドメインが互いに 訳後修飾を受ける部位が存在し,遺伝毒性ストレスに応答 三次元空間で近接した位置に配置されると考えられる.こ した翻訳後修飾により p5 3のタンパク質安定性・四量体構 の構造は,p5 3タンパク質四量体の4個の DNA 結合ドメ 造の安定性・転写活性化能などが制御されている2)(図 インが2個のパリンドローム配列中にある4個の結合部位 4) .著 者 ら は,p5 3の C 末 端 領 域 の Ser3 1 5,Ser3 7 8,Ser と相互作用する際の,DNA の折れ曲がりにも重要である 3 9 2のリン酸化が四量体構造に及ぼす効果を解析するた と思われる.また,X 線結晶構造解析17,18)による立体構造 め,3 1 5位,3 7 8位,3 9 2位にそれぞれリン酸化セリンを も明らかになっている. 導入した p5 3C 末端(3 1 9―3 9 3位)ペプチドアナログを化 Fersht らは,3 2 6位―3 5 3位までの各残基のアラニン ス 学合成した.合成した各ペプチドを用いた超遠心分析によ キャニング法により,四量体構造安定化およびフォール り四量体―単量体間の解離定数を求めた.その結果,3 9 2 ディングに重要な残基を明らかにしている19).四量体の界 位のリン酸化により非リン酸化時と比べて1 0倍近く四量 面に存在する Leu3 4 4,Leu3 4 8,Met3 4 0,疎水性コアを形 体形成が促進することが明らかとなった.31 5位,3 7 8位 成する Phe3 2 8,Arg3 3 7,Phe3 3 8,疎水性コアの中心に位 のリン酸化は四量体形成にほとんど影響を及ぼさなかった 置する残基 Ile3 3 2,Leu3 3 0,Phe3 4 1の9個の疎水性アミ が,3 1 5位のリン酸化は3 9 2位の安定化効果を打ち消すこ ノ酸残基の Ala 置換により,四量体構造が大きく不安定化 とが示された.p5 3は細胞ストレスに応答して数々の翻訳 したことから,これらの残基が四量体構造形成および安定 後修飾を受けることから,ストレスに応答した C 末端領 化に重要であることが判明している.また,四量体形成ド 域の Ser3 9 2のリン酸化により p5 3の四量体構造の安定化 メインは疎水性相互作用だけでなく,Arg3 3 7―Asp3 5 2間の が制御されていることが考えられる.また,p5 3C 末端領 静電的相互作用によっても安定化している.さらには,分 域のリン酸化により1 4-3-3ファミリータンパク質と p5 3 子動力学シミュレーションにより,Arg3 3 7,Asp3 5 2の静 の結合が増加するという報告もある27).一方,疎水性コア 電相互作用には二つの残基 Arg3 3 3,Glu3 4 9も関与してい に位置する Met3 4 0の酸化剤によるメチオニンスルホキシ ることが示されている .さらに,ストップトフロー CD, ドへの酸化が,四量体構造を大きく不安定化することが示 蛍光法による四量体形成ドメインのフォールディング解析 されている28).Met3 4 0酸化型ペプチドはスルホキシド基 から,変性状態の単量体はフォールディングして,まずネ 同士の電荷の反発や立体障害により四量体構造が不安定化 イティブな構造とは異なる構造を持った遷移状態である二 していると考えられる.酸化ストレスによる Met 残基の 量体を形成することが明らかにされている21).続いて,ネ 酸化は p5 3タンパク質を不活性化させる要因の一つである イティブな構造と似た構造の二量体へと構造変化し,その かもしれない. 2 0) 二量体同士が会合して四量体を形成する.一方,四量体構 上記とは逆に,四量体形成が p5 3タンパク質の翻訳後修 造のアンフォールディング過程では,中間体は観測され 飾において必須となる場合も知られている.例えば,ユビ ず,四量体から単量体へ変性することが示されている. キチンリガーゼ(E3)である Mdm2との結合を阻害する 4 9 0 〔生化学 第8 2巻 第6号 N 末端領域 Ser2 0のリン酸化には四量体形成ドメインが必 る.これらの変異体は天然型と比べて四量体構造が著しく 要である29).また,p5 3の DNA 結合能を増加させる C 末 不安定化しており,DNA 結合能や転写活性が低下してい 端領域 Lys3 8 2のアセチル化も,四量体形成できない変異 ることが明らかとなっている40∼43).Kriwacki らは,家族性 型では起こらない .これは C 末端領域 Lys3 2 0をアセチ 腫 瘍 症 候 群 の Li-Fraumeni 症 候 群 に 見 ら れ る p5 3変 異 ル化する酵素 p3 0 0が p5 3の四量体にしか結合できないた R3 3 7H の安定性を詳細に解析している42).天然型の四量体 めであると考えられる.さらに,p5 3の E3ユビキチンリ 構造は pH5から9の間で安定性が変化しないのに対し, ガーゼである Pirh2は p5 3の四量体構造を認識し,四量体 R3 3 7H は pH が7から8に上昇すると大きく不安定化す 形成ドメインに結合して p5 3をユビキチン化することが明 る.この pH 依存性は His 残基のプロトン化によるもので 6, 1 1) らかになっている .このため,Pirh2は四量体を形成し あることがわかっている.また,G3 3 4V のように四量体 ている p5 3を優先的にユビキチン化することで,活性型 構造を不安定化させるだけでなく,生理的 pH でアミロイ p5 3の代謝回転を制御していると考えられている. ドを形成する変異も報告されている44).3 3 4位 Gly は β ス 3 0) 四量体形成と翻訳後修飾が相互に影響し合う一方で,こ トランドと α ヘリックスを繋ぐターン部位に位置する残 れらは細胞内における p5 3タンパク質の安定性,転写活 基である.変異型ペプチド G3 3 4V は,低温条件下で天然 性,タンパク質間相互作用にも影響を及ぼす.p5 3は極め 型 p5 3四量体形成ドメインペプチドと同様の四量体構造を て半減期が短く,正常細胞では生合成後速やかにユビキチ 形成するが,生理的 pH,温度条件下では β 構造からなる ン―プロテアソームによるタンパク質分解を受ける.この 凝集前駆体へと構造変化し,アミロイド様線維を形成す ため,正常細胞において p5 3のタンパク質レベルは非常に る.天然型および R3 3 7H ペプチドも pH 4. 0ではアミロイ 低い.ところが,遺伝毒性ストレスに応答して p5 3の N ド様線維を形成することが報告されている45).さらに,著 末端側がリン酸化を受けると,Mdm2と p5 3の結合が阻害 者らはシスプラチン耐性卵巣がん細胞(A2 7 8 0)から,四 され,p5 3は安定化して機能を発揮する .また,C 末 量体形成ドメイン変異 K3 5 1N を同定し,四量体構造が不 端領域のアセチル化が p5 3の配列特異的 DNA 結合,転写 安定化していることを見出した46).さらに,K3 5 1N は転写 活性を増加させることが明らかとなっている33,34).さらに 活性が減少し,シスプラチン処理による細胞質 p5 3の減少 は,p5 3の四量体形成はタンパク質間相互作用にも重要で も見られた.A2 7 8 0のシスプラチン誘導アポトーシスは細 3 1, 3 2) ある.翻訳後修飾する酵素のみならず,p5 3の核内移行に 胞質 p5 3に依存することが知られており,A2 7 8 0は K3 5 1N 関 わ る と 考 え ら れ て い る S1 0 0B や35),Mdm236),HPV-1 6 の四量体構造の不安定化による転写活性の減少および細胞 E237),c-Abl38)との結合も p5 3の多量体構造に影響を受ける 質 p5 3の減少によりアポトーシス耐性を獲得していると考 という報告もされている.このように,細胞内における えられる. p5 3の機能は様々な要因が関わる複雑な制御を受けている 上記の変異を含め,四量体形成ドメイン中では,現在ま ため,in vitro における精密な定量的解析が重要になると でに四量体形成ドメイン3 1残基中2 4残基に4 9個のミス 考えられる. 3 9) センス変異が報告されている(表1) .我々は,これらの 4. 四量体形成ドメインの変異と四量体構造の安定性 変異が p5 3の四量体構造に及ぼす影響を網羅的・定量的に 解析するため,変異型 p5 3四量体形成ドメインペプチドを p5 3タンパク質をコードしている TP5 3 遺伝子の変異は 用いた構造安定性の網羅的解析を行った.まず,変異型ペ ヒト悪性腫瘍中で最も多く見られる異常である24,39).欠損 プチドを化学合成し,ゲルろ過により多量体構造を同定し 型変異やナンセンス変異による不活性化が大部分を占める た.その結果,4 9種の変異型ペプチド中5種のペプチド 他のがん抑制遺伝子とは異なり,p5 3に見られる変異の大 (L3 3 0P,L3 3 0R,R3 3 7P,R3 4 2P,L3 4 4P)が四量体を形成 部分(7 4%)はミスセンス変異である.p5 3に見られる体 できず,単量体の位置に溶出した.一方,3種のペプチド 細胞ミスセンス変異はその9 5% 以上が DNA 結合ドメイ (F3 4 2C,L3 4 4R,A3 4 7T)は二量体を形成していることが ンに見られる(図5) .一方,生殖細胞系列変異では,四 明らかとなった.上記以外の変異型ペプチドは低温・高濃 量体形成ドメイン中に存在する Arg3 3 7に最も多くの変異 度条件下において天然型と同様に四量体の位置に溶出し が報告されており,DNA 結合ドメインと四量体形成ドメ た. インには同程度の頻度で変異が存在している.このことか CD 測定により各ペプチドの四量体構造安定性を定量化 ら,DNA 結合ドメインと同様に,四量体形成ドメインは した(図6A) .ほとんどの変異型ペプチドは四量体構造が p5 3の機能発現にとって必須の領域であることがわかる. 不安定化しており,中には低温・高濃度条件においても四 Li-Fraumeni 症候群に見られる変異である R3 3 7C, R3 3 7H, 量体を形成できず,ランダムコイル状の単量体として存在 L3 4 4P や,悪性腫瘍由来の変異 L3 3 0H,G3 3 4V,R3 4 2P に する変異型ペプチドも存在した.また,上記の疎水性コア ついては構造安定性や転写活性などの機能が報告されてい を形成する残基の変異により,四量体構造は著しく不安定 4 9 1 2 0 1 0年 6月〕 化することが明らかとなった.一方,側鎖が溶媒に露出し のカリックス[4] アレーン誘導体は,Li-Fraumeni 症候群に ている残基の変異による不安定化効果は小さい傾向にあっ 見られる点変異体 R3 3 7H に対してペプチドが50% 変性す た.興味深いことに,変異型ペプチドの安定性は天然型と るときの温度 Tm をおよそ1 0℃ 上昇させると報告してい ほぼ同程度から非常に不安定なものまで広く分布してい る.1H-15N-HSQC 法による NMR 測定により,この化合物 た.さらに変異型 p5 3の内在性 p5 3タンパク質レベルにお 中のプラス電荷を持つグアニジウム基が p5 3四量体構造の ける四量体の割合を算出した結果,in vitro ではわずかし 表面に側鎖が露出している Glu3 4 6,Glu3 3 9と相互作用し, か不安定化が見られない変異体でも,四量体の割合は大き 疎水性のループ構造が p5 3四量体構造の疎水性ポケットに く減少することが明らかになった.このことから,四量体 入り込むことで変異型 R3 3 7H 構造を安定化することが明 構造のわずかな不安定化が p5 3の四量体構造に影響を及ぼ らかとなっている.この化合物の細胞や動物レベルでの活 し,p5 3の機能不全へと繋がる可能性が示唆される.すな 性に興味が持たれる.また,DNA 結合ドメインの変異体 わち,p5 3が機能不全となる際の四量体構造不安定化の閾 に対する安定化剤も報告されており,それら安定化剤によ 値は非常に小さいかもしれない(図6B) . る変異型 p5 3の機能修復が示されている49∼52). 四量体構造の安定性と p5 3の機能との相関を解明するた p5 3の四量体形成については,これまでその安定化につ め,現在までに変異型 p5 3についての様々な解析が進めら いて興味が持たれてきたが,四量体形成の阻害による不安 れている.我々は,生細胞中における p5 3の機能を解析す 定化が重要な意味を持つ例も紹介したい.iPS 細胞は四つ るため,緑色蛍光タンパク質 EGFP 融合 p5 3タンパク質発 の転写因子 Oct4,Sox2,Klf4,c-Myc を導入することで 現ベクターと p5 3応答性プロモーターの下流に赤色蛍光タ 作成することができるが,作成効率は導入した細胞中5% ンパク質 DsRed の遺伝子を組み込んだレポーターベク と非常に低い53).近年,この低い作成効率は,p5 3が iPS タ ー を 作 成 し た(図7A) .こ の ベ ク タ ー を p5 3 null の 細胞誘導の過程を抑制していることが原因であり,p5 3 H1 2 9 9細胞に導入し,緑色蛍光量から p5 3タンパク質量 null の細胞では iPS 作成効率が1 0―2 0倍に増加することが を,赤色蛍光量から p5 3の転写活性を定量化した47).一般 明らかとなっている5).このことから,p5 3機能の一過性 に,細胞に発現ベクターをトランスフェクトすると,導入 の効果的な阻害は,iPS 細胞作成の効率を上昇させると考 するベクター量を少なくしても内在性レベルに比べて約 えられる.著者らは p5 3が四量体として機能することに着 1 0∼2 0倍量の過剰のタンパク質が発現する.p5 3四量体形 目し,四量体形成ドメインペプチドとヘテロオリゴマーを 成は濃度に依存するため,p5 3タンパク質が過剰に存在し 形成させることで p5 3機能を阻害することを目指してい ている条件では四量体の割合が増加してしまうと考えられ る.四量体形成ドメインペプチドを細胞内へ導入するた る.このため,内在性レベルの p5 3を発現している細胞の め,protein transduction domain (PTD)であるポリカチオ みを解析対象とした.その結果,四量体構造が不安定化し ン配列を p5 3ペプチドに融合した PTD-p5 3tet ペプチドを ている変異体では転写活性も低下し,両者の間に強い相関 化学合成した.これらのペプチドは細胞内へと移行し, が見られ,細胞内生理的条件に近い濃度において四量体形 p5 3の転写活性を約6 0% 阻害することが明らかとなった 成が転写活性に必要であることが示された(図7B) .同様 (図7C) .この阻害効果は四量体を形成できない変異型ペ の結果が,酵母発現系を用いた転写活性の解析でも報告さ プチドでは見られなかったことから,PTD-p5 3tet ペプチド れている . は p5 3タンパク質とヘテロ四量体を形成し,転写活性を阻 4 8) 5. p5 3四量体構造の安定性制御を介した機能制御 今まで述べてきたように,p5 3の四量体形成により転写 活性やタンパク質間相互作用が変化する.このため,四量 体構造を安定化あるいは不安定化させることにより,p5 3 の機能を制御することができると考えられる. 害したものと考えられる.より強い阻害効果を示すペプチ ドを開発するため,ペプチドの導入効率,ヘテロオリゴ マーを優先的に形成するペプチドのスクリーニング等を進 める必要があるだろう. 6. お わ り に p5 3四量体形成ドメインや DNA 結合ドメインをター p5 3は細胞内で厳密にタンパク質量が制御され,機能し ゲットとして,がん治療薬を目指した安定化剤開発が進め ている.p5 3の遺伝毒性ストレスに応答した翻訳後修飾, られている.四量体形成ドメインの点変異による四量体構 安定化により p5 3の四量体と単量体間の平衡が四量体側に 造の不安定化は,細胞内転写活性能を低下させている.こ シフトし,p5 3はより翻訳後修飾を受けやすくなる.この のため,変異型四量体構造を安定化させることで p5 3の機 ように,p5 3の翻訳後修飾と四量体構造の安定化は相互に 能回復が可能になると考えられる.Mendoza らは,カリッ 影響しあうことで,遺伝毒性ストレスに迅速に応答し,細 クス[4] アレーンの上部に四つのグアニジウム基を持ち, 胞のがん化を抑制していると考えられる(図8) . 下部に疎水性のループ構造を持つ化合物を合成した48).こ p5 3の詳細な制御機構,変異によるがん化機構を解明す 4 9 2 〔生化学 第8 2巻 第6号 る上で,細胞内 p5 3濃度における四量体構造の安定性・翻 訳後修飾・機能を定量的に解析することは極めて重要であ る.このような定量的解析には,容易に多種類・多量のサ ンプルを得ることができ,様々な測定系に応用することが できるペプチドは極めて有用であるといえる.今後は,ペ プチドを用いて得られた安定性の結果と全長タンパク質の 安定性との比較,およびタンパク質の翻訳後修飾レベル・ 転写活性などの機能を定量的に解析する必要があるだろ う.また,p5 3の四量体形成ドメインペプチドにおいて, N 末端および C 末端は模式的にそれぞれ立方体の頂点に 位置するという非常にユニークな構造を形成しており,N 末端,C 末端に各種機能分子を立体配置制御的に付加する ことにより,このペプチドを利用した新規バイオナノマテ リアル創製への展開も期待される. 文 献 2 3. 1)Meek, D.W.(2 0 0 9)Nat. 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A.,9 6,1 8 7 5―1 8 8 0. 2 7)Rajagopalan, S., Jaulent, A.M., Wells, M., Veprintsev, D.B., & Fersht, A.R.(2 0 0 8)Nucleic Acids Res.,3 6,5 9 8 3―5 9 9 1. 2 8)Nomura, T., Kamada, R., Ito, I., Chuman, Y., Shimohigashi, Y., & Sakaguchi, K.(2 0 0 9)Biopolymers,9 1,7 8―8 4. 2 9)Shieh, S.Y., Taya, Y., & Prives, C.(1 9 9 9)EMBO J., 1 8, 1 8 1 5―1 8 2 3. 3 0)Sheng, Y., Laister, R.C., Lemak, A., Wu, B., Tai, E., Duan, S., Lukin, J., Sunnerhagen, M., Srisailam, S., Karra, M. et al. (2 0 0 8)Nat. Struct. Mol. Biol.,1 5,1 3 3 4―1 3 4 2. 3 1)Haupt, Y., Maya, R., Kazaz, A., & Oren, M.(1 9 9 7)Nature, 3 8 7,2 9 6―2 9 9. 3 2)Picksley, S.M. & Lane, D.P.(1 9 9 3)BioEssays,1 5,6 8 9―6 9 0. 3 3)Luo, J., Li, M., Tang, Y., Laszkowska, M., Roeder, R.G., & Gu, W.(2 0 0 4)Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 1 0 1, 2 2 5 9― 2 2 6 4. 3 4)Barlev, N.A., Liu, L., Chehab, N.H., Mansfield, K., Harris, K. G., Halazonetis, T.D., & Berger, S.L.(2 0 0 1)Mol. Cell, 8, 1 2 4 3―1 2 5 4. 3 5)van Dieck, J., Fernandez-Fernandez, M.R., Veprintsev, D.B., & Fersht, A.R.(2 0 0 9)J. Biol. Chem.,2 8 4,1 3 8 0 4―1 3 8 1 1. 3 6)Lomax, M.E., Barnes, D.M., Gilchrist, R., Picksley, S.M., Varley, J.M., & Camplejohn, R.S.(1 9 9 7)Oncogene, 1 4, 1 8 6 9― 1 8 7 4. 3 7)Massimi, P., Pim, D., Bertoli, C., Bouvard, V., & Banks, L. (1 9 9 9)Oncogene,1 8,7 7 4 8―7 7 5 4. 3 8)Nie, Y., Li, H.H., Bula, C.M., & Liu, X.(2 0 0 0)Mol. Cell. Biol.,2 0,7 4 1―7 4 8. 3 9)Petitjean, A., Mathe, E., Kato, S., Ishioka, C., Tavtigian, S.V., Hainaut, P., & Olivier, M.(2 0 0 7)Hum. Mutat.,2 8,6 2 2―6 2 9. 4 0)Atz, J., Wagner, P., & Roemer, K.(2 0 0 0)J. Cell. Biochem., 7 6,5 7 2―5 8 4. 4 1)Davison, T.S., Yin, P., Nie, E., Kay, C., & Arrowsmith, C.H. (1 9 9 8)Oncogene,1 7,6 5 1―6 5 6. 4 2)DiGiammarino, E.L., Lee, A.S., Cadwell, C., Zhang, W., Bothner, B., Ribeiro, R.C., Zambetti, G., & Kriwacki, R.W.(2 0 0 2) Nat. Struct. Biol.,9,1 2―1 6. 4 3)Rollenhagen, C. & Chene, P.(1 9 9 8)Int. 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Med.,8,2 8 2―2 8 8. 5 0)Foster, B.A., Coffey, H.A., Morin, M.J., & Rastinejad, F. (1 9 9 9)Science,2 8 6,2 5 0 7―2 5 1 0. 5 1)North, S., Pluquet, O., Maurici, D., El-Ghissassi, F., & Hainaut, P.(2 0 0 2)Mol. Carcinog.,3 3,1 8 1―1 8 8. 5 2)Selivanova, G., Ryabchenko, L., Jansson, E., Iotsova, V., & Wiman, K.G.(1 9 9 9)Mol. Cell. Biol.,1 9,3 3 9 5―3 4 0 2. 5 3)Takahashi, K. & Yamanaka, S.(2 0 0 6)Cell,1 2 6,6 6 3―6 7 6.
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