難燃性マグネシウム合金の高機能組織制御と鉄道車両用部材の開発

平成18年度 佐賀県工業技術センター 研究報告書
難燃性マグネシウム合金の高機能組織制御と鉄道車両用部材の開発
生産技術部
永倉寛巳
本研究は産業技術総合研究所九州センターのマグネシウム難燃化技術をメインシーズ
として,新幹線をはじめとする鉄道用車両の軽量化,省エネ化を達成するための難燃性
マグネシウム合金の高効率,低コストなプレス成形技術を確立することを目標とする.
本年度は難燃性マグネシウム合金のプレス成形における成形限界域について検討を行い,
角筒成形試験結果から,角筒成形における金型温度や絞り速度の成形限界域を明らかに
した.次いで,難燃性マグネシウム合金の実製品への適用について検討し,新幹線車両
用ドアノブを製作する際の形状や板厚,成形工数を明らかにした.また,プレス成形シ
ミュレーションによる解析結果は,実際の角筒成形試験での割れの具合やドアノブ成形
結果とよく一致する結果が得られたことから,実際のプレス成形の解析ツールとしてプ
レス成形シミュレーションが有効であることを示した.
1.はじめに
本研究においては,新幹線をはじめとする鉄道用
車両の軽量化,省エネ化を達成するために難燃性マ
行う.
本試験では,難燃性マグネシウム合金AMX602と
NPAMX602(AMX602の塑性加工性を改善する目的で開
グネシウム合金の高効率,低コストなプレス成形技
術を確立することを目的とする.
マグネシウム合金のプレス成形は,通常200゚Cを
発された材料)の二種類を試料とし,厚さが1mmで,
145mm角(コーナーカット量52.5mm)の大きさに加工
したものをブランク材として用いる.
越える温度領域で行われているが,難燃性マグネシ
ウム合金のプレス成形については,その成形条件や
実製品への適用について十分な知見が得られていな
また,角筒成形試験を行うには温間金型が必要で
あり,本試験では,パンチが60mm角,ダイが62mm角,
パンチ先端半径が8mm,ダイ肩半径が8mm及びコー
い.
そこで,本研究においては,まず,難燃性マグネ
ナー半径が6mmである温間金型を製作し,試験に用
いる.この金型のダイ及び板押さえの内部には,金
シウム合金のプレス成形における成形限界域につい
型を加熱するための棒状ヒーターと金型の温度を測
て検討を行う.次いで,実製品への適用として,従
来はステンレスを用いて製作されている新幹線車両
定するための熱電対を組み込み,これらヒーターと
熱電対をコントローラに接続して金型の温度を制御
用ドアノブを,難燃性マグネシウム合金を用いて製
作することについて検討を行う.
する.
本試験では,金型温度と絞り速度の二つを成形試
また,上述の検討に当たっては,実際に成形限界
域を求めるための角筒成形試験やドアノブ成形試験
を行うが,並行してプレス成形シミュレーションシ
験の要因とし,金型温度については,250℃,275℃
及び300℃の3つの条件の下で,また絞り速度につ
いては,1.0mm/s,2.5mm/s,5.0mm/s,7.5mm/s及び
ステム(PAM-STAMP)1)2)によるシミュレーション解
析を行い,その解析結果と実際の試験結果との比較
10.0mm/sの5つの条件の下で,上述のブランク材を
40mm深絞りすることで成形限界域を求める.プレス
検証を行うなどして,プレス成形シミュレーション
潤滑剤としてはプレコート潤滑剤を使用する.
の有効性について検討を行う.
また,並行してプレス成形シミュレーションシス
テムを用いて,上述と同じ条件のもとでシミュレー
ション解析を行い,その解析結果と実際の成形試験
結果との比較検証を行う.
2.実験方法
2.1 温間域での角筒成形試験
難燃性マグネシウム合金のプレス成形における成
2.2 新幹線車両用ドアノブの試作
形限界域を求めるため,温間域での角筒成形試験を
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実製品への適用として,新幹線車両用ドアノブを
平成18年度 佐賀県工業技術センター 研究報告書
板 厚
楕円状長穴の内R
絞り速度
[mm/s]
7.5
内角R
内角R
図1
×
×
×
5.0
×
×
×
2.5
×
×
○
1.0
×
○
○
250
275
300
新幹線車両用ドアノブの形状
金型温度 [
゜C]
(a) AMX602
絞り速度
[
mm/s]
10.0
(a)上金型
×
×
×
7.5
×
×
○
5.0
×
×
○
2.5
×
○
○
1.0
×
○
○
250
275
300
金型温度 [
゜C]
(b) NPAMX602
図4 難燃性マグネシウム合金の角筒成形試験結果
難燃性マグネシウム合金を用いて製作する場合の形
状や成形工数について検討を行う.
(b)下金型
図2 角筒成形用温間金型
図1に新幹線車両用ドアノブの形状に関する設計
図を示す.
まず,従来のステンレスを成形してドアノブを製
作している形状値に基づいて,難燃性マグネシウム
合金を成形できるのかについて検討を行う.
次いで,この検討結果を踏まえ,難燃性マグネシ
ウム合金を成形してドアノブを製作する場合の,ド
アノブの内角R,楕円状長穴の内R及び板厚や最適
な成形工数について,プレス成形シミュレーション
システムを用いて検討を行う.
そしてシミュレーション結果を踏まえ,ドアノブ
成形用温間金型を製作し,その金型を用いて実際に
ドアノブの成形試験を行い,成形品の評価を行う.
3.実験結果
図3 角筒成形試験の状況
プレス機械はAIDA製,最大荷重200t
3.1 温間域での角筒成形試験
ここでは,温間域での難燃性マグネシウム合金の
角筒成形試験の結果について述べる.
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平成18年度 佐賀県工業技術センター 研究報告書
外 側
(a) AMX602
(b) NPAMX602
図7
図5 角筒成形試験における成功の例
中 央
内 側
角筒成形シミュレーション解析結果
試料 NPAMX602 を金型温度250゚ C で成形
(a)は金型温度300゚ C, 絞り速度2.5mm/s で成形
良好に深絞りできる条件域が狭い範囲に限られるこ
とが確認された.
NPAMX602については,金型温度250℃においては
(b)は金型温度300゚ C, 絞り速度7.5mm/s で成形
AMX602の結果と同様に,コーナー部に破断が発生す
るなど,成形は失敗であったが,金型温度275℃と
300℃においては,AMX602よりも成形できる絞り速
度の範囲が拡大していることがわかる.
図5にAMX602とNPAMX602の角筒成形試験において
成功した結果の一例を示す.図5の結果から,一般
図6
角筒成形における破断の一例
に破断しやすいコーナー部での破断もなく良好に成
形できているのがわかる.
図6 にN P AM X6 02 を金型 温度 25 0℃ ,絞り 速度
試料 NPAMX602 を金型温度250゚ C,絞り速度
1.0mm/s で成形
図2に角筒成形試験のために製作した温間金型を
示す.また,図3にその金型を用いて難燃性マグネ
シウム合金の角筒成形試験を行った状況を示す.
1.0mm/sの条件で成形試験を行い,失敗した結果を
示す.同図より,コーナー部を基点として割れが進
展し,破断が発生しているのがわかる.
図6に示した試験については,あらかじめ試験の
図4に難燃性マグネシウム合金の角筒成形試験の
前にプレス成形シミュレーションシステムを用いて
結果を示す.この試験では,金型温度と絞り速度に
ついて前述した条件の下で40mmの深絞りを行い,目
解析を行った.その結果を図7に示す.図7では,
NPAMX602の成形品板厚の外側,中央及び内側におけ
視で割れなどの欠陥が確認されなかった場合は成功
(図4中では○印で示す)とし,割れなど欠陥が確
る歪み量を示している.外側コーナー部において歪
み量が成形限界曲線3) を越えており(図7中では赤
認された場合は失敗(図4中では×印で示す)と判
色の領域),外側コーナー部での破断の危険性が予
断した.実際の深絞り試験は,所定の温度に加熱し
たダイと板押さえの間にブランク材を挟み込み,30
秒間加熱保持した後に行った.
測されている.
したがって,図7のシミュレーション解析結果は,
図6に示した,コーナー部に破断が発生した結果と
図4の結果から,難燃性マグネシウム合金AMX602
については,金型温度が275゚C以上で,絞り速度が
よく一致していることがわかる.
3.2 新幹線車両用ドアノブの試作
2.5mm/s以下の条件で成形が可能であったが,それ
以外の条件においてはコーナー部において破断が発
新幹線車両用ドアノブを,従来のステンレスに代
わって,難燃性マグネシウム合金で製作できるかに
生し,失敗した.この結果より,AMX602については,
ついて検討を行った結果について述べる.新幹線車
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平成18年度 佐賀県工業技術センター 研究報告書
両用ドアノブの設計図面によると,ドアノブの形状
は,内角R2mm(ダイR2mm,パンチR2mm),楕
外 側
中 央
内 側
円状長穴の内R8mm,板厚1.5mm,絞り深さは9.5mm
であった.この形状値に基づいて,NPAMX602を材料
として金型温度250℃で成形するシミュレーション
解析を行った結果を図8に示す.図8より,成形品
の歪み量は成形限界曲線を大幅に越えており,成形
は全く不可能であることがわかった.この結果から,
難燃性マグネシウム合金NPAMX602を用いて新幹線車
両用ドアノブを製作するには,形状の変更や成形工
数の検討が必要であると判断された.
そこで,ドアノブの形状について検討を行った.
検討に当たっては,プレス成形シミュレーションを
用いて,成形品の歪み量がより小さくなるよう,ダ
イR,パンチR,楕円状長穴の内R及び板厚の値を
図8
従来形状値でのシミュレーション解析結果
外 側
決定することとした.
中 央
内 側
シュレーション解析の結果より,本試験では,成
形工程数は2工程として,形状については,ダイ肩
Rは3mm固定,パンチRは1工程目は6mm,2工程
目は3mm,成形板厚は1mm,楕円状長穴の内Rは15
mmで成形を行うこととした.
図9に上述のドアノブ形状の成形について,金型
温度250℃におけるシミュレーション解析の結果を
示す.
図9(a)は1工程目の解析結果であり,図9(b)
は2工程目の解析結果である.
図9(a)の結果より,NPAMX602の成形品の歪み
量は,250℃の成形限界曲線を若干越えているもの
(a ) 1 工 程 目
の,上述した図7の角筒成形におけるシミュレーシ
ョン結果とほとんど差がない.したがって,実際の
角筒成形試験結果を踏まえ,金型温度を300℃程度
にすれば成形は可能となることが示唆された.
外 側
中 央
内 側
図9(b)の結果より,2工程目では,成形品の
外側において歪み量が30 %(図9中では縦軸0.3)
を越えているが,成形の可否については300℃程度
での成形限界曲線がどこまで上昇するかにかかって
いることがわかった.
以上のシミュレーション解析結果を踏まえ,上述
したドアノブ形状値に基づいて試作を行うため,ド
アノブ成形用の温間金型を製作した.図10にドアノ
ブ成形用の温間金型を示す.
最後に,この温間金型を用いてドアノブを成形し
た結果について述べる.図11に試作したドアノブ成
形品を示す.
図11は,NPAMX602を金型温度300℃,絞り速度
(b ) 2 工 程 目
図9
2.5mm/sで,上述の2工程で成形したものである.
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ドアノブ成形のシミュレーション解析結果
平成18年度 佐賀県工業技術センター 研究報告書
(a) 表側
(a) 下金型
(b) 裏側
(b) 上金型
図11
図10 ドアノブ成形用温間金型
ドアノブ成形品
試料 NPAMX602 を金型温度300゚ C,絞り速度
1工程目の成形品の表面状態については,微細クラ
ックの発生もなく成形状態は非常に良好であった.
2.5mm/s で成形
2工程目では,成形品裏側に微細なヘアークラック
の発生が観察されたが,それは紙ペーパーで除去で
きる程度の浅いものであった.こうした成形結果は
明らかにした.
(3) プレス成形シミュレーションによる解析結果
は,実際の角筒成形試験での割れの具合やドアノブ
シミュレーション解析で予測されたものと非常に近
い結果であり,シミュレーション技術が実際の場面
において有効であることが確認された.
の成形結果とよく一致する結果が得られた.したが
って,実際のプレス成形の解析ツールとしてプレス
成形シミュレーションは有効な手段となる.
なお,本研究は新エネルギー・産業技術総合開発
4.おわりに
機構の地域新生コンソーシアム研究開発事業にて実
本研究においては,プレス成形シミュレーション
を活用するなどして,難燃性マグネシウム合金のプ
施したものである.
レス成形における成形限界域について検討を行っ
た.また実製品への適用として,新幹線車両用ドア
参考文献
1)安部重毅,釜屋昭彦,森下勇樹:プレスシミ
ノブを難燃性マグネシウム合金を用いて成形する際
ュレ ーショ ンの 実行例 ,広島県 立西部 工業技
の形状や成形工数について検討を行った.その結果,
以下のことが確認された.
(1) 難燃性マグネシウム合金の角筒成形が可能とな
術 セン タ ー研 究報 告, No.43 ( 200 0 ),P 10 5108.
2) 安 部 重 毅 , 森 下 勇 樹 , 坂元 康 泰 , 釜 屋昭 彦 : テ
る金型温度や絞り速度の成形限界域が明らかになっ
た.難燃性マグネシウム合金AMX602とNPAMX602の成
ーラードブランクのプレスシミュレーショ
ン ,広島県立西部工業技術センター研究報告 ,
形には,金型温度は275℃以上が必要である.
(2) 難燃性マグネシウム合金を成形して新幹線車両
No.44,(2001 ),P86-89.
3)中哲夫他:佐 賀県工業技術セ ンター受託試
用ドアノブを製作する際の形状や板厚,成形工数を
験「Mg合金の材料特性取得試験」報告書.
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