前立腺がんの I-125 シード永久刺入小線源治療法の発展

前立腺がんの I-125 シード永久刺入小線源治療法の発展
― 小線源治療のルネッサンス ―
2003年12月1日
癌研究所・物理部
伊藤
彬
1.前立腺
前立腺は男性にだけある臓器で、精液の一部
をつくる臓器です。これは、恥骨(下腹部に
触れることができ、骨盤を形成する骨のひと
つ)の後方に位置し、膀胱下側にあり、直腸
に隣接しています。前立腺は、膀胱から出た
尿道を取り巻くように存在し、栗の実のよう
な形をしています。
情報源:
http://www.ncc.go.jp/jp/ncc-cis/pub/
cancer/010230g.html#01_img
http://www.jfcr.or.jp/information/symptom/
inf_sym_zenritu.html
2.前立腺がんの統計
前立腺がんの発生頻度と死亡率は、米国が最も多い。米国男性の癌死の一位となっている。
日系米国人の前立腺がん罹患率は日本人より10倍多い。日本人は、人口10万人あたり
9人/年と発生頻度は少なかったが、1990年代から急速に罹患率が上昇している。
資料:http://www.cancer.gov/cancerinfo/types/prostate
3.前立腺がん放射線治療の歴史
前立腺がん放射線治療100年の歴史を以下に示す。100年前の X 線と Ra 発見の直
後からがんの放射線(X 線、ラジウム)治療が開始された。1915年頃には、経会陰的
(transperinial)Ra 針刺入治療が始められた。戦後は、Ra の代わりに、Rn シード、Au-198(金
コロイド、ゴールドグレーン)が使われ、1970 代からは、I-125 の刺入治療が開始された。
1980 年代からは TRUS(Trans Rectal Ultra Sound)(経直腸超音波)画像検査により、よ
り正確な針刺しが可能となった。さらに、1990 年代となると、PSI(Prostate Specific
Antigen)の開発により、早期前立腺の診断が確実となり、I-125 刺入治療の治療技術が安
定 に 利 用 出 来 る よ う に な っ た 。 1997 年 に は 、 I-125 治 療 の 5 年 生 存 率 と 副 作 用 の
Randomized Clinical Study の結果が得られ、手術と同等の成績と、手術よりも少ない副
作用の結果が示され、早期前立腺がんの第一選択となりつつある。日本では、2003 年7月
よりこの治療が可能となり期待が寄せられている。
3−1.最初の前立腺がんの小線源(Ra)治療(1910年代)
経会陰的 Ra 針刺入治療
ラジウムを用いた治療の初めての成功に接した今、私は今後
手術を受ける前立腺癌患者はいなくなってしまうだろうと言
う意見に賛同する。、Barringer(MSKCC、Memorial Sloan
Kettering Cancer Center 泌尿器科主任)、JAMA レポート、
1917年
3−2.1970年代 I-125 による前立腺がんの治療開始
MSKCC において、I-125 を恥骨後刺入小線源治療法が行われた。 直視下での前立腺へ
の線源刺入 という大変シンプルな方法にもかかわらず、現実は大きくかけ離れており、
再発が多かった。手術野は出血した血液で遮られ、前立腺が十分に照射されることはなか
った。経大腸超音波(TRUS)画像検査による線源の確認もなかったし、治療計画の計算
もなかったなど、前立腺への線源の刺入技術が不良であった。今日の、経会陰刺入小線源
治療法の質と比較すると、相当な技術的に未熟な治療法であった。写真の白い円は尿道か
ら膀胱に導入した風船である。すなわち前立腺の上端の位置を示す。1978 年の恥骨後刺入
法では前立腺に照射されていなかった。
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3−3.前立腺切除手術(Fool’s Gold Standard 手術、1970−1990年)
3−4.前立腺 I-125/Pd-103 永久刺入小線源治療法の導入
この時代は、前立腺がん治療にとって、大事な技術進歩があり、安全確実に小線源治療
が実施されるようになった。TRUS(経直腸超音波)画像装置は、前立腺の3次元的な把
握を可能とした。CT による前立腺の3次元線量分布計算が行われるようになり、治療結果
の客観的な評価が可能となった。1990 年に発見された PSA は、早期前立腺の診断を可能
とし、治療効果の客観的な評価を可能とした。これらの相乗効果でこの治療法が確立した。
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1990 年代は、前立腺がんの永久刺入小線源治療法が、次第に広く受け入れられてきた。
手術(前立腺摘出術)は刺入治療に置き換わってきた。HDR(High Dose Rate)Ir-192 の
RALS(Remote After Loading System)治療法も用いられてきたが、LDR(Low Dose Rate)
I-125 と Pd-103 の永久刺入治療法が、広く患者に受け入れられてきた。外部ビーム照射法
も広く利用されており、永久刺入法との競争が続いている。なお、この時代は、インター
ネットへの治療法の啓蒙により、患者自身の選択により、永久刺入治療法を受け入れるよ
うになってきた。
4.前立腺がん治療法
4−1.前立腺がん治療法の選択
(1)無治療(経過観察のみ)
(2)ホルモン療法
女性ホルモン投与で前立腺機能を落とす。前立腺(がん)が縮小する。(去勢化)
(3)前立腺摘出術(Prostatectomy)
世界的には行われなくなったが、日本ではまだ行われている。
(4)外部ビーム放射線照射
古くは、前後対抗照射と120度円弧照射法(癌研病院)
最近は、3次元原体照射法、IMRT(強度変調放射線治療)が良く用いられる。
(5)小線源放射線治療法
HDR Ir-192 線源による RALS 治療
I-125/Pd-103 シード線源の永久刺入治療
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4−2.前立腺放射線治療法;外部放射線照射と小線源治療
線量率と総線量
線量分布
4−3.前立腺がんの外部放射線ビーム照射法の選択
(1)定型照射法(Conventional RT)
(2)3次元原体照射法(3D CRT)
(3)強度変調放射線治療法(IMRT)
(4)陽子線治療、陽子線強度変調
(5)炭素ビーム治療
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4−4.前立腺がんの小線源治療;線源の選択
核種
利用放射線
Ra-226 γ線
Rn-222 γ線
Au-198 γ線
Ir-192
γ線
I-125
X,γ線
Pd-103 X,γ線
形状・フィルター エネルギー 組織半価層 半減期
その他
Ra 針 Pt(1mm) 平均 800 keV
1600 年
1900-1980
Rn in gold seed
3 days
1950-1980
Au グレイン
600 keV
2.5 days
1950RALS 線源 SUS 平均 360 keV 6cm
70 days
1960Seed (AgI in Ti) 平均 27 keV
2cm
60 days
1975Seed (Pd in Ti)
平均 21 keV
1.5cm
18 days
1988-
Ra の発見以来、小線源治療は、栄枯盛衰を繰り返してきた。前立腺がんを対象とした小線
源治療では、現在では、I-125 と Pd-103 が広く利用されている。低エネルギーX・γ線の
利用で、刺入した部位の局所に大線量を投与するが、1cmも離れると線量は減少し、周
辺正常組織の大腸、膀胱、尿道、神経などを保護する。不均等線量分布となるが、前立腺
がん治療上では有効であった。特に、QOL の高い結果が得られるので、患者から支持され
てきた。
I-125 と Pd-103 の優劣については、米国で臨床試験が続いている。
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5.前立腺がん I-125 シード永久刺入治療法
(1)患者の適用の決定
前立腺がんの診断
PSA 値 正常値 0.5ng/l リスク分類 4-10(low) 10-20(Intermediate) 20- (high)
前立腺病理診断(Gleason Score)
リスク分類 -6(low) 7(Intermediate) 8-(high)
病期診断 A 触診上硬結無し B 前立腺に硬結 C 隣接臓器浸潤 D 遠隔転移
(2)TRUS による前立腺がんの撮影(Prostate Volume Study)
TRUS(経直腸超音波)画像で、前立腺の横断像を 5mm 間隔で撮影する。
(3)TRUS 画像に基づく術前治療計画(Pre-Planning) (医学物理士、放射線治療医師)
(4)I-125 シード購入、測定、治療準備(医学物理士)
線源の費用(1 ヶ 6,000 円)が治療費用の最大の部分)
(5)I-125 シードの刺入(泌尿器科医師、放治医師)
Pre-planning に基づき、TRUS 画像を見ながら実施する。
術中にシード刺入位置を確認しながらの治療計画(Intra-Operative Planning)
(6)CT 画像に基づく術後線量分布解析(Post Planning) (医学物理士)
(7)患者の追跡調査と治療成績の蓄積(5年、10年、15年、20年の観察期間)
5−1.画像の役割
前立腺の中央部の横断像。左から TRUS、CT、および MR。TRUS は通常前立腺の輪郭を
明瞭に描出する。一方、MR は内部構造をより良好に描出する。CT は一般的には前立腺の
輪郭と内部構造の描出という点で劣っているが、前立腺、恥骨および直腸の空間的な関係
を描出することができる。
5−2.I-125 シード線源
I-125 シード線源
日本では Amersham の 6711 のみが認可
線源の測定と測定器の校正
内部放射能と外部空気カーマ強度
10MBq(0.3mCi)/seed
空気カーマ強度 Sk(μGy/MBq/m2)で校正
NIST 標準 1999 年最新版
ADCL/AAPM の校正(1,000 施設/USA)
Well type ionization chamber(井戸形電離箱)
Seed assay(放射能強度検定)
AAPM/TG64 勧告では10%以上を検定
全数検定を実施している機関も多い。
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5−3.術前治療計画(Pre-Planning) (国立東京医療センター
治療計画(GTV<CTV<PTV)
斉藤先生スライド)
TRUS の概要(スライド)
超音波画像による体積検討(スライド)
TRUS による Pre-Planning(スライド)
前立腺と辺縁に145Gy を与える。
尿道の線量を下げる。
直腸壁への線量を145Gy 以下とする。
刺入 I-125 シードの位置の評価
5−4.I-125 シード刺入治療の実際(国立東京医療センター 斉藤先生スライド)
I-125 シード位置を計画画像と TRUS 画像を比較しながら刺入する。
I-125 シードは、縦横 0.5cm 毎に穴の開いたテンプレート板を通して刺入する。
刺入針(外筒)の内部に I-125 シード(直径 0.8mm,長さ 4.5mm)を詰めて、
内筒でシードを押し出して指定の位置に置く。
テンプレート上約20箇所から各針毎2−4個のシードを配置する。
全部で 60-80 個のシードを配置する。
5−5.術後線量分布解析(国立東京医療センター 斉藤先生スライド)
刺入後(翌日)と30日後に、前立腺周辺の 3 次元 CT 画像を撮影する。
刺入されたシード数と位置を確認する。
I-125 の時間積分で3次元吸収線量分布を計算する。
DVH(Dose Volume Histogram)解析を実施して、定められた線量値、体積を記録する。
6.治療成績
生存率(手術、外照射、I-125 刺入)
予後因子
PSA 値 正常値 0.5ng/l リスク分類 4-10(low) 10-20(Intermediate) 20- (high)
前立腺病理診断(Gleason Score) リスク分類 -6(low) 7(Intermediate) 8-(high)
低リスク群
中リスク群
悪成績の例
8
副作用(性機能)
9
7.医学物理業務の重要性
AAPM TG64 のガイドライン(別紙参照)
8.今後の課題
確かに良いが、もっと多くのデータが必要である。
次の5年に最も強調されるべきは、より長い経過観察と相対的に見て良好な副作用の確認、
そして標準化された QA の確立である。
参考資料
前立腺小線源照射療法、青木 学訳、監訳土器屋卓志、山下 孝、篠原出版新社,2003.
Prostate Brachytherapy, Kent Wallner, John C. Blasko, Michael Dattoli, Second
Edition, 2001.
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