ナノ結晶硬・軟磁性 材料の開発

NMCニュース
42
ニューマテリアルセンター顧問
村上 陽太郎
1.はじめに
従来より硬・軟磁性材料の性能向上のために多数の研究が行われ、
最近 451kJ/m3 の最大エネルギー積、(BH)max を持つ Nd-Fe-B 永久
磁石が開発され、又軟磁性材料においても、(Fe,Co)80(メタロイ
ド= Si,B)20 系が見出されているが、大きなブレークスルーはなかっ
た。近年、新しい調製方法によって、ナノ結晶(粒サイズ= 10 ∼
30nm)が製造されるようになり、新しい磁性材料が研究されてい
る。結晶粒サイズが磁性交換長さ(magnetic exchange length)の
オーダーになると、交換結合(exchange coupling)が起こり、等
方性硬磁性材料では残留磁化 Jr を高める。一方軟磁性材料では、交
換結合により、より低い抗磁力 Hc と低い磁気損失が実現できる。
2.ナノ結晶材料の製造法
ナノ結晶材料の製造には、メルト・スピニング、スプラット・クー
リングの他急冷凝固による蒸気沈着、アトマイズ法、高エネルギー・
ボールミルによるメカニカル・アロイングが用いられ、これらに加
えてスパッター法で作られたナノ・サイズの Sm-Co 合金、CoPt 及
び FePt 合金が高密度記録メディアに応用されている。ミリング法
では最初非晶質粉が作られ、熱処理でナノ結晶が得られる。
3.ナノ結晶硬磁性材料
Jr/Js
M(T)
r
ナノ結晶硬磁
1..4
性材料は、図 1
1..2
に示すように、
R-Fe-B ナノ複合材料
焼結材
Sm2Fe17Nxナノ複合材料
(BH)max の最高
1..0
Sm-(Co,Fe)ナノ複合材料
値を示す希土類
Sm-Co
0..8
磁石に及ばない
ポンド材
が、Nd2Fe14B 磁
0..6 AlNiCo
石の低価格の代
0..4
替材料として市
Nd-Fe-B ポンド材
フェライト焼結材
場性が考えられ
0..2
る。等方性硬磁
0.0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
1.2
1.4
H(MA/m)
c
性材料において
図1 種々の硬磁性材料に関する抗磁力の関数としての残留磁気
交換結合が起る
と J r を高める。
ナノ結晶磁石には、単相
1
と複合材料がある。ナノ
total
1
複合材料は硬磁石相と軟
磁石相からできている。
α-Fe
0.5
軟磁石相は Jr を高めるた
Nd2Fe14B
2
めに硬磁石相よりも高い
飽和磁化(Js)を持つ必
要がある。Jr のより一層
0
-600
300
0
300
600
の増大は硬磁石相が軟磁
Hext(kA/m)
石相を分極することで起
図2
Nd2Fe17B50%とα-Fe50%の組成を持つ
10nmの平均粒サイズ仮定した有限要素モ
こる。ナノ複合磁石の Jr
デリング
のより大きな増大によっ
4.ナノ結晶軟磁性材料
ナノ結晶軟磁性の例として、Fe-Zr-B-Cu(Fe86Zr7Cu1B6)合金が
ある。非晶質試料の熱処理によって、10 ∼ 20nm の結晶粒を非晶質
のマトリックスに埋め込んだ 2 相組織が作られ、高い透磁率、低い
抗磁力、比較的高い飽和磁気が得られている。これらの 2 相組織の
特性は tailoring ができる。軟磁性挙動及び Hc の粒サイズ依存性は
無秩序異方性モデルで議論できる。図 3 にこのモデルを模式的に示
す。図中の矢印は局所的な磁化容易軸を示す。このモデルでは、交
Lex
換結合長さ Lex は粒サイズ D よ
りも大きい。磁気的性質は局所
的な磁気−結晶異方性エネルギー
に及ぼす強磁性交換相互作用の
平均化する効果によって影響を
受ける。大きい結晶粒に対して
は局所的磁化は局所的容易磁化
方向に従い、磁化プロセスは磁
気−結晶異方性の平均値で決ま
る。しかし極めて小さい結晶粒
図3 粒サイズD及び磁気交換長さLexを持
に対しては磁気交換相互作用力
つ無秩序異方性モデルの模式的表示
は磁気モーメントの平行配列を
強制する。従って、
10000
磁化は個々の結晶
粒の磁化容易方向
1000
1/d
に従うことはでき
Hc
6
100
d
ない。有効な異方
Fe Si6.5
(A/m)
性は数個の結晶粒
10
にわたって平均さ
ナノ結晶
れ、顕著に低下す
1
非晶質
パーマロイ
る。抗磁力及び初
0.1
期透磁率は平均的
1nm
1μm
1mm
粒サイズ d
な異方性に密接に
関係する。従って 図4 種々の軟磁性材料に関する抗磁力Hc対粒サイズdの関係
100
軟磁性は粒サイズ
を臨界値(D crit =
80
試料A
40nm)より小さく
試料B
60
することで、H c は
試料C
40
顕著に低下する。
図 4 は種々の軟磁
20
性合金の Hc の粒サ
0
イズ依存性を示す。
200
400
0
温度T(℃)
ナノ結晶は d 6 に比
図5 ナノ結晶“Finmet”型のHcの温度依存性
例して減少する。
図 5 は“Finemet”型の材料の Hc の温度依存性を示す。300℃以上
での Hc の上昇は、300℃近傍に存在する非晶質相の低いキュリー温
度によるものと説明されている。ナノ結晶軟磁石“Finemet”はコ
ンピューター用高透磁性コアとして利用されている。
D
ナノ結晶硬・軟磁性
材料の開発
て、
(BH)max の増大を生じる。ナノ複合磁石は、構成する 2 相の量
比を変えることで、特性の tailoring ができる。図 2 は有限要素モデ
リングを用いて計算された Nd2Fe14B50%とα-Fe50%の複合磁石の
脱磁曲線を示す。両相の性質のほぼ加算された特性が示されている。
図中の 1 及び 2 の○印の作用点の磁区構造も求められている。Jr の
増大による Jr/Js = 0.73 は非相互作用粒の限界を越えている。現在
の処、ナノ結晶磁石の大きな利用はないが、最近“Magnequench”
が新しい粉末を開発した。ナノ結晶磁石の長所はイ)低価格、ロ)
磁気的特性の tailoring、ハ)磁化プロセスの容易性である。
Hc(A/m)
新技術・新素材
第8号(7)
参考文献:下記より多くを利用させていただいた。深謝する。
R.Grossinger et al. : Properties, Benefits, and Application of Nanocrystalline
Structures in Magnetic Materials, Advanced Eng. Mat., 5(2003), No.5, 285
∼290.
2005年9月号