新 素 材 極低鉄損焼結軟磁性材料の開発 前 田 徹・豊 田 晴 久・五十嵐 直 人 広 瀬 和 弘・三 村 浩 二・西 岡 隆 夫 池ヶ谷 明 彦 Development of Low-iron-loss Sintered Magnetic Material ─ by Toru Maeda, Haruhisa Toyoda, Naoto Igarashi, Kazuhiro Hirose, Koji Mimura, Takao Nishioka and Akihiko Ikegaya ─ Remarkable advances have been made in the AC soft magnetic material for electronics and automotive parts, by the application of the powder metallurgy method using iron-based powder covered with insulated layers. In order to apply this material to motor cores, the iron loss after compaction must be reduced to below W10/1k < 100 W/kg, less than the typical iron loss of the 0.35-mmthick flat rolled soft magnetic laminated steel sheets. In order to reduce the total iron loss, which consists of the hysteresis loss and the eddy current loss, soft magnetic powders and insulation layer covered over each powder need to be improved. Use of high purity iron powders (impurity content < 200 ppm) and insulation layer with good heat resistance (over 773 K) turned out to be effective for lowering the iron loss. Advanced material showed W10/1k = 68 W/kg, which is 30% lower than that of the conventional laminated steel sheets. This material shows superiority over the conventional laminated steel sheets at the frequency range up to 300 Hz. Because of not only the advantage on magnetic property but also the good process yield and the recycling efficiency, this material is expected to be applied to high frequency motor cores or power transformer cores whose markets are assumed to grow in the near future. 1. 緒 言 近年、自動車・家電機器等における自動化、多機能化に 低減し、300 ∼ 1kHz の低周波帯域においても汎用電磁鋼板 向けて電気駆動機構、電子式制御機構の導入が顕著である。 材に匹敵する低鉄損特性(駆動磁束 1T、周波数 1kHz での鉄 電気駆動・電子制御機構の中核をなす部材の一つとして、 損値 68W/kg)を示す焼結軟磁性材料が得られた。 電磁変換部品であるモータおよびトランス、センサなどに 用いられる交流用軟磁性材料があり、より高速、高出力か つ高効率駆動を実現する材料の開発が急務となっている。 焼結軟磁性材料は個々が絶縁被覆された磁性粉末の加圧成 2. 焼結軟磁性材料の現状と課題 2−1 軟磁性材料の市場と焼結軟磁性材料の位置付け 形体であり、高電気抵抗を示すことで、交流用軟磁性材料 交流用軟磁性材料は、用途により動作周波数と動作磁束密 の中でも 1kHz 以上の高周波帯域で良好な電磁変換特性を 度が変わるため、それぞれの用途に向けた特性の最適化が (1) 示す 。また、粉末を加圧成形して作製する本材料は磁気 必要である。図 1 は現在の主な軟磁性材料の用途を動作周 回路設計の自由度および形状自由度、生産歩留まりが高い ことから、低周波域を含めた多くの軟磁性部品への適用が (駆動周波数:数 100 ∼ 1kHz, 駆動磁束 1.0T(テスラ)以上) においては、焼結軟磁性材料の電磁変換特性は低く、これ らのモータに用いられる軟磁性材料の主流は電磁鋼板材と なっている。 本報では上述の焼結軟磁性材料の課題に対し、①高純度化、 粒子内歪み低減による磁性粉末の低保磁力化、高透磁率化と ②絶縁被膜改良による圧粉成形体の高密度化、高電気抵抗化、 2.0 動作時出力(Tesla) 期待されている。しかし、現状の多くのモータの動作条件 開発目標 1.5 パワーデバイス 領域 1.0 焼結軟磁性材 ソフトフェライト 0.5 エレクトロニクス デバイス領域 電磁鋼板 0.0 1 1K 1M 機器の使用周波数域(Hz) 耐熱性向上に着目し特性改善を行った。その結果、電磁変換 時のエネルギー損失(鉄損)を従来当社開発品の 1/3 程度に 圧粉磁心 (ダストコア) 図1 交流用軟磁性材料の用途と種類 2 0 0 5 年 3 月 ・ SE I テクニカルレビュー ・ 第 16 6 号 −( 1 )− 波数と動作磁束密度の関係でまとめたものである。動作磁 の金型への潤滑剤塗布法の改善によって、Höganäs AB 社 束密度が 1T を超えるような用途の代表例としては、電力変 標準材(Somaloy500-0.6LB1)に比較して高強度、高磁束 換用のトランスやモータなどのパワーデバイスがある。主 (2) 。 密度の材料開発に成功した(以下、従来材と略す) な動作周波数は、商用周波数である数 100Hz までであるが、 従来材は、高強度並びに高磁束密度は達成されているも 近年、高速化、高効率化のニーズによって高周波化が求め のの、鉄損特性は駆動磁束 1T、周波数 1kHz での鉄損値 られている。現状では、Fe-Si 合金系薄板等を積層して製造 W10/1k が 200 ∼ 300W/kg であり、0.35mm 厚汎用電磁鋼板材 される電磁鋼板材の利用が主流となっているが、高周波域 の W10/1k = 100W/kg と比べると 2 倍強と劣っている。 で損失の主因となる渦電流の抑制が難しく、十分な性能は 従って、モータ等 1kHz 以下の周波数帯で実用例のある焼 結軟磁性材料は、電磁鋼板材に比べ性能面で劣っているもの 得られていない。 一方、低磁束密度で動作させる用途の代表例は、磁気セ の、前述した形状や製法での利点を活かして実用化されてい ンサや電磁弁、電子部品用トランス等が挙げられる。磁気 る部分が大きく、電磁鋼板やフェライト等に対して、優位な センサや電磁弁用途では従来は低周波用途が多かったが、 用途は限られている。しかしながら、今後のパワーデバイス 近年駆動速度、応答速度の増大による性能向上を狙い、高 の高周波化の動きに対して、高電気抵抗、高磁束密度が両立 周波化が進んでいる。材料としては電磁鋼板に加えて、表 できる焼結軟磁性材料は、電磁鋼板よりも特性的にも優位に 面絶縁磁性粉末を加圧成形した焼結軟磁性材料や圧粉磁心 なる可能性があり、特性改善に取り組んだ。 (ダストコア:金属磁性粉末・樹脂複合体)等の利用も進 んでいる。これらは、粉末冶金法で製造されるため、ネッ トシェイプ化が比較的容易で歩留まりが良いことが特長と 以下、特に鉄損特性の観点から、電磁鋼板材に匹敵する 特性を有する焼結軟磁性材料の特性向上の詳細を述べる。 2−3 開発焼結軟磁性材料のコンセプト 今後大き なっている。また、電子部品用トランスは動作磁束が低く な用途拡大が期待されている高周波駆動モータ等では、駆 ても、変換効率を向上させることが重要な部品であり、 動周波数が現在の数 100Hz 以下から、数 100Hz ∼数 10kHz 100kHz 以上の帯域で、非常に鉄損が小さいフェライト(軟 へとシフトしていくことが予想されている。軟磁性材料の 磁性酸化鉄)コアやアモルファスコアが使用されている。 鉄損:WB/f )は、材料内磁束変化が緩和現象(磁気共鳴な 2−2 従来焼結軟磁性材料の特長と課題 図 2(a) に従来の焼結軟磁性材料の構成を示す。軟磁性粉末をリン 酸塩等で表面絶縁処理し、少量のバインダ(樹脂、ゴム等) ど)を伴わない領域であれば、ヒステリシス損失(Wh) と渦電流損失(We)の和で表される。 Wh は、図 3(a)に示すような、静磁界での変換損失 と共に加圧成形し製造されるものであり、従来のセンダス (ループ面積)に相当するものであり、材料内の磁場方向を ト粉末やパーマロイ粉末の樹脂複合体である圧粉磁心材 変えるのに必要な最低限のエネルギーになる。つまり、磁 (ダストコア)に比べて、バインダ添加量が少ないため軟 場変化のしきい値である保磁力 Hc が小さな材料ほど低損失 磁性粉末の充填比率が高く高磁束密度を実現できることが となる。高周波では単位時間当たりの磁場変化回数(駆動 大きな特長である。但し、本材料では軟磁性粉末の塑性変 周波数)に比例して損失は大きくなる。 (Wh ∝ Hc × f) 形により圧密することから、硬度の高い磁性粉末の適用は 一方、We は高周波駆動時に顕著となる損失であり、磁 成形体の密度向上を阻害するため、粉末材料は純鉄および 場変化に対する電磁誘導で発生する起電力に伴う誘導電流 低添加物の鉄基合金の利用に限られる。実用化されている のジュール損失である(図 3(b)参照)。材料の電気抵抗 原料粉末は、Höganäs AB 社スウェーデン)の Somaloy シ リーズに限られているのが現状である。 当社は第 1 次世代材料の開発として、高磁束密度および 高強度を狙いとして焼結軟磁性材料開発を進めた。その結 (a)静磁界 f → 0での変換損失 (b) 高周波での変換損失 出力, H(磁力) i (f → 0) H 果、高強度樹脂バインダの適用と添加量低減並びに成形時 0 渦電流発生 による 保磁力増大 出力, H(磁力) 入力, i (電力) 入力, i (電力) バインダ材 変換損失=ループ面積 鉄損→保磁力(ループ幅)で決まる 鉄損 (W) ヒステリシス損 (Wh ) =〔静磁界損失WDC〕×〔周波数 (f )〕 Wh ∝f 絶縁被膜 軟磁性粒子 軟磁性粒子 (a)従来材 (密度∼94%) 図2 絶縁被膜 (絶縁膜+保護膜) −( 2 )− 極低鉄損焼結軟磁性材料の開発 DC保磁力に比例 =〔渦電流寄与の損失増分WEDDY〕×〔周波数 (f )〕 渦電流損(We ) We∝f (b)開発材 (密度∼98%) 焼結軟磁性材料の構成 鉄損→渦電流込みの保磁力で決まる 2 発生渦電流 I EDDYに比例 (=周波数に比例) ρ I EDDY ∝ f (d / ) d:粒径、板厚 ρ:電気抵抗 図3 軟磁性材料の磁気履歴曲線と変換損失 ρが高いほど、また、渦電流発生領域のサイズ d(焼結軟 いて検討した。 磁性材の場合は絶縁された軟磁性粉末の粒径に相当)が細 ①コア鉄粉の高純度化による低保磁力化 分化されているほど、低損失となる。また、起電力は磁場 ②リン酸塩ガラス絶縁被膜上へのバインダ樹脂湿式コーティ 変化速度、つまり、周波数に比例して増大するため、単位 ングによる、加圧成形時のリン酸塩ガラス被膜保護 時間当たりでは周波数の 2 乗に比例することになる。(We (3) 、 (4) ∝ d × f 2 /ρ) 交流用軟磁性材料の低鉄損化を実現するためには、軟磁 3. 実験方法 図 5 に試料作製フロー図を示す。軟磁性粉末については、 性粉末について、 ①低保磁力化 電解高純度鉄インゴットを用いた Ar ガスアトマイズにより ②渦電流発生領域細分化 得たものを使用した。不純物量については、120 ∼ 2000 ③高電気抵抗化 ppm で調製し、比較材として Höganäs AB 社製絶縁被膜付 の 3 点の要求項目を実現することが必要である。これを図 き純鉄粉 Somaloy500 を用いた。また、成形性(高密度化) 4 にまとめて示した。 の観点から、粉末粒度は 75μm 以上のものを用いた(平均 粒度 100μm)。続いて、リン酸溶液中での化成処理によっ 鉄損 〈支配因子〉 粒子間粒界 (絶縁層) H Hc ヒステリシス損低減= 渦電流損 保磁力Hc低減 透磁率μ向上 転位・結晶内粒界 粒子間 粒子間渦電流損 Fe Fe Fe 粒子内渦電流損 図4 粒子間絶縁 Fe 粒子内 て、鉄粉表面にリン酸塩絶縁被膜を形成し、さらに、樹脂 〈対策〉 ヒステリシス損(BH履歴曲線面積) 〔組成因子〕 B コア材磁気異方性、磁歪定数 損失小 損失大 〔組織因子〕 不純物 コア材電気抵抗 ①低保磁力化 〇新合金探索 バインダを有機溶剤湿式処理によってコーティングした。 〇高純度化 対する変形性の観点から選定を行った。 樹脂に関しては、リン酸塩ガラスとの親和性および加圧に 〇薄肉均一被覆 得られた粉末を金型に装填し、油圧式プレスを用い 〇高温焼鈍 (耐熱絶縁被膜) 〇歪レス高密度成形 800MPa ∼ 1300MPa の面圧で加圧成形した。磁気特性評価 ②渦電流発生 領域細分化 〇絶縁被覆技術 高抵抗絶縁膜 を用い、3 点曲げ抗折試験用には、55 × 10 × 10mm の棒状 用には、外径 34φ×内径 20φ×厚み 5mm のリング形状試料 試料を用いた。成形体は、473K ∼ 973K で窒素気流中にお いて熱処理を行った。 ③高電気抵抗化 〇電気抵抗上昇 元素添加 磁気特性評価は上記リング試料に 1 次 300 回、2 次 20 回 の巻線を施したものを用い、交流 BH トレーサにて直流磁 化特性(最大印加磁界 8000A/m)および鉄損測定(励起磁束 軟磁性材料の低鉄損化コンセプト 密度 1T、周波数 50 ∼ 1000Hz のフルループ測定)を行った。 また、抗折試験は 40mm スパンで室温にて評価を行った。 本報においては、塑加工性に富み、高密度化が可能で比 較的安価である純鉄系軟磁性粉末の低鉄損化を検討するこ 〈従来材製造工程〉 ととし、低保磁力化および渦電流発生領域細分化を中心に ▼ 開発を行った。 ● アトマイズ 市販絶縁鉄粉 絶縁被覆 (Höganäs AB社製) 純鉄粉末において低保磁力化を実現するには、軟磁性粉 末内の結晶不連続因子を除去することが重要である。例え ば、不純物原子(C,N,O など)や結晶粒界並びに結晶歪み (熱歪み、加工歪み)を取り除くことが有効といえる。焼 熱処理によってこれら歪みを低減することが重要である。 この歪み除去の効果は処理温度が高いほど有効である。し 混合 (樹脂・潤滑剤) ● 内部添加 樹脂混合 〈開発材製造工程〉 ● アトマイズ ● 絶縁被覆 ● コーティング ● プレス成形 結軟磁性材料では、純鉄粉末のアトマイズ時の熱歪みおよ び加圧成形時の加工歪みの導入は不可避であり、後工程の ▼ ● 熱処理 ▲ ∼980MPa (7.4Mg/m3) 低温熱処理 (∼450℃) 図5 かしながら、熱処理により絶縁膜が劣化し粒子間の絶縁が ● プレス成形 ● 熱処理 ▲ ガスアトマイズ 超高純度鉄粉 リン酸塩 被覆 バインダ樹脂 ∼1270MPa (7.7Mg/m3) 高温熱処理 (∼600℃) 試料作製フロー図 低下するために、絶縁膜の耐熱温度が処理温度の上限とな る。従って、絶縁膜の耐熱性を向上することも重要な開発 課題である。 一方絶縁膜には、前述の渦電流発生領域細分化を実現す 4. 実験結果 4−1 開発軟磁性粉末の特長 図 6 に、鉄粉末の るために、被膜均一性や加圧成形時の損傷による絶縁性劣 ICP 分析により C, Si, Mn, P, S, Cu, Ni, Cr, O, Al, Ca, Mg, Mo 化が生じないための耐性が求められる。当社では、上述の の各元素を定量し、求めた不純物純度に対して、成形体保 要求を実現するための具体的手法として、以下の 2 点につ 磁力 Hc がどのように変化するかを示した。成形体作製条 2 0 0 5 年 3 月 ・ SE I テクニカルレビュー ・ 第 16 6 号 −( 3 )− 12 電気抵抗逆数 1/ρ(573Kの値=1) 件は、密度 7.50Mg/m3、熱処理 693K × 1hr 窒素気流中とし た。市販粉末である Höganäs AB 社製 Somaloy500 のコア鉄 粉の不純物量は 2000ppm 程度、Hc = 0.5kA/m 程度である のに対し、不純物量の低減に従って、Hc が低下していくこ とが明らかとなった。不純物量 1000ppm で Hc は約 25 %低 減し、同 120ppm では約 75 %の低減と大きな効果があるこ とがわかる。以下、不純物量が 120ppm の粉末について、絶 縁膜最適化を進めた(以下、 この粉末を高純度鉄粉と称する) 。 従来材 10 ● 8 6 4 ● 2 600 ● ● 700 ● 開発材 ● ● 800 900 1000 熱処理温度 T(K) 市販鉄粉 0.4 図8 成形体電気抵抗の熱処理温度変化 ● 0.3 ● ● (a)最表層 60 高純度鉄粉 0.2 100 1000 10000 総不純物量(ppm) 鉄粉中の不純物量と成形体保磁力の関係 Fe 30 C-O ▲ Fe-P-O 20 ▲ 10 ◆◆ X-ray ▲ ● ● Fe-P-O 30 ▲ ▲ ◆ ▲ 20 ▲ ◆ ◆ ▲ 10 ▲ 600 ▲ 0 ◆ 800 熱処理温度 T(K) C P Fe O ▲ ▲ ▲▲ ● Fe 40 ● ▲ 400 図 7 に作製 ▲ ▲ 0 開発した耐熱性絶縁被膜の特長 ● 40 ◆ 図6 ●● 元素量(at%) 10 ▲▲ 50 X-ray 0.0 ● ● 50 ● 0.1 (b)スパッタ後の表面層 60 ● ● 元素量(at%) 保磁力 Hc(kA/m) ● ● ● ● 0 500 0.5 4−2 ● ◆ 400 600 ◆ ◆ ▲▲ ◆ ▲ 800 熱処理温度 T(K) したコーティング粉末の絶縁被膜の TEM 観察写真を示す。 観察結果より、厚みが 20 ∼ 30nm の第 1 層と同 100 ∼ 図9 多層被膜構成元素量の熱処理温度変化 150nm の第 2 層を有する 2 層被膜が確認できる。第 1 層が、 リン酸塩ガラス絶縁被膜であり、第 2 層がバインダ樹脂の 層である。鉄粉表面に均一な 2 層被膜が得られていること 下が 673K 付近から始まるのに対して、開発材では、823K がわかる。 付近まで電気抵抗の低下が起こらず、絶縁被膜の耐熱性が 図 8 に、熱処理温度に対する成形体の電気抵抗の逆数 向上したことが分かる。 (渦電流損失の挙動と正の相関)の変化を示す。リン酸塩 開発材の絶縁膜に関し、耐熱性向上のメカニズムを解明 ガラス被膜の単層絶縁被膜を有する従来材の電気抵抗の低 するために、純鉄板上に開発材の絶縁膜と同様の被膜を形 成し、各温度で熱処理し表面を XPS 分析することで、絶縁 膜内の構成元素の変化挙動を観察した。本実験では、絶縁 膜表面が開放系なのに対して、実際の成形体の粉末は密閉 Fe粉末外観 系にあるので、温度の絶対値に関しては再現されないこと が予想されるが、絶縁膜劣化挙動に関して定性的な情報を 得ることはできると思われる。分析については、試料最表 面層と1min の Ar スパッタによって表層除去した面(スパッ バインダ樹脂層 タ後表面層)で行った。図 9 に各元素量の変化を示した。 最表層は C 量が多く、バインダ樹脂層に対応しており、ス パッタ後表面層は C 量が少なく、リン酸塩絶縁層に対応し ている。最表層およびスパッタ後表面層共に、573K と リン酸塩ガラス層 Fe粉末 673K の間で大きな元素量変化が観察され、Fe 量が増加し、 P、O 量が減少していることが分かる。このことから、リ 200nm ン酸塩ガラス絶縁被膜中の元素と鉄粉の Fe 原子が相互拡散 することで絶縁が劣化する可能性が予測され、特に Fe 原子 図7 開発材の絶縁被膜断面 TEM 像 −( 4 )− 極低鉄損焼結軟磁性材料の開発 のリン酸塩ガラス絶縁膜中への混入によるリン酸塩ガラス 絶縁膜の電気抵抗低下が原因と考えられる。従来材では加 100W/kg に対しても約 30 %低鉄損を実現した。1kHz 以下 圧成形時に絶縁被膜が損傷を受ける可能性が高く、絶縁被 の領域で汎用電磁鋼板よりも低鉄損の焼結軟磁性材料はこ 膜が薄くなったり、破れたりする箇所が多いことが予想さ れまでに報告がなく、画期的な成果と考えられる。 れ、そのような部分では比較的低温領域で電気抵抗の低下 が進行すると考えられる。一方開発材の場合、上記の絶縁 200 被膜の損傷を抑制できるため、高温までの耐熱性につな 極低鉄損焼結軟磁性材料の磁気特性 鉄損 W10/f(W/kg) 4−3 図 10 に熱処理温度に対する各成形体の保磁力 Hc の変化を示す。 700K 付近までは熱処理による Hc 低減効果は小さいが、 750 ∼ 850K 付近で大きく Hc 低減し、熱処理前の 50 %以下 ■ 160 ● ◆ ◆ 120 ◆ ● ◆ 80 ● ◆ ● ◆ ◆ ◆ ◆ ■ ■ ● ● 0 ■ ● 0 200 れ、開発絶縁被膜により歪み回復温度域での熱処理を可能 ■ ● ● ● ■ 400 ■ ● ■ ● ◆ 40 となっていることが分かる。これは 750 ∼ 850K 付近で、 歪み回復が進行し、鉄粉内の転位が急減するためと考えら ◆ 従来品 開発品 汎用電磁鋼板 ◆ がったものと予想される。 ■ ■ ■ ■ 600 800 1000 周波数 f(Hz) としたことに意味がある。図 11 に、850K で熱処理した開 発材の直流磁化曲線を従来材と比較して示す。開発材では、 図 12 高純度開発材の鉄損-周波数曲線 Hc が大きく減少しており開発した軟磁性粉末のヒステリシ ス損特性が大きく改善されていることが分かる。 図 3 に示したように、ヒステリシス損と渦電流損がそれ ぞれ周波数の 1 次比例、2 次比例であることから、図 11 に 保磁力 Hc(kA/m) 0.5 ■ ■ ■ ■ ■ 0.4 記の式 1 を用いて、ヒステリシス損係数 Kh と渦電流損係 ■ ■ 0.3 0.2 示した鉄損値の周波数依存性から最小 2 乗法によって、下 従来材 数 Ke を算出した。 ● ●● 0.1 ● ● ● ● 開発材 0 300 400 500 600 700 800 WB / f = Kh × f + Ke × f 2 ・・・(1) 900 1000 この方法で求めた Kh、Ke を表 1 に示す。開発材では、 熱処理温度 T(K) 図 10 Kh=44mWs/kg、Ke=0.024mWs2/kg と従来材と比較してい ずれの係数も低減していることが分かり、ヒステリシス損 成形体保磁力の熱処理温度変化 と渦電流損の両面で改善されていることが分かる。すなわ ち、鉄粉高純度化と熱処理高温化によるヒステリシス損低 減のみならず、絶縁被膜の均一化および加圧成形時の絶縁 2 磁束密度 B(T) 被膜の破損防止による渦電流損低減も得られたと言える。 1 一方、電磁鋼板材に対して Ke は良好であるが、Kh は 30 %以上大きな値をもち、低周波域では電磁鋼板の鉄損が 0 より低くなっているが、300Hz 以上では開発材が低鉄損と なっており、高周波パワーデバイスへの展開へ向けて、有 -1 効な材料の一つとして期待できる。尚、表 1 には各材料の -2 -10 実線:開発材、点線:従来材 -5 0 5 磁気特性および機械特性の一部をまとめた。 10 磁界 H(kA/m) 表1 図 11 各材料の特性一覧 850K で熱処理した成形体の直流磁化曲線 密度 抗折強度 B50 Kh Ke W10/200 W10/1k (Mg/m3) (MPa) (T) (mWs/kg) (mWs2/kg) (W/kg) (W/kg) 図 12 に、850K で熱処理した開発材および従来材の鉄損 開発材 7.65 (97 %) 50 1.39 44 0.024 9.8 68 従来材 7.4 120 (94 %) 1.33 90 0.091 22 181 1.61 30 0.070 8.8 100 値の周波数依存性を汎用電磁鋼板(JIS グレード 35A360) と比較して示す。開発材の 1T、1kHz における鉄損(W10/1k) は 68W/kg であり、従来材の 200W/kg に対して鉄損値が 1/3 に低減されたことが分かる。また、汎用電磁鋼板の鉄損値 電磁鋼板 7.65 (35A360) − 2 0 0 5 年 3 月 ・ SE I テクニカルレビュー ・ 第 16 6 号 −( 5 )− 5. 結 言 本研究ではユーザーニーズとして高まっている、高周波 パワーデバイス向けの交流軟磁性材料への焼結軟磁性材料 適用へ向けて、低鉄損化の観点からの開発を行った。以下 に総括する。 (1)コア鉄粉の不純物量を、従来の 2000ppm から 120ppm とすることで、粉末保磁力で 75 %低減と大きな低損失 参 考 文 献 (1)S h i m a d a e t a l . : A d v a n c e s i n P o w d e r M e t a l l u r g y & Particulate Materials, 14-39(2002) (2)島田ら、「SEI テクニカルレビュー第 162 号」 、50(2003) (3)金子、本間、「磁性材料」、116(1991) (4)電気学会マグネティックス技術委員会編、「磁気工学の基礎と応用」、 46(1999) 化効果が得られた。 (2)絶縁被膜をリン酸塩ガラスとバインダ樹脂の多層構造 とすることにより、絶縁被膜耐熱温度を従来品の 673K から 823K と約 150K 上昇させることができ、磁束密度 1T、周波数 1000Hz の条件での鉄損値が 68W/kg と従来 執 筆 者 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ 品の 1/3 に低減した。汎用電磁鋼板に対しても、300Hz 前 田 徹:エレクトロニクス 材料研究所 アドバンストマテリアル研究部(工学博士) 以上で低鉄損である。 豊 田 晴 久:エレクトロニクス・材料研究所 アドバンストマテリアル研究部 主席 (工学博士) 今後の実用化に向けた課題としては、①高純度鉄粉の低 五 十 嵐 直 人:エレクトロニクス・材料研究所 アドバンストマテリアル研究部 コスト製造および②機械強度の向上(現状材は 3 点曲げ強 広 瀬 和 弘:エレクトロニクス・材料研究所 アドバンストマテリアル研究部 度 30 ∼ 60MPa)が挙げられる。また、開発要求項目に挙 三 村 浩 二:エレクトロニクス・材料研究所 アドバンストマテリアル研究部 主席 げた、軟磁性粉末自身の高電気抵抗化策としての合金系軟 西 岡 隆 夫:エレクトロニクス・材料研究所 アドバンストマテリアル研究部 プロジェクトリーダー(工学博士) 磁性粉末開発についても、その効果が期待されることから、 成形法を含めた開発が必要と言える。 −( 6 )− 極低鉄損焼結軟磁性材料の開発 池 ヶ 谷 明 彦:エレクトロニクス・材料研究所 アドバンストマテリアル研究部 部長 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