少子高齢社会における 郊外住宅地のこれから - 日本民営鉄道協会

郊外住宅地は
どのように形成されたか
年代半
おける住宅地の形成について振り返っ
ていったのか。東京を例に、大都市に
きた住宅地が、埋立地にも形成される
それまで山や丘を切り拓いて造られて
面へと拡大していった。 年代以降は、
ようになる。少しずつタイムラグを持ち
区、大田区等に形成されていった。職
山手線の外側、現在の世田谷区や杉並
地へと郊外住宅地が形成されていった
いうよりは、西へ、東へ、北へ、埋立
さらに 詳 細 に、その 郊 外 住 宅 地 がど
住 分 離 の「 住 」 を 受 け 持 つ 場 として、 のである。
市街地の過密から逃れ、安全で快適な
ある。最初に、都市近郊に集合住宅団
のは高度経済成長期に突入して以降で
次に、郊外住宅地が新たに発展する
路が延びていく。そして、各駅を拠点
びるように、郊外に向かって民鉄の線
とがよく分かる。まず、植物の茎が伸
みると、植物の生態に実に似ているこ
のように 形 成 されてい っ たのかをみて
地が次々建設されたが、すぐに人々は
に丘や台地に向かって道路が細い茎の
住宅地が求められたのである。
より広い住宅、できれば一戸建て住宅
ように伸びていく。茎の先には、葉っ
立ち 並 ぶ 。
そこに住む家族の父親の役割は、文
字 どおりの「 働 き 蜂 」 である。 毎 朝、
丘 の 上 から 下 りてきて、 満 員 電 車 に
乗って養分を巣に運ぶ。数十年の時を
経て、見事な花を咲かせて実になった
子 どもたちは 順 々 にそこから 巣 立 っ て
いき、やがて生涯の働きを終えた父親
たちは丘の上に戻る――大都市郊外の
4
MINTETSU AUTUMN 2010
ら、多摩川を越えてその西側に住宅地
が広がっていった。続いて、
ばには荒川を越えて埼玉・千葉方面へ、
年代に入ると利根川を越えて常磐方
てみたい。
郊外住宅地は、どのように形成され
70
域 は、 関 東 大 震 災 の 前 後 ぐらいから、 ながら、都心区を中心に、同心円状と
東京の最初の郊外住宅地といえる地
80
どの住宅地にも当てはまる物語である。
35
基調報告
80
をと願い、郊外は拡大の一途をたどっ
駅
ぱのように宅地が拓かれ戸建て住宅が
駅
た。東京圏では、1960年代後半か
[ 街はどのように生成、発展してきたか ]
都心部から放射状に延びる鉄道沿線に開発された郊外住宅地。
子どもたちの声が響き渡る若いファミリータウンは、
数十年の年月を経て、
高齢者世帯が暮らす静かなまちへと変化した。
少子高齢化の時代、大都市圏の郊外住宅地を考える。
明治大学理工学部建築学科 教授
園田眞理子
Mariko SONODA
千葉大学工学部建築学科卒業、千葉大学大学院工学研究科修士課程修了、
千葉大学大学院自然科学研究科博士課程修了。明治大学理工学部建築学
科専任講師、助教授を経て、2009 年より現職。専門は建築計画学・住
宅政策論。日本建築学会、都市住宅学会、日本医療福祉建築協会所属。
著書に『変貌する住宅市場と住宅政策』( 共著 )、『家族のライフスタイ
ルと住まい』(共著)、
『データで読みとく都市居住の未来』(共著)など。
少子高齢社会における
郊外住宅地のこれから
取材・構成/香田朝子 撮影/織本知之
住宅地年齢と郊外住宅地
住 宅 地 にも 年 齢 がある。「 住 宅 地 年
歳以上の後期
は減少し続ける。それとは対照的に
歳以上人口、わけても
に 評 価 してもらい、 そこから「 郊 外 住
項 目 だけでは 価 値 を 計 れないだろうと
また郊外住宅地については、先の3
経 たことで 培 われたであろう 住 宅 地 と
宅の居住価値」を評定してみようとい
「 安 全 性 」 では、 火 事 等 の 防 災 性 や
してのアイデンティティや居住者のアイ
考え、「情緒性」を加えた。長い年月を
空き巣等の防犯性、交通安全性、バリ
デンティティ、 ご 近 所 づき 合 いや 自 治
う試みである。
住宅地では、戦前生まれから団塊の
アフリ ー について、「 利 便 性 」 では 交 通
会活動などが、その評価項目である。
年間増え続ける
世 代 の 人 たちが 居 住 するところで、 激
や買い物・飲食・医療などの施設環境
この調査結果から、興味深いことが
高 齢 者 人 口 は、 今 後
年間
の利便性について、「快適性」では自然
分かった。わが国の不動産評価の仕組
平均寿命の
経過すると、世代交代が始まる。
地は、最初の居住が起きてから
年を
ばとしてみよう。 歳 + 年で、ほぼ
歳になる。すなわち住宅
続き、世代交代が始まる。しかし、空
環境や街並み景観などについて、評価
これは、明治、大正生まれの人たちが
所とは住宅地年齢が
い。それが起きる場
続 けており、 簡 単 には 空 きが 埋 まらな
「2010年
、
歳人口が入居
区内での世代交代は終
年=1960年」
、
年代に外に向かっ
て拡大した郊外住宅
地、東京では多摩川
西から始まる。
郊外住宅地の魅力
ではない。より正しくはリーマンショッ
われている。 しかし、 その 表 現 は 正 確
の進展により「釣鐘型」になったとい
期の「ピラミッド型」から少子高齢化
わが国の人口構成は、高度経済成長
研究を行った。アン
2 0 0 7 年、 調 査
外住宅地を対象に
20 0 0 戸 規 模 の 郊
な戸建て住宅だけの
郊 外 にある 典 型 的
学生たちと、東京
歳だった
ケ ー ト で「 安 全 性 」
り、2008年をピークに、 歳のファ
つの
4
項目について居住者
指標に基づく細かな
「双こぶラクダ型」になっている。つま 「 情 緒 性 」 の
1973年生まれの者をピークとする 「 利 便 性 」「 快 適 性 」
1948年生まれの者と、
ク が 起 きた 2 0 0 8 年 に
歳だった
では、これから何が起こるのか。
50
の 人 たちの 居 住 地 に
したことにより 起 こ っ た 現 象 だと 推 測
で き る。 ち ょ う ど 祖 父 母 と 孫 の 関 係
に 当 たる 世 代 間 で 入 れ 替 えが 起 きた
ということだ。「 1 9 4 5 年 + 年 =
1995年」の計算式が成り立ち、都
年代後半以降顕著になった
年 現 在、 東 京
ことは論理的に説明できる。2010
心回帰が
50
60
35
盤に近づきつつあると言っていい。
23
-
50
次々に人生の終わりを迎え、空いたそ
しい高齢化が進む。それは今後
年 代 後 半、 都 心 回 帰 が 始 ま っ た。 いたところを埋める若年人口は減少し
35
ことになる。
65
みでは、新しいものが価値を持ち、古
齢」だ。住宅の平均取得年齢を 代半
75
20
してもらった。
85
90
ミリー向け住宅を必要とする年齢人口
5 MINTETSU AUTUMN 2010
90
20
30
50
50
35 60
35
35
基調報告
得た「学校価値」もある。こうした年
ぶ。発端は、中山間地や離島の過疎化
かである。当初は開発者が所有してい
公園、学校等の「公共所有」のどちら
宅 地 に 再 分 化 された「 個 人 所 有 」 と、
や高齢化を研究されていた社会学者の
た土地・建物であっても、開発後は公
口の半分を超えると「限界集落」と呼
命 名 によるとのことだが、 今 では 東 京
外住宅地は、やがて世代交代の時期を
するためには、「共」で所有・活用でき
現在
をつくり、日常的な見守りや医療、介
改 変 すればよい。 コミュニティ の 拠 点
け」「お互いさま」の密度の濃い関係性
が害を被り、「協力」や「協働」「痛み分
が 生 まれてくる。 誰 かが 利 すれば 誰 か
士 の 利 害 がぶつかりあうリアルな 関 係
6
MINTETSU AUTUMN 2010
いものはおしなべて評価しないというこ
価 格 は、 建 物 の 築 年 数 と 土 地 の 広 さ、 高まっていく要素が、郊外住宅地の居
とにな っ ている。 不 動 産 価 値 すなわち
住 環 境 のなかにはいくつもある。 出 来
共に移管されてきた。従って、郊外住
月を経て、人が力を合わせたからこそ
駅への至便性で決まる。しかしこの調
都心の戸山団地(旧戸山ハイツ)も「限
と「私」の2色しかなく、
「共」に相当
界集落団地」ということになっている。 宅地を所有権で塗り分けてみると「公」
このまま 手 をこまねいていては、 多 く
する部分が全くない。
たての 住 宅 地 にはあり 得 ない 良 さとも
そしてそれらの居住価値は、若い世
の郊外住宅地が「限界集落」になりか
査研究で、「快適性」や「情緒性」につ
むしろ「時間を経たからこそ価値が上
代にとって、子どもを育てる環境のた
ねない。
いては「新しいほどいい」とは限らず、 言えるだろう。
がるものがある 」 ことが 分 か っ たので
めの 得 難 い 魅 力 となるはずである。 郊
迎 える。 これらの「 価 値 」 を、 うまく
る空間、
住民同士で当該住宅地を管理・
しかし、 郊 外 住 宅 地 を「ハ ッ ピ ー・
ある。
例えば、「緑価値」がある。開発時に
若年世代に継承し「循環型郊外住宅地」 界 集 落 」 で は な く、「 リタイアメント・
運 営 していこうという「 共 」 の 精 神 が
そこでまず 必 要 にな っ てくるのは、 リタイアメント・コミュニティ」に再編
植 樹 されたかぼそい 木 が 大 きく 豊 かに
コミュニティ」 と 捉 え 直 してみる。 ア
例えば、住宅地に公園がある。それ
同体を形成する必要がある。
メント・ コミュニティ に 移 り 住 む 人 が
数 千、 数 万 人 規 模 で 造 られたリタイア
メリカの 中 産 階 級 の 人 たちの 中 には、 欠かせない。共有財産を持った運命共
逆転の発想である。郊外住宅地を「限
育ち、丹精な手入れにより見事な景観
を目指すことはできないのだろうか。
リタイアメント・コミュニティ
を形づくっている。また、長年ご近所
に 住 んでいることで、 困 っ たときには
助け合う「コミュニティ価値」が醸成
されている。親世代はPTAや子ども
本来、街は自然に新陳代謝していく
発生的なリタイアメント・コミュニティ」 が 壊 れていれば 役 所 にクレ ー ムを 言 う
は公共が所有し管理するもので、遊具
会の活動を通じて、子どもたちは同じ
ものだった。子どもが産まれ育ち、転
いる。日本の郊外住宅地は既に「自然
学校で学ぶことで社会的な関係資本を
しかし、郊外住宅地は一時に開発さ
護・ 看 護 等 のサポ ー トサ ー ビスを 付 加
安 全 に 快 適 に 老 後 を 過 ごせるエリアに 「 共 」 の 空 間 となると、 そこに 住 民 同
れ、一時に同世代、同種の人たちが大
していく。 必 要 なハ ー ド、 ソフトを 整
昨今、「公」の力は財政事情の悪化の
量に入居した。定住傾向が強いため人
は、誰もが生き生きと安心して暮らせ
ために随分弱まり、一つずつの住宅地、
口の流出入は少ない。子どもたちは核
自分たちの住処を他に求めた。開発か
る「ハッピー・リタイアメント・コミュ
ましてや 小 さな 公 園 などには、 目 も 管
が生じてくるのだ。
新たに生まれるものがある。
関 心 という 空 間 にな っ ている。 これが
が出来上がっているのである。ならば、 だけ、誰がどう使っていても結局は無
世帯成長・成熟期
住宅地の高齢化
引退・老後期
過去
世帯形成期
未来
家 族 向 けにつくられた 親 の 家 を 出 て、 備 していく。 年 月 を 経 た 郊 外 住 宅 地
ら数十年を経て、入居時には若年の核
ニティ」に変わることができる。
理 もお 金 も 届 きにくくな っ ている。 そ
家族世帯が、高齢者夫婦または高齢者
の単独世帯に変化している――これが
うであれば、住宅地内の公共空間の一
部 を、 住 民 の 共 有 財 産、 共 同 管 理 の
住民による住民のための〝協働〟
日 本 人 は 元 来、 悲 観 主 義 を 好 む の
郊外住宅地の土地・建物の所有権は、 空間として自治会などに逆移管しても
現在の郊外住宅地の姿である。
歳以上の高齢者がその地域の人
か、
65
住宅地の成熟
住宅地の継承・
世代交代
い世帯がある。古びていくものがあり、 今 あるコミュニティ を 徹 底 的 に 楽 しく
出する家族がいて、転入してくる新し
[ 循環型郊外住宅地 ]
「共」の空間には、コミュニティの場
らってはどうだろう。
となるクラブハウス や 共 益 サ ー ビス の
拠点をつくる。日本の自然発生的なリ
タイアメント・ コミュニティ をアメリカ
売却は、築後
年近い建物はゼロ評
価で土地価格も下落している。既存住
保に疑問点が残り、それだけで採算の
取 れるエリアマネジメントのビジネス 成
宅の再利用を目指し、さまざまな形で
どには 買 い 取 り 再 生 型 のプロジ ェ クト
取り組みが始まっているが、思ったほ
立は、極めて難しいと予測される。
筆者が唯一、可能性があるのではな
いかと期待しているのは、民鉄だ。
持していくことが可能になる。
郊外住宅地と核家族の老後
現在、郊外住宅地が抱えている問題
転貸については、一般財団法人移住・
齢単身・夫婦のみで持ち家に住まう世
のでもある。 子 どもたちが 巣 立 っ た 高
とは、実は、核家族の老後問題そのも
者と住民との「つながりの濃さ」だ。
住みかえ支援機構(JTI)の「住宅
が進まないという話もある。
デベロ ッ パ ー やハウスメ ー カ ー と 居
借り上げ制度」が施行されている。
の老後問題に直面しているのである。
その理由は二つある。一つは、事業
そしてそれらの企画は、住民の共同
住者の関係は、住まいの売買で完了す
歳 以 上 のシニア 世 代 の 持 ち 家 を 終 身・
のそれに 近 づけるために、 さまざまな
出資、ファンド方式により実現してい
る。 しかし、 最 初 に 述 べたように、 郊
数千戸の戸建て住宅が建ち並ぶ郊外
経済的にも敢えて運命共同体にするこ
居住して以来ずっと続いている。鉄道
は至っていない。
ものだが、まだ、十分な認知と活用に
発されており、事業者と住民の関係は、 の若年世帯に優先して転貸するという
いう大きな流れの中で、縮小していく
住宅地は、もしかすると、人口縮減と
企画を考えればよい。
く。当初資金の不足分は借り入れるな
家賃保証付きで借り上げ、子育て世代
とによって、お互いの協調関係を強固
やバスの 利 用、 あるいは 百 貨 店 やスト
雅な縮小」であるべきだ。
「老後をハッ
帯が、日本の歴史上はじめて"核家族"
どして 未 来 の 利 用 料 で 返 済 していく。 外住宅地は民鉄のそれぞれの沿線に開
に 築 き 上 げるのである。 クレ ー マ ー や
アでの 買 い 物 などを 通 じて 育 まれてき
ピ ー に 過 ごす 」「 次 世 代 へと 継 承 する 」
若 年 世 帯 を 結 ぶ、「 循 環 型 郊 外 住 宅 地 」 そのために、 われわれは 知 恵 者 でなけ
のかもしれない。 けれどもそれは「 優
フリ ー ライダ ー お 断 りの 手 立 てともな
た、その関係性は深く信頼感も大きい。 貸も、塊状に開発された郊外住宅地を
値向上に総体的に取り組む中で、個別
を 目 指 す 仕 組 みづくりが 何 もなされて
そして何より問題なのは、売却も転
るはずだ。
事 業 の 収 支 にバラツキがあ っ ても 全 体
いないということだろう。
を手当てし、美しく整える剪定の時を
繁らせた郊外住宅地は、今、痛んだ葉
はなく、「駅近辺の平地
迎えている。
これに関して筆者は、駅を拠点とす
備」から始めることを提案したい。
る地域内の小さな「住み替え循環の整
茎が伸び、茎の先にうっそうと葉を
ればならない。
でプラス・ マイナス・ ゼロ 以 上 に で き
二つ目は、採算性の点だ。沿線の価
―― その 方 法 はき っ とたくさんある。
50
地理的・面的に押さえて高齢者世帯と
マネジメント主体の確立
で は、 高 齢 化 し た 住 宅 地 を「 ハ ッ
地域内住み替え循環
ピ ー・ リタイアメント・ コミュニティ」 れば、その事業は大成功といえる。
へと再編していく――その初期の仕組
みをつくり、 協 働 をマネジメント して
住 宅 を、 子 育 て 世 代 に 受 け 渡 す。
駅の丘陵地に立地する高齢者の
最後に、若いファミリー世帯の流入
シニアは、丘の上から利便性の高
いく主体は何か。結論から言うと、答
えはまだ 見 つか っ ていない。 一 般 的 に
を 促 進 させる 手 立 てについて 言 及 して
住み替え先まで視野に入れた地域
考 えれば 行 政 ということになるが、 今
若いファミリー世帯の居住先となる
内 の 住 み 替 え 循 環 である。
「都心
い駅近辺に下りてくる。貸し手の
のは、住み替えを計画している、ある
郊外」という大きな住み替えで
おきたい。
ない。また、行政の手法では立地規制
いは空き家となっている高齢者世帯の
日、行財政力に余力のある自治体は少
と計画経済ということになり、非効率・
持 ち 家 である。 しかし、 これらの 住 宅
駅後背部
非競争、変化に対して鈍重なことにな
によって、その地域を活性化し維
の「売却」「転貸」を支援するシステムは、 の丘陵地」という小さな住み替え
まだまだ整っていないのが現状だ。
7 MINTETSU AUTUMN 2010
30
る。
次 に、 民 間 にそれを 委 ねられるかと
いうことになるが、 経 済 的 な 規 模 の 確
⇔
⇔
35
基調報告