脳スライス標本を用いた 多ニューロン活動のカルシウム画像化

日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.)134,17∼21(2009)
実験技術
脳スライス標本を用いた
多ニューロン活動のカルシウム画像化
水沼 未雅 1),池谷 裕二 1),2)
要約:機能的多ニューロンカルシウム画像法(func-
ットワークに内在するニューロンによって空間的およ
tional multineuron calcium imaging,fMCI)は,単細
び時間的に規定されるため,神経回路の情報処理メカ
胞レベルの空間解像度を保ちながら,多数のニューロ
ニズムをより正確に理解するためには,大規模な活動
ン集団からスパイク活動を,蛍光カルシウム指示薬を
記録手法が不可欠である.
用いて可視化する実験手技である.これを用いること
従来の記録法を補完する手法として,細胞の電気的
で,目的の回路内の個々のニューロンが,いつ,どこ
活動を光学シグナルに変換し,画像化(イメージング)
で,どのように発火したのかを捉えることができるた
する方法がある.これには様々なアプローチ法が考案
め,脳研究の次世代を担う実験技術として期待されて
されている.たとえば,電位感受性色素を利用した画
いる.本稿では,fMCI の特徴を説明しながら,筆者
像法は,神経回路の発火活動や,発火閾値以下の神経
らの研究室で実際に用いられている実験プロトコール
活動を直接的にモニタすることができる.しかし現在
を記述し,最後には fMCI の特長を活かした応用例と
までに開発されている電位感受性色素では S/N 比は
して,高水圧下で神経活動を撮影した実験を紹介する.
十分とは言えず,スパイクを捉えるような高速撮影で
1. はじめに
は多試行による加算平均が通常必要となる.また,細
胞膜内で機能するという色素の性質上,哺乳類の神経
動物は,外的環境の変化に応じて,行動や心身状態
組織においては個々のニューロンを分離しながら測定
を適切に順応させることができる.これは中枢神経系,
するだけの空間解像度を得ることはほぼ絶望的である.
すなわち,多様なニューロンが織りなす高度に組織化
現在,1 細胞レベルの空間解像度を保ちながら神経
された神経ネットワークのおかげである.人工システ
回路活動を記録することが可能な手法として,は「機
ムにおいては,未だに,これほど柔軟な能力を構築す
能的多ニューロンカルシウム画像法(functional multi-
ることはできていない.
neuron calcium imaging,fMCI)」が広く用いられて
脳機能を調べるためには,通常,シナプス伝達や,
いる.スパイクが発生すると,電位感受性カルシウム
形態学的変化,遺伝子発現などのパラメータを観測す
チャネルが活性化され,細胞内カルシウムイオン濃度
る.ニューロンが活動する時に発生するスパイク(活
の一過性上昇が生じる.このスパイクに伴うカルシウ
動電位)は,そうしたパラメータの中でも最も重要な
ムイオン濃度上昇を指標とすることで,ニューロンが
もののひとつである.スパイクは,あるニューロンか
いつ発火したかを知ることができる(図 1).筆者ら
ら他のニューロンへの情報出力の媒体であり,速いダ
の研究室では,1 万個以上の多数のニューロンの発火
イナミクスと空間特異性を有している.
活動を一斉に記録することを可能にした(図 2).
これまでに得られた活動電位に関する多くの知見は,
本稿では,fMCI の原理と方法を概説しながら,こ
電極を利用した細胞内あるいは細胞外記録法によって
れを有効に活用した研究の一例を紹介する.fMCI の
得られたものであるが,こうした電気生理学的手法で
有用性と手法の詳細を少しでも多くの方にご理解いた
記録できるのは,ごく限られた少数のニューロンの活
だき,今後の研究に役立てていただけたら幸いである.
動のみである.しかし,実際の神経活動は,巨大なネ
キーワード : イメージング,カルシウム,ニューロン,神経回路,活動電位
1)
東京大学 大学院薬学系研究科 薬品作用学教室(〒113 - 0033 東京都文京区本郷 7 - 3 - 1)
2)
科学技術振興機構さきがけ(〒102 - 0075 東京都千代田区三番町 5)
E - mail: [email protected] - tokyo.ac.jp 原稿受領日:2009 年 3 月 30 日,依頼原稿
Title: Calcium imaging of multineuron activity in brain slice preparations. Author: Mika Mizunuma, Yuji Ikegaya
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水沼 未雅,池谷 裕二
2. 機 能 的 多 ニ ュ ー ロ ン カ ル シ ウ ム 画 像 法
(fMCI)の原理と特長
fMCI では通常,カルシウムに感受性のある蛍光指
示薬を多数のニューロンに負荷し,その蛍光強度変化
を細胞体から記録する.細胞体における急速な一過性
カルシウム上昇はスパイクに由来するため,これを利
用して,スパイクのタイミングを検出する(図 1A).
このカルシウム上昇は電位感受性カルシウムチャネル
からのカルシウム流入に由来している.カルシウム蛍
光指示薬は,たとえば電位感受性色素のシグナル変化
が通常 1% 以下であるのとは異なり,適切な蛍光指示
図 1 fMCI の原理
ニューロンの細胞体からカルシウム蛍光強度変化を観察すること
で,スパイクの発生タイミングを知ることができる.A:カルシ
ウム上昇度は,そこに含まれるスパイク数と共に増大する.
B:カルシウム上昇度はスパイク数とスパイク発火率(Hz)の二
重関数となっている.C:複数のニューロンからラスタープロッ
ト(スパイク列)を検出.(文献 19 より改変)
薬を用いれば,一発のスパイクでも 2 - 30% の蛍光強
度変化が観察されるため(1,2),蛍光シグナルの試行
平均が不要であり,したがって自発活動などのように
一回性の現象を追求することが可能となる
(3 - 5).
fMCI 以外の有力な単細胞解像度を持った大規模記
録法としては,多電極ユニット記録が挙げられる(6).
通常は数個から十数個のニューロンから同時記録が可
能であるが,さらに多数の電極を局所刺入することで
fMCI に劣らない大規模記録も可能となっている(7).
多電極ユニット記録は高い時間分解能で安定して長
期間記録ができる点が fMCI よりも優れている.しか
し欠点もある.記録波形からスパイクを分離抽出(ソ
ーティング)する独特な信号解析が欠かせないことで
ある.これは数理的には不良設定問題であり,したが
って,観測データから分離されたスパイクがどこまで
真のスパイクを反映しているのかは常に疑問視される.
また,ユニット記録では,細胞の位置や細胞種が厳密
には同定できないこと,記録中に発火しなかったニュ
ーロンについてはニューロンの存在自体を検出できな
いなどの問題もある.とりわけ最後の点は重要で,た
とえばユニット記録では「回路中の何 % のニューロ
ンが活動したか」という根本的な疑問に答えることが
できない.
一方,fMCI では,視野内の全ニューロンの相対的
な位置情報を得ることができ,発火しない細胞の検出
もできる.また細胞のタイプを識別することも工夫次
第では可能である.識別の方法としては,①記録後に
標本を GABA 抗体などを用いて組織化学染色する,
②蛍光強度と細胞体の大きさの相関関係によって識別
図 2 fMCI で構築した巨大なラスタープロットの例
生後 9 日齢のラットから作成した大脳皮質(運動野)スライス標
本から記録.低倍率の対物レンズと広域型 CCD カメラを用いる
ことで,1 万を超えるニューロンの活動を撮影することが可能と
なった.(文献 20 より改変)
する
(5),③急性スライスであればアストロサイトマ
ーカーである Sulforhodamine 101 で共染色する
(8),
などが挙げられる.
fMCI にも欠点はある.まず,蛍光指示薬を用いた
光学的測定であるために,褪色や光毒性が避けられな
実験技術
脳スライス標本を用いた多ニューロン活動のカルシウム画像化
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いため,何時間にもわたる長期測定が難しいことが挙
ューブ 10 本入りの special package,Invitrogen)の
げられる.これはカルシウム感受性の蛍光タンパク質
チューブ 1 本(50μg)に DMSO 50μl を加え,溶解
を発現するトランジェニックマウスを作成することで
させる.これを 10μl ずつ 1.5 ml チューブに分注し,
解決できるかもしれない.また,一過性カルシウム上
− 20℃で冷凍保存する.
昇をレポータとして利用しているため,指示薬の減衰
② 10% Pluronic F - 127/DMSO
時定数が問題となる.つまり,減衰時定数は 300 - 500
Pluronic F - 127(P6867,Invitrogen)100 mg を 1.5
ミリ秒と長いため,高頻度にバースト発火するニュー
ml チューブに秤量し,DMSO 1 ml に溶解させる.
ロンにおいては,残念ながら,個々のスパイクを分離
室温で保存.分注は不要.長期保管するとまれに結
することはほぼ不可能である(図 1A).ときおり,カ
晶が析出することがあるが,この場合は使用をやめ,
ルシウム上昇度がスパイク数に相関することを利用し
新たに調整する.
て,カルシウム上昇内のスパイク数を逆算する解析が
③ 5% Cremophor EL/DMSO
見受けられるが
(9 - 11),実際には,同じ回数のバース
Cremophor EL(C - 5135,Sigma - Aldrich)0.5 ml を
ト発火ならば発火頻度が高いほうがカルシウム累積は
15 ml チューブに秤量し,DMSO 9.5 ml に溶解させ
大きくなるため,カルシウム上昇度のみからスパイク
る.Cremophor EL は粘性が高いため,慎重に計量
数を求めることはできない(図 1B).
する.室温で保存.分注は不要.
3. fMCI の実験方法
〈ストック溶液の調製〉
〈標本の調整〉
①急性脳スライス標本または培養脳スライス標本
急性スライス標本は生後 3 ∼ 16 日齢のラットまた
筆者らはカルシウム蛍光指示薬として主に Oregon
はマウスから作製することが望ましい.日齢が高いと
Green 488 BAPTA - 1 を用いている.この指示薬はニ
指示薬のニューロンへの取り込み効率が急激に低下す
ューロンへの負荷が比較的に容易で,かつ解離定数
る.また,脳部位によっても効率が異なる(12).
Kd が 170 nM と低く,単スパイクの反応を高感度に
培養スライス標本は生後 6 ∼ 7 日齢のラットまたは
検出できるという利点がある.類似した性質をもった
マウスより作製した脳スライスを 7 ∼ 14 日間培養し
指示薬としては fura - 2 もあり,用途に応じて使い分
たものを用いる.これ以上,長期間培養すると,神経
けることが可能である.
回路の再編成が生じ,スライス全体にてんかん様の同
ただし,fura - 2 は UV 励起が必要であり,青色光で
期活動を発する標本が増える.
励起される Oregon Green 488 BAPTA - 1 と比較して,
②人工脳脊髄液(artificial cerebrospinal fluid,aCSF)
光散乱や細胞毒性が高いので注意を要する.また,
aCSF の組成は NaCl:127 mM,NaHCO3:26 mM,
fura - 2 は負荷後の細胞外への排出が,Oregon Green
488 BAPTA - 1 よりも早い傾向があり,長時間の観察
には Oregon Green 488 BAPTA - 1 が適しているように
思われる.
なお,以下の実験プロトコールは Oregon Green
488 BAPTA - 1 を例にとって説明するが,同様の手順
で fura - 2 や fluo - 4 を用いた実験を行うことができる.
KCl:1.5 mM,KH2PO4:1.24,MgSO 4:1.4 mM,
CaCl2:2.4 mM,Glucose:10 mM.実験当日に作成し,
95% O2/5% CO2 を常時通気する.なおニューロンの自
発活動を効率よく観察するためは,KCl:3 - 4 mM,
MgSO4:1.0 mM,CaCl2:1.0 - 1.5 mM に 変 更 す る と
よい(13).
〈Ca2+指示薬溶液の調製〉
Oregon Green 488 BAPTA - 1AM は構造中にアセト
チューブに 2 ml の aCSF を入れ,さらにストック
キシメチル(AM,acetoxymethyl)基を有しており,
溶液① 10μl,ストック溶液② 2μl,ストック溶液③ 2μl
細胞膜の透過効率は比較的良好である.これが細胞内
を加える.最終濃度は,Oregon Green BAPTA - 1AM
エ ス テ ラ ー ゼ で 加 水 分 解 さ れ,Oregon Green 488
が 0.0005%( 約 4μM に 相 当 ),Pluronic F - 127 が
BAPTA - 1 へと変換されることで細胞への負荷を可能
0.01%,Cremophor EL が 0.005%,DMSO が 0.7% となる.
にしている.筆者らは,さらに細胞膜透過性を高め,
この溶液に,1 秒間の超音波処理(ソニケーション)を,
負荷効率を上げる目的で,2 種の界面活性剤(Pluronic
1 秒間隔で約 50 回与える.筆者らは Microson 超音波
F - 127,Cremophor EL)を併用している.
細胞破砕装置(Heat Systems)を用いている.
〈ストック溶液の調製〉
① 0.1% Oregon Green BAPTA - 1AM/DMSO
Oregon Green 488 BAPTA - 1AM(O6807,50μg チ
〈Ca2+指示薬の負荷〉
①上記で作製した Ca2+ 指示薬溶液 2 ml を 35 mm 径
のシャーレに移し,そこに数枚の脳スライス標本を
20
水沼 未雅,池谷 裕二
浸たす.急性スライス標本の場合は 37℃に保温し
たチャンバー内で 95% O2/5% CO2 を通気しながら 1
褪 色 や 光 毒 性 が 低 い の も 特 長 で あ る. た と え ば
10mW 程度の強いレーザーを連続照射する通常の
時間インキュベーションする.チャンバーの形状に
撮影条件下でも,褪色速度は毎分 0.5% 程度と驚異
ついては文献 14 を参照のこと.培養スライス標本
的に遅い.
の場合は 37℃の CO2 インキュベータ中に 1 時間静
2+
④冷却 CCD カメラ
置する.Ca 指示薬の種類や使用する標本によって
目的に適ったカメラを用意する.とくに高速イメー
は,インキュベーション時間を短縮することも可能
ジングでは高感度の背面照射型の CCD 素子を用い
である.
た も の が 推 奨 さ れ る. 筆 者 は iXonEM+ DU897,
②標本を別のシャーレに移し,aCSF で数回洗浄した
DU860,DU888(いずれも Andor)の 3 種を使用し
後,O2/CO2 を通気した aCSF 中で 30 分以上静置
ている.毎秒 200 フレーム以下のイメージングには
する.
③スライス標本を記録用チャンバーに移し,観察中に
512x512 の画素数を持つ DU897 を,それ以上の超
高速イメージングには 128x128 の DU860 を用いる.
標本が動かないように,金属グリッドなどで固定し,
DU888 は 1024x1024 の解像度を持ち,4 倍の対物レ
aCSF を 1 ∼ 3 ml/min の速度で灌流する.
ンズを用いれば,1 万個を超える細胞から一斉に記
④レーザーを照射し,イメージングを開始する.ニュ
録することができる(図 2).ただし高速イメージ
ーロン活動の観察には毎秒 10 ∼ 2000 フレームの高
ングには向かない.なお冷却装置は空冷式よりも水
速撮影が必要だが,グリア細胞のカルシウム振動を
冷式のほうが冷却効率はよく,また機械振動による
観察する場合には毎秒 0.5 ∼ 2 フレームで十分であ
ノイズが抑えられるため,画像の鮮明度が向上する.
る.
〈イメージング装置〉
①顕微鏡
パッチクランプ記録と同時に実験するためには正立
顕微鏡を使用するのが望ましい.筆者らは Nikon
⑤画像取得ソフトフェア
筆 者 は MetaMorph(Molecular Devices) と Solis
(Andor)を用いている.
4. スパイク検出とデータ整理
FN1,Zeiss AxioSkop2,Olympus BX51WI を用いて
以前の研究では,蛍光強度変化からのスパイク活動
いる.
再構成はほとんど手作業に頼っていた.しかし手動で
②対物レンズ
のスパイク検出は時間と労力を要するだけでなく,主
広範囲から多数の細胞をモニタするために,できる
観的なバイアスも避けられない.しかし近年では,様々
だけ低倍率かつ高開口数の対物レンズを用いる.ま
な自動スパイク検出アルゴリズムが開発されてきてい
たパッチクランプ電極のアクセスを容易にするため
る.
に 長 焦 点 距 離 の も の が 推 奨 さ れ る.Olympus
代表的な例を挙げると,蛍光強度変化率 DF/F に閾
XLUMPLFL( 水 浸 20 倍, 開 口 数 0.95, 作 動 距 離
値をもうけ,閾値以上の変化率でカルシウム濃度が変
2.0 mm),Zeiss Plan - Apochromat( 水 浸 20 倍, 開
化している時点をスパイク発生時とみなす方法
(3,4)
口 数 1.0, 作 動 距 離 1.8 mm),Nikon CFI75( 水 浸
や,スパイク発生時には蛍光強度変化が急激な立ち上
16 倍, 開 口 数 0.8, 作 動 距 離 3.0 mm),Olympus
がりと指数関数的減衰を特徴的に示すことを利用して,
XLPlanN(水浸 25 倍,開口数 1.05)などを用途に
理想波形との誤差を最小限にするようなスパイクパタ
応じて使い分けている.筆者らは,さらに共焦点ユ
ーンを再構築するテンプレートマッチング法(15)や
ニットと顕微鏡の間に 0.5 - 0.7 倍程度の変倍レンズ
逆相関法
(16)などがある.また,発火頻度の変化を
を挿入することで,広い視野を確保するようにして
検出する方法としてデコンヴォルージョン(17),およ
いる.
び,これをより柔軟に改良したアルゴリズム(18)も
③共焦点システム
開発されている.
ニューロン活動の観察には高速イメージングは必須
これらの方法は簡便であるが,検出精度が光学的ノ
であり,ニポウディスク型の共焦点スキャナユニッ
イズの影響を受けやすく,また,検出閾値を実験者が
ト が 推 奨 さ れ る. と く に 横 河 電 機 製 の CSUX1,
任意に設定しなければならないなどの欠点がある.最
CSU22,CSU10 が fMCI の実験に向いている.ニポ
近,筆者らは実験者による人為過程を一切経ずに,発
ウディスク方式は高速であるだけでなく,ガルバノ
火タイミングを検出するアルゴリズムを考案した(19).
ミラー方式の共焦点顕微鏡に比べて,その原理上,
これは,シグナルを主成分分析によって低次元に圧縮
実験技術
脳スライス標本を用いた多ニューロン活動のカルシウム画像化
した後,パターン認識アルゴリムであるサポートベク
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を用い,100 mmHg という極度な高圧下で海馬の自発
トルマシンによってスパイクを自動検出する方法であ
活動の観察を行った.しかし,少なくとも 10 分の記
る.これにより主観的要因を完全に排除し,手動によ
録時間中は,海馬錐体細胞の自発活動の時空パターン
る検出はもちろん,他のアルゴリズムによる半自動検
に特筆すべき異常は観察されなかった.この事実は,
出よりも,精度の高い検出が可能になった.
イメージング,すなわち,電気的活動を「見る」こと
5. In vitro 脳圧上昇モデル
最後に,fMCI の長所を活かした実例として,脳圧
で,初めて明らかになったと言える.
6. おわりに
上昇を模倣した細胞外液圧力負荷の実験系を紹介する.
fMCI は,脳回路機能を理解するうえで必要不可欠
通常,頭蓋内圧はホメオスタシスにより一定の範囲
である,ニューロン集団からの大規模記録法として強
内に保たれている.しかし病的状態,たとえば脳浮腫
力な実験ツールである.その有用性に比して,必要と
や脳内出血では,頭蓋内圧の持続的な上昇が生じ,頭
される実験技術はシンプルであるため,上に紹介した
痛や嘔吐,意識障害などの症状を招くことがある.通
例のように,他の手法では観察困難な現象を簡便に捉
常,頭蓋内圧が上昇することで生じる脳機能の障害は,
えることができる.今後,fMCI が神経回路挙動を観
脳灌流圧の減少や脳ヘルニアを介する二次的な効果で
察するための有効な手法として広く利用され,システ
あると考えられているが,神経組織にかかる圧力の上
ムとしての脳を理解するために新たな知見を提供して
昇そのものがニューロンの活動にどのような影響を与
くれることを期待したい.
えるのかわかっていない.
従来の研究では,in vivo 実験において,脳圧を人
為的に上昇させ,そのときの神経活動の記録が行われ
ているが,in vivo 実験では脳ヘルニアや脳灌流圧低
下が必然的に生じ,二次的影響を排除することはでき
ない.したがって,圧力上昇を in vitro 実験で模すた
めには,密閉系で実験を行わなければならない.当然
ながら,密閉系では外部からガラス電極を標本に近づ
けることができないため,ニューロンの活動を記録す
ることは難しかった.
そこで筆者らは fMCI を活用することで,密閉チャ
ンバー内の神経組織に光学的にアクセスする実験系を
確立した.このシステムでは灌流液の圧力を任意に操
作できるため,細胞外液の圧力を変化させたときの神
経活動を容易に記録することができる.このシステム
文 献
1)Helmchen F, et al. Biophys J. 1996;70:1069-1081.
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著者プロフィール
水沼 未雅(みずぬま みか)(写真右)
東京大学 大学院薬学系研究科 薬品作用学教室,修士課程 2 年.
◇ 2008 年に京都大学薬学部総合薬学科を卒業後,同年から東京大学大学院薬学系研究科に在籍.◇研究
テーマ:ニューロン局所回路における活動パターンの自己組織化と創発.◇趣味:映画鑑賞,バスケッ
トボール.
池谷 裕二(いけがや ゆうじ)(写真左)
東京大学 大学院薬学系研究科 薬品作用学教室,准教授,薬学博士.
◇ 1998 年東京大学大学院薬学系研究科で博士号を取得後,同研究科で助手,講師を経て,’07 年から現職.途中 ’02 年から ’05 年までは
コロンビア大学生物学講座に留学し,本稿のカルシウムイメージング技術を確立.’06 年以降はさきがけ研究員を兼任.主な受賞歴とし
て日本薬理学会学術奨励賞,日本神経科学学会奨励賞,日本薬学会奨励賞,文部科学大臣表彰若手科学者賞.◇研究テーマ:皮質神経ネ
ットワークの作動原理.◇趣味:クラシック音楽鑑賞,飲食.