「日欧のサムライたち―オーストリアと日本の武器 - 大阪市博物館協会

平成 24 年1月 13 日
大阪市ゆとりとみどり振興局
文化部博物館群担当課長 西良文
電話:06-6649-5180
(財)大阪市博物館協会
事業企画課長 髙井健司
(村元健一)
電話:06-6940-0550
大阪城・エッゲンベルグ城友好城郭提携3周年記念
大阪城天守閣・大阪歴史博物館合同自主企画特別展
「日欧のサムライたち―オーストリアと日本の武器武具展―」を開催します。
大阪市と(財)大阪市博物館協会では、平成 24 年3月 24 日(土)から平成 24 年5月6
日(日)まで、大阪歴史博物館で、大阪城・エッゲンベルグ城友好城郭提携3周年記念 大
阪城天守閣・大阪歴史博物館合同自主企画特別展「日欧のサムライたち―オーストリアと
日本の武器武具展―」を開催します。
平成18年、オーストリア第2の都市グラーツのエッゲンベルグ城の一室を飾っていた絵
画が豊臣時代の大坂城と城下町を描いた屏風であることが明らかとなりました。この発見
を機に、平成21年には大阪市とシュタイヤーマルク州立博物館ヨアネウムとの間で、大阪
城とエッゲンベルグ城の友好城郭提携が締結されました。本展は提携3周年を記念する特
別展です。
展示は、シュタイヤーマルク州立博物館ヨアネウムなどに所蔵される神聖ローマ帝国の
16~17世紀の武器武具や、当時のエッゲンベルグ城の姿や戦闘の様子を伝える版画など46
点と、大阪城天守閣が収蔵する室町時代から江戸時代(16世紀~17世紀)を主体とする合
戦図屏風や武器武具38点から構成され、東西の歴史・文化・戦闘方法をわかりやすく比較、
紹介します。こうした大規模な東西の武器武具の比較展示は前例のない試みで、国際交流
の観点や学術的な側面からも注目されます。
記
1.名 称
大阪城・エッゲンベルグ城友好城郭提携3周年記念 大阪城天守閣・大阪
歴史博物館合同自主企画特別展「日欧のサムライたち―オーストリアと
日本の武器武具展―」
2.主 催
大阪市、財団法人大阪市博物館協会・大阪城天守閣・大阪歴史博物
館
3.共 催
読売新聞社
4.後 援
NHK 大阪放送局
5.会 期
平成 24(2012)年3月 24 日(土)~5月6日(日)
6.休 館 日
毎週火曜日
7.開館時間
午前 9 時 30 分~午後 5 時(金曜日は午後 8 時まで)
(但し入館は閉館の 30 分前まで)
8.会 場
大阪歴史博物館 6階特別展示室
〒540-0008 大阪市中央区大手前 4-1-32
電話 06-6946-5728 ファックス 06-6946-2662
http://www.mus-his.city.osaka.jp
(最寄駅)地下鉄谷町線・中央線「谷町四丁目」駅下車⑨号出口前、
大阪市営バス「馬場町」バス停前
9.観 覧 料 【特別展のみ】
【常設展との共通券】
大人 1,000(900)円、
高大生 700(630)円
大人 1,500(1,440)円、
高大生 1,030(990)円
※( )内は 20 名以上の団体割引料金
※中学生以下、大阪市内在住の満 65 歳以上の方(要証明証提示)、
障害者手帳等をお持ちの方(介護者 1 名を含む)は無料
10.展覧会についてのお問い合わせ先
大阪歴史博物館 電話 06-6946-5728
大阪城天守閣
11.展示点数
電話 06-6941-3044
84点
12.関連行事
①オープニングコンサート
「甲冑たちはこの音を聞いていた ~ 当時の「心」との出会い。戦場で人々の心を慰め
たものは・・・ ~」
日 時:3 月 24 日(土) 午前 10 時 30 分~11 時
会 場:大阪歴史博物館 6 階特別展示室内(予定)
参加費:無料(ただし、入場には特別展観覧券が必要)
出 演:フルート:森本英希
リュート:高本一郎
ソプラノ:高見さなえ
企画協力:日本テレマン協会
曲
目:ジョスカン・デ・プレ:千々の悲しみ(豊臣秀吉が実際に聞いた曲といわれる)
J.ダウランド:帰っておいで
イタリア古謡:シチリアーノ
ほか(曲目は変更されることがあります)
②第 17 回うえまちコンサート「音で綴る騎士道と武士道」
日 時:4 月 8 日(日) 午後 2 時~午後 4 時
会 場:大阪歴史博物館 4 階講堂
定員 250 名
入場料:2,500 円(小学生以上、自由席)
参加方法:住所・氏名・電話番号・参加希望人数を明記のうえ、下記までお申し込み
ください。
(申込先) NPO 法人まち・すまいづくり「うえまちコンサート運営委員会」
〒543-0043 大阪市天王寺区勝山 1-11-29
電話・ファクス 06-6779-7222
E-mail
[email protected]
※はがき、電話、ファクス、電子メールのいずれでも可。
出 演:指揮:延原武春
ヴァイオリン:三谷彩佳
ヴィオラ:姜隆光
リュート:高本一郎
ソプラノ:高見さなえ
弦楽:テレマン・アンサンブル
トーク参加:大阪城天守閣館長 松尾信裕
企画協力:日本テレマン協会
曲
目:G.Ph.テレマン:管弦楽組曲「ドン・キホーテ」より序曲
J.S.バッハ:G線上のアリア
フランス古謡:ある一人の美しき娘(リュートソロ)
ほか(曲目は変更されることがあります)
③講演会「新発見『豊臣期大坂図屏風』との出会い―そしてグラーツ・大阪の友好へ―」
日 時:4 月 15 日(日) 午後 2 時~午後 3 時 30 分
講 師:髙橋隆博氏(関西大学博物館長)
会 場:大阪歴史博物館 4 階講堂
定員 250 名
参加費:300 円(特別展観覧券または半券提示で無料)
参加方法:当日先着順ですので、直接会場までお越しください。
(受付は 13 時 30 分~)
④展示解説
日
時:4 月 7 日(土)、4 月 28 日(土) いずれも午後 2 時~(約 30 分間)
解 説:松尾信裕(大阪城天守閣館長)、大澤研一(大阪歴史博物館学芸員)
会
場:大阪歴史博物館 6階特別展示室
参加費:無料(ただし、入場には特別展観覧券が必要)
参加方法:直接会場までお越しください。
13.おもな出展作品
【オーストリア】
貴人の四分の三身甲冑
ブラックアンドホワイトデザイン
1550 年頃(シュタイヤーマルク州立博物館
ヨアネウム 武器庫蔵)
同時代の男性の衣服の意匠を参照して作ら
れた甲冑である。16 世紀には公式の場では、
銀の刺繍がほどこされた黒いビロードの服、
いわゆる「スペイン風の宮廷衣装」を着る
ことが決められており、それが甲冑の意匠
に反映されている。なお、残念ながら甲冑
を使用した人物については不明である。
剣
1580-1620 年(シュタイヤーマルク州立博物館ヨアネウム 武器庫蔵)
騎士が用いたもので、片手での使用を想定しているため、柄が短くなっている。鍔(つば)
が大型化しているのは、拳を保護する目的のほかに、装飾的な意味があった。
マッチロック式マスケット銃(火縄銃)1600-1620 年(シュタイヤーマルク州立博物館ヨアネウム
武器庫蔵)
先込式の歩兵銃である。マッチロック式とは火種を金具で挟んで火皿に点火する方法で、従
来の火種を手で押しつける方法から大幅に改良されたものであり、16 世紀の銃の主流を占め
た。弾丸は従来の火縄銃のものの2倍の重さがあり、貫通力が大幅に増した。銃の改良にと
もない、以降の軍隊ではマスケット部隊が増え、戦場で銃が重視されることになった。
【参考】
シュタイヤーマルク州立博物館ヨアネウム
武器庫
シュタイヤーマルク州立博物館ヨアネウムを構成する博物館の一つであり、甲冑、刀剣、銃
など 32,000 点を所蔵する。起源は 15~17 世紀に、ハプスブルク帝国の国境地帯の防衛と、
国境に武器を供給するための武器庫である。収蔵された武器が旧式化するにともない、何度
か売却されそうになったが、その都度シュタイヤーマルクの歴史的遺産として保存される声
があがり、現在まで残されてきた。現在のグラーツ市を代表する観光地であるとともに、地
元の学校の生徒が必ず訪れる場所でもある。
武器庫外観
武器庫展示風景
【日本】
色々威二枚胴具足(いろいろおどしにまいどうぐそ
く)
豊臣時代 16 世紀末~17 世紀初頭(大阪城天守閣蔵)
豊臣秀吉近習(きんじゅう)の具足といわれ、尾
張徳川家に伝来した 16 領のうちのひとつ。徳川家
康の遺産として息子の義直(初代尾張藩主)に分
与された。裾板や兜の吹返(ふきかえし)には桐
文、胸板には竜文が金蒔絵される。
刀 銘
吉廣作(よしひろさく)/和泉国
室町時代 15 世紀後半(大阪城天守閣蔵)
吉廣は室町時代(15 世紀後半)に和泉国で活動した刀工。代表作である本品から相当の技量
であったことがうかがえるが、現存作品は極めて少ない。鞘(さや)の全体に金箔を押し桐
文を散らした江戸時代の拵(こしらえ)が付属する。
大火縄銃(おおひなわじゅう) 銘
榎並屋勘左衛門(えなみやかんざえもん) 大てんぐ
十
匁弐分
江戸時代 17 世紀前半(大阪城天守閣蔵)
全長2mを超す大鉄砲。堺の鉄砲鍛冶の製作になる。秀吉につかえた毛利高政(豊後隈城主)
が朝鮮出兵や大坂の陣で用いたと伝えられる銃の仕様と一致しており、本品も同じ経歴をも
つと考えられる。
長篠合戦図屏風
江戸時代 17 世紀後半(大阪城天守閣蔵)
織田信長、徳川家康連合軍が武田勝頼を破った長篠合戦を描いた屏風。向かって右方に長篠
城を描き、中央には川を挟んで鉄砲を並べた織田・徳川軍と、銃撃により倒される武田の騎
馬隊が描かれている。本品は尾張藩家老の成瀬家が 17 世紀後半に制作したと考えられる成瀬
家本の屏風をもとに、尾張徳川家の周辺でつくられたものと推測される。