小国町内草原における希少昆虫等調査報告 1.対象地の概要及び調査の趣旨 小国町に広大な草原が広がっている地域がある(写真1) 。これらは植生分類では禾本 草原とよばれ、イネ科、カヤツリグサ科の草本植物が中心となった草原のことをいう。 本県の禾本草原の分布には偏りがあり、県北では最上郡最上町などに、県南では小国町 に集中的に分布している。これらはいずれも農耕用家畜や馬産と結びつき、放牧地、採 草地として利用されてきたものであるが、その後の社会情勢の変化により、一部肉牛飼 養採草地として利用される以外は、植林や耕地への転用が進み、さらに諸開発や管理放 置に伴う遷移などにより大幅に減少してきている。 当該地域では、山菜ブームの後押しもあり、ワラビ採取用地としての利活用が現在も 続いている。植生現況としてはワラビのほか、イネ科、カヤツリグサ科等の草本植物が 中心となった禾本草原の状況を呈し、希少な草原性昆虫のショウリョウバッタモドキ(県 NT、国-)とクロシジミ(県 NT、国 CR+EN)の生息が確認されており、生物多様性の維 持の観点からもその保全が重要となっている。こうした草原は人の管理により遷移が止 められることにより維持されているものであり、ひとたび社会情勢が大きく変化し、管 理放棄されれば、これら草原性昆虫の生息可能な環境は消滅する可能性が極めて高い。 本調査は、①当該草原性昆虫の生息する環境の保全に必要な対策を検討すること、② 減少している草原植生に依存し生息している昆虫類の現状を把握するための調査を行い、 将来同様の調査を行った際に比較できるデータを残すこと、を主な狙いとして実施した。 2.調査日時、天候及び調査者 (1)2007 年7月 25 日(曇→晴)永幡嘉之(山形昆虫同好会) 、沢和浩(山形県植物 調査研究会) 、渡邊潔、伊藤聡(環境科学研究センター) (2)2007 年8月 31 日(雨)渡邊潔、永幡嘉之 写真2 調査箇所周辺状況(2007.8.31) 写真1 草原の状況(2007.7.25) 3.調査方法 昆虫については、草原性昆虫を対象に、草本の高さの異なる場所に3箇所の調査ライ ン(10m)を設定し、そのラインに沿って幅2mを目安に捕虫網によるスィーピング調 査を実施した。調査箇所の概観を写真2に、調査ラインの設定位置を図-1に示す。捕獲 された昆虫類は標本とし後日同定を行なった。その他昆虫については目視および捕獲同 定による生息種の確認を行った。 植物については、目視及び採集による生育種の確認を行った。調査に当っては地元関 係機関に周知して実施した。 図-1 スィーピング調査位置 4.調査結果 4-1.昆虫類 (1) 草原性昆虫のスィーピング調査 調査は 2007 年8月 31 日に行なっ た。これまで、昆虫に関して定量的に 調査し記録を残した事例は少なく、今 後の自然環境の変化について昆虫を 指標として、将来に再現可能なデータ を残すことを狙いとして実施したも のである。設定したスイーピングライ ンの地点は図-1のとおりである。環 境の違いにより生息密度に差が生じ る場合も想定されるため、草丈の高さ の異なる場所3箇所をとり、ラインの 設定を行なった。 (写真4、5) 各調査ラインの草丈は№1が 20~50 ㎝、№2が 30~60 ㎝、№3が 50~80 ㎝となっ ている。各地点のスィーピング面積は延長 10m×幅2mの 20 ㎡、調査時刻は 15:00~ 15:30、天候雨、気温 18℃という条件であった。 調査結果を表-1に示す。雨天時の調査であったが3地点ともショウリョウバッタモ ドキ(写真3)が確認された。このデータでは草丈が高くなるほどバッタ類が少なくな っている。さらに周辺の草丈の高い箇所(概ね1m超)において数回のスィーピング を試みたが、ショウリョウバッタモドキは確認されなかったことから、好適生息環境 の一要因が明らかとなった。 表-1 A草地 スィーピィング調査結果 ショウリョ ウバッタモ ドキ №1 №2 №3 5 3 6 天候 雨 単位:頭 ツユムシ カンタ コオロ コバネ イナゴ sp ン ギ sp イナゴ モドキ 3 4 0 0 1 1 0 2 0 2 1 0 1 調査日 2007/8/31 ハネナ ガフキ バッタ 1 ヒメク サキリ 1 0 0 計 13 11 7 写真3ショウリョウバッタモドキ 写真4スィーピングライン設定 写真5スィーピング調査箇所 (2) 注目すべき種 ① ショウリョウバッタモドキ(バッタ科)Gonista bicolor(県 NT、国-) レッドデーターブックやまがたによれば、1976 年以降 20 数年間生息記録が得ら れておらず、絶滅の危険性が比較的高いとされてきた。全国的生息域としては、関 東以南、九州、四国に分布する南方系の種とされ、池の土手や湿地の周辺などの湿 ったイネ科草原に生息するとされている。県内では希な種であり、前述のように遊 佐町において 1976 年に採集されたのを最後に、 20 数年間確認されていなかったが、 2000 年に小国町で目撃情報があるほか、新潟県北部で安定して発生している箇所も あるとされる。2006 年には調査者の一人永幡嘉之により小国町B地域での生息が確 認されており、その生息地について「本来は急傾斜地の岩場のススキ草原に生息し ていたものが、ワラビ園などの草原に二次的に拡大したのではないか」との考察が なされている。 (未発表) こうした背景もあり、今年度調査における、A地域草原の生息の確認は極めて重 要である。調査結果から、7月 25 日には幼生を確認し、8月 31 日には多くの成虫 を確認しており、A地域草原においては8月上旬頃から成虫となり9月以降も活動 が続き、生息環境としては草丈の低い環境が好まれるものと推察された。 今後は、新潟県に隣接し当該生息地に類似した箇所において重点的な調査を継続 していく必要がある。 ② クロシジミ(シジミチョウ科)Niphanda fusca(県 NT、国 CR+EN) レッドデーターブックやまがたによれば、全国的にも生息状況が危機的とされて いる。県内では、新庄市、最上町、米沢市、小国町に分布していたが、新庄市、最 上町での最近の記録はなく、米沢市では近年1例の未発表の記録があるほか、小国 町では最近多産地が発見され、その生息地の実態が明らかになりつつある。小国町 の生息地は局地的であるが、ワラビ園など人為的に草丈が抑制されている環境に生 息し、これはクロオオアリの造巣環境に一致するためとされている。 2007 年7月 25 日、A地域の草原地帯において2♀を確認しただけであったが、 その生息を確認した。全国的にも危機的な種であり、生息範囲を調査しておくこと が重要である。今後は、当該生息地に類似した箇所において重点的な調査を継続し ていく必要がある。 4-2. 植物 調査箇所において絶滅危惧種は確認できなかった。 確認した植物リストを末尾に示す。 5 まとめ(今後の保全策について) 当該草原は、極めて限られた範囲にしか存在しない貴重な自然環境であること、希少な 草原性昆虫が生息していることを確認した。そして、ひとたび管理放棄されれば短期間で 変質してしまう可能性が高い環境である。こうした現状に鑑み、草原生態系の維持保全に 関する考察を試みた。以下、課題と対策について以下に記す。 ①最も懸念されるのが草原の管理放棄である。現在はワラビの山菜としての商品価値が 高いため、その心配はなさそうである。大切なことは、草原を管理している主体が地 元住民であり、その草原生態系において貴重な野生生物が育まれているという事実を 理解してもらうことである。そのために、調査成果を地元行政機関や土地所有者等に 周知する機会を設ける必要がある。 ②次に調査精度の向上が必要である。前述のように、草原性希少昆虫の実態の一部は明 らかになったものの、まだまだ知見は不足しているといわざるを得ない。 今後は、調査の質を高めるとともに地元管理者からの維持管理に関する聞き取りな どを行ない、人間活動が生態系に与える影響も考慮する必要があろう。また、そうし た調査を可能にするシステムも今後必要となってくる。 ③以上を踏まえて希少生物の絶滅回避である。当該地域では、当面大規模開発の予定も ないと思われる。マニア等による大量採集に関しては、見通しがよいため乱暴な採集 行為などは考えにくいが、ワラビの盗難防止を兼ねた監視活動などは抑止力として有 効であろう。また、生息位置情報が安易に外部に漏れることのないよう配慮すること も重要である。 <参考文献、引用文献リスト> 1) 山形の自然 ―動物・植物篇― 1976 山形県立博物館山形県高等学校生物教育研究会 2) 第2回自然環境保全基礎調査動物分布調査報告書(昆虫類)山形県 1979 環境庁 3) 山形県の絶滅の恐れのある野生生物レッドデーターブックやまがた動物編 2003 山形県 4) 絶滅危惧野生植物(維管束植物)レッドデーターブックやまがた 2004 山形県 5) 希少野生生物保全調査報告書平成 15~18 年度 山形県環境科学研究センター 6) 2007 年山形県昆虫調査(未発表)永幡嘉之 <資料編> 1 確認生物種リスト < 小国町A地域草原 > 目 科 昆虫類 チョウ目 シロチョウ科 アゲハチョウ科 タテハチョウ科 シジミチョウ科 トンボ目 バッタ目 植物 種子植物 トンボ科 イナゴ科 バッタ科 ケシ科 キンポウゲ科 サクラソウ科 キク科 ユリ科 カガイモ科 カヤツリグサ科 タデ科 <小国町A地域草原> 天候:雨 目 科 昆虫類 バッタ目 バッタ科 天候:晴れ 種 名 モンキチョウ スジグロシロチョウ? ミヤマカラスアゲハ シータテハ サカハチチョウ イチモンジチョウの一種 ベニシジミ クロシジミ アキアカネ イナゴモドキ ショウリョウバッタモドキ 調査年月日:07.7.25 絶滅危惧ランク (県 NT、国 CR+EN) 2 1 (県 NT、国-) タケニグサ アキカラマツ オカトラノオ ヒヨドリバナ ヨツバヒヨドリ コバギボウシ コオニユリ オオカモメヅル ゴウソ アブラガヤ イシミカワ スィーピング調査 気温 18℃ 種 名 ショウリョウバッタモドキ ハネナガフキバッタ イナゴモドキ コバネイナゴ ツユムシ sp. カンタン ヒメクサキリ コオロギ sp. 標本数 1 2007.8.31 15:00~15:30 絶滅危惧ランク (県 NT、国-) 標本数 13 1 1 3 3 1 1 2
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