SUS304 ステンレス鋼のすきま内外における 腐食に及ぼす塩種と乾湿

日本金属学会誌 第 74 巻 第 8 号(2010)493500
SUS304 ステンレス鋼のすきま内外における
腐食に及ぼす塩種と乾湿条件の影響
梶 川 俊 二1
磯 部 保 明1
興 戸 正 純2
1株式会社デンソー材料技術部
2名古屋大学大学院工学研究科マテリアル理工学専攻
J. Japan Inst. Metals, Vol. 74, No. 8 (2010), pp. 493
500
 2010 The Japan Institute of Metals
Effects of Salt Composition and Wet/Dry Condition
on Corrosion Behavior of Type 304 Stainless Steel Inside and Outside of Crevice
Shunji Kajikawa1, Yasuaki Isobe1 and Masazumi Okido2
1Material
Engineering, R&D Department, DENSO CORPORATION, Kariya 4488661
2Department
of Materials Science and Engineering, Graduate School of Engineering, Nagoya University, Nagoya 4648603
As the requirement for durability of automobile increase, the application of type 304 stainless steel is expanding because of
its high workability and corrosion resistance. On the other hand, one of the main corrosion environments of automobile is chloride
condition caused by deicing salt or sea salt particle, and it becomes more severe when added to the wet/dry cyclic condition that is
specific to automobile. In this case, the corrosion resistance is not enough even if the stainless steel is applied.
In the case of stainless steel, crevice corrosion is mainly concerned in chloride environment. Pitting corrosion, however, can
sometimes occur at noncrevice site.
The purpose of this study is to clarify how the corrosion factor such as salt composition or wet/dry condition affects to the
corrosion behavior of type 304 stainless steel inside and outside of crevice.
The corrosion factors described above were evaluated by the corrosion test method developed in our previous work.
Furthermore, electrochemical measurements were conducted. As a result, when NaCl is used for chloride addition, there is more
severe corrosion at crevice than noncrevice site regardless of wet/dry condition. However, when sea salt particle or CaCl2 that is
a major component of deicing salt are used, corrosion sites differ depending on wet/dry condition. That is, corrosion is severe at
crevice site under high humidity condition of more than 60RH, while pitting corrosion is prominent at noncrevice site under
low humidity of less than 40RH. Considering the corrosion behavior under various wet/dry conditions, main corrosion factor of
sea salt particle is not NaCl but MgCl2 that is not major component.
(Received March 31, 2010; Accepted April 21, 2010)
Keywords: type304 stainless steel, crevice corrosion, pitting corrosion, chloride, humidity
している.ステンレス鋼に対してすきま腐食が最も配慮され
1.
緒
言
るべき腐食損傷の一つであることは確かであるものの,上述
のように自動車が受ける腐食環境は複雑であり,すきま部で
自動車の腐食は冬期の融雪剤散布や沿岸地域の海塩粒子飛
はない部位(一般部)での腐食も十分に考慮する必要がある.
来などのいわゆる塩害の影響を強く受ける1,2) .それに加え
これまでに著者らは塩水の噴霧と乾湿サイクル試験を組み
て自動車は路上水からの跳ね水などによる湿潤雰囲気と走行
合わせることで塩害環境で自動車に生じる腐食現象を模擬で
時の熱負荷による乾燥雰囲気の繰り返しの影響があり,極め
きるベンチ腐食試験法を考案した5).
て過酷な腐食環境にさらされていると言える.
本研究では SUS304 ステンレス鋼のすきま部と一般部の
一方,自動車用材料には更なる耐食性向上が要求されてお
腐食性の違いに与える環境因子の影響を明らかにする.その
り,SUS304 をはじめとするステンレス鋼の適用拡大が検討
ために,前報で述べたベンチ腐食試験法5)を用いて自動車が
されている.そこで,塩化物が存在する環境や乾燥湿潤繰り
さらされる塩化物の種類や乾燥湿潤条件と,上述の腐食の関
返し環境でのステンレス鋼の腐食特性を明らかにすることが
係を調べた.さらに電気化学測定を行い,これら環境因子が
重要となっている.
SUS304 ステンレス鋼の腐食に与える影響を考察した.
ところで,ステンレス鋼は塩化物を中心とした腐食環境下
でしばしばすきま腐食を起こすことが広く知られている
2.
実
験
方
法
が3,4) ,実環境で生じる腐食に目を向けると,すきま構造を
採らない開放された部位にも明瞭な孔食が生じることを経験
Table 1 に示す化学組成の SUS304 市販品の受け入れまま
494
第
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74
巻
材(t1.0 ,ビッカース硬さ HV163)を 20 mm × 60 mm に切
成分でもある CaCl2 の単味溶液の計 5 種類を使用した.人
り出して供試材とした.供試材は実験直前に# 1200 の耐水
工海水の塩化物イオン濃度が 1.9 mass であることから,
エメリー紙で研磨した後,アセトン中で超音波洗浄して用い
NaCl, MgCl2 および CaCl2 単味溶液においても塩化物イオン
た.本材 2 枚を Fig. 1 に示すように, O リング(外径 q10
濃度が 1.9 mass となるように各塩水濃度を調整した.な
mm,内径q7 mm.材質水素添加ニトリルブタジエンゴ
お,人工海水,各単味溶液の作製にはイオン交換水を用い
ム.以降,HNBR)を介してポリカーボネート製ボルトによ
た.電子天秤にて供試材 1 枚あたりの塩水付着量を測定し
り 0.1 N ・ m のトルクで固定し,腐食試験サンプルとした.
たところ 0.080 g であったことから,供試材の単位面積あた
本サンプルにおいては,すきま腐食の評価部位(すきま部)は
りの塩水付着量は 6.7 × 10-2 kgm-2 となる.なお,塩化物
O リングとの接触部となる.一方,一般部はすきま腐食時に
イオン濃度は 1.9 mass (自然海水のみ 2.1 mass )である
すきま部近傍で生じるカソード反応の影響を避けるために,
ことから,塩化物付着量は 1.3 × 10-3 kgm-2 (同 1.4 × 10-3
すきま部から十分に離れた距離である供試材端の 20 mm 四
kgm-2)となる.
方の部位とした.なお,サンプルの組立ては,後に述べる各
種塩水を供試材表面に噴霧した後,直ちに行った.
乾湿サイクル試験での湿潤条件には自動車環境で想定され
る湿度を考慮して, 40  RH , 60  RH , 80  RH ,および
自動車が受ける塩害環境の腐食性を調べるために前報5)に
98RH の 4 水準とした.一方,乾燥条件は付着させた塩水
て我々が提案したベンチ腐食試験法を用いて各種環境因子の
を完全に乾燥させるために 15  RH とした.したがって乾
影響を評価した.すなわち,市販の霧吹きにより各種塩水を
湿サイクル条件は,40RH⇔15RH, 60RH⇔15RH,
供試材に付着させた後に,Fig. 1 の形状のサンプルを作製し
80  RH ⇔ 15  RH ,および 98  RH ⇔ 15  RH の計 4 条件
て湿潤と乾燥を繰り返す乾湿サイクル試験を行った.
である.いずれの条件においても湿潤,乾燥のサイクル時間
塩水には海塩付着環境を模擬するために市販の人工海水
はそれぞれ 8 h, 4 h とし,試験温度は 323 K 一定,試験時間
株 製金属腐食試験用アクアマリン),および比較の
(八洲薬品
は 500 h とした.なお,乾湿サイクル試験には複合サイクル
ために自然海水(愛知県新舞子海岸より採取.主成分分析
型腐食試験機を用い,サンプルは Fig. 1 のように固定ボル
値 Table 2)の他,海水の主成分である NaCl,副成分とな
トの軸が鉛直方向となる姿勢で静置した.
る MgCl2 ,さらに海水の副成分であるとともに融雪塩の主
腐食試験後のサンプルの錆発生状況を外観観察した後,く
えん酸水素二アンモニウム水溶液を用いて腐食生成物を除去
Table 1 Chemical composition of type 304 stainless steel used
for tests (mass).
した.その後,拡大鏡ですきま部および一般部に生じた腐食
孔をマーキングし,同部の深さを光学顕微鏡による焦点深度
C
Si
P
Mn
Mo
法で測定した.各サンプルの腐食深さはすきま部,一般部と
0.071
0.048
0.030
1.47
0.14
もに深いものから 7 点の平均値で整理した.
Ni
Cr
S
Fe
8.46
18.18
0.007
BAL
環境因子が SUS304 ステンレス鋼の腐食特性に与える影
響を考察するために電気化学測定を行った.測定には腐食試
験と同様の供試材を使用した.測定項目は一般部での孔食性
とすきま部でのすきま腐食性を評価するために,分極測定と
腐食すきま再不働態化電位(以降,ER,CREV)測定6)および自然
電位(以降,Ecorr)測定を行った.
Fig. 2 に分極測定と Ecorr 測定に用いた試験片を示す.試
験面以外はテフロンテープとめっき用マスキング塗料で被覆
した.また,供試材とした SUS304 ステンレス鋼がマスキ
ングの境界部ですきま腐食が発生しないように,予め 323 K
で 30 mass硝酸水溶液に 1 h 浸漬して不働態化処理を施し
た7) .測定面積は 1 cm2 とし,測定面を# 1200 の耐水エメ
リー紙で研磨後,イオン交換水で洗浄して測定に供試した.
カソード分極測定と Ecorr 測定では予め 30 min 通気した試
験溶液にサンプルを浸漬して行い,測定中も通気を継続し
た.なお Ecorr の測定時間は 100 h とした.一方,アノード
Table 2 Main chemical composition of natural sea water used
for tests (mass).
Cl-
Fig. 1 Schematic illustration of corrosion test specimen on
which crevice was created by an oring.
SO42-
Br-
2.1
0.23
0.0058
Na+
Mg+
Ca2+
K+
1.0
0.11
0.038
0.043
第
8
号
495
SUS304ステンレス鋼のすきま内外における腐食に及ぼす塩種と乾湿条件の影響
分極測定では予め窒素ガスにて 30 min 脱気した試験溶液に
くなった最も貴な電位を ER,CREV とした.なお,電位はすべ
サンプルを浸漬して行い,測定中も脱気を継続した.カソー
て飽和 KCl の Ag/AgCl 電極基準で測定した.いずれの電気
ド分極,アノード分極測定ともに電位の掃引速度は 20 mV
化学測定も温度は 298 K とした.
min-1 とし,対極には白金電極を用いた.
測定溶液は腐食試験の単味溶液として用いた NaCl, MgCl2,
Fig. 3 に ER,CREV の測定に用いた試験片を示す.すきまの
および CaCl2 の各塩種を以下の濃度で使用した.すなわち,
構成材には腐食試験サンプルと同一の O リングを使用し,
前述の乾湿サイクル試験では乾燥サイクル時の液濃縮や乾固
測定面以外は Fig. 2 の試験片と同様にマスキングした.測
した後の湿潤サイクル時に各塩の潮解が生じて,サンプル表
定面積は 0.84 cm2 であり,測定面を#1200 の耐水エメリー
面に極めて高濃度の塩化物水溶液膜が形成されると考えられ
紙で研磨後,すきま内に試験液が十分に入るようにするた
る.そこで,各測定溶液は塩化物イオン濃度として腐食試験
め,各溶液中で測定直前に組み立てた. ER,CREV の測定条件
の際に噴霧した濃度である 1.9 mass の他,濃化過程を考
は
JIS05928)
に準拠した.手順の概略は次のとおりである.
先ず,窒素ガスにより脱気した各溶液中で自然電位を測定し
慮した 10 mass,およびそれぞれの塩種の 298 K における
飽和溶液( NaCl : 26.4 mass ( Cl- : 16.1 mass ) ,
mass(Cl-
MgCl2 :
CaCl2 : 45.3 mass(Cl- :
た. 30 min 後の同電位を開始電位として,アノード電流が
35.5
200 mA に達するまでアノード方向への分極を行った.その
28.9 mass ))とした9) .また逆に,湿潤サイクル時に塩化
: 26.5 mass),
後, 200 mA のアノード電流を 2 h 印加する定電流保持試験
物水溶液膜の濃度が希薄化した場合を想定して,塩化物イオ
を行い,すきま腐食を成長させた.次に,すきま腐食成長時
ン濃度を噴霧液の 0.1 倍とした 0.19 mass の溶液について
に示された電極電位より 10 mV 低い電位で 2 h の定電位保
も測定を行った.
持試験を行い,その間の電流変化をモニターした.2 h の定
電位保持試験の間で電流のアノード方向への増加傾向が認め
られなくなるまで本操作を繰り返し,増加傾向が認められな
実験結果と考察
3.
3.1
3.1.1
乾湿サイクル試験
赤錆発生状況
Fig. 4 に腐食生成物を除去する前の各腐食試験品の外観写
真を示す.
人工海水付着品と自然海水付着品の各試験条件に対する赤
錆の発生状況は一般部,すきま部を問わず良く類似してい
る.一般部に着目すると,両海水付着品ともに 40  RH ⇔
15  RH の乾湿サイクル条件(以降, 40  RH と略す.他の
湿度条件表記も同様に略す)が最も多く赤錆が発生し,次に
60RH となったが,80RH と 98RH では明確な差は見
られなかった.一方,すきま部の赤錆発生に対して明確な湿
度の影響は認められなかった.
NaCl 付着品では湿度が高くなるほど赤錆が多く発生して
おり,特に 40  RH と 60  RH の一般部には赤錆は確認さ
Fig. 2 Schematic illustration of specimen for polarization
curve and Ecorr measurements.
れない.一方,すきま部では 40  RH でも赤錆発生が認め
ら れ る . こ れ は Table 3 に 示 す よ う に 腐 食 試 験 温 度 で の
NaCl 水溶液の平衡相対湿度が 75  RH であることから,
40  RH と 60  RH では乾燥していることとなり一般部に
赤錆発生が生じなかったのに対し,すきま部では毛管凝
縮10)により,75RH 以下でも塩水膜が供試材表面に生成し
て腐食発生に至ったと考えられる.
一方, MgCl2 および CaCl2 付着品はともに一般部では赤
錆発生が 40  RH で最も多く,次いで 60  RH となってお
り,海水付着品と同傾向にあった.両塩種ともに 80  RH
と 98RH での赤錆発生に明確な差は認められず,60RH
以下の条件に比較して大幅に少なかった.なお,すきま部で
の赤錆発生には湿度に対する明確な傾向は認められなかった.
MgCl2 お よ び CaCl2 水 溶 液 の 平 衡 相 対 湿 度 は そ れ ぞ れ ,
30RH および 17RH(Table 3)であることから,40RH
でも塩水膜が生成して,一般部に容易に腐食が生じたと考え
Fig. 3 Schematic
measurement.
illustration
of
specimen
for
ER.CREV
られる.また,40RH の場合が最も赤錆発生が多かったの
は,両塩種の水溶液の平衡相対湿度に近いことから,高濃度
496
第
日 本 金 属 学 会 誌(2010)
74
巻
Table 3 Equilibrium relative humidity of saturated chloride
solutions at 323 K (RH).
NaCl
MgCl2
CaCl2
75
30
17
Fig. 5 Corrosion depth distributions at crevice and non
crevice sites of samples sprayed various chloride solutions; (a)
relative humidity at wet period: 40RH, and (b) relative
humidity at wet period: 98RH.
3.1.2
腐食深さ分布
各試験条件での腐食深さ分布の一例として 40  RH およ
び 98  RH での測定結果を Fig. 5 ( a )および Fig. 5 ( b )に示
す.各グラフには腐食深さの実測値(深いものより 7 点)と
その平均値をプロットしている.
一般部とすきま部の腐食深さの傾向は 40  RH と 98 
RH で大きく異なっている. 40 RH では NaCl 付着品以外
ではすきま部よりも一般部の方が深いのに対し,98RH で
Fig. 4 Appearance of samples after corrosion tests at various
conditions.
は逆にすきま部の方が深い傾向にある. 98  RH では NaCl
付着品の腐食が極端に軽微になる傾向は認められないなど,
乾湿サイクル条件やサンプルへの付着塩種によって特徴的な
の塩化物イオンを含む水膜が形成され易かったためと考えら
腐食深さの傾向が現れている.そこで Fig. 6 に前述の腐食
れる.押川ら11)は
MgCl2 付着環境下での SUS304 の腐食は
深さの平均値を用いて,乾湿サイクル条件,付着塩種が一般
高湿度よりもむしろ低湿度で生じ易いことを報告しており,
部とすきま部の腐食深さに及ぼす結果をまとめた.乾湿サイ
今回の実験結果も同様な傾向を示した.
クル条件は湿潤サイクル時の相対湿度(40~98RH)を用い
第
8
号
Fig. 6
SUS304ステンレス鋼のすきま内外における腐食に及ぼす塩種と乾湿条件の影響
Corrosion depth at crevice and noncrevice sites of samples and difference of them ( Dd ) at various testing conditions.
497
498
第
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74
巻
てグラフの縦軸として表し,そこに各サイクル条件でのすき
上述のように低湿度ほど一般部の孔食が深かったのは,
ま部と一般部の腐食深さをプロットした.さらに,各サイク
Table 3 に示すように 40RH の試験条件が両塩の平衡相対
ル条件とすきま腐食性の関係を明らかにするために,すきま
湿度に最も近く,すきまではない自由表面でも高濃度の塩水
部と一般部の腐食深さの差( Dd = dCrevice - dNoncrevice )を定義
膜が形成されたためと考えられる.本点は次節の電気化学測
し,同様にプロットした.なお, Dd はすきま部の腐食深さ
定にて考察する.
(すきま腐食深さ)から一般部の腐食深さ(いわゆる,孔食深
ところで,海水付着環境の腐食は湿度に対する各塩種の腐
さ)を引いた値であるため,本値が正となる試験条件ではす
食深さの分布から明らかなように,海水の主成分である
きま腐食の方が大であり,負となる試験条件ではすきま腐食
NaCl 付着品よりも微量成分である MgCl2 や CaCl2 付着品の
よりも一般部での孔食の方が大となることを示している.
傾向に良く一致している.従って,海水付着環境(海塩粒子
人工海水付着品と自然海水付着品の各試験条件に対する腐
飛来環境など)の腐食支配因子は,海水の成分構成(人工海水
食深さと赤錆発生の状況は同様の傾向を示した.一般部での
の主要塩種 Table 4 )も考慮すると, MgCl2 であると言え
腐食深さは 40  RH で最も深く,次いで 60  RH となって
る.本結果は海水の応力腐食割れ作用が MgCl2 に支配され
いる.また, 80  RH と 98  RH での腐食深さは同程度で
るとした庄司ら12) の試験結果と類似する.なお,湿度に対
あり,その深さは 60  RH に比較して大幅に小さくなって
する傾向が同様であるものの,海水付着品の腐食深さが
いる.一方,すきま部では両海水付着品とも 40  RH と
MgCl2 や CaCl2 付着品の場合に比較して浅かったのは,そ
98RH でやや腐食深さが浅くなる傾向があるものの,一般
の塩濃度の差(人工海水中の MgCl2 濃度 0.52 mass であ
部ほどには湿度の影響を受けていない.また, Dd は両海水
るのに対し, MgCl2 噴霧試験品の濃度 2.6 mass ( Cl- :
とも 80RH,98RH では正であり,すきま腐食が大であ
1.9 mass))であると考えられる.つまり環境中の塩化物イ
る.しかしながら,60RH ではほぼ 0,すなわち,すきま
オンが多くなれば孔食電位は卑化するために孔食が生じ易く
腐食と一般部の孔食は同程度となる.さらに 40  RH では
なる13) .さらに腐食孔内部での金属塩の生成が進み,その
Dd は負となり,すきま腐食と一般部の孔食深さは逆転して
加水分解による pH 低下も進む.その結果,腐食孔内部でス
いる.このように海水付着環境においては 60  RH を超え
テンレス鋼の脱不働態化 pH を下回る環境が維持され易くな
る高湿度環境では確かにすきま腐食が問題となるが,低湿度
り,深い孔食が生じると考えられる.
環境ではむしろすきまではない部位での孔食にも注意する必
3.1.3
要があることが示唆される.
一方, NaCl 付着品では一般部,すきま部ともに湿度が高
腐食形態観察
Fig. 7 に腐食形態観察の一例として,40RH と 98RH
における人工海水付着品の SEM 観察結果を示す.
いほど腐食が深い傾向があった.特に 40  RH と 60  RH
一般部では 40  RH の方が 98  RH よりも明らかに大き
の一般部では赤錆発生状況からも予測されたように測定可能
な腐食孔を生じている.これに対してすきま部では 40RH
な孔食は認められなかった.また,Dd はいずれの試験条件
と 98  RH の腐食孔の大きさの違いは少なく,すきま部は
でも正であることから,海塩付着環境とは異なり,常にすき
一般部に比較して湿度の影響が現れ難い結果を得た.
ま腐食の方が問題となり易いことが分かる.なお,海水付着
品と比較すると, 98  RH の極めて高湿度環境では,一般
部,すきま部を問わず NaCl 付着品の方が腐食深さは深くな
っている反面,それ以下の湿度では海水付着品の方が深い腐
食となった.本点はベンチ腐食試験条件を考える場合,連続
Table 4 Main chloride compositions of artificial sea water
(mass).
NaCl
MgCl2
CaCl2
2.45
0.52
0.11
噴霧型の試験では常に 98  RH 以上の高湿度環境となるこ
とから NaCl 水溶液の噴霧で厳しい腐食環境を形成できる反
面,実環境を考慮して乾湿サイクル条件を取り入れる場合に
は, NaCl 水溶液ではなく,海塩等の実環境に存在しかつ低
湿度環境で高い腐食性を有する塩種, MgCl2 や CaCl2 を取
り入れることが効果的であることを示している.
MgCl2, CaCl2 付着品ではともに一般部において 40  RH
が最も腐食深さが深くなっており,次いで 60  RH となっ
ている.両塩の試験条件に対する腐食深さの傾向は一般部,
すきま部ともに良く類似している.Dd は MgCl2 付着品では
80RH で正,98RH と 60RH でほぼ 0 であることから,
60RH 以上の高湿度環境ではすきま腐食が大もしくは一般
部の孔食と同等と言えるが,40RH では負となり,すきま
腐食よりも一般部での孔食の方が大となっている.一方,
CaCl2 付着品では 60 RH で Dd が負となっており, MgCl2
付着品に比較して一般部での孔食が大となる湿度が高い傾向
にある.
Fig. 7 SEM images of samples after corrosion tests in
artificial sea water at 40RH and 98RH.
8
第
3.2
号
SUS304ステンレス鋼のすきま内外における腐食に及ぼす塩種と乾湿条件の影響
電気化学測定
分極曲線の一例として,塩化物イオン濃度を 1.9 mass 
とした溶液および各塩種の飽和溶液での測定結果を Fig. 8
(a)および Fig. 8(b)に示す.
499
ン種の影響ではなく塩化物イオン濃度の影響と考えられる
(水溶液中の塩化物イオン濃度が高くなると溶存酸素濃度が
低下する14)).
上述のように SUS304 の孔食性にはカチオン種そのもの
の影響は小さく,高濃度の塩化物イオン環境を形成する効果
塩化物イオン濃度が 1.9 mass の場合はアノード分極曲
が大きいと言える.従って,塩化物イオン濃度が同一で十分
線より得られる孔食電位(以降,Epit)や不働態保持電流密度
な水分量が存在する浸漬状態では,塩種の影響は生じないも
に対して塩種間の明瞭な差は認められない.同様にカソード
のの,乾湿条件が加わり各塩種が濃化する場合にはカチオン
分極曲線においても,各塩種は同傾向にある.従って,塩化
種の影響が現れ,飽和濃度の大きい MgCl2 や CaCl2 が高い
物イオン濃度が同一の水溶液環境では SUS304 の孔食性に
孔食発生作用を示すようになると考えられる.
対するカチオン種の影響は小さいと考えられる.
一方,各塩種の飽和溶液では分極曲線に明瞭な差が認めら
れた.すなわち評価した塩種の中で飽和濃度が最も小さい
ER,CREV の測定結果の一例を Fig. 9 ( a )および Fig. 9( b )に
示す.分極曲線と同様にそれぞれ塩化物イオン濃度は 1.9
massおよび各塩種の飽和溶液としている.
NaCl 水溶液( NaCl : 26.4 mass ( Cl- : 16.1 mass ))の Epit
ER,CREV においても塩種や塩化物イオン濃度の影響はア
が最も高く,飽和濃度が大きい MgCl2 水溶液( MgCl2 : 35.5
ノード分極曲線に類似している.すなわち塩化物イオン濃度
mass  ( Cl- : 26.5 mass  ) ) や CaCl2 水 溶 液 ( CaCl2 : 45.3
が 1.9 massの同一条件では,ER,CREV はいずれの塩種にも
mass(Cl-
: 28.9 mass))での Epit は低くなっている.な
有意差は認められない.しかしながら,各塩種の飽和溶液で
お, MgCl2 と CaCl2 の飽和濃度は上述のように大きく異な
は飽和濃度の最も小さい NaCl 水溶液の ER,CREV がもっとも
るが,塩化物イオン濃度としては同程度であるために Epit も
高く,飽和濃度が大きい MgCl2 水溶液や CaCl2 水溶液が同
同等であったと言える.また,カソード分極曲線において溶
等の低い値を示している.つまりすきま腐食においても,塩
存酸素の拡散限界と推定される電流密度(-400~-600 mV
付近)に着目すると,NaCl が他の塩に比べて大きくなってい
る.この現象は Fig. 8(a)に示すように塩化物イオン濃度が
同一の場合では認められないことから,Epit と同様にカチオ
Fig. 8 Polarization curves of type 304 stainless steel in
chloride solutions at 298 K; (a) chloride ion concentration: 1.9
mass and (b) saturated chloride ion solutions.
Fig. 9 Cyclic polarization curves of type 304 stainless steel in
chloride solutions at 298 K; (a) chloride ion concentration: 1.9
mass, and (b) saturated chloride ion solutions.
500
日 本 金 属 学 会 誌(2010)
第
74
巻
Fig. 10 Effect of chloride ion concentration on Epit, ER,CREV, and Ecorr measured in various chloride solutions; (a) NaCl, (b) MgCl2,
and (c) CaCl2.
化物イオン濃度が同一の条件ではカチオン種の影響は小さい
イクル条件の影響を評価し,以下の知見を得た.


が,乾湿条件が加わり各塩種の濃厚溶液環境となった際には
カチオン種の影響が現れると言える.
Fig. 10 ( a ) ~ ( c ) に 各 塩 種 の 塩 化 物 イ オ ン 濃 度 と Epit,
ER,CREV および Ecorr の関係を整理する.
に良く類似した.両海水とも高湿度(60RH 以上)ではすき
ま部の方が深いものの,それ以下の低湿度では一般部の孔食
の方が深くなった.


孔食やすきま腐食が生じるには,対象とする環境での Epit
や ER,CREV が Ecorr に対して電位的に卑である必要がある.
人工海水と自然海水は腐食形態,腐食深さの傾向が共
NaCl ではいずれの湿度でもすきま部の方が一般部よ
りも深い腐食となった.


そこで各塩種におけるこれらの関係に着目すると, ER,CREV
MgCl2, CaCl2 による腐食は NaCl と異なり,高湿度で
と Ecorr との比較ではいずれの塩種でも測定したほぼ全濃度
はすきま部の方が深いが,低湿度では一般部が深かった.こ
で ER,CREV の方が卑であり,その差は濃度が大きくなるにつ
れは海水の場合と良く類似するので,海塩環境の腐食には主
れて拡大している.つまり,すきま腐食はいずれの塩種でも
成分の NaCl ではなく副成分の MgCl2 の影響が大きいと考
比較的容易に生じ得ることが分かる.
えられる.
一方,Epit と Ecorr との比較では NaCl と他の 2 塩種とは異
なる傾向がみられる.NaCl では飽和濃度付近で両電位が同
文
献
等である他は Epit の方が貴なので,一般部では孔食が生じ難
いと言える.それに対し, MgCl2 や CaCl2 では飽和濃度付
近で Epit の方が明らかに卑となることから,高濃度環境が形
成される低湿度条件では一般部に容易に孔食が生じるものと
理解できる.また,低湿度条件の乾燥状態ではすきま部近傍
の水膜は小さくなっているはずである.そのためにすきま腐
食の成長に影響するカソード面積が十分に確保できなくな
り,低湿度条件ではすきま腐食が進み難くなることが考えら
れる.そのため Fig.6 に示した湿度と Dd の関係において,
MgCl2 や CaCl2 では低湿度条件において一般部の孔食の方
がすきま腐食よりも深かったものと考えられる.
現在,腐食試験には海水の主成分である NaCl を用いるの
が一般的である.しかしながら,今回の結果は海塩粒子や融
雪剤といった自動車の実環境を想定した乾湿サイクル腐食試
験には NaCl ではなく,むしろ MgCl2 や CaCl2 を用いるの
が適切であることを物語っているのである.
4.
結
言
SUS304 のすきま部と一般部の腐食に及ぼす塩種や乾湿サ
1) Japan Society of Corrosion Engineering: Kinzoku no fusyoku
bousyoku Q&A, (Maruzen, Tokyo, 1988) pp. 3031.
2) S. Fujita and H. Kajiyama: ZairyotoKankyo 50(2001) 115
123.
3) Japan Society of Corrosion Engineering: Zairyo kankyougaku
nyuumon, (Maruzen, Tokyo, 1993) p. 30.
4) H. Sunaga: Sutenresukou no sonsyou to sono bousi, (Nikkan
Kogyou Shinbunsya, Tokyo, 1977) pp. 2530.
5) S. Kajikawa, Y. Isobe and M.Okido: J. Japan Inst. Metals 73
(2009) 362367.
6) S. Tsujikawa and Y. Hisamatsu: Corrosion Engineering 29
(1980) 3740.
7) Japanese Standards Association: Method of pitting potential
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8) Japanese Standards Association: Method of determining the
repassivation potential for crevice corrosion of stainless steels,
JIS G0592 (2002).
9) The Chemical Society of Japan: Kagaku Binran Kisohen II,
(Maruzen, Tokyo, 1993) pp. 162
165.
10) S. Shimodaira: Fusyoku Bousyoku no zairyoukagaku,
(Agunegijyutu Center, Tokyo 1995) pp. 57
59.
11) W. Oshikawa, S. Itomura, T, Shinohara and S. Tsujikawa:
ZairyotoKankyo 49(2000) 690695.
12) S. Shoji, N. Ohnaka, Y. Furutani and T. Saito: Corrosion
Engineering 35(1986) 559565.
13) H. P. Leckie and H. H. Uhlig: J. Electrochem. Soc. 113(1966)
1264.
14) S. Kajikawa, Y. Isobe and M. Okido: J. Japan Inst. Metals 74
(2010) 119126.