乾燥・半乾燥地域における 風食のメカニズムと治砂緑化法 - 東京都市大学

研究ノート 2-2
支配的であり、更に植林すればその地域の全ての環
境が改善されるがごとき誤解もある。実は、植林す
乾燥・半乾燥地域における
風食のメカニズムと治砂緑化法
ればするほど単位面積当りの樹木の葉量が増加しそ
れに伴って蒸散量も増加するために急速な地下水位
の低下が生じる危険もある。一方、風による砂移動
を長きにわたって防止しようとすれば、活物である
吉!真司 1
植物の中でも背丈の高い樹林を造成することが最も
効果的である。従って、沙漠化土地における緑化は
「その土地本来の植生の修復」を基本的な目標とす
るのであって、わが国のように林冠が閉鎖した森林
1.はじめに
造成のみを目標としているのではないことを理解し
1
9
7
7年にケニヤのナイロビで沙漠化防止会議が開
ておかなければならない。しかし、劣化した土地に
催されて以来約3
0年がたとうとしている。1
9
9
1年の
緑を造成することは容易ではなく、まずその土地の
国連環境計画(UNEP)の報告書によれば、世界の
自然条件をしっかりと把握したうえで最適な方法を
乾燥地の農地約5
2億 ha の約7
0%に及ぶ3
6億 ha に
探り、見出していくことが重要である。
おいて土地荒廃が生じており、その影響は全世界の
本論では、筆者らがどのような基本的理論に沿っ
陸地の約3
0%、全世界の人口の1/6にあたる8億
て沙漠や沙漠化土地における緑化を展開しているの
5千万人に及んでいる。沙漠化及び土地荒廃の概念
かを、風食のメカニズムと風食防止技術(治砂緑化
は一定ではなく、国際的な定義も過去において何度
法)の観点から紹介する。
か変化してきた。現在は人為による直接的要因のみ
ならず気候的要因も沙漠化の原因とされるが、いず
2.風食のメカニズム
れにしても沙漠化/土地劣化は未だに改善の兆しは
2.
1 風食と治砂緑化の考え方
ない。
風食(Wind Erosion)は地表面を吹く風の剪断
沙漠が分布する場所、沙漠化/土地劣化が発生す
力(引きちぎろうとする力)によって土粒子に剪断
る場所は、基本的には水の収入(降水)よりも支出
応力(剪断力に対抗する力)が働き、それがある限
(蒸発や蒸散)が多いことから、一般には乾燥、半
界値を超えるときに土粒子が動き始める現象であ
乾燥地域と呼ばれる。このような場所で発生してい
る。風食の過程は一般に、土粒子の①分散②運搬③
る沙漠化/土地劣化現象の中でも「風食」は水食と
堆積という三段階に分けられる。①及び②は重力に
並び国連で定義されている沙漠化/土地劣化の代表
勝る運動エネルギーを持った地表風の乱流の影響に
的な要因の一つであり、塩類化などの化学的劣化や
よって土粒子が分散し運ばれる現象で、この作用は
表土固結などの物理的劣化よりも割合は高く
デフレーション(deflation)と言われる。また、③
(UNEP,
1
9
9
7)
、その被害は深刻である。
筆者は、2
0
0
1年から中国内蒙古自治区のホルチン
沙地に関わりはじめ、これまでに約1
0
0名の学生を
は風の運動エネルギーがある限度以下に減衰したと
きにデフレーションが止まり堆積が始まる現象であ
る12)。
連れて沙漠化防止のための研修と緑化活動を行って
デフレーションに対する重要な因子は風向と地表
きた。しかし、わが国では緑化=植林という風潮が
面における風速とその分布である。風向とは風の作
用方向を意味し、気流が地表面に対して平行な角度
1
武蔵工業大学環境情報学部助教授
で衝突するほど風食を受けやすい。一方、地表面付
113
近の風速は高さとともに速くなるが、地表面は風速
り、式−1を式−2に置換する。
を弱めるように作用する。このとき、地表面の粗さ
U=
(U*/χ)
ln
(Z-d/Z0)
=5.
7
5
6U*log
(Z-d/Z0)
(凹凸)が大きく作用する。植生は地表面に凹凸を
(式−2)
作り出すことで風速を減少させ、エネルギーの多く
を吸収する。土粒子は植生で保留され、そして風の
直撃から守られる。森林のような密集して背丈の高
い植生は風食に最も効果があると言われ、更に樹木
の根系は土壌を緊縛することによって風食を減少さ
せるのに有効に作用する12)。
以上から、乾燥地における治砂緑化の技術は、活
物である植物によって地表面を被覆することで砂粒
子の飛散を抑制し、また植生という障害物によって
粗度を高めることで地表面の風速を適度に減退さ
せ、砂粒子の分散と運搬及び堆積を適切に、また長
年月にわたって制御(抑制)することを基本として
図−1
風速の鉛直分布に及ぼす植生の効果
(Chepil and Woodruff,1
9
6
3)
d:地面修正量 h:平均群落高 摩擦速度は U*2>U*1
いる。
ここで、摩擦速度 U*は乱流の強さを表すスケー
2.
2 平坦な裸地上の風速分布
ルで速度の次元をもち、図―1における直線の傾き
風食現象を捉えるためにまず把握しなければいけ
を示す。U*は剪断応力 τ と空気の密度 !により、
ないことは、地表付近における風速の分布である。
U*2=τ/!と定義される。また、粗度長は地表面の
平坦な裸地上の鉛直方向の風速分布は大気の状態に
粗さの程度を表わすと言われている。一般に沙漠地
よって異なり、一般に中立状態のとき対数則に従う
における安定した砂表面の粗度長は0.
0
0
0
7m、砂が
こと、また観測値を下方に外挿して風速がゼロにな
移動している場合には0.
0
0
3m(Stull,
1
9
8
8)
、また、
るときの高さ(これを粗度長と呼ぶ)は場所により
植生があるところでは、 群落の高さを h とすると、
一定であることが知られている(図−1左図)
。そ
多くの群落で Z0=0.
1h、d=0.
7h 程度になること
の場合、任意高さの風速は次に示す Prandtl 式に
が知られている(Jacson,
1
9
8
1)
。このように、地表
よって表わされる。
面の任意高さの風速には摩擦速度と粗度長が大きく
U=(U*/χ)
ln
(Z/Z0)
=5.
7
5
6U*log
(Z/Z0)
(式−1)
関与している。
以上から、砂面上での剪断応力あるいは摩擦速度
式中、U:砂面上 z の高さにおける平均風速
を求めるためには、ある高さの風速 U と U*との
U*:摩擦速度(friction verosity)
換算式を求めておくことが必要となる。河田(1
9
5
1)
χ:カルマン定数(≒0.
4)
によれば、地上1
0
0cm 高さの風速 U100と摩擦速度
Z:地表面からの高さ
U*との関係として次の経験式が提示されている。
Z0:砂表面の粗度長(roughness length)
更に、図−1右図のように地表面が植生などに
よって被覆されている場合には風速の分布が変化す
るため、高さに関する空気力学的長さ d(零面修正
量:zero-plane displacement)を導入することによ
114
U*=0.
0
5
3U100
(式−3)
式中、U*:摩擦速度(cm/s)
V100:砂表面1
0
0cm 高さの風速(cm/s)
2.
3 砂粒の分散と輸送
砂粒子を球と見たとき、球の重心に及ぶ風圧力
D(drag)が重力 W(weight=mg)によるモーメン
トを超えるとき砂粒子は転がり始める。砂表面の砂
粒子が移動し始めるときの風の速度を飛砂限界速度
(速度が摩擦速度を対象とした場合には限界摩擦速
度、風速が対象の場合には限界風速)
と呼んでおり、
砂の移動しやすさの指標として使われている14)。
対 象 砂 の 粒 径 分 布 範 囲 が 狭 い 場 合、Bagnold
(1
9
4
1)は限界摩擦速度 U*ct を以下の式で与えた。
U*ct=A√[(σ−!
)/!
]gd
(式−4)
ここで、σ:砂の密度, !
:空気の密度,
g:重力の加速度,
d:対象砂の粒径
A:レイノルズ数による定数で約0.
1の値を
図−2
流動及び衝突移動開始を示す限界摩擦速度と粒径との
関係(Chepil,
1
9
4
5)
Fluid threshold:流動開始 Impact:衝突移動開始
Grain diameter(mm):粒径(mm) U*ct(cms‐1):
摩擦速度(cms‐1)
示す。
式−4は、砂粒子の粒径が大きく、密度が高いほ
転動は粒径が大きいために風によって持ち上げら
ど風食が生じにくいことを示している。また、A
れない場合に発生し、高速で落下する砂粒はその直
は含水率の増加に伴って増大することが知られてお
径の6倍の大きさの砂粒を移動させることができ
り、地表が湿った条件では風食は起こりにくい8)。
る。跳躍は直径0.
1−0.
6mm の砂粒が垂直に持ち
砂の含水率と限界摩擦速度との関係からは、含水率
上げられた後に自重により弧を描きながら落下する
8%以下で限界摩擦速度に大きな違いが生ずること
場合に生じ、浮遊は直径6
0−8
0µm の砂粒が舞い上
が知られている5)。
がることによって生ずる。
一方、図−2は粒径と限界摩擦速度との関係を示
これらの輸送形態別の 比 率 に つ い て、Bagnold
しているが、粒径が0.
0
6mm を境にして、粒径が
(1
9
4
1)は「浮遊は無視できるほどであり、転動は
大きくても小さくても限界摩擦速度は大きくなって
全移動量の1/4、残りの3/4は跳躍による」と
いく。0.
0
6mm より小さい粒径で限界摩擦速度が
している。Birot(1
9
8
1)によれば、直径1
5
0−2
5
0µm
大きくなるのは、細かな粒子は粘性層の中に埋もれ、
の砂粒ではその1
6%が転動、8
4%が跳躍、直径2
5
0
乱れによって撹乱されにくいことに起因しているの
−8
3
0µm の砂粒ではその2
5%が転動、7
5%が跳躍
ではないかと考えられている18)。
である。Hudson(1
9
7
3)は、土粒子の直径が2.
0mm
飛砂限界風速については、N.Lancaster(1
9
8
5)
−0.
5mm では匍行、0.
5mm−0.
0
5mm が跳躍、0.
1
がナミブ砂漠で4.
4m/s、M.ホリー(1
9
8
3)が 砂
mm 以 下 は 浮 遊 す る と し、粒 径0.
1
5mm−0.
1mm
質土壌で4.
4
4m/s、吉崎他(1
9
9
4)は UAE 内陸の
の範囲の粒子が最も跳躍を受けやすいとした。また、
砂性裸地で約4m/s という値を得ている。
土粒子の運搬距離を表−1のように示した。図−3
地表面を構成する砂粒子がどのように輸送される
はアラブ首長国連邦内陸砂丘上での丘頂部の表層砂
かは、
砂粒子の粒度特性に大きく起因している。
Bag-
(丘砂)と地上2
0cm 高さで捕捉された飛砂の粒径
nold(1
9
4
1)によれば、砂粒の輸送形態として①転
分布である。図からわかるように、丘砂は尖度が小
動または匍行(Surface creep, Creeping)②跳躍(Sal-
さい分布型を示すのに対して、飛砂では粒径0.
1
5−
tation)③浮遊(Suspension)の三つの形態がある。
0.
2
1mm の部分が極端に高い、きわめて尖度の大
115
きな分布型を示し、丘砂の限られた範囲の粒径を持
つ砂粒が主に捕捉されていることがわかる。
表−1
Hudson による土粒子の運搬距離(Hudson,
1
9
7
3)
土粒子の直径(mm)
運搬距離
0−1
数メートル
1−0.
1
25
1−1.
5km
0.
12
5−0.
06
25
数キロメートル
0.
062
5−0.
03
12
3
0
0km 以上
0.
03
12−0.
01
56
1,
5
0
0km 以上
0.
015
6以下
無限長
図−4
摩擦速度と砂輸送量の観測値及び計算値との関係
(Wiggs,1
9
9
2)
0.
5U*3!
q=C
(d/D)
/g (Bagnold1
9
4
1)
(式−5)
!
/g
2
q=K(U
)U*+U*ct)
k
*−U*ct(
(Kawamura1
9
5
1)
(式−6)
式中、q:単位幅単位時間当りの飛砂量(gm−1
s−1)
C:自然に篩い分けされた砂丘では
1.
8 d:粒 径(mm)
mm) !
:空気密度
図−3
自然砂丘頂部表層砂及び2
0cm 高さで捕捉された飛砂
の粒径分布(吉崎他,
1
9
9
4)
■:表層砂 その他:地上2
0cm で捕捉された飛砂
横軸は粒径(mm)、縦軸は通過重量百分率(%)
D:標 準 粒 径(0.
2
5
Kk:係数(=2.
7
8)
U*ct:限界摩擦速度
また、金内は、大まかには砂の移動全量は、風の
強さとその持続時間に支配されるとしている。吉崎
らが UAE の砂性裸地上で行った調査においても、
2.
4 風速と飛砂量
地表付近の風速分布や風速と摩擦速度との関係が
風速と飛砂量との間には次式のような関係が見出さ
れている。
明らかになり、更にこれらの値と飛砂量との関係が
8
3 <砂性裸地>
Q=0.
6
6
9(Vm−4.
0)2.
把握できれば年間の砂移動量が推定できるようにな
2
7 <自然砂丘>
Q= 4.
4
3(Vm−4.
0)3.
る。
式中、Q:飛砂量(g/cm・day)
Vm:平均風速
摩擦速度と飛砂量との関係は図−4のようであ
一方、高さ方向の飛砂量分布については、風の乱
り、一般に飛砂量は摩擦速度の3乗に比例する。飛
れを無視して砂粒を放射物と見るか、砂粒子は浮遊
砂量式としては、現在、Bagnold
(1
9
4
1)
と河村(1
9
5
1)
しているとして拡散理論を適用するかの二つの立場
によるものが広く知られている。Bagnold は、飛砂
があることが知られている14)。現地観測では、捕
量は対象砂の粒径の1/2乗に比例するとして、河
捉される飛砂量の8
0−9
0%は地表面3
0−5
0cm 高さ
村は、砂の落下量と砂粒子の平均飛距離との積に
以下で捕捉される24)。
よって表されるとして次式を与えたものである。
116
2.
5 風と砂丘の移動
バルハン砂丘のように一定風向によって形成され
風成砂からなる沙漠における地形の特徴は砂丘群
る砂丘では、風上側斜面はやや凹型の脚部を持ち、
の存在である。砂丘を構成する砂粒は飛砂となって
丘頂(crest)付近はやや凸型の侵食斜面であり、
移動し、道路や農地、村を埋没させる。従って、そ
風下側は急斜面(slip)となり、凹型の堆積斜面を
の場所において治砂を考える場合には、風向とその
形成しながら風下側へ移動する。その速度は砂丘の
発生頻度から、砂丘の移動方向を把握しておくこと
高さにほぼ反比例することが知られており、クック
が重要である。
らの調査では、高さ1
5m の砂丘の移動速度は5∼
砂丘のタイプとその形成課程は、マッキー(1
9
7
9)
により図−5のように示されており、縦列型や横列
2
0m/年、高さ5m のものでは1
5∼5
0m/年の値が
得られている29)。
型、星型砂丘などが代表的なものである。横列型砂
丘には、一般に三日月型砂丘とかバルハン砂丘、パ
3.治砂法
ラボラ砂丘と呼ばれるものがあり、砂の供給が限ら
治砂緑化は、砂を治めながら緑地を形成すること
れ年間一定方向の風が吹くところに形成される。縦
を目標としているが、そのためには導入植物の生育
列型砂丘は、卓越方向に規則的にほぼ平行に発達す
基盤となる砂地や砂丘という常に不安定な地表面の
る砂丘である。更に、二つ以上の砂丘列が合流する
安定化(砂粒の飛散防止)と風による砂粒の運搬抑
場所では、星型砂丘と呼ばれる美しい形状の砂丘が
制を図る必要がある。
できる。
3.
1 地表面を被覆することで砂粒の飛散を防止す
る方法
一般には覆砂工(マルチング)と言われ、使用す
る材料によりポリビニルアルコールやポリビニルア
セテート、ポリアクリルアミドなどの土壌安定剤・
飛砂防止剤や、アスファルト乳剤、合成樹脂乳剤な
どを地表面に塗布する化学的方法と、稲わら、澱粉
やラテックス、ナツメヤシの枝葉、岩石や礫などの
現地材料を敷き詰めることで地表面の乾燥を防ぎ、
砂粒の飛散を抑制する方法がある。前者の効果は非
常に大きいが、一般に高価であり、飛砂害が激しく
短期間に高い効果が求められる場合や移動砂丘の強
制的な固定などに有効である。また、化学的な方法
を採用する場合には地域生態系への影響についても
事前に十分検討しておく必要がある。後者は前者に
比べて安価であることや材料の調達が比較的容易で
あることから、地域密着型工法として今後とも十分
利用可能である。最近では、人頭大の石を利用した
図−5
砂丘の基本型と砂丘形成に関与する風向(竹内、2
0
0
1)
(原図は、E.D.McKee ed.,1
9
7
9:A Study of Global Sand
Seas, US Geological Survey Professional Paper1
0
5
2)
ストーンマルチ工法がアフリカで実施され、風食防
止だけでなく、地温の上昇抑制、地表面からの蒸発
抑制、気温の日較差に伴う結露の促進といった効果
117
が明らかにされている33)。
4.治沙緑化技術
沙漠地において砂の移動を防止する手段として
3.
2 風に対する障害物として作用することで砂粒
の運搬を防止する方法
障害物があると、風はその前後で弱まり砂粒の運
は、①風食面を減少させる②地表面の粗さ(粗度)
を高める③風速の減少を促す④砂粒の跳躍や転動に
対するバリアーの設置
が基本であり、これらの条
搬は抑制される。代表的な工法としては防砂垣、静
件を満たす材料としては活きた植物が最良の材料と
砂垣、堆砂垣などがあり、一定風向に対しては風向
いうことになる。しかし、導入した植物が順調に生
に直角に、多風向に対しては格子状の垣を設置する。
育し期待する効果を発揮するためには、前項で示し
アラビア半島では主にナツメヤシ(Phoenix spp.)
た様々な治沙法との組み合わせが必要である。
の枝葉が伝統的に利用されている。最も簡便な方法
風食防止の代表的な施設として、Wind barrier
(防
は衝立工であり、砂丘地に居を構える際にその周辺
風 垣)
,Windbreak(防 風 林)
,Shelter belt(防 護
に設置する。砂丘脚部の農地を守るために砂丘斜面
林帯)の三種類があるが、Monique(1
9
9
4)によれ
に防砂垣として設置される場合もある。古川(1
9
9
2)
ば、Wind barrier は単列の樹木、低木、草本類ま
によれば、中国では、稲わらや麦わら、ヨシ等を用
たは無機材料を含む障壁(または障害物)を指し、
いた草方格(中国では、砂面に垂直に立てて造る防
活きた植物材料(低木や高木類)からなる Wind bar-
風・防砂施設を直立式沙障と称し、その中で草方格
rier が2∼4列の植生帯を形成するとき、これを
のように砂面からの高さが2
0∼3
0cm のものを隠蔽
Windbreak(図−6)
、更に植生帯の幅が4列以上
式沙障と呼ぶ。
)と呼ばれる格子状の静砂垣工法が
の樹林からなっているとき、これを Shelter belt(写
伝統的に用いられており、流動砂丘の固定に大きな
真−2)と定義されている。
成果を挙げている(写真−1)
。最近では、稲わら
の代わりに活きた低木類による草方格(樹方格とも
言う)を造成する場合も見られる。その他、土手、
防砂溝などにより防砂効果を期待する方法などがあ
る。
写真−2
空港周辺の防護林帯(UAE 2
0
0
2年1
2月撮影)
解説:防護林帯の外周はラクダやヤギ、ヒツジな
どからの食害を防ぐために高さ2m を越すフェ
ンスで囲まれ、その内側にはやや密度の高い保護
樹林帯(植栽間隔3.
5m)が造成される。更に、
写真−1
中国の伝統的な隠蔽式沙障である草方格(NPO
法人緑化ネットワーク提供)
保護樹林帯の内側に主林木が植栽されるが、その
間隔は7m で、植栽密度は2
0
0本/ha である。
写真右手が砂丘地、写真左手が空港施設で、その
間に防護林帯が設置される。
118
4.
1.
2効果
樹林の防風効果は、林帯背後の減風の程度(減風
率)と効果の範囲という面から考える必要があり、
減風率は樹林の密度や構造、配置並びに林帯の幅(厚
み)によって影響を受ける。例えば、図−7のよう
に5∼6列を超える林帯の場合の防風効果は、裸地
上を1
0
0%とした場合、風上側−2H(H は樹林の
高さ、−は林帯の風上側を意味する)
の位置で7
0%、
風下側1
5H の位置で6
9%、下枝を切り取った2∼
3列の樹林では風上側−2H では9
8%、風下側1
5H
図−6
防風林の構造を示す概念図(Weber and Stoney,
1
9
8
7に加筆)
では5
0%の風速比を示す7)。すなわち、林帯の厚み
が増すほど林帯前面及び林帯内での防風効果は大き
いが林帯背後の風速の回復は早く、林帯が薄く下枝
4.
1 防風・防砂林の造成
が無い場合には防風効果は小さいが林帯背後の風速
4.
1.
1 機能
の回復は遅い。中国トルファンのタマリスク防風林
乾燥地において造成される防風林には、次に示す
で行われた例15)では、7月調査では−1
0H から2
0H
ような様々な機能の発揮が期待されている。①不安
付近、5月調査では−5H から3
0H の間で減風域
定砂地及び砂丘の安定化②微気象の緩和③町や村な
が観測されている。
ど居住地域の保護④農地や道路、空港など重要な施
一方、防砂効果については、林帯の風上側、林帯
設の保護⑤景観形成⑥林産物の利用⑦生態系の修復
内及び背後の地表面の風速が限界速度以下に維持さ
その他、近年地球温暖化防止のための CO2固定
れれば飛砂は生ぜず地表面の砂移動を抑制すること
への寄与という点から乾燥地での緑化にも期待が寄
ができる。中国毛素沙地では、年間の風速を3
0%減
せられている。
少させると流砂量をほぼ1/1
0、5
0%減少させると
1/1
0
0に減少できることが報告されている17)。
図−7 林帯の防風効果(Dune Stabilization,1
9
7
7に基づき作成)
解説:厚みのある林帯は風上側や林帯内での防風効果に優れるが回復は早い。厚みが薄く
下枝の無い林帯は前者に比べて防風効果は小さいが、その効果は林帯の後方にまで及ぶ。
119
4.
1.
3 林型とデザイン
樹林が十分な防風・防砂の機能を発揮するために
4.
2 緑化による砂丘の固定
4.
2.
1 中国の事例
は、林帯の構造も重要な要素である。特に低木の存
流動砂丘の固定を目的とする固沙造林の方法とし
在は地表面の粗度を高めることになるため、減風と
て、「前当后拉造林法」
、「又固又放造林法」
、「沙湾
砂移動抑制に大きな効果を発揮する。低木型林型で
造林法」
、「逐歩推選造林法」
「固身削頂法(多回固
は背後の風速回復が早く、高木林型では防風範囲が
沙法)
」などがある。
広くなるのに対して、高木と低木の複層林型では減
前当后拉造林法(砂丘の前方を遮り、後方に引き
風域の大きさ、風速の回復の緩やかさという点で非
伸ばす方法)は、砂丘の風衝面の斜面に灌木を植え
常に大きな防風効果を示す。
ることで砂の供給源を絶つとともに、風背面にも灌
また、防風・防砂林をどこに、どのような規模で
木を導入する。砂丘を越えた風が砂を運搬し、丘頂
配置するかは、その効果を高めるという点で重要で
部を平坦化していく方法である。また、沙湾造林法
ある。基本は風向に対して直角に配置することであ
は、砂丘間低地に植林を行うことで砂丘が削減され
るが、優勢風向が一定でない場合は多風向に対応で
ていくことを促し、漸次後退していく砂丘に植林を
きるように、また保護を対象とする施設を取り囲む
行い、流動砂丘を植林の内部で次第に消滅させてい
ようにデザインする。
く方法である。その他、逐歩推選造林法の一環とし
4.
1.
4 導入樹種
て固身削頂法というのがある。これは、甘粛省の沙
乾燥地において風食防止のために具備すべき導入
漠地帯で行われている方法で、砂丘の風上部分2/
樹種の条件として、耐塩性・耐乾性にすぐれ、水分
3から3/4あたりの地点に粘土を敷設し、そこに
要求量が少なく、緑量が多く樹高成長が速やかなこ
俊
と、羊や山羊・ラクダなどによる食害に強く、飛砂
monngolicum 等を植えて固定化し、それより上部の
の堆積による埋没に対する耐性や風に対する抵抗
砂丘は風で吹き飛ばされるに任せる。こうして砂丘
性、砂の衝突に対する耐性(耐風食性)を有してい
の上部に平坦な土地ができる。これを「削頂」と呼
ることなどがあげられる。その他、地域によっては
ぶ。8∼9m 程度の小さな砂丘であればこれを数
燃料や飼料としての有用性も条件として抽出され
回繰り返すことで砂丘は固定される。内蒙古自治区
る。そして、それらは原則として郷土種からの選定
のホルチン沙地においても同様の方法で流動砂丘の
によることが望ましい。
固定に成果をあげている(図−8)
。
俊 ( Haloxylon ammodendron ) や Calligonum
図−8 流動砂丘の固定方式(川鍋 2
0
0
3より)
図−8左図は一回固定方式の模式断面図
図中 A:ポプラ植栽 B:モウコアカマツ植栽 C:風食で削られてから草方格の中に、
カラガナを播種 D:ポプラ・ヤナギ・キヌゲコリヤナギ・ペキンヤナギなどを植樹
図−8右図は多回固定方式の模式断面図
図中 ①∼⑥:樹種導入の難易度を示す
①:極めて難で植樹しない、②:難で草方格の中に低木の種子を蒔く、⑥:極めて容易
A∼E:樹種の配置を示す
A:テリハドロ B:モウコアカマツ C:草方格の中にカラガナ D:小黄ヤナギ、キヌ
ゲコリヤナギ E:ペキンヤナギ
120
おわりに
沙漠と沙漠化土地とは様相が異なる。筆者が始め
て係わったアラビア半島の沙漠は、いけどもいけど
も果てしなく砂丘が広がる砂沙漠であり、海岸や内
陸の一部に忽然と石油で潤った資金を背景にできた
近代都市が現れる。一方、中国の内蒙古に広がる沙
漠化土地には水田もあるし広大な畑もある。立地条
件さえ整えば閉鎖した森林を見ることもできる。し
かし両者に共通の現象がある。激しい風食である。
従って、風食を制御することは当該地域の人々の生
活条件を大幅に改善することにつながる。一方、ど
んなに風食を制御する技術ができても、資金がなけ
れば苗木を購入することも水をやることもできな
い。地域住民による地域づくりの意識が高揚しなけ
6.Hudson. N., : Soil Conservation, BT Batsford Limited,
1
97
3.
7.H. Hagedorn&others : Dune Stabilization,193pp., German Agency for Technical Cooperation,Ltd.,1
97
7.
8.中島勇喜:飛砂制御に関する研究,九州大学農学部附
属演習林報告4
3,1
2
5−1
8
3,1
9
79.
9.E.D.McKee ed. : An introduction to a study of global
sand seas, In A Study of Global Sand Sea, US Geological Survey, Professional Paper1
0
52,1
9
79.
10.Jacson, P. S. : On the displacement height in the logarithmic velocity profile, Journal of Fluid Mechanics,
11
1,1
5−2
5,1
98
1.
1
1.Birot, : Les processus d'erosion a la surface des continets, Masson, Paris,57
9pp.,198
1
1
2.ミロス・ホリー著(岡村他訳):侵食−理論と環境対
策−,
12
8−1
4
6,森北出版,1
9
8
3.
ればいけない。それが沙漠土地の修復の難しい点で
1
3.N.Lancaster, : Variations in wind verosity and sand
ある。筆者のように自然科学を専門とするものと社
transport on the windward flanks of desert sand
会科学を専門とするものが同時並行的に係わること
dunes, Sedimentology,,32,,58
1−5
9
3,19
8
5.
が必要なように思われる。
筆者が行っている「日中共同沙漠緑化フィールド
研修プログラム」では、ただ漠然と植林を行うので
はなく、「集落に迫る砂丘を固定する」という具体
的な目標を持ちながら、また地域住民の知恵を借り
14.砂防学体系編集委員会編,砂防学体系シリーズⅢ−9
海岸の砂防,石崎書店,1
98
5.
1
5.真木太一:1
98
7,風害と防風施設,文永堂出版,
19
8
7.
1
6.Stull, R. B. : An Introduction to boundary layer meteorology, Kluwer,, Dordrecht,19
88.
17.奥村武信:毛烏素沙地砂丘上における風速分布・流砂
ながら緑化を進めていきたいと考えている。そのこ
観測について−防風固沙林の効果評価のために−,緑
とで、単に体験や経験に留まらない研修のあり方を
化研究第1
0号,京都緑化研究会,1−1
2,1
98
8.
模索していきたいと考えている。
1
8.堀川清司:[新編]海岸工学,東京大学出版会,
1
99
1.
1
9.Nick Middleton etc. : World Atlas of Desertification
引用文献
1.河田三治:海岸砂地造林に関する調査報告,治山事業
参考資料第4号,林野庁,1
9
5
1.
2.河村龍馬:飛砂の研究,東大理工研報,Vol.
5,No.
3・
4,,
pp.
95−112,19
5
1.
3.R.A.Bagnold(著金崎肇訳):飛砂と砂丘の理論,創
造社,1
963.
4.Chepil, W. & Woodruff, N. : The physics of wind erosion and its control.In Advances in Agronomy,A.Norman(Ed.).Academic Press, New York,1
9
6
3.
5.Belly, P. Y. : Sand movement by sand. US Army
Coastal Engineering Research Center, Technical
Memo1,1964.
Second Edition, UNEP.199
7.
20.古川郁夫:中国における沙漠化の現状とその防止に関
する事例的研究,日本砂丘学会誌
第3
9巻第1号,3
8
−4
9,1
9
92.
2
1.Wiggs, G.F.S. : Sand dune dynamics, Field experimentation, mathematical modeling and wind tunnel testing. PhD thesis, University of London,1
9
92
22.真木太一他:中国トルファンの乾燥地におけるタマル
スク防風林による微気象改良,農業気象第4
8巻第2
号,1
5
7−1
6
4pp.,1
9
92
2
3.竹内清秀・近藤純正:大気科学講座1
地表に近い大
気,東京大学出版会,1
99
3.
2
4.吉崎他:アラブ首長国連邦内陸砂漠における飛砂の特
性と砂丘地形の変化,新砂防第4
7巻第3号(1
94)
,1
8
121
−25,199
4
25.D.J.Mitchell and M.A.Fullen : Soil-Forming Processes
on Reclaimed Desertified Land in North-Central
China, Environmental Change in Drylands, Biogeographical and Geomorphological Perspectives, 3
9
3−
41
2, John Willey & Sons Ltd,1
9
9
4.
26.Monique Mainguet :
Desertification Natural Back-
ground and Human Mismanagement Second Edition,
31
4pp. Springer-Verlag,19
9
4.
27.吉野正敏:愛知大学文学会叢書Ⅰ 中国の沙漠化,大
明堂,1997.
28.Wiggs, G.F.S. : Sediment mobilization by the wind,
Arid Zone Geomorphology, Form and Change in Dryland, 2nd Edition, Edited by David S.G.Thomas, John
Wiley&Sons Ltd.,19
9
7
29.竹内清秀:風の気象学,気象の教室4,財団法人東京
大学出版会,1997.
30.Joanna E. Bullard : Vegetation and dryland geomorphology, Arid Zone Geomorphology : Proess, Form
9−13
1, John
and Change in Dryland 2nd Edition, 10
Willey & Sons Ltd,19
9
7.
31.Monique Mainguet : Aridity Droughts and Human
Development, Springer-Verlag,1
9
9
9.
32.Agajan G. Babaev Edition : Desert Problems and Desertification in Central Asia, Springer-Verlag,19
9
9.
33.高橋悟:沙漠よ緑に甦れ−ジプテイ共和国十年の熱き
戦い−.東京農業大学出版会,1
2
3pp.20
0
0.
34.国家林業局防治荒漠化管理中心編:中国防沙治沙実用
技術と模式,中国環境科学出版社,北京,2
0
0
1.
35.小林達明:沙漠化研究における風食の予測モデルと地
域研究の重要性,日本造園学会誌 第6
6巻第2号,8
6
−90,200
2.
36.国家林業局編:全国林業生態建設と治理摸式,中国林
業出版社,北京,20
0
3.
37.川鍋祐夫他:中国内蒙古カルチン沙地における草原沙
漠化の実態とその阻止・緑復元対策,家畜衛生学雑誌,
第29巻,第1号,1−9,20
0
3.
38.吉川賢・山中典和・大手信人編著:乾燥地の自然と緑
化−砂漠化地域の生態系修復に向けて−,2
3
3pp.,共
立出版,200
4.
122