天王寺チンパンジー舎における政権交代

天王寺チンパンジー舎に
おける政権交代
滋賀県立大学 人間文化学研究科
福永恭啓
チンパンジーの紹介
レックス
ミツコ
アップル
レモン
今回はレックス群を問題にする
プテリ
リッキー
ミナミ
長年最優位
最近力をつけてきた
両者互角
レックス群
順位争い
のため対立
親子
アップル
レックス
レモン
ミツコの重要度UP
私がキーマン?
ミツコ
調査方法
1、対象:
天王寺動物園レックス群
アップル・レックス・ミツコ・レモ
ン
2、期間:2006年1月〜2009年7月(調査は現在も継続)
総観察日数:128日 総観察時間:785時間
3、方法:5分間隔の瞬間サンプリングで行動・利用空間・
近接個体を記録し、フィールドノートの両者の争い
やエサの獲得量と合わせて検討した。
観察方法1
1、瞬間サンプリング
決められた間隔で、時間になった瞬間に行動を観察する方法
休息
休息
5分00秒
グルーミング
遊び
遊び
喧嘩
10分00秒
グルーミング
15分00秒
フィールドノートに記録
調査方法2
2、フィールドノートへの記録
瞬間サンプリングからはもれやすい闘争などの記録
や観察して思いついた事などをノートへ記録。
→フィールドノート=飼育日誌のようなもの
→瞬間サンプリングでは客観的な資料を収集し、フィールド
ノートには瞬間サンプリングでは拾いきれない事柄やもの
ごとの背景を書きとめ、両者の記録を合わせて全体像を
探って行く。
レックスとアップルの力関係
1、グルーミングを指標に検討する。
グルーミングの種類
レックス→アップル
アップル有利
レックス⇔アップル アップル→レックス
同等な関係
レックス有利
グルーミングをたくさんしてもらえる方が順位が高い
→人間でいうと挨拶のようなもの
アップル-レックスグルーミング頻度(一日あたりの回数)
25
07年前半に関係が変化
09年前半に関係が逆転
20
15
レックス→アップル
1
アップル→レックス
10
5
3
2
4
アップル・レックス
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1 レックスはアップルにグルーミングするのみ
2 レックス⇔アップルのグルーミングが見られる
3 R→AのGよりR⇆AのGの割合が高くなる
4 A→RのGが、R→AのGを上回る
レックスとアップルの
力関係2
2、エサの獲得率
天王寺動物園では運動場にエサがまかれる
→優劣関係がエサの獲得量に反映される
人間でいうとバイキング形式の食事に近い
Ex,大皿にステーキが一枚、自分も欲しいが先輩も
狙っている。ここはブタの生姜焼きで我慢しよう
→食事というのは優劣関係が反映される
+人間はそこに規則を設けて円滑に食事
エサの獲得量
アップル
60
07年前期より減少
50
09年レックスの獲得量がアップルを逆転
40
レモン
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30
レックス
20
10
0
ミツコ
レックスミツコ07年後期より同時期に増加
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2008îNå„äÝ
2009îNëOäÝ
→07年後半と09年前半に関係が変化
2007.7.24
ミツコ・レックス連合
レモン
レックス
ミツコの後方支援
アップル
アップルを攻撃
ミツコ
レックスのミツコ支援
1、07年夏頃からミツコがアップルに攻撃された場合など
レックスがミツコを助ける姿が目撃され始める。
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アップルの攻撃激減
レックスの攻撃が増加
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レックス
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1.8
1.6
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1
0.8
0.6
0.4
0.2
0
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アップル
07年の出来事
1、グルーミングの関係(07年前半)
R⇔AのグルーミングがR→Aのグルーミングを逆転
→平等な関係に近づく
2、エサの獲得量(07年後半)
レックスとミツコの獲得量が増加に転じる
3、個体間関係(07年夏から)
アップルから攻撃されたミツコをレックスが守るようになり
逆にミツコを支援してアップルを攻撃する姿が見られる
グルーミングの関係が変わるのとエサの
関係が変わるのに時間差がある
オス・メスの性差
1、レックスとアップルの関係の変化
グルーミングでのレックスの地位は07年前半に向上し始め
たが、エサの獲得は07年後半にならないと増加しなかった。
1−1価値観の違い
オスの価値観: メンツ>エサ
メスの価値観: メンツ<エサ
→アップルはメンツよりもエサの獲得を大事にし、レックス
のメンツを立てながらもエサを獲得。しかし、07年後半
にはエサの権利も手放さざるを得なかった。
09年前半の出来事
1グルーミング
レックスの方がアップルからより多くのグルーミングを
受けるようになる
2、エサの獲得量
レックスのエサの獲得量がアップルを上回る
3、ミツコへの攻撃頻度
アップルの攻撃が減少したのに対してレックスがミツコ
を攻撃し始める
→ミツコに頼らなくてもアップルに対抗可能になった
レックスはアップルよりも優位になったと推察
オス・メスの性差1
1、レックスとアップルのミツコへの対応
アップルはミツコが気に食わず、レックスに邪魔されるま
で攻撃し続ける。対してレックスは、一時期ミツコを助けた
ものの09年からは攻撃に転じる
オス・・・ オスは自分の地位の確立のためであるならば、
嫌いなやつとも付き合い、時と場合によってつき
合う相手を変える。
メス・・・ 順位などには関係なく、基本的に好き嫌いで行動
水平的な社会を形成する
(DeWaal,1984)
レックスは自分の地位の向上のためにミツコを利用。
単独でもアップルより優位になった09年以降はミツコ
を攻撃。
アップルの子殺し
1、メスの暴力性
アップルはレックスが成長する前に群れの中でやり
たい放題をしていた。06年にはミツコのアカンボウ
を殺すという事件も起こしている。
海外での報告
メスの暴力性はオスによって抑えられている。雄の低順
位雌をかばう行動が雌による子殺しを防いでいる。
(Muller,2007)
→天王寺ではレックスの力が弱かったため、若いメスである
ミツコのアカンボウを守りきれなかった。
09年夏の大事件
1、アップル、ミツコを抱き込み最優位への返り咲きを狙う
→7月19日朝、アップルとミツコが連合しレックスを攻撃
2、アップルの発情が再
開 レックスはアップルの尻を追いかけるのに必死で順位争
いどころではなくなる。
3、ミツコがアップルと急接近
アップルより優位になると攻撃して来たレックスへの仕
返しか?
レックス窮地に立たされる!!
まとめ
1、天王寺ではレックスの地位が上がり始めた07年
からアップルが独占していたエサもミツコなど最下
位の個体にも行き渡るようになった。
2、同時期にアップルのミツコへの攻撃回数も激減し
ており、オスのレックスが優位になる事で群れが安
定したと考えられる。
→オス(レックス)の台頭によりメス(アップル)の暴力性は
抑制される傾向にあり、群れは安定化の方向に向かっ
ている
今後の計画
1、レックスとアップルのミツコへの接近
レックスとアップルがどのようにミツコへ接近し、ミツコ
を利用したのか、そこに性差はあるのか、近接個体や
行動のデータの洗い出す。
2、発情がオス・メスに与える関係
メスの発情はメスが利益を得るために利用されている
といわれるが、そのことにたいする知見は不足している。
順位争いをしているオスーメス間での行動の記録と発
情の周期の関係が明らかに出来れば新しい発見につ
ながる可能性がある。
→そのためにはアップルの発情の継続が必要
チンパンジーの抑制機構
1、飼育下を見た野外の研究者の驚き
→チンパンジーはこれほどの暴力性や交渉能力
を持っているのか!?
2、実は制御しているだけで使っていないだけ
→野生下では交渉能力や暴力性を持ちながら、
それを制御している。
離合集散という社会形態が関係
しているのではないか
離合集散
1、離合集散が社会に与える影響
1−1、野生のチンパンジー
エサの量によって、日々顔をつき合わせる
メンバーが違う。
→今日、友達と気に入らない個体を攻撃して勝って
も明日一人でいる時に相手から攻撃される可能性
→互いに牽制し合って攻撃は結果的に抑制される
1−2、飼育下のチンパンジー
いつも出てくるメンバーは同じ
→仲間がいつも一緒なので弱い個体が特定されやすい
→攻撃が集中しやすい
動物園で離合集散を実現
するには
離合集散の特徴
1、食物の量によって、群れがかたまったり広範囲に
分布したりする。
→これは面積的な制約があり無理
2、日々顔を突き合わせるメンバーが変動する
→個体間関係などを考慮してメンバーの構成
に細心の注意を払えば可能では
動物園で離合集散を実現
するには2
日々のメンバーが変動すれば
1、緊張感が高まる
→緊張を沈めるための社会行動(グルーミング
など)が増え、退屈しなくなるのではないか。
2、露骨な同盟関係が無くなる
→特定の個体が仲間はずれになったり,一方
的な暴力を受けにくくなるのではないか
3、関係を築かなければならない個体が増える
適度な緊張感を与える事はエンリッチメントにも
つながるのではないだろうか
最後に
この研究を進めるにあたって、作業が増えるにもかか
わらず、エサやり方法など無理を聞いていただいてい
る天王寺動物園の皆様にこの場をお借りして御礼申
し上げます。
ご清聴ありがとうございました