公共経済学

23.法人所得課税
23.1 法人所得課税(法人税)の意義
23.2 法人所得と経常利益
23.3 法人所得課税と実効税率
23.4 減価償却制度と設備投資
23.1 法人所得課税(法人税)の意義
<社団法人>
一定の目的で構成員(社員)が結合した団体が「社団」であり、社団のなかで「法人格(法
律上の人格)
」を認められた社団が「(広義の)社団法人」である。なお、法人格とは「権
利・義務の主体となることのできる法律上の資格」のことである。
<株式会社>
「(広義の)社団法人」のなかで、営利を目的とする出資者を構成員とする社団法人が「会
社」である。なお、
「営利を目的」とするとは「利潤を追求」するために事業を営むことで
ある。そして、
「株式」を発行している会社が「株式会社」である。なお、
「株式」とは、
会社に対する出資比率を表す証書であり、その保有比率に応じて配当を受け取る権利など
が生じる有価証券(すなわち譲渡が原則自由な証書)である。そして、その保有者が「株
主」である。
<「法人実在説」と「法人擬制説」>
法人に対する課税の根拠としては「法人実在説」と「法人擬制説」の 2 つの考え方がある。
「法人実在説」では、法人は「個人から独立した存在」であると解釈するので、法人所得
課税は「法人自体が有する担税力を前提にした租税」であると理解することになる。それ
に対して、「法人擬制説」では法人を「株主の集合体」と解釈するので、法人所得課税は「株
主に対する配当所得に課される所得税の前取り(源泉徴収)」と理解することになる。した
がって、法人所得課税と配当課税は(二重課税になっており)
、配当所得に対する課税が他
の所得に対する課税と整合性(たとえば水平的公平性)を確保できるようにするためには、
法人所得課税と配当課税を統合したり両課税による税額を調整したりする必要が生じる。
たとえば、配当控除制度はこのような二重課税により生じる整合性の問題を緩和する方法
の一つとして理解することができる。
「シャウプ勧告(1949 年)」においては「法人擬制説」に則って、他の所得から分離した
単純な比例税の法人所得課税が勧告された。そして、比例税の分離課税であれば、法人所
得課税と配当課税の調整の実務上のコストを小さくできると考えられる。なお、二重課税
調整方式として、
① 配当控除制度(配当所得の一定割合を税額控除)
② 法人間配当益金不算入制度
③ インピュテーション方式(法人税加算調整)
などがある。
インピュテーション(法人税加算調整)
法人税額の全部(一部)を株主の所得に加算
⇒ 所得税額を算出
⇒ 加算した法人税相当額を税額控除
23.2 法人所得と経常利益
法人所得課税は「法人所得」を課税標準とする課税である。そして、その法人所得は、企
業会計における「経常利益」を修正することで定義されるものである。
<企業会計(経常利益)>
企業会計は株主や債権者などの利害調整や経営情報の開示などを基本的な目的として作成
されるものである。そして、
「経常利益」は次のように定義される。

経常利益=経常収益-経常費用


経常収益=営業収益+営業外収益

営業収益=売上高

営業外収益=受取利息+受取配当+資産評価益+etc
経常費用=営業費用+営業外費用

営業費用=売上原価+販売費+一般管理費(含む減価償却費)

営業外費用=支払利息+資産評価損+etc
このように定義される「経常利益」は、臨時的な損益を除いた、経常性のある損益だけで
求めた利益である。したがって、事業の継続性を前提とした上で、その期の株主に対する
適正な配当額を定める上で、経常利益は有益な情報を提供していると考えられる。また、
「営業利益=営業収益-営業費用」なので、

経常利益=営業利益+(営業外収益-営業外費用)
と表現することもできる。
減価償却制度とは、減価償却資産の取得価額を使用する年数にわたって費用配分する制度
である。なお、減価償却資産とは時間の経過とともに価値が減少する資産のことであり、
たとえば建物、機械などのことである。
<税務会計(法人所得)>
税務会計は適正(公平&中立)な課税を実現するための課税標準を決定することを目的と
して作成されるものである。具体的には、法人所得は次のように定義される。

法人所得(課税所得)=益金-損金

益金=経常収益-資産の評価益-受取配当+etc

損金=経常費用-資産の評価損+特別償却+etc
受取配当を課税対象とすると
利益が配当されるまでに重複
して源泉徴収されることになる。
特別償却とは設備導入後の早期に通常の減価償却費を超えて認められる減価償却のことで
あり、設備投資を促進する等の政策的な効果をもたらすものである(23.4 節参照)。
(問題 23-1)資産の評価益(評価損)が法人所得に算入されない理由について検討しなさい。
資産評価益を益金に算入すること
はキャッシュフローが無いので困難
資産評価益は
益金に不算入
資産評価損も
損金に不算入
23.3 法人所得課税と実効税率
<日本の法人所得課税>
t年度の法人税の課税標準 Bt は、法人所得 Yt と法人事業税額 At を用いて、
Bt  Yt  At 1
(23-1)
と定義される。また、法人所得課税は国税である「法人税」と「地方法人特別税」、地方税
としての「法人住民税」と「法人事業税」が存在する。それらの課税標準と定率などは次
のようにまとめることができる。
2012 年 4 月
現在(東京都)
国税
地方税
合計
法人税
地方法人特別税
法人事業税
法人住民税
法人所得課税
課税標準
税率
税額
Bt [ Yt  At 1 ]
kBt
Bt
t1 Bt
t1 (=0.255)
t 2 (=1.48)
t1 Bt
t 2  (kBt )
t 3 Bt [ At ]
t 4  (t1 Bt )
Tt
t 3 (=0.0326)
t 4 (=0.207)
<法人所得課税の実効税率>
法人所得課税の実効税率は法人所得課税の法人所得に対する比率 Tt / Yt として定義される。
なお、上の表より Tt = t1 Bt + t 2  (kBt ) + t 3 Bt + t 4  (t1 Bt ) である。そして、法人所得課税の
実効税率を求めるために、簡単化のための仮定 Bt  Bt 1 を置くことにする。そのとき、
(23-2)
Bt  Yt  At 1  Yt  t3 Bt 1  Yt  t3 Bt
であるから、 Yt  (1  t 3 ) Bt となる。したがって、
Tt t1 Bt  t 2 kBt  t 3 Bt  t 4 t1 Bt t1  t 2 k  t 3  t 4 t1


1  t3
(1  t 3 ) Bt
Yt
(23-3)
である。そして、2012 年 4 月現在では t1 =0.255、t 2 =1.48、t 3 =0.0326、t 4 =0.207、k  0.029
であるから、次の関係が導かれる。
Tt 0.255 1.48 0.029  0.0326 0.207 0.255

≒0.3564
1  0.0326
Yt
<法人所得課税の国際比較(2013 年 1 月現在)>
日本
アメリカ
イギリス
国
法人所得課税
35.64
40.75
24.00
の実効税率(%)
(23-4)
ドイツ
フランス
29.55
33.33
(出所)財務省ホームページ
(注 1)日本の実効税率は東京都、アメリカの実効税率は地方税(州法人税)がカリフォルニア州
の場合についての計算している。
23.4 減価償却制度と設備投資
法人(所得課)税、特別償却などが設備投資にどのような影響を与えるかを検討しよう。(新
しい)機械 1 台の購入価格を p 、
(1年間での)真の経済的減価償却率を  とする。したが
って、真の経済的減価償却(定額減価償却)は  p となる。また、利子率(年利)を r とする。
<機械の中古市場とリース料>
中古機械の市場が存在しているとすると、1 年経過すると機械の価値が  p だけ低下して、
(1   ) p になる。したがって、リース会社が借り入れで資金調達して、新しい機械を p で
購入してリースし、1 年後にリース料 x を受け取るとともに、1 年後にその機械を中古市場
で売却すると、受け取る金額は x  (1   ) p であり返済する元利合計は (1  r) p である。つ
まり、利益は x  (1   ) p - (1  r) p となる。そして、リース業界が競争的であれば利益が
ゼロとなるようにリース料 x が決まることになるので、リース料は
x  (1   ) p  (1  r ) p  0
x  (r   ) p
(23-5)
と定まることになる。
(問題 23-2)リース会社のリース料収入、機械を中古市場で売却するときに生じるキャピ
タル・ロス、資金調達コストという概念を用いて(23-5)を導出しなさい。
<リース(による設備導入)の場合>
機械 1 台による経常収益(=益金)を R とし、リース料以外の営業費用は簡単化のためゼ
ロとする。そのとき、法人税が存在しない場合は、企業の「(経常)利益  」は
(23-6)
 = R - (r   ) p
である。したがって、
R > (r   ) p ⇒ 設備を導入する。
(23-7)
R < (r   ) p ⇒ 設備を導入しない。
(23-8)
ということになる。
(問題 23-3)(23-7)と(23-8)より利子率 r が上昇すると設備導入行動がどのように変化する
かを検討しなさい。
(r   ) p
R
p
導入する
導入しない
r
税率 t の法人税が存在する場合においても、リース料が全て費用(=損金)として考慮され
るので、企業の税引き後利益  は
  (1  t )R  (r   ) p 
(23-9)
である。したがって、法人税の存在は機械のリースによる設備導入行動に影響を与えない
ことになる。
(問題 23-4)海外での設備導入の可能性が存在する場合は、法人税が設備導入を国内と海
外のどちらで行うかに関して影響することを確認しよう。まず、機械 1 台で海
外において得られる(円建の)経常収益を R * と表すことにする。そして、
R  R*  (r   ) p を仮定する。また、海外では法人税が課されておらず、国
内だけで税率 t の法人税が課されているとする。そのとき、t がどのような条件
を満たすと、設備導入が海外で実施されるだろうか。
R*  (r   ) p  (1  t )R  (r   ) p 
R*  (r   ) p
 1 t
R  (r   ) p
R*  (r   ) p
R  R*
t  1

R  (r   ) p R  (r   ) p
為替レートの変化について考慮していないことに注意
<設備投資(すなわち購入による設備導入)の場合>
法人税が存在するもとで、①設備投資と資金調達行動の関係、②設備投資と減価償却制度
の関係について検討しよう。
① 設備投資と資金調達行動
資金調達の手段は負債(借入&社債発行)による調達と自己資本(株式発行&内部留保)
による資金調達に大別できる。そして、損金として考慮できるのは負債で調達した場合の
利子支払だけであり、自己資本で調達した場合の機会費用(=自己資本を運用したときに
得られる収益)を考慮することができない。このような資金調達コストに関する取り扱い
の差が、設備投資行動に対して資金調達方法を非中立的にしていることを以下で示そう。
負債(=借り入れ)による資金調達比率を  とすれば、負債による資金調達額は  p であり、
損金に考慮される利子支払額は r p となる。
機械を購入した場合の法人所得(課税所得)は R  r p   p となるので、法人税額は
t  ( R  r p   p) である。なお、法人所得はマイナスではないとする( R  r p   p  0 )。
したがって、「(自己資本の機会費用を考慮した)税引き後利益  」は
  R  (r   ) p - t  ( R  r p   p)
 (1  t )R  (r   ) p - t  p  (1  )r
(23-10)
となる。たとえば、資金を全て負債で調達している(   1 )場合は(23-10)は(23-9)に一致
するので、法人税の存在は資金調達行動に対して中立的である。しかし、負債での資金調
達を(  を)減少させると、(23-10)の右辺の値が減少するので設備投資行動が抑制される
ことになる。言い換えると、利子支払だけが損金への算入を認められている場合は、法人
税は資金調達手段を自己資本から負債によるものへと誘導する効果を持つことになる。
  (1  t )R  (r   ) p  (23-9)
② 設備投資と加速度減価償却の関係
損金に算入できる減価償却費は、政策的に真の経済的減価償却とは異なるパターンで算入
することが認められることがある。たとえば、真の経済的減価償却のパターンが毎年  p ず
つ 1 /  年間にわたって償却されていく場合に、加速度的に毎年 a p ずつ 1 /(a ) 年にわたっ
て償却されるとして損金への算入が認められることがある( a  1 )。すなわち、どちらの
減価償却のもとでも償却される費用の合計額は同じであるが、加速度減価償却のほうが設
備投資実施後に減価償却される時点がより早くなるわけである。なお、以下では簡単化の
ため資金は全て負債で調達されているとする(   1 )。
(問題 23-5)   0.2 のとき、加速度減価償却が実施されないときと、実施されるとき
( a  1.25 )で減価償却の年数はどのように変化するか。
5年
4年
機械を購入した場合に損金に算入される減価償却費
(1) 1 年目から 1 /(a ) 年目までは a p
(2)
1 /(a )  1 年目から 1 /  年目まではゼロ
法人所得(課税所得)
(1) 1 年目から 1 /(a ) 年目までは R  r p  a p
(2)
1 /(a )  1 年目から 1 /  年目までは R  r p
以下では簡単化のため   1 / 2 の場合に着目して、a  1 のケースと a  2 のケースを比較検討する。
真の経済的減価償却率での減価償却( a  1 )のケース:
1 年目の税引き後利益  1 と 2 年目の税引き後利益  2 は一致して
1   2  R  (r  1 / 2) p - t  R  (r 1 / 2) p 
 (1  t )R  (r  1/ 2) p
(23-11)
法人所得(課税所得)=益金-損金
となる。
・益金=経常収益-資産の評価益-受取配当+etc
・損金=経常費用-資産の評価損+特別償却+etc
2 年間にわたる税引き後利益の割引現在価値  は
  1 
2
1 

= 1 
(1  t )R  (r  1 / 2) p 
1

r
1 r 

である。
法人税と減価償却制度の存在は設備投資行動に対して中立的である。
(23-12)
0
1 

1 
(1  t )R  (r  1 / 2) p   0
1

r


R  (r  1 / 2) p  0
(23-12)
法人所得(課税所得)=益金-損金
・益金=経常収益-資産の評価益-受取配当+etc
加速度減価償却( a  2 )のケース:
1 年目の税引き後利益  1a は
・損金=経常費用-資産の評価損+特別償却+etc
 1   2  (1  t )R  (r  1/ 2) p
 1a  R  (r  1 / 2) p - t  ( R  r  p  p) = (1  t )R  (r  1 / 2) p   t  p / 2
(23-11)
(23-13)
であり、
1 年目の税引き後利益  2a は
 2a  R  (r  1 / 2) p - t  ( R  r  p) = (1  t )R  (r  1 / 2) p   t  p / 2
となる。
加速度減価償却は
(1) 1 年目の税引き後利益を t  p / 2 だけ増加させる
(2) 2 年目の税引き後利益を t  p / 2 だけ減少させる
効果をもつことになる。
(23-14)
1 年目の増加分と 2 年目の増加分が同じということは加速度減価償却が設備投資行動に
与える影響がないということであろうか。
  1 
2
1 

= 1 
(1  t )R  (r  1 / 2) p 
1 r  1 r 
(23-12)
その点を確認するために、2 年間にわたる税引き後利益の割引現在価値  a を求めてみる
と
である。
a
1
r t p
1 

= 1 
(1  t )R  (r  1 / 2) p  +
1 r  1 r 
1 r 2
 2a
(23-15)
=
  
a

加速度減価償却のもとでの税引き後利益の割引現在価値のほうが、真の経済的減価償却
のもとでの税引き後利益の割引現在価値よりも大きいことになる(  a >  )
。
加速度減価償却制度は設備投資を促進する効果をもつことになる。
加速度減価償却は 1 年目に納めるべき法人税を無利子で延納することを許す制度として理
解することも可能である。
1 年目に猶予された納税額 t  p / 2 を 2 年目に利子を付けて納税するとすれば (1  r )t  p / 2 だ
け納税する必要がる。
それを t  p / 2 だけの納税で済ませてもらえたということは、r  t  p / 2 だけの利子支払を免除
されたと理解することができる。
この免除された金額の現在価値=
  
a
a
1
r t p

((23-15)を参照)
。
1 r 2
r t p
1 

= 1 
(1  t )R  (r  1 / 2) p  +
1 r  1 r 
1 r 2
 2a
(23-15)
23.法人所得課税
23.1 法人所得課税(法人税)の意義
23.2 法人所得と経常利益
23.3 法人所得課税と実効税率
23.4 減価償却制度と設備投資
(問題 23-2)リース会社のリース料収入、機械を中古市場で売却するときに生じるキャピタル・
ロス、資金調達コストという概念を用いて(23-6)を導出しなさい。
x =リース料収入
 p =キャピタル・ロス
r  p =資金調達コスト
リース会社の利益= x  p  r  p = x  (  r ) p
リース会社の利益=ゼロ
⇒
x  (r   ) p