天体放射論II

H24年度基礎天文学観測実習
「電波望遠鏡による分光撮像観測」
参考資料:
電波による観測
2012年7月30日
2012年8月6日改訂
河野孝太郎
・天文学教育研究センター
・ビッグバン宇宙国際研究センター
[email protected]
電波の検出方式
 Direct detection (incoherent detection)
 Radiationをphotonとして捕らえる
 ガンマ線・X線・UV・可視赤外
 Heterodyne detection (coherent detection)
 Radiationをwaveとして捕らえる
 いわゆる電波(波長~数cmあたりまではすべてこれ)
 電波(ミリ波~サブミリ波)
→ direct detection/heterodyne detection両方の
技術がapplicableな波長域
それぞれの得失を生かして、目的に応じ使い分け
検出技術からみた電波領域の特徴
 「波」として検出(⇔可視・赤外・Xなど)
 ヘテロダイン検出が可能:非線形特性(電流電圧特性が非線形)を
持つデバイスを用いて、周波数変換を行うことができる
 → 高分散分光が得意(低い周波数へ変換してから分光することに
より高い速度分解能が容易に得られる)
 波長1.3mm(f=230GHz)で速度分解能0.1km/sを得る
→Δf=0.1MHzで0.13km/s分解能:f/Δf~2,300,000が必要!
しかし周波数変換をしてから分光すれば小さいRで充分
 干渉計観測が可能→長い波長でも高分解能観測
VLBIでは1milliarcsecを切る世界
 Imagingには工夫が必要(ただし3D imaging)
 Focal plane arrayはまだ~10-100素子レベル
 干渉計によるimaging ⇔ 得失あり
Heterodyne receivers
(frequency conversion)
 ミリ波、特に200 GHzから300 GHzを超えるような波長が短いところでは、まだ性
能のよい増幅器がなく、パラボラで集めた電波をそのままでは増幅することができ
ない。そこで、まず周波数をより低いところに落とす(周波数変換)。
 周波数変換を行うには、I/V特性が非線形性を示す素子を用いる。
i  a0  a1V  a2V 2  a3V 3    
 このような素子に、次のような2つの信号を加える:
E1 sin(1t   ), E2 sin(2t )
このとき、電流出力のV2の項をみると、
E12
E22
1  cos(21t ) 1  cos(22t   )
2
2
 E1 E2 cos1  2  t     cos1  2  t   
このほか、様々な高調波成分が出るが、これらの中で、Filterによって必要な周波数成
分を取り出すことができれば、低い周波数への変換(down converter)もしくは高いほう
への変換(up converter)ができたことになる。ここで、2つの信号の位相差φが、周波数
変換後も保存されている点に注目。
Quantum limit of Coherent detection system
ΔE・Δt > h/4π(Heisenberg uncertainty principle)
 ΔE = hνΔn ←エネルギーの不確定性をphotonの個数の不確定性に
書きかえ
 2πνΔt = Δφ ←時間の不確定性を位相の不確定性に書き換え
→ Δφ・Δn > 1/2 ←位相とphoton数に関する不確定性原理
ここで、理想的な観測システムがあると仮定。
 受信したphotonをG倍に増幅する(n1個のphotonが、n2=G・n1個に
なって出力)
 雑音は一切付加しない。
 位相はφ1からφ2に変化する(あるオフセットを許す)。
→ Δn1 = Δn2/G から、Δφ1・Δn1 > 1/2G (ただしG>1)
この矛盾を回避するには、(G-1)hνなる雑音が付加されるとすればよい。
入力側に換算すると(1-1/G)hν → hν(G→∞)
このような考察から、位相情報を保持したCoherent detectionの場合、
Tmin = hν/k より雑音を小さくすることはできない
100GHzで5.5K; 可視の波長までいくと~10^4Kに。
Receiver/detectorの性能を表す指標
 雑音温度 Noise temperature
 雑音指数 Noise Figure
 雑音等価電力 Noise Equivalent Power
signal
noise
Device内部で発生・付加されるnoise
「雑音」
 device内部で発生する雑音
 Thermal noise, Johnson noise
電流が流れていなくとも抵抗体中に発生する雑音
 Shot noise
電流が流れている時に、電子(またはキャリア)の流れの不均
一性で発生する雑音
 Flicker noise, 1/f noise
半導体や抵抗体に直流電流が流れるとき現れる、周波数に逆
比例するようなプロファイルを持つ雑音成分
 外来雑音
 大気からのbackground
 望遠鏡やミラーなどからのbackground
 携帯電話/違法無線など人工雑音
 etc.
Nyquist 定理 (thermal noise)
 温度Tにある抵抗体R
 これに電流計をつけて
電流値を調べてみると?
温度Tの抵抗体R
 流れる電流は厳密には0ではない
<I >=0 しかし <I^2 >≠0
→ thermal noise(熱雑音), Johnson noiseなどと呼ぶ。
 温度Tの平衡状態にある抵抗体Rが、単位周波数あたりに発生する熱雑
音電力は、hν<< kTの古典論的極限で
Pν = kTである(Nyquist定理)
 H. Nyquist, Phys. Rev., 32, 110-113 (1928)
 hν~kT or hν>kTになるような領域(サブミリ波のような高周波)では、
Plank関数に戻って雑音電力を評価する必要がある。
 微小な雑音を議論するときには、さらに0点振動のエネルギー hν/2kも加
えなければならない。
thermal noise (Johnson noise)
 電気的には中性、しかし電子の熱運動により不規則に
変動する電流が生じる。
 広い周波数帯域にわたりほぼ一定のエネルギー密度
がある(white noise)。
Nyquist 定理
温度Tの抵抗体R
 2つの抵抗体R(温度T)を長さl、impedance R
(=無反射)の無損失なtransmission lineでつなぐ
 熱平衡状態では、2つの抵抗体の間で雑音電力
が全ての周波数帯域幅にわたり等しい。
 ここで抵抗体を外す→導線上で、雑音電力の
長さ l
周波数に応じた定常波(固有振動)が立つ:
インピーダンスRの導線
n 
nc
2l
(Cは伝播速度, n = 1,2,3,…..)
温度Tの抵抗体R
 よって、振動数νとν+dνの間に含まれる
固有振動モードの数は2l/c・dνとなる
 古典論的極限では、Boltzmann則により、運動の
1自由度あたりの運動エネルギー(の平均値)は1/2 kTに等しい。
 正弦振動では、<kinetic E> = <potential E> より、固有振動1あたり
の全エネルギーはkTである →振動数νとν+dνの間に含まれるエネル
ギーは 2l/c・kT・dνに等しい
 電磁波が導線を横切る時間Δt = l/c の間に、このエネルギーが抵抗体か
ら導線へ伝えられるので、導線が抵抗体から受け取る単位周波数あたりの
電力は P = ½・1/Δt・2l/c・kT = KT
Shot noise, Schottky noise
 デバイス内を流れる電子(またはキャリア)の個
数のゆらぎにともなう雑音
 この雑音も周波数特性としてはかなり高周波ま
でのびている
 ショット雑音電流の2乗平均値 <i s^2>∝I(電
流の平均値)
Noise temperature (雑音温度)という概念
 デバイス:入力信号に対してある働きをもつ素子
 増幅、混合、方向性結合、分波、etc.
 いろいろな「働き」とは別に、必ずもってしまう「機能」
=減衰
 減衰(吸収)がある → そこで付加される熱雑音がある
 付加される熱雑音を、入力換算で表したのが「雑音温度」
利得G
入力Tin
利得G
出力Tout
入力Tin
出力Tout
付加雑音
入力等価付加雑音Tnoise
Radiative transferからの理解
 Opacityτの媒質を通るradiationがどう観測されるか
τ
Iout=Ibg×e-τ
+ Tamb (1 - e-τ)
背景放射 Ibg
温度 Tamb (LTE)
 伝送効率ηのデバイスを通る信号がどうなるか
e-τ = η
利得G
入力Tin
出力Tout
温度 Tamb
入力等価付加雑音T’noise
Tout = Tin * η
+ Tamb (1-η) という現実を
Tout = (Tin + Tnoise) * η
であるとみなす(入力等価換算)
⇒ Tnoise = Tamb ((1/η) – 1)
伝送効率η と 雑音温度Tn
 入力換算した雑音温度
→ Tn = Tamb (1-η)/η
例:
 常温(290K)で雑音温度が50 Kのデバイスがある。この伝送
効率は? → η=Tamb/(Tn+Tamb)から0.85
 これを冷凍機により70Kまで冷やしたとき、雑音温度はどこまで
低減できるか? → 70 K * (1-η)/η = 12 K
i.e., 冷却することにより、デバイスからの熱雑音を低減できる。
※ 減衰量(伝送効率)が冷却しても変化しないと仮定して。
 常温で雑音温度が3000Kもあった。このときの伝送効率は?
→ 0.088(通ってくる信号は入力信号の10%以下!)
多段受信機(cascade)
 微弱な天体信号を受信するためには、100 dB以上という信号の
増幅が必要。
Q1:口径 D = 10 m、開口能率ηa = 0.6、受信帯域幅 B = 200
MHzで flux density S = 1 Jy (= 10-26 [W/Hz/m2])の点源を
観測したとき、受信される電力は何Wか?
ヒント: W = ½ Aeff・S・B
= ½ ηa・π(D/2)2・S・B = ? [W]
Q3:これはアンテナ温度 Ta に換算して何Kだろうか?
ヒント: ナイキストの雑音定理 W = k・B・Ta
Q2:これをμWオーダーの信号強度まで増幅するために必要な増幅
度を求めよ。
 このような増幅は、一つのデバイスでは不可能。20~30dB程度
の増幅度を持つampを、何段にも組み合わせて必要な強度まで
持っていく。
Cascade接続したときの雑音温度
G1
G2
G3
Tin
Tn1
Tn2
Tn3
 Tinがデバイス1(利得G1, 入力等価雑音温度 Tn1)に入る
→ G1(Tin+Tn1)
 これがデバイス2(利得G2, 雑音温度Tn2)に入ると出力は
G2(G1(Tin+Tn1) + Tn2) = G2・G1 (Tin + Tn1 + Tn2/G1)
→ 一般に、cascade接続したときの、全体としての雑音温度は
Tn = Tn1 + Tn2(1/ G1) + Tn3 (1/ G1 ・ G2) + Tn4 (1/ G1 ・
G2 ・G3) + ・・・
Cascade接続したときの雑音温度
 Tn = Tn1 + Tn2(1/G1) + Tn3 (1/G1・G2) + Tn4 (1/G1・
G2・G3) + ・・・
→ amplifierの多段接続の場合、全体としての雑音温度は、ほとんど初
段(Tn1)に用いるデバイスの雑音温度で決まる。
ex. NRO 220 GHz radiometer for adoptive phase correction
初段 = harmonic mixer, NF = 7.5 dB (Tn = (10^(NF/10)-1)
* Tamb ~ 1340 K), CL = 9.2 dB ← conversion loss; gain
の逆数
2段 = low noise amp (LNA), NF = 0.5 dB (Tn = 35 K), G =
30 dB
3段 = amp, NF = 2.0 dB (Tn = 170 K), G = 30 dB
→ 全体の雑音温度は、Tn = 1340 + 35*10^(CL/10) +
170*(CL/10* 1/10^3)
雑音温度の測定
 2つの温度標準(吸収体=黒体)を用いて測定(hot
cold法)
 通常、実験室では、室温(290K程度)とLN2(78K程
度)を用いることが多い。
 Tn = (Thot – Tcold ・ Y)/Y-1
電波の検出方式
 Direct detection (incoherent detection)
 Radiationをphotonとして捕らえる
 ガンマ線・X線・UV・可視赤外
 Heterodyne detection (coherent detection)
 Radiationをwaveとして捕らえる
 いわゆる電波(波長~数cmあたりまではすべてこれ)
 電波(ミリ波~サブミリ波)
→ direct detection/heterodyne detection両方
の技術がapplicableな波長域
それぞれの得失を生かして、目的に応じ使い分け
Bolometer




入射したphoton(radiation)を、熱として検出。
熱として検出→超広帯域(波長依存性小)。Δf/f~0.3以上
0.3K(ものによっては0.1K)まで冷却する必要がある
振動などの雑音に弱い。量産たいへん。
TES(超伝導遷移端)ボロメーター
Bolometer: 入力した電磁波/photonを「温度上昇」として検出(incoherent detection)
Absorber(吸収体): radiation、(particle) を吸収
Thermometer(温度計): 吸収された熱による温度上昇を測定
Thermal link(熱リンク): 熱を適度に逃がす熱抵抗(熱伝導大->検出困難、小->遅い)
TES bolometer: 温度計に Transition Edge Sensor(TES) を用いたbolometer
超伝導⇔常伝導の境界(端)で、温度に対して抵抗が急激に変化することを利用→高感度
ボロメーターの原理
「スパイダーウェブ」構造
TES
Thermal
link
SiNのウエハー
上に、 Auの
吸収体の「網」
+TiのTES
ミリ波サブミリ波帯の検出器
「超伝導遷移端センサー」 TES
吸収体として
超伝導体
を利用
「超伝導」から「常伝導」への遷移端
吸収体の抵抗(Ω)
天体から
の放射
わずかな
温度変化でも
大きな抵抗の
変化になる!
放射が入る
 温度が微増
吸収体の温度(ケルビン)
超伝導と天文学、特にミリ波サブミリ波の関係は深い!
ミリ波サブミリ波のセンサーは手作り
ブリング 直径=360μm
吸収体
1275μm
観測周波数
350GHz
(0.87mm)
金のメッシュライン
幅~2μm
厚み~10nm
超伝導遷移端
センサー
270画素
カリフォルニア大学バークレー校との協力
超伝導センサー
 SIS素子(超伝導体と絶縁体のサンドイッチ構
造)を用いた低雑音電波検出器
酸化アルミニウム(Al2O3: 絶縁体)
酸化アルミニウム
(AlOx:トンネルバリア)
ニオブ
(Nb:超伝導体の電極材料)
酸化ニオブ(Nb2O5 : 絶縁体)
基板
酸化シリコン(SiO2: 絶縁体)
ミリ波サブミリ波観測装置の開発
原案・作図:遠藤光
 10mスケールの構造物から、ナノメートル(数原子
層分)の構造まで!
クリーンルームでデバイスを作る
天文学者(の卵)
システム雑音温度
 望遠鏡を天体に向けているときのtotal power
W = kBG (Tn + Ta)
Tnはどのくらいになるか?
 受信機が付加する雑音
 Heterodyneシステムの場合、hν/kという量子限界あり。
 通常、数倍~10倍×量子限界程度。
 受信機など観測装置が付加する雑音以外にも雑音要因あり→大
気!(特にミリ波・サブミリ波で)
 大気による減衰+付加される雑音を含めた、「観測システム全体と
しての雑音温度」を、システム雑音温度 Tsys と呼ぶ。
 受信機の雑音温度 Tn を、しばしば受信機雑音温度 TRXと呼ぶ。
 RX: receiverの略語
 TX: transmitterの略語
システム雑音温度の測定
 システム雑音温度(大気込みの受信機雑音温度)の測定
 大気圏外に出て2温度のblack bodyを見せることができ
れば通常の(実験室における)雑音温度測定と同様に測
定できる(が、不可能)。
→ある仮定(absorberと大気の物理的温度が等しい)の
もとで測定。
 Taも大気の外で測定した場合のアンテナ温度(e-τの効果
を考慮して)。→「大気外」で定義した値であることを強調
するために、 Ta* と表示することも多い。
アンテナ温度
 望遠鏡を天体に向けているときのtotal power
W = kBG (Tsys + Ta)
 Ta: 天体電波によるアンテナ温度(天体からの到来電波
の電力をNyquist定理から温度換算して表示している)
 Tsys, Taはそれぞれどのくらいのオーダーになるか?
 今日の課題参照
 Tsysはcm波帯では受信機雑音温度Tnと等しい(数K~
数10K)←大気の透過率~1
 ミリ波波では数10K~数100K、サブミリ波では1000K
を超えることもある←大気の透過率が<1、また、
Heterodyne受信機の量子限界も大きくなる
→ 一般に Ta<<Tsys
 Tsysのわずかな変動でもTaが覆い隠されてしまう。
天体からの信号だけを取り出す
 Determination of Ta* based on the ChopperWheel method
電波望遠鏡につなげられた「電力計」の出力
W = kBG ( Trx
+ Tatm(1-exp(-tau))
+ Ta*)
Trx: receiver noise temperature
Tatm: physical temperature of atmosphere
Ta*: antenna temperature (added power) due
to observing astronomical source
Beam switching + Chopper wheel法
 天体を向いている状態(on-source)と天体からビームを外
した状態(off-source)を高速に切り替える。
 かつ、常温(~大気の物理温度)の電波吸収体(Loadと呼
ぶ)を挿入できるようにする。
 測定1:On-sourceのときの、電波望遠鏡の出力は:
Won = kGB (Ta*・e-τ + TRX + Tatm (1– e-τ))
 測定2:Off-sourceのときの出力は:
Woff = kGB (TRX + Tatm (1– e-τ))
 測定3:常温のLoad(電波吸収体)をみたときの出力は:
Wroom = kGB (TRX + Troom)
天体信号のアンテナ温度(大気吸収補正済み)
→ Ta* = {(Won–Woff)/(Wroom–Woff)}×Troom が得られる。
まとめ
 電波の観測技術(単一鏡)
 検出方法
 コヒーレント vs インコヒーレント
 「雑音」
 ナイキスト定理
 雑音温度/雑音等価電力という概念




受信機雑音温度
システム雑音温度
アンテナ雑音温度
チョッパー・ホイール法