外国人看護師が国家試験受験で 直面する困難は、言語に関わるも のか内容知識に関わるものか。 深谷計子 聖路加看護大学 堀場裕紀江 神田外語大学 齋藤隆 神田外語大学 菱田治子 聖路加看護大学 1.はじめに ・ 外国人看護師の2010年の国家試験合格率は1.2% (cf. 日本人は 90%)であった。合格率の低い原因は日本語によるものだろうか? ・ 看護師国家試験問題: ・多肢選択問題 ・構成 必修問題 例 「日和見感染症はどれか」 一般問題 例 「拘束性喚起障害を起こす疾患はどれか」 状況設定問題 (状況を2,3行で述べ、その後に設問) ・外国人にとっての問題点 日本の状況についての問題(日本人の平均余命など) 日本の看護の特異性 (高齢社会の老人看護などについて) 日本語の問題 (特殊語や表現)「喀出」「吃逆」「咳嗽」など 2.先行研究 ・言語習熟度が低い場合、テクスト処理に時間がかかり、内容理解が 不十分である。 (Barry & Lazarte, 1998; Horiba, 1993, 1996; Lee & Schallert, 1997; Zwaan & Brown, 1996) ・語認識は読解にとって重要である。正書法によって表記された語の 処理が異なる。(Koda, 1996, 2005; Perfetti, Liu, & Tan, 2005) 視覚情報→音韻情報→意味 アルファベット・仮名 視覚情報 意味 漢字 (インドネシア語) ・L2読解にはL1読解の影響がみられる。(Koda, 1993, 2005; Horiba, 2010) ・読解には背景知識(特に内容知識)が重要である。 (Rumelhart, 1980; Kintsch, 1998; Carrell, Devine, & Eskey, 1988; Schank & Abelson, 1977) ・言語習熟度の低い読み手は、下位レベルの処理を背景知識や文脈 情報で補おうとする。 (Stanovich, 1980; Horiba, 1996; Stevenson, Schoonen, & de Glopper, 2003) 3. 研究課題 質問1 インドネシア人看護師は,テスト提示条件 (①時間延長条件・②ルビ付き条件・③母語条件)で テスト得点が異なるか。 質問2 インドネシア人看護師が日本語で受けた場合,日本人 看護師、日本人学生と比べてテスト得点が低いか。 (以下、インドネシア人看護師をL2看護師、日本人看護師をL1看護師、 日本人学生をL1学生と表記する。) 4.研究方法 ・ 参加協力者 L2看護師:女性21名,男性7名の計28名。来日後1.5年。 L1看護師:女性10名。 L1学生: 女性10名。看護大学入学直後の1年生。 ・ 材料: テスト問題 ・必修問題2個・一般問題8個・状況設定問題3個から なるテストを A・B・Cの3バージョンを作成した。 (看護師国家試験過去問より。L2看護師が背景知識を欠くと思われる問を除く) ・ 各バージョンに日本語版、ルビ付き版、母語版を作 成した。 ・手順 1.全体説明の後、同意書, 協力者の背景情報を得た。 2.L2看護師は延長条件(30分), ルビ付き条件(20分),L1条 件(20分)の順で、 3バージョンのテストを受けた。L1看護師 およびL1学生は日本語版の3バージョンのテストを各20分で 受けた。 ・分析方法 必修問題と一般問題は各1点,状況設定問題は各2点とし, 16点満点。 表1 参加協力者に想定される知識の有無 グループ 知識の種類と有無 言語(日本語)に関する知識 内容(看護)に関する知識 インドネシア人看護師 - + 日本人看護師 + + 日本人学生 + - 表2 本研究で行ったテストの提示条件 テスト提示条件 インドネシア人 看護師 日本人看護師 日本人学生 インドネシア語 日本語・時間延 長なし 日本語・時間延 長あり 日本語・ルビ付 き - ○ ○ ○ - - - - ○ ○ - - 時間延長:試験時間を1.5倍の30分に。 ルビ付き:すべての漢字にひらがなのルビを振ってある。 5.結果と考察 表3 日本人看護師と日本人大学生のテスト・バージョン毎の得点 テストバージョン (各バージョン共、16点満点) グループ L1看護師 L1学生 A B C 平均 標準偏差 平均 標準偏差 平均 標準偏差 10.8 1.81 12.6 3.06 12.1 2.23 6.0 2.79 6.7 1.95 5.3 1.83 2要因分散分析の結果、テスト・バージョンによる有意な効果 はなかった。よって、テスト・バージョンの影響は最小限である と想定し、分析の対象から除外。 表4 テスト提示条件におけるテスト全体得点の平均と標準偏差 グループ テスト提示条件(16点満点) L2時間延長 L2ルビ付き L1 L2看護師 8.36 (3.21) 8.32 (3.26) 8.43 (3.21) L1看護師 - - 11.83 (1.41) L1学生 - - 6.00 (1.10) 表5 テスト提示条件における問題の種類ごとの得点の平均と標準偏差 テスト提示条件 L2時間延長 グループ 必修一般 状況設定 L1 L2ルビ付き 必修一般 状況設定 必修一般 状況設定 L2看護師 5.36 (1.83) 3.00 (1.85) 4.68 (1.81) 3.64 (1.89) 5.36 (1.81) 3.07 (2.07) L1看護師 - - - - 7.43 (1.01) 4.40 (.64) L1学生 - - - - 3.47 (.71) 注:必修一般問題は10点満点、状況設定問題は6点満点 2.53 (.82) L2看護師のテスト結果におけるテスト提示条件の影響 表6 L2看護師のテスト得点の提示条件間の比較 テスト問題の種類 提示条件間比較の結果 (Paired-t 検定による) 全体 L2ルビ付き ≦ L2時間延長 ≦ L1 必修一般問題 L2ルビ付き ≦ L2時間延長 = L1 状況設定問題 L2時間延長 ≦ L1 ≦ L2ルビ付き 表7 L2看護師のテスト提示条件間の得点の相関関係 L2時間延長 L1 L2ルビ付き L2時間延長 1 - - L2ルビ付き .389* 1 - L1 .408* .507** 1 * p <.05 ** p <.01 質問1「L2看護師はテスト提示条件によって、テスト得点が異なるか」 ・テスト提示条件による有意差は見られなかった。よって、時間延長、ル ビをつければ、母語で受験した場合と同程度のテスト成績を出せるか もしれない。 ・テスト提示条件間で信頼できる中程度の相関関係があったことから、 母語で得点の高い人は日本語でも得点が高い傾向があると言える。 母語で成績の悪い人はL2でも成績が悪い。 ・専門知識だけでなく日本語力についても、個人差があり、言語知識と 専門知識が複雑に関係していることを示唆している。 表8 L2看護師と、L1看護師およびL1学生の比較 テスト提示条件 テスト問題の種類 グループ間比較の結果(Student-t検定による) L2時間延長 全体 L1学生 < L2看護師 < L1看護師 必修一般問題 L1学生 < L2看護師 < L1看護師 状況設定問題 L1学生 ≦ L2看護師 < L1看護師 全体 L1学生 < L2看護師 < L1看護師 必修一般問題 L1学生 < L2看護師 < L1看護師 状況設定問題 L1学生 ≦ L2看護師 ≦ L1看護師 L1学生 < L1看護師 全体 L1学生 < L2看護師 < L1看護師 必修一般問題 L1学生 < L2看護師 < L1看護師 状況設定問題 L1学生 ≦ L2看護師 < L1看護師 L2ルビ付き L1 注 L2看護師についてはL2=日本語、L1=インドネシア語を、L1看護師、L1学生についてはL1=日 本語を示す。 質問2 「L2看護師は、L1看護師、L1学生と比べてテスト得点が低いか」 ・ L2看護師は3つの条件でL1看護師よりも低く、L1学生よりも高い得点 であったので、看護知識が反映されたと言える。 ・ L2看護師は母語で受験した場合でもL1看護師と比べて有意に得点が 低かったので、日本における看護知識が不十分と言える。 ・ 問題種類別では、状況設定問題ではL2看護師はL1学生と比べても同 程度の成績であったことから、実践の場に必要な専門知識を十分に もっていないと言える。 ・ ルビ条件での状況設定問題ではL2看護師はL1看護師と比べて有意差 がなかったことから、ルビがあれば、解答しやすくなると言える。 6.結論 ・ インドネシア人看護師は、一般日本人と比べれば、高度な 専門知識をもっているが、日本人看護師と比べると劣ってい る。それは、試験問題を母語に翻訳したり、テスト時間を延 長したりして補えるものではないようだ。 ・ 看護専門知識の実態を把握した上で、適切な教育的措置を 検討すべきであろう。 ・ 国家試験を受験する時間的猶予と機会の増加も検討すべき であろう。 ・ 国家試験の問題文の日本語を簡潔で理解しやすい平易なも のにするべきであろう。 参考文献 系統看護学講座編集室(2009)『2010年版 系統別看護師国家試験問題-解答と解説』 医学書院 国際交流基金・日本国際教育支援会(1994)『日本語能力試験—出題基準[改訂版]』凡人社 Carrell, P. L., Devine, J., & Eskey, D. E. (1988) Interactive approaches to second language reading. New York, NY: Cambridge University Press. Barry, S., & Lazarte, A. A. (1998) Evidence for mental models: How do prior knowledge, syntactic complexity, and reading topic affect inference generation in a recall task for nonnative readers of Spanish? The Modern Language Journal, 82, 176-193. Horiba, Y. (1993) The role of causal reasoning and language competence in narrative comprehension. Studies in Second Language Acquisition, 15, 49-81. Horiba, Y. (1996) Comprehension processes in L2 reading: Language competence, textual coherence, and inferences. Studies in Second Language Acquisition, 18, 433-473. Horiba, Y. (2000) Reader control in reading: Effects of language competence, text type, and task. Discourse Processes, 29, 223-267. Horiba, Y. (2010). Word knowledge and its relation to text comprehension: A comparative study of Chinese- and Korean-speaking L2 learners and natives speakers of Japanese. The Modern Language Journal. Kintsch, W. (1998) Comprehension: A paradigm for cognition. Cambridge, UK: Cambridge University Press. Koda, K. (1993) Transferred L1 strategies and L2 syntactic structure in L2 sentence comprehension. The Modern Language Journal, 77, 490-500. Koda, K. (1996) L2 word recognition research: A critical review. The Modern Language Journal, 80, 450-460. Koda, K. (2005) Insights into second language reading: A cross-linguistic approach. New York: Cambridge University Press. Lee, J. W., & Schallert, D. L. (1997) The relative contribution of L2 language proficiency and L1 reading ability to L2 reading performance: A test of the threshold hypothesis in an EFL context. TESOL Quarterly, 31, 713-739. Nassaji, H. (2002) Schema theory and knowledge-based processes in second language reading comprehension: A need for alternative perspectives. Language Learning, 52, 439-481. Perfetti, C. A., Liu, Y., & Tan, L. H. 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