第15章 金融危機と貸し渋り

第15章
金融危機と貸し渋り
銀行の経営破綻(p.264)
• 銀行にかぎらず、「法人」が倒産した場合、そ
の「法人」の資産は、株主より先に債権者(銀
行の場合は、預金者と銀行への融資者)に配
分されなければならない。この補償の順位が
守られるように、銀行資産のうち回収のでき
ない「不良債権」が増加した場合には、銀行
の「資産」から「負債」を引いた差額として定
義される「自己資本」が、「資産」が減少した
分だけ、つまり「不良債権額」だけ減らされる。
会計のABC
(貸借対照表、Balance Sheet)
法人A
資産
Assets (A)
負債
Liabilities (L)
資本
Capital (K)
• 資産とは、その法人が
持っている所有物(現金・
預金・機械・工場・土地な
ど)
• 負債とは、その法人が支
払わなければならない借
金
• 資本は法人の(清算)価値
• 黄金則:K=A-L
銀行をつくる(1)
久松銀行
資産
Assets (A)
負債
Liabilities (L)
現金20万円
0円
資本
Capital (K)
20万円
• 黄金則:K=A-L
• まず久松さんは現金20万
円出して久松銀行をつくり
ます。
銀行をつくる(2)
久松銀行
資産
Assets (A)
現金120万円
現金20万円
負債
Liabilities (L)
預金100万円
0円
資本
Capital (K)
20万円
• 黄金則:K=A-L
• まず久松さんは現金20万
円出して久松銀行をつくり
ます。
• 鈴木さんが久松銀行に
100万円預金をします。
銀行をつくる(3)
久松銀行
資産
Assets (A)
現金120万円
負債
Liabilities (L)
預金100万円
預金200万円
融資100万円
資本
Capital (K)
20万円
• 黄金則:K=A-L
• まず久松さんは現金20万
円出して久松銀行をつくり
ます。
• 鈴木さんが久松銀行に
100万円預金をします。
• 久松銀行は佐藤さんに
100万円貸します。
銀行が儲ける
久松銀行
資産
Assets (A)
現金120万円
現金230万円
負債
Liabilities (L)
預金200万円
融資100万円
資本
Capital (K)
30万円
20万円
• 佐藤さんが融資を利子10
万円付きで返してくれる。
• K=A-L
銀行をやめる
久松銀行
資産
Assets (A)
現金120万円
現金
現金220万円
20万円
負債
Liabilities (L)
預金200万円
融資100万円
資本
Capital (K)
20万円
• 久松銀行をやめることにし
ました。
• 佐藤さんから100万円を現
金で返してもらいます。
• 預金者に200万円を現金
で返します。
• 久松さんは資本分の20万
円を取り戻します。
• これで銀行は清算されま
した。
不良債権とは?(1)
久松銀行
資産
Assets (A)
現金120万円
負債
Liabilities (L)
預金200万円
融資100万円
資本
Capital (K)
20万円
• 佐藤さんに貸した融資100
万円が満額で戻ってこな
い場合には不良債権と言
います。
• さて、融資100万円のうち、
何万円まで戻ってくれば預
金者に200万円満額払う
ことができるでしょうか?
• 80万円です。
銀行の経営破綻
• 銀行にかぎらず、「法人」が倒産した場合、そ
の「法人」の資産は、株主より先に債権者(銀
行の場合は、預金者と銀行への融資者)に配
分されなければならない。この補償の順位が
守られるように、銀行資産のうち回収のでき
ない「不良債権」が増加した場合には、銀行
の「資産」から「負債」を引いた差額として定
義される「自己資本」が、「資産」が減少した
分だけ、つまり「不良債権額」だけ減らされる。
不良債権とは?(2)
久松銀行
資産
Assets (A)
現金120万円
負債
Liabilities (L)
預金200万円
融資 90万円
融資100万円
資本
Capital (K)
10万円
20万円
• 佐藤さんへの融資が実際
には90万円しか戻ってこ
ないことが確実に予想さ
れる場合には、(貸倒引当
金を10万円積んで)融資
の時価評価90万円としま
す。
• 資本は10万円になります。
• K=A-L
銀行の経営破綻
• 銀行にかぎらず、「法人」が倒産した場合、そ
の「法人」の資産は、株主より先に債権者(銀
行の場合は、預金者と銀行への融資者)に配
分されなければならない。この補償の順位が
守られるように、銀行資産のうち回収のでき
ない「不良債権」が増加した場合には、銀行
の「資産」から「負債」を引いた差額として定
義される「自己資本」が、「資産」が減少した
分だけ、つまり「不良債権額」だけ減らされる。
銀行の経営破綻
• 「自己資本」は株主に帰属する資産だから、
株主の取り分の減少を反映して、このとき株
価は下落するだろう。「不良債権額」が増加し
て、ついに、「自己資本」がマイナスという「債
務超過」になれば「経営破綻」が宣告されて、
株主はただの紙切れになる。
債務超過
久松銀行
資産
Assets (A)
現金120万円
負債
Liabilities (L)
預金200万円
融資100万円
資本
Capital (K)
20万円
• 総負債額が総資産額を超
えることを債務超過と言い、
このことはK=A-Lを考える
と資本がマイナスになるこ
とです。
• さて、融資100万円のうち、
何万円未満しか戻ってこ
なかったら債務超過にな
るでしょうか。
• 80万円です。
不良債権の増加
• 不良債権が増加すると、株価は下落する
• これは銀行経営の悪化を示すシグナルとなる
• すると、「株価の下落」が「預金引き降ろし」の
引き金となる。
• 銀行側からすると、「預金引き降ろし」の急増
に応じるためには銀行間預金(コール・ロー
ン)の借入で対応するしかない。
• 拓銀、長銀の例(p.265)。
カロミリス=メーソン(1997)
• 「株価の下落」・「預金の引き降ろしとコール
借入の急増」が、銀行倒産の予兆。
• 日本の事例でも確認される。
• 日本で起こった銀行の経営破綻の場合でも、
市場は経営情報にもとづき、危険な銀行を選
別していた。
「貸し渋り」
• 銀行が資金詰まりになることを恐れ、貸付(融
資)を回収して、流動性の高い資産(国債な
ど)に持ち替えようとした結果、中小企業の倒
産が増える一方で投資が激減した。
• これと同じことが70年以上前の米国の大恐
慌の時にも起きた。
米国の経験(1)
• 第一次世界大戦後のイギリスの悩み=自国
通貨ポンドと金価格の交換レートが信用され
ない。
• 多くの投資家がポンドを売って金を手に入れ、
さらにドルに投資をした。
• 米国の中央銀行はドル資産の魅力を減らす
ために、金利(公定歩合)を下げた。
• そこで、バブルが起きた。
米国の経験(2)
• バブルに対する国民の道徳的な怒りが爆発
した。
• 公定歩合を1928-29年に引き上げてバブル
を退治=株価が大暴落。
• 「清算主義」の横行!
• 日本銀行三重野総裁:「バブルなど崩壊した
ほうが、長期的には景気のためになる」
1931年の金融危機
• 信用危機が世界的に波及。
• アメリカの問題ではなく、全世界的な問題に
なった。
• 銀行経営と景気の関係
– 投資が円滑に行われるためには銀行が重要な
役割を果たしている。
銀行の重要性
• 「大企業」はいろいろな資金の調達手段があ
る(株式、社債、銀行融資)。
– その理由は、この企業が優良か不良か、よく知ら
れているからである。パブリックな情報。
• 「中小企業」や「家計」は優良か不良かよく知
られていない。
– そこで、「所得や資産」などのプライベートな情報
を使って、貸すか貸さないか決める銀行融資が
重要になる。
銀行の経営危機…
• 銀行は不安を感じると、資産をより流動的な
ものに替えようとする。融資を引き上げ、国債
などを買う。
• これが「貸し渋り」の原因になる。
• すると、他から借りることのできない「中小企
業」や「家計」が困る。倒産する。
• そこで、景気がさらに悪くなる。
さらに、資産の担保価値減少
• さらに、土地や資産の価格が景気悪化により
低下すると、それが融資の危険性を増すので、
銀行はより厳しく借り手を選別する。
• この借り手の選別は、リスク・プレミアムの上
昇に現れる。より危険そうな貸し手により高く
金利を上乗せするという行動である。
• 金融危機は不況の深刻化につながる。
• 以上、p.270まで。
金融危機と金融政策(p.271-)
• 「貨幣供給量」に注目する
• 「貨幣(M1)」=「現金」(中央銀行)+「当座預
金」(市中銀行)
• 「マネタリー・ベースorハイパワード・マネー」
=「現金」+「市中銀行の中央銀行への預
金」
• 米国の1930年代大恐慌において、「マネタ
リー・ベース」は上昇、「貨幣」は減少。
当座預金の減少
• 当座預金とは、企業や個人が決済のために
銀行に預ける預金のことである。
• その減少の理由は、
– ①<預金者側の理由>銀行の倒産の急増→預
金不安→「当座預金」の引き降ろし
– ②<銀行側の理由>「取り付け騒ぎ」の頻発→
用心のために「現金準備」を増加→銀行の融資・
預金の創造が減少→当座預金の減少
マクロ経済学の「常識」
• マクロ経済学の「常識」
– 「貨幣供給量」の減少→景気後退
– 「貨幣供給量」の増加→景気拡大
• ところが、この常識に疑問を持つ「経済理論
家」もいる!
• 貨幣供給量は「実物経済」に影響を与えず?
実物経済=real economyの訳
• 「貨幣供給量」が「実物経済」に影響を与えな
いという一つの例:デノミネーション
• 100円=1new円とし、1円を1銭とするような
デノミネーション(denomination)を行ったとす
る。2368円=23円68銭
• 何か変わる?実質的な意味で給料が下が
る?上がる?生産が上がる?下がる?
• 何も変わらないですよね。
貨幣を増発して名目貨幣供給量を10
倍にする金融政策の効果
• もし、人々がこの金融政策によって、全ての
価格(つまりは物価)を10倍にすることだけで
調整すれば、生産には全く変化が生まれない。
• ここで重要なのは、、、
• 人々(民間)の予想(expectation)です。
• 「物価だけが10倍になる」という(均衡)状態
が予想されれば、この「合理的」予想に従って
人々が行動すると、実際にこの状態が実現す
る。
「予想」が違えば、結果も異なる!
• ルーカス(1972):ノーベル経済学賞
• 企業はすぐに物価の情報を利用できない。利用でき
るのは自分の身の回りの価格変化である。
• もし価格が上がったとすると、、、
– 理由①金融政策の効果
– 理由②当該産業への需要のシフト(人気上昇)
• ①⇒生産不変、②⇒生産上昇
• 金融政策をして、企業が②と誤解すると生産が増え
てしまう!
誤解が無い場合
• 「複数均衡(multiple equilibria)」
• 「高生産水準の均衡状態」と「低生産水準の
均衡状態」とあるとする。
• 行動の調整の仕方によって、そのどちらかが
実現するのなら、金融政策は「高生産水準の
均衡状態」を実現させるのに役に立つかもし
れない。
名目賃金の下方硬直性
• 貨幣供給量の変化が実物経済に影響を与え
るためには一つの条件が必要になる。
• 実物経済は「完全雇用」が最大の生産量にな
る(全ての資源が有効利用される状態)。
• とすると、「完全雇用」が満たされない状態で
ないと、実物経済における生産を更に増やす
ということはできないはずである。
• 「完全雇用」が満たされない=失業
名目賃金の下方硬直性
• 名目賃金の下方硬直性は、失業を説明する
一つの理由である。
• 賃金が高いと、企業は人を雇わない⇒失業
• では、賃金は下がるものか?
• カーン(1997)の研究によれば、やはり名目賃
金が下がる場合は少なく、不変である場合が
多い。
米国企業はなぜ賃金カットをしない?
• キャンベル=カムラーニ(1997)
• 『もしも、名目賃金をカットすると、より能力の
高い労働者から先に「退職」してしまう可能性
が高いが、解雇(レイオフ)をすれば、能力の
低い労働者から選ぶことができる』
• 賃金を下げるときに、能力の高い労働者の賃
金も下げてしまう可能性が高い!そこで、
「質」を検査して、解雇を行おうとする。
「名目賃金の下方硬直性」と「金融政
策の効果」
• 名目賃金が下がりにくい経済においては、貨幣供給
量の減少は、一方で生産物価格(自動車の価格)を
下げるが、他方では自動車工場の工員の賃金は下
がらないので、自動車工場の工員が得る「実質賃
金」(賃金で購入することができる財・サービスの量)
が上昇する。
• つまり、企業にとっての労働者の費用が上昇するこ
とになるので、企業は費用を減らすために雇用を減
らそうとする。
• 雇用減少⇒景気後退
景気停滞の長期化
• しかし、景気停滞が10年間も長期化すれば、
企業は名目賃金を調整しようとするだろう。
• ということは、10年間も継続する景気停滞の
説明としては、「名目賃金の下方硬直性」は
不十分ということになる。
• 景気停滞の長期化を説明する鍵は、金融危
機の経済理論だ!
金融危機が景気後退を長期化させる
• バーナンケ=ガートラー(1990)
• 株価や地価の下落⇒企業の資産の価値が下
落⇒企業側は倒産しても失うものが小さくな
る⇒企業はより賭けを好むようになる⇒銀行
側はあまり貸したくなくなる(貸し渋り)⇒あま
りに金利が高くなると、企業は全く投資が行
えなくなる⇒不況の継続
• 不況からの脱出のためには、企業の持つ資
産価値の回復が必要
企業の持つ資産価値の回復
• 企業の救済、銀行の救済
• ところが、「救済」をすると経営が下手な企業
が生き残るかもしれない?
• 銀行への資本注入
• ダイエーやカネボウなどの企業救済
長期にわたる景気の「連鎖反応」
• 清滝=ムーア(1997)
• 第一期:ショック=企業の資産価値低下⇒地
価下落
• 第二期:第一期の地価下落⇒投資の低下⇒
更に景気後退
• 第三期:(繰り返し)
• 連鎖反応!
長期の景気停滞からの脱出策
• 企業の持つ資産価値を増加させる
• その一つの方策として、中央銀行の拡張的な
金融政策がある。銀行や企業への直接的・
間接的な援助⇒企業のもつ資産価値を増加
させる⇒投資拡大
• 拡張的な金融政策の効果は実際どうなの?