事例研究(ミクロ経済政策・問題分析 III) - 規制産業と料金・価格制度 (第5回 – 実例(2) 地方公営企業・工業用水事業) 2010年 5月19日 戒能一成 0. 本講の目的 (手法面) - 計量経済学の知識を使わない簡易分析手法を 理解する - 公営企業の経営効率化の場合の「費用・便益分 析」の応用手法を理解する - 特に費用の分析手法を理解する ( 停電・断水 ) (内容面) - 典型的な規制料金制度(固定支払料金制度: 通称“使い放題料金“制度)の問題を理解する - 経営効率化による経済厚生改善効果を理解する 2 1. 地方公営企業の概要 1-1. 地方公営企業とは - 地方公共団体(都道府県・市町村)が、地方公 営企業法などに基づき経理区分して内部部局 (企業局・交通局など)で直接運営する事業 - 2007年度末時点で総事業数 9,210のうち、 約65%が水道事業、約7%が病院事業であり、 他の事業は相対的に少数である - 事業は完全独占型( 上下水道・工業用水道 )と 官民競合型( 病院・交通など )に分けられる 3 1. 地方公営企業の概要 1-2. 地方公営企業の概況 (2007FY) 経常収益 経常利益 人員数 上水道 3.16兆円 +0.26兆円 5.5万人 下水道 1.47 +0.04 3.5万人 工業用水0.16 +0.02 0.2万人 病 院 4.00 ▲0.21 22.9万人 交 通 0.80 +0.05 3.0万人 都市ガス 0.10 ▲0.01 0.1万人 その他 0.80 +0.20 2.1万人 合 計 10.48 +0.34 37.6万人 累積損失 . ▲0.13兆円 ▲0.21兆円 ▲0.06兆円 ▲2.00兆円 ▲2.26兆円 ▲0.05兆円 ▲0.24兆円 ▲4.94兆円 4 1. 地方公営企業の概要 1-3. 地方公営企業の経営形態 運営組織 最終意志決定 適用法規 株式会社 株主資本 増資・社債 ・民間借入 取締役会 株主総会 会社法 損失処理 減資・清算 資本金 資金調達 地方公営企業 . 県・市町村出資 地方債(企業債) 又は公庫借入 県・市町村(管理者) 県・市町村議会 地方公営企業法 及び事業条例 積立金取崩・繰越 5 1. 地方公営企業の概要 1-4. 地方公営企業の経営上の問題点 - 「経営効率化の具体的動機が希薄」であること 過大人員・過大給与 (ex 病院・交通) 過大先行設備投資 (ex 都市ガス・水道) (2007FY) 上水道 下水道 病 院 交 通 都市ガス 民間企業 (な し) (な し) 36.1% 約32.0% 14.2% 地方公営企業 . 15.2% 10.0% 46.1% 35.1% 11.2% 6 1. 地方公営企業の概要 1-5. 地方公営企業の経営改革 - ’90年代中盤から、地方公共団体の財政逼迫を 背景に経営改革の動きが活発化 - 総務省においても制度整備・ガイドラインなどを 通じ経営効率化を地方公共団体に「要請」 (制度整備) - PFI: Private Finance Initiative 制度(1999) - 指定管理者制度・地方独法制度(2003) (ガイドライン等) - 「地方公営企業の経営総点検」(2004) - 「地方行革指針」(2005・2006改) 7 1. 地方公営企業の概要 1-6. 新潟県企業局の経営改革の事例 - 新潟県企業局では 2005年に自律的に「経営改 革プログラム」を策定・公表し実行 新潟県企業局 中期業務計画&集中改革プラン 2005-2009年度の 5ヶ年 工業用水道事業・電気事業(水力 発電)(工業用地造成事業除外) (評価組織) 内部委員会による年度評価 ・ A-Cの平易な3段階評価を 実施し結果を一般公開 (策定主体) (位置付け) (計画期間) (対象事業) 8 2. 工業用水事業と固定料金制度の概要 2-1. 工業用水事業の概要 - 工業用水事業は現状ではほぼ全事業公営企業・ 全事業地域独占で供給 - 歴史的には地下水汲上による地盤沈下対策や 大規模工場誘致のため、1960年代前後に地方 公共団体が整備したものが多い - 現在 154事業により約 6,400事業所に日量1200 万m3を供給するが、実質稼働率は 40%程度 赤字ではないものの経営は低迷状態の事業多 - 事業規制法は「工業用水道事業法(1958)」 ( 財務経理面では 地方公営企業法(1952)」 ) 9 2. 工業用水事業と固定料金制度の概要 2-2. 工業用水事業の特性 - 工業用水事業は可変費比率が小、「固定費の塊」 (電気・都市ガス 20-30% vs. 工業用水 10%以下) 電気・都市ガス・工業用水事 業費用構成比較 ( 2003年度 ) 総収入=100 ダ ム 100 河 川 90 (薬剤) 浄水場 導水路 取水堰 80 操業可変費 原燃料費 他操固費 修繕費 人件費 減価償却費 帰属利払費 公租公課 70 60 50 40 30 (汚泥) ポンプ場 (電力) 配水池・槽 幹線導管 20 需要家 10 0 電気事業 都市ガス 工業用水 工業用水道事業 供給管 10 2. 工業用水事業と固定料金制度の概要 2-3. 工業用水の料金制度 - 「責任水量料金制度」 (固定“使い放題”料金) 契約水量迄は使い放題であるが、使わなくても 支払額は一定 契約水量を超えると超過料金(50-100%)賦課 料 金 P 支払額一定 (= Pc x Qc ) 平均料金 Pavg 契約料金 Pc 0 契約水量 Qc 数 量 Q 11 2. 工業用水事業と固定料金制度の概要 2-4. 固定料金 vs. 固定従量2部料金 - 固定料金: 携帯電話(一部)・都市ガス床 暖房約款・工業用水など - 固定従量2部料金: 電気・都市ガス・固定電話・携 帯電話(一部)・上下水道など 料 金 P 支払額 PAY 固定従量2部料金制 支払額 PAYfv(q) = Pf + Pv x q 料金 Pfv(q) = Pf / q + Pv ∂ PAYfv(q) / ∂q = Pv ⊿ 2部料金制 従量料金 Pv 固定料金制 契約料金 Pc 固定料金制 支払額 PAYf = Pc x Qc (一定) 料金 Pf(q) = (Pc x Qc) / q ∂ PAYf / ∂q = 0 2部料金制 従量料金 Pv 0 固定料金制 契約量 Qc 数 量 Q 数 量 Q 12 2. 工業用水事業と固定料金制度の概要 2-5. 固定”使い放題”料金の性質(1) - 需要が増えるにつれ消費者余剰は急拡大 ← 契約上限迄需要を上方誘導する効果がある (水資源開発、電波割当、LNG最低支払取引・・) 固定従量2部料金制度 料 金 P D02 固定”使い放題“料金制度 料 金 P D02 平均料金 Pfv 平均料金 Pf D01 D01 Pf2 X1 Pfv1 Pfv2 X1 X2 需 要 D1 0 Q1 X2 Pf1 需 要 D2 Q2 0 需 要 D2 需 要 D1 Q1 Q2 数 量 Q13 2. 工業用水事業と固定料金制度の概要 2-6. 固定”使い放題”料金の性質(2) - 逆に需要が減ると極端に消費者余剰が減少する が生産者余剰は不変、死加重が大きく増加 ← 典型的な独占価格「量的差別対価」 固定従量2部料金制度 料 金 P D01 固定”使い放題“料金制度 料 金 P D01 平均料金 Pfv 平均料金 Pf D02 D02 (死加重) DWL 増加 Pf2 X2 Pfv2 Pfv1 X2 X1 需 要 D2 0 Q2 X1 Pf1 需 要 D1 Q1 0 需 要 D1 需 要 D2 Q2 Q1 数 量 Q14 2. 工業用水事業と固定料金制度の概要 2-7. 固定”使い放題”料金の性質(3) - 固定“使い放題”料金は、競争が有効に機能して いる場合にのみ正当化が可能 ← 固定料金間での競争により社会的余剰拡大可 固定”使い放題“料金制度と需要減の場合の余剰変化 料 金 P 需 要 D1 料 金 P 平均料金 Pf 需 要 D1 平均料金 Pf 消費者余剰急減 需 要 D2 生産者余剰不変 平均費用 AC X2 Pf2 X1 Pf1 0 X1 Pf1 Q2 Q1 0 Q1 数 量 Q15 2. 工業用水事業と固定料金制度の概要 2-8. 固定”使い放題”料金と新技術普及の問題 - 固定“使い放題”料金は、需要家側の省エネ・省 資源に関する新技術普及を阻害する性質有 ← 需要側節約動機欠如・新技術切替費用増加 ~1980年代の工業用水利用形態 工業用水 (固定料金) 工業用水(使用量減少) (固定料金) 生産工程 排水処理施設 放流排水 現代の工業用水利用形態 生産工程 高度排水処理施設 汚 泥 放流排水 (水質基準・総量規制強化) ⇒ 放流可能量減少 再生水を利用し ても工業用水代 は変わらない !? 再生水利用 汚 泥 ( 排出増加 ) 16 3. 公営企業の経営改革と費用便益評価 3-1. 新潟県企業局経営改革プログラム(2005) (工業用水事業: 事業規模 17億円) - 増収対策: 新規需要開拓 - 費用対策: 保守管理業務等外部委託導入 (水力発電事業: 事業規模 47億円) - 増収対策: 貯水池管理強化による発電増加 - 費用対策: 要員の集中化・事務所の統合 ← いずれの事業も設備関連費用は短期的に削 減が困難なため、通常は非常に困難とされる 人件費の削減に着手 17 3. 公営企業の経営改革と費用便益評価 3-2. 公営企業の経営改革の費用便益評価 - 経営改革の実施内容が明確 ← 実施内容に関連する項目以外の変化は「外 部要因」として全部除去可 (ex 大規模補修) - 経営上・技術上重要な情報が比較的入手容易 ← 実施内容に影響を与える「外部要因」の時期・ 程度を特定・識別可 (ex 団塊世代一斉退職) - 投資の変化を伴うことは稀 (経費節減型が多い) ← 複雑なシミュレーションをする必要なし ← 単純平均値の前後比較で評価可能な場合多 18 3. 公営企業の経営改革と費用便益評価 3-3. 新潟県企業局の経営改革の費用便益 (工業用水事業) - 便益: 新規需要開拓による余剰拡大 外部委託による経費節減 (← 規制料金の「分配問題」注意) - 費用: 外部委託による「断水」リスク増加 (← 需要家の外部費用) (水力発電事業) - 便益: 発電量増加による余剰拡大 事務所統合による経費節減 - 費用: 事務所統合による「停電」リスク増加 19 3. 公営企業の経営改革と費用便益評価 3-4. 公営企業の経営改革対応モデル 経済厚生の向上 外的要因 需要増加鈍化 供給費用低下 供給費用低減努力 新規需要開拓 長期金利低下 (生産者余剰増加) 経費節減他 原燃料費変化 経営体質の強化 経営余力の変化 (赤字事業) 政府赤字補填の減少 経営改革(’05~) 経済厚生の向上 競争への対応 料金・価格引下努力 料金・価格変化 20 3. 公営企業の経営改革と費用便益評価 3-5. 新潟県企業局の経営改革の便益評価(1) - 工業用水で明確な新規需要拡大の効果を観察 低迷していた契約率の回復・向上 契約水量の増加により 184百万円/年余剰拡大 新 潟県 工 業 用水 道 事 業契 約 水 量・契 約率 推 移 x1000m3 契約 率 (契 約水量 /設 備容量 ) 120000 契約料金 Pc (\/m3) 0.74 設備容量 0.72 100000 契約需要 214 0.70 80000 契約水量 0.68 60000 20000 工業用水道料金 設備 容量 契約 水量 消費者余剰 年 179百万円相当増 生産者余剰 年 5百万円相当増 0.66 実給水量 40000 (上水道料金 ) 0.64 契約率 → 実給 水量 24 19 供給費用 0.62 契約 率 (右 軸) 0.60 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 0 0 65292 66234 + 942 契約数量 Qc (1000m3) 21 3. 公営企業の経営改革と費用便益評価 3-6. 新潟県企業局の経営改革の便益評価(2) - 人件費削減については、工業用水では一時増の ため効果なし、水力発電事業では約25%減 ← 支所統合で人件費減を実現、生産者余剰増加 新潟県工業用水道事業費用-料金推移 \/実給水m3 @2000年度実質 ( 総供給費用 ) 55.00 50.00 45.00 40.00 35.00 人件費(除退職) 減価償却費 修繕費(補正済) 分担金 他操業固定費 可変費 退職金 利払費 大規模修繕費 実質料金(折線) 新潟県電気事業費用-価格推移 \/kWh @2000年度実質 ( 総供給費用 ) 10.00 9.00 8.00 人件費(除退職) 減価償却費 修繕費(補正済) 分担金 他操業固定費 可変費 退職金 利払費 大規模修繕費 交付金 売電価格 (折線) 7.00 6.00 30.00 5.00 25.00 4.00 20.00 2.00 5.00 1.00 0.00 0.00 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 10.00 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 3.00 15.00 22 3. 公営企業の経営改革と費用便益評価 3-7. 新潟県企業局の経営改革の費用評価 - 工業用水の断水の評価については、過去の断水 に関する詳細な情報がないため、評価期間内に 起きた断水が全て費用と仮定 (断水量率0.02%) - 断水拡大被害(外部費用)は以下により推計 (第三次産業: 上水代用可) 拡大被害 = 上水道による代替費用 (第二次産業: 上水代用不可: 生産停止) 拡大被害 = 発生率 x 供給先時間当付加価値 ← 年間推定被害額を約 2百万円/年と評価 - 水力発電事業では有意な停電確率の増加なし 23 4. 結果の整理 4-1. 新潟県企業局の経営改革の費用便益評価 - 工業用水事業: 主に新規需要開拓が成功 (便益) 消費者余剰変化 +179百万円/年 生産者余剰変化 + 5百万円/年 (費用) 断水リスク変化 △ 2百万円/年 - 水力発電事業: 主に人件費減が成功 (便益) 消費者余剰増 +279百万円/年 (値引) 生産者余剰増 + 97百万円/年 (費用) 停電リスク増 ( 軽微・観察不能 ) ← 両事業とも明らかに便益大、顕著な成果を確認 24 4. 結果の整理 4-2. 新潟県企業局の経営改革の課題 - 工業用水事業については、規制料金(固定料金) のため、今後の人件費低減分などの費用低下分 が消費者余剰に反映されない → 現状の累損解消の目処が立った段階において、 料金引下げなど消費者余剰改善対策が重要 - 水力発電事業については、現状の卸供給価格が 環境価値(CO2非排出性など)を反映していない (\9/kWh)ため、競争入札や卸電力取引所売却な ど価格交渉力強化・供給先多角化が重要 25
© Copyright 2024 ExpyDoc