ADRの機能とその射程 -紛争の解決から予防・管理へ- 大阪大学大学院法学研究科 福井康太 0.はじめに 社会構造の変容と法的空間 法の作動する空間の変容 グローバル化、市場化、公私の枠組変容 紛争の多様化 構造改革と司法制度改革 行政による事前規制の後退 私的自治の質を確保する枠組の変容 これまで行政の事前規制が可能にしてきた 高質の私的自治をどのようにして維持するか 1.変化が可視的にしたこと 三つの型のコミュニケーションの関係 法的論証 コミュニケーションA コミュニケーションC 人々の日常的活動 コミュニケーションB 紛争 3種類のコミュニケーションの交錯 ①コミュニケーションAとB =司法による紛争解決 法律家の関心は こちらに傾きがち ②コミュニケーションAとC =司法による秩序維持 ③コミュニケーションBとC =紛争を通じた関係変動 司法による紛争解決(AとB) 紛争に適切に介入し、解決を図ることによっ て、人々は紛争に無駄なエネルギーを費や すことなく日常の活動を行うことができるよう になる。 個別の紛争にあわせて個々別々の解決を提 供していてはルールの貫徹ができない 司法による秩序維持(AとC) 司法が社会一般に向けてルールを明らかに することで、ひとびとは明示的なルールに 従って活動することができるようになり、トラブ ル・コストを減らすことができる。 紛争解決への影響:ルールに縛られた紛争 解決しかできなくなり、個々の紛争の特性に 応じた解決が困難になる 司法のアポリア • ルールの貫徹を重視すれば紛 争解決が困難になる。 • 紛争解決を重視すればルール の貫徹が疎かになる。 アポリアの克服のためには、紛争 対応を司法とは異なる観点から問 題にすることが必要 紛争を通じた関係変動(BとC) そもそも紛争は、膠着したルーティーンな日常 に変動をもたらすファクターである。 「紛争を通じた関係変動」は紛争の社会的機 能として肯定されるべきである。 ↓ 一種のマネジメントの視点から紛争に対処する ことが必要 ↓ ADRの可能性をここから考え直してみる 紛争と共存する仕組みとADR ADRには紛争解決のみならず、紛争の予防 や管理といったことも可能である。 ADRが紛争の予防や管理の役割を適切に 果たすことで、トラブルによって生じる社会的 コストは大幅に減少する。 マクロ・レベルでみれば、ADRは社会変動の クッションとしての役割を果たす。 2.ADRの役割とその裾野 従来型のADR観 • 和解・仲裁による、迅速・安価な 紛争解決 • 司法の紛争解決機能の補完 ↓ 権利義務に基づく事後的解決の 域を出ない ADR観の拡張の必要性 • ADRは、単に紛争を解決するば かりでなく、紛争との共存を可能 にするインフラとして理解すべきで ある。 • コミュニケーションのあり方の反省 を促し、関係の調整を図るという 機能が重要である。 • ADRは多様な紛争対応支援を行 う機関たりうる。 紛争の予防支援 紛争はミクロコンフリクトの連続体であり、明示 的な紛争が発生する以前にも、このミクロコン フリクトは存在している。 当事者はADR機関などから必要な情報を得る ことで、こうしたミクロコンフリクトに適切に対処 することができる。ミクロコンフリクトに適切に対 応することができれば、関係が明示的な紛争 にまでこじれることを防げる。 ex. ある加工食品の原産地について不安を感じた人が 消費者ADRから情報を取得して食品メーカーに苦情を言い、 原産地を明らかにさせた。 紛争への早期対応支援 紛争は、早めに手を打つことができれば、 深刻な状態にならないうちに、比較的に 容易に解決に至ることができる。しかも、 問題を周囲に波及させないで済ませる ことができる。 ex. ある会社でパワーハラスメントが繰り返され、従業員であ る被害者が都道府県労働局の総合労働相談窓口に駆け込 んだ。労働局は、被害者からじっくりと話を聞き、使用者に対 して適切な対応を助言し、会社側もこれを受け入れ、加害者 を処分する等を行い、穏便な解決が実現された。 段階に応じた多様な解決支援 ADRを通じて和解による紛争解決が実 現される場合、段階に応じた多様な紛争 解決ツールが提供され、比較的にしこり の残らない円満な解決に至る場合が多 い。 ex. 医療過誤による医師と患者のトラブルで、ADR機関の 初期段階の和解仲介が功を奏し、医師は率先して事実を明 らかにし、ADR機関の示した相場で和解金を支払うことを約 束した。医師自身が進んで和解の実現に協力し、実際にす ぐに和解金の支払いも行われたので、患者と医師との間に はほとんどしこりは残らず、円満な解決が実現した。 心理カウンセリングとの協働 ADR機関は当事者の感情に配慮し、とりわ け、紛争に関連してメンタルな問題を抱えて いる当事者にきめの細かいケアを施しながら 解決を模索することができる。 ex. 職場トラブル専門のADR機関が、職場でいじめを受け、 鬱症状を呈するようになったクライアントにケアを施す一方、 専門家の指導のもとに会社に職場復帰のためのプログラム を作成させるなどして紛争解決支援を行うような場合。 技術等専門家との協働 ADR機関は、技術的な判断やアドバイスが 必要な場合に、その道の専門家を交えた紛 争解決方式をデザインすることで、当事者の 専門的ニーズに応えていくことができる。 ex.ある建物の構造強度の評価が紛争の核心となっている場 合に、構造設計を専門とする一級建築士のアドバイスを受 けながら合意を模索し、補修工事と代金減額を内容とする 和解で解決を図ったという場合。 3.交渉メディアとしての法 権利のあり方の多様化 • 権利の内容はその実現手段に よって規定される。 • 司法が実現する「法律効果とし ての権利」の手前に、様々の中 間的実現形態が存在しうる。 ↓ 権利のあり方の多様化? 非・法化/反・法化? 権利を規定する法の二つの機能 基準としての法 何が権利(利益、法益)として保護され、また保護されないかを画する基準として の機能 交渉メディアとしての法 関係当事者が対話するための最小限の共通前提を作り出し、交渉を通じて調整 すべき問題を明らかにし、自律的調整を促進する交渉メディアとしての機能 →二つの機能は必ずしも収斂しない →しばしば矛盾するとも指摘される 新しい基準の源泉 基準としての法 交渉メディアとしての法 論拠としての裏づけ 二つの機能の相互補完 交渉メディアとしての法の機能は、基準が論 拠として適切に用いられうる場合に最大限に 発揮される →交渉メディア機能は基準機能に依存する 基準としての法は、つねに新たに生じてくる 個別的交渉状況のなかで、具体化され続け なければならない →基準機能は交渉メディア機能に依存する ※二つの機能はダイナミックな相互補完関係 にあると見るべき 4.展望 多様な解決方法を生かすために • それぞれ特性を備えたADR機関 について、ユーザーに十分な情報 が提供されることが必要である。 • 適切な解決手段にアクセスできる よう支援するネットワークが重要で ある。 • それぞれのADR機関が連携して 本領を発揮できる工夫が必要であ る→総合法律支援制度 総合法律支援制度への期待 適切な相談窓口やADR機関を紹介する。 ADR機関について蓄積した情報を公開し、 当事者に判断材料を提供する。 ADR機関相互の連携を手助けし、あるADR 機関で解決しなかった案件をより実効性のあ る解決機関に紹介したり、訴訟手続へと誘導 したりすることで、紛争解決を支援する。 残された課題 ADR機関のサービスの質の確保をどのよう にして実現するか ※いわゆる「ADR促進法」は硬直的にすぎないか 相談窓口の情報ネットワーク化を進める上で それぞれの相談窓口について提供すべき情 報の選択をどのように進めるか ※わかりやすさと正確さの両立の難しさ ネットワークの活用を促進するための周知活 動をどうするか The End
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