2004年9月9日HDSゼミ 高分散恒星分光と太陽物理学の接点 リアリステックな動的恒星大気モデルと Solar-B可視分光への期待 竹田洋一 話の内容 恒星分光解析における大気乱流速度場 恒星大気モデルの進化における太陽の役割 彩層構造の正体を明らかにするには? • 非均一動的大気モデルの必要性 • 酸素の近赤外三重線のNLTE効果の問題を具体例 にとって Solar B可視分光器での観測で何ができるか? まとめ 恒星や太陽の大気における速度場 • • • • • • • • 太陽型星の外層部で温度が一万度近くなったあたり 水素の電離により対流のシュバルツシルト条件満たす 不安定になって対流発生 これが表面大気層にも浸透 太陽ではグラニュール運動として直接観測される 希薄な大気ゆえの大きなレイノルズ数 色んなスケールの速度場が混じった乱流運動に これを一般に恒星大気中の乱流と称してる 恒星分光は乱流をいかに取り扱ってきたか? これまで半世紀以上二極化した古典モデルに頼ってきた • ミクロ乱流 – 光子の平均自由行程よりずっと小さいスケー ルの乱流:熱運動のように線吸収係数に効き 飽和した線の強度を増大 • マクロ乱流 – 光子の平均自由行程よりずっと大きいスケー ルの乱流:自転のようにたたみ込みで輪郭に 効くが等価幅の積分強度には効かない 真剣に乱流物理を調べようというのでなく(行きがかりで)仕方なく考慮 しなければならなくなった→適当な仮定で簡単なパラメータに押し込む ミクロ乱流は化学組成を決める際 の鍵の一つ(fudge parameter) 深さ依存性? どの線から決める? 他の線にも適用可能? 一方マクロ乱流は自転速度決定な ど詳細な線輪郭解析を行う際の鍵 たとえば太陽型星では(遅くなってる) 自転よりずっとマクロ乱流が卓越して いるので自転速度決定など線輪郭解 析においては非常に重要(真剣に考 慮せざるを得ない) V Sin I るて 合 め 輪上 かい は る 郭図 がる 自 こ はの 自の 転 と 敏( 転で が が 感高 で に温 速マ 遅 ク き 星 度ロ く 反 決乱 熱 る 応) の 定流 幅 が し場 合 にを や 、 下、 本い 乱 図 精は 質か 流 の 度自 的に 幅 ( 良転 に正 の 低 くが 重確 方 温 大 要に が 星 き 考卓) い をの 慮越の 場 す し 決で 竹田 (2003) マクロ乱流速度分布関数 • マクロ乱流はガウス関数 のような簡単なものにと どまらず、太陽のグラ ニュール運動(中心での 垂直上昇流~水平流~ intergranular laneでの垂 直下降流)を近似的にモ デル化した動径接線型マ クロ乱流(radial-tangential macroturbulence)が晩期 型星ではよく用いられる • これは非等方なので自転 関数と分離できず、込み で扱わねばならない Takeda (1995) Gray(1988) 恒星大気モデルの進化と太陽の重要性 • いまだに最も良く使われているのは古典的1次元 静的モデル大気(輻射平衡、対流は混合距離理 論、静水平衡、LTE) • しかしここ十年の計算機の急速な進歩でリアリス ティックな大気速度場シミュレーションが可能に • 特にヨーロッパを中心としたグループの活躍 – 北欧(+米)グループ Asplund, Stein, Nordlund – 独グループ Wedemeyer, Freytag, Steffen, – ロシアグループ Gadun et al. 古典的モデルと動的モデルの対比 • • • • • 1D←→2D/3D 静的モデル←→ 時間変動モデル 静水平衡←→運動量方程式 輻射平衡←→エネルギー方程式 これらの条件と共に輻射輸送方程式 を解いて大気モデル計算で各深さで の物理量を決定←→これらの方程式 と一緒に輻射輸送方程式と質量保存 方程式を数値的に解いて空間各点で の物理量の時間変化を決定 Asplund et al. (2000) メリットと問題点 • 混合距離のようなフリーな対流のパラメータは陽に現 れない • 組成解析においてもミクロ乱流のようなfudge parameterを導入する必要がない • 計算量が非常に大きくなる(特に3Dの場合) • 磁場のことは普通考慮されない場合が多い(大変) • 空間メッシュの大きさより小さいスケールの速度場 (乱流なので色んなモードが存在)は当然決められな いので、「大きいスケールのグラニュール速度場」に 焦点を絞り(large eddy simulation approach)、決めら れない小さいスケールの乱流は「乱流粘性」項として 付け加えて取り入れる→この点不確定性あり 顕著な非均一性を持つ大気が再現される Stein & Nordlund (1998) 普通の観測で得られる線輪郭は数 多くの異なる輪郭の平均である Asplund et al. (2000) 太陽:シミュレーションの試金石 • 現在では実際上ほとんど太陽(我々が表面を 詳しく調べることの出来る唯一の星)と比較す るだけがシミュレーションの善し悪しの判断とさ れている • 各時間のスナップショット線輪郭を足し合わせ て平均した(静的)線輪郭を観測された(太陽 の静的領域のスペクトルアトラスの)線輪郭 (バイセクターがよく用いられる)と比較する • 2005年夏に打ち上げられるSolar-Bの可視分 光器(SOT)はこの目的にかなうデータを提供 してくれることであろう 彩層の正体は? 非均一動的大気モデルの必要性 • 我々恒星分光の研究者も、(どう せ星は点状にしか見えないのだ から凝ったことをやっても検証で きずにあまり意味がないというこ とで)長らく古典的LTEモデルを 用いてやってきたが、時代の趨 勢で彩層の温度上昇や動的非 均一太陽大気のことを無視して はやっていけなくなった • というのは太陽を用いて原子パ ラメータなどの半経験的較正を 行うのだがその結果が用いるモ デル大気に依存するからである • その典型的な例として私も絡ん だ近赤外の酸素三重線形成の 問題について紹介したい Gray(1988)より 近赤外の酸素三重線(7771-5Å) • 7771-7775Aの近赤外酸素三重線→高励起線で Non-LTE効果が効く可能性あり(実際高温の早期 型星では大きなNon-LTE効果を示す) • 太陽のように比較的低温の星においては中性水素 衝突効果CHをいかに見積もるかが非常に重要 • 古典的公式があるにはあって(Steenbock & Holweger 1984)非常におおざっぱな値の見積もり は可能[CH(classical)] • ただこれは信頼性に欠けるので補正因子kを掛け て使うがこのkをいくらにとるかが問題 • 詳細な理論的計算はLiなど簡単なアルカリ元素し かないので経験的に決めるしかない 両極端な取り扱い • ①「太陽型星では三重線のNon-LTE効果は効 かず(高々百分の数dex程度)LTEでもそう悪く ない」派 k=1またはせいぜい数分の一(1のオーダー)ととる • ②「太陽型星でも三重線のNon-LTEは効く(0.20.3dex程度にも及ぶ)」派 k=0ととる非常に極端→太陽の酸素組成が8.6-8.7と 相当低い値になってしまう (北欧グループ:3D動的 大気グループ) 銀河の化学進化にも大きな影響 • いずれが正しいのかは、 金属欠乏星の[O/Fe] vs. [Fe/H]関係が[Fe/H]が 小さくなる(過去の宇宙 にさかのぼる)につれて 頭打ちになるかそれとも ずっと増加し続けるか、 という近年の大きな論争 と密接に関連する。[O I] 禁制線は前者、近赤外 O I三重線は後者、と食 い違いを示している。 Takeda (2003) (1)他の線から出した組成と の一致の要請 太陽の色んな酸素スペクトル線を用いて経験的に決定 された値(この三重線から決められた酸素組成が他の 線から決められた組成と一致するように決める) →ほぼk=1 (h=logk=0)前後の値を示唆 Takeda (1995, 2003) k=1の選択で異なるラインか らの組成はほぼ一致 (2)(問題は)三重線強度の中心~周縁関係 • これについてはk=1のよう にLTEに近い場合では勾 配がきつすぎて観測を説 明出来ない。 • 一方k=0のように極端に 大きいNon-LTE効果を用 いた場合は緩やかな勾配 をよく説明できる(ただ異 常に低くなる酸素組成の 問題は残るが)。 • 以前からよく知られてい た矛盾 Kiselman (1991) 用いた太陽大気モデルがポイントでは? • LTE モデル(光球のみ:彩層無し) – Holweger & Muller (1974) – Kurucz (1979:ATLAS6, 1993:ATLAS9) • HSRAに代表されるnon-LTE Semi-empiricalモデ ル(UVからradioまでの観測を説明するように作 られたもの:4300K程度の極小温度に引き続い て彩層に対応する温度上昇あり) – Vernazza et al. (1981) VALモデル – Maltby et al.(1986) MAC モデル – Fontenla et al. (1993) FAL モデル – [一方COの観測に基づくモデルは一様な温度減少を 示唆(Wiedemann et al. 1994)] 彩層の温度上昇を考慮すると矛盾 が解消される方向へ • 竹田(1995)は酸素三重線 の温度への過敏性(温度 上昇により強度増加)に より、彩層の温度上昇を 考慮したVALモデルを用 いると、k~1のLTEに近 い場合でも三重線強度の 中心~周縁関係の食い 違いがかなり緩和される ことを示す • これで矛盾は解消されて (k~1)で構わないことが 示されたので「これで決 着か」と思った。 彩層あり 彩層なし Takeda (1995) その解釈 周縁では形成層が高くなる→彩層に入ってより高温になるために高励 起線の下レベルの占拠数が増大して吸収が増加するために形成層が より浅くなり、一方源泉関数は既にdiluteして温度とは無関係になって いるので、線の深さはより深くなって強度が強まる→よって周縁では彩 層効果を入れると強度は増加する Takeda (1995) 太陽彩層の温度上昇は無い?! • ただ時をほぼ同じくしてCarlsson & Stein (1995) の「太陽彩層の温度上昇は無いかも?!」という 論文が出た – CaII HK線コアの輝線成分→温度上昇の彩層の証 拠とされてきた – しかし、不規則な波動に依って生じる非均一かつ変 動する温度領域でこの輝線は説明できるとのこと – 少なくともinter-networkの磁場の無い領域では古典 的な描像のガス温度に一様増加を示す彩層は存在 しなくてよい • これを盾にしてTakeda (1995)の結果を素直に 受け入れない人も Carlsson & Stein (1995) 平均ガス温度においては上 昇はもはや見られない 3D計算でもCarlsson&Steinの主張はほぼ再現される 平均輻射温度 平均ガス温度 Wedemeyer et al. (2004) ならば我々のなすべきことは? • そうなってくると(我々が普通に行っている)太陽を お手本として(kなどの)原子パラメータを半経験的 に決定する場合もこれからは動的非均一性を考 慮して太陽光球上層部(彩層)の大気構造を議論 する必要が出てきた • こうなれば我々自身も本腰を据えて動的3D大気モ デル構築に取り組まねばなるまい • 少しずつ勉強を始めているところ(まずは2Dモデ ルから始めるのが適当か) • Solar-Bのデータをシミュレーションと比較すべき試 金石として用いることができれば... 全国の太陽研究者が目下一丸となって取り組んでいる Solar-B衛星とはいかなるものか? 特に太陽可視光望遠鏡SOTは以下のようなもの 可視分光器スペック 可視分光器の観測領域は狭いとはいえ スペクトル線は素性が良いのである 鉄の線は飽和しているので(非均一性によって)温 度がかなり変わってもそんなに見栄えは変わらない Solar B可視分光器のデータで何ができるか? 理論モデルの試金石となる徹底なテスト • Solar Bの高い時間分解能と空間分解能を生かせば FeI6301+6302線の輪郭変動を逐一追うことが出来る → 動的大気モデルシミュレーションとの(平均のみな らず各点各時間での色んな輪郭アンサンブルとの)直 接比較が可能に • 計算で用いられるメッシュの典型的大きさ(水平方向) は数十km刻みで100~200メッシュなので数千キロ メートルをカバー • Solar-Bの分解能0.16“は約100kmだから、シミュレー ションの空間分解能に迫る観測データがとれる 期待されることは多い • いずれにせよ太陽の静穏領域大気の非均一動的モデルシミュ レーションが今後の恒星分光の発展の鍵を握るポイントの一 つであることは確実 • 最近静穏な領域でも数百ガウスの磁場があることがTenerife Infrared Polarimeterでの観測で示された。(Khomenko et al. 2003)。この成因や速度場との相関がどうなっているかは大変 興味がある。 • Solar-Bのスリットスキャンによる偏光分光観測のメリットを生か し、磁場観測においても(面白い活動領域を対象にするのみな らず)「internetwork region」の静穏領域も高空間分解能かつ高 時間分解能で詳細に調べ、磁場の変動と速度場の変動の相 関の様子を明らかにし、3Dシミュレーションの妥当性を検証す るための決定的なデータを提供してもらいたい 太陽表面磁場の研究も重要なテーマ • 観測されたIQUVのプロファイルを計算されたプロファイ ルと比較して、最も良く再現するような|B|(磁場強度),φ (方位角),θ(視線と磁場のなす角)を決める • 理論的IQUVプロファイルはUnno-Beckersの微分方程式 を磁場と大気モデルを与えて解けば求めることができる • 最終的にはインバージョン法で観測にベストフィットする 解を最適化問題の形で数値的に求めるべきであろう • 経験的簡便法が初期値の推定に使われるようである (I±Vから|B|の推定、Vから視線方向成分|B|cosθの推定、 U/Qからφの推定)(川上 2000) 磁 場 決 定 に 使 う 2 本 の 線 ストークスIのプロファイルの計算例 Kurucz(1993)の太陽モデル(Teff=5780K, log g=4.44)を使用 根元のあたり は磁場の強さ で大体決まっ て角度にはあ まりよらない 一方コアのあたり は強度と角度に複 雑に依存する ストークスQのプロファイルの計算例 ストークスVのプロファイルの計算例 静穏領域と黒点領域のKPNOスペクトル比較 黒点の低温領域はかなり 分子線のブレンドがあるよ うでこれを考慮しないとい けないようだ おまけ:[O I] 6300.30線は観測出来ないか? この酸素の禁制線は(少し触れたように)天体分光学では大変重要である 高空間分解能かつ高時間分解能でこの線を観測できればその意義は甚大 可視分光器の観測領域は6301.5Åから6303.2Åとのことであるが、たとえば衛星 運動のドップラーシフトでこの線がこの領域に入ってくるなど観測機会はあるか? まとめ1:より精巧な恒星大気モデリングの必要性 恒星(→光学的に厚いプラズマ→吸収スペクトル)の分光学的情報(元素組成、自転速度、etc.) 抽出には内部~表面境界層(大気)における物理状態と輻射輸送の並行研究が必須 大気モデル+スペクトルのシミュレーション: 輻射輸送方程式を他の物理量の方程式や仮 定)と共に解くこと (仮定) → (リアリスティック) ①LTE → Rate equation [NLTE] ②輻射平衡 → Energy equation ③静水平衡 → Momentum equation ④1次元(等質)静的 → 3次元非均一動的 ここ数十年の間の極めて大きな発展はオパ シティ(特に線吸収)の理解 → カラー、連続光等おおざっぱなスペクトル の計算は長足の進歩 しかし高分散分光での詳細スペクトル解析は 未だ甚だ不十分(古典モデルの限界) ②、③、④:半世紀前からさして進歩せず (最近の例) 原初Li組成からの宇宙の基本パラメータ決 定にからむ論争 (low scale? high scale?) 非常に金属欠乏の星の酸素組成の振る舞 いからの初期銀河の化学進化にからむ論争 (flat [O/Fe]? ever-increasing [O/Fe]?) 3D効果の重要性?、NLTE効果の重要性? →未だ議論決着せず(ブレークスルーのため にはリアリスティックな大気モデル必須) 次世代大気モデル(3D hydrodynamical model + NLTE radiative transfer)の必要性 理論が正しいかどうかの試金石には太陽面 現象(太陽大気)でのチェックが最適 ハイドロ計算の理論の専門家や太陽物理学 者ともタイアップしての共同研究が望まれる 特に再来年打ち上げられるSolar-Bの可視 分光器が生み出すデータは楽しみ まとめ2:Solar Bに期待するもの • Solar Bは太陽の活動領域の観測がメインで あろうが、恒星研究者の立場からするとむし ろ太陽の静穏領域の非均一動的大気構造を 明らかにする方がより重要なので、可視分光 器ではこういった「普通の」領域も大いに高 時間/空間分解能で観測して速度場と磁場の データを出してほしい • それは動的3Dモデル大気シミュレーションの 予想と直接比較することの出来るデータとな るので理論の貴重な試金石となるだろう おわりに:高分散恒星分光と他分野との交流の重要性 恒星を手段として用いる天文学だけでなく星自体を理解することに力を注ぐこ とも同じく重要である(特に太陽は星のお手本なので学ぶべきことが多い) 太陽大気構造 表面現象 す比 状 恒 る較 態 星 でをの 明太表 ら陽面 かと大 非均一3D大気 ハイドロダイナミクス に の 気 NLTE、磁場内での線形成 惑星系 銀河進化 元素合成 恒星振動 惑星を持つ星の 組成解析 ドップラー法による 惑星探索 視線速度観測による 恒星振動検出(星震学) 金属欠乏星の組成に 基づく銀河宇宙進化 て恒 宇星 宙を を媒 探介 ると 天し 文て 学用 い 進化末期の恒星 星周物理 干渉計 すを パ 姿 恒 る明 ラ や 星 らメ物の かー理真 にタ的の 恒星表面模様の研究(ドップ ラーイメージング) 恒星の基本的パラメータ AGB星、post-AGB星の分光 (進化、外層大気物理、星周物理) 岡山HIDESや すばるHDSで行う高分散恒星分光
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