通訳翻訳論 第1回

通訳翻訳論
第5回
翻訳者・通訳者の役割
通訳の種類
通訳の原理
獨協大学国際教養学部
言語文化学科
永田小絵
「訳す」という行為

起点言語テクスト→目標言語テクスト
(ST: source language text)
(TT: target language text)
 テクスト(text,まとまった内容のある文章)
ディスコース( discourse,談話、言説)

◦ 内容物(contents,指し示されるもの)
◦ 結束構造( cohesion , 語と語の関連性)
◦ 結束性( coherence,全体の首尾一貫性)
受信(わかる)→転換(訳す)→発信(伝える)
◦ 情報の伝達/感情の共有/行動の喚起/文化の仲介
言葉の置き換えと通訳・翻訳

「女子力」と“Girl Power”
◦ 女子力:メイクやファッション対するモチベーションのレ
ベル、フェミニンな魅力。
◦ Girl Power:少女と若い女性の中の独立独歩の態度
文化をどう訳すか
言語習慣の差異
 生活習慣の差異
 語の背景にある状況(コンテクスト)
 翻訳・通訳の規範と立ち位置

◦ 空気のような存在/透明人間/黒衣
◦ 積極的に前に出る解説者
◦ 文化の橋渡しを行う仲介者

翻訳者・通訳者に対する期待とは
翻訳・通訳者が担う責任

原文に対する忠誠(送り手への責任)
◦ 語から語へ一対一対応
◦ 文構造、テクスト結束性を反映
◦ SL受け手とTL受け手に同じ反応
◦ テクスト・タイプ、言語使用域と社会的位置づけ

訳文に対する忠誠(受け手への責任)
◦ 5W1Hを伝達
◦ 受け手に応じた、場に相応しいスタイル

個別言語に対する忠誠(言語変革への責任)
◦ 新たな語彙、新たな概念、新たな思想の輸入者
異なるコードによる等価なメッセージ
Source
Target
発信者:伝達したいメッセージをコード化する(M1)
翻訳者:コードを手がかりにメッセージを解釈する
解釈して得たメッセージをもとにコード化する
受信者:コードを手がかりにメッセージを解釈する
(M2)
翻訳の要件:
翻訳はコードの解釈を伴う行為であること。
M1とM2が等価であること。
ユージン・ナイダの提唱した“dynamic equivalence”
等価なメッセージとは?
 適切な訳語
 適切な文体
 原文の結束構造と結束性の維持
 テクストの目的を達成(スコポス
理論)
 適切な言語使用域
◦ SLテクストをTL個別言語に移植
 受け手に応じた柔軟な対応と選択
「言語使用域」(Register)という概念

あるメッセージが発信者から受信者に正確に伝
達されるためには、その場に適した「言語使用
域」が必要
SL(M1)の社会における位置
=>TL(M2)の社会における位置
場面とテクストの内容にふさわしい表現
●
●
STもTTも訳者のものではない!
 STの社会的位置づけと文体を保存し
たTTの産出
◦ 翻訳された論文もまた論文である
◦ 訳された歌詞は歌えなければならない
◦ 首相の演説は演説らしく
 「相手の口ぶりによって訳す」
◦ もしこのテクストを書いたのがTL母語
話者なら
◦ 聞き手の期待する談話の“格調”とは
“I love you”の訳し方?

二葉亭四迷の翻訳
(女性のせりふ)
「死んでも、いいわ」

夏目漱石の翻訳
(男性のせりふ)
「君といると、月がきれいです
ね」
翻訳小説と役割語
◦
◦
日本語における役割語の使用とその効果
誰のセリフですか?
1.
2.
3.
4.
5.
「わしはとっくに知っておったんじゃ」
「わたくしはとうに気づいておりましたわ」
「わたし、それ、知ってたアルよ」
「オウ、ソノコト、ワタシ、シッテマシタネー!」
「そんなこたぁ、こちとらぁ、とっくのとんまにご存じ
よ!」
1.老博士
3.謎の中国人
5.江戸っ子
2.お嬢様
4.外人
翻訳における「役割語」の役割

メリット
◦ 誰が話しているか分かりやすい
◦ TLの読者に受け入れやすい
◦ 翻訳の省力化(工夫が要らない)

デメリット
◦ ステレオタイプに陥りやすい
◦ 安易な翻訳態度を助長する
◦ オリジナルにない味付けをしてしまう
 外国人スポーツ選手の話し方?
SLテクストをTLの社会に移植する

言語内翻訳
◦ 同じ個別言語内で言い換える
◦ 受け手の解釈による差異が大きくなりが
ち

言語間翻訳
◦ 異なる社会において異なる言語で生み出
された作品を翻訳する

古典の現代語訳、外国語訳
◦ 言語内翻訳と言語間翻訳にまたがる翻訳
古典現代語訳の例

『桃尻語訳
枕草子』
橋本治
河出文庫
◦ 訳者のことば:これは正真正銘の“直訳”、言葉を
補って訳すということはしていない。
◦ 原文:冬はつとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず。霜
のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火などいそぎおこ
して、炭もてわたるもいとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆ
るびもて行けば、火桶の火も白き灰がちになりてわろし。
◦ 翻訳:冬は早朝(つとめて)よ。雪が降ったのなんか、たまん
ないわ!霜がすんごく白いのも。あと、そうじゃなくても、
すっごく寒いんで火なんか急いでおこして、炭の火持って歩い
てくのも、すっごく“らしい”の。昼になってさ、あったくダレ
てけばさ、火鉢の火だって白い灰ばっかりになって、ダサイ
のッ!
持統天皇の和歌

春過而 夏来良之
白妙能 衣乾有 天之香来山
春すぎて 夏来(き)たるらし
白妙(しろたへ)の衣(ころも)
ほしたり
天(あま)の香具山(かぐやま)

現代語へ「直訳」
春が過ぎて夏が来てしまったようだ
天の香具山に白い衣が干してある
持統天皇が現代の歌人なら?
 ゆれる
せんたくもの
お日さまの においが一杯。
深みどり色の 夏のはじめ。
松村よし子『新釈・平成イラスト版
百人一首』(文化出版局)
恋の
持統天皇が
英語/中国語話者なら?
Spring is over and the summer seems to
have come now,
I look at white dresses spread to be dried
up in the sunshine
at the foot of mountain Kaguyama.
 春方姗姗去,夏又到人间
白衣无数点,晾满香具山

※訳し戻し(back translation)してみよ
う!
文学以外の翻訳・通訳
 目的達成をめざす翻訳・通訳
◦ 送り手が期待する行動を喚起する
◦ 交渉、指示などの通訳
◦ 標識、案内図、注意書き、
操作マニュアル……などの翻訳
 情報を伝達する翻訳・通訳
◦ 新聞雑誌記事の翻訳、報告の通訳な
ど
 送り手と受け手が感情を共有する
もしこのドアが中国やアメリカにあっ
たら?

伝達の目的、予測される結果などにより
起点言語から目標言語への対応が決定さ
れる
立
ち
入
り
禁
止
関
係
者
以
外
闲
人
免
进
STAFF
ONLY
翻訳とコード制約
一義的に訳語が決まる語彙や表現
VS
様々な解釈を許容する語彙や表現
 科学技術用語、テクニカルタームなどは訳
語への置き換えを正確に行うこと
 文学、とくに詩歌では言語資源の活用度が
大きいため、様々な工夫が必要になる
 翻訳理論から言えば高度な技術翻訳は容易
 翻訳の実践から言えば必ずしもそうではな
い
翻訳通訳と言語コミュニケーション

翻訳通訳にはかならず発信者・翻訳者・受信者
が存在する
◦ 三者二言語モデル

翻訳通訳では三者が共有する知識が問題
◦ 言語の理解と産出を支える知識
 言語知識
 世界知識
 場の知識
 専門知識

翻訳通訳はコミュニケーションの問題として捉
えることができる
翻訳者・通訳者の倫理規定

守秘義務
◦ 翻訳・通訳業務で知り得た情報は他言し
てはならない。

正確性
◦ 司法通訳では特に正確性が求められる
 原発言のあらゆる要素(スタイルやトーンを含
めて)保持
◦ 会議の同時通訳ではメッセージを保てる
範囲内での編集を許容
翻訳者・通訳者の倫理規定

公平性・中立性・利益相反の回避
◦ コミュニケーション参与者に公平・中立
であること
◦ 参加者の誰とも利益の衝突がないこと

コミュニティ通訳・手話通訳・医療通
訳におけるアドボカシー(権利擁護)
◦ 外国籍住民・聾者・患者の代弁者

手話通訳士倫理規定
http://www.jasli.jp/association_morals.html
手話通訳士倫理綱領
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私たち手話通訳士は、聴覚障害者の社会参加を拒む障壁が解消
され、聴覚障害者の社会への完全参加と平等が実現されること
を願っている。このことは私たちを含めたすべての人々の自己
実現につながるものである。
私たち手話通訳士は、以上の認識にたって、社会的に正当に
評価されるべき専門職として、互いに共同し、広く社会の人々
と協同する立場から、ここに倫理綱領を定める。
手話通訳士は、すべての人々の基本的人権を尊重し、これを擁
護する。
手話通訳士は、専門的な技術と知識を駆使して、聴覚障害者が
社会のあらゆる場面で主体的に参加できるように努める。
手話通訳士は、良好な状態で業務が行えることを求め、所属す
る機関や団体の責任者に本綱領の遵守と理解を促し、業務の改
善・向上に努める。
手話通訳士は、職務上知りえた聴覚障害者及び関係者について
の情報を、その意に反して第三者に提供しない。
手話通訳士は、その技術と知識の向上に努める。
手話通訳士は、自らの技術や知識が人権の侵害や反社会的な目
的に利用される結果とならないよう、常に検証する。
手話通訳士は、手話通訳制度の充実・発展及び手話通訳士養成
について、その研究・実践に積極的に参加する。
医療通訳士倫理規定
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000057158.pdf

厚生労働省「医療通訳」テキストP.31~
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専門職とは何か
行動規範の必要性
人権尊重
忠実性と正確性
中立性と公平性
誠実さと信頼性
私的な関係の回避
自分の能力の限界を知る
守秘義務
プライバシーへの配慮
礼儀とマナー
オーストラリア
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NAATI 通訳者の職業倫理
Professional Conduct -プロとして信頼できる行いを指します。例えば自分の能力
では無理だと思う仕事は引き受けないこと。万が一、通訳の現場で自分にはできな
いと気付いた時や、環境や体調のせいで通訳に集中できないなどの場合はクライア
ントに率直に打ち明け、建設的な方法で解決することなど。
Confidentiality -守秘義務。プロの通訳者は法的に要請された場合以外は、通訳内
容についての情報を第三者に開示してはいけません。
Competence -通訳を正確にこなすことのできる能力です。通訳者は通訳内容につ
いての情報を事前に収集して徹底的に下調べをするのはもちろん、日頃からプロと
しての実力の維持・向上を心掛けることも大切です。
Impartiality -通訳者は常に中立の立場を維持しなければなりません。たとえ発言
内容に賛成できなくとも異論を唱えたり内容を歪曲して通訳したりすることは禁物
です。また、身内のために法廷通訳をするなど、中立の立場を保つのが困難だと思
う仕事は受けるべきではありません。
Accuracy -正確さは通訳者にとって最も重要な資質です。発言内容を正確に訳す
ことはもちろん、ニュアンスまでも反映させることが必要です。補足や省略、言い
換えなどはできるだけ避けるべきです。
Professional Development -プロの通訳者でも常に技術向上のために努力する必要
があります。普段から様々な分野に興味を持って情報をまめに収集することによっ
て知識を増やす努力をすること、通訳の自主トレーニングをするなど常に精進を心
掛けなければなりません。
Professional Solidarity - 通訳者同士の結束、つまり同業者をできる範囲でサ
ポートすることです。他の通訳者を中傷したり足を引っ張ったりするのはプロにあ
るまじき行為です。