低温度星まわりの生命居住可能惑星における 植物特性

若手研究者による分野間連携研究プロジェクト
低温度星まわりの生命居住可能惑星における
植物特性の考察とその観測に向けて
【実績報告】
国立天文台・太陽系外惑星探査プロジェクト室
成田憲保
本プロジェクトの背景
• 太陽系外惑星探査はすさまじい速さで進展している
• 生命居住可能領域にある惑星も発見された
• 地球や火星サイズの惑星も発見された
• SFではなく、宇宙に生命の痕跡を探す時代になりつつある
本プロジェクトの趣旨と目標
宇宙に生命を育む惑星は地球の他にないのか?
天文学・生物学・惑星科学・工学の若手研究者の
分野間連携によってこれらの問題に取り組み、
近い将来に宇宙の生命探しを行う体制を確立する
近い将来の生命痕跡探索:低温度星
• 宇宙で最も多く存在する恒星
– 太陽系近傍にも数多く存在している
• 主星の質量が太陽の0.1-0.5倍程度で、
温度は2000-3800K (太陽は約5800K)
• 可視光では暗く、近赤外で明るい
– 恒星のスペクトルは概ね黒体輻射
– さらに低温度星は恒星自身の分子吸収で
可視光が弱い
• 世界中で生命居住可能惑星の探索が
始まっている
どのような生命の兆候を探すか?
私たちが注目しているのは「光合成生物」(植物)
– 主星の光を利用する「光合成」を行う一次生産者
– 地球の歴史上、もっとも大きく地球大気環境を変えた生物
• 低温度星の生命居住可能惑星の植物はどんな特性を持つ
だろうか?
• どこを探せばよいだろうか?
• どうやって探せばよいだろうか?
若手研究者の分野間連携を確立し、この課題に取り組みたい
グループメンバー
氏名
所属機関・職
専門分野
役割
成田憲保
国立天文台PD
天文学
観測
滝澤謙二
基礎生物学研究所PD
生物学
理論
皆川純
基礎生物学研究所教授
生物学
理論
松尾太郎
京都大学准教授
天文学・工学
装置
田村元秀
国立天文台准教授
天文学
観測
生駒大洋
東京工業大学助教
地球惑星科学
理論
村上尚史
北海道大学助教
天文学・工学
装置
小谷隆行
宇宙科学研究所PD
天文学・工学
装置
Eric Gaidos
ハワイ大学教授
地球惑星科学
観測
3つの研究テーマ
• テーマA: 地球とは異なる惑星環境での植物特性の考察
– 滝澤謙二(基生研)、皆川純(基生研)、生駒大洋(東工大)
• テーマB: 実際の観測による惑星の探索とその環境調査
– 成田憲保(国立天文台)、田村元秀(国立天文台)、Eric Gaidos(ハワイ大)
• テーマC: 将来の30m級望遠鏡に向けた装置開発
– 松尾太郎(京都大学)、小谷隆行(宇宙研)、村上尚史(北大)
各グループの役割と連携関係
3つのテーマで個々に目的を達成しつつ、有機的連携体制を作る
テーマA(理論)
低温度星まわりでの「生命居住
可能領域」及び「植物特性」の
理論的考察
装置仕様から制限
される観測天体
テーマB(観測)
テーマC(装置開発)
トランジット観測による低温度星
まわりでの地球型惑星探索
地球型惑星の直接観測の
ための新しい観測手法の実証
候補天体の提供
ワークショップやミーティングを通して情報交換や共同研究を行う
テーマAの概要
• 理論的考察と実験によって、観測への示唆を検討
• 実験:地球上の植物が持つred edgeという特性を、水生緑藻の
クラミドモナスや、進化的に高等植物との中間に位置するヒメ
ツリガネゴケを用いた実験で理解する
• 理論:地球上の植物特性の類推から、低温度星の地球型惑星
でありうる植物の可能性を検討する
– あらゆる色の光を使う黒い植物?
– 低温度星の弱い可視光でも地球型の光合成が可能?
– 赤外光を使った光合成の3光子反応?
• 生育段階によって異なる形態を
示すヒメツリガネゴケの原糸体
(赤)と茎葉体(青)を比較しても、
高等植物のオシロイバナ(黒)と
似た特性で特に差はなかった
reflectance (relative)
実験によるRed Edgeの特性評価
0.4
0.2
0.0
400
500
600
700
Wavelength (nm)
Reflectance Ratio, 750/680nm
• クラミドモナスの野生株(黒印)
と細胞壁欠損株(赤印)の反射
スペクトルの680nmと750nmの
反射比からRed Edgeを求めても
特性に差が見られなかった
5
4
3
2
1
0
5
Chl Conc (ug/cm2)
Red Edgeは色素濃度でほぼ決定されており、
植物形態や細胞構造の影響は小さいことがわかった
10
800
低温度星周りでの光合成の可能性
H2O
8 Red Photon
1390kJ
or
8 Blue Photon
2180kJ
Light
Harvest
1390kJ
O2
Electron Flow
440kJ
CO2
Carbon
Fixation
3ATP
Proton Flow
65-100%
2NADPH
135kJ
40%
85%
CH2O
480kJ
6,000K
低温度星
3,000~
3,800K
Flux
3,000K
低温度星まわりでH2Oを分解し、CO2
を固定するエネルギーを得るために
必要な光合成機構は何か?
0
1000
2000
Wavelength (nm)
3000
三つの可能性を検証
特性
A.黒い植物 広スペクトル集光アンテナで少な
い可視光を無駄なく利用
機能的問題点
空間利用効率が悪い
光量の変化に弱い
吸収波長の異なる二つの反応中心 波長の変化に弱い
で可視光と赤外線を無駄なく利用
B.省エネ型
電子伝達
電子伝達経路の改善によりエネル 量子収率が下がる
ギーの消耗を減らす
活性酸素の発生
電子伝達とATP合成を分離
C.3光子過程 三つ以上の反応中心を連続励起
して電子伝達を駆動
pH依存の制御機構
の欠落
構造が複雑になる
と効率が低下する
進化
3光子過程の構造的問題点
2光子過程(地球型)
3光子過程
100
100
80
80
60
60
40
40
必要な
エネルギー
20
③
②
①
20
0
0
0
5
10
15
20
25
電子伝達(酸化還元)反応
30
0
5
10
15
20
25
電子伝達(酸化還元)反応
2光子過程を単純に延長して3光子過程を構築した場合、電子伝達経
路が長くなり、途中で失われるエネルギーが増大する(①)。3光子過
程が有効であるためには、電子伝達経路が2光子過程と同等にシン
プルであるか(②)、反応段階毎に失われるエネルギーを少なくしなけ
ればならない(③)。
電子伝達の省力化が必要十分条件であり、2光子過程を省力化でき
れば3光子過程を必要としない。
30
3光子過程の進化的問題点
遺伝子の重複、変異、細胞融合によって1光子
反応から3光子反応まで進化できるか?
0
3
0
2
1
2 1
3 2 1
2 1
0 0
0 0 0
0 1
0 0 1
2 1
0 2 1
2 1
チラコイド膜上に反応中心(0,1,2)
と電子伝達経路を配した模式図
0
2
2
3 2 1
3 2 1
3 2 1
3 2 1
3 2 1
1
3
1
2
1
2光子過程は中間の電子伝達経路を共有することによって重複した1光子過程か
ら進化できるが、3光子過程の実現には電子伝達経路の大幅な変更や、全く新し
い反応中心が必要になる(破線で示したような回路のショートを防ぐため)。
三つの可能性を検証
特性
A.黒い植物 広スペクトル集光アンテナで少な
い可視光を無駄なく利用
機能的問題点
空間利用効率が悪い
光量の変化に弱い
吸収波長の異なる二つの反応中心 波長の変化に弱い
で可視光と赤外線を無駄なく利用
B.省エネ型
電子伝達
電子伝達経路の改善によりエネル 量子収率が下がる
ギーの消耗を減らす
活性酸素の発生
電子伝達とATP合成を分離
C.3光子過程 三つ以上の反応中心を連続励起
して電子伝達を駆動
pH依存の制御機構
の欠落
構造が複雑になる
と効率が低下する
進化
黒い植物:無駄なく集光する色素を備える
Absorbance
Hohmann-Marriott & Blankenship
(2011) Annu Rev Plant Biol
400
500
600
Wavelength (nm)
700
800
省エネ型:電子伝達を効率化する
H2O
赤色光x8
集光
1380kJ
(青色光x8)
(2180kJ)
O2
電子伝達
440kJ
1380kJ
プロトン輸送
65-100%
2NADPH
40%
3ATP
CO2
炭素固定
135kJ
85%
プロトン輸送(ATP合成)を伴
わずに40%の効率で電子伝
達を行うとすると、吸収波長
は910nmまでシフト可能。
CH2O
480kJ
結論:集光、電子伝達を最適化した光合成生物の
存在と観測的検証が期待できる
特性
A.黒い植物 広スペクトル集光アンテナで少な
い可視光を無駄なく利用
吸収波長の異なる二つの反応中心
で可視光と赤外線を無駄なく利用
B.省エネ型
電子伝達
電子伝達経路の改善によりエネル
ギーの消耗を減らす
利用波長
実現 観測
可能性 可能性
可視光
可視光
~1050nm
~910nm
電子伝達とATP合成を分離
C.3光子過程 3光子による連続励起
~1030nm
4光子による連続励起
~1380nm
Astrobiology誌に論文を投稿準備中
-
-
テーマBの概要
• 低温度星まわりの地球型惑星の探索体制の確立が目標
• 太陽系近傍にある低温度星の惑星を探すため、赤外望遠鏡
の測光精度の高精度化に取り組んだ
– 岡山、南アフリカ、チリにある1-2m級望遠鏡で試験観測を実施
– 全ての望遠鏡で惑星発見が可能となる0.1-0.3%の測光精度を達成
– 既知の惑星系の大気や軌道の特徴付けも行った
• 低温度星のトランジット惑星候補の選定を行い、岡山観測所
で実際の惑星探しの観測を開始した
– 2012年2月~5月にかけて12夜の観測を実施予定
– データ解析の自動化を進めている
今年度達成できたこと
 今後数年間で観測するターゲットカタログの選定
 今後利用する3つの望遠鏡全てでの高精度測光観測の実現
 観測と解析を実施できる人材の育成
 自動解析体制の構築(2012年3月の観測時に試験予定)
岡山188cm望遠鏡
IRSF1.4m望遠鏡
miniTAO1m望遠鏡
岡山観測所での惑星探しを開始
岡山のプロポーザル評価と岡山に設置した解析用マシン
既知の惑星系の特徴付け
Fukui et al. in prep
左:既知の地球型惑星GJ1214bの多波長同時
トランジット(南アフリカ)
上:既知のホットジュピターWASP-12bが主星の
GJ1214
Narita et al. in prep
裏側に隠れる現象の検出(岡山)
どちらも高精度化によって初めて実現できた
テーマCの概要
• 将来ハワイに設置される予定の30m望遠鏡(TMT)に向けて、
実際の観測を行うための装置開発を行う
• Second Earth Imager for TMT (SEIT)
– TMTで地球型惑星を直接撮像する装置
– シミュレーションによる観測手法の検証を実施済み
• 今年度の開発目標
– SEIT光学系を実験室で構築すること
– 主星超近傍での高コントラストを可能にする「新しい観測方式」を実
証すること
どのように惑星を見つけるか?
• 大気により乱れた波面を補償光学により整える。
• コロナグラフにより恒星の光だけを弱め合う。
• ポストプロッセシング型の波面測定装置により波面残差
を測定し、更なる高コントラスト化を行う。
主星が強め合う光
TMT
マイクロレンズアレイ
+ 空間フィルター
主星が
スペックル
弱め合う光
波面をクリア
波面測定装置:
極限補償光学 コロナグラフ装置
焦点面マスク:
ポストプロセッ
PSFコアを取り除く
シングによる
高コントラスト化
実証実験
• 実験方針:
- 目標とするコントラスト(10の8乗)は数年のタイムスケールで
達成する。
- 実験一年目は、方式の実証を目的として設定条件を緩和す
る。
• 実験条件:
- 恒星と伴星の強度比:100
- 恒星と伴星の角距離:回折限界の2倍(2λ/D)
実験
瞳像
干渉縞
波面測定装置
干渉型コロナグラフ
光源
再生した像
結果:SEIT光学系を構築し、像再生に成功した。
主星の超近傍(回折限界)でコントラスト(1/100)を達成。
今後:更なる高コントラスト化(1/10000)を目指し、
実観測に向けた準備を行う。
本プロジェクトの支援で得られた業績
• 国内会議:招待講演2件、口頭発表11件、ポスター発表1件
• 国際会議:口頭発表1件、ポスター発表4件
• 論文:査読あり3件、準備中3件
• ワークショップ開催:1回
まとめ
• 低温度星のまわりの生命居住惑星の探索とそこでの生命の
痕跡の探索は今後最もホットになる研究テーマ
• このテーマに取り組む若手研究者の分野間連携体制を確立
するため、理論・観測・装置開発の三位一体のグループ作り
を行ってきた
• 本プロジェクトでは個々の設定した目標を達成しつつ、共同
研究を推進することができた
• 今後もこの取り組みを続けていきたい
• 自然科学研究機構によるご支援に深く感謝いたします
補足スライド:テーマA
なぜ“植物”を探すのか?
1. 進化の必然性が高い: 惑星の全域で、持続的(数十億年)に利用可能な一次エ
ネルギー源は主星からの放射エネルギー以外に無い。効率のよい光エネルギー
の利用を追及すれば“植物”に行きつく。
2. 観測可能性が高い: 光合成生物が進化した場合、海洋・大気成分組成に大きな
変化をもたらす。陸生植物が存在した場合、反射光のスペクトル分析から検出でき
る可能性が高い。
観測可能性
主星の影響をそれほど
受けない進化
主星からの光条件に依
存した進化
好気・陸生
光合成生物
嫌気・陸生
光合成生物
好気・水生
光合成生物
有機 生体膜
化合物 形成
原始細胞
(発酵)
嫌気・水生
光合成生物
従属栄養生物の進化
進化に要する時間(実現可能性の低下)
低温度星まわりでの植物進化の検証(理論)
1. 低温度星周りの
惑星環境の推定
2.植物特性の推定
3.実現可能性
の検証
弱い可視光・
強い赤外線
3段階光励起
反応による
電子伝達
機能性
の検証
定期的に強
いフレア
広域スペクト
ルの集光色素
進化過程
の検証
生体構造、生化学
反応として可能な
のか?
日周リズム
が無い
合理的に推測される植物特性を総合して低温度星まわりで進化する
植物の全体像を予想する。
原始細胞(発酵)
からの進化プロセ
スが想定可能か?
観測に役立つ植物特性の検証(実験)
最有力の観測指標の一つとして植生の反射光スペクトルに現れる “Red Edge” がある。
Tinetti et al. (2006) The Astrophysical Journal
植物が利用する可視光より長波長側
に強い反射のピークが現われる。
地球上の植物には共通して見られる
現象であるが、系外惑星においても
普遍的な現象であると言えるのか実
験により検証する。
Red Edgeの測定
反射分光測定装置
(有限会社オーリー)
観測に役立つ植物特性の検証(実験)
水生緑藻のクラミドモナス、陸生植物のシロイヌナズナ、及び進化的にその中間に位
置するヒメツリガネゴケを用いてRed Edge と形態・光合成機能の関係を調べる
クラミドモナス
ヒメツリガネゴケ
原糸体
茎葉体
水生藻類から陸生植物への形態の変化
シロイヌナズナ
観測に役立つ植物特性の検証(実験)
水生緑藻のクラミドモナス、陸生植物のシロイヌナズナ、及び進化的にその中間に位
置するヒメツリガネゴケを用いてRed Edge と形態・光合成機能の関係を調べる
光合成活性の測定:クラミドモナス用に開発した分光光度計を改良して3種の光合
成活性を測定する。
クロロフィル蛍光測定
Takizawa et al. (2009)
Photosynthesis Research
吸光度測定
Iwai et al. (2010) Nature
補足スライド:テーマB
背景1
• なぜ近赤外で低温度星のトランジット観測か?
– 低温度星は小さいので地球型惑星のトランジットも地上
から検出可能(減光率 1%オーダー) -> 地球型惑星にもっ
とも手が届きやすいのが低温度星
– 低温度星は可視では暗いが、近赤外では~5等(100倍)
程度明るくなる → 近赤外の方が測光精度が高い
– そのため低温度星まわりのトランジット地球型惑星探しは
近赤外での観測が重要になる
背景2
• なぜ低温度星のトランジットが注目されているか?
– 低温度星はハビタブルゾーンが主星に近く、ハビタブルな
惑星のトランジット確率が高い
– 公転周期が短いので発見の確認や追観測にかかる時間
が短い
– トランジット惑星は多くの派生サイエンスがあり、TMTや
SPICAの時代に最も注目されるターゲット
– そのため特に太陽系近傍の低温度星まわりの(ハビタブ
ルな)トランジット惑星探しとそのフォローアップ観測は、
今後系外惑星観測のひとつの主流になると期待される
補足スライド:テーマC
地球のスペクトル
102
• 地球は可視光では
太陽の反射光によ
り輝く。
太陽
10-2
強度(Jy)
• 赤外線では自身の
熱放射により
輝く。
100
CO2
O3
10-4
10-6
10-8
10-10
0.1
O2
H2O
CH4
H2O
地球
1.0
10.0
100
波長(µm)
1Jy=10-23erg/s/cm2/Hz
惑星直接観測のための条件
主星の回折像
• 主星のハローだけを選択
的に低減させる特殊な装
置、コロナグラフが必要。
コントラスト
• 主星のハローに埋もれた
惑星光を観測。
主星のハロー
1.E-02
ハロー
低減
1.E-06
木星型惑星
地球型惑星
ハロー
低減後
1.E-10
0.0
0.08
0.04
主星からの離角(秒角)
コントラスト:主星と惑星との強度比
恒星
惑星
コロナグラフとは?
○ 主星からの光だけを選択
的に低減。
○ 惑星光だけを取り出す。
主星の光はマスクによって
隠される
望遠鏡(主鏡)
遮蔽版(マスク)
役割:恒星の光だけを
選択的に低減
中心に穴の空いたマスク
役割:回折によって透過した
恒星の光を遮る
サイエンスイメージ
サイエンスカメラ
回折限界
SEITの観測方式
主星とのコントラスト8桁
シミュレーション結果
○ 要求仕様: 回折限界で10の8桁の高いコントラスト
 新しい観測方式を提案 (松尾他 2011)
ポイントは、地球大気による波面の乱れを補償光学なしで
完璧に補正するできること!
○ シミュレーションにより要求仕様を満たすことを確認