フランス日本語教師会 特別ワークショップ 日本語教育最前線 日本語教育現場における 「実践研究」とは何か モデレータ 小林 ミナ (早稲田大学大学院日本語教育研究科) 池上摩希子(早稲田大学大学院日本語教育研究科) 細川 英雄 (早稲田大学大学院日本語教育研究科・ パリ第4大学CELTA) 本日の流れ 1.本日の目的 2.早稲田大学日本語教育研究センター(= 日本語センター)の概要 3.実践事例の紹介 1)「日本語2ABE」の実践 2)「考えるための日本語」の実践 3)「にほんご わせだの森」の実践 4. グループディスカッション 5. グループからの報告 6. まとめ 本日の流れ 1.本日の目的 「実践研究」についてそれぞれ考える 求められる教師の資質や技量とはどんな ものか考える 「日本語を教える」ことの根本には何が あるのかを考える 自己研修としての「実践研究」の意味を 考える 本日の流れ 2.早稲田大学日本語教育研究センター(= 日本語センター)の概要 3.実践事例の紹介 1)「日本語2ABE」の実践 2)「考えるための日本語」の実践 3)「にほんご わせだの森」の実践 4. グループディスカッション 5. グループからの報告 6. まとめ 1.早稲田大学日本語教育研究センター の概要 早稲田大学の規模 教学組織 – 学部:11 – 大学院:17 – 付属高校:2 – 系属高校:3 – 芸術学校:2 国内で2番目に大きい大学 – 学生数: 54,000 – キャンパス数:8 – 専任教員数:1,800、非常勤教員数:3,000 – 職員:750名 国内で1番多い留学生数 – 留学生数: 2,435 – 日本語受講者数:1,000強(延べ) 早稲田大学における留学生概況(出身国・地域) 地域 国数 % 学生数 アジア 22 1,984 81.5% ヨーロッパ 36 203 8.3% 2 156 6.4% 11 36 1.5% 4 33 1.4% 14 23 0.9% 89 2,435 100% 北米 中南米 オセアニア 中東・アフリカ 合計 課程内容 特徴 日本語能力に合わせた8段階のレベル それぞれのレベルで日本語を総合的に 上のレベルでは他学部科目も履修可能 修了要件 年間26単位(原則として各学期13単位)以上を履修 設置科目 週1回90分で1単位 レベル1~4ではコアクラス(10or13単位/週) レベルが高くなると科目選択の幅が広がる 開講科目 科目種類 内容 単位数 教科書を用いて基礎から応用に至る学習 5/10/13 を行う 日 本 語 セ ン タ | コア クラス 教科書に拠らずクラス内での活動を中心 にコミュニケーション能力を中心に養成 する学習を行う 3 / 5 聴解、読解、口頭表現、文章表現、文法、 技能 1 漢字、発音の各技能を磨くクラス クラス 日本語 日本社会や日本文化、日本語に関わる テーマ テーマを設けて講義や活動を行う 科目 他学部 設置科目 日本語で行われる各学部の授業を聴講す る.※レベル8の学生のみ 1 2 授業内容 レベ ル 1 2 3 4 5 6 7 8 内 容 日本語でコミュニケーションをとるための 基本的な文型、語彙、表現の習得 日本語の運用能力をさらに高めるために、 場面や状況に応じた表現や語彙を学習し広 いコミュニケーション能力を習得。日常生活、 さまざまなテーマや課題について、日本語で 理解したり発表したり議論したりできる基礎 的な力を育成 大学の講義を受講したり、研究活動を行った りするのに必要な高度な日本語の運用能力 を身につける。学術的、社会的、文化的な テーマについて、日本語によるディスカッショ ン、プレゼンテーション、レポート作成や論文 作成などができる高度なコミュニケーション 能力を育成。 コア クラス 技能 クラス テーマ 科目 他学部 設置科目 10/ 13 0/3 - 10 3 - 8 /10 3/5 - 3 / 5 8 / 10 - 2 - 13 ※8レ ベルの み 2.実践事例の紹介 1) 「日本語2ABE」の実践 ①対象となる教室の概要 日本語2A 10コマ/週,別科日本語専修課程 日本語2B 10コマ/週,院生,研究生,研究員 日本語2E 5コマ/週,院生,研究生,研究員 日本語でコミュニケーションをとるための基本的な文型、 語彙、表現の習得 自律学習につながる学習スキルの習得 2.実践事例の紹介 1) 「日本語2ABE」の実践 ①対象となる教室の概要 月 火 水 Ⅰ Ⅱ 2A+2B 木 金 2.実践事例の紹介 1) 「日本語2ABE」の実践 ①対象となる教室の概要 月 Ⅰ Ⅱ 火 水 木 2A+2B+2E 2A+2B 金 2.実践事例の紹介 1) 「日本語2ABE」の実践 ①対象となる教室の概要 月 火 水 木 金 Ⅰ 1時間目だけで帰ってしまう学 習者がいる Ⅱ 別科生,院生,研究生,研究員な どいろいろな学生がいる 2.実践事例の紹介 1) 「日本語2ABE」の実践 ①対象となる教室の概要 月 Ⅰ Ⅱ 火 水 木 金 文法授業(『げんきⅡ』) 曜日ごとに異なる技能別授業 2.実践事例の紹介 1) 「日本語2ABE」の実践 ①対象となる教室の概要 文法授業(『げんきⅡ』) 曜日ごとに異なる技能別授業 2008年度 月:読む 火:話す 水:書く 木:文法テキストを作る 金:漢字の先生になる 2.実践事例の紹介 1) 「日本語2ABE」の実践 ③本実践研究を通して、実習生が得られるこ と <実習生が行う活動>参与観察,シラバス 検討,教案復元,教案作成,授業実践,振 り返り 初級の授業実践に必要な知識と技術 授業担当者としてだけでなく,コースコー ディネータとしての視点 2.実践事例の紹介 1) 「日本語2ABE」の実践 ④学習者と接するときの留意点 学習者の生活(人生)のなかで,「教室で日 本語を学ぶ」ということがどのような意味を 持つのかを考えること。 「初級には無理」といった教師の思い込みで 教室活動をデザインしないこと。 2.実践事例の紹介 2)「考えるための日本語」の実践 ①対象となる教室の概要 2.実践事例の紹介 2)「考えるための日本語」の実践 ②実施内容(1 設計理念) 行為者acteurとしての学習者の活動は、他者 との交流によって活性化する。 ・自分の考えを表現する。 ・他者の考えを聞いて自分の考えを更新する。 ・複数の他者と自分、社会との関係について 考える。 2.実践事例の紹介 2)「考えるための日本語」の実践 ②実施内容(2 活動目的) • このプロジェクトは学習者一人一人が自分の レポートをまとめ、レポート集「日本語で表現 する私」を完成させることを目的としたクラス 活動。クラスの人たちから多くの意見をもらっ て、自分の考えをまとめながら、思考と表現 の力をつける総合的な日本語トレーニング。 2.実践事例の紹介 2)「考えるための日本語」の実践 ②実施内容(3 活動手順ークラス活動の流れ) 1.動機レポートをつくる。(グループごとに) 2.対話(1人か2人を対象に) 3.対話報告(グループごとに) 4.結論(グループごとに) 5.相互自己評価(合同で) 2.実践事例の紹介 2)「考えるための日本語」の実践 ②実施内容(4 活動の実際) ビデオクリップ ビデオクリップ ビデオクリップ ビデオクリップ 01 02 03 04 2.実践事例の紹介 2)「考えるための日本語」の実践 ③本実践研究を通して、実習生が得られること 教室は一つの社会=行為者acteurとしての日 本語使用とは何かを考えるようになる。 言語活動は学ぶものなのか(「日本語を学ぶ /教える」とは何か) 〈教えるー教えられる〉関係から 〈学びあう〉関係へ 2.実践事例の紹介 2)「考えるための日本語」の実践 ④学習者と接するときの留意点 自分自身がめざす教育活動とは何かをよく内 省し、そのためにこの活動で自分が何をする のかを考え、行動すること。 2.実践事例の紹介 3)「にほんご わせだの森」の実践 ①対象となる教室の概要 時間/土曜日午後1時~3時 場所/大学の教室 学習者/「ちらし」を見て参加を希望した人 学習目的、日本語レベルは限定しない 2.実践事例の紹介 3)「にほんご わせだの森」の実践 ①対象となる教室の概要 時間/土曜日午後1時~3時 場所/大学の教室 学習者/「ちらし」を見て参加を希望した人 学習目的、日本語レベルは限定しない 就学生、大学生、英語教師、研究生、企 業駐在員、その配偶者、その子ども、 エスニック料理店勤務、等 2.実践事例の紹介 3)「にほんご わせだの森」の実践 ②実施内容 実習生が,チームを組んで どのような対象者と どのような活動を行うか を決定する 2.実践事例の紹介 3)「にほんご わせだの森」の実践 ②実施内容 「お話」;自分の 中の話題 生活情報 絵本 日記 (ジャーナル) 生活と自分を語る 2.実践事例の紹介 3)「にほんご わせだの森」の実践 ③本実践研究を通して、実習生が得られること 状況分析 目標設定 実施 評価 2.実践事例の紹介 3)「にほんご わせだの森」の実践 ③本実践研究を通して、実習生が得られること 状況分析 目標設定 実施 評価 ・どのような活動を組んでも、基本的な流れは同様 ・他の実習生との協働作業を通しての具現化 2.実践事例の紹介 3)「にほんご わせだの森」の実践 ④学習者と接するときの留意点 学習者はこの教室に自由意思で参加する 多様な「目的」と「期待」をもって参加する ということを意識して、自分たちの構想を 具現化すること 2.実践事例の紹介 3)「にほんご わせだの森」の実践 ④学習者と接するときの留意点 学習者はこの教室に自由意思で参加する 多様な「目的」と「期待」をもって参加する ということを意識して、自分たちの構想を 具現化すること ↓ どんな場合でも、目前の参加者に 「日本語を教える」ということの意味を内省し、 確認しながら教室を作っていくこと 3.グループディスカッション 4時45分まで • 4人*4グループに分かれてください。 • 以下のポイントについて、ディスカッションを 行ってください。 Q1 3つの実践事例の共通点は何だと思い ますか。 Q2 その共通点と自分の実践の同じところ、 違うところは何ですか。それはどうしてですか。 4.グループからの報告 • グループ1 共通点 いろいろある。学習者の自律を促すような活動。コミュ ニケーション力の養成。 自分たちの実践との比較 外国語学習の前提の違い(自問自答)。理想には共鳴 する・・・がしかし、出発点がかなりちがう(教室を始め る前の学習者の目的、状態。日本で教えるか、外国で 教えるかなど)。 4.グループからの報告 • グループ2 共通点 学生が主体。従来の「教える」という既成概念をこわし た。文法を教えるのではなく、他者とのコミュニケーショ ンを通して主体的に学ぶ。学習者の興味を主体におい ている。レベルを超えた活動。 自分たちの実践との比較 機関が異なるのでまとめるのは難しい。環境の違い。フ ランスにいるのですぐに必要とは限らない。媒介語の 使用が前提になる(とくに初級)。名古屋大学での英語 教育の実践(このグループメンバーの実践)と共通する ところがあった。 4.グループからの報告 • グループ3 共通点 その1:従来の教師と学生との関係(知識を与える)で はなく、教師の役割がサポートする立場にある。 その2:自律学習。従来のイメージをもって接するので なく学習者がそれぞれの立場で「学ぶ」ことをめざす。 その3:教室をコミュニティ・社会としてとらえる。その中 で自分が何ができるかを考えながら学習する。 その4:実習生の存在。先生と学習者の間にある立場。 自分たちの実践との比較 理想としてはそうやりたい。しかし、実際はな かなかそうはいかない。学生数が多い。 80‐100名の学生で可能か。 自分が理念をもっていたとしても、同僚、学生 とのビリーフと齟齬がある(こともある)。 成績評価の難しさ。 学習者にとって選択の幅があるかどうかに よって、実現の可能性がちがうのでは? 4.グループからの報告 • グループ4 共通点 自律的な学習を導く教室運営。教師も学ぶコミュニティ 活動。教師の自己研修を「かなり」要請している。実習 生に「どうして、なぜ」を考えさせるやりかた。 自分たちの実践との比較 クラスをとりまく環境(時間数、コマ数、学習者数、同僚 との関係など)がちがう。同僚との話し合いの時間が少 ない。実習生やサポートしてくれる母語話者が確保で きない環境で実践することの難しさ。「実践」に関する 教員養成、自己研修の場が少ない。 5.まとめ 「共通点」と「比較」のコメントにギャップがあるように思う。 抽象度のちがい。環境だけが原因だろうか。 「成績評価」はたしかに難しい。何を目指すのかという問 いとすべてにおいて相互に関連する。 「私にしかできない教室」とはどのようなものだろう。 『考えるための日本語』(理論編および実践編あり)絶賛発 売中!お買い上げはwww.gbki.org経由にて。 教室で最終的にどうするかではなく、それ以前に「自分の 教室」を考えるプロセスのほうが大事で、そして苦しい。しか し、楽しい。 表面にある活動にこだわるのでなく、その奥(裏?根?) にあるエキスをどのように具現化するかを考える必要があ るのではないか。 5.まとめ 早稲田大学での「実践」「教員養成」の特徴 13名の専任教員が13の実践科目を展開している。そ して30に近い理論科目を提供し、論文作成のゼミを行 う。これら三者が一体となった教員養成課程である。 (詳しくは配布のパンフレットをご覧ください)。 この状態はある意味、特殊でリソースが豊富なゼイ タクな環境だといえるかもしれない。 しかし、このことは、いいことばかりではない。む しろそのような環境であるからこそ考えなければなら ない課題が山積している。実習生がクラスに入りさえ すれば、即ちクラスや学習者の利益になるとは言えな い。教室環境を整えていくために、担当教員が考え準 備すべき要因が増えたことにもなる。 5.まとめ したがって、問題は与えられた環境のよしあしなの ではなく、奥にある「エキス」をどのように捉え、そ れを自分に与えられた現場でどのように実現するかと いう自分の姿勢が大事なのではないか。 結局は、「実践研究」は「自己研修」である。どの ような環境と現状を足場としていても、私たちは自己 研修としての実践研究の意味を考え、実施していく必 要があるのではないか。 5.まとめ 早稲田大学での「実践」「教員養成」の特徴 「実践」と「研究」を独立したものと考える立場もあるが、表裏一 体、車の両輪と考えるべき。それが現場に根ざした「実践研究」の真 の姿ではないか。「実践研究」でテーズも書けるはず。 フランスでも自律学習の問題は活発に議論されている。日本語教育 の世界を特殊化せずに、「環境」に対する自分の意識をどのように変 えていくかが大事ではないか。 それは、何のための学習/教育かという言語学習の目的と方法の問題 をめぐる議論であり、教師間での教育観の対話の重要性でもあるだろう。 そういう土壌は、フランスにすでに根づいているはず。さまざまな状況の中 の日本語学習(日本語/非日本語社会での学習、成人教育と年少者教育 (移民教育)、学習者の動機・ニーズと教室活動など)についての議論の盛 り上がりを期待したい。それは、複言語・複文化主義は何をめざすのかとい うテーマと通底しているのではないか。
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