時間上の選択 • 時間の不思議 ニュートン的時間とフランスの生命の哲学 者、アンリ・ルイ・ベルクソンの時間論につ いて説明する。他にも、物理学の内部から ニュートン的時間論を超克しようとした動き について説明する。 経済学と時間について • 経済学では、時間をどのように扱ってきたの か。率直にいって、経済学と時間と銘打って、 いきなり行き詰まってしまう。経済学における 時間の取り扱いは、ベルクソンやフォン・ノイ マンほど仰々しいものではない。経済学は人 間の経済活動をベースに扱う学問であり、ア ダム・スミス以来、時間上の選択、たとえば投 資活動を通じた資本蓄積には多大な項数を 割いてきた。 割引率の計測 • 割引率をどうやって計測するのかという話をしよう。ここからは肩 の力を抜いて、一緒に考えてもらいたい。いささか乱暴な方法なの だが、割引率を次のように求めることがよくある。 • 「今すぐ100円もらうことと、1年後に――円もらうことの満足が等 しくなるように、傍線部に金額を書き込みなさい」 • たとえば、傍線部に120円と書き込んだとしよう。このとき、100 円=120円÷(1+R)から、R=0,2と計算し、割引率を20%とみ なす。この方法は経済学的な欠点があるのだが、今は触れないで おく。他にも、もっと複雑な問題を考えてみてまいたいと思う。 • 「今すぐ100円もらうことと来年から10年間続けて――円もらうこ との満足が等しくなるように、傍線部に金額を書き込みなさい。」 • たとえば、傍線部に20円と書き込んだとしよう。このとき、100 円=20円÷(1+R)+20円÷(1+R)2+・・・+20円÷(1+R)10から、 R=0,15と計算し、割引率を15%とみなす。このようなやり方で、 割引率を計測した研究はたくさんある。 ジョン・レーとは • レーは、「資本の社会学的理論」のなかで、資本蓄積が人 間の心理的な要因によって決まることを主張した。 • レーが特に重視した心理的要因は以下のとおりである。 第一に、子孫に資産を遺すという遺産動機。第二に、長期 的な視点から未来を見越した自制心。第三に、健康、職業、 天候などに影響される寿命の不確実性。第四に、今すぐ 消費することによって得られる満足の切迫度。 • こうしたレーの時間上の選択の経済心理的説明は、今で も新鮮さを失わないが、経済学の歴史のなかで、オースト ラリア学派の重鎖オイゲン・フォン・ベーム・バヴェルクやイ ギリスの鬼才ウィリアム・ジェヴォンズへ山びこのように反 響していく ヒィールド研究とは • フィールド研究の代表例は、家電製品の購入 において、初期費用は安く済むが月々の運 転費用は高くつく旧式の製品と、初期費用は 高くつくが月々の運転費用は安く済む新式の 製品とのトレードオフから計測された割引率 である。エアコンディショナーに関して20%、 ガスヴォーターヒーターに関しては102%、 冷蔵庫に関しては138%など、家電製品の 種類や用いられる計算方法によってかなり計 測結果に幅があることが知られている。 第二のヒィールド研究 • 第二のフィールド研究は、リスクの異なる職 業と給料のトレードオフから割引率を推定す るものである。一般に、危険な職業はなり手 が少ないので給料を割り増さないといけない。 この場合、寿命や健康と引き換えに借金する ようなものであり、割引率は高くでる。反対に、 安全安心な職業はみんながつきたがるので、 給料で人をつる必要はない。この場合、割引 率は低く出るだろう。 アヂィクションとは • タバコやアルコールのようなアディクションを 考えてみる。 • タバコをたしなむ人はアルコールもたしなみ、 物質的なアディクションを好む人はパチンコ や競馬のような行動過程へのアディクション も好む傾向があり、ときとして多重債務に陥 る場合もあり、人格崩壊や家庭崩壊まで引き 起こしかねない。こういったアディクションの 連鎖は合理的選択の結果とはいいがたい。 ベッカーの人的資本理論とは • 人的資本理論では、人間の経済的価値を投 資によって高めることができるとして、その価 値を資本のように蓄積できると考える。その 方向に従って、健康が効用を生み出す資本 であると考え、消費者は健康を改善させるた めに医療サービスを消費するという医療重要 モデルが考えられた。将来の健康資本に与 える影響を考慮して、現在の医療サービスの 消費を決めるという考え方は、医療経済学に も大きな影響を与えた。 ベッカーの合理的行動への批判 • 第一の批判は、アディクションの初期において自 分が中毒になることのリスクをわきまえず、中毒 になったときの被害を過小に見積もっているとい うものである。実際には同じだけアディクション財 を消費しても病気になる人とならない人がいる。 病気になるかどうかは、遺伝子のような先天的 要因と生活環境のような後天的要因とが複雑に 相互作用して決まるからである。依存症にはま る人は、自分だけは大丈夫と楽観的にリスクを 見積もる傾向がある。体のなかではダメージが 蓄積していながら、病気が顕在化してからはじめ て後悔するのだ。 • 第二の批判は、人間の合理性には限界があ り、その行動には首尾一貫性が欠けるという ものである。具合的には、長期的にはアディ クションをやめたほうがよいと分かっていなが ら、つい目先のアディクションに手を出してし まうような場合である。時間選好率とは将来 の満足を現在の満足に換算するときの割引 率のことであるが、もしも時間選好率が一定 であるならば、近い未来の利得でも遠い未来 の利得でも同じ比率で価値を割引くので、両 者の割引現在価値は幾何学の平行線が交 わらないように交叉しないはずである。 喫煙の経済心理学 • 喫煙は体によくないといわれている。喫煙者 の多くもその事実を認めている。それならば、 なぜ喫煙者はタバコを吸うのだろうか。タバコ を吸う理由とは、活力の増大、ストレスの発 散、そして依存性挙げられる。ある研究によ れば、喫煙者は喫煙本数が進むにつれて、 心理的安定が得られ、社交性も増すと報告さ れている。愛煙家にとって、一時的にせよ、タ バコが効用の増大をもたらすことは認められ よう。 • このように考えると、喫煙するということは2つ の意志決定問題として定式化できる。第一に、 喫煙は時間上の選択である。愛煙家にとって、 一服することは、今直面するストレスを発散さ せ、小さいながらも効用を高めてくれる。他方 で、疫学研究によれば、長年の喫煙習慣は健 康をむしばみ、将来の効用を著しく低めるかも しれない。裏返していえば、タバコを吸わなけ れば、将来の大きな効用を得ることが期待でき る。つまり、喫煙は現在の小さな効用と将来の 大きな効用の間の選択問題である。 • 第二に、喫煙はリスク下の選択でもある。喫 煙をすると、肺がんや気管支炎などの健康リ スクを高めることが知られているが、疾病の 発言の仕方は人によって異なる。喫煙で命を 落とす人もいれば、喫煙に関係なく長寿を全 うする人もいる。つまり、喫煙は増大するリス クをどのように評価するかという問題である。 行動経済学の成長 • トヴァスキーやカーネマンたち先駆者の努力に よって、行動経済学の研究成果が次第に学界で 認められるようになり、行動経済学に対する異 端視は減っていた。それどころか、行動経済学 的視点を積極的にモデルに取り入れた新しい経 済学分野も誕生していった。行動ファイナンス、 行動ゲーム理論、行動○○、行動××、行動 △△など、行動経済学ブームはいささか度を越 しており、その解説書や翻訳書が毎月発売され る有様である。 フィッシュバーンの予想 • フィッシュバーンの予想は二十一世紀の始ま りのたかだか10年において、すでにかなり正 確に実現している。二十一世紀は物理学の 時代であり、経験科学の自称次男坊である 経済学は長男の物理学に憧れ数理化を目指 してきた。しかし、本家本元の物理学がかなり 行きつくところまで行き、実験によって検証可 能なビックサイエンスのフロンティアの枯渇が 危惧されるようになった。 経済学の未来 • 二十一世紀はバイオ科学の時代となろう。二 十一世紀の経済学も物理学よりはバイオ科 学の発達から大きな影響を受けることになる。 とりわけ、脳機能の解明が進むにつれて、経 済学の意志決定理論の無邪気な想定がそっ くりそのまま生き残ることはできなくなる。 • 経済学はいったいどのような学問になるのだ ろうか。バイオ科学の技術革新により、あた かもニュートン力学が一般相対性理論により その意義と限界が明らかになったように、経 済学はより一層強固に基礎づけられるかもし れないし、スコラ哲学がニュートン力学によっ て一掃されたように、経済学の前提は真っ向 から否定されてしまうかもしれない。 不確実性下の選択 • 90%の確率で500万円当たるくじが100万円で売ら れているとしよう。くじの数学的な期待値は450万円 であるから、100万円の値打ちは十分にある。しかし、 多くの人は一か八か賭けなければならないような事情 がないかぎり、このくじを買う勇気がなかなかでないの ではないか。ところが、9%の確率で500万円当たる くじと10%の確率で100万円当たるくじのどちらかを 選ばなければならないとしたら、ならば、ほとんど人が 前者を選ぶだろう。こんな当たり前の心理も、経済学 の世界では困ったことを引き起こしてしまう。この不確 実性下の選択では、行動経済学が描く人間の不確実 性下の選択の摩訶不思議を解説していきたいと思う。 確率革命 • 春にまいた種が芽を出しても、秋にどれだけの 収穫をもたらすかわからない。それは、未来が 不確実だからである。不確実性とは、これから起 こる出来事が分からないことを表す。そこで登場 するのが確立である。確率とは、ある出来事が 起こる度合のことをいう。たとえば、歪みのない サイコロを振るとき、1の目が出る確率は6分1 である。このことは、60回サイコロを振れば、1 の目が10回でることから確かめられる。出ない。 60回では少なすぎたかもしれない。600回、60 00回とサイコロを振れば、きっと1の目が出る相 対的な頻度は6分1に近づいていくはずである。 経済学と不確実性 • ジョン・メイナード・ケインズを経済学者といってよいものかどうかわからない。ケインズが大 恐慌時に有名な経済学の本を書き、ケインズ革命と呼ばれる旋風を巻き起こしたのは事実 である。しかし、ケインズは経済学の学位は持たず、経済学の教授でもなかったし、なによ りもケインズが人生を経済学に捧げた時間は長くはなかった。ケインズの出世作は「蓋然性 理論」と呼ばれる論理的確率に関する数学的考察であり、バートランド・ラッセルなどケンブ リッジ大学の当代最高の知識人たちとの交流の成果でもある。ケインズを一言で言えば、 すべてに卓越した才人であり、実戦的な道徳的な道徳科学者である。ケインズの論理的確 率論という壮大な構想は必ずしも成功しなかったといわれるものの、彼の若き日の信条は 「一般理論」にもずいぶん反映しているはずだ。確率論的なリスクと先が読めない真の不確 実性は根本的に異なり、不確実性のゆえに企業家がたちすくみ、十分な投資活動を行えず、 深刻な需要不足が生じたのが大恐慌である。近年、道徳科学者としてケインズの再評価が 進んでいる。ケインズ同様に、アメリカのシカゴ大学のフランク・ナイトも「危険・不確実性お よび利潤」のなかで、確率的に予測できるリスクと予測できない不確実性を峻別した。今で は後者はナイト流の不確実性と呼ばれている。しかし、ムーア、ラッセル、ラムジー、ホワイ トヘッド、ヴィトゲンシュタインらと交わり、20世紀前半の科学哲学プログラムとして論理的 確率論を構想したケインズと、たかだか企業の利潤源泉論として着想されたナイトの不確 実性理論は、当時の知的世界の頂点に立つケンブリッジ大学と、まだ学問後進国にすぎな いアメリカの創設間もないシカゴ大学の格差を反映しているといえば意地悪ではないだろう か。ナイトに対する私の点が辛いのは、非分析的なナイト経済学への私個人の好き嫌いと もいえるだろう。 ゲーム理論の黄金時代 • ゲーム理論の経済学に与えた大きな影響を考え るうえで、学問的な世界観の変革をあげることが できよう。ミクロ経済学が誕生間もない頃、産業 組織論には完全競争論と独占理論の両極端し かなかった。その中間の不完全競争理論がある ことにはあったが、独占的な競争状態といういさ さか矛盾した意味で使われており、複数の企業 が戦略的に相互依存し合いながら競争するとい う寡占理論の登場は、ゲーム理論の援用なくし てありえなかったのである。 利他主義とはなにか • 利他主義とは、自分への見返りなく、ときには 自らの利得を犠牲にしてまで、他者に便宜を 図ろうとする行為のことを指す。厳密に、他者 の効用が上がることをもって自分も効用を感 じるという純粋な利他主義と、他者にほどこ すという行為から(他者がそれをどう感じるか とは別に)効用を感じる見せかけの利他主義 とは峻別する必要がある。 多様な利他性 • 人が抱く満足や不満は、当人の絶対的な利 得ではなく、他者と比較した相対的な利得に よるという考え方を、アメリカの社会心理学者 のロバート・キング・マートンは相対的剥奪論 と呼んだ。 経済学における利他性 • 経済学における利他性は鬼胎のようなもので あった。繰り返すまでもなく、経済学の父アダ ム・スミスは神の見えざる手のメカニズムに よって私益の追求が公益に転じると考えてい たわけではない。スミスは、他者の心を想像 する共感こそ、資本主義を支えるに必要な個 と個をつなぐ紐帯と考えていた。 まとめ • 経済学の諸概念を援用した新しい枠組のもとで行動研究を行う分 野を行動経済学という。行動経済学の出発点は,給餌が実験セッ ション内に限られる閉鎖経済環境(クローズド・エコノミー)のもとで は,従来の対応法則が必ずしも成立するとはいえないという事実 である。ここから,強化子を財という包括的概念に置き換え,財の 希少性を前提として,行動と強化子の関係を,たとえば,需要と供 給という観点から分析しようとするのである。需要供給分析という 枠組では,行動と強化子の関係は,行動価格(1反応あたりの強 化子数)の変化に対する需要(単位時間あたりの獲得した強化子 数)の変化,すなわち,価格弾力性という観点から扱うことができ る。 2種の強化子(2種の財)の関係も,たとえば,A 財の行動価格の変 化と B 財の需要の変化との関係,すなわち,A 財と B 財の代替性 という観点から分析することができる。このように,財,代替性,弾 力性,経済環境などの新しい概念の適用は,従来の行動研究に 新たな視座を提供するものといえる。 まとめ • 行動経済学とは、心理学と経済学の融合を試みた経 済学の一分野。標準的な経済学では、「人間は合理 的である」と想定してきた。だが、現実の人間は、意思 決定の参考となる情報を無視することが多い。 • 例えば、6人兄弟の男女構成としては、「男男男男女 男」より「女男男女男女」のほうがありうると思ってしま うが、「統計学の知識」という情報を利用すると、両者 は同じ確率である。にもかかわらず、人間は「男の生 まれる確率と女の生まれる確率は同じ」という知識(情 報)のみを(誤って)利用して、「男女の数が極端に異 ならない構成」が起こりやすいと結論づける傾向にあ る。 まとめ • また、「こじつけ」とも思える強引な理由で自分の 行動を決定してしまいがち。赤ワインを大量に飲 んでしまい気分が悪くなった場合でも、「ポリフェ ノールが多い」からという理由で、「アルコールの 害」を無視して自分の暴飲という行動を正当化し てしまうこともある。このように、現実の人間は 「思考を節約」し、「自己の行動を正当化(合理 化)」する存在である。行動経済学は、このような 生身の人間のもっている「非合理性」を明示的に 考慮して、そのような人間の立場から個人の行 動や社会現象を観察・分析しようという視点を もった経済学である。 効果・人の心理に売れる糸口 • 古典的な経済学では「人は自分が最も得する(最も満足する)選 択をする」ことが前提になっています。そして、この前提は変化しま せん。ところが、人の購買行動を観察してみると、とても合理的と は思えない行動によく出くわします。そこには人の心理が深く影響 していると考えられるのです。行動経済学は、経済学に心理学の 視点を持ち込み、実際の行動に照らして人を観察するのが特徴で す。 • 行動経済学でよく知られる例の1つが「フレーミング効果」でしょう。 人は同じ内容でも、その時の状況によって異なる受け止め方をす る現象を指します。大和証券グループのCMでも「給料の20%を貯 金してみなさい」と言われた若者が「それは無理だ」と答えたのに 対し、「給料の80%で暮らしてみなさい」と言われると、「それなら やってみる」と受け入れの姿勢を示すやり取りが紹介されています。 同じ内容を指すのに、表現の仕方によって人の回答や判断は変 わってくるわけです。人の意思決定が常に合理的とは限らないこと が分かります。 動向・飲食店などで実践 • 行動経済学のヒントは日常生活の中にあふ れています。トライ&エラーで消費者に商品 を訴えかける試みが既に始まっています。例 えば、飲食店では売り込みたいメニューを中 心に3つの価格を用意し、意図的に顧客を真 ん中の価格に誘導することがあります。これ は「人が極端な選択を嫌い、中間を好ましく 思う」心理を巧みに突いた例といえます。
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