ネットワーク・エコノミクス 京都大学大学院経済学研究科 教授 依田高典 1 産業組織論とネットエコン • 伝統的産業組織論:2つの流れ – ハーバード学派 • メイスン・ベイン・ケイブスetc • SCPパラダイム • 集中度-利潤率仮説 – シカゴ学派 • スティグラー・デムゼッツetc • 強固な事前均衡/自然淘汰観 • 価格理論のレンズ 2 独占禁止政策 • ハーバード学派 – 厳格なカルテル・合併規制 – 構造的措置・企業分割 – 市場閉鎖理論 • シカゴ学派 – 垂直合併・混合合併は原則合法 – 反トラストのシカゴ革命(1982年) 3 新しい産業組織論 • NIO登場の背景 – OIOの理論的不備 – ゲーム理論革命 • コンテスタビリティ・参入阻止価格理論 • 独禁法への含意 – – – – 合理の原則・市場行動主義 豊富な説明力 均衡の複数性 予言と実証の困難 4 ネットエコンは現実に答えうるか • ネットワーク産業を分析するゲーム理 論的産業組織論 – ネットワーク外部性と標準化 – ボトルネック独占とアクセスチャージ – ユニバーサルサービス etc 5 コンテスタビリティと規制緩和 • 公益事業規制の限界 図1参照 – 市場の失敗:自然独占性→公正報酬率規制 – 政府の失敗:アバーチジョンソン・X非効 率性・レントシーキング • デムゼッツの卓見? – フランチャイズ・ビッディング:inではな い、forの競争 6 図1:自然独占産業 P Pm Pac Pmc AC MC MR Qm Qac Qmc Q 戻る 7 コンテスタビリテイ命題 • 市場がコンテスタブルならば、自然独占的市 場でも、潜在的競争圧力(ヒット&ラン)が働く ので、公益事業規制は必要ない。 – 競争的市場ならパレート最適、 自然独占的市場ならラムゼー次善 • 完全コンテスタブル市場 – 費用・需要の同質性/埋没費用ゼロ/報復の時間的 ラグ • 航空産業はコンテスタブル? – 飛行機は転売可能な固定資本(Capital on Wings) 8 コンテスタビリティ:批判的検討 • 均衡の存在の問題 – 整数問題とクリームスキミングによる破滅的競争 • 頑健性批判 – 不完全なコンテスタブル市場では、急速に参入阻 止価格は上昇する(潜在的圧力にならない) • 実証的批判 – 市場集中度/競争相手の有無と市場成果には有意な 相関がある 9 規制緩和の時代 • 規制緩和の効果? – 米国:約400億ドル、日本:約1兆円 • 米国の航空規制緩和 表1参照 – – – – 1978年規制緩和法 第一局面(1979-85年):新規参入・運賃低下 第二局面(1989-91):吸収合併・運賃上昇 第三局面(1992-):集中度/運賃微減・再規制の動 き 10 表2:米国航空産業集中度 1978 年 1985 年 1992 年 1 位 ユナイテッド 17.0 1 位 アメリカン 13.1 1996 年 1 位 アメリカン 20.3 1 位 ユナイテッド 20.1 2 位 アメリカン 12.5 2 位 ユナイテッド 12.3 2 位 ユナイテッド 19.3 2 位 アメリカン 18.2 3 位 パ ンナム 12.5 3 位 イースタン 9.9 3 位 デ ルタ 16.8 4 位 TWA 11.7 4 位 TWA 9.5 4 位 ノースウェスト 5 位 イースタン 10.9 5 位 デ ルタ 9.0 5 位 コンチネンタル 9.0 5 位 US エアウェイズ 6 位 デ ルタ 10.1 6 位 パ ンナム 8.1 6 位 US エア 7.3 7 位 ウェスタン 4.4 7 位 ノースウェスト 12.2 4 位 ノースウェスト 6.7 7 位 TWA 6.0 8 位 コンチネンタル 4.2 8 位 コンチネンタル 4.9 8 位 サウスウェスト 3 位 デ ルタ 16.2 11.9 6.7 6 位 コンチネンタル 6.4 7 位 TWA 2.9 8 位 サウスウェスト 4.7 4.7 上位4 社 53.7 上位4 社 44.8 上位4 社 68.6 上位4 社 66.4 上位 8 社 83.3 上位 8 社 73.5 上位 8 社 93.8 上位 8 社 88.9 上位 12 社 94.7 上位 12 社 86.0 上位 12 社 98.3 上位 12 社 94.8 戻る 11 航空コンテスタビリティの神話 • 「理論的支柱説」 – コンテスタビリテイ理論の完成と米国航空規制緩 和は並列的進行 • 「航空市場コンテスタブル説」 – 航空といえども非コンテスタブル:ハブ&スポー ク・CRS・イールドマネジメント・FFP • 「コンテスタビリティ=規制緩和説」 – ボウモルは規制緩和批判、カーンはコンテスタビ リティ批判 12 ボトルネック独占 • エッセンシャル・ファシリティ法理 – イコールアクセス・非差別的料金・アンバンドリ ングの義務づけ • ボトルネック独占のインセンティブ – 効率性インセンティブ • 規模範囲の経済性・取引費用節約・垂直的外部性の内部 化・ただ乗り防止・不完備契約対策 – 競争制限的インセンティブ • 可変的要素結合比率操作・プライススクイズ・参入障 壁・ライバルの費用上昇 13 ボトルネック独占の社会厚生 • 5つの産業構造 図2参照 – – – – – 統合型ボトルネック 分離型ボトルネック 分離分割 分割型垂直統合 非対称型垂直統合 • 3つのメカニズム 表2参照 – 水平間代替性:産業内部の競争度 – 垂直間補完性:二重マージンの回避 – 規模・範囲の経済性 14 表2:5つの産業構造 1)統合型 (2)分離型 (3) 分離分割 ボ ト ルネ ッ ク ボ ト ルネ ッ ク B1 B2 A1 A2 B2 B1 B2 AA2 AA 1 1 2 A1 A2 B1 (4)分割型 (5)非対称型 垂直統合 垂直統合 B1 B2 B1 A1 A2 A1 B2 A2 戻る 15 表2:5つの産業構造の社会厚生比較 a: 粗社会厚生の比較 競争強度大 競争強度中 競争強度小 1位 分割型 垂直統合 分割型 垂直統合 分割型 垂直統合 2位 非対称型 垂直統合 非対称型 垂直統合 統合型 ボト ルネッ ク 3位 分離分割 統合型 ボト ルネッ ク 非対称型 垂直統合 4位 統合型 ボト ルネッ ク 分離分割 分離分割 5位 分離型 ボト ルネッ ク 分離型 ボト ルネッ ク 分離型 ボト ルネッ ク b: 純社会厚生の比較 上位グループ 分割型垂直統合 中位グループ 統合型ボト ルネッ ク 非対称型垂直統合 下位グループ 分離型ボト ルネッ ク 分離分割 戻る 16 ボトルネック独占の規制 • 構造的規制 – 公正接続・接続料金の紛糾 – 電気通信産業の例:米国・分離分割、英国・複占 施策、日本・持株会社方式 • 行動的規制 – 独占価格防止・規制の簡素化・競争促進 – 非対称規制:会計区分・業務規制・価格上限規制 • 裁量型・事前規制から、ルール型・事後規制 への脱皮 17 アクセスチャージ • 基本ルール – 平均増分費用(AIC) – 平均単独採算費用(ASAC) – 回避可能費用(AC) – 完全配賦費用(FDC) – ラムゼー・ルール(RAMSEY) 単独採算費用 ラムゼー・ルール 完全配賦費用 損失回避費用 増分費用 18 ECPR • ECPR=平均増分費用+平均機会費用 – 費用と需要の対称性のもとでは、 AIC≦ECPR=AC=FDC=RAMSEY≦ASAC • ECPRの問題点 – 不当な機会費用 • 独占的レント・経営非効率性の費用 – 経営効率化誘因の欠如 – プライス・スクイズの誘因 19 TELRIC • 未来指向・最小化・長期・増分・競争的・非 内部補助の費用 – 要素別アンバンドリング – 一種の資本設備のレンタル価格 • TELRICの問題点 (1)会計情報(トップダウン)とモデル情報(ボトムアッ プ)の齟齬。(2) ストランデッド・コスト(回収不能 費用)の発生 。(3)規制による強制収用。(4) 投資イ ンセンティブの欠如。(5) サービスの質・信頼性 の低下。(6) 長期増分費用plus方式のマークアップ 理論欠如。(7) 規制費用の増大。(8) ボトルネック を前提とした古い概念。 20 競争時代のアクセス・チャージ • M(市場活用型)-ECPR M-ECPR=AIC+Δ/Q(社会的機会費用) Δ=(規制下の純収益)−(競争下の純収益) ≦最効率的CAPのSAC • 設備ベースのネット間競争 – ボトルネック問題から、事業者間の共謀問 題へ(国際電話の料金清算問題、インター ネットのビル・アンド・キープ) 21 日本ネット産業のアクセスチャージ • 電気通信産業 – 1987〜足回り料金、1994〜エンド・エン ド料金、1996〜接続会計導入、2000〜 LRIC導入、既線点RTの費用をめぐる紛糾 • 電力・ガス産業 – トップダウン型のフォワード・ルッキング 費用導入(実はヒストリカル)、ABC会計の 活用、選択メニューの併用 22 ネットワーク外部性 • 通話の外部性とネット外部性 • バンドワゴン効果 図3参照 – スノブ効果・ヴェブレン効果 • 通信の相互依存性 – クリティカルマスの問題 – サービス普及価格の合理化 23 図3:バンドワゴン効果 p d1 d2 E1 p1 E2 p2 d12 0 q1 q1’ q2 q 戻る 24 Katz&Shpiroモデル • ネット外部性:(1)加入者数に依存する電話サービス、(2) ソ フトウェアの充実が前提となるハードウェア産業、(3)アフター サービスが必要な耐久財 • 2つのネット外部性:(1)ある一時点での消費者間で作用する 「水平的ネットワーク外部性」、(2)異時点間での消費者間で作 用する「垂直的ネットワーク外部性」。 • 2つの社会的非効率性 (1)「既得基盤」:もしも消費者がある企業規格やネ ットワークが優位になると予想すれば、消費者は その規格やネットワークに対する支払意志額を高 め、実際その規格やネットワークが優位になる。 (2)「互換性誘因」:企業は規格やネットワーク間の 互換性を設定するための適切な誘因を持つか否か 。互換性に対する企業の私的誘因と社会的誘因と の間では乖離、互換性は社会的に過少傾向。 25 Farrell&Salonerモデル • ネット外部性の2つの市場の失敗 (1)「過剰慣性」:非効率的な旧技術が既得基盤を持 つために、効率的な新技術の採用が阻害される場 合。 (2)「過剰転移」:非効率的な新技術が将来普及する と予想されるために、効率的な旧技術を駆逐して しまう場合。 • 過剰慣性・転移の2つの分類 (1)ある一時点での企業間で作用する「水平的過剰慣 性・転移」 (2)異時点間での企業間で作用する「垂直的過剰慣性 ・転移」 26 ネット外部性と標準化 • 標準化の三段論法? (1)標準化は公共財(非分割性・排除不能性)で ある。(2)ただ乗りのような市場の失敗が発 生する。(3)市場の失敗是正のための方策が 必要になる。 • チッピングとロックイン – QWERTY対DVORAKの事例 • 標準の類型化 表3参照 27 表 3: 標準の類型化 スポンサー無し 標準 デファ ク ト 標準 スポンサー付き標準 合意標準 強制的標準 自主的標準 デジュリ 標準 技術規制 戻る 28 デファクト標準 • 増大するデファクト標準の重要性 – 製品認知度・規模経済性・補完財増加 – VHS対Beta:1/2インチカセットで2時間記憶の 条件、業界全体の支持 • 新しい標準化の枠組み – 結果的デファクト標準と戦略的デファクト標準 – 第三の標準化としての自発的標準 – DVDのMMCD(SONY)対SD(東芝):コンソーシア ム・開発段階の先取り化 • ネット外部性と反トラスト – チッピングか、技術革新か – マイクロソフト裁判 29 料金体系 • 価格差別化規制 – ロビンソンパットマン法 – 同一サービス・同一料金原則 • 1984年リーチアウトアメリカの認可 • 価格差別化の類型化 – 第1級:相対型・完全価格差別化 企業に有利、消費者に不利 – 第2級:非線形・大口割引・自己選抜型 企業・大口需要家に有利、小口需要家に不利 – 第3級:市場区分型・逆弾力性ルール 小口需要家に有利、企業・大口需要家に不利 30 日本のネット産業の選択的料金 • 電話産業 – 1992年〜テレジョーズ認可、1998年タイ ムプラスをめぐる紛糾、定額制待望論 • 電力産業 – 電灯と電力の価格差異化・差別化 – 3段階逓増型ブロック料金(1974年〜) • 良い価格差別・悪い価格差別 図4参照 31 図 4: 良い価格差別・ 悪い価格差別 費用格差 広義の価格差別化 価格差異化 需要要因 外生要因 狭義の価格差別化 自己選抜 第 1 級価格差別化 第 3 級価格差別化 第 2 級価格差別化 競争的環境下 社会政策的見地が 考 にあ る か否か 慮さ れている か否か 戻る 32 ユニバーサルサービス • 生腐いイデオロギーの神話? – 第一世代:デュアルサービス時代の独占擁護 – 第二世代:公益事業規制下の内部相互補助 – 第三世代:競争時代の制度の揺らぎ • ユニバーサル・サービス・ファンド • リンクアップ、ライフライン • 1996年米国電気通信法による条文化 (1)公正・妥当・支払可能性、(2)地理的普遍性、(3) 高費用地域保護、(4)平等・無差別な負担、(5)明 確・予測可能・十分な基金、(6)教育・医療保護、 (7)競争中立性 33 ユニバーサルサービスの定義 • 2つの合理化 – 所得分配・社会政策、ネット外部性・メリット財 • 3つの構成要素 – コモンキャリッジ(非差別性) – ラストリゾート(アベイラビリティ) – アフォーダビリティ • 3つの流れ 図5参照 – サービス間、地理間、所得階層間 • 競争圧力による持続可能性の危機 – 内部相互補助・料金平準化→クリームスキミング →料金リバランス 34 図5:ユニバーサルサービスの流れ 長距離 サ ・ ビ ス 間 ↓ 大口需要家 消 ↓ 費 者 小口需要家 間 市内 高費用地域 ← 低費用地域 地理間 戻る 35 U&S-PDの提唱 • 増大する競争的環境・価格差別化 – 自己選抜型価格差別化の2つの条件 • 誘因両立条件と参加条件 • U&S-PD(ユニバーサルサービスのU・セルフセレクションのS) – 低所得者・高費用地域の参加条件にターゲットを 絞った福祉型料金制度→自己選抜条件を通じて消 費者全体の社会厚生の向上につながる – パレート改善型・現状維持型公正概念 36 インセンティブ規制 • 伝統的規制 – 費用積み上げ・公正報酬率規制 – X非効率性・AJ効果・規制の虜 • インセンティブ規制の登場 – 米国の実証研究:インセンティブ規制を採 用している州ほど、またその経験が長いほ ど、料金水準は低い 37 利潤分配方式 • 社会契約・スライディングスケール – 利潤の残余請求権の一部を企業に認める – NTTの幅公正報酬率規制(上限下限方式) – ガス事業の報償金のスライディングスケール • Leob&Magatモデル – 消費者余剰を補助金として企業に与える • Sappington&Sibleyモデル – 消費者余剰の改善分だけを補助金として企業に与 える 38 プライスキャップ • 1+RPI-X+Z方式 – 利点:経営効率化、料金リバランシング、規制の 簡素化、AJ効果回避 – 弱点:急激なリバランシング、X項の決定困難、 過小投資とサービス劣化 • Vogelsang&Finsingerモデル – プライスキャップの結果、ラムゼー次善型社会厚 生に収束する • 英国の経験 – 当初は低めのX項→企業は超過利潤の確保・国際 競争力の向上→X項の上昇 39 ヤードスティック競争 • 地域独占型産業の相互比較 – 私鉄・バス:実績原価と標準原価の折半 – 電力・ガス(1996〜):個別査定と比較査定 • Shleiferモデル – 費用と需要が等質的で、共謀がなければ、ヤード スティックで社会的最善になる • 実際には、費用と需要は非等質 – 依田・桑原のヤードスティック型費用補正計量モ デルの開発(地域別効果・規模経済性効果) 40 ベイズ型プリンシパル・エージェント • 情報の非対称性による規制の失敗 – アドバース・セレクション(隠れた特性) • Baron&Myersonモデル – モラル・ハザード(隠れた行動) • Laffont&Tiroleモデル • 自己選抜型規制とハイブリッド規制 – 米国の地域電気通信のアクセスチャージ:プライ スキャップのX項の水準と、公正報酬率規制の報 酬率の水準のメニューを企業に提示 41 複雑系とネットエコン • 複雑系ブーム – カタストロフィー・カオス・フラクタル • サンタフェ研究所・アーサーの活躍 – 収穫逓増と限定合理性 • 京大経研と進化経済学会 • ネット産業の複雑性 – 2つの収穫逓増性:ボトルネック独占(供給側)・ ネット外部性(需要側)→ポジティブ・フィード バック→線形的な世界観に基づく産業政策の無効 性 42
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