ロールシャッハ・テスト技法の 使用実態と意識について 丹治光浩(花園大学) 松本真理子(名古屋大学) 目的 ロールシャッハ・テストは世界的に広く用い られている心理検査の一つで、その実施法・解釈 法については従来からさまざまな技法が提唱され ている。 本研究は、わが国の臨床場面において使用さ れているロールシャッハ技法の実態とそれに対す る臨床家の意識について調査し、ロールシャッハ ・テスト教育の今後の方向性を検討することを目 的としている。 方法 (1)調査対象は、日本ロールシャッハ学会, および包括システムによる日本ロールシャッハ 学会の名簿から無作為抽出した588名で、無 記名の郵送法で行った。調査期間は2012年 2月~3月であった。 (2)調査内容は、最初に学んだロールシャッ ハ・テスト技法、現在使用しているロールシャ ッハ・テスト技法、使用技法変更経験の有無と その理由、解釈に用いる分析内容、使用頻度の 高いその他の投映法検査などの計12項目であ った(別紙)。 結果1 (1)405名から回答が得られた(回収率68.9% )が、そのうち回答に不備があった4名を除外し、最 終的には401名の結果を分析の対象とした。回答者 の内訳は、男性149名(37%)、女性252名( 63%)で、平均年齢は43.1(SD10.1歳)で あった。回答者の臨床歴は、平均17.0年(SD10 .1年)であった。 (2)回答者の所属は、図1のように医療機関が最も多 く209名(49%)、次いで司法・矯正が77名( 18%)、教育(教員)が61名(14%)、福祉4 1名(10%)、教育(SC)が33名(8%)、開業 7名(2%)となっている(福数選択可)。 開業 教育(教 福祉 2 14 10 教育(S 教育(教員) 司法・矯正 8 18 教育(SC) 医療 司法・矯正 49 福祉 医療 図1. 回答者の所 開業 結果2 (3)回答者のテスト歴は図2に示した通り、初 心者からベテランまで全体にバラついているも のの、11年~15年の中堅が最も多く、平均 値は約15年となる。 (4)ロールシャッハ・テストの年間実施件数は 、図3のように1~10件が最も多く(64% )を占め、次に11~20件(14%)、21 ~30件(8%)の順であった。この結果を月 平均に換算するとロールシャッハ・テストの年 間実施件数は10数件となり、1か月に換算す ると1件程度となる。 1~5年 31年以上 26~30 12 6 1~5 6~10 7 6~10 22 11~15 21~2 12 16~20 21~25 15 27 26~30 31以上 16~20 11~15 図2. テス 51 41~5 0 2 4 8 31~4 21~3 22 0 1~10 8 11~20 21~30 14 31~40 42 11~20 41~50 51以上 1~10 図3. 年間実施件 結果3 (5)ロールシャッハ・テスト技法については図 4に示したように、最初は片口法で学んだ者が 最も多いものの(60%)、現在は他技法から の変更も含め包括システムで実施している者が 最も多かった(59%)。その他、阪大法、名 大法については、ほとんど変化がなかった。 なお、技法の変更は回答者全体の51%にみ られ、中でも片口法から包括システムへの変更 が最も多く、変更者全体の65%を占めてい た。 最 初 現 在 60 22 28 片口 59 包括 図4. 名大 8 3 7 6 33 阪大 使用技法 その他 結果4 (6)技法の変更理由(表1)として最も多かっ たのは、「勤務先で使用されていたから」(2 1%)と「客観性に優れ、エビデンスがあるか ら」(21%)であった。技法を変更したメリ ット(表2)としては、「スコアリングや解釈 が容易になった」が最も多く(30%)、変更 のデメリット(表3)はメリットより少ないな がらも「解釈が表面的、画一的になった」(2 2%)などが挙げられた。 (7)技法を変更していない202名に変更希望 を尋ねたところ、34名(17%)が変更を希 表1.使用技法を変更した理由 ( 理 )内は% 由 勤務先で使われている技法に合わせて 55(21) 客観性に優れ、エビデンスがあるから 55(21) 研修・講義を受けて 35(13) 分かりやすい・学びやすい 40(15) 世界の主流だから 33(13) 役立つから(フィードバック・情報量など) 22( 8) 臨床能力が向上する その他(改訂についていけない、自分にあってる) 計 8( 3) 10( 4) 260(100) 表2 技法変更のメリット ( )内は% メ リ ッ ト スコアリングや解釈が容易 80(30) 客観性・エビデンスに優れている 60(22) 見方が広がった・解釈が深まった 39(14) フィードバックしやすい 25( 9) 他職種と情報交換しやすい 20( 7) 研究・文献が多い 18( 7) 仲間や研修の機会が増えた 13( 5) その他(クライエントの負担の軽減、時間計測が不要) 15( 6) 計 270(100) 表3 技法変更のデメリット ( )内は% デ メ リ ッ ト 表面的・画一的な解釈になった 27(22) 習得に時間がかかる 20(16) スコアリングが難しい 18(14) 少数派なので共通認識を持ちにくい 10( 8) 前の技法と混乱する 9( 7) 基礎データが少ない 7( 6) 学べる場が少ない 4( 3) その他(精神力動面が弱い、数値に頼りすぎる、再施行が負担) 計 30(24) 125(100) 表4 技法の変更希望理由、変更しなかった理由 ( 変更したい理由 包括システムが主流だから 現在の技法では不十分だから 視野を広げたい 職場の技法が異なっているから 計 変更したいが、しなかった理由 現在の技法でやれているから 多忙だから ・ 習得に時間がかかるから 学ぶ機会がなかったから 用いる機会がないから 計 )内は% 12(41) 8(28) 6(21) 3(10) 29(100) 23(68) 7(21) 2( 6) 2( 6) 34(100) 表5 技法の変更を希望しない理由 ( )内は% 変更したくない理由 今の技法が素晴らしいから 必要性を感じないから 今の技法が主流だから 他の技法も併用しているから 今の技法をさらに深めたい 今の技法を使い慣れているから 他の技法を学ぶ機会がない 他の技法を学ぶと混乱するから 自分に合っているから 計 58(30) 46(24) 26(14) 20(10) 18( 9) 9( 5) 8( 4) 4( 2) 3( 2) 192(100) 結果5 (8)結果報告(所見)に盛り込む内容としては、 1151回答中、形式分析が355(31%、回答 者の89%)、内容分析が331(29%、回答者 の83%)、系列分析が287(25%、回答者の 72%)、限界吟味が117(10%、回答者の2 9%)、その他が61(1%、回答者の15%)で あった(図5)。 (9)ロールシャッハ・テスト以外の投映法検査で よく使っているものとしては、1069回答中、SCT が289(27%)、バウムテストが282(26 %)、HTPが158(15%)、P‐Fスタディが12 5(12%)、風景構成法が110(10%)、人 結果6 (10)最後にロールシャッハ・テストに対する日頃 の思いを尋ねたところ、表6のようにさまざまな回 答が寄せられた。その多くはロールシャッハ・テス トの有用性について述べたものであったが、「スコ アリングの難しさ」「研修の機会」「職場の理解」 「技法の違いをめぐる対立」「大学院教育の充実」 などの課題も多く挙げられた。 100% 90% 80% 70% 60% 50% 40% 30% 20% 10% 0% 形式分析 内容分析 図5. 系列分析 限界吟味 結果に盛り込むもの その他 100% 90% 80% 70% 60% 50% 40% 30% 20% 10% 0% SCT バウム 図6. HTP PF 風景構成 人物画 その他の使用投 その他 表6 ロールシャッハ・テストに対する思い<複数回答あり> ( 思 い ロールシャッハ・テストは有用で素晴らしい 今後も研鑽を積みたい さらなる研究が必要 研修の機会がほしい 実施や解釈に時間がかかる 初学者がもっと勉強すべき 職場(医師)の理解がほしい 検査の限界を考えるべき(過信しない) 臨床能力による違いが大きい スコアリングが難しい 技法の違いを巡る対立をなくすべき 大学院教育の充実が必要 その他(保険点数が低い、将来性が乏しい) 計 )内は% 77(23) 68(20) 50(15) 25( 7) 25( 7) 22( 6) 19( 6) 14( 4) 12( 4) 11( 3) 7( 2) 6( 2) 5( 1) 341(100) 考察1 小川(2011)の調査で片口法が60.3%、包 括システムが14.9%だったことと比較して、今回 の結果はその関係が逆転していた。これは、調査対象 の約半数が包括システムによる日本ロールシャッハ学 会の会員であることが影響していると思われる。 また、技法の変更者が全体の51%に認められ、 その理由やメリットとして「エビデンスの存在」「分 析・解釈の容易さ」などが挙げられた点については、 近年のエビデンス・ベイスドや効率化といった社会的 潮流の影響が背景にあることが示唆される。 考察2 一方、技法変更のデメリットとして「解釈が表面的 である」という回答が多く認められたが、解釈には形 式分析(89%)のみでなく、内容分析(83%)、 系列分析(72%)を盛り込むとした回答も多く、我 が国におけるロールシャッハ・テストの伝統として形 式分析のみでなく、内容分析や系列分析を重視する傾 向が示唆された。この点は、今後のロールシャッハ法 教育における重要な視点であろう。 また、「習得に時間がかかる」、「スコアリング が難しい」といった回答の背景には、一度習得した技 法が新しい技法の習得を阻害していることがあるかも しれない。 考察3 ロールシャッハ・テスト以外の投映法の使用頻度 について小川(2011)の調査では、バウムテス ト、SCT、HTP、風景構成法、P‐Fスタディの順にな っているが、今回の調査では、SCT、バウムテスト 、HTP、P‐Fスタディ、風景構成法となっていた。こ れは、今回の調査対象の違いが影響していると推測 される。 ロールシャッハ・テストに対する自由記述で挙げ られた「スコアリングの難しさ」「研修の機会」「 職場の理解」「技法の違いをめぐる対立」「大学院 教育の充実」などは、今後のロールシャッハ・テス ト教育について技法を超えた教育のあり方を検討す る必要性を示唆しているのではないだろうか。 文献 小川俊樹(2011):心理臨床に必要な心理検査 教育に関する調査研究 第1回日本臨床心理士養成 大学院協議会研究助成研究成果報告書 斎藤高雄・元永拓郎(編著)(2012):新訂臨 床心理学特論 放送大学教育振興会
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