マクロ経済学 I

マクロ経済学 I
第4章
久松佳彰
貨幣の機能
• マクロ経済では貨幣(Money)の動きを見るこ
とが大事。
• 物価、為替レート、利子率などは貨幣と大き
な関係を持っている。
• マクロ経済学では貨幣量という概念に焦点を
あてる。
• 貨幣量を理解する為には、銀行などの金融
システムの理解も不可欠である。
貨幣の機能
• 中央銀行による金融政策がマクロ経済にど
のような影響を及ぼすかも考える。
• 重要な概念として信用乗数という考えを導入
する。
• 中央銀行が提供するハイパワード・マネーが
どのようなメカニズムで貨幣という形で増殖し
ていくかを理解する。
貨幣とは何か(78頁)
• 現金(日銀券や硬貨)は貨幣(Money)である。
• しかし、現代経済では預金によっても経済取
引が行われている。
– 預金振込みで財を購入する
• マクロ経済における貨幣は、通常、現金と預
金の金額を合わせたものである。
• 現金+当座預金=M1
• 現金+ほとんどの預金=M2
貨幣の交換媒介機能
• なぜ貨幣が必要な一つの理由は交換に便利
だから。
• 貿易において、貨幣が無いと貿易が成立しな
い場合がある。
• 図4-1
図4-1
石油を持っていて、
農産物が欲しい。
アラブ諸国
貨幣なしでは貿易ができない!
日本
アメリカ
自動車を持っていて、
石油が欲しい。
農産物を持っていて、
自動車が欲しい。
図4-1: 石油を貨幣として使う
石油を持っていて、
農産物が欲しい。
アラブ諸国
①アメリカは
農産物を輸出して
②石油を輸入する
③石油を輸出して
日本
アメリカ
④自動車を輸入する
自動車を持っていて、
石油が欲しい。
農産物を持っていて、
自動車が欲しい。
貨幣の交換媒介機能
• この例で、アメリカが石油を輸入するのは日
本から自動車を輸入するためである。つまり、
貨幣として利用するためである。
• 貨幣があると交換(=貿易)が促進される。
• しかし、石油を貨幣として使うことはめったに
ない。
• 一般的には、ドルなどの通貨が利用される。
図4-2: ドルを貨幣として使う
石油を持っていて、
農産物が欲しい。
アラブ諸国
農産物
石油
ドル
ドル
ドル
日本
アメリカ
自動車
自動車を持っていて、
石油が欲しい。
農産物を持っていて、
自動車が欲しい。
貨幣の交換媒介機能
• 貨幣なしで交換が成立するためには、取引相
手同士で売りたいものと買いたいものの両方
が一致しなくてはいけません。=「欲求の二
重の一致」
• 貨幣が存在することによって、交換をはるか
に容易にする。
金融システムとマネーサプライ(82頁)
• 貨幣量=貨幣供給量=マネーサプライ=現
金+預金
• 現金通貨を発行するのは中央銀行(日本で
は、紙幣は日本銀行、硬貨は財務省が発行)
• 預金を供給するのは民間の銀行。
• 預金や預金量についても中央銀行が大きく
関係している。
金融システムとマネーサプライ
• 銀行間の決済には、それぞれの銀行が中央
銀行に持つ口座を利用する。
• 銀行が中央銀行にもつ口座に預けている資
金のことを中央銀行預け金(リザーブ、準備
金)という。
• この準備金を利用して銀行間の決済が行わ
れる。
• この意味で、中央銀行は銀行の銀行である。
銀行間の決済
A銀行
日本銀行
日本銀行への
預け金
不動産購入
企業の預金
A銀行の口座
B銀行の口座
B銀行
日本銀行への
預け金
不動産販売
企業の預金
金融システムとマネーサプライ
• また、銀行は預金の引き出しに備えておかな
ければならない。そのため、現金と中央銀行
預け金(二つ合わせて「支払い準備」)を持っ
ている。銀行は中央銀行預け金を現金として
引き出せる。
• 銀行は預金の一定割合を中央銀行預け金と
して預けなければなりません。これを法定預
金準備とよび、預金に対しての割合を法定預
金準備率とよぶ。
民間銀行
民間の銀行
銀行の持っている
現金が減少する。
銀行は中央銀行
預け金を取り崩して
現金に換えることが
できる。
現金
中央銀行預け金
預金
預金者が
預金を引き出すと、
ハイパワード・マネー(84頁)
• ハイパワード・マネー(ベース・マネーとも、マ
ネタリー・ベースとも言う)とは、中央銀行が民
間経済主体に負っている負債の総額
• その中身は、市中に流通している現金通貨と
銀行が中央銀行に預ける中央銀行預け金で
ある。
• どのように中央銀行がハイパワード・マネーを
増減させるかを理解するのが重要。
図4-3 ハイパワード・マネーの増減の方法
中央銀行
ドル
通貨
手形
通貨
銀行
債券
通貨
ハイパワード・マネーの増加①
• 中央銀行が、市中銀行から手形を買う。この
ときに現金もしくは中央銀行預け金の形でハ
イパワード・マネーが増える。
• 中央銀行は買うときに割り引いて買う。
• このときの金利を公定歩合(こうていぶあい)
と言う。
• 景気が悪いと公定歩合は下げられ、景気が
良いと公定歩合は上げられることが多い。
ハイパワード・マネーの増加②
• 中央銀行は市場から債券を買うことができる。
その場合、現金や中央銀行預け金が増える
のでハイパワード・マネーが増える。
• 中央銀行が債券を買うことを買いオペ(買い
オペレーション)、債券を売ることを売りオペ
(売りオペレーション)という。
• 買いオペをすると、ハイパワード・マネーが増
える。
ハイパワード・マネーの増加③
• ドルを買って円を売れば、現金や中央銀行預
け金が増えるので、ハイパワード・マネーが
増える。
• 政府・中央銀行は、巨額の外貨(多くはドル)
を保有しており、これを外貨準備と言う。外貨
準備を売るとハイパワード・マネーが増える。
信用乗数
• マネーサプライとハイパワード・マネーの関係
を示したものが信用乗数の考え方である。
① M=C+D
② H=C+R
Mはマネーサプライ、Cは市中に流通する現金、
Dは銀行預金、Rは銀行の中央銀行預け金。
これは単に定義を数式で表したもの。
信用乗数
③ C=αD (αはアルファと読む)
④ R=λD (λはラムダと読む)
③式は、現金は預金のα分だけ存在するという
関係を表す(α:現金預金比率、現金性向)
④式は、中央銀行預け金(預金準備)は、預金
のλ分の割合で存在するという関係を表す
(λ:預金準備率)
銀行が法定準備だけ預金準備を持つ場合には、預金準備
率=法定預金準備率になる。
信用乗数
③、④式を①、②式に代入すると、
①’ M=αD+D
②’ H=αD+λD
①’式を②’式で割ると、
M/H=(1+α)/(α+λ)
もしくは、
M=[(1+α)/(α+λ)]H
(1+α)/(α+λ)が信用乗数。
信用乗数の背後のメカニズム(88頁)
1 
M
H
 
• ハイパワード・マネーとして出て行った中央銀
行の債務は、現金か預金準備の形で保有さ
れる。現金はそのまま貨幣として機能し、預
金準備はその1/λ倍の預金を生み出し貨幣と
して機能する。人々が現金より預金を持とうと
思うほど(αが小さいほど)、Hに対するMの比
率は大きくなる(信用乗数も大きくなる)。
信用乗数の背後のメカニズム
• ただし、銀行は預金の全てを貸し出すことは
できません。一部を預金準備として持つ必要
があるからです。
• すなわち、次々と生まれていく貸し出しは現
金もしくは預金準備の分だけ減っていくが、多
くの増殖を繰り返します。預金の総額はある
有限の値に留まります。人々が現金を選ぶほ
ど預金の額も小さくなります。
図4-4 信用乗数のメカニズム
A銀行
B銀行
a企業への
貸し出し
a企業の口座
aの口座からbの口座への振込み
への振込み
b企業の口座
への振込み
X企業への
新たな貸し出し
a企業
b企業
商品
新たな貸し出しにより、新たな預金が生まれる
=預金の自己増殖メカニズム
信用乗数とマネーサプライの変化
1 
M
H
 
• Mはハイパワード・マネー(H)、預金準備率
(λ)、現金預金比率(α)によって影響を受ける。
H増加→M増加
λ低下→M増加
α増加→M減少
マネーサプライと大恐慌の教訓(91頁)
• 1930年代のアメリカの大恐慌の事例
• 1929年株の大暴落→大恐慌
→①現金性向(α)の上昇<人々の行動>
→②現金預金比率(λ)の上昇<銀行行動>
⇒マネーサプライの大幅な低下(図4-5)
→これがアメリカの景気回復を妨げた(フリード
マン=シュワルツの意見)
90年代の日本でも、現金性向と現金預金比率
が上昇した。
貨幣供給と物価(93頁)
• 貨幣量と物価の間には密接な関係がある。
• 図4-6からわかるように、貨幣量が増えて
いる国では物価も上昇している。
貨幣供給と物価
• 物価には、モノやサービスの価格の平均的な
姿という面と、「貨幣の購買力」という面があ
る。
• 貨幣1単位(例えば100円)で買える量は、物
価が高ければ少なく、物価が低ければ多い。
貨幣数量式(94頁)
• 経済において全ての取引が貨幣を使って行
われると想定すると、次の式が成り立つと考
えることができる。
MV=PT
Mは貨幣量、Vは貨幣の流通速度、Pは物価、T
は経済の取引量。
貨幣数量式 MV=PT
• 貨幣の流通速度とは、ある一定期間(例えば
1年)に貨幣が何回使われるかの尺度。
• 取引量とは、一定期間(例えば1年)の間にど
れだけ経済取引が行われたかを測る尺度。
• 1年間の総取引額はPTである。
• 貨幣数量式とは、1年間に行われる取引総額
(右辺)が、使われた貨幣総額(左辺)に等し
いという関係を示したもの。
貨幣数量式 MV=PT
• TとVがあまり変化しないと仮定すると、
• Mが増えるときは、Pが増えることになる。
– 注意すべきは、Mが増えるからPが増えるという
原因と結果の関係を表していない。
– 別の要因で、MもPも同時に増えているかもしれ
ない。
貨幣数量式とケンブリッジ方程式
• 貨幣数量式において、T=ayを仮定する。yは
実質GDP、aは定数。
• 貨幣数量式は、以下のように変形される。
MV=PT, MV=Pay
M=P・(a/V)・y=Pky(ただし、k=a/V)
このkのことをマーシャルのkと呼び、M=Pkyを
ケンブリッジ方程式と呼ぶ。
マーシャルのk一定→名目GDP(py)とMに比例
関係。
金利と貨幣需要(97頁)
• 現実の世界ではマーシャルのkは一定ではな
い。人々の貨幣保有の理由は様々である。
①取引動機: 財・サービスの購入の為
②予備的動機: 突然の支払いに備える為
③資産保有動機: 貨幣を資産として持とうとす
る為
利子率(金利)は貨幣の保有動機に大きな影響
を与える。
利子率と貨幣保有動機
• 貨幣を持てば、高い利子を生む債券などをも
てなくなる。
• すなわち、利子率は貨幣を持つことの機会費
用となっている。
• 利子率が高くなると、人々は一般に貨幣を持
たなくなる。貨幣を持ったらすぐ他の資産に取
りかえようとする。つまり、貨幣の流動性が高
くなる。マーシャルのkが小さくなる。
利子率と貨幣保有動機
• ケンブリッジ方程式を書き換える
M=Pky, M/P=ky
Kが利子率(r)の関数であることから、
M/P=k(r)・y
と書くことができる。左辺を実質貨幣残高であり、
総貨幣量の実質価値を表している。さらに、
M/P=L(r, y)
と一般的に書くこともできる。
利子率と貨幣保有動機
M/P=L(r, y)
は、実質貨幣需要関数とよばれる。
• 人々が保有しようとする実質貨幣は、利子率
rの減少関数であり、そして所得yの増加関数
である。
貨幣量と物価(100頁)
• 利子率の変化を無視する。ケンブリッジ方程
式を変化率の関係で表すと、
⊿M/M-⊿p/p=⊿y/y
が成立する。 ⊿M/Mは貨幣の増加率、
⊿
p/pは物価の上昇率、⊿y/yは実質GDPの
変化率である。書き換えると、
⊿p/p= ⊿M/M- ⊿y/y
物価上昇率は貨幣増加率と経済成長率の差に
等しい。
補論
• 補論「信用乗数のメカニズム」は自習してくだ
さい。