環境経済学

2012年度 九州大学 経済学部 専門科目
環境経済学
2013年1月7日,15日
九州大学大学院 経済学研究院
藤田敏之
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8 環境評価
8.1 環境価値の指標(1)
環境評価とは環境の価値を測定することである
「環境はとにかく大切」と言うだけでは,経済学的な分析の対象にならな
い.仮に人間の生存にとってどうしても必要な環境があり,他のもので
代替できないならば,その価値は∞である
人間は,無意識のうちに環境評価に基づく意思決定を行っている.自動
車を運転する人(電気を使う人)は,自動車利用(発電)がもたらす環境
への被害と自動車(電気)の利便性を比較して利用量を決定している
問題は環境の価値が不当に低く評価される(または市場で価値づけら
れない)と,環境がないがしろにされやすいということである.正しい環
境評価とそれに基づく正しい意思決定を促進するための制度づくりが重
要である
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8.1 環境価値の指標(2)
環境の価値は,環境に対して貨幣をどれだけ支払えるのか(WTP:支
払意思額)に帰着する.通常の財は需要曲線から価値を測定すること
が可能だが,環境には市場がないので需要曲線を描くことができない
環境改善に対するWTP
考え方としては,「環境がよくなったとして,所得がどれだけ減ると環境
が改善する前の効用水準(満足度)に戻るか」
環境悪化に対するWTP(負値)の絶対値
=環境悪化に対するWTA(Willingness To Accept: 受入意思額または受
入補償額)=汚染の外部費用
「汚染された状況で,所得がどれだけ上がると汚染がないときの効用水
準に戻るか」
言い換えると「汚染を受け入れることに対してどれだけの貨幣補償がな
いと納得できないか」
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8.1 環境価値の指標(3)
所得と環境から効用を得る個人を考える
図の横軸は環境の質を,縦軸は所得をそれぞれ表す.図中の緑色の曲
線U1,U2は異なる効用水準に対応した無差別曲線である
ここで環境の価値を効用の差(という怪しいもの)ではなく,貨幣の価値
で算定する
個人の所得がYであるとすると
所
得
環境改善X1 → X2に対するWTPは
BCであり,
環境悪化X2 → X1に対するWTPは
-ADであり,言い換えると
D
Y
A
X2 → X1に対するWTAはADである
B
C
U2
U1
O
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X1
X2
環境の質
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8.1 環境価値の指標(4)
WTP,WTAは個人の選好や所得によって異なる
効用関数をu(X, Y)とおくとX1 → X2に対するWTP, X2 → X1に対するWTAは
u(X1, Y) = u(X2, Y-WTP),
u(X2, Y) = u(X1, Y +WTA) という式で表される
WTPとWTAは通常一致せず,
WTAがWTPをはるかに上回るこ
とが多い
このWTPとWTAの乖離は環境の
質と所得の代替可能性によるとこ
ろが大きい(右図参照)
D
所
得
WTA>>WTP
Y
A
B
C
U2
U1
O
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X1
X2
環境の質
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8.2 環境価値の測定方法(1)
環境の需要曲線を得るための方法は顕示選好法,表明選好法の2つに
大別される
顕示選好法
市場取引のなかに環境への需要が含まれるとして推定する方法
トラベルコスト法・・・海岸や公園などの環境のレクリエーション価値を,
個人がそこにアクセスする際の旅費から推定する
ヘドニック価格法・・・さまざまな属性をもつ住宅などの複合財の価格に
環境の価値が含まれているとしてその価値を推定する
家計生産関数・・・家計による汚染防止のための支出額(例:浄水器や
防音装置の購入)から汚染削減に対するWTPを推定する
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8.2 環境価値の測定方法(2)
表明選好法
環境への選好を直接尋ねる方法
仮想評価法(CVM: Contingent Valuation Method)・・・アンケートにより
個人に環境改善に対するWTP ,環境悪化に対するWTAを直接答えて
もらったり,または金額を提示して払えるかどうかを尋ねたりすることに
よりWTPを推定する
コンジョイント分析・・・多数の属性をもつ環境財や環境保全政策(プロフ
ァイル)のいくつかを個人に提示し評価してもらうことにより,属性ごとの
WTPを明らかにする
実験市場法・・・研究室などで仮想的取引実験をさせて結果を観察する
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8.3 トラベルコスト法(1)
ここでは訪問することにより利用可能となる環境財(森林,公園,海岸な
どのレクリエーション地)を考える
個人の効用は通常の財と環境財への訪問回数,環境の質に依存すると
仮定する.環境財への補償需要は以下の支出最小化問題
の解 v = f (p, q, u0) で,支出関数はE (p, q, u0) = x (p, q, u0) + p f (p, q, u0)
ここで x: 通常の財(価格は1とする)の消費,p: 訪問にかかる旅費(トラベ
ル・コスト),v: 訪問回数,q: 環境財の質,u: 効用関数,u0: 効用水準
ある旅費p*が存在して,任意のqに対してp ≥ p* ⇒ f (p, q, u0) = 0 が成り
立つことを仮定する.このp*をチョーク価格とよぶ(弱補完性)
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8.3 トラベルコスト法(2)
図には補償需要曲線が描かれている.図の斜線部分は旅費がp0のとき
(訪問回数がv0 = f (p0, q, u0)のとき),旅費がp*以上で訪問回数がゼロ
のときからの支出関数の減少分(余剰)を表している
(根拠)シェパードの補題より
p
よって
p*
補償需要曲線
p0
o
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v = f (p, q, u0)
v0
v
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8.3 トラベルコスト法(3)
いま旅費はp0のまま環境の質がqから q + Δq に変化したとする.環境財
への需要は増加し補償需要曲線は右にシフトする.余剰の増分は図の
斜線部分の面積となる.これが環境の質の変化に対するWTPである
p
p*
v = f (p, q, u0)
v = f (p, q+Δq, u0)
p0
o
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v0
v1
v
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8.3 トラベルコスト法(4)
トラベルコスト法では,あるレクリエーション地への訪問者にアンケートを
とり,訪問回数と居住地域,移動手段などのデータを収集し,回帰分析に
より需要曲線を推定する
トラベルコスト法の問題点
1.旅行が複数の目的地を含む場合,各目的地への旅費の配分をどのよ
うにとらえるか
2.宿泊費や食費など普通の生活でも必要な費用を旅費に含めるのか
3.レクリエーション地への選好が居住地選択に影響を及ぼしていること
が考えられる
4.時間の機会費用の計算方法
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8.4 ヘドニック価格法
住宅は広さ,利便性,周辺地域の治安などの属性をもつ複合財であり,
属性の1つとして騒音,大気の質など環境にかかわるものがあげられる
環境の質だけが異なるようないくつかの住宅のどれかを購入しようとして
いる個人を考える.個人は予算制約のもとで効用を最大化する
ここで x: 住宅以外の財(価格を1とする),q: 環境の質,s: 環境以外の属
性,p: 住宅価格を表すヘドニック価格関数,u: 効用関数,y: 所得
効用最大化の1階条件は
よって環境の質向上に対するWTPは限界価格に等しい
ヘドニック価格法では実際に取引されている住宅の価格と属性を調査し,
ヘドニック価格関数および環境の質向上に対するWTPを推定する
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8.5 仮想評価法(CVM)(1)
アンケート調査により,直接環境に対するWTPを尋ねる方法.調査にお
いては質問票により環境改善の効果,支払方法などが詳細に説明される
市場が存在しない財の取引についての質問であるため,「仮想」という表
現が用いられている
あらゆる種類の環境財の価値を,オプション価値や存在価値といった非
利用価値も含めて推定することができるという利点をもつ
ただし結果の信憑性については保証されず,これまでCVMの政策的利
用に関しては,エクソンバルディーズ号座礁事件の補償問題などをめぐり
激しい論争がくりひろげられてきた
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8.5 仮想評価法(CVM)(2)
質問方法
1.オープンエンド法(自由回答法)・・・自由に金額を答えてもらう
2.競りゲーム法・・・ある提示額を与え,回答者の支払い意思の有無に応
じて金額を上下させていく
3.支払いカード法・・・金額のリストが記載されたカードを用いる
4.二肢選択法・・・ランダムに提示額を与え,支払えるかどうかYes/Noで
答えてもらう.さらに競りゲーム法のように回答に応じて別の提示額を与
える二段階二肢選択法もある
CVMの問題点
1.回答のバイアス・・・標本バイアス,戦略バイアス,初期値バイアス
2.スコープ無反応性,包含効果・・・評価対象の財の数量が大きく変化し
ても評価額がほとんど変化しない
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8.5 仮想評価法(CVM)(3)
例1 生態系保護の価値評価
出典:鷲田豊明(1999)『環境評価入門』勁草書房, pp. 122-123.
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8.5 仮想評価法(CVM)(4)
例1(続き)
出典:鷲田(1999),p. 124, p. 126.
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8.5 仮想評価法(CVM)(5)
例2 住宅用省エネ設備の価値評価(PRICE2という手法を用いている)
実際に使われた質問票の一部
出典:黒澤徹也・大岡龍三(2010)「省エネルギー住宅設備の導入促進に向けた最終消費
者の意識に関する研究」『日本建築学会環境系論文集』Vol.75, No.651, p.474.
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8.5 仮想評価法(CVM)(6)
例2(続き)
実際に使われた質問票の一部(続き)
出典:黒澤・大岡(2010), p.474.
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8.5 仮想評価法(CVM)(7)
例2(続き)
消費者の価格イメージ
出典:黒澤・大岡(2010), p.477.
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8.5 仮想評価法(CVM)(8)
例2(続き)
太陽光発電システムの分析結果
出典:黒澤・大岡(2010), p.477.
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参考図書
竹内憲司『環境評価の政策利用』勁草書房,第1章,第3章,pp. 3-18, 49-53.
時政・薮田・今泉・有吉『環境と資源の経済学』勁草書房,第8章,pp. 164166.
柴田弘文『環境経済学』東洋経済新報社,第11章, pp. 215-220.
細田衛士・横山彰『環境経済学』有斐閣アルマ,第11章,pp. 291-308.
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