スティグマ・偏見・差別へ 挑む:精神科医療ユーザーへの 心理的影響と当事者活動 西南学院大学/ リーズ大学 平 直子 はじめに 「我邦十何萬ノ精神病者ハ實ニ此病ヲ 受ケタルノ不幸ノ外ニ、此邦ニ生レタ ルノ不幸ヲ重ヌルモノト云フベシ」 (この国の精神病者は、実にこの病に かかった不幸のほかに、この国に生 まれた不幸を重ねているといえる) (呉・樫田、1918:138) 精神科病床数(1000人に対して) 4床 3床 日本 2床 1床 1960年 1970年 1980年 1995年 (OECD, 1996) http://www.yuki-enishi.com/ 精神科病院平均在院日数 350日 日本 300日 200日 100日 (OECD,1996) http://www.yukienishi.com/ 1975年 1995年 スティグマ: ステレオタイプ、 偏見、差別 知識の欠如/ 否定的なステレオタイプ 否定的な態度 拒否行動 Thornicroft 2006 Link and Phelan 2001 無知 偏見 差別 調査研究の目的 ユーザーが、スティグマ・偏見・差別に挑むに当た り、当事者グループが、いかに重要なのかを把握 すること 当事者グループがもつ力を活かしながらスティグ マ・偏見・差別に立ち向かう方法を探ること スティグマ・偏見・差別が、ユーザーに与える影響 を、ユーザーの体験を通して包括的に理解するこ と 研究調査の目標 1)スティグマ・偏見・差別に関するユーザー の体験や捉え方、その影響を把握すること 2)スティグマ・偏見・差別への対処方法、 アイデンティティの問題を明らかにすること 3)当事者グループの力を活かしてスティグマ ・偏見・差別に立ち向かう方法を探ること 調査方法 (1)フォーカスグループインタビュー (平成19年7月実施) スティグマ・偏見・差別、及び当事者活動などをテーマ に ディスカッションを行った (2)個別インタビュー (平成19年8月実施) スティグマ・偏見・差別に関する体験、当事者活動など について1対1で詳しく話を聴いた 調査参加者の条件 二つの条件を設定した (1) 精神科病院への入院経験があること (2) 精神科医療を利用していて、当事者 活動に積極的に関わっていること 調査参加者 5 名 (男性3名 女性2名) 年齢: 30代 (2名) 40代 (3 名) 医療利用期間: 7 - 31 年 入院期間の合計: 2 ヵ月 (1 名) 3-4 年 (4 名) 長期入院(1) 入院している間の時間がもったいなかったです ね。すごいもったい・・・。一時期、すごい後悔し たというか。(あれが、なければと思った時期は ありましたね。入院)。三年半がなければ。その 間に、皆、同じ年代の人たちは、皆、就職して、 結婚して、子供ができてとなっているわけですね。 あれがなければと・・・(S) 長期入院(2) 一番、若い、きれいな時ですよね。それを奪わ れたんですから、もっと怒らなくてはいけないと は、思っていたんですが、私自身、すごい服薬 と、すごい大量服薬と、慣れ、習慣から、「ああ、 もう、このまま、中にいようかな」と思いましたも んね(A) 4年いちゃったもんだったから、浦島太郎状態 になって、学校には行けない。社会にも戻れな いという(状態になって) (A) 入院医療 本当に地獄絵図ですよね。やっぱ。煙草一本の ために人を殴るし、ものがない。あと、人が人を 支配する。強制する。そういう関係。僕は、やっ ぱ、精神病院は、言って、地獄絵図だと思います。 人間の尊厳を全部奪うものだと思います(N) 欠格条項が与える心理的影響 (欠格条項が)あるだけで、当事者の若者が自 分の人生の目標を諦めたり、これは、逆に言うと、 人前で言ってはいけないことだと思う。(お風呂 の)銭湯にさえ書いてあったわけですから。人前 では、これは言ってはいけないことなんだ。隠さ ないといけないことなんだと思わされるという点、 大きな、実際、運用されるってことも問題だが、 運用される前に、存在するだけで大きな差別で あると思っている (K) メディア 何か事件が起こると、マスコミは、「なぜ、あんな 危険な人を外に出すのか」と。あの報道に腹が 立つ。「あの人たちは危険だ」とレッテルを貼る。 それに腹が立つ。マスコミの報道の仕方。背景 を全然見ないで、感情に訴える。一般の人たち は、それが精神障害者の実情だと信じる (N) スティグマと差別への対処法 (1) ひきこもり (2) 隠すこと (3) 対決 Åsbring and Närvänen, 2002 Pinfold et al., 2005 内在化した抑圧(Internalised Oppression)(1) 高校の人たちは、反応がもう怖いので。 (略) 反応が怖いですね。一般就職して いるじゃないですか。私の高校の人たちっ て。その第一線で働いている人たちに、私 が、今、現状が(略)、こうなっていると 言って、「それは、怠けているね」とか (A) 内在化した抑圧(Internalised Oppression)(2) 障害は、まだ治されなければならない存在だ から、「(Aさんは、)治されないとといけない存 在だ」と、自分が烙印を押している気がする。 スティグマですね。治されなければならない存 在になったと(略)、自分自身で思っている。(カ ミングアウトすると)「害がある人になっている」 ということを、公表しているような気が、まだし ている (A) 精神疾患のイメージ 「この病気になったら人生終わり」というイメージとか、 分裂病という病名を知った時に、読んだ家庭の医学 の古いものには、「幻覚・妄想が出て、人格が崩壊し ていく」と書いてあった。そういうイメージしか自分自身 持ってなかった。自閉症の人の本を呼んで、そういう 視点で、再度、医学書じゃなくて、病気を経験した人 の本を読んで、その中で、精神医療ユーザーという言 葉にも出会うし、自分もユーザーだな、サバイバーだ なと思うようになった(K) 当事者としてのアイデンティティ 当事者だと知ってても、おおっぴらにできないか ら、巻き込めない。結構、力のある人なのにな あという人が、結構、何人かいて。でも、オープ ンにできないと言う時点で、当事者活動には(巻 き込めない)。それよりも、一般就労したり、普通 にクローズドで働いていった方がいいとか(A) 当事者活動がもたらしたもの “生きる意味” “社会の中の自分の役割” “自分が所属している社会” “当事者、支援者とのつながり” “自分が積極的に関われる場” “自分の居場所” “生きる勇気” “技術” “誇り” “自信” “チャンス” “成長” など 当事者グループの役割 1) 個別支援 2) 教育 3) 政治的な活動 教育 教科書には医学モデルなど(が書か れていて)。僕たちの本当の心の傷な どが表に出ていない。それを出してい こうと言う。当事者が何を思い、考え、 ということを出していく (N) 政治的な活動(1) 心を癒すべき病院なのに、日本の精神医療が、 精神医療として、精神保健福祉として、そのよ うに機能しなくなる(ような)大変なことであるの に、それを自ら改善できないでいる(というよう な)中で、当事者が、こうして(言っていくって言 うか)、言っていかないとやっぱり表にならない し、表にならないと変わっていかないと思う (K) 政治的活動(2) そういう制度の前では、個人は無力。そうい う偏見とか差別とか欠格条項とか。医療関 係の法律とかの前では、打ちのめされて、打 ちのめされっぱなし。叩かれたら、叩かれっ ぱなしが現実。1人では変わっていきようが ない(K) 仲間の重要性 そこに仲間がいるのが、絶対大切で、打ちのめ されながらも生き延びてこれた。こうして仲間と 一緒に少しずつ少しずつ変えていけるんじゃな いかという希望をもって、偏見や差別の中でも 生きていけるというのがあると思う。可能性を信 じて(K) スティグマ、差別と当事者グループの 役割 スティグマと差別 当事者グループ 内在化した抑圧 無知 (ステレオタイプ) 偏見 個別支援 教育 差別 政治的な活動 研究調査 当事者グループのもつ課題 1) 財源 2) 事務の技術をもつユーザーの不足 3) 当事者グループ間の協力 スティグマ・偏見・差別に挑む(1) 当事者が動かないで、医者、福祉関係者が、 何かスローガンみたいなものを出しても、何も 変わらないと思う。だから、やっぱり、当事者 の活動に対して、それなりの資金が、回って いく仕組みというのは、行政から、なにかしら の財団にしろ (K) スティグマ・偏見・差別に挑む(2) やっぱり、本当に必要なところ、日本の精神医 療の根底を変える必要があると思うんですが、 ただ一方的に医療に対してお金を流したらそれ ができるんじゃなくて、変えようと思いをしている 人に対して、そのお金を使わないと、いつまで 経っても、こういう事態、こういう世の中が続い ていくことになってしまうと思っています(K)。 結び 精神保健システム・法律の中の差別、偏見に基づいた報 道などが、ユーザーに大きな心理的な影響を与えていた ユーザーは、当事者グループとの出逢いを通し、生きる 意味、自信、勇気を得て、当事者活動を通してスティグマ 、偏見、差別に挑戦していた スティグマ、偏見、差別への挑戦においては、当事者グ ループが、独自の役割を担っている 当事者活動のもつ重要性を認識し、その力を活かしなが ら、スティグマ、偏見、差別に挑戦していくべきである 文献 (1) Åsbring, P. and Närvänen, A. (2002) Woman’s experience of stigma in relation to chronic fatigue syndrome and fibromyalgia, Qualitative Health Research, 12(2), 148-160. 呉 秀三、樫田五郎(1918)『精神病者私宅監置ノ実況及 ビ其統計的観察』、精神医学・神経学古典刊行会、「精神 医学古典叢書」(新版)創造出版、2000年、東京 Link, B. G. and Phelan, J.C. (2001) Conceptualizing Stigma, Annual Review of Sociology, 27, 363-385. OECD (1996) 大熊由紀子 (2003.1.27) 人口1000人あたりの 精神病床国際比較・平均在院日数国際比較.(ゆき・えにし ネット) (http://www.yuki-enishi.com/) 2008.10.13取得 文献 (2) Pinfold, V., Byrne, P. and Toulmin, H. (2005) Challenging Stigma and Discrimination in Communities: A focus group study identifying UK mental health service users’ main campaign priorities, International Journal of Social Psychiatry, 51(2), 128-138. Thornicroft, G. (2006) Shunned: discrimination against people with mental illness, Oxford: Oxford University Press.
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