医事法 東京大学法学部 22番教室 [email protected] 樋口範雄・児玉安司 第13回2009年1月14日(水)15:00ー16:40 続・第7章 人体試料と法 1 臓器や細胞など人体試料について、法律上ど のように考えるべきか。 2 最新のイギリス法はこの問題をどのように処理 したか。 参照→http://ocw.u-tokyo.ac.jp/ 1 人体試料とは 「臨床研究に関する倫理指針」 厚生労働省「臨 床研究に関する倫理指針」平成15年7月30日 (平成16年12月28日全部改正)。 (3)試料等 臨床研究に用いようとする血液、組織、細 胞、体液、排泄物及びこれらから抽出したD NA等の人の体の一部並びに被験者の診療 情報(死者に係るものを含む。)をいう。 2 2002年11月13日朝日新聞朝刊「診断用に採取の組 織や細胞 7割の病院で無断流用、研究目的に」 日本病理学会「病理検体を学術研究、医学教 育に使用することについての見解」 「病理検体のうち、診断に要した部分をのぞい た余剰分を、医学、医療の進歩のために研 究・教育に使用するに際しては、そのことにつ いて事前に患者もしくは代語者(親権者、親族 等)から文書による同意を得ることが望まれる (例文添付)」 病理学会会報158号(2000年12月) http://jspk.umin.jp/com_work/gyoumu/Kaiho.h tml 3 朝日新聞2002年12月10日朝刊オピニオン面。 現場の困惑 「大学病院では、先端的な治療が期待できる半面、ある程度 は研究材料になることも患者はわかっているはず」 「貴重な症例の研究ができなくなりかねない。医学の進歩に とって、いいことなのか」 「研究で患者に不利益となる事態は考えにくい」 「患者との信頼関係が崩れかねない」 「自分の治療で頭がいっぱいの患者に理解されるか疑問」 「組織のほか、レントゲン写真や、採取数が多い血液や尿で も同意をとるべきなのか」 岡山大学粟屋剛教授(生命倫理)「採取した組織は本来、患 者のもの。倫理面だけでなく、法的にも扱いを議論すべき」 4 いかに考えるか 1 検体(人体試料)は誰のものか 所有権アプローチ 人体由来のものは特別な扱いが必要 人格権的アプローチ 2 生体と死体 3 さまざまな人体試料 髪の毛・血液・肝臓 4 利用目的 研究 教育・研修 5 標本返還請求と損害賠償請求事件 67歳の女性が入院中に死亡する。病名は強皮 症腎クリーゼ。女性の夫と息子に対し、病理 解剖と内臓および脳の保存をしたいという要 望が主治医から出され、遺族は承諾。 後に息子が原告となり2つの訴訟。 ①標本類の返還を求める訴訟 ②無断採取し、下垂体のプレパラート1枚を破 損したことについて、損害賠償請求。 6 異なる結果となった裁判 東京地方裁判所判決平成12年11月24日判例時 報1738号80頁。 東京地方裁判所判決平成14年8月30日判例時 報1797号68頁。東京高等裁判所判決平成15 年1月30日(判例集未登載だが、佐藤雄一郎 「病理解剖標本の無承諾保存事件」宇都木伸= 町野朔=平林勝政=甲斐克則編『医事法判例 百選』100-101頁(有斐閣・2006年)で詳しく 紹介されている)。なお、遺族はさらに上告した が、上告棄却・不受理となり確定している。 7 なぜ結果が異なるのか ○概念 遺族と医師との関係 契約 贈与契約・使用契約・寄託契約 遺族に一定の権利 信義則・信頼関係破壊 ○概念・考え方は同じ 事実関係の評価によるだけ 8 同意原則への現場の戸惑い ①大学病院の患者なら、研究教育機関であること も十分に知っているはず。診断等に利用して患 者にとってはすでに不要になった検体。 ②同意のための説明。患者との信頼関係を崩しか ねない。 ③人体試料にはさまざまなものが含まれる。大量 に行われる採血や採尿についても文書同意? ただでさえ忙しい現場に余計な負担、患者には 待たせる時間を増加させるだけで益はない。 9 課題の分析 病理検体の研究教育利用という問題は2つの論点 を含む。第1に、臓器や細胞など人体由来の試 料を適正に取り扱うための原則は何かという論 点があり、第2に、その目的が診療ではなく医学 の研究教育のためであるという利用目的の複層 性、言い換えれば、医師が利益相反という立場 に立たざるを得ないという難題がある。 10 アメリカの医師国家試験から学ぶ 【問題12】ある男性が事故にあい、すでに人工呼吸器を装着し た状態で救急病棟に運び込まれた。だが、あらゆる基準に よっても脳死と判定された。彼は、財布の中に臓器提供カー ドを所持しており、そこには明確に臓器移植の意思が示され ていた。臓器移植チームは彼の家族にコンタクトをとった。す ると家族は移植に同意をするのを拒否した。いったいどうす べきか。 【問題20】あなたは心臓病の新薬の効果を試す臨床試験を行 う研究グループの主導的メンバーとなり、その成果を論文の 形で公表するところである。この研究は、このタイプの薬で最 大のシェアを持つ製薬会社から大きな金額の助成を受けて 行われた。論文公表に際し、医療倫理から見て最も適切なも のはどれか。 11 ①法≠医療倫理 法的に正しいだけではない ②利益相反(conflict of interest) 単純な禁止ルールとされていない 12 イギリスの2004年人体組織法 1999年オルダー・ヘイ子ども病院事件 Human Tissue Act 2004 ○研究利用 死体・生体 ただし、good practiceあり ○教育研修利用 死体・生体 ヴェロニカ・イングリッシュ(岩田太・新沼径訳)「英国2 004年人体組織法とその影響」樋口範雄=岩田太 編著『生命倫理と法Ⅱ』147頁(弘文堂・2007年)。 13 3つの資料からの示唆 ①病理検体の研究教育利用の背後には、利益 相反という問題。 ②疑いありだから研究教育利用禁止とはならな い。患者にとっても利益とならない。 ③研究教育利用を可能にする条件は、同意原 則が唯一の方策ではない。 ④ルールを考えるに際し、法による対応と医療 倫理による対応には違いがあってよい。 14 ルールの作り方 病理検体の利用について5つの選択肢 個人情報の利用と保護に関するルールについてと同様。 樋口『医療と法を考える―救急車と正義』190頁 1)無断利用可能ルール 2)通知公表ルール―同意ではなく通知公表 3)オプト・アウト同意ルール―同意は必要だが、こ とさら異議を申し立てた場合に利用停止 4)オプト・イン同意ルール―事前同意 5)絶対禁止ルール―同意があっても利用を禁止 15 同意主義への安易な寄りかかり ①臨床研究を目的とする検体採取とその利用 については、厚生労働省の指針。 ②診療目的で採取した段階で、すでに研究利 用が意図されている場合、厚労省指針。 ③問題は、診療目的で採取された検体を後に 研究利用する場合。指針の対象外 (1)診断及び 治療のみを目的とした医療行為」厚生労働省「臨床 研究に関する倫理指針」平成15年7月30日(平成 16年12月28日全部改正)の「第1 基本的考え方 2適用範囲」 16 考え方の提言 1)患者が恐れる最悪のケース。研究のために採らなくてもよい 組織まで採られているのではないか。それは犯罪(傷害罪) 2)問題は利益相反状態の場合。重要な臓器や組織を採取す るような検査・治療なら、そもそも診療のために同意書。そこ に「採取された組織は患者の診療のために用いられるもの ですが、その目的が達成された後の残り部分について、将 来、医学の研究教育のために利用する場合があることをご 了解ください」採血等なら、単純な掲示など通知公表。 3)ただし、患者の中でことさら異議申し立てをする人は別。 ★死体からの組織等の採取。 これも同じルールで対処してよいのではないか ただし、死体解剖保存法で遺族から引渡の要求を認める。 17 参考文献 ○樋口範雄『続・医療と法を考える― 終末期医療ガイドライン』第7章(有 斐閣・2008年11月) ○文光堂「病理と臨床」27巻臨時増 刊号『病理学と社会』「第3部 社会 における病理学 2.研究倫理」 18
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