統語意味論:構造と意味の対応とズレ 上山あゆみ(九州大学) [email protected] 統語論と意味 統 語 意 味 論 文の意味とは、どのような仕組みで構築されるのか? 「文の意味」≠「それぞれの語の意味の総和」 3 つ の S R 式 → 私たちが理解する「意味」= 1) 各語彙の意味 × p 型 + 2) 構造構築による変容 o 型 + 3) 世界知識等に基づいて推論で補われるもの × o 型 v 型 構造というものは、「音(語順)」だけでなく、「意味」につい ても、重要な基盤となっている。 助 詞 の 機 能 2 課 題 文 文理解のモデル 統 語 意 味 論 知覚した音連鎖 Lexicon Numeration p 型 Computational System o 型 o 型 LF × Information Database PF Phonology 内的に生 成された 音韻表示 × Numeration Formation 3 つ の S R 式 linguistic SR v 型 Working Space Inference rules 助 詞 の 機 能 課 題 文 統語意味論の目標 linguistic SR (=LF構造表示が表す意味情報を表示したもの) 1語文でも何らかの情報を受け取ることはできる。 各語彙の「意味」も、それ自体、「断片的な情報」は表している。 文になっても、「不完全な情報」しか表していないという点は変わりない。 統 語 意 味 論 3 つ の S R 式 p 型 × SR式=不完全/断片的であっても、何らかの情報を表す式 各語彙の意味は、SR式で表される。 語彙を単に並べただけでも、ある程度の情報伝達はできる。 linguistic SR も、SR式の集積である。 o 型 × o 型 ただし、構造構築の過程で、各語彙のSR式に対して変容が起 こる場合がある。その変容こそが、統語論が意味解釈にもたら す働きであり、その仕組みを明らかにしたい。 以下、SR式の形式について、もう少し具体的に考えていく。 4 v 型 助 詞 の 機 能 課 題 文 情報データベース(Information Database) 1つ1つのオブジェクトが、指標番号で区別され、その特性の 記述とともに記憶されているとする。 統 語 意 味 論 3 つ の S R 式 オブジェクトの下位タイプ: モノ(Xn)、コト(En)、場所?、時?、コトバ?、数? のペアとして記述されている。 × 各オブジェクトの特性は、項目名(attribute)とその値(value) p 型 o 型 o 型 × 「知識の更新」とはー データベースの中に新しい「オブジェクト」が追加される 既知のオブジェクトに新しく、項目名(attribute)と値(value)のペアが追 加される 既存の値(value)が書き換えられる 5 v 型 助 詞 の 機 能 課 題 文 情報データベースでのそれぞれの情報記載 統 語 意 味 論 オブジェクト番号 [項目名1: 値1 ; 項目名2: 値2 ; 項目名3: 値3; ...] Xn [attribute1:value1 ; attribute2:value2 ; attribute3:value3; ...] 3 つ の S R 式 En [attribute1:value1 ; attribute2:value2 ; attribute3:value3; ...] X19 [名称 :ジョン ; 類 :大学生 ; 年齢 :20 ; ... ] p 型 × E82 [類 :批判した ; 対象 :X53 ; 行為者 :X19 ; ... ] o 型 E812[類 :落下 ; 対象 :X3 ; 行為者 :X159 ; ... ] o 型 × X225[縦 :40cm ; 横 :50cm ; 高さ :15cm ; 重さ :650g ; ... ] v 型 E65[名称 :北京オリンピック ; 開催年: 2008年 ; ... ] E923[名称 :○○海岸OL殺人事件; 犯人:X45 ; 被害者 :X225 ; ..] (項目名に対応する)Attribute表現 (値に対応する) Value表現 6 助 詞 の 機 能 課 題 文 知識状態の変化 統 語 意 味 論 データベース更新のために必要な機能: Select機能=いわゆる「指示」。データベースの特定の項 目を検索して呼び出す機能。 Update機能=いわゆる「記述」。呼び出されている項目に p 型 × 対して、特性を追加する機能。 3 つ の S R 式 o 型 Value 表現 (指示) Value表現で、オブジェ クトを「指示」する o 型 × Select 機能 Attribute 表現 Attribute表現で、値 を「指示」する v 型 助 詞 の 機 能 Update 機能 Value表現で、値を「記 述」する (記述) 7 課 題 文 統 語 意 味 論 SR式の3つのタイプ 各語彙は、それぞれどの型のSR式に対応するか、 Lexiconで定められている。 objectn [attribute :value] v型のSR式 : valuen = attribute (objectm) p 型 p型のSR式 : [attribute (objectm) = value]n Value 表現 (指示) o 型 Attribute 表現 o 型 × Select 機能 × o型のSR式 : 3 つ の S R 式 Value表現で、オブジェ Attribute表現で、値 クトを「指示」する を「指示」する o型 v型 v 型 助 詞 の 機 能 Update 機能 Value表現で、値を「記 述」する (記述) p型 8 課 題 文 オブジェクトを「指示」するo型 John1 SR式 x1 [名称 :John] x1 = X19 SR式 x3 [類 :OL] 知識内の検索 x3 = X22 (その)4人11 3 つ の S R 式 SR式 x11 [人数 :4] p 型 × 知識内の検索 (あの)OL3 統 語 意 味 論 知識内の検索 o 型 x11 = X105 × o 型 v 型 X19 [ 名称 :John ; 類 :大学生 ; 年齢 :20 ; ... ] X22 [ 名称 :Mary ; 類 :OL ; 年齢 :24 ; ... ] X105 [ 名称 :ビートルズ ; 人数 :4 ; ... ] 助 詞 の 機 能 9 課 題 文 オブジェクトを「指示」するo型 統 語 意 味 論 o型のSR式に変換される Value表現 田中一郎、山田くん、陽子ちゃん、... 学生、教師、弁護士、落下、隠蔽、出版、... 落ちた、落とした、勉強している、... 4人、52kg、5cm、10歳、... 3 つ の S R 式 × p 型 o型のSR式 表現 αn SR式 on [attribute :α] o 型 × o 型 v 型 oが x か e かは、語彙的に決められている。 attribute も通常、語彙的に決められている。 (固有名詞ならば「名称」、いわゆる普通名詞ならば「類」、等) 助 詞 の 機 能 10 課 題 文 値を「記述」するp型 統 語 意 味 論 p型のSR式となる Value表現 穏やか、短い、大きい、すごい、 ... 木製、特大、突然、上々、... 3 つ の S R 式 p 型 × p型のSR式 表現 αUn SR式 [attribute(om) =α]Un o 型 p型のSR式になる語彙はNumerationにおける指標に「U」が付い ているとする。 p型のSR式における omを「見出しオブジェクト」と呼ぶことにする。 11 × o 型 v 型 助 詞 の 機 能 課 題 文 値を「指示」するv型 統 語 意 味 論 「この欄に年齢を書いてください。」 =欄に「25」と書く 3 つ の S R 式 ≠欄に「年齢」と書く v型のSR式となる Attribute表現 年齢、長さ、サイズ、人数、値段、... 作者、監督、実行犯、被害者、... 名称、色、職業、規模、出身地、場所、... × p 型 o 型 × o 型 v型のSR式 表現 αn(X/E) SR式 vn = α (X/E) v 型 v型のSR式におけるXもしくはEを「見出しオブジェクト」と呼ぶこと にする。 12 助 詞 の 機 能 課 題 文 o型にならない名詞 名詞は多くの場合、Select機能を持っているが、名 詞の中には、Update機能しか持たないものもある。 特大の皿 突然の大雨 上々の出来 木製の椅子 フロリダ産のオレンジ 3 つ の S R 式 p 型 × 統 語 意 味 論 o 型 o 型 × 次の語順にはなれない。 *皿の特大 *大雨の突然 *出来の上々 *椅子の木製 *オレンジのフロリダ産 v 型 助 詞 の 機 能 13 課 題 文 修飾(modification) 関係の非対称性 修飾という関係を、従来のように「集合の交わり」とい う対称的な概念でとらえてしまうと、このような非対称 性が説明できない。 ←→ *椅子の木製 okフロリダ産のオレンジ ←→ *オレンジのフロリダ産 ok木製の椅子 3 つ の S R 式 p 型 × 統 語 意 味 論 o 型 14 × → p型に対する統語的な制限であるとみなすべきであ る。 o 型 v 型 助 詞 の 機 能 課 題 文 Merge Merge : 2つの要素を1つにする操作。主要部につ ながる branch を太線で表すことにする。 統 語 意 味 論 3 つ の S R 式 × p 型 o 型 α1 β2 × o 型 v 型 助 詞 の 機 能 15 課 題 文 modification の構造 黄色いU1 統 語 意 味 論 3 つ の S R 式 鳥2 Lexicon での指定のままならば、SR式は。。。 [色( )=黄色い]U1 x2 [類 : 鳥] × p 型 o 型 o 型 × Mergeの結果、SR式は。。。 [色(x2)=黄色い]U1 ⇒ x2 [類 :鳥 ; 色 :黄色い] x2 [類 :鳥] v 型 p型のSR式の見出しオブジェクトは構造的に決まる。 16 助 詞 の 機 能 課 題 文 p型とo型のMerge 下図のように、p型のsisterがo型であり、o型が主要 部の場合、p型のSR式の見出しオブジェクトはomと なる。 3 つ の S R 式 p 型 o型m × p型Un 統 語 意 味 論 o 型 見出しオブジェクトが決定しないp型のSR式は、不 o 型 × 適格(ill-formed)である。 v 型 助 詞 の 機 能 17 課 題 文 助詞「の」 「の」は、Select機能を持つ表現(o型)に付いて、そ れをUpdate機能に変える働きを持ちうる。 このような「の」を「のU」 と呼ぶことにする。 統 語 意 味 論 3 つ の S R 式 × p 型 o 型 [類(x2)=バイト]U1 x2 [類 : 大学生] 「医者の奥さん」などは、その「の」が、「のU」なのか そうでないのかで、異なった解釈となる。 o 型 × [類( )=バイト]U1 → x2 [類 : 大学生] v 型 助 詞 の 機 能 課 題 文 o型同士の修飾関係とアブダクション これに対して、o型同士が Merge した場合には、2つのオブ ジェクトの関係については、言語的にはわからない。 ジョン1の 統 語 意 味 論 3 つ の S R 式 パソコン2 p 型 × 単に、「ジョン1が何らかの意味でパソコン2と関係がある」と この状態を「α ... |β」という記法で表すことにする。 o 型 × いうことしか表されていない。(極端な場合には、「ジョン1が 独り立ちしたときに、メアリが購入したパソコン2」というような 可能性もありうる。) o 型 v 型 助 詞 の 機 能 linguistic SR x1 [名称 :ジョン] x2 [類 :パソコン] |x1 19 課 題 文 p型と o型の違い 「言語が表す意味」は、linguistic SRのみであり、そ こに含まれる「|」がどのような推論の結果、成り立 ったものであるかは、言語使用者がアブダクションで 「解決」しなければならない。 3 つ の S R 式 p 型 × (しばしば、このアブダクションが成功することを「理解」と呼ぶ。) 統 語 意 味 論 o 型 修飾部が(Select機能を持つ)o型の場合には、この 黄色いマット ≠ 「黄色い花瓶がのっているマット」 20 × ように、主要部との関係がきわめて自由であるが、 修飾部がp型の場合には、解釈の自由度がない。 o 型 v 型 助 詞 の 機 能 課 題 文 v型に対する修飾関係とアブダクション v型は通常、見出しオブジェクト(X)がわからないと理解がで きない。 3 つ の S R 式 メアリ1の 弟2(X) そのため、linguistic SR は以下のように「|」を含むもので あっても、ほとんどの場合、修飾しているo型を見出しオブ ジェクトとみなす解釈になる。 linguistic SR x1 [名称 :メアリ] v2=弟 (X) |x1 p 型 × o 型 o 型 × → 理解 統 語 意 味 論 v 型 x1 [名称 :メアリ ; 弟 : v2] v2=弟 (x1) 助 詞 の 機 能 しかし、この解釈でなければならないということはない。 =p型の場合とは異なり、v型の見出しオブジェクトは構造的 に決定されるわけではない。 21 課 題 文 のUはv型をとることができない 統 語 意 味 論 のU は、v型をとることができない。 (1) *サイズの靴/*色の車/ *年齢の女性 ところが、それぞれ、そのattributeに対する記述を補えば容 認可能になる。 3 つ の S R 式 p 型 × (2) サイズが24の靴/色が白の車/年齢が30歳以上の女性 (3) 24のサイズの靴/白い色の車/ 30歳以上の年齢の女性 o 型 (1)が容認不可能なのは、valueが述べられていないために (4) a. この靴のサイズは私には大きすぎる。 b. あの車の色が気に入らない。 c. その女性の年齢を言い当てた。 22 × 情報が足りないためではない。(4)のように、valueが言語表 現として含まれていなくとも、情報内容にそのvalueが含まれ ることは可能だからである。 o 型 v 型 助 詞 の 機 能 課 題 文 Attribute表現はUpdate機能を持てない 民部(2012:九大卒論) 23 3 つ の S R 式 p 型 o 型 o 型 × お手頃な値段の商品 世界最大の規模の大会 ちょうどいい大きさの靴 穏やかな性格の太郎 複雑な作り方のプラモデル 人懐っこさが長所のジョン ずば抜けた成績のメアリ 珍しい名前の男の子 独特な味の料理 理不尽な動機の通り魔事件 過去最高の順位の決勝レース 残忍な犯人の連続殺人事件 例年通りの日程の文化祭 最高の点数の合格者 × → *値段の商品 → *規模の大会 → *大きさの靴 → *性格の太郎 *作り方のプラモデル → → *長所のジョン → *成績のメアリ → *名前の男の子 → *味の料理 *動機の通り魔事件 → → *順位の決勝レース *犯人の連続殺人事件 → → *日程の文化祭 → *点数の合格者 統 語 意 味 論 v 型 助 詞 の 機 能 課 題 文 Attribute 表現による修飾 もちろん、Select機能を持つ要素同士の 修飾関係 の解釈は、何の問題もない。 値段1の乱高下2 v1=値段( ) e2[類: 乱高下; Theme: _] |v1 統 語 意 味 論 3 つ の S R 式 × p 型 v1=値段( ) e2[類: 乱高下; Theme: v1] 規模の調査 大きさの好み 性格の不一致 作り方の説明 o 型 × o 型 v 型 助 詞 の 機 能 民部(2012:九大卒論) 24 課 題 文 付加詞を作る格助詞(p型の機能範疇) 統 語 意 味 論 a. 東京への帰還 e1 [類 :帰還 ; Goal :x2 ] x2 [名称 :東京] 3 つ の S R 式 p 型 × b. 東京からの帰還 e1 [類 :帰還 ; Source :x2] x2 [名称 :東京] o 型 × o 型 v 型 助 詞 の 機 能 25 課 題 文 付加詞を作る格助詞(p型の機能範疇) 統 語 意 味 論 3 つ の S R 式 帰還2(Theme) 東京1 へU8(Goal 1 ) × p 型 o 型 linguistic SR x1 [名称 :東京] [Goal(e3)=x1]U8 e3 [類 :帰還] × o 型 v 型 助 詞 の 機 能 →つまり、 e3 [類 :帰還 ; Goal :x1] 26 課 題 文 付加詞を作る格助詞(p型の機能範疇) 統 語 意 味 論 「へ」 ... 項構造を持っている機能範疇 「から」 27 p 型 o 型 o 型 × Lexicon から (Source) syntax からun(Sourcem) ...m=Mergeの相手のindex SR式 [Source( )=om]un 3 つ の S R 式 × argument をとる Merge をするが、SR式は p型 Lexicon へ (Goal) syntax へun(Goalm) ... m=Mergeの相手のindex SR式 [Goal( )=om]un v 型 助 詞 の 機 能 課 題 文 課題文 統 語 意 味 論 武道館でコンサートが計画されている 解釈1: 実際に「計画」が行われている場所が「武道館」 であるという解釈 3 つ の S R 式 解釈2: 今、計画されている「コンサート」の場所が「武道 館」であるという解釈 × p 型 o 型 × o 型 v 型 助 詞 の 機 能 28 課 題 文 解釈1の説明 武道館でコンサートが計画されている 解釈1: 実際に「計画」が行われている場所が「武道館」 であるという解釈 「で」がp型の機能範疇であるとする。 統 語 意 味 論 3 つ の S R 式 × p 型 武道館1 o 型 でU2(Location1) o 型 × この部分の linguistic SR は次のようになる。 x1 [名称 :武道館] [Location( )=x1]U2 さらに Merge が進むと、 v 型 助 詞 の 機 能 29 課 題 文 解釈1の説明 統 語 意 味 論 3 つ の S R 式 計画されている3 でU2(Location1) 武道館1 linguistic SR x1 [名称 :武道館] [Location(e3)=x1]U2 e3 [類 :計画されている ; 対象 : ...] × p 型 o 型 × o 型 v 型 p型の見出しオブジェクトは構造的に決定されるため、必ず、 助 詞 主要部であるe3となる。その結果、この場合の解釈は、 の 「武道館」が「計画」という出来事の場所だということになる。 機 能 30 課 題 文 解釈2の説明 武道館でコンサートが計画されている 解釈2: 今、計画されている「コンサート」の場所が「武道 館」であるという解釈 「で」は名詞に対する接辞であり、単独でSR式に変 3 つ の S R 式 p 型 × 換されないとする。 統 語 意 味 論 o 型 計画されている3 × 武道館で1 o 型 linguistic SR x1 [名称 :武道館] e3 [類 :計画されている ; 対象 : ...] |x1 この場合、x1とe3の関係は、定まっていないため、世界知識 の許す範囲で、自由に「関係づけ」が起こることになる。 31 v 型 助 詞 の 機 能 課 題 文
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