マンガと心理学

日本心理学会第68回大会
ワークショップ
「心理学とマンガ研究」
話題提供
群馬大学教育学部 山口陽弘
過去の山口の研究の流れ
大まかには二系統
• ジャーナリスティックな?評論形式のもの
一例:「ガロ」投稿論文
『梶原一騎小論』(ガロ1997年5月号に掲載)
• アカデミック(認知心理学的)?な視点のもの
一例:「マンガの表現内容・表現構造と読み」
『文章理解の心理学』(2001,北大路書房)
の15章に掲載
個人的には「評論」を
やりたいのだが・・・・
• しかし、ガロで新人賞を取ったが、全く仕事の依
頼が来ない。(当然だ!)
• また、私の評論に対するコメント(村上和彦、米
沢嘉博、呉智英)からもうかがえるが、私としては
ジャーナリスティックに書いたつもりが、アカデ
ミックで面白くない(大学の紀要論文みたい)と言
われてしまう。
• 現在、自称マンガ評論家としては、開店休業状
態(もう少し、偉くなったら売り込みに行きたいの
だが、どうやったら偉くなれるのだろう?)
では、心理学者として実証的な
マンガ研究は?
• 正直言うと、心理学的な実証研究はあまり気が
進まない。
• 文学、芸術研究へのアカデミックな研究が陥りが
ちな失敗に、心理学的手法は、はまりやすいの
ではないか・・・・
• しかし、今回、そこを敢えて行い、なんとか建設
的議論に持ち込むというのが、今回の話題提供
である。
• では、どうすればよいか?
やはり正統的にいくのが
一番ではないか!
具体的には
Ⅰ.研究対象の決定
Ⅱ.計量可能な属性の決定
Ⅲ.その属性の分析手法の決定
この三つが重要であると考える。
(急がば回れ、である)
いずれも属性を
見いだしていくのが目的
• いわゆる独立-従属変数間の法則を見い
だすというよりも・・・
• それ以前の、「何が変数(重要属性)たり得
るか」を見いだすことが先決ではないか?
• 何が重要属性(潜在変数でも可)か、という
ことにおいてのコンセンサスがマンガ研究
には不十分ではないか。
今回の話題提供は
このⅠからⅢともう一つ(Ⅳ)
・ただし、残念ながら、この正統的なⅠからⅢ
までの話は平凡、陳腐で「当たり前」と見る
方も多いだろう。また、少々抽象的。
・それゆえ、実証研究になりそうな研究案を
一例紹介して具体的イメージをもってもらう。
これがⅣの「コマ構造への着目」となる。
Ⅰ.研究対象の決定とは?
• 検討にたるマンガ家、マンガ作品を決定す
ること。
• 具体的には、近代日本文学との対比で考
える。
漱石、鴎外クラスの作家は誰か?
坪内逍遙の『小説神髄』にあたる作品はど
れにあたるか? など
マンガにおける「古典」の決定
• とにもかくにも研究するに値するものを、研
究する必要がある。(マンガはあまりにも質
量とも多いため)
• 近代日本マンガベスト10、100などを決
定する必要あり。
• その方法は?
マンガの歴史学的/
書誌学的考察の重要性
• 実はこれがαでありΩであると私は考える。
ところがマンガの書誌学が、過去において
はきわめて困難な状況にあった。
• 量が莫大、図書館があまり積極的でな
い・・・文化としてみられていない?
• 個人的な収集家の力量にすべて任されて
いたが、これは限界。
• ネットワーク作りの必要性!
こういう機会にネットワーク作り
• 私が言うまでもないことだが、こういう機会
にネットワークを作る必要がある。
• インターネットは便利だが、玉石混淆であ
るので、できれば顔見知り+αぐらいの人
同士での相互扶助。
• 私も知らないことが山ほどあるので今後と
もご教授願います。
作品評価の具体的方法
• ほどほどの識者(これが重要)による大ア
ンケートが実はもっとも妥当ではないか?
• 具体例としては、文春文庫ビジュアル版の
「少年少女マンガ100」のようなものが多
数積み重なっていく結果、「古典」は決定さ
れるだろう。
• 余談だが映画評価、アニメ評価と似ている。
ほどほどの識者という点の補足
• あまりのマニアでは作品評価がずれる。
• 望ましいのは他の領域での知識人が、教
養?、娯楽?の一環として摂取し、評価し
たものが、長年の時代による淘汰を経たも
の。
• 歴史上の古典は大体そのように決まって
きた(特にエンタテメントは)。
Ⅱ.計量可能な属性の決定と
は?
• 夏目房之介、竹熊健太郎両氏によるマン
ガの計量化が参考になる。
• 具体的には描画の質量(Gペン、丸ペン、
ロットリング)、スクリーントンの質量、形喩、
音喩、間白(夏目の用語)の質量、叙述の
視点と内語との関係の質量、主体・客体の
変化の質量、コマ構造の変化の質量、吹
き出し構造の変化の質量 などなど
この属性の決定は困難だが・・・
• この属性の中で何が重要なものであるか
という決定は確かに難しいが・・・・
• これも然るべき論者が論じれば、候補とな
るものの列挙は可能ではないか?
• 実作者の研究参入が望ましい。
• また、以下のⅢの分析結果によっても重要
属性は見当がつくのではないか?
ただし、この時点での属性の
精選には注意
• もちろん、この時点での重要属性の選択に
は注意を要する。
• やはり、この部分もαでありΩ。
• まったく何の意味もない属性の中で、何が
重要かを論じても、その研究は無価値。
• 将棋・囲碁などのゲーム研究とも類似して
おり、プロと連携をはかるのがベター。
Ⅲ.計算手法の決定
• 従来の線形的な多変量解析は難しそうと
いう直感が現時点ではある。
• 少なくとも、因子分析はダメだろう。_
• 非線形的な手法が有効ではないか?
たとえばLatent Semantic Analysis(LSA)な
どは有効ではないか?
• 画像処理系の解析手段が有効か?
たとえばLSAとは?
• 潜在意味分析であり、因子分析の一般型。
• 固有値分解を特異値分解に置き換えたも
の。
• 利用価値が高いのは、相関行列の圧縮で
はなく、頻度情報の圧縮である点。
• 各データに間隔尺度の前提が不要である
点が利点。
その他、分析手法は目白押し
• それ以外にも様々な分析手法は多く開発
されている。
• ここでの目的は、何が重要な属性か、ある
いは複数の属性の背後にある潜在変数と
して何が想定されるかを見いだすこと。
• これまでのⅠからⅡがしっかりした手続き
がされていれば可能。
Ⅳ.実証研究のための一事例
コマ構造への着目
• マンガ文体を実証的に検討する一事例の
紹介
• 楳図かずおの『絶食』の時代変化の例
楳図の1983年の作品を、江口寿史が
1995年にコミックキューでリメイク。
• 単純にページ数が6頁から12頁に倍増。
• 頁あたりのコマ数もほぼ1/2倍に。
無理に検定しなくともよいが・・・
• Mann-Whitneyの検定など、各種ノンパラ
の検定を実施しても、5%水準で有意。
(頁を単位として、楳図と江口と比較)
もちろん、楳図が多い。
頁を単位にコマ構造(現時点では単にコマ
数だけだが)を分析することが有効ではな
いか?
同じ作者で同様に分析する
と・・・
• 同じ楳図の作品の比較
• 高校生記者シリーズ第10話「その目が憎
い!」の雑誌掲載時オリジナルと、楳図自
身のリメイクによる単行本最終稿との比較
• やはり単純にページ数がほぼ倍に。
• 頁あたりコマ数は1/2倍に。
やはり各種検定結果は同じ
• 雑誌掲載時と単行本とではほぼ倍のペー
ジ数になると同時に、単位頁あたり1/2
のコマ数になっている。
• すなわち、コマ数自体は大きな変化はない。
• 以上で言えることは、マンガにおける頁あ
たりのコマ数への着目、さらにはコマへの
着目
さらに楳図の貸本時代との比較
• 楳図の「歯」という貸本時代の作品と、高
校生記者シリーズの単行本、雑誌連載時、
という三作品を比較
• 各種検定の結果、貸本時代と単行本とが
同一グループ(頁あたりのコマ数が少な
い)。
現代マンガの文体は?
• 要するに現代マンガの文体は、貸本時代
と同様に、単行本主義、書き下ろし的な状
況になっているのではないか?
• 竹熊も主張するように(「マンガ原稿料はな
ぜ安いのか?」(2004))、数十巻の作品が
普通になっている現在の状況とリンクして
いる。
現代マンガの文体は、
単行本主義になっている?
• 指標として、頁あたりのコマ数というのは、
もっとも原始的な数量化であるが、意外に
使えるのではないか。
• もちろん、最初の叩き台としてだが。
• これはマンガ読解時の独立変数にも使え
そうである。
• 歴史的、時系列的変遷の指標にもなる。
マンガ文体を、内容・構造面から
検討できないか
• あくまで山口の仮説だが、手塚治虫の「新宝島」
(1947)を坪内逍遙の「小説神髄」(1885-86)になぞ
らえる。
• その上で、明治の小説文体と現在の小説文体と
の違いにも類似したマンガ文体の変化が、1950
年代と、現在とではあるのではないか。
• 初期のコマ運びと現在のコマ運びとの間には、
明らかな違いがある。
ただし、これまで述べてきた
頁あたりのコマ数では限界
• しかし、コマ数比較で言えば、『新宝島』も
一頁あたり三段(四段)組。
• その点では、ストーリーマンガの単行本書
き下ろし時の頁あたりのコマ数は、手塚以
降、それほど変わっていないとも言える。
最近の優れた作品の
コマ割り技術は飛躍的に進歩
• 大友克洋や鳥山明以降の1980年代マンガ
は明らかに画力、コマ割り技術がアップ。
• 具体的には井上雄彦の技術は完全にアー
トのレベル。
• 残念ながらこうした属性は、単なる頁あた
りのコマ数では拾えない。
• それこそ画像処理ソフトで解析?
時代によるコマ構造の変化理由
あくまで想像だが・・・
・単行本による何十巻もの作品が普通になっ
てきていること。
・多様な読者ニーズに合わせるための緩い構
造の創出(マンガ読み初心者にも、エキス
パートにも読めるようになるためには、頁あ
たりのコマ数を少なくする)。
・映画、テレビ的感覚でのマンガの摂取。
および作家がそれらに影響を受けている点。
・メディア消費スピードの変化
大量生産、大量消費
・読者構造の変化
読者の二極化
いずれにせよコマが
マンガの基本ではないか?
• マンガ文体の分析のためには、まず頁あ
たりのコマ数に着目すべきではないか?
• 次にはもちろん、その構造、内容に行くべ
きだろう。
• 上記のコマ構造と読みのスピードとの関係
は実験にのる?
要するに独立変数をまず探す
• 頁あたりのコマ数を独立変数として、読み
のスピードを従属変数とした場合に、両者
に明らかな関係があるのではないか。
• まずはマンガの読みの最低単位はコマで
あることを実証する必要があるのではない
か。
まとめ(1)
Ⅰ.研究対象の決定(古典の決定)
Ⅱ.計量可能な属性の決定(これが目的)
Ⅲ.計算手法の決定(Ⅱを精選するため)
という正統的な流れがまず大前提
まとめ(2)
具体的には
Ⅰ.手塚、楳図といった「古典」を
Ⅱ.夏目房之介などの実作者の力を借りて、
重要属性を列挙し、
Ⅲ.LSAなどの分析方法で潜在変数を抽出
これで重要な変数を獲得する
まとめ(3)
• 獲得した重要変数を指標として歴史的変
遷を調べる。
• やはりその重要変数をもとに、読みのス
ピード、面白さなどの読者側の従属変数を
取ってみる。
• いずれも陳腐かつ平凡だが、心理学的実
証研究はこれ以外にはないのではないか。